花のうた

    作者:小藤みわ

     おばあちゃんもお年だからねえ、と溜め息まじりの声が聞こえた。
     女の子はそっと病院のロビーを覗き込む。女の子の母親と思われる女性がロビーの椅子に座り、物憂げな表情で息を吐いていた。その、傍らの男性は父親だろうか。彼もまた物憂げな表情を浮かべ、かぶりを縦に振る。
     不意に、二人の眼が女の子に向いた。
     さくら、と母親の口元が動く。さくらと呼ばれた女の子は、しかし呼び声には応えず、ぱたぱたと廊下を走った。
     廊下を抜け、エレベーターを上がり、さくらが辿り着いた場所はある病室だった。ひょこりと病室を覗き込めば、ベッドに寝転がるおばあちゃんと目が合う。おばあちゃんと笑みを交わし、さくらはベッドの傍らに歩み寄った。
    「おばあちゃん、おかげんはいかが?」
    「ええ。おばあちゃんは元気ですよ」
    「おばあちゃん、いつおうちにかえれるの?」
    「いつだろうねえ」
     おばあちゃんが困ったように笑うから、さくらはそれ以上問わずに口を噤んだ。
     まだ帰れないのだと、その様子から察したらしいさくらは、視線を病室内に巡らせた。何か見たいものがある様子ではなく、ただどう反応していいかわからない、そんな風な姿だった。
    「このおへや、お花がないね」
     そうしてふと、さくらは気が付く。
     さくらは、おばあちゃんは花が好きだということを知っていた。おばあちゃんの花壇はいつだって花がいっぱいだ。おばあちゃんはその花々の傍らに座り、時を過ごすことが好きだった。花が風に揺れ、音を響かせる度に、花のうたは可愛いねと笑っていた姿を、さくらは決して忘れていない。
    「おばあちゃん。さくら、お花持ってきてあげる!」
    「まあそうかい、嬉しいねえ」
    「まどのところに置いたら、花のうたも聞こえるよ!」
    「うん、そうだねえ。花のうたも聞こえるねえ」
     今度は、おばあちゃんが嬉しそうに笑うから、さくらも目一杯に破顔した。
     そうと決まればのんびりなどしていられない。さくらはすぐに病室の外へ駆け出した。花屋さんの場所はわからないし、手元にお金はないけれど、さくらは知っていることが一つある。
    「じんじゃにいけば、きっとあるよね」
     さくらの口から零れ落ちる独り言。
     それは病院に流れる噂の一つだった。この病院の近くの神社には、不思議とたくさんの花が咲くという噂。小さな社が一つあるだけの小さな神社に、色とりどりの花が咲くというのだ。
     そこなら、きっとおばあちゃんがよろこんでくれるような花がある。
     そう思い、さくらは弾むような足取りで病院内を駆け抜けた。


    「でもこの噂、決して幸せな噂じゃないの」
     エクスブレインの少女の手元で小さな向日葵が揺れた。窓の向こうの薄藍と相俟って、鮮やかな黄色が眼に眩しい。
     この噂のとおり花を咲かせる原因を、彼女は『ハナハナさん』と呼んだ。ハナハナさんは確かに花を咲かせ、花びらを散らせるように見えるが、それは決してやすらぎを与えるようなものではない。ハナハナさんが咲かせる曼珠沙華は血飛沫であり、ハナハナさんが丸ごと落とすのは椿の花でなく人の首だ。
    「だから、さくらちゃんより先に神社へ行って、ハナハナさんを倒してほしいの」
     そう言って、エクスブレインの少女は頭を下げた。
     神社までの地図が机上に置かれる。神社に辿り着いたら、一言『花が欲しい』と言えば、ハナハナさんが現れるのだという。
     現れるハナハナさんは全部で四体。
     赤のハナハナさんは棘を飛ばして花びらのような赤を散らす。
     青のハナハナさんは幻想的な色合いの花びらを撒き散らし、見るものの眼を奪いながら浸食する。
     白のハナハナさんは蔓で仇なすものを絡めとる。
     赤のハナハナさんだけ二体現れ、青と白は一体ずつなのだとエクスブレインの少女は言葉を付け足した。
    「でもハナハナさんはそんなに強くないから、みんななら大丈夫だと思う。しっかり力を出し切ってきてね」
     ふわりと微笑む彼女。続けて、それよりも、と彼女は告ぐ。
    「問題はさくらちゃん。花を求めてやってくるさくらちゃんは、ハナハナさんがいないとわかったらがっかりしちゃうと思うの」
     だからね、と少女は両の掌を合わせて、様子を伺うような眼を見せた。
    「ハナハナさんの代わりをしてもらいたいなって思うんだけど、どうかな」
     ハナハナさんの代わりに、さくらへ花を渡してあげて欲しい。
     それがエクスブレインの少女からのお願いだった。
     勿論一番大切なことはハナハナさんを倒すこと。さくらのことは灼滅者が何かをしなくても時の流れが解決してくれるかもしれない。だから、花を渡さないという選択肢も一つだろう。
     でも、もし可能なら。
     最後にそう言って、少女はそっと向日葵を撫でた。
     少女から告げられる情報は以上である。彼女は小さく息を吐くと、やがて柔らかな笑みを零した。
    「みんな、いってらっしゃい!」


    参加者
    羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)
    天鳥・ティナーシャ(夜啼鶯番長・d01553)
    穂積・歩夢(夢に抱かれ眠るもの・d01824)
    シオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)
    時守・メル(星のみる夢・d03193)
    御蓋・佳音(中学生魔法使い・d03357)
    天埜・雪(リトルスノウ・d03567)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)

    ■リプレイ

     底抜けの青空をまだらの鰯雲がゆっくりと泳いでいく。夏と呼ぶには少々温く、秋と呼ぶには幾分熱を孕んだ風が手元の花々を優しく撫でた。小さな花のうたが耳に響く。
     御蓋・佳音(中学生魔法使い・d03357)は手元の秋桜に口を寄せた。
     佳音の脳裏に浮かぶのは、病気のおばあちゃんにこのうたを聞かせてやりたいと願う女の子のこと。
    「そんないい子、都市伝説なんかで死なせて良いわけないじゃない」
     佳音は皆の花々の傍に秋桜を置くと、赤の双眸に確かな決意を滲ませる。
    「なんとしても止めるわ」
     その、彼女の独白を聞いたのは蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)だった。敬厳の眼がゆるりと細められ、柔らかな笑みを形作る。そうですね、と彼の口元が動いた。
    「じゃあ、合言葉はティナーシャくんに任せようかな」
    「はい、おまかせなのです」
     ふぁ、と欠伸を零した穂積・歩夢(夢に抱かれ眠るもの・d01824)は、眠たげな双眸で天鳥・ティナーシャ(夜啼鶯番長・d01553)を見る。ティナーシャが眼鏡に指先を添え、かぶりを縦に振った。
     何の話かと言えば、ハナハナさんを呼ぶ合言葉の話である。
     さくらに渡す予定の花々は離れた所に隠しておいて、ティナーシャはぐるりと皆を見回した。大丈夫だと思うの、と肯うシオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)へ、ティナーシャも肯いを返して口を開く。
    「花が欲しいのです」
     ティナーシャの声が響いた瞬間、ぽんと巨大な花々が咲き綻んだ。
     神社の石畳に咲く四つの花。けれど見惚れる間もなく赤花の棘が撃ち放され、羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)は目一杯に飛び跳ねた。ぴょんと軽やかに飛び跳ねて躱し、陽桜が向かった先は青の花。
    「ハナハナさん! ひお達と勝負だよー! 負けないんだよ!」
     陽桜が渾身の一撃を叩き込む。
     小さな身体からは想像が付かない程の震動が轟くと同時、敬厳の指先が弦を掻いた。
    「戦は引くが負けじゃ。景気よう参ろうかのう」
     平生は丁寧な言葉を紡ぐ敬厳も、いざ戦となれば旧家の血が巡る。その堂々たるや武将が如し、敬厳は掻き鳴らした衝撃波で青の花びらを散らしていく。
    「オット、邪魔はさせマセンヨ」
     一方、にゅるりと蔓を伸ばした白花を認め、時守・メル(星のみる夢・d03193)は星煌めく金環を構えた。
     麿眉をきりり。メルは制約を孕む弾丸を撃ち放す。白花を貫いた魔法弾は星々を思わすほどに散り煌めき、白花の動きに制約を課していく。
    「麻呂は皆さんに合わせてクダサイ。頼みマシタヨ!」
     メルと共に在る霊犬、麻呂が嘶いた。
     黒柴の麻呂が咥えた刀で青花を薙ぐ一方、シオンは小気味良い音を響かせる。シオンが両の掌を合わせた瞬間、彼の指先が編み上げた光の環が小さく散った。
     天埜・雪(リトルスノウ・d03567)はシオンの光輪が衝撃を和らげ、同時に盾と化す姿を見つめていた。
     次に雪はビハインドの背を見遣る。ビハインドの名は天埜・雫という。パパ、と雪の音のない口元が動いた。雪は雫と視線を重ね、肯うと、光の環を紡ぎ出す。
     狙い澄まされた雪の一撃が花を穿った。
     あと少し──そう思えた所で雪の眼前で散る濁り赤。けれど、大丈夫なのです、とティナーシャが告げるから、雪はこくりと肯いを返す。
     ティナーシャが何も知らずに花を貰いに来たふりをするのも、花々の前から離れないことも、全ては格好良く守ると決めた志による。ぶかぶかの学生服はその証、ティナーシャはひらりと学生服を翻した。
    「かっこいい人に私はなるのです」
     ワイドガード、発動。
     癒しを伴う盾がティナーシャだけでなく歩夢や陽桜も包み込む。加えて、穢れを払う力を得た敬厳の光条が注げば、舞い降る青花びらの催眠など怖くない。
     陽桜はぶんと左右にかぶりを振った。
    「ひおも、がんばる!」
    「そうね、私も頑張るわ」
     元気いっぱいで飛び込む陽桜に、佳音の口元が綻ぶ。バスターライフルを構え、佳音が見据えるのは無論青の花。佳音は相棒のライドキャリバーを一瞥すると、その唇が動した。
    「これで終わりよ」
     撃ち放された佳音の光芒が青花を貫く。
     青花びらが花火のように空を舞った。澄んだ蒼穹に溶けていく花びらを仰ぎながら、歩夢は降りそそぐ陽射しに双眸を弛める。平生ならばこの晴天の下、心地良く昼寝でもするところだけれど。
    「……でもまあ、仕方がないね」
     歩夢は独りごち、自身の指先に口元を寄せた。
     彼女の指輪に、彼女の唇が触れる。
    「もしさくらちゃんが被害に遭いでもしたら、それこそ寝覚めが悪い」
     途端、歩夢の周囲を清廉な風が渦巻いた。
     メル達に絡みついた白花の蔓を剥ぐ癒し風。風は樹々の枝葉をゆらし、緩やかな奏を響かせた。

     くるり、くるりと白花が周囲を見回した。侍らせた蔓はただ虚しく空を掻く。それはメルが課したパラライズが功を奏した証であった。
     雫は白の仮面に覆われた顔を花々に向けると、チェロを奏でるような所作を取る。慣れた手つきで武器を繰り、雫は白花びらを空に散らせた。
     その、長身ともいえる背の向こうで、雪の指先が光を繰る。
     シオンや佳音により急速に熱量を奪われた白花は、くたりとこうべを垂れている。その姿は少し可哀想にも見取れるけれど、雪はゆるりと首を振った。
     ──さくらちゃんをたすけるの。
     そして、雪の光環は白花をあるべき場所へ還していく。
     陽桜だって綺麗な花々を与えるハナハナさんは素敵だと思うけれど、花を紡ぐ方法が血を散らせ、首を薙ぐことならこんな噂など要らない。シオンが指先で繰る光環に合わせ、陽桜は神風の刃を振り下ろした。
     様々な属性が織り交ぜられた攻撃が、着実に花を削いでいく。
     しかし溶けない氷に覆われながらも放たれた棘が敬厳を貫いた。敬厳は両の足で地面を踏み締め、真っ直ぐに赤花を見返す。
     弱気になれば腰が引ける。腰が引ければ隙になる。隙があれば付け込まれる。ならば敬厳は身体が傷もうとて怯まない。
    「この程度じゃ、峰の者は退かん」
     敬厳から生み出された光条がその意志を支えるように降りそそぐ。
     不意に、赤花達の動きが止まった。次の瞬間、硬質な音を立て、膨大な氷が花々を包む。予兆なく齎された氷の主、シオンはすぐさま声を響かせた。
    「今だよ!」
     シオンの一声にメルが肯う。
    「ハイ、メルのミサイルでお星様にしてアゲマスノデス! 行きマショウ、麻呂!」
     メルが編み出した魔法の矢と、麻呂の銭が一斉に駆け抜けた。真っ直ぐの軌跡を描いたそれは、氷ごと赤花を破砕する。
     佳音とそのライドキャリバーが最後に残った赤花を狙い、息つく間もなく攻撃を繰った。
     もはや虫の息である赤花が、それでも生み出すのは無数の棘。歩夢は乱射された棘の前に立ち、そっと指輪に唇を添えた。その指先が棘を払い、叩き落す。
    「往生際が悪いようだね」
     歩夢は赤花の懐に飛び込むと茎を掴み、石畳の上に抑えこんだ。ふぁ、と歩夢が欠伸混じりに生み出す漆黒の弾丸が赤花を撃ち抜く。
    「おやすみ」
     そう告ぐと同時に、歩夢は横に跳ねた。
     歩夢が消え、代わりに赤花が仰いだ空を跳ねたのはティナーシャ。上から見下ろすティナーシャの眼にふと、石畳に散った紅が映る。花びらのよう、けれど赤い血の花なんてちっとも綺麗じゃない。
    「さくらちゃんの思いは私達がまもるのです」
     ティナーシャが身体ごと盾を叩き付ければ、目一杯の衝撃が爆ぜた。
     血飛沫のような赤花びらが空に散る。すぅと溶けゆく赤の花びらを見送り、ティナーシャはぼんやりとした双眸を敬厳達に向けた。彼女の掌がそっと目許の眼鏡に添う。
    「うふふふ。私、かっこいいですか?」
     ふわりと、学生服の裾が揺れた。

     邪な花を咲かせる花々が消えた後の神社は、ぬるい微風が吹き抜けるだけの静かな場所だった。
     風が吹き抜ける度に花のなき声が耳に響く。歩夢が神社の片付けを行ってくれたから、場所の方も準備は万端だ。佳音達は社の影に身を潜めながら、互いに眼を見交わした。
    「さくらちゃん、喜んでくれるといいわね」
    「うん!」
     佳音の言葉に元気よく答えた後、あっ、と陽桜は口元を掌で抑える。
     ぱちんと眼を瞬かせた雪の傍ら、身だしなみを整えていたシオンは「しーっ」と口元に指を当てた。シオンと陽桜は眼を見交わして、ふわりと表情を緩ませる。
    「さくら殿、絶対に喜んでくれマスヨ」
     メルのおっとりとした表情が綻んだ。彼女の柔らかな白いウェーブヘアが、花と同じく、風に優しく揺れている。
     ハナハナさん、ハナハナさんと呼び声が聞こえたのはその時だった。
     敬厳がそっと社の影から覗き見れば、小さなの女の子の姿が眼に映る。さくらちゃんですね、と敬厳はティナーシャ達に囁いた。
    「さくら、お花が欲しいの!」
     歩夢の眠たげな双眸が陽桜達に向く。
     雪達は肯いを返すと、いっせーのでで社の影から飛び出した。
    「うふふふ。ハナハナさんなのですよ」
    「わあ、ハナハナさん!」
     ティナーシャがさくらの前に踊り出れば、さくらはびっくりした様子で眼を見開く。一方、陽桜はそっとさくらの顔を覗き込むと、ピンクと黄色の秋桜を差し出した。
    「あたし達のお花、好きなのからたくさん受け取ってほしいの!」
     陽桜が咲かせた笑みは、髪に乗せた花冠に綻ぶ花々のよう。陽桜の可愛らしい笑みに、さくらも釣られるように破顔した。陽桜がさくらにも花冠を乗せてあげれば、笑みは一層に咲き綻ぶ。
    「さくらちゃん、このコスモスもあげるわ。『秋の桜』は、さくらちゃんにピッタリだと思うの」
    「僕からも、よかったら受け取ってくださいね」
    「ほあっ。お花がいっぱい」
     佳音と敬厳の秋桜にも、さくらは感嘆の息を零した。眼をまんまるにして花々を見るさくらの頬はほんのり赤い。その彼女は、歩夢の秋桜の中に異なる花が紛れているのを見つけ、小さく首を傾げてみせた。
    「こっちのお花は?」
    「ダリアっていう花だよ」
    「だりあ?」
    「そう」
     だりあ、だりあ、とさくらが歩夢の言葉を繰り返す。
    「これはマリーゴールドなのです」
    「まりーごーるど」
    「花言葉は健康と悪をくじく勇者なのです。自信のセレクトなのですよ」
    「ほあ」
    「これはオキシペタラム、サルビア・スプレンデンスっていう花なの」
    「ほああ」
     次に花を差し出したのはティナーシャとシオンで、さくらは鮮やかな花々に眼を輝かせた。
     黄色の花びらが沢山詰まったマリーゴールドは、可愛さもさることながら花言葉も格好良い。ブルースターとも呼ばれるオキシペタラムの花は、確かに小さな星形にも見えて愛らしいし、サルビア・スプレンデンスはとても華やかだ。
    「これ、お星さまみたいね。おき……?」
    「オキシペタラムだよ」
    「おきしたらべ……?」
    「オキシペタラム」
    「ふふ、なかなか覚えられマセンカ? デモ、素敵な名前デスヨネ」
     そんなさくらとシオンの遣り取りを見つめ、メルは思わず笑みを零した。
     おばあちゃんが元気になるといい。その願いを込めて、メルはさくらの腕の中に咲き綻ぶ花々に、自分の花々を置き添える。
     雪はシオン達の様子をきょろきょろと眺めていたけれど、やがてそっとさくらに花を差し出した。声の代わりにテレパスでさくらの様子を聞き探る。雪は少し不安げな眼でさくらを見つめていたけれど、さくらが満面の笑みで受け取ってくれたから、にこりと笑みを綻ばせた。
     ──うけとってもらえたの。
     ちらりと社の向こうを見遣る雪。社の影から静かに見守ってくれる大切なパパにも、雪は嬉しげな表情を向ける。
    「花はどなたかへのプレゼントですか?」
    「うん、おばあちゃんにあげるの。おばあちゃんね、病気でつらいのよ? だからね、さくら、おばあちゃんに花のうたを聞かせてあげるんだ」
     敬厳の問いに、さくらは答えた。さくらの表情に少しの憂いが滲んだのを見つけ、敬厳は彼女の顔を覗き込む。少し身体を屈めて眼を合わせ、敬厳はさくらに微笑んだ。
    「おばあ様、元気になると良いですね」
    「……うん!」
     笑みに安堵したのか、さくらの口元にも笑みが咲く。

    「さくら殿」
    「なあに?」
    「ハナハナさんはモウ、次の場所へ行かなくてはイケマセン」
     それは青空が少しずつ茜に染まり始めた頃のこと。メルはさくらの前に立つと、穏やかな声でそう言った。
    「他の所にもお花を配るのデスヨ」
    「そうなんだ……」
     ちらりとさくらの眼が他の皆にも向けば、陽桜と敬厳もこくりと頷く。
     雪は両手いっぱいになったさくらの花達を手に取ると、その茎達を輪ゴムで止め始めた。切り口は軽く湿らせたティッシュで包み、予め用意しておいた英字の古新聞で整える。
    「ハナハナさん、ありがとう」
     沢山では持ち帰りづらいだろうからと、雪が施した気遣いに、しょんぼりとしたさくらの表情に笑みが戻った。
    「さ、心配をかけちゃうしね。早くお帰り?」
     歩夢の掌がさくらを背押す。
     メルも柔らかな笑みを浮かべ、さくらの肩に手を乗せた。
    「うふふ、おばあ様の一番大好きなお花はさくら殿だと思いマスヨ」
     それから、とメルの指先が花々を撫でた。
     花が振れ、聞こえるのは小さな花のうた。
    「花のうた、沢山聞かせてあげて下さいマセネ」
     さくらの掌がぎゅっとメルの指先を握った。暫しの間、やがて指先から手を放すと、さくらは「うん」と笑顔で頷く。
    「それじゃ、元気でね」
     佳音は話が纏まった様子に肯い、手元の箒にまたがった。
     さくらに微笑む佳音は、そして──ふわりと宙に浮く。
    「そのお花を貰う人も、元気になりますように!」
     佳音の姿が暮れなずむ空の向こうに消えた。
     ほあ、と呟きを落とすと、さくらはまんまるなんてもんじゃないほどに眼を見開く。驚きが声にならない様子で歩夢達を見回すさくら。歩夢はただ、その彼女に肩を竦めてみせるのみ。
    「……まぁ、ハナハナさんだし、アリかな」
    「はい、大丈夫そうですね」
    「佳音殿、格好イイデスネ」
     歩夢と敬厳、メルは小さな呟きを交わし合った。敬厳は笑い、メルが肯う。それから三人は神社の出口に向かって歩き出した。
    「さくらちゃん、さよなら!」
    「元気でね」
    「さよならなのです」
     陽桜とシオン、ティナーシャ、それから雪が手を振りながら、ぱたぱたと三人を追いかけていく。
     シオンはその道すがら、何気なくさくらの方を振り返った。さくらの手許で揺れる花々。その中に自分が手渡したオキシペタラムとサルビアを見つけ、シオンは少しだけ足を止める。
     あの花の花言葉は確か、幸福の愛と家族愛。
     誰かの為に頑張れることはとっても素敵なことだとシオンは思う。最後にもう一度笑みを零してみせると、シオンは再び帰路の一歩を踏み出した。
    「君と君の大好きな人に、花の祝福がありますよーに、だよ」

    作者:小藤みわ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 12
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