Dreamy Blue

    作者:西灰三

     とある国際線のロビー。目的のゲートに向かったり、あるいは旅立つ前に売店に寄る人々など特有の雰囲気がその場に満ちていた。国と国をつなぐ場所ならではといえるだろう。
     そんな中、うつらうつらと船をこぐ白人男性が一人、年の頃は30代後半から40代といったところか。彼ははっと目を覚まし腕時計を確認する。手帳の中身と時計の針を見合わせて安堵のため息を吐く。手帳の中のシドニー行きの時間まではまだ時間があるようだ。
     男性は赤道を挟んだ故郷の事を考える。今向こうは春の終わりぐらいだろうか、久しぶりの海に潜る事もできるだろうかと。そうこうしているうちにやはり彼はうなだれていく。これまでの日本の生活で警戒心が緩んでいるのだろう。
     けれど彼は知らない、彼自身の夢のなかに密航者が潜んでいることを。彼と密航者が日本を立つまであとしばらく。
     
    「シャドウの一部が日本から出ようってしてる話聞いてるかな?」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)は灼滅者を前にして問いかけた。
    「みんなも知ってると思うけどサイキックアブソーバーの影響でダークネスは、日本以外で活動できないんだ。けど……シャドウはよくわからないけれど外国に行こうとしてるんだ。目的も可能不可能もさっぱり分からないけどね」
     クロエは人差し指を1本立てて話を続ける。
    「……で。最悪の場合を考えると飛行機の中でシャドウが現実の世界に実体化しちゃうかも、ということなんだ。そうなったどうなるか分からないけど……きっとろくな事にはならないよね」
     指を下ろしエクスブレインは灼滅者達に向かい直す。
    「そんなどうなるか分からないのを放っておくわけにはいかないから、みんなにはシャドウの撃退をお願いしたいんだ」
     そして彼女は舞台となる夢の中を説明する。
    「シャドウのいる夢は海の中。とは言っても夢だから息とかは普通にできるから大丈夫だよ。でも海の中だからそれなりに泳がないと移動できないから気をつけてね、ちょっと戦いにくいかも知れないけれど、みんなならなんとかなるよね?」
     色々なところで戦う灼滅者だけれど、海中戦と言うのはそうはないだろう。夢の中と言えども。
    「この夢の中の動きに慣れてきたら普通の戦いみたいに、それかそれ以上に自由に動けるようになるけれど……それまでは気をつけてね。慣れない間は攻撃を受けやすくなるから」
     その攻撃をしてくるであろうシャドウの説明をクロエはする。
    「で、そのシャドウなんだけど真っ黒いぶよぶよの丸い泡の形をしてるんだ。基本は。……攻撃するときだけ体の形を変えるんだ。サメとかウニとかヒトデとかその他色々」
     海の生き物とか好きなシャドウなのだろうか。なおシャドウの方が海中での動きに一日の長があるらしい。
    「でもそれほど強くないし、劣勢になったらささっと逃げちゃうよ。とりあえず今回は追い払えればいいからね」
     敵そのものよりも独特の戦場に気をつけた方がよさそうである。
    「あと、この夢の持ち主……ニコラスさんって言うんだけど、もうなんか眠たそうなんだ。お話をしながら他の人があまりいない所とかに連れて行ってあげてからソウルアクセスしてね。途中で起きちゃうと、ね。平日だから探せばそういう所もあるはずだよ」
     色々説明を終えるとクロエは居住まいを正す。
    「考えることはたくさんあるけれど、みんなならきっと大丈夫だよね。それじゃ行ってらっしゃい!」


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)
    空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    一色・などか(ひとのこひしき・d05591)
    鴛海・忍(夜天・d15156)
    月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)

    ■リプレイ


     キャリーバッグを押す人々、目当てのゲートを求める人々。空港という言葉の中に港という言葉が含まれているに相応しく、多くの人々がこちらから向こうへ、向こうからこちらへと来る場所。けれどもここにはその移動を目的としない者達もまた集まる。ここに集まった灼滅者達はそちら側に属する者達だった。
     そんな彼らの一部がとあるオーストラリア人……彼らの持つ事前の情報ではニコラスと言う名の男性に近づいていく。その彼らの背を見ながら残された者達は別の部屋へと向かう。月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)の背を追いながら神薙・弥影(月喰み・d00714)のつぶやきが小さく漏れる。
    「国外逃亡……ね」
     普段の明る気な彼女の言葉とは違い、疑問の響きが多く含まれたそれは当然とも言える。
    「今国外に行くメリットなんてなさそうなのに」
     日本以外にサイキックエナジーがある国はなく、ダークネスにとっては動くことさえままならない。夢の中に潜める性質を持つシャドウですら影響はあるだろう。
    「海外に出て、何が起こるのだろうな」
     霧凪・玖韻(刻異・d05318)が静かにそれに答える。彼もまたこの事件そのものに興味があり手を口元に当てて思考を巡らせる。けれどもそれに答えは出ることはここでは無いだろう。それらは追々考える事にし彼は視線を上げる。
    「……こっちだ」
     港内地図を覗きこんでいた空井・玉(野良猫・d03686)が小さく声を上げて仲間達を誘導し、目的の部屋へと向かう。一同の最後尾を歩いていたピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)が振り返るとニコラスと接触する仲間達が見えた。ピアットは自分の仕事を思い返しつつ彼らに背を向ける。きっと上手にやってくれるだろうと信じて。


     ニコラスはベンチに腰掛けていた。とは言っても辛うじて意識を保っているのでそう呼べるのであり、少しでも睡魔に負けてしまえば体勢を崩して倒れこんでしまうだろう。
    「Excuse me お客様。よろしければ、仮眠をとられてはいかがでしょう?」
     そう声をかけたのはいささか若く見える空港職員だった。もちろんこれはニコラスからの視線で彼は灼滅者の空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)である。
    「あ、ああ。ありがとう。……けれどリザーブは」
    「仮眠室の状況を確認いたしますので、少々お待ちください」
    「……部屋の空きはあるようなので大丈夫ですよ。休める場所はあります」
     彼の言葉が終わる、そのすぐ後に電話をしまったのは鴛海・忍(夜天・d15156)、彼女の言葉にニコラスは小さくうめいた後、うなずく。
    「……ではお言葉に甘えさせてもらうよ。……おっと」
     ニコラスは立ち上がると共に少し揺らめく。
    「大丈夫ですか?」
     揺れる彼の体をそっと支えて一色・などか(ひとのこひしき・d05591)が声をかける。
    「ああ、大丈夫だ。問題ないよ」
     ニコラスはそういうも足取りはおぼつかない。灼滅者の三人は視線を合わせると空牙が声をニコラスに聞く。
    「……お荷物はお持ち致しますか?」
    「ああ、すまない。そちらも頼むよ」
     忍が荷物を受け取り、残った二人でニコラスをフォローしながら部屋へと向かう。
    「日本語お上手ですが、こちらは長いんですか?」
    「ああ、そうだね。10年以上は……」
     彼らはそんな話をしつつ部屋へと向かう。夢の中にまでもう少し。


    「フライトの時間には起こします」
    「お時間になったらお声を掛けさせて頂きますね」
     忍となどかが声をかけるとニコラスは手で合図をした後に静かに目を閉じる。数秒後には寝息を立てて確実に眠った事が分かる。
    「……どうだ?」
     巴が静かに部屋の中に現れて問う。彼と同じように他の灼滅者たちも部屋に集まってくる。
    「問題ない、準備は終わったぜ。あとは、ま、なるようになるさ」
     空牙が先程までと打って変わって砕けた口調で仲間達に知らせる。
    「それでは始めるぞ」
     玖韻が全員集まったのを見計らってソウルアクセスを行う。同時に彼らの精神がニコラスの夢の海に飛び込んで行く。


     現実から夢に抜けるとそこは青だった。身の回りすべてが青い光で満たされており、独特の浮遊感が体を包む。時折通り過ぎる魚は鮮やかで、下側にはサンゴ礁が広がっているところもある。
    「だ、大丈夫かな……」
     ピアットが手足を動かして感触を確かめる。恐る恐る動く彼女の手足に応じて、ピアット自身の位置や姿勢も変わっていく。
    「水は駄目だ、錆びる」
     玉がそんなことを言う。彼女の隣ではライドキャリバーのクオリアがタイヤを回転させていた。おそらく彼女がそんな事を言っているのは相棒の事なのだろうが。そのクオリアはとりあえず頑張って泳ぎに慣れようとしているようだ。
    「うーん……水の中で呼吸できるのって不思議な感覚ね」
     呼吸どころか会話もできている。その事実に弥影は頭をひねる。
    「夢といえども海の中で呼吸が出来るってスゴイですね!? まるで漫画の中に入っちゃったみたいです!」
     などかは考えるよりも前にこの世界の作りに感嘆の声を漏らす。彼女の心の内ではいくつかの物語が泡のように溢れてくる。
    「……やっぱり違う感じね」
     忍は体に感じる波の感触を確かめて呟く。彼女の思い出の中の瀬戸内の海とはその力の性質が違うように感じられる。それがモデルとなった海の違いか、あるいは夢の中だからこそなのかは分からないけれど。なんにせよその波の性質に馴染もうと彼女も手足を動かす。
     彼らがそのようにしてこの世界に慣れようとする、だがそれよりも先に黒い影がふよふよと現れる。
    「……慣れる時間はくれないよね」
     弥影はため息をつくとともにスレイヤーカードを取り出す。
    「喰らい尽くそう……かげろう」
     身をまとうものを変え、そして影から彼女の下僕であるかげろうを呼び出す。
    「さて、早々に終わらせてしまおう」
     仮面の向こうから巴が嘲るような物言いをし、武器を構える。
    「……ただその存在を狩らせてもらう」
     空牙の顔からはここに来た時にあった笑みは消え、代わりに殺気を湛えたものへと変わる。そんな彼らを敵と理解したのだろう、黒い泡のようなシャドウは中央のクラブのマークを輝かせて形を変化させていく。


     クオリアの銃弾が水の中を軌跡を残しながらシャドウに向かって放たれる。だがシャドウはその身をサメに変じてかわし、そのままクオリアに噛み付く。クオリアはその場でタイヤを高速回転させるも噛み付いたシャドウは中々離れない。
    「えいっ!」
     弥影の腕が鬼のものへとなり、敵の黒い体を掴もうとするがするりと逃げられる。彼女の危惧した通り、動きにくいこの中では追い払うだけも簡単にはいかせてもらえないようだ。全体的に準備や様子見に手を割いているが、その分だけ出遅れて相手に先手を取られたと言えるかもしれない。この世界に不慣れな彼らをなぶるようにシャドウは縦横無尽に襲い掛かってくる。
    「くっ!」
     玖韻は辛うじてウニとなって棘で突撃してきたシャドウを武器で防ぐ。だがその鋭い棘の数々は防御をすり抜けて突き刺さってくる。更にシャドウが追撃しようとし、棘の数を増やしたところで何かにシャドウが吹き飛ばされる。
    「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
     その手は巴のもの。鬼の手となった彼の一撃がシャドウを下方へとはたき落とす。反撃という訳か、シャドウはその身をヒトデのような星形にし回転しながら灼滅者達に次々と体当たりしていく。
    「……避けられた!」
     その攻撃の最後の一人、ピアットがその動きを見切って回避する。長く攻撃を受ける間に少しずつ慣れてきていたのだろう。そのままくるりと回転し、シャドウへと槍を片手に突撃していく。
    「えいっ!」
     槍の穂先はシャドウを捉えて突き刺さる。痛手は与えたようだがさすがに割れたりはしないようだ。痛手をこうむったシャドウは一刻も早く灼滅者達を追い払おうと体を次々と変じていく。だが、他の灼滅者達もピアットと同じようにこの世界に慣れてきて、シャドウの攻撃に対処できるようになってきている。
    (「スキューバってお金すごくかかるから見送りだけど……」)
     戦いの中で余裕が出てくると脳裏に浮かぶものもある。忍はこの海の中で身を翻す楽しさを感じながらも思う。
    (「ニコラスさんの海の中で泳ぐのってとっても楽しそうだけれど、シャドウとの戦闘が無ければドリームダイビングももっと楽しめたかしら……」)
     もっともシャドウがここにいなければ、この夢には入っていないわけで。ややアンビバレントな思いとも言えるだろう。
    (「人魚姫ってこんな感じなのかな?」)
     などかが思うは悲恋の話。まるでこの夢はその舞台に似ていて。魔女も王子もいないけれど思いだけが次の思いを生み出していく。
    (「声が出なくなるってどんな気持ちだろう。一番大事なものを代償にしたって事だよね。私が代償にするなら……なんだろう。視力?」)
     伝えるためのものと、受け取るためのもの。どちらもかけがえないものだろうけれど。そんな彼女の視界には戦意を失っていないシャドウの姿が映る。
    「フカヒレ……塩ウニ……」
     低いトーンの玉の声が妙に響く、シャドウの姿に応じて呟いているだけである。特に他意は無いはずだ。
    「……美味しくないと思うよ?」
     ピアットが小さく返す。世の中に美味しいシャドウとかいたらそれはそれで問題ではあるが。シャドウの表面がそのやりとりで少し波打った、ような気がする。まさか、という訳でも無いだろうが彼らに向かってヒトデ体当たりを行うシャドウ。だが彼女らの前に玖韻が身を割りこませて防ぐ。
    「……まさか体当たりとは……」
     シャドウを弾き飛ばしながら彼は呟く。どうやら予想が外れたらしい。そんな余裕の出てきた灼滅者とは逆にシャドウの勢いは大分弱まっている。そしてそんな相手の下方から一筋の光がシャドウを貫いた。
    「大人しく……出ていけ」
     胸にあるダイヤのスートを持つ空牙の一撃だ。その攻撃でシャドウの身は大分小さくなっていた。そんなシャドウに近づいていくのは巴であるが、これ以上はここにいられないというのかシャドウはイルカの形に身を変じて逃げ出していく。あっという間に敵の気配は小さくなり、この夢の世界からいなくなった。


    「もう大丈夫だね」
     弥影が周りの様子をうかがって呟く。これでシャドウをここから追い払う事には成功した後は外に戻り、時間になったらニコラス氏を起こすだけだ。そんな戦闘と脱出の短い時間の間、などかは改めて思う。
    (「視力を失くしても追いかけたい恋なんて、一生のうちに何回あるんだろうなぁ」)
     その問いかけは泡となって消えていく。そんなうたた寝の夢の海は、鮮やかな青を最後まで湛えていた。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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