終の記憶

    作者:西宮チヒロ

    ●gellassen
     ──シロノ王セイメイノアラタナ企ミガ確認サレタ。
     「死体ヲアンデッドニスル儀式ノヨウダ」と、武蔵坂学園を訪れたクロキバは、そう口火を切った。
     音楽室の窓から零れる柔らかな陽を映したサングラスの、その奥の面持ちを露わにすることなく、男は続ける。
    「申シ訳ナイノダガ、コレヲ知ッタ若イイフリートガ、事件ノ起コル場所ニ向カッテシマッテイル」
     自分の力を過大評価しがちな彼等のことだ。相手がアンデッドだと高を括り、不覚を取りかねないという懸念もあるのだろう。
    「彼ラガ暴レレバ、周囲ニ被害ガ出テシマウノデ、済マナイガ彼ラヲ止メルカ、彼ラガ来ル前ニ、セイメイノ企ミヲ砕イテクレナイダロウカ」
     男は、エクスブレインの娘へと改めて視線を向けると、
     ──ヨロシク頼ム。
     そう、短く添えた。
     
    ●klagend
    「その後調べてみたら、確かに、全国のあちこちで死体がアンデッドになる事件が起こることが解りました」
     集まって下さりありがとうございます、と皆へ一礼すると、小桜・エマ(中学生エクスブレイン・dn0080)は手にした譜面ファイルを広げて、資料へと視線を落とした。
     事件が起こるのは、病院の霊安室や、お通夜やお葬式、火葬場と、いずれも一般人が多く存在する場所。ひとたびアンデッドが暴れ出し、一般人を襲うようなことがあれば──どのような悲劇となるかは、想像に難くない。
    「ですから、そうなる前に……アンデッドを倒してきて欲しいんです」
     顔を上げて告げると、少女は譜面ファイルから取り出した地図と見取図を、机の上へと広げる。
     
    「今回皆さんに向かって欲しいのは、東京郊外にある火葬場です」
     雑踏さえも届かぬほどの静寂と緑に溢れたその場所で、望まぬ復活を遂げてしまうのはひとりの老女。
     名は、清水・絹。
     夫に看取られての、老衰による穏やかな死を迎えたはずの彼女は、家族との最後の別れを終え、火葬炉室へと運ばれた後にアンデッドと化してしまう。
    「アンデッド化した時、ご家族は待合室にいますから……火葬炉室には、火葬場の職員2人がいるだけになります」
     また、火葬炉室には火葬炉へと続く扉がいくつかあるが、この時火葬が行われるのも彼女だけ。館内は全て防音・防火壁となっている為、音や炎が漏れる心配もない。
     とはいえ、屍人となった絹を打ち損じたり、絹が火葬炉室から外に出るような事態が起きてしまえば、親族や他の職員も危険にさらされてしまう。
     つまりは、何らかの手段で火葬場へ潜入し、火葬炉室でアンデッド化した絹を倒すだけではなく、周囲の人々への対応も必要になってくるだろう。
    「絹さんは、小柄な可愛らしいおばあさんで……お花が好きな方だったようです」
     庭に花壇を作り、花木を植え、いつも丁寧に世話をしていた彼女。
     それこそ、成人した子供達に次ぐ、本当の我が子のように尽くしていた彼女がもたらす攻撃は、棺にあった花をも巻き込んだ竜巻。ヴォルテックスに似た攻撃だが、【服破り】の効果のないものだと、エマは添える。
     通常のアンデッドより些か強い相手。
     それだけではなく、眼前に横たわるもうひとつの問題は、若手イフリートだ。
    「彼等には私達のような予知はありませんから、ただ闇雲にあたりを嗅ぎまわっているだけです。……でも」
     嗅覚は確かとでも言うべきか。
     セイメイの悪事の匂いを嗅ぎつけた若手イフリートは、ひとたび絹がアンデッド化すれば、どこぞから駆けつけてきてしまうだろう。
     現れた彼が無作為に暴れ回れば、アンデッドがもたらす以上に被害が、最悪の場合死人が出る場合もある。
    「そうなる前に、近くにいるであろうイフリートを探して……。
     説得して引き返して貰うか、被害を出さないようにしつつ協力して貰うか……もしくは、足止めしている間にアンデッドを倒すか。何らかの対策が必要です」
     アンデッドがいなければ、彼も引き返すしかありませんから。
     困った子だといった口調で苦笑すると、エマは1枚の写真を置いた。
     柔らかに微笑む、それは生前の絹の姿。
     枕花として彼女に添うのは、菊、百合、カーネーション──そして、銀木犀の花。
    「銀木犀は、絹さんが一番好きな花だったそうです。庭に咲いていたのを、夫である修次さんが摘んで……棺に」
     幼い頃から一緒だった絹。金木犀のように、彩鮮やかでも、香り高くもない。控えめで大人しく、いつも誰かの為に譲ることを厭わぬ娘。
     ひっそりと佇み、穏やかに香る。
     まるで銀木犀のような彼女だったからこそ抱いた想いは、確かに修次の初恋だったのだろう。先に逝くことを詫びた絹への、それは彼なりの手向け花だった。
    「……知らずに、居られればと……思ってしまいますね。どうしても……」
     知らなければいい。
     愛おしい人が屍人となってしまうことも。
     そうして、再び死なねばならないことも。
    「……すみません。私が感傷的になっちゃ、ダメですよね」
     どうかお気をつけて。
     エクスブレインの娘はそう微笑むと、ふわりと波打つ髪を揺らして灼滅者達を見送った。


    参加者
    蒔絵・智(黒葬舞華・d00227)
    宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)
    椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    椿原・八尋(閑窗・d08141)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)

    ■リプレイ

    ●緋の少年
     墓地を兼ねた広大な敷地に、緑が溢れていた。
     落ち葉を踏みしめながら林を進んでいたリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)は、朱に染まる木の葉陰に同じ色の獣の姿を見留めて眦を緩めた。
    「みーつけた」
    「やっほー、ちょっと僕達とお話しなーい?」
     ゆるりと笑う硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)の手には、手製の菓子と、ほんのり甘めの紅茶が入った保温ポット。
    「ナッ……ナンダオ前ラ! オレ、ドウシテミツカッタ!?」
     幻獣が隠れられるほどの樹など早々ありはしない。驚くイフリートへと、蒔絵・智(黒葬舞華・d00227)が笑顔を見せる。
    「やあ、初めまして。蘇芳くん、だね? 私たち、クロキバさんから君のこと、頼まれて来たんだ」
    「クロキバ、カラ……?」
    「ええ、あなたにお願いがあるの」
     怪訝そうな視線を、リュシールは真っ直ぐに受け止めた。たとえまだ幼くとも、今は頼み事をする立場。年下扱いも、目上扱いも──無論、戦意も見せずに、事のあらましを伝える。
    「君がそのまま暴れちゃうと、中にいる人達がとても危険なんだ」
    「ハッ、ンナコト知ルカ。何デオレガ──」
    「クロキバさんからの頼みでもー?」
    「!」
     響斗の言葉にひとつ跳ねた蘇芳へと、智は真摯な眼差しを向ける。
    「私たちやクロキバさんは良くないことだ、って思ってる。だから、少しだけ力を抑えて戦って欲しいの」
    「デ、デモ──」
    「ただ力任せに敵を倒すだけなら、同朋に迷惑を掛ける時もあるよー? 例えばクロキバさんにとかー」
    「!!」
     響斗からの鋭い指摘に言葉を詰まらせる蘇芳。後一押し、とリュシールが深々と頭を下げる。
    「誇り高い貴方の仲間ならきっと、もしゾンビにされたらその酷い姿を仲間に見られたくはないと思う」
     それは自分たちもまた、同じ。
     だからこそ、他から見えぬうちに同族の手で弔いたい。
     そう切に訴える少女の真摯な姿勢に、蘇芳は一先ず口を噤む。
     目の前に居るのは、細身の男に、女子供。
     非力にしか見えない彼等に、何ができるとも思えない。けれど、それを嘆くどころか、寧ろ解決する気でいる。
     ──面白レェ。
    「僕達ならどうするか、一緒に来て見てみなーい?」
    「……イイゼ」
    「本当!?」
     ぱっと顔を明るくした智へ、勝ち気そうに瞳を細めて蘇芳は言う。
    「アア。ダカラ見セテミロヨナ。──オ前ラノ、ヤリカタッテヤツヲヨ」

    ●屍人
     同刻。
    「君たち、暫く向こうで大人しくしておいてくれないかな」
     王者の気配に圧され、待合室への移動と待機を命じられた職員たちが出ていくのを見届けると、椿原・八尋(閑窗・d08141)はひとつ息を吐いた。霊犬・月白の傍らで旅人の外套を解く宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)に倣い、仲間たちもESPを解除する。
    「うまくいったね」
     手早く火葬炉室の扉を閉めた椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)の微笑みに、八尋もふわり口許を綻ばせる。周囲が全て防音壁だからだろう。扉が閉ざされた今、もう彼等の足音すら聞こえない。
    「待合室は3つだったよな?」
    「ああ。職員と家族が鉢会うこともないだろう」
     綸太郎の問いに、先導役として先に館内を回った八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)が頷く。
    「見取図を見つけてくれた九紡はお手柄じゃな」
     碧眼を細める西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)に、十織の頭上でぽふんぽふんと嬉しそうに跳ねるナノナノの九紡。その姿にあたりから笑みが洩れた瞬間、中央の白い棺が鳴った。
     滑るように床へと落ちた蓋に代わり、棺の中から現れたのは青白く細い指先。背を仰け反らせ、枕花をほろほろと零して、絹は、いや、屍人は傀儡のように身体を起こす。
    「……説得班、どうなったかな」
    「無用な争いは避けたいがのう。上手く行っていると良いのじゃが」
     独りごちた奏の声をレオンが拾った。弥栄、と紡ぐ解除コード。現れた獲物を手に続ける少年に、奏も視線で同意する。
     宿敵であるイフリートとの共闘を、気にしていないと言ったら嘘になる。
     とは言え、だからといって彼の信念を穢して良いという理由にはならない。作戦の邪魔にならないのなら、下手に手も口も出しはしまい。
     声。表情。ぬくもり。言葉。そして亡骸。
     火葬場という場所が呼び起こす数多の記憶に、綸太郎は半ば無意識に日本刀の柄を握り直した。蒼焔を抱くそれが、いま己が成すべきことへと意識を引き戻してくれる。
     瞬間、鳴り響いたのはメールの着信音。
     すぐさま画面に『説得成功』の文字を見て取ると、十織が口端を上げ、八尋が微笑を浮かべた。
    「じゃあ、始めるとするか。大事な人をきちんと見送れんのは辛すぎるからな」
    「うん。……修次さんには、絶対に知られちゃいけない」
     愛おしい人が屍人となってしったことも。
     再び死なねばならないことも。
     ──絶対に。

    ●望み多き
     家族を外へと避難させれば楽であっただろう。
     変わり果てた絹の姿を見せれば早かっただろう。
     けれど、彼等はそうしなかった。
     命も、記憶も、時間も。何もかもを護るために、何もかもを負う。
     そう、決めていた。

     老女の怒りを孕んだ竜巻が綸太郎を飲み込んだ。
     既に三度目。けれど、そう仕向けたのは彼自身に他ならなかった。
     己に攻撃の手を向けさせ、その間に仲間が討つ。それは早期決着を狙った彼等の、身を賭した策であった。
    「清水さん、貴方をここから出すわけにはいかないんです」
     手荒になることは幾らでも詫びよう。それでも、路を譲ることはできない。
     外と続く扉を背にした灼滅者たちが造る、何重もの壁。そんな彼等への攻撃を受けんと立ちはだかる主を、霊犬・月白もまた確りと支えていた。狂わんばかりの風に幾つも刻まれた綸太郎の傷口を、十織や九紡に続いて癒してゆく。
     旋風が止んだその一瞬の隙に、奏は躊躇いなく老女の間合いへと飛び込んだ。仲間が護ってくれているからこその突撃。
     生への冒涜。人生を全うした彼女なら尚更、静かに眠らせてあげるべきだ。扉への進路を塞ぐように位置取ると、炎の軌跡を描きながら白斧を叩き込む。
     炎に包まれた老女の、甲高い悲鳴。
     それはまるで絹の嘆きの声にも聞こえて、レオンは僅かに柳眉を寄せた。
     銀木犀。
     『初恋』の花言葉を持つそれは、彼女が、そして彼女の愛した人が好いた花。
     金木犀のように強い香りも鮮やかな色もない。清楚で可憐な花を咲かせて淑やかに香る、その慎ましい花のような夫婦であり、愛情だったのだろう。
     それを打ち壊したのは、紛れもなく──白の王。
    「……セイメイ……許さない」
     いつも湛えていた穏やかな笑顔は消え、今の八尋にあるのはただ、彼女を傷つけねばならぬ口惜しさと、怒り。
     一度消えた命。
     静かに生涯を終えたであろう人を蘇らせ、己の企みのために利用する。その卑劣な行いから絹を救いたくも、けれど彼女を傷つけることでしかそれは叶わない。
     静かに滾る感情を抑えんと奥歯を食い縛りながら、八尋は椿で彩られた縛霊手で老女の鳩尾を深く抉った。反射的に老女が吐き出した鮮血。床に零れた幾つもの白花を緋に染めるそれに、椿が主の心を映すかのように僅かに揺れた。
     途端、老女が再び竜巻を喚んだ。白い髪を振り乱しながら放たれたそれは、白や緋の花を巻き込みながらレオンを、奏を、そして八尋を喰らう。
     霞む視界。呼気もできぬほどの風が服の上から皮膚を裂き、筋を断たれた箇所から溢れた血が塊となって滴り落ちる。崩れそうになる身体をどうにか踏み留まった仲間の背に、十織が相棒のナノナノへと声を上げた。
    「九紡はレオンを治してくれ! 俺は──」
    「こっちは俺が看る」
    「って無理すんな綸太郎! お前の傷だって相当……!」
     言いかけた瞬間、背後で勢いよく扉が開かれたと思うと、忽ち仄暗い霧が視界を覆った。続けてふたつの影が、夜を思わせるその霧を割くように戦場を駆け抜ける。
    「ただいま!」
    「お待たせー!」
    「智、響斗!」
     晴れていく視界の先には、奏と八尋を癒し支える2人の笑顔。「間に合ったようで良かったです」と傍らで微笑むリュシールに笑み反すと、十織はイフリートの少年へも瞳を細める。
    「蘇芳、来てくれてありがとな」
     宵に緋を混ぜたような短髪に、浅黒い肌。大斧を担いだ彼が見つからずに来られたのは、旅人の外套を纏った響斗の誘導あってのものだろう。
    「礼ヲ言ワレル覚エハネェ。テカ、何チンタラヤッテンダヨ」
    「これが『私たちのやり方』だよ、蘇芳くん」
     振り向き言うと、智は視線を絹へと移す。
     蘇芳にとっては無意味に思えるかもしれない。──けれど。
    「ねえ、絹さん。もうアナタの命は終わってしまったんだ」
     これ以上、ここにいてはいけないから。
     せめて、誰も傷つけないうちに。
    「……私たちが、引導を渡すよ!」

     灼滅者たちが揃ったことで、形勢は一気に終焉へと傾いた。
     リュシールの澄んだ歌声。見る間に塞がった傷に肩越しでへと礼を言うと、レオンは地を蹴り上げ高く飛翔した。屍人の頭上へと振りかぶった刃が、彼女の力もろともその華奢な身体を打ち砕く。
    「白の王の好きにはさせんよ」
     樹海に続き、今度は火葬場。
     セイメイは死人を利用する算段なのだろうか。だとしても、死体を弄び、思い出まで無下にするような行為は許せるものではない。
     最後まで美しく送り出す──その然るべき終わりのために、尽力するだけ。
     前へとのめった老女めがけ、霊犬・月白がひとつ跳んだ。咥えた刃で脇腹を横に薙いだところへ、綸太郎が蒼焔を纏う刃を払い、斬り裂いた空から生まれた闇が老女をひとのみにする。
     誰しも皆等しい、命の重み。
     だからこそ、理不尽な生は死よりも残酷であり、死者への冒涜であった。あまり感情を顕にしない綸太郎の代わりに、十織に次いで治癒を終えた智が怒りに声を震わせる。
    「人の死を弄ぶ……そんなこと、許しちゃいけないんだ」
     たったひとつの命だからこそ、まだ在る命を護らねばならない。己の力は、そのために在るのだから。
    「手コズッテンジャネェヨ! ヤッパリ弱ェナオ前ラハ!」
     尚も衝動だけで扉を目指す屍人へと、蘇芳の炎刃が猛った。
     敵を倒せば良いだけ。
     そう考えている彼には、何か思う所があるかもしれないから。邪魔はしない。馴れ合わない。けれど敵対もせぬと決めた奏が挟み込むように距離を詰めて、己の炎刃を一薙ぎする。
     その彩に宿敵のそれだと悟ると同時。別の事柄にも気づいた蘇芳は、顔を上げて奏を睨め付けた。
    「……ソウイウコトカヨ」
    「何の事?」
    「何デモネェヨ」
     不機嫌そうに言い返し、レオン等と対峙している老女を再び見る。
     これだけの攻撃を受けているのに、肌に刻まれた傷はどれも肉体の破壊までは至らぬものばかり。それが意味する所なぞ、考えずとも解る。
     ──傷つけまいとしている。
     瞬間、瞬間。有様の変わる戦場において、それが如何に技術を要するかは蘇芳とて十分に知っていた。見くびっていた判断を即座に改める。──この灼滅者たちは、決して弱くはない。
     でも、ならば何故。
     疑問が過ぎったその時、八尋の声が耳に届いた。
    「絹さん、つらいですよね。静かで穏やかで優しい貴女が、こんなこと……したくないはずだ」
     貴女のこと、僕らが救います。
     声が届いているかも解らない。それでも構わず言葉を紡げば、智の脳裏にも写真に写った絹の姿が思い浮かぶ。
     柔らかな微笑みを湛えた、少女のような人。
    「今度こそしっかり、眠らせてあげるね」
     語りかける響斗の瞳には、僅かな愁い。
     人の死を弄ぶセイメイ。
     その許しがたい存在をいつかぶん殴るとして、まずは絹を止めねばならない。八尋の放ったオーラが幾つもの光となって老女を包めば、続く響斗の漆黒の弾丸が五月雨のように彼女を襲った。
     ──同族の手で弔ってあげたいのよ。
     蘇芳の脳裏に、リュシールの声が過ぎる。
     己にとっては、対立組織が生み出したただの敵。倒すことで仲間の命が護れると思っていた。
     けれど彼等は違った。ひとしれず弔うことで全てを護ろうとしている。
     仲間も、人間も、記憶も──心も。
    「ッタク……欲張リナンダヨオ前ラハ!」
     蘇芳の大斧が呻りを上げた。
     いつもは無作為に振り回すそれを、今日は当たり所を見据えて揮う。無用な傷は残さず、的確な一撃を狙って炎の一撃を打ち込む。
    「いいぞ蘇芳!」
    「ナノナノ!」
    「ウッセー! 褒メテ欲シクテヤッテンジャネーヨ!」
    「照れなくていいんだよ?」
    「うむ、わしも共に戦えて嬉しいぞ」
    「テッ、照レテネーッテノ!!」
     智とレオンに言われてむきになる少年へ、十織が思わず笑みを零す。
     あと少し。
     最後尾から闘いの全体を見据えていた故の確信に、十織は足許から影染む蔦の葉を喚び放ち、老女の四肢を絡め取った。続くリュシールの魔法弾が動きを鈍らせる。
    「大丈夫……貴女の最期は絶対に護ります!」
     生まれたその間合いへと飛び込んだのは、レオンと綸太郎。
     初恋なれば尚のこと。
     夫である修次や遺族の思い出を護りたいと、想う気持ちは集った誰もが抱くもの。
     美しい想い出も、気持ちも。
     これ以上踏みにじられないために出来ることは、これしか無いから。
     光の灯らぬ双眸を見据えて、綸太郎が、レオンが、そっと囁き抜刀する。

     貴方に、安らかな眠りを。
     そして願わくば、幸せな最後を。

    ●そうして、誰も知らぬまま
     棺へ収めた絹の亡骸へ、リュシールが擬死化粧を施した。
     両親の身体には何もしてあげられなかったから──だから、せめて。奥歯を噛み締め、嗚咽を殺しながら、溢れ出す涙を己の悪夢ごとぐっと拭う。
     仲間たちは手分けして現状復帰を終えると、奏は散らばった花を棺へと戻した。最後にレオンと並んで黙祷を捧げる。
    「……お疲れ様、ゆっくり休んで」
     血に染まらずに在った銀木犀を枕元へ置けば、響斗も手向けにと同じ花を片側に添える。
    「安らかに眠らせてあげられなくて、巻き込んでごめんなさい」
     いつか自分も、この花を誰かに贈ることがあるのだろうか。
     想いながら、穏やかな死に顔へとちいさく微笑む。
    「ジャア、オハイ行クカラナ!」
    「ありがとう……仲間の誇りを守ってくれて」
    「本当ありがとな、お前は立派な一人前だ」
    「ダーッ! 子供扱イスンナ!」
     微笑むリュシールの向かいで十織がわしゃわしゃと髪を撫でれば、真似て撫でる九紡に、どっと笑いが溢れた。荒々しい足取りで帰ってゆくちいさな背へ、智が叫び、十織が笑う。
    「協力してくれて、ありがとうね! またね。クロキバさんによろしくね!」
    「さて、俺たちも帰るとするか」
     咲き誇り散った花のためにも、これから咲く花のためにも。今日を大切にできればいい。そう思いながら、手向け花の代わりにと白い棺へと一礼する。
    「ちと騒がしたが、もう大丈夫」
     ──どうか、穏やかな眠りの続きを。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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