悪意の流れる川

    作者:波多野志郎

     ――水場の事故、というのはどの時期にでも起こるものだ。
     それは、人々の生活に水が欠かせないという証であり、常に傍らにあるという証明でもある。その男は、そこに目をつけた。
    「さて、今度はどこで浮かんでくるかね?」
     男は足元のソレを蹴飛ばし、暗く笑った。バシャン、と派手にあがる水音。それは、蹴りこまれたモノがそれなりの大きさと重量があった事を物語っていた。
     これは、男のささやかな楽しみだ。殺した対象を川へと流す。深い意味は、ない。ただ、その死体がいつどこでどのように見付かるのか? 後で調べて記録する、そんな『趣味』があるだけなのだ。
    「あぁ、明日の朝が楽しみだね」
     暗い愉悦の笑みを浮かべ、男はその場を後にする。そこに、罪悪感はない。そして、恐れもない。
    「俺は捕まらない、本当に楽しい力を得たもんだぜ……」

    「……本当、デモノイドロードってのはどいつもこいつも……」
     憤りが隠せない、そんな表情で湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は吐き捨てた。
     今回、翠織が察知したのはデモノイドロードの存在だ。デモノイドロードは悪に染まりきった心を持ち、デモノイドヒューマンのように人の姿で力を振るう事も、場合によっては意思を持ったままデモノイドへ変貌する事も可能な存在だ。
    「そのデモノイドロードは人を殺しては、川に突き落とす、そんな奴っす」
     対象となるのは、川の近くを歩く者や釣りに来る者などだ。そういう人間を殺し、川に叩き落す事を楽しみにしているのだ。
    「放置すれば、もっと多くの人間が犠牲になるっすから……対処が、必要っす」
     遭遇するのは、簡単だ。そのデモノイドロードが出現する川、その川原に居れば向こうの方から襲ってくるだろう。
    「えーと、この辺りっすね」
     翠織は地図を広げ、きゅーっとサインペンで丸をする。
    「この川原なら戦いやすいっすから。ただ、戦っている最中に一般人を巻き込まないようにESPなりで工夫する必要があるっすね」
     なお、時間は夜なので光源は必須となる。その点だけは、注意がいる。
     そして、デモノイドロードは一体のみだがその戦闘能力は高い。加えて、状況が不利になれば『逃走』する危険性もある。きちんとした作戦を練って、対処にあたる必要があるだろう。
    「放っておけば、どんどん犠牲が出る一方っす。だからこそ、ここできっちりと倒して欲しいっす……」
     翠織はそう厳しい表情で締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    英・蓮次(凡カラー・d06922)
    ティート・ヴェルディ(九番目の剣は盾を貫く・d12718)
    エール・ステーク(泡沫琥珀・d14668)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    富山・良太(ほんのーじのへん・d18057)
    鞍石・世陀(勇猛果敢クライシス・d21902)

    ■リプレイ


     川のせせらぐ音が、薄暗闇の中に響き渡る。
    「デモノイドロードと戦うのは初めてだけど、罪悪感の無い殺人者って……つまり……そんな奴が力を得てるなんて性質悪すぎだろ」
     仲間と共に物陰に身を隠して、英・蓮次(凡カラー・d06922)はため息混じりに呟いた。サイキックの力を使う殺人者、その意味を理解していない者はここにはいない――同じ力を持つからこそ、許せないものがあるのだ。
    「しかし、川に流すか。理解し難い趣味だな……敵は根暗な小物と見た」
    「趣味悪いよね、本当に……。何か別のものでも流せばいいのに……灯籠とかだっけ、何処かの風物詩とかであるとか聞いたことある気がするよ」
     鞍石・世陀(勇猛果敢クライシス・d21902)が吐き捨て、淡々とエール・ステーク(泡沫琥珀・d14668)がこぼす。そんなやり取りを聞いていた唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)が、小さく息を飲んだ。
    「来たようですね」
     DSKノーズ、その『業』を臭いとして捉える蓮爾の鼻は、強烈な臭いを感じたのだ、それも唐突に。範囲の中に対象が踏み入った、その事に仲間達も視線を走らせた。
     その視線の先には、七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)の姿がある。そして、誰歌は不意にかけられた声に振り返った。
    「こんばんは、いい天気ですね?」
     そこにいたのは、男だ。年の頃なら、二十台半ば。中肉中背の、これといった特徴のない男だ。その貼り付けたような笑顔に、誰歌も笑顔を返す。
    「やぁ、こんにちは。君はどうしてこんな人気のないところにいるのかな?」
    「いえ、趣味の散歩ですよ」
     こちらの警戒など、意に介さないように男は歩み寄ってくる。それに対して、誰歌は真っ直ぐに言い返した。
    「私は野暮用とちょっとした散歩だよ。最近は物騒だからあまり一人歩きはよくないとは思うんだけどな」
    「物騒というと――」
     男が、右腕を掲げる。ぞぶ、と溢れ出す青い細胞――そこには、凶悪な生体刃が形成された。
    「――こんな感じかな?」
    「ああ、そんな感じだ」
     サラリ、と誰歌が返したその瞬間だ、男が弾けたような勢いで振り返る。振り返り様の横薙ぎ、それは空を斬った。
    「あなたを三途の川に流すために来ましたよ」
     その軌道の下、身を低くした富山・良太(ほんのーじのへん・d18057)が縛霊手の拳を振り上げた。男は、咄嗟に肥大化した左腕でそれを受け止める。そこへビハインドの中君が、すかさず霊撃を叩き込んだ。
    「お――」
    「なんか気に食わねぇヤツだな、これ以上好きにはさせねー、ぶっ飛ばす!」
     そして、おでんの串を咥えた槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)が前髪を留めてる焦げたクリップを軽く触って確認、その拳を握り閉める。そして、ゴウ! とその拳を炎で包み、デモノイドの顔面に殴打した。そして、串をしっかりとしまってから、康也は拳を突きつけ言ってのけた。
    「これで見やすくなんだろ!」
     火の粉を巻き上げ、男が大の字に地面に転がる。それを見て、ティート・ヴェルディ(九番目の剣は盾を貫く・d12718)が言い捨てた。
    「立てよ。胸糞悪い趣味の野郎と楽しく戦えるかは期待できねぇから、とっとと潰してスッキリしてぇんだ」
    「……ち、引っかからないか」
     ぞぶり、と全身から吹き出した青い細胞が、男を飲み込んでいく。それは、一瞬だ。瞬く間に、そこに青い異形の巨躯、デモノイドが姿を現わした。
    (「油断ならねぇな……ちくしょう、もったいねぇ」)
     もしも、あのまま突っ込んでいれば即座に変貌したデモノイドに殴り返されていただろう。胸糞の悪い野郎ではあるが、その実力は確かなようだ。戦闘大好きの戦闘狂としては、あまりにももったいない逸材だった。
    「いいぜ? これだけの数を流すのは初めてだ。どれがどこに流れ着くか、興味深い」
    「そんな悪趣味に付き合う謂れはないよ」
     蓮次が言い捨てたその直後、デモノイドの周囲を青い光の円盤が囲んだ。
    「心配するな、有無も言わせずつき合わせてやるさ」
     ゴォ! と高速回転した光の円盤、リップルバスターが取り囲む灼滅者達を切り裂いた。


     青い残像が、視界に焼き付けられる――それを橙の瞳で冷静に見やり、エールは解体ナイフを眼前にかざした。
    「ここからが、本番みたい」
     音もなく展開されたのは、夜霧だ。立ち込める霧の中、その朗々と歌い上げるような言葉が響き渡った。
    「あゝ、醜き同胞よ、その蒼を赤き血で染めて。ならば僕が穢れた貴方の息の根をひといきに止めて差し上げませう」
     その言葉に、デモノイドは振り返る。霧の中の赤い影をその刃が受け止める――しかし、言葉は止まらない。
    「剥き出しの狂気はいっそ心地良く、僕の嗅ぎ取ってきたヒトの業は深く澱み此の記憶から離れぬのです」
     赤い影、ビハインドのゐづみが宙を舞った。踊るようなその動きに合わせる様に、蓮爾の縛霊手がデモノイドの胸部を殴打する!
    「が……ッ」
    「ォオオオオッ!」
     すかさず、デモノイドの胴をティートが振りかざした死の力を宿した大鎌が捉える。そして、ギュオン! と良太が爪弾くバイオンスギターの音色が、衝撃として駆け抜けた。
    「調子に、乗るな!」
     合わせた中君の一撃をデモノイドは青い魔法光線の一射で相殺、地面を蹴る。その巨体が高速で動くのを、赤いマフラーをなびかせた世陀が追いすがった。
    「逃がすか!」
     その死角に回り込んでのリングスラッシャーの一閃、黒死斬がデモノイドの太い足を斬る。その足が地面を踏んだ瞬間のわずかな動きの鈍り、そこを誰歌が見逃さなかった。
    「自分が食われる覚悟くらいは、していたのだろうな?」
     音もなく走った影が、その牙を剥く。誰歌の影喰らいが、デモノイドを飲み込む――だが、その内側からデモノイドは刃を振り払い這い出て来た。
    「俺と同じ力、か。雑魚も集まると厄介だな」
    「捕まんねーってのも、簡単に逃げられるってのも、甘いぜ!」
     螺旋を描く康也の螺穿槍を、デモノイドはその左腕で受け止める。そして、蓮次は縛霊手に内蔵された祭壇を展開、除霊結界を構築した。
    「あぁ、お前を必ずここで倒す!」
    「何でだよ? お前等、俺の同類だろうが」
     大きく後方へ退いたデモノイドが、まるで今気付いたような声色で続ける。
    「そうだよ、俺とお前らは同じなんだろう? なら、どうして俺を殺そうとする? 俺達は、人間とは違う。より、優れた存在じゃないか。たかだか、人間の一人の十人の殺したくらい、何でもないじゃないか」
    「何を言ってる? 同じ訳が無いだろう、そもそも性別が違うしな!」
     きっぱり、と言い切った世陀への、デモノイドの反応こそ見物だった。きょとんとした後、ようやく意味に気付いたようにデモノイドは言葉を重ねる。
    「違う! そういうのじゃなくてだな――」
    「止めとけよ、お前の言葉に耳を傾ける奴はいねぇんだ」
     ティートの言葉に、デモノイドは口を素直に閉じた。自分を囲む他の灼滅者の表情も見たからだろう、いくら言葉を重ねても動揺を誘えない、そう気付いたのだ。
    「胡散臭い」
    「えーとアレだ……その……いんがほーほー? とかいうヤツ?」
     一言でエールが切り捨て、康也がしどろもどろに言う。ちなみに、正しくは因果応報である。
    「自分のやった事を思い返せよ」
    「――ひどい奴等だ」
     蓮次の言葉にデモノイドは言い捨て、その刃を振りかぶった。


     ――夜の川原に、火花と剣戟が鳴り響き舞い散った。
    「よ、ほ、と!」
     足を止めての打ち合いに、康也はかろうじて食いつく。その隣にいるのは、ティートだ。二人がかりで、デモノイドをその場に押し止めるのがやっと――その実力差に、二人の顔に浮かぶのは笑みだ。
    「――!?」
     康也が、デモノイドの右腕を受け止める。そこで止まる攻防、その間隙にティートの拳がデモノイドの顔を強打した。
    「が、あ!」
     そして、康也のマテリアルロッドがデモノイドの胸を捉え、衝撃を撒き散らす。一歩、後ずさったデモノイドへ影の触手が絡み付く――良太の影縛りだ。
    「中君!」
     そこに、中君の霊障波が叩き込まれる。大きくのけぞるデモノイドは踏ん張り、その巨大な砲門を化した右腕から死の光線を射出した。
    「く……っ……。おかえし、だ!」
     DCPキャノンを受けた直後、誰歌が踏み込む。赤が、青の横を通り過ぎる――逆手に握ったナイフを薙ぎ払い、デモノイドの脇腹を髪をなびかせた誰歌の紅蓮斬が切り裂いたのだ。
    「大丈夫、問題ないよ」
     エールの癒しの光が、すかさず誰歌の傷を回復させる。それを横目で確認して、蓮次は縛霊手で殴りかかった。
    「よし」
     霊力の網がデモノイドを包むのを見て、蓮次は小さく呟く。確実に重ねた捕縛は、確実にデモノイドの力を削いでいる、それが確認出来たからだ。
    「どうしたどうした! この程度か!」
     そして、世陀の雷を宿した拳がデモノイドの顎を殴り抜け、強打する。グラリとデモノイドの巨体が揺らぎ、言い捨てた。
    「ま、待て! 分かった、降参す――」
     だが、その言葉の途中で舞い降りたゐづみの霊撃が、その言葉を遮る。そして、蓮爾も操る影を放ち言い捨てた。
    「死にゆく者の戯言として流しませう」
    「くそ!」
     演技が通じない、その事にデモノイドが舌打ちする。
    (「典型的なサイコパスだな」)
     蓮次は小さく、胸の内で呟いた。その言葉は、虚言に満ちている。それを自分に真実だと思い込ませるほどの虚言だ。嘘をつくことに躊躇いがないからこそ、その口はよく動くのだろう。
     だが、灼滅者達の選択こそ正解だ。デモノイドの言葉に惑わされず、逃げ道を塞いで追い込んでいく――だからこそ、その瞬間は訪れた。
    「引き時を間違えたな。調子に乗っているからだ」
     余力がある時ならば可能だったかもな、と笑う世陀に、デモノイドは吐き捨てた。
    「この、人殺しどもめ! そ、そうだ! お前達がそうなら、俺だって力を持っただけの人間だろうが! お前等は、俺を殺すなら俺と同じ――」
    「貴方のにおいは既に人の其れで無い」
     一言で切り捨てた蓮爾に、デモノイドが口を閉じる。
    「眠れる御魂に哀悼を。貴方の死をもって、彼らに償いを」
     蓮爾のDCPキャノンとゐづみの霊障波が、同時に放たれた。デモノイドを捉えた連撃は、その巨体を吹き飛ばす。地面を転がったデモノイドへ、ティートは拳を構えた。
    「……今回炎系攻撃できないから、潰す」
     振り下ろされた拳が、デモノイドの体を殴打した。ガキン、という金属音のような硬い激突音と共に、デモノイドは地面に押し潰される。
    「が、ああああ、あああああ!!」
     立ち上がり、デモノイドは青い魔法光線を放った。それに、世陀はすかさずリングスラッシャーを射出、空中で相殺する!
    「飛び道具よりも直接来いよ!」
     そして、一気に間合いを詰めて世陀はデモノイドの顔面に拳をめりこませた。のけぞるデモノイドに、バイオレンスギターを振りかぶったエールが豪快に叩き付ける!
    「そろそろ、終わりにしようか?」
    「賛成だ」
     蓮次の生み出した巨大な氷柱、妖冷弾がデモノイドの腹部を刺し貫いた。よろめくデモノイドに、康也は一気に駆け寄るとオーラを宿したその拳を連打する。
    「思いっきり、ぶっ飛ばす!!」
     ガガガガガガガガガガガガガガガッ! と無数の拳が、情け容赦なくデモノイドにめり込んでいった。そこに、誰歌はナイフで逆十字を刻み、ギルティクロスによってデモノイドを切り刻んだ。
    「今だ」
     誰歌の言葉に、良太はうなずく。中君の霊障波がデモノイドを捉えた直後、良太の縛霊手がデモノイドの顎を打ち抜いた。
    「が、あ、ひ、と、ご……」
     人であったのか、人でなくなったのか、そんな本当すら失ったデモノイドロードの最期だった……。


    「地獄でじっくり反省してください」
     良太は言い捨て、静かに黙祷を捧げる。それは、あのデモノイドロードによって奪われた命へと捧げられた祈りだった。
    「死体さえも残らない……力の使い道を誤った顛末がこれか。オレも力を求める者として、肝に銘じなければならないな!」
     強く、決意を込めて世陀はそう誓う。その言葉に、蓮次もしっかりとうなずいた。
    「そうだな、ダークネスだけではなく、人の闇ってのも俺達の中には眠ってるんだ」
     蓮次のその言葉は、全員の心に刻まれる。
     川は、ただ静かに流れていた。人の傍らで流れてきた川にとっては、この事件も人の営みの一つに過ぎなかったのかもしれない。多くの人の喜びも悲しみも流し、川は今日もただ流れるだけだった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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