焼かれる前に逃げた死体

    作者:日向環


     源泉での共闘後、姿を見せていなかったクロキバが、武蔵坂学園の正門を潜った。
     今や、勝手知ったる武蔵坂学園。堂々としたものである。
    「シロノ王セイメイノアラタナ企ミガ確認サレタ。死体ヲアンデッドニスル儀式ノヨウダ」
     白のセイメイとアンデッド。富士の樹海で発生した事件も、似たような内容だった。
    「申シ訳ナイノダガ、コレヲ知ッタ若イイフリートガ、事件ノ起コル場所ニ向カッテシマッテイル」
     そう言うと、クロキバは少し困ったような顔をした。
    「彼ラガ暴レレバ、周囲ニ被害ガ出テシマウノデ、済マナイガ彼ラヲ止メルカ、彼ラガ来ル前ニ、セイメイノ企ミヲ砕イテクレナイダロウカ」
     1人、2人ならクロキバ1人でどうにかできるのだろうが、複数の若者があちらちちらで行動を起こすのでは、さしものクロキバでも対処ができないようだ。困った挙句、武蔵坂学園に協力を求めたというとこらしい。
    「ヨロシク頼ム」


    「焼かれる前に逃げ出したい」
     などと意味不明なことを口走る木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)。
     学園中で話題になっているのだが、どうやらまたクロキバが武蔵坂学園にやってきたらしい。
    「白の王セイメイが、新たなアンデッドを生み出そうとしてるってことなのだ」
     調査したところ、全国の病院の霊安室や通夜や葬式の席、火葬場などで、死体がアンデッド化する事件が起こる事が分かったという。
     新たに生まれたアンデッドが暴れだせば、病院の職員や入院患者、葬儀の参列者などに襲い掛かれば、大きな悲劇になってしまうだろう。
    「そうなる前に、アンデッドを倒して事件を解決して欲しいのだ」
     みもざは、拳を握り締めた。
    「みんなに行ってもらいたいのは、埼玉県内にある火葬場なのだ」
     交通事故で死亡した光彦という男性の火葬を準備しているようだ。
    「光彦さんの奥さんと子供2人。あと、親戚が全部で5人いるのだ。順番待ちをしているところ、突然光彦さんの死体が動き出しちゃうようなのだ」
     室内で別れを惜しんでいたところ、死体がアンデッド化し動き出すという。白の王セイメイによる力だ。
    「光彦さんは、生前は武道家だったみたいなのだ。空手に柔道、テコンドーと、いろいろと手を出してたみたい」
     その屈強な武道家も、大型ダンプには勝てなかったらしい。
    「実は光彦さんて、賭け事が大好きでね。賭博で大負けして、借金取りから逃げてる途中で、交通事故に遭ったようなのだ」
     左右の確認を怠って大通りに飛び出し、走行中の大型ダンプに激突したらしい。
    「生命保険のお陰で借金はチャラになったみたいだけど」
     みもざは小さく肩を竦めた。遺された家族の心境も、複雑だろう。
    「アンデッド化した光彦さんは、生前が武闘家だったこともあって、とってもパワフルなのだ。巨大な気の塊を飛ばしたり、目にも留まらぬ乱舞を繰り出す他、超強力な跳び蹴りを放つ、とっても凄いアンデッドなのだ」
     強いとはいえ、相手は1体。灼滅者が8人で挑めば、余程のことが無い限り苦戦を強いられることはないかもしれない。
    「だけど、ここで一つ問題があるのだ」
     みもざは人差し指を立てる。
    「実は、血気盛んな若手のイフリートくんが、既にこの事件を嗅ぎ付けて近くまで来ているらしいのだ。イフリートくんたちに、エクスブレインの予知は無いから、セイメイの悪事のにおいを嗅ぎ付けて周囲を嗅ぎまわっている状態なのようなのだ。なので、事件が発生すれば、その場に駆けつけてきてしまうなのだ。さすがはイフリート。とっても鼻が利くのだ」
     人が多い場所でイフリートが暴れまわれば、アンデッドと戦う以上に被害が出てしまうだろうし、場合によっては死人が出ないとも限らない。
    「そういうわけで、アンデッドと戦う前に、周囲を徘徊していると思われるイフリートくんを探し出して説得して引き返してもらうか、被害を出さないように協力して事件を解決するようにするか……まぁ、どっちにしても説得することには変わりないけどね」
     アンデッドを灼滅するより、イフリートへの対応の方が難しいかもしれない。
    「聞き分けがないようだったら、何人かで足止めしている間に、先に事件を解決しちゃえば、イフリートくんは渋々と引き返してくれると思うよ」
     少々強引だが、状況によってはそうする方が得策な場合もあるだろう。
    「それじゃ、頑張ってきてね!」


    参加者
    江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)
    瑠璃垣・恢(皆殺半径・d03192)
    海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)
    神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)
    リヒト・シュテルンヒンメル(星空のミンストレル・d07590)
    エール・ステーク(泡沫琥珀・d14668)

    ■リプレイ


    「子犬みたいなイフリート君が見られるのは、すごく楽しみですわね♪」
     阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)は、どこかウキウキとしていた。
    「ミミマル君が来なければ単純な仕事なんだが」
     火葬場を眺め見、次いで広々とした空き地を見渡しながら、江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)は小さく溜息を吐いた。
     今回、自分たちが相手にするのは、アンデッドが1体のみ。気を抜かなければ、数分で片が付く仕事だ。
     しかし、今回はそれだけではなかった。
     血気盛んなイフリートが、事件の匂いを嗅ぎ付けて、この場にやってくるという。彼らが見境なく暴れてしまっては、一般人にも被害が出てしまう。その為に、自分たちが借り出される羽目になってしまったというわけだ。龍一郎が嘆くのも無理からぬこと。
    「火葬場で生き返るとか、映画みたいな話ですけど、ホラームービーとしてはB級ですね」
     ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)が肩を竦めた。「では、そちらはお任せします」と、火葬場に向かう者たちに軽く手を振る。
    「やんちゃ坊主にも困ったものだね。クロキバの苦労が伺えるよ」
     瑠璃垣・恢(皆殺半径・d03192)は苦笑し、火葬場へと駆けていく。
     火葬場に先行する者は5名。恐らく、この5名だけでもアンデッドの灼滅は可能だろう。
    「早速、お出ましのようですよ」
     ジンザが前方を指し示した。向こうに見える建物の陰から何かが飛び出し、一直線にこちらに向かって駆けてくる。全身に灼熱の炎を纏った獣だ。
     3人は、その行く手に立ち塞がるように立ち並んだ。
     ずざざざーーーっ。
     土煙を巻き上げながら、灼熱の獣は急停止した。直前まで、彼らの存在に気が付かなかったらしい。
    「やあ、ミミマル君かな。ハンバーグ、好きかい?」
    『わふ?』
     代表してジンザが話しかけた。灼熱の獣はちょこんとその場に座ると、彼の顔を見上げて首を傾げた。
    「もふもふ…」
     リヒト・シュテルンヒンメル(星空のミンストレル・d07590)の瞳が、爛々と輝く。イフリートのミミマルは、情報通りもふもふしていた。チンという種類の犬がいるが、全体的なシルエットは、そのチンに良く似ていた。耳は可愛らしく丸まっており、尻尾は凄まじく豪華な体毛に覆われていた。
     体高は70cmくらいだろうか。イフリートとしては、かなり小さい部類に入るだろう。とはいえ、見た目に騙されてはいけない。体が小さいとはいえ、イフリートであることには違いないのだ。
     リヒトの相棒である霊犬のエアレーズングが、不思議そうな顔でミミマルを見ている。エアレーズングも、なかなかのもふもふっぷりである。
     ミミマルも、どうやらエアレーズングに興味を持ったらしい。遊びたそうな視線を向けている。
    「お腹が減ってないか、クロキバお兄ちゃんから頼まれてね」
     ジンザはミミマルと目線を合わせるために腰を落とし、用意してきたお弁当を広げた。蓋を開けると、美味しそうなハンバーグの香りが立ち込めてくる。
    「はっはっはっ♪」
    「エア! お座り!!」
    「きゅうん…」
     ハンバーグに調味を持ったエアレーズングを叱り付け、リヒトはミミマルの反応を待った。
     ぎゅるるるる…ぐぅぅぅ…。
     お腹の鳴る音が響いた。
    「何でわたし!?」
     視線を感じたエール・ステーク(泡沫琥珀・d14668)が、心外だという表情をした。
    『わふ…』
     お腹を鳴らしたのは、ミミマルだったようだ。お弁当を凝視したまま、生唾を飲み込んでいる。
     火葬場の方から火災報知器が鳴り響くけたたましい音が響いてきたが、ミミマルの興味は完全にお弁当の方に移っていた。もしかすると、自分がここに来た理由も忘れてしまっているかもしれない。
     食べてもいいの?という目で、ジンザの顔を見つめる。
    「どうぞ、召し上がれ」
    『わふ♪』
     許可をもらったミミマルは、物凄い勢いで弁当箱に顔を突っ込んだ。余程お腹が空いていたのか、一瞬で平らげてしまった。
     もっとないのかという顔を向けてきた。
    「モンブランも好き?」「
     ジンザは今度は別の箱を空け、綺麗に並んだモンブランをミミマルに見せる。
     ミミマルは、こくこくと何度も肯いた。
    「それじゃあさ…」
     どうやら、ようやく本題に入れそうだ。
     もうじきアンデッドも動き出す。時間は残り少ない。
    「大好きな人の役に立ちたいって気持ちは分かるんだけど、クロガネさん、ちょっと困っちゃってたよ、周りに被害が出ちゃったら嫌だって」
     エールが、ゆっくりと噛み砕くような口調で説得に入った。
    (「クロキバ! クロキバだからっ)」
     ジンザとリヒトが慌ててエールに耳打ちする。クロキバとアカハガネが合体してしまっている。
    『わふ!?』
     しまった忘れてたという表情で、ミミマルは火葬場を見た。如何に無計画に、その場の勢いだけで飛び出してきてしまったのかが窺い知れる。困った挙句に、クロキバが武蔵坂学園を頼ったのも肯けるというもの。
    「一緒に戦うから、出来るだけあの死体さんだけ退治出来ないかな、そうしたらクロガ…クロキバさんも凄く喜んでくれると思うんだ」
    『わふ?』
     ミミマルは大きく首を傾げた。悩んでいるのか、考えているのか、はたまた話の内容を全く理解できていないのか、その仕草だけではちょっと分からない。
    「クロキバも僕らも、キミのこと信じてるよ」
     リヒトは微笑んだ。
    『ふぅ…』
     ミミマルはどうしたものかと迷っている風に、火葬場と目の前の3人と1匹を交互に見比べた。


     時間は、少しだけ前に戻る。
     イフリートのミミマルを説得する3人を残し、恢たちは火葬場へと到着した。
     先行して現場に入っていた神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)と海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)が出迎える。どこで調達してきたのか、天花は職員の制服を着用している。対して、眞白は普段と変わらぬ格好をしていた。どうやら、プラチナチケットを使用し、アルバイトだと思い込ませているようだ。
    「いつでもいけるわよ」
     天花は仲間たちに笑顔を向ける。彼女は、事前に火災報知器のある場所を確認していたのだ。もちろん、火葬を待つ光彦と親族がいる部屋の場所も確認済みだ。
    「始めようか」
     龍一郎は旅人の外套を纏った。接触班からの連絡はないが、こちらはこちらでやるべきことはやらねばならない。
     火葬場に引き返す眞白の後に、桜花が続いた。
     程なくして、各員が配置に付く。
     非常ベルが鳴り響いた。
     故人との最後の分かれを惜しんでいた家族は、何事かと顔を上げる。ベルの音は聞こえているはずなのだが、状況が理解できていないようだ。
    「ここは危険だ。早く逃げて、向こうなら絶対に安全だから」
     非常ベルが鳴り響く騒々しい中でも相手に伝わるように、恢は割り込みヴォイスを用いた。
    「こちらです。慌てなくて大丈夫ですから」
     部屋の中へとするりと身を滑り込ませると、龍一郎は親族たちの避難を誘導する。
    「皆さん、落ち着いて避難してください!」
     親族たちを眞白が導く。
    「火事よ! みんな逃げて! 早く!」
     どこかで天花の声がする。恐らく、職員たちに避難を指示しているのだろう。
    「建物が燃え始めましたわ! 早くこちらへ!」
     転んでしまった子供を背負い、桜花は出口へと向かった。
     消化器を抱えて引き返してくる眞白とすれ違う。
     光彦の遺体が安置されている部屋の入り口には、龍一郎が待機していた。
     眞白がきた。抱えていた消化器を降ろし、隅の方へ置く。
    「お目覚めだ。戦闘準備」
     龍一郎の声が耳に入り、眞白は顔を上げる。部屋の中に目をやると、安置されていた光彦の体がもぞもぞと動き出す様が見えた。
     恢と天花が駆け戻ってくる。僅かに遅れて桜花が戻ってきた頃には、アンデッドと化した光彦は完全に立ち上がっていた。虚ろな目が、こちらに向けられている。
    「灰は灰に…塵は塵に。終わりは綺麗な方がいい。…これ以上死者を辱めるのは許さない」
     恢の視線が、アンデッドの姿を捉えた。
     イフリートが乱入してくる気配は感じない。接触班はうまくやってくれているようだ。
    「ゲーム開始だ。遊ぼうか」
     日本刀を構え、龍一郎はずいと前に踏み出す。
    「さて、始めようか。とりあえずは葬式を、光彦さん一人の葬式にするとしよう」
     恢はヘッドフォンを耳に被せると、MP3プレイヤーのスイッチを入れた。鼓膜に伝わるミュージックに合わせて、右足の爪先がリズムを刻む。
    「起きろ、D/I」
     地面に落ちた己が影に命ずる。影はゆるりと起き上がると、ナイフの形を取り、彼の左手に収まった。
     その横で、眞白は唇を小さく動かして、鎮魂歌を口遊む。
    (「…生前どんな人であろうと親であり、良人であった人…。その形ある故人と親族が最後の別れをする神聖な場を…。そいつをよくもまァ、弄んでくれやがって…!」)
     彼の胸中にあるのは、このような事態を招いた白の王への怒り。
    「どこかから見てなさい、白の王。…アナタの悪意、私が断ち斬る」
     想いは天花も同じだったようだ。どこかで成り行きを観察しているであろう白の王への宣戦布告。
     隙のない構えから一転、光彦が仕掛けてきた。流石は、生前に武術を嗜んでいただけのことはある。
     一合…二合…。
     龍一郎と打ち合う。
     アンデッドらしからぬ機敏な動きだった。
    「そんなに腕に自信があるなら、私の相手をしてくださらないかしら?」
     桜花は挑発し、シールドバッシュを叩き込んだ。
     光彦は呻くと、怒りを込めた視線を桜花に向けた。
    「…荊のルーンよ、惑わせ!」
     直後、眠りへと誘う天花の符が飛んだ。


    『気合爆裂砲ーーーーっ!!』
     どうでもいいが、光彦さんがとても生き生きしている。
     6人の灼滅者を相手にしていても、怯むことなく戦っているのは、武道家たる所以か。苦戦している現状を楽しんでいるようにさえ見える。
    「荒ぶる心に…響き渡れッ!」
     眞白が迎撃のディーヴァズメロディを奏でた。
     朦朧とする意識を振り払い、光彦は攻撃の姿勢を取った。
     その時、灼滅の炎を纏った獣が飛び込んできた。
    『わふっ』
     気の抜けたような鳴き声を発したそれは、小柄なイフリートだった。
    「お待たせしました」
     ジンザ、エール、リヒト、そして霊犬のエアレーズングが合流する。どうやら、イフリートの説得は成功したようだ。
     ミミマルは無差別に暴れるような真似をせず、アンデッドを威嚇するように毛を逆立てているだけだ。
     恢は、そんなミミマルの姿をチラリと見て、ふっと小さく笑む。
     リヒトがミミマルの横に並んだ。エアレーズングがそれに従う。
     光彦の虚ろな目が、ミミマルに向けられた。どこかで見たことのあるようなポーズを取る。気合いを込めて跳躍した。
    『超必殺光彦キッーーーク!!』
     突き出された右足が、バチバチと凄まじい電撃を放った。
     自分が狙われたと分かったようだが、ミミマルは防御の態勢を取れなかった。
    「!!」
     飛び込んできた龍一郎が、強烈なキックを防いだ。受け止めた両腕の間接が悲鳴をあげる音が聞こえたが、直後に腕に護符が張り付いた。天花の投じた防護符だ。
    『くぅん?』
     ミミマルが不思議そうに龍一郎の顔を見上げた。
    「今、君は『仲間』だ。ならば危ない時に庇うのは当たり前だろ」
     龍一郎がその視線に応じた。ミミマルが、どこか嬉しそうに鼻をひくひくさせる。
    「Quiet,いちいち技名叫ばないで下さいな」
     苦笑しつつ、ジンザがマジックミサイルを放った。
     次いで、エールの螺穿槍が光彦の左肩を穿つ。
     戦力の整っている灼滅者たちと血気盛んなイフリートが相手では、生まれたてのアンデッド1体では分が悪すぎた。
     シールドを突き出し、桜花が必死に乱舞を耐える。光彦の反撃は、そこまでだった。
    「貴方に恨みは有りませんから、どうか『Rest In Peace』」
    「紫明の光芒に虚無と消えよッ! バスタービーム…発射ェーッ!!」
     ジンザと眞白の渾身の一撃が放たれる。直撃を食らった光彦は、ガクリとその場に膝を突く。
     恢が死角に回り込む。
    「!」
     狙いを定めて一閃。最後の一撃となった傷はどこに付いたのか。光彦の体は糸が切れた操り人形が如く、ガクリと頽れた。
     光彦の遺体は、綺麗なままで遺族に返したい。恢の慈悲の心。
    「アナタに静寂なる眠りを。…さよなら」
     天花はそっと目を閉じる。
    「災難だったな…今度はどうか、安らかに…ゆっくり休んでくれ、な…」
     歪められた二度目の生。生きる屍となって甦った男に、今度こそ安らかなる眠りを。
     眞白の奏でる鎮魂歌が、静かに流れた。


    (「光彦さん、いい加減な人だったみたいだけど、家族に取ってはそれでも大切な人だったんじゃないかな…。そんな人が死んでまで暴れる姿なんて見たくないよね」)
     エールは向こうに見える火葬場を見詰めたまま、そう思った。火事を装い、一時親族を外に避難させたのは正解だった。身内の惨い姿を見ることなくすんだのだから。
    「きゃー! モフモフしててすごく可愛いですわ! 触っても良い? 触っても良いかしら!?」
     想いに耽っていたエールだったが、桜花の興奮した声で現実に引き戻された。顔を向けると、今にも触ろうとしている桜花の姿が視界に飛び込んできた。
     ミミマルの方はと言えば、ジンザの前で何かを強請るように尻尾を振っている。眞白は、その無駄に豪華な尻尾に興味津々だ。犬属性の彼は、どうやらミミマルに親近感を覚えたらしい。
    「はーい。モンブランだよー」
     約束通りジンザがモンブランを振る舞う。
    「いくら利害が一致してるって言っても、素直に信用するのは甘くないかしら?」
     天花が傍らの恢に、そっと話し掛けた。
    「実際、クロキバは配下のイフリートを統率しきれていないんだし。都合のいいように使われてるだけ、って気がする」
    「7歳ぐらいの元気で活発な子がこういう事知ったら、そりゃこういう行動取るよなと少し思った」
     応じたのは龍一郎だ。
    「クロキバさんはもう少し教育をした方がいいと思う」
     ひとまず、自分がその役目を負うかと、彼はミミマルへと歩み寄る。
    「じゃ、あたしは帰るわ」
     手をひらひらさせながら、天花が踵を返した。仕事は終わったのだから、さっさと撤収したい。ダークネスと慣れ合うつもりもない。
    「ところでさ、アカハガネお姉ちゃんって今どこにいるの?」
     ミミマルはモンブランを食べることに夢中で、ジンザの問い掛けも龍一郎のお説教も耳に入っていない。
     リヒトが労うように、ミミマルの首筋を撫でてやっている。本当に伝えたい気持ちは、言触れ合う体温で伝えたい。それが、リヒトの主義だ。
    「あ、私もお菓子持ってきたから、ミミマル君も終わったら一緒に食べよ」
     エールがクッキーが大量に詰まった紙袋を見せる。
    「わん!」
     先に反応したのは、エアレーズングの方だった。


    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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