死のスプレッド

    作者:立川司郎

     彼女は、駅裏の細い路地にひっそりと現れる。
     小さなテーブルに赤いテーブルクロスを敷き、タロット占いと書かれたランタンをひとつ置いただけの、地味な街角占い師である。
     現れるのは、必ず深夜0時過ぎ。
     夜の月明かりが照らす頃、彼女はぽつんと人を待つのだ。
     姿はパンツスタイルの黒いスーツで、顔には白いシンプルな仮面。
    「過去のカードは太陽の逆位置。あなたは疲れはてています。それが、貴方の仕事に大きく影響を与えている。そして堂々巡り」
     淡々と話すと、彼女の前に座った中年男性がこくりとうなずく。
     顔色は生気が無く、彼女の言う言葉を飲み込むようにうなずくばかり。言われてきればそうだった、と呟いた。
     二枚目は現在のカード。
    「恋人の正位置。貴方を助けてくれる良きパトーナーが現れました。あなたはその手を取って問題を解決すべきか、悩んでいる」
    「支店に異動しないかと言われているんです。向こうの支店長は良い人なんですが、遠いので迷っています」
    「では、最後のカードを見てみましょう」
     彼女はそう言うと、最後のカードを開いた。
     未来のカードは、塔の正位置。
     ふ、と彼女は笑う。
     中年男性は、そのカードがあまり楽しげではない絵である事に気づいて、そろりと彼女を見返した。
     だが、彼女は微笑んでいる。
    「……あの、このカードはどういう意味なんでしょう」
    「塔のカードは、突発的な事故や境遇の変化を意味します。予期せぬ出来事、それは貴方の力及ばぬ所にある」
     正位置の塔は、回避不能と彼女は告げる。
     驚いて思わず椅子から立ち上がった男性を、彼女も静かに椅子から立って見返す。
     突然事故に遭うといわれて、驚かない者が居ようか。
     何の理由があって……。
     と言いかけた男の唇に、そっと指を差す。
    「事故は、起こります。……今から」
     からり、と仮面が外れて素顔が露わになる。意外にもその素顔は、とても顔立ちの整った若い女性であった。
     凜とした表情は、強い意志を感じさせる。
     カードが風で飛び、地面に落ちる。彼女は手をかざすと、テーブルごとに男の首筋を掴んで締め上げる。
     ……事件は一瞬。
     青白い異形に変化した女性は、男を締め上げてぽとりと地面に落とす。それからタロットカードを拾い上げ、テーブルに置くと男性の遺体の前へと回り込んだ。
     彼女の服には、乱れも染みひとつもついてはいない。
    「今日もよい占いでした」
     呟いた彼女の前に、一人の青年が現れる。
     闇から現れたような、黒いコートを制服の上に着込んだ少年であった。すらりとした身丈に、彫りの深い顔立ち。
     黒髪はさらさらと柔らかそうで、真面目で清潔そうな容貌であった。
     殺害を見られた事を警戒し、女性が身構える。しかし少年は、首を振って笑みを浮かべた。
    「いえ、あなたを咎める為に来たのではありません。……あなたを迎えに来たのですよ」
    「迎えに?」
     そう聞きながら、彼女は平静を装いながら仮面を手に取る。それを顔につけ、また椅子に腰掛けた。
     少年はカードの山から、月のカードを取り出して見せる。
    「僕はヴァンパイアのひとり。貴女の力を借りる為、ここに来ました」
     僕の名前は、朝月(あさつき)です。
     そう言い、朝月は手を差し出した。
     
     日々風が冷たくなる秋の教室に、エクスブレインの相良・隼人は制服姿で椅子に腰掛けて待っていた。
     手にしたレポートのいくつかは、今までの事件のまとめであるようだが。
    「すでに聞き及んでいる事かもしれんが、クラリス・ブランシュフォール(蒼炎騎士・d11726)の懸念が的中し、ヴァンパイア勢力がデモノイドロードに接近している」
     デモノイドロードは、デモノイドの力を使いこなす者。自在に闇堕ちできる灼滅者のような存在である。
     隼人は、今回の事件においてある駅裏の街角占い師を差した。
    「この駅裏の路地は、夜になったらほとんど人が行き来しない。利便性が悪いし、バス停も反対側だからだろうな、まぁめったに人が来ない。だがこんな所に占いの露天を出している女がいる」
     彼女の占い師の名は、アルカ。
     アルカは、白い仮面をつけて露天を出している。彼女を求める者の多くは、その的中率に期待してのものであった。
     それもそのはず、死に関する予言は必ず当たる。
    「死の予言は彼女が必ず的中させる。……デモノイドの力を使ってな」
     彼女はデモノイドの力と、タロットカードを使って攻撃してくる。単体であるし、倒すだけであるならきちんと作戦を練れば問題ないという。
    「お前たちは午前零時、彼女が駅あらに現れた所を見計らって接触、倒してほしい。だが、それから十分ほど経過するとヴァンパイアが現れる。とにかくそれまでに倒して、撤収して来てくれ」
     万全を期すならば8分以内に倒すのがいい。
     ヴァンパイアは非常に強力で、まともに戦えば勝利するのは難しい。介入した所を見られれば、どうやってもその後の情勢が悪化するのは目に見えていると隼人は言う。
    「もしヴァンパイアが現れた場合、ともかくデモノイドは放置して撤収を優先してくれ。その場にとどまっても、犠牲を出すだけだ」
     隼人は今回の目的を、デモノイドロードが一般人に危害を加えないように恐怖心を植え付けるか、それとも灼滅するかいがれかで良いと話した。
     つまり、デモノイドの脅威を何らかの方法で取り払う事が出来ればよし、とするのである。
     少し心配そうに、隼人は皆を見つめる。
    「難しい依頼だが、よろしく頼む」
     そう声を掛け、頭をさげた。


    参加者
    ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    川原・咲夜(は運命の導き皆のオモチャです・d04950)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    久次来・奏(凰焔の光・d15485)
    天使・翼(ロワゾブルー・d20929)

    ■リプレイ

     予定時間丁度、駅裏に彼女は現れた。
     パンツスタイルの黒いスーツ姿で、顔には白い仮面。彼女はまだ開店準備を始めたばかりであったが、彼女が準備を終えるまでは時間は待ってくれない。
     路地の細く暗い影に佇み、彼女の来訪を待っていたミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)はすうっと口を開いた。
    「こんばんは、良い占い日和ね」
     ほほえみながら、ミレーヌが声を掛ける。
     街灯の向こうの闇から、決して慌てる事なく歩み寄る。彼女はすうっと顔を上げながら、こちらの様子を伺った。
     既に武装している所からして、単なる客では無いと気付いているのであろう。彼女もタロットカードを手に取り、仮面はカラリと地面に取り落とした。
     良い占い、と口にしたミレーヌを森田・供助(月桂杖・d03292)はちらりと見返す。彼女の表情から言葉の意味は見て取れなかったが、供助には何が良くて何が悪いか判断出来なかった。
     そこにあるのは決まりきった、今から意図的に作られる結果であるなら良いか悪いかも作られたものであるのだから。
    「……お客様、ではないようですね」
     落ち着いた様子で、アルカが答える。
    「いや客だよ? オレとおねーさんの相性とか占ってほしいなぁ」
    「天使、残念じゃが占いを請うている時間はない。」 
     久次来・奏(凰焔の光・d15485)に諭され、天使・翼(ロワゾブルー・d20929)は肩をすくめた。
     既に周囲は翼の殺界形成の力が発動し、人が近づく事はおそらく無いはずだ。
     しかし制限時間は十分しか無く、撤収の時間を含めても話し込んで説得するだけの余裕はない。時計を確認し、桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)が刀を構えて踏み込んだ。
     出来るなら8分、遅くとも9分……。
    「あなたは万死に値する。……そういう事よ」
     一刻も無駄にはしたくないという風に理彩は短くアルカにそう告げると、抜きざまの刀から漆黒の波動を打ち出した。
     一閃するたび打ち出される闇の弾雨を、アルカは後方に下がりつつ回避する。その一撃が足に被弾し、アルカは一瞬動きを止める。
     この機を逃さず、翼が妖冷弾を放った。
     アルカはそれを容易く弾くと、横から飛び込んで来たギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)に視線を向ける。
     斬鑑刀に炎を纏わせたギィが振り下ろすと、その強力な一撃をタロットカードでピタリと受け止めた。
     その体は既に元の女性ではなく、青白くネオンに輝くデモノイドのものである。
    「さすが、デモノイドの力を持ち合わせているだけあるっすね」
     ビクとも動かぬ斬鑑刀を見ると、ギィが刀を構え直した。彼女の手にカードはしっかりと握られ、それを使う事をギィは最も恐れている。
     それ故、カードによる攻撃にも備えていた。
     突如、咆哮が響き渡る。
     彼女は甲高い吠え声とともにカードを展開すると、そのカードは高速で回転した。
    「くっ……」
     斬鑑刀で弾こうとしたギィの腕を、カードは結界を形成しつつ切り裂く。陣形は前衛に集中しており、展開したカードにより仲間へ次々刃が襲いかかった。
     こういった攻撃は、アルカの最も得意とする攻撃。
     冷たく見下ろすアルカを、傷を押さえながらギィは見上げた。
    「死の占いが当たるのは、当たり前の事っすよ。あんたが殺すなら、ね」
     つまらない占いだとギィは呟いた。
     少なくとも、ソロモンの悪魔のように取り巻きを作る事も出来ず、一人戦い続けるデモノイドロードはつまらない気がした。
     単独を望む、六六六人衆やアンブレイカブルのような存在とも違う。
     ふと笑ったギィは、川原・咲夜(は運命の導き皆のオモチャです・d04950)をちらりと振り返る。こくりと頷き、咲夜はカードを一枚抜き出すとギィに放った。
     そして、自分の手元のカードをふと見下ろす。
    「月の逆位置」
     目を細め、咲夜は満足そうに表情を和らげた。
     これは占い師としての誇りであり、ここにいるのは灼滅者として、そして占い師として決着をつける為に来たのである。

     パワータイプのデモノイドにしては、彼女の動きは冷静であった。八名が飛び込むのを待ち、各自の動きを確認するように見まわす。
     占い師であったからなのか、一人一人の性質のようなものを見抜こうとしているように見える。斬鑑刀と炎による力任せの攻撃で立ち向かうギィと、その隙に回り込んでナイフを翳すミレーヌ。
    「逃がさないわよ」
     ミレーヌは、速度を上げて攻める。
     ナイフを使った技は、アルカを圧倒する。速度なら自分の方が勝っている、とミレーヌは感じて居た。
     ギィは攻めあぐねているようだが、それでもアルカの攻撃にやられっぱなしではなかった。ミレーヌ、ギィ、そして理彩と埜口・シン(夕燼・d07230)の四名が攻撃に回り、供助と奏がアルカの攻撃から守る。
     守りの奏達も、極力攻撃に回る姿勢であった。
     すうっと姿勢よく立ったアルカの手に、一枚のカードが握られる。
    「太陽……砲撃です!」
     カードを見た咲夜が、声をあげた。
     カードを取った手が歪に変化していき、巨大な砲口を作り上げる。構えたその姿勢はまさに砲台のようで、ミレーヌに向けて撃ち放った。
     飛び出した供助が、砲口を見てミレーヌの前へと飛び出す。何とか庇う事が出来たのは、それが供助であったからであろう。
     立て続けに攻撃を受け続ける供助の体は、ダメージが蓄積しつづけている。
    「……なあ、聞いてもいいか?」
    「何ですか?」
     咲夜は治癒の為にカードを供助に放ちながら、答える。
    「さっき見てたカード、何だったんだ」
    「月のカードです。色々障害は起こりますが、問題はじきに解決するとカードに出ています」
    「そうか」
     にっと笑うと、供助は拳を構えた。
     それなら、多少の怪我は受けても攻撃に徹すれば倒せるって事だ。供助はそう解釈し、アルカの懐に飛び込んだ。
     拳に体重を乗せるようにして、叩き込む。
     引かぬ姿勢で連打を繰り返す供助、それに合わせて奏が拳にオーラを纏わせた。盾となった二人が、揃って拳で壁を作る。
    「しかし、デモノイドロードとは……やっかいな相手よのう。容易に倒れはせんわ」
     アルカを見上げ、奏はふと薄く笑った。
     こうして二人がかりの拳も、カードでいやしてしまうのだから。
     その上、体力も生半可ではない。攻防一体のカード展開と治癒、そして強力なパワーでの砲撃に対しては、治癒が咲夜一人では負担が大きくこちらの体力消費が大きい。
     理彩が影を刀に宿して斬りかかるがアルカは闇の力を弾き、続く翼のデモノイドの腕から放たれた砲撃を弾いた。
    「同じ力なら、向こうの方が上って訳か」
     翼が考えていた以上に相手の力との差は大きく、妖冷弾やキャノンなどの攻撃ではアルカに傷一つつけられそうにない。
     時間がない今、これ以上キャノンや冷弾という攻撃を使う事は出来なかった。
    「こっちも無理ですね。やはりスピードで押すしかないようです」
     理彩に言われ、翼は影をゆるりと動かした。
     あとはコレに頼るしかない。
     一方理彩も、刀を構え直して深呼吸をする。
     シンが振り上げたチェーンソー剣を叩き降ろすが、回転する刃もデモノイドの厚い体皮を破る事が出来ない。
    「今何分?」
    「5分ですね」
     時計を持っていた理彩が答える。
     その言葉を聞き、シンがミレーヌに提案した。二人で同時に、あのカードの防衛陣を破るのである。
     それなくして、こちらの攻撃による効果は最大限発揮される事がない。
    「いい?」
     信じてるからね!
     とシンに明るく声を掛けられ、翼は笑って返した。
    「大丈夫、みんなの攻撃はしっかりオレがフォローしちゃうよ」
     次は何としても、と翼は呟いた。
     シンが真っ直ぐにアルカを睨み、チェーンソー剣を唸らせる。モーター音が耳障りに響き渡り、アルカのカードに阻止されてもその唸りは止まなかった。
     剣を握り締めて食いしばるようなシンの表情は、笑っているようにも見える。
    「くっ……私達からは……逃げられやしないんだから……諦めなさいっ!」
    「アナタは殺しすぎたのよ。……打ち破りなさい魔導書!」
     ミレーヌが開いた魔導書から光が放たれると、シンの剣と魔導書の光は同時にカードの防衛陣を破った。
     弾かれたように散るカードが、パラリと地面に散乱する。
     一歩踏み込んだ翼が影を放つと、堕ちたカードを塗り替えるように這い、刃でアルカを切り裂いた。
     再びアルカが咆哮を上げ、カードを展開させる。
     祭霊光で嫌そうとした奏は、手を止めてアルカを見上げる。先ほどよりは勢いがなく、カード展開もやや鈍っている。
    「今は攻撃の時、一刻の猶予も無いのじゃからな」
     奏は他の仲間に目を配りつつ、拳を握り締めた。
     シンがミレーヌとともに二度目の打破を試みる中、奏は供助や理彩、ギィ達とともに飛び込む。拳に炎を纏わせ、焦がれる程の炎とともに拳を叩き込む奏。
     ふ、と笑いながら奏は拳を構える。
    「なかなか往けぬのも辛かろう。火だるまにしてやろうではないか」
     体は既に限界であったが、奏はからからと笑った。
     すぐ後ろでは、翼が軽口を叩きながらデモノイドの腕から酸を放っている。その軽口を聞いて、また笑った。
    「そろそろ仕舞いじゃ、盛大に行くとするか」
    「そうだね。……じゃあそろそろおねーさん、ごめんだけど死んでくれるかな」
     翼の影が切り裂くと、理彩がすっと刀を収めた。
     タイミングを間違えぬようにな、と言った奏にこくりと頷いてみせる。神経を集中させた理彩は、供助が影で縛り上げた瞬間に踏み出した。
     踏み出した勢いのまま、刀をすらりと抜き放つ。
     抜きざまの一撃は、風のように流れて……ふたたびカチンと音を立てて鞘へと収まった。抜刀から納刀まで、まさに一瞬。
     音もなく、それは終わった。
    「一つ、貴女の今後を占って差し上げたかったが……残念ながら、闇に運ばれた命の先までは私には見えません」
     咲夜はカードを手の内に収めると、そうアルカに言う。
     この先は、どうぞご自分で占ってくださいと咲夜は細い声で伝えた。ああ、消えゆく彼女にはもう、聞こえて居ないだろうが。

     時間はあと2分。
     奏は時間を確認し、残したものがない事を確認した。持ってきたものも残したものも無く、あとはアルカの持っていたカードが残されるだけであった。
     一枚を取り上げ、奏が表に返した。
    「塔のカードですね」
     カードを見て、咲夜が言った。
     塔のカードというのは、隼人の言っていた犠牲者の話にも出てきた。それを思い出して、供助が咲夜にカードの事について聞いてみた。
     いったい塔とはどういうカードであったのか。
    「塔のカードはどちらも事故や悲劇が避けられないのですが、実は逆位置だけは少しだけ希望があるんです」
    「……なるほど、どんなカードにも可能性は残されているっていうのか」
    「占いを求める人は、自分の星を、命を観に来るんですよ」
     咲夜の言葉を飲み込むようにして、供助はそのカードを逆にしてから地面にそっと置いた。希望がある、というのならどうか彼女の巡る運命の輪の先に幸せがありますようにと。
     奏は腕を組んで、その様子を眺める。
    「デモノイドとは力任せの者ばかりと思うておったが、こうして使い方次第ではおれ達を手こずらせる相手にもなるという事じゃな」
     そしてその授かった力をどう使うかで、その後の生き様も変わる。
     その事を、奏はまざまざと痛感していた。
     何より、仲間の戦いを見ているとそう思うのである。
    「ダークネスと灼滅者、思っているよりもずっとその間の溝は深いのね」
     奏の話を聞いて、ミレーヌがそう言った。
     デモノイドロードという非常に曖昧な立場の者がどれ程灼滅者と違うのか、その当たりにも興味が在りはするが。
     理彩は、すうっと周囲を見まわす。
     そこにまだ誰の影もないが、じきに闇の使者は来訪すると知っていた。知っているからこそ、時間を気にしていたのである。
     彼が到着すれば、戦い終えて体力を消耗している自分達では手も足も出ないだろう。
    「もうじきヴァンパイアが来るわね」
    「すぐに撤収しましょう、退路に気をつけて…顔も見られたくありません」
     ミレーヌが言うと、理彩は退路を確認するように仲間に視線を向けた。
     ここから移動するなら、人の多い駅の方角であろう。既に8分を経過している為、一秒の猶予もない。
     ギィはヴァンパイアを探すように周囲を見ていたが、その腕をシンが掴んで引っ張った。引かれるままに、ギィがゆるりと歩き出す。
     翼はパーカーのフードを下ろし、目深に被った。
    「途中でバッタリ……なんて事にならなきゃいいな」
     出来るなら、道中でも学園の事は触れずに居たいと翼が言った。口では軽く言っているが、途中で会えばタダでは済まないと彼も察している。
    「さあ急いで、駅まで行って電車に飛び乗れば気付かれやしないから」
     仲間を促すと、シンは駆けながらちらりと後ろを振り返る。いつまでも開店しない店のテーブルとクロスが、そこに置かれていた。
     心の内で、シンは阿佐ヶ谷の事を思い返していた。
     本当に悪いのは、種を植え付けた悪魔であったのか……堕ちる事を望んだ者か。いずれにしても、ロードとなった彼女達はその力を自らの快楽の目的にしか使ってはいないのである。
     それは、分かって居るけれど。
     せめて、これ以上誰も悪魔の力に利用される事のないよう祈るのであった。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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