目覚めし悲しき存在へ

    作者:飛翔優

    ●誰がために死を選び
     不気味なほど青々とした緑が広がる富士の樹海。大樹に背を預けるようにして永い眠りについた白骨死体。
     何故死を選んだのか、何故この場所を選んだのか。
     すでに語る事もできない存在に、眩いほど白い光が降り注いだ。
    「恨みに満ち満ちし自死せし屍よ。その身に宿す業をこの私に見せるのです。さすれば、その身に不死の力を与えましょう」
     望まぬ死を選んだのであろう遺体に、その言葉はとても優しく、暖かく聞こえたのだろう。
     ぴくりと、動くはずのない手が動いた。
     ガタガタと、体中を震わせた。
     手足に胴に伝っていた草を払い、細かな苔を落としていく。背を預けていた大樹に手を当てて、身を支えながら立ち上がった。
     白骨とは思えぬほどの力が加わったのだろう。手が握りしめられた時、大樹の一部が砕け散る。枝より葉が落ちていく。
     白骨死体はアンデッドとして、再びこの世に舞い戻った。うつろな瞳で前だけを見据えるアンデッドは、ゆっくりと前へ、前へと歩き出し……。

    ●放課後の教室にて
     集まった灼滅者たちと挨拶を交わした倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、いつもよりも抑えた調子で説明を開始した。
     前置きは、長月・紗綾(暁光の歌い手・d14517)が、富士の樹海に強力なアンデッドが現れているという情報を掴んでくれた、との件から。
    「紗綾さんの予測が正しければ、この事件は白の王セイメイのし阿波座であると思われます」
     セイメイの力を得たアンデッドは、ダークネスに匹敵する戦闘力を持ち富士の樹海の奥に潜んでいる。
     今回判明したアンデッドは、中心となる強力な個体が一体、配下となる個体が四体。
     もっとも、アンデッドは今すぐに事件を起こすというものではない。だが、白の王セイメイが強力な配下を増やしていくのは阻止しなければならないだろう。
    「ですので急ぎ準備して、樹海に向かい……アンデッドを倒してきて下さい」
     葉月は地図を広げ、樹海の奥……緑で空が閉ざされている大樹の傍を指し示した後、順路をペンで引き記した。
    「この道順をたどっていけば、今回相手取るアンデッドと出会えるはずです」
     場所としては空こそ閉ざされているものの木々の並びはまばらで、戦うのに特に支障はない。
     構成は先ほど説明した通り、強力な個体が一体、その他の個体が四体。
     強力な個体は、力量としては五人を相手取れる程度。大きな丸太を得物としており、特に破壊力に優れている。
     丸太を縦に振り下ろせば、加護を砕く上に守りに優れるものでなければ受けづらい一撃となる。横に薙げば防具を破壊しつつ周囲を破壊する力となる。
     一方、その他四体の個体の力量はさほどでもない。
     だが、縦のように平べったく分厚い石を得物としており、防御能力に優れている。基本的に強力な個体をかばうように動く上、石を掲げることにより自らを浄化し傷を癒やす、と言った力を用いるため、純粋に邪魔な存在となるだろう。一方、攻撃力はさほどでもない。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「アンデッドの元となった方々は……おそらく、望まぬ死を選んだのだと思います。しかし、今ある脅威であることに違いはありません。どうか、油断せず、同情はしても手は抜かず、退治して来て下さい。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)
    戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)
    布都・迦月(幽界の深緋・d07478)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    大豆生田・博士(小学生ご当地ヒーロー・d19575)

    ■リプレイ

    ●樹海の深く、暗い場所
     僅かな木漏れ日だけが頼りとなる、太陽のある時間帯であっても薄暗さを保ち続けている富士の樹海。吹き抜ける風は強く、冷たく、訪れる人々を拒絶する。根を下ろした者に対しては、長い時間をかけて同化を進めていくのだろうけど……。
     ……大豆生田・博士(小学生ご当地ヒーロー・d19575)もまた、いつもの元気を潜めたまま仲間たちを導いていた。
    「来るのは2度目だけんども、やっぱここは不気味な気がするべ……」
    「……」
     口元に笑みを浮かべる皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)は緑に閉ざされた空を仰ぎ、道行く先に待っているアンデッドたちへと想いを馳せる。
     セイメイの引き起こせし、死者の冒涜。
     元は望まぬ死を選んだ者だったのかもしれないけれど、もう一度眠ってもらう。殺しがいがある相手だといいな……と。
    「っ!」
     土草の匂いがより濃く漂う巨木の下。空が緑に埋め尽くされてしまっている場所へと、灼滅者たちは到達した。
     耳に届くは、骨と骨がこすれ合う耳障りな音色。
     瞳に映るは、ゆっくりと鎌首をもたげていく五人分の白骨死体……。
    「皆、丸太は持ったか。行くぞ!」
     即座に北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)が漆黒の影を呼び起こし、一つずつ得物を確認する。
     最奥に位置する個体が丸太を、手前に位置する四体が石盾を携えていた。
    「生きているうちならば話を聞いてやれたかも知れぬが、今は全力でお前達をぶん殴る事を私からの手向けとする!」
     丸太の……リーダー格を中心に行動を開始するアンデッドに対し、獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)が猫眼石をはめ込んだ杖を突きつける。一度、瞑目するように瞳を閉ざした後、強い視線で射抜いて行く。
     思いが通じたか、はたまた元よりそうするつもりだったのか……アンデッドたちが、耳障りな音を立てながら蹴り駆け出した。
    「おぅ来んぞ、構えろ」
     ライドキャリバーのザウエルに跨り、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)は蛇腹剣を展開する。
     慈悲などない、元よりかけるつもりもない。
     勝利のために進むのだと、ザウエルのエンジン音を響かせた。

    ●目覚めしは悲、抱きは恨
     嘆いてはやれるが、同情はできない。
     どんな理由があれ自死する者の気持ちは、恐らくはこれからも理解できぬだろうから。
    「……思う存分暴れたらぶん殴ってやるから、ちゃんと寝ろなのだ!」
     全てを受け止め、あるべき姿に導かんと、くるりはリーダー格に向けてビームを放つ。
     虚空を貫きかけた先、石盾の個体の頬をかすめつつ、左胸を貫いた。
     リーダー格の眼窩がくるりの方を向いていく。
    「そこだっ!」
     石盾の軍勢を袖にしリーダー格の元へと向かっていた布都・迦月(幽界の深緋・d07478)が大地を蹴り、瞬く間に懐へと到達。
     禍々しき炎の影が覗く刀身で、下から上へと切り上げ――。
    「っ!」
     ――丸太に阻まれ、骨へ到達させることは叶わない。
     即座に後方へと飛び退り、刀身に真なる炎を走らせていく。
    「鎮めしは荒魂。乱暴な手段だが、今の俺にはこうするしか出来ないんでな」
    「さぁて、まずは調査だ」
     ビームは通り、刃は防がれた。
     結果を頭の中にストックしつつ、惡人は蛇腹剣を振り回し風刃の嵐を巻き起こす。
     ザウエルの射撃が導くまま、アンデッドたちを包み込んでいく。
     リーダー格はおろか、石盾たちにも堪えた様子はない。各々得物を掲げ、前衛陣へと向かっていく。
     先手は取ると、神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)も鋼糸を横に振るった。
     石盾に阻まれ、傷を刻むことはおろか勢いを弱めることすら叶わない。
     すぐさま鋼糸を手元に引き戻し、オーラを全身へと巡らせていく。
     呼応するかのように、アンデッドたちは総員得物を振り上げた。
     下へと叩きつけていく様に、洗練された動きなど存在しない。ただただ荒々しく、力強い。
     丸太を持つリーダー格以外は、ではあるが……。
     轟音を唸らせつつ突き出された丸太は、誤ることなくくるりを打ち据えた。
     幸いなのは、守りに秀でる役を担っているため一撃で大半を持っていかれる結果とはなっていない点。
     故に、戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)は魔力を最前線に注ぎ込む。
     大気を瞬時に氷結させ、アンデッドたちに凍てつく呪いを与えていく。
     守りに優れるという石盾たちを、少しでも早く土に返すことができるよう……。

     最前線への牽制か、はたまた勝利のための礎か。
     重々しい風圧を放ちつつ、リーダー格は丸太を横に薙ぐ。前衛陣の防具を、破き、砕いていく。
    「大丈夫、支えるから」
     蔵乃祐が即座に力を編み、静かな霧を前衛陣へと差し向けた。
     担う役目の力を借りて破壊された防具を修復した。
     全ての傷を癒せるわけではない。特に、リーダー格を最前線で抑え続けるくるりのダメージはやや重い。
     故に、博士もリーダー格を指し示す。
    「必殺! ご当地富士山ビ~~~~~~ム!」
     右胸の辺りを穿けば、眼窩は博士へも向けられた。
     負担がバラけていく光景を横目に、惡人は改めて思考を整理した。
     今まで己が、仲間たちがぶつけてきた技。
     力を用いて繰り出した攻撃は概ね防がれ、細やかな動きを主に放った一撃は半々といったところ。
     ならば……。
    「……」
     仮説を確定させるため、再び刃の嵐を巻き起こす。
     アンデッドの群れを包み込み、骨身を縦横無尽に切り裂いた。
    「おぅそいつらの弱点属性は神秘だぜ」
     力に秀でる反面、神秘的な力には弱い。
     自ら証明した上で、ザウエルには機銃による掃射を命じていく。
     防ぐか、受けるか……いずれにせよ力任せの一撃よりは通りやすい一撃で、アンデッドたちの動きを封じていく。
     情報を元に仲間たちが動きを若干変えていく中、柚羽もまた影に力を込める。
     石盾の個体へと視線を走らせて、最も傷ついている個体を探っていく。
    「……」
     さなかに思い抱くのは、セイメイの目的、アンデッドたちの出自。
    (「恨みを持って自尽した人ばかりをアンデッドにしているあたり、恨みだけの余計な感情を排除した駒を求めているように思えるのですが……」)
     もっとも、現段階での答えは出ない。
     首を横に降るとともに右の個体へと視線を移し、大風呂敷のように広げた影を解き放つ。
     幸い、敵はアンデッドであり幽霊ではない、
     アンデッドである以上、壊すことができるはず……!
    「おらよっ!!」
     影に飲み込まれた石盾の個体を、既濁が杖で殴打した。
     爆裂する魔力が頭蓋を砕き、あるべき骸へと還していく。
    「……ようやく一体目、次は……」
    「――!」
     次なる対象を定めるため、早々にアンデッドたちを焼き払ってしまえるよう、桜が禁呪を開放する。
     白骨の体が炎上していくさまを眺め、明るい声を響かせた。
    「弱点もわかったことだし、一気に行くよ!」
     勢いは、灼滅者たちの側にあり。
     わかっているのか、少しでもこちら側へかたむけんというのか……石盾のアンデッドたちは、一斉に得物を空へと掲げ……。

    「っ!」
     石盾のアンデッドたちを殲滅していくさなか、リーダー格の丸太を受け止め続けてきたくるり。
     途中で博士との分業に移行したものの積み重ねてきたダメージは重く、癒やすことのできないものも多い。
     受け止めることができて残り一撃か、二撃。それ以上は、治療を受けたとしても分の悪い運が絡むようになるだろう。
    「……もう良い、もう良いからゆっくり休め」
     されど表情は崩さず、前線から退くこともなく、杖を握りしめていく。
     額から流れる血を拭い、ただただアンデッドたちを見据えていく。
     アンデッドたちが気圧されることはないけれど。
     新たな思いを抱くこともないのだろうけれど……。
    「……」
     変わらぬ様子を眺めつつ、蔵乃祐は光輪をくるりに投げ渡した。
     無事治療を終えていくさまを横目に捉えつつ、改めてアンデッドたちへと視線を移していく。
     生きづらい世の中、自分から死を望んでしまうのもわからないでもない。
     でも、あるいはだからこそそっとしてあげて欲しい。
     死を冒涜しているなどというつもりはない。
     ただただ、可哀想。どうにもならなくて、どうしようもなくて、それで生きることを諦めただろう彼らが、叩き起こされて恨みを煽られ都合の良いように使われるなど。
    「……このまま、静かに眠らせてあげようよ」
    「……」
     紡いだ言葉は前線へと届いたか、はたまたただの偶然か。
     リーダー格の眼窩が、後方に位置する博士へと向けられた。
     即座にくるりが動き出し、抑えこみにかかっていく。
     ……そう、博士の元へは届かない。
     丸太しか持たぬその身では。
    「……上手く言ったべか」
     ニヤリと口の端を持ち上げて、博士は銃を構え直す。
     残り一体となった石盾のアンデッドへとつきつけて、トリガーを何度も連打した。
    「危ない時の援護射撃だべ。よかっただ」
     足元を撃ちぬかれ、動けぬ石盾。
     満身創痍の白骨を、柚羽の影が飲み込んだ。
     暗く深い闇の中、骨が崩れていく音が聞こえてくる。
     殲滅完了と断定し、迦月がリーダー格へと向き直った。
    「そこだっ!」
     博士に怒りを向けながらもくるりに阻まれ、博士のライドキャリバー・しもつかれの機銃に踊らされ動けぬリーダー格に、放つは複雑な軌道を描く斬撃か。
     一つ骨身を削る度、刻まれてきた呪いがリーダー格を蝕んだ。
     全ての軌跡が終わる頃、炎上し氷結する白骨がそこにはあった。
     されどリーダー格は怯まない、戦かない退かない。
     くるりから距離を取ることもせず、ただただ丸太を横に薙ぐ。
    「っ! ……お前達をこんな風にした現況は、私達が必ずやっつけるからな! もう寝ろ!」
     受け止め、押し返し、くるりは誓う。願う。
     元凶の討伐を。
     目覚めし彼らの冥福を……。

    ●想いは樹海の奥の奥
    「おぅ、さっさと終わらせちまうぞ」
     もはや大勢は決したと、惡人は風刃の嵐を巻き起こす。
     ザウエルとしもつかれの機銃にも踊らされるその体を、博士の光線も撃ち抜いた。
     満足に動けぬ、動けたとしても鈍いリーダー格。
     静かな瞳で既濁は見据え、感情を込めることはさほどなく。
     ただただ望まぬ死を受けた者に再び死を与えるため、握りしめた杖に魔力を込めて行く。
    「……さあ、そろそろおしまいだ。何かやらかしてる……なんだっけ? セイメイ? ……まあいいや、とにかく、さっさと潰そう」
     風刃の嵐が去るとともに踏み込んで、右肩甲骨を強打!
     開放した魔力で打ち砕き、右腕が音もなく落下する。
     されど力変わらず振り上げられた丸太を、迦月の影が縛り付けた。
    「彷徨いし朽ちた肉体は土へ、偽りの魂はあるべき場所へ。……今度こそ、永久に眠れ」
    「ゆっくり休んでね。次の世界では誰よりも幸福である事を願ってるよ♪」
     即座に桜が禁呪を刻み、白き体を炎上させる。
     声を上げることもできないアンデッドはゆっくりと崩れ落ち、物言わぬ骸へと回帰した。
    「……」
     静かな息を吐いた後、桜は得物を収めていく。
     これより先は、休息の時間。
     灼滅者たちにとっても、アンデッドたちにとっても。
     故に武器は似合わない。静寂を取り戻した富士の樹海で、いざ、優しき時が訪れん……。

     治療もそこそこに、くるりたちは埋葬を行った。
     きっちりと場を整えた上で、柚羽は一人瞑目しながら想い抱く。
     再び野ざらしで眠るより、土の中で眠ったほうが良い。
     恨みという名の底なし沼。大切な感情をも沈めてしまう、底なし沼にはまってしまった彼らに対する、今できる精一杯の手向けとして……。
    「……」
     風に乗り、蔵乃祐の備えた線香の煙が樹海の奥へと向かっていく。いずれ潰えてしまうのだとしても、きっと、彼らをあるべき場所へと導いていってくれるだろう。
    「……まあ、なんにしても、木以外何もないような場所だけど、空気だけはうまいな。富士だけはあるわ」
     沈んでいく想いは、蔵乃祐が冗談めかした言葉で引き上げた。
     導かれるままに踵を返し、さあ、いつもの日常へと帰還しよう。
     待っていてくれる人がいる。それは、何よりも幸いなことなのだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ