黄泉路を阻むもの

    作者:佐伯都

     ある穏やかな秋の日、武蔵坂学園に来訪者があった。
     かつてノーライフキングの企みを阻止すべく学園へ共闘を持ちかけてきたイフリート、クロキバ。
     ――シロノ王セイメイノアラタナ企ミガ確認サレタ。死体ヲアンデッドニスル儀式ノヨウダ。
     初めて生身で相対するクロキバは、ダークネスというイメージからは意外なほどに穏やか――いや悠然としていたと表現するべきだろうか、と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)はルーズリーフを睨みながら考える。
     クロキバによると、病院の霊安室や斎場、火葬場など、どれも亡くなってまもない遺体がターゲットになっているようだ。
    『それはいいけどさ、……失礼なこと言うようだけど、それだけならわざわざここまで出向く必要、ないよね?』
     それこそ件のひらがな満載石版レターなり何なり、連絡手段はあるはず。すると決して少なくない数のイフリートを束ねる立場にあるはずのクロキバが、多生言いづらそうにこんな事を言い出した。
     ――申シ訳ナイノダガ、コレヲ知ッタ若イイフリートガ、事件ノ起コル場所ニ向カッテシマッテイル。
     ――彼ラガ暴レレバ、周囲ニ被害ガ出テシマウノデ、済マナイガ彼ラヲ止メルカ、彼ラガ来ル前ニ、セイメイノ企ミヲ砕イテクレナイダロウカ。
     ああそういう事ね、と樹は苦笑するしかない。
     さいわいイフリート陣営、ひいてはクロキバとの共闘はこれが初めてなわけでもない。学園としてもセイメイの目論見を阻止できるならば、悪くない申し出でもあった。
     ――ヨロシク頼ム。
     言葉少なに去ってゆく大きな背中。そこに樹は誇り高き獣の気概を見た。
     
    ●黄泉路を阻むもの
    「改めてこちらでも確認したけど、サイキックアブソーバーからもクロキバの情報通りの未来予測が出てる。樹海みたいな場所ならともかく、病院や葬式でアンデッドが暴れ出せばどうなるか……」
     樹はルーズリーフから一枚のリーフレットを取り出し、集まった灼滅者たちの前の机へ置いた。建物の見取り図が印刷されてある。
    「皆には、その公営火葬場での事件を担当してもらいたい」
     見取り図の角にメモリアルホール、と書かれたわりと大きな区画があり、そこに火葬炉室が隣接し、さらにその隣に遺骨を拾うための部屋がある。
     メモリアルホールで遺族は十分ほど最後の別れをし、そこから火葬炉室に移って遺体は火葬される。二時間ほどで焼却が完了し、遺骨を拾うための部屋に移されそこで納骨する、という流れだ。
    「それぞれ火葬炉室側から鍵のかかる引き戸で仕切られていて、遺体がアンデッド化するタイミングは棺が炉の前に来た時。教室くらいの広さで、引き戸の前に係員が一人、さらに遺族が十名、棺のまわりで炉に入るのを見守ってる」
     隣接するどちらかの区画に一般人を誘導できれば、戦闘に巻き込む心配はない。
    「現場に着くのは棺と遺族がメモリアルホールに入った頃だけど、こういう状況だからね。戦闘が始まる前に遺族を説得して棺から遠ざける、のは難しいと思ってほしい」
     まもなく家族が火葬になるという、遺族にとっては悲痛を極めるひとときだ。説得を行う場合はよく考える必要があるだろう。
     アンデッドは生前教師だったようで、何冊かの教科書を周囲に浮遊させ攻撃してくる。
    「……で、クロキバの言ってたイフリートの件だけど」
     事件を嗅ぎつけた血気盛んなイフリートは、火葬場を含む公営墓地を取り囲む防風林近くまで来ている。事件が発生すれば火葬場内に駆けつけてしまうだろう。
     灼滅者ならばともかく、普通のイフリートが一般人に配慮して戦闘を行うとは考えにくい。探したうえで引き返してもらうか、あるいは被害を出さないよう事件解決に協力してもらうか、どちらかの手を打つ必要がある。
    「あるいは、足止めしているうちに解決って方法もあるか。解決してしまえば、お帰りいただくだけだからね」
     人数配分やアンデッドへの対策も含め、色々考えられるだろう。
    「けっこうやる事多いと思うけど、頼んだよ」
     ルーズリーフを閉じ、樹は灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)
    西園寺・奏(見習いアイドル・d06871)
    布都・迦月(幽界の深緋・d07478)
    天城・兎(赤兎の騎乗者・d09120)
    三和・悠仁(嘘弱者・d17133)
    茂多・静穂(ペインカウンター・d17863)

    ■リプレイ

    ●14時34分、メモリアルホール
     レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)は無言のまま、火葬場の職員と遺族のさざめきへ耳を澄ませる。
    「皆様、最後のお別れをどうぞ」
     落ち着いた色調でまとめられたメモリアルホールの奥には窓の開いた棺が安置され、涙に暮れる遺族がその周りに立っていた。
     その遺族の邪魔にならぬよう、茂多・静穂(ペインカウンター・d17863)はつかず離れずの距離を保つ。
     二人ともプラチナチケットの効果で誰にも訝しまれずに済んでいるが、これから待っているはずの戦闘と一般人の誘導のことを考えると安心してばかりはいられない。
     火葬場の周辺に広がる公営墓地、さらにその外側の防風林のどこかにいるイフリートのため三人を割いた。穏便にお帰りいただけたのなら即座にこちらへ合流する手筈なので、まだ別班が現れないという事はそういう事なのだろう。
     ホール隣の火葬炉室には布都・迦月(幽界の深緋・d07478)、その向こうには天城・兎(赤兎の騎乗者・d09120)、そして火葬炉室へ続くホールの引き戸付近には大きな石のオブジェに隠れる形で三和・悠仁(嘘弱者・d17133)が控えている。
     棺の中の遺体がアンデッド化するタイミングは判明しているので、あとは来るべき瞬間に、最善の位置取りを狙うだけだ。
     聞けば生前は教師だったという事なので、最後の授業と言えばそれらしい、とわずかに顔を俯けてレインは考える。しかしセイメイに操られ蘇った彼に、果たしてそのような意識はあるのだろうか?
    「お済みでしょうか。……では、窓を閉じさせていただきます」
     すすり泣きの声が一段高くなる。職員が棺の上部にある観音開きの窓を閉じているのが、悠仁の位置からも見えた。
     死者への冒涜がどうとか、そういうことを主張するつもりは悠仁にも毛頭ないが、セイメイのやり口はただ単純に気分が悪い。遺族の目の前でアンデッド化だなんて、趣味が悪いにも程がある。
    「それでは皆様、隣の部屋へ」
     静穂がさりげなく、職員が棺を載せている台車のそばへ移動した。火葬炉室の引き戸が開き壁に五つほど火葬炉が並んでいるが、中央の炉の脇に赤いランプが点いている。
    「どうぞ中のほうへ」
     ゆっくり中央へ進んでいく棺。
    「ご遺体は赤いランプのついた炉へ入られますので、お見送りをお願いします」
     静穂はちらりと視界の端に、物陰へ潜んだ迦月の影を見た。後ろを振り返る者が誰もいないのを確認し、悠仁が入り口付近まで移動してきたことを気配で知る。
    「合掌」
     レインがごく自然な動きで職員の声にならい胸の前で手を合わせると、遺族も次々に合掌した。
     代表と思われる中年女性が、今にも炉の中へ入って行こうとする棺を見送るように鈴(りん)を鳴らす――すべてはその瞬間に起こった。
     火葬炉室の隣から、轟音と共に突入してきたライドキャリバー。灼滅者以外の全員がそちらに注意を惹かれ、棺と蓋の間から青白い腕がつきだした光景を見た者はいない。
     瞬時に化粧タイルの床を蹴り、迦月は初撃として縛霊撃を選択した。
    「もう一度、黄泉比良坂をお通り頂こうか」
     死者が動いた所さえ見られなければ、あとは何とか言いくるめるだけ。

    ●14時17分、防風林
     時は少し遡る。
     キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)と西園寺・奏(見習いアイドル・d06871)、そしてラズリフィア・ジュエルディライト(空色少年・d16798)の三人はクロキバの語った『若いイフリート』を捜して防風林を歩いていた。
     もちろんラズリフィアはDSKノーズも駆使しているが業の気配すら漂わないところを考えると、件のイフリートは荒っぽい事件に関わった事はないようだ。
    「季節柄かも知れないが、人がいないのは助かる」
    「あとは本当に、捜すだけだね……」
     人避けのため奏は殺界形成、キースはサウンドシャッターも準備してきたが、周辺を見るかぎり杞憂だったかもしれない。とは言っても、安全策を選んでおくに越したことはないだろう。
     そして防風林の中央付近まで進んだころ、ふと墓地とは反対側の方向に視線を向けた灼滅者たちの目に、猫科を思わせる俊敏さで藪を踊り超えたものが見えた。
    「あっ」
     首にかけたヘッドフォンを押さえ、ラズリフィアが走る。
     こんな気温の中、真っ白いキャミワンピース一枚で走り回る少女なんてどう考えたって普通ではない。
    「おい、待て!」
     しかも浅黒い肌に銀髪と来れば、エクスブレインの告げた通りのイフリートであることは間違いないだろう。
    「君、クロキバさんの所のイフリートだよね!」
     ラズリフィアのクロキバという名に反応し、イフリートが笹藪の中で立ち止まった。
    「だれ。セイメイの、なかま?」
     ふわりと銀の髪を翻して誰何の声をあげたイフリートが、警戒の色もあらわに灼滅者を睨んでくる。
    「こんにちは、イフリートさん。僕は西園寺奏、クロキバさんに頼まれてきました」
    「クロキバに?」
    「イフリートであるお前の実力は充分理解している。だが、その力は一般人に被害を及ぼしかねない。それはクロキバにとっても本意ではない」
     キースの言葉に少女イフリートは、心底不思議そうな顔をした。
    「どうして。なぜ、ヒトにやさしくしないと、いけない」
    「クロキバが、まわりに必要以上の被害を与えたくないんだよ」
     その言動にダークネスの思考と子供らしさの両方を感じながら、ラズリフィアは地面に膝をつき目の高さを合わせる。薄青い瞳。
    「それに、白の王の企みは多分これだけじゃ終わらない。今後も続くだろうね」
    「だから、ただ敵を倒すだけじゃダメなんだ。クロキバさんの為にも、ここは引いてくれないだろうか……どうか、お願いします」
     ダークネスは憎いが、クロキバをはじめイフリート達が仲間を大切にする想いはきっと本物なのだろう。決して人類とは相容れない存在だとしても、その心情は多少なりとも汲んでやりたいし汲みたいとも、奏は思う。
     猫を思わせる大きな目を細め、イフリートは困ったように呟いた。
    「てきはころす。でもクロキバが、こまるのか」
    「そうだ。ここは俺達に任せてくれないか」
     下手に媚びるでもなく、あくまで誠実な態度を崩さないラズリフィアと奏、そしてキースの率直な物言いに、イフリートは一瞬口惜しげに唇を噛む。
    「……クロキバ、こまらせたくない」
     正直納得いかないが仕方ない、と言わんばかりに唇を尖らせるイフリートに少しほっとしながら、キースは気分を変えるように尋ねてみた。
    「ところで、セイメイのことは何か知らないか」
    「クロキバのてき」
    「……。……それだけ?」
    「そうだ。だからころす」
     それ以外何がある、と自信満々に胸をそらされては奏も半笑いになるしかない。普通、イフリートはあまり複雑な思考をしない事を思い出し、これ以上イフリートに何か尋ねても得るものはないとキースは判断する。
    「……いけない、もう行かないと」
     ポケットに忍ばせた携帯電話の存在を思い出し、ラズリフィアが立ち上がった。もう用はないと身を翻しかけていたイフリートへ、奏は急いで尋ねる。
    「あ、ちょっと、ねえ! キミの名前は?」
     ざわりと一陣の風が吹き抜ける笹藪の真ん中、銀の髪のイフリートは肩越しに灼滅者を振り返った。
    「シロガネ!」
     じゃあね、とワンピースの裾をはためかせた少女イフリートは、そのまま防風林をまっすぐに駆け抜けていく。

    ●14時45分、火葬炉室
    「死にたい人以外は逃げないと巻き込んじゃうよー」
     キャリバー突撃で赤兎を先行させた兎が、騒然となった火葬炉室で傲然と言い放った。
    「早く、メモリアルホールへ避難してください!」
     赤兎の突入と同時にレインが大きく引き戸を開け放っていたため、逃げ場を求めて遺族がそこへ殺到する。
     縛霊撃で思うように蓋を動かせずにいる青白い腕を一瞥し、迦月は黒服の一団を誘導する静穂と棺の間に入った。イフリートの対応に向かった三人からはいまだ連絡がなく、やはり携帯を持っているはずの悠仁を伺っても首を振られる。
     遺体を収めた棺が通れるサイズの引き戸という構造もあり想像以上に避難はスムーズに済んだが、最後までアンデッドを五人で相手取るとなると多少長引くかもしれないという懸念が脳裏をよぎった。
    「そのままお待ち下さい!」
     メモリアルホールへ叫びざま力任せに引き戸を閉じ、レインはついでとばかりに鍵もかけた。事後の対応のことを考えたら、騒ぎを覗こうなどと思われては少し困る。
     そのままいつもの帽子を目深に被ったところで、兎の声が響き渡った。
    「赤兎、目障りな教科書を撃ち落してみろ!」
     振り返れば、棺の蓋を蹴破ったらしきアンデッドが身を起こすところ。ぶわりと沸き上がるように何冊かの本が飛び出し、兎の号令に従ったキャリバーが機銃掃射を始めた。
    「本来なら、荼毘に付される筈だったのにな」
     迦月のレーヴァテインに灼かれて身悶えるアンデッドへ、悠仁が縛霊撃を重ねる。
    「……ほら、もう一度眠りな」
    「これが、貴方を葬る鎮魂の歌刃!!」
    「ガアァァッ」
     さらに静穂の渾身のDMWセイバーも喰らい、骨と皮ばかりに痩せ細った姿のアンデッドが台車の上から転げ落ちた。なかなか派手が響いたが、迦月がサウンドシャッターを展開することを忘れてさえいなければおおごとにはならないはずだ、とレインは背後を気にする。
    「炎は本来、貴方を焼くものです」
     苛立つように応酬されたゲシュタルトバスターが高々と爆炎を上げ、静穂が眉をしかめた。
    「そして、炉は貴方のすぐ後ろ――」
     リバイブメロディですぐに炎からの立て直しを図りつつ、間合いを計るため一歩を退く。リヒャルト、と短く足元へ呼びかけながら静穂を庇うようにレインが前に出た。
     レインの足元から吠え猛る闇色の獅子が躍り上がり、今にも兎へ向けてカオスペインを放とうとしていたアンデッドへ食らいつく。
    「……イ、サマ……」
     開始直後から度重なる捕縛効果で、アンデッドの動きは鈍い。悠仁の妖冷弾でしたたかに背を打ちすえられ、あまり頑健そうには見えないアンデッドがもんどりうって倒れた。
    「セイメイ……サマノ、タメニ……」
     経帷子の裾や袂から、どす黒い内出血や点滴の痕が四肢へ無数に残されているのが見える。どれだけ病みついて亡くなったあげくこんな台詞を言わされているのかと考えると、悠仁は心底セイメイの趣味を軽蔑しそうだった。
    「死人は死人らしく焼かれてろ! 火葬じゃ物足りないな、骨も残さぬ爆葬なんてどうだ?」
     言いざま兎がフォースブレイクを叩き込み、殴られた衝撃でアンデッドが軽々と吹き飛ぶ。
    「……セイメイ、セイメイサマノタメ! セイメイサマ!」
     しかし狂気じみた凄まじい形相でねめつけられ、兎は一瞬言葉を失った。アンデッドは壊れたプレイヤーのように同じ言葉を喚きながら、手近な迦月へと掴みかかろうとする。
     響霊杖【火燕】を握りしめ逆にサイキックで振り払おうとした迦月の視界、火葬炉室の奥から一条の光がアンデッドを貫いた。
     アンチサイキックレイ。
     アンデッドを除く八名のうち、唯一それを行使しえる武器を携えていた名を思い出し、迦月は思わず大きく息をついた。
    「助かった、キース」
    「どうにか間に合ったか?」
     さらに奥から、奏とラズリフィアが火葬炉室へと走り込んでくる。もう形勢は誰の目にも明らかだった。
    「貴方本来の流れに、私たちが戻して差し上げます」
     最後のソニックビートを放つ一瞬前、静穂の脳裏をよぎったのは富士の裾野で灼滅した少女アンデッドの面影。
     セイメイへの怒りを、そのまま【assertion】を振り抜く動作に乗せる。
     静寂が戻った火葬炉室の最奥、壁にもたれかかるようにして動かなくなったアンデッドの顔にほとんど損傷はなかったことだけが救いだった。

    ●14時59分、公営墓地
     遺族の対応のためレインと静穂を残し、灼滅者たちは早々に火葬場を後にする。棺とその窓から見える範囲の遺体はほぼ無傷、サウンドシャッターも機能しており、レインは『どこぞの素行の悪い不良が忍び込んだ』と言い張ったようだ。
    「ま、少し暴れすぎたな。ここの修理費とかってどこが出すんだ?」
    「公営だから市町村税で賄われるだろう」
     あっけらかんとした兎に悠仁が少し苦笑し、背後の防風林を眺めやる。
     とっくにイフリートはそこにいないはずだが、血気盛んな仲間を抱えるクロキバもなかなかの苦労をしているのかもしれない、と悠仁は苦笑を強めた。
     やがて対応を終えたレインと静穂が火葬場から出て来るのが見えて、迦月は小さく右手の錫杖を鳴らす。
     ……かの教師の弔いはどうなったのだろう。小さな棘が刺さったように、灼滅者たちの胸には痛みが残っていた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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