放課後になれば、もう日が傾く時期になった。吹く風も冷たい。
ある日、帰ろうと偶然中庭を通りがかった刃鋼・カズマ(高校生デモノイドヒューマン・dn0124)は、雑草が生え枯れかけたまま放置されている花壇を見つけた。
ただ、それだけのはずだったのだが。
「そろそろ秋植えの球根の時期だな」
どうしてこういうタイミングで、キャンパスも違うこの男と校内で出会うのか。
櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)が、同じ花壇を眺めながら何やら頷いていた。
「あの花壇を管理しているものは特にない。申請すれば、球根や道具などは準備してもらえるだろう」
「……そうか」
「広い学園のことだ、手入れの行き届かない庭などいくらでもある」
見透かしたような顔をする伊月。
「花、植えてみるか」
「俺が、か」
「土いじりを教育の一環として取り入れている学校もある」
「そういう意味ではない」
「冬を越し春になり、花咲く頃を楽しみにできるのは良いことだろう」
灼滅者の日常は、戦いと闇堕ちとの背中合わせだ。
だが、灼滅者も現代を生きる学生であり、学生としての日常を過ごす権利がある。
「私は次の春で高校を卒業する。大学に進めば環境も変わり、学業で忙しくもなるだろう。母校に何か残すのも、良い記念になる」
学校生活とはそういうものなのかと、カズマは思う。
「わかった。付き合おう」
「そうと決まれば話は早い、早速手続きをしてこよう。教室で声も掛けてみるつもりだ、私は肉体労働をしない主義だからな」
「……?」
「楽しみにしているといい。存分に土に触れるぞ」
笑ってひらひら手を振り、校舎に消える伊月。
エクスブレインに乗せられたとカズマが気付くまで、数分かかった。
放課後のチャイムが鳴り響き、集まってくるのはジャージに腕まくり、エプロン姿の生徒達。
さあ作ろう、皆で春の楽しみを。
集う生徒達に配るのは、綺麗にまとめられた花たちの資料。優歌は率先して、球根の色と配置を考える。花開いたとき、花がより美しく見えるよう。皆で考えたことさえも思い出になるように。
作業服にお揃いのエプロン付けて、ひなたともみじはゴミ拾い。
「私、このゴミ拾いが終わったら、自分のキャンパスの中庭にも花壇を作るんだ……」
何やらフラグを呟けば、もみじは『ナノ?』と首傾げ。ちいさなおててで大きなゴミ袋を引きずってくる。ゴミ拾いお手伝い、やる気は満々。
丁寧に雑草をより分け引き抜くイコの隣、円蔵は懐から覗くラブリーエンジェル、二匹の白蛇を撫でては問いかける。二匹の憩いの場を作るため。
「オブさん、オスさん。こちらの草はどうでしょうねぇ?」
「このハコベなんて如何かしら。春には同じ白の小花が、可愛く咲くわ」
二匹がちろり舌を出しては意思表示? 籠に摘まれる草の寝床。
気分転換にと結理を誘った花壇設営、貫が語るは思い出話。いつの日だったか、白い花咲く病院の中庭、知り合った小さな友人のこと。
「あの子ぐらいだったな、俺のことちゃんづけで呼んでたの」
「トール……、『ちゃん』?」
吹き出してしまったのはご愛敬、雑草引き抜きごまかして。土を触れば静まるはずが、何故かざわつく心の端。隠して結理は背伸びする。
「思い出のお花畑みたいに咲くよね、きっと」
雑草取りが終わった場所で、十四行はひそりと呟いた。
「……そうだ、不用土を腐葉土にするってのはどうだ」
掘り返した花壇の土。耕すのも大変だったが、入れ替えるのも大変だった。端に積まれた土の山、ただ捨てるには惜しいもの。灰や肥料を混ぜたなら、まだまだ充分使えるはず。
いつかまた機会があったなら、再利用も悪くない。
「んじゃ、やりますか」
梛の一声で、【ながればし】の面々は手に手に揃いの軍手をはめる。ゴミはきちんと分別して、雑草の根はスコップ持って掘り起こせ!
「結構重労働なんだよな」
「まかせろ! 重労働と来たら俺の出番!」
スコップ両手の二刀流、勢いクレイは土まみれ。遊んでなんていませんよ?
重労働は男子に任せ、女子二人は球根選び。
「そうだなぁ、ボクはユリがいいな」
ミラは幼い頃を思い出す。こんなふうに土を触るなんて、どれくらいぶりだろう。小さな頃は、毎日こうして遊んでいたはずなのに。
「植える準備をしっかりしてあげるのが大事なのね」
土の入れ替えなんて初めてと、春陽は労働組の二人を眺め雑草を片付ける。さあ、ここに何を植えようか?
「私は、春と言えばチューリップかしら」
あかしろきいろと、植える深さを調べつつ。
土を被ったクレイの肩やら背やら払ってやり、梛は女子二人に説明する。ユリは深めに、チューリップはほどほどに。
「なあ、自分達が植えた花見ながら昼飯って最強じゃね?」
それは名案。次の春が待ちきれない!
ジャージ姿に軍手の二人、隣り合わせて黙々と草むしり。
「刃鋼くんも時々は立ちあがって、ぐーんと伸びするといいと思うよ」
こんな風に、と安寿は手本を見せる。
「……こうか」
真似して伸びするカズマ。ずっと屈んでいたからか、体の隅々に心地よい。
手をかけたらかけた分、花は綺麗に咲いてくれると語る安寿の言葉。
「そうだな。これからは小まめに見に来ることにしよう」
カズマも頷き、作業に戻る。
「ガーデニングすんなら、素手でやるなよ」
土に危険なものが隠れているかもしれないから。お誘いどーも、と嵐は軽く頭を下げる。
「提案は櫻杜だが、始めてみれば興味深いものだな」
深く根を張った雑草を慎重に引き抜きながら、カズマが応えた。手渡された小さな熊手に礼を言い、細かい根を残さぬよう土を崩す。
嵐も軍手を軽く引っぱり、雑草を抜き始める。口には出さないが、花は好む方だから。
「ガーデニングって凝り始めると止まらなくなりそう……」
千代は夢中で土を触っている。ふかふかにした土は、なんだかとても温かくて。
「八尋くん、千代ちゃん、ちょっと休憩にしよう?」
灯倭がミルクティーを持ってきたと言えば、八尋も笑って大きく伸びをした。
「そうだね、休憩にしようか」
「あれ、八尋先輩あんまり服汚れてないね?」
「ホントだ? 八尋くん、土いじり上手なんだね」
「……ああ、カズマくんも一緒にどうかな」
実はあまり働いてないのは秘密にして。八尋は話を逸らしつつ、通りがかったカズマを呼び止めた。なんて良いタイミングだろう。
灯倭が水筒から温かいミルクティーを配り、温もりにほっとするひととき。
「そうだ。カズマ先輩、その節はお世話になりました! ほら、八尋先輩も元気でやってますよ!」
千代が言えば、灯倭も続けて、
「とっても感謝してるんだ。だから今日は、私たちがお手伝いだよ」
ミルクティー片手に微笑む八尋、カズマを見て言う。
「あのときは、ありがとう」
二三度瞬きをしたカズマ。
「……椿原の強い意思と、皆の思いがあってのことだ。俺は何も」
していない、と。やや視線を逸らす。どうやら照れているらしいと察した三人は、顔を見合わせて微笑んだ。
「体を使う作業ですので、暖かいものと甘いものは活力になると思うのですよ」
流希は借りてきた机にコンロを備え付け、湯を沸かしてはコーヒーや紅茶を並べていく。それらは甘い菓子と共に、土作りを終えた者たちの冷えた手を温める。
「ありがとう、いただこう」
伊月はコーヒーの缶をゴミ袋に捨てると、新しく紅茶の紙コップを受け取った。
「肉体労働は僕向きじゃないんですよねぇ……」
隣で甘いカフェオレにして、湯気を楽しむのは慈雨。妹の汀は元気いっぱい、霊犬の蓮と一緒にチューリップの球根を抱えて花壇の前。
「適材適所。得意な者に任せておけば、何事も良いようになるものだ」
うんうんと頷く伊月。頭脳労働専門、肉体労働はしない主義。
「兄さま、兄さま!」
手を振って汀は兄を呼ぶのだが、まったり休憩モードで動いてくれない。折角一緒に植えようと思ったのに、と花壇を見れば、霊犬の蓮が深い穴を掘って得意顔。
「もう、すごいけど褒められない!」
頬を膨らませて不機嫌アピールする妹に、苦笑して慈雨は花壇に向かう。わん! と誇らしげな霊犬の鳴き声が重なった。
雑草が取り払われ、土も入れ替えられた花壇に、球根の袋が運び込まれる。
「がんばろー!」
「おー!!」
恋と美乃里は元気に声を上げると、思い思いの球根たちを抱えて並べ始めた。恋は耳慣れた童謡を口ずさみながら、
「美乃里ちゃんは、どんな色のお花が好き? わたしは黄色、見てて元気が出てくるし!」
大好きな黄色のチューリップの球根を並べていく。
「私は、白や青色のお花が好きです」
ユリの球根を注意深く埋めながら、美乃里は思う。儚い色だけれど、強くて綺麗だと思えるから。春になれば、花壇は花で溢れるだろう。それまで一緒にお世話をしようねと微笑みあった。
「前にチューリップ怪人と闘った事があって、そいつがなんか妙に人間味のある奴でさ」
「……ダークネスも元は人間なわけだし、そういうのって結構いるのかもね」
南守は初夏頃の依頼を思い出しながら、チューリップの球根を植えていく。チューリップ布教の手伝いではないけれど、シンプルで綺麗な花だから。達人は小さなクロッカスの球根を並べ、軽く土をかけていく。
「志那都さんは、先に卒業しちまうんだよな」
「うん、あと一年あるし……大学もできるらしいからね、まだまだ過ごせるさ」
南守の問い、達人は笑顔で返す。
黄色のクロッカスの花言葉は『青春の喜び』。この花が咲いても、時間はたっぷりあるのだから、その時はクラブの皆を誘って見に来よう。
青空に咲く月のような花。クロスはクロッカスの球根を手に、そんな事を考えていた。
クロッカスは春の夕暮れのような青紫と、鮮やかに輝く黄色、そして星のような白い花が咲く。とても丈夫で増える花だから、晴れた日の青空のような花が咲くだろう。
それにしても、こんな小さな塊が土の中で冬を越し、春に花を咲かせるとは、なんて不思議なことだろう。ほんの指先ほどの球根を幾つも並べ、クロスは感嘆の息をついた。
髪は無造作に束ね、ブラウスの袖を折り上げて。いばらもクロッカスを植えていく。
花言葉──『青春の喜び』。来年の春に咲くこの花の一輪一輪が、自分の青春の指標となるのだろう。それはとても、しあわせなこと。
手を掛けた分だけ思いは深まり、春が待ち遠しくなるだろうか。ずっと触れていたくなる柔らかな土を被せ、いばらは思いを馳せた。
慣れた手つきで溝を作り、球根を並べては土を被せていく紫音。一つ一つに名前を付けてやりながら、綺麗に咲けよと祈りを込める。
「卒業する前に花を残せるっていいですよね。春が楽しみになります」
ねえ、プラム。李は霊犬の頭を撫でてやる。プラムが前脚で掘る穴に、クロッカスの球根をひとつふたつ。隣に移って、またもうひとつ。一人と一匹の共同作業。
クロッカス、花言葉には『信頼』の説もある。皆の学園生活が喜びに溢れ、信頼に支えられるように、そう願わずにはいられない。
「ムスカリ? 初めて聞いた」
美樹は司の言う花の名を聞き返す。なんでも青紫の可憐な花らしい。チューリップを植えながら、耳慣れぬ花の名を唇の中で繰り返す。
「チューリップはムスカリより背が少し高いから、一緒に咲いたらとても綺麗ですよ」
友人の手つきに危うい物を感じ、司はつい手を伸ばしてしまう。土のついた軍手の手で頭をわしゃっと掻き回され、美樹は頭がもさもさの土まみれ。
「済みません。でもそっちの方が、男前ですから」
「じゃあ、司も男前にしてあげるね」
美樹からのもさもさ返し。これで二人とも男前だと、小さく笑い合った。
桃色のチューリップの球根を手に取り、千尋はオリガの手元を見る。
「オリガさんは何の球根にしたんですか?」
「私は……そうね、クロッカスを植えてみようかな」
ピンク色という所が彼女らしい、とオリガは微笑む。
「うまく言えないんですけれど」
今、皆で植えている球根が花開くように、心に花を咲かせるように日々を過ごせたらいいと、千尋は唄うように語る。オリガははっとして顔を上げた。
「それは素敵、とても素敵ね」
皆が自分の花を心で胸で育て、そうして時が流れ、開いた花もまた受け継がれていくのだとしたら、とても、素敵。器が変わっても、魂は巡りゆくものだから。
「……それ。どれも一緒に見えるんじゃが」
「あら、ちゃんと違うわよ?」
これはチューリップ、赤と白と黄色とピンク、どれもそっくりだけど全部違う。篠介と依子は軍手をはめて言葉で遊ぶ。土いじりは久しぶりだけど、温かな土は心躍らせる。
童謡を口ずさみ次々並べる様が魔法のよう、篠介は感心するばかり。
「この魔法は心次第で、誰にだって使えるの」
ほら、と球根手渡し微笑む依子に、篠介も彼女のように春の魔法をかけてみようかと改めて袖をまくった。花咲く春を共に迎えられるよう、願いを込めて。
シャベルで掻く土が温かいのは何故だろうとアリスが問えば、命の生まれる場所だからと暁が応える。ふたり並んでクロッカスの球根を植えながら、思いを次の春へと馳せる。
この花が咲く頃、アリスは高校を卒業する。
「ね、いつか此処に花が咲いたら、報せてくれるかい」
「ふふ、それじゃ一緒に会いに来ましょうよ」
クロッカスの花言葉の一つ、『あなたを待っています』。絵や言葉で伝えるより、会いに来る方がきっと嬉しい。約束を一つ、次の春へと結んで。
季節は冬へと移りゆく。
芽吹き花咲くその春に、たとえ別れが訪れようとも。
花は変わらず誇らしく、春を讃えて咲くだろう。
だからまた集おう、この花たちが咲く頃に。
作者:高遠しゅん |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年11月6日
難度:簡単
参加:35人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 1
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