彼女が眼鏡を外したら

    作者:飛翔優

    ●眼鏡という名の……
     二学期も半ばを迎え、学生たちも落ち着きを取り戻した十一月。
     新たな想い出を作るために人々が動き出す中、中学一年生の少女……各務芽衣は一人、友達と街に繰り出すでもなく自宅へと向かっていた。
     横顔は暗い。
     瞳も前を見据えてはいない。
     ただ、度々眼鏡のフレームに手を触れては、小さな溜息を吐いて行く。
     どうして目が悪いんだろう?
     どうして眼鏡なんてかけないといけないんだろう?
     こんなに重いものがなければ、もっと元気に遊べるはず。明るく振る舞えるはず……!
    「……ま、眼鏡を外したら可愛い、なんてことはないんだけどさ」
     次々と浮かんでいく想像を、首を振って打ち消した。
     ひときわ大きい溜息を吐きながら、自宅に向かって歩を進め……。
     ――ならば、使えばいい。そうすれば異性も望みのまま。
    「……」
     心から浮かんできた闇への誘いを、今一度首を振って打ち消した。
     そんなことをしても虚しいだけ。自分が変わるわけではないのだから……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、小さく頭を下げた後に説明を開始した。
    「東京都西東京市に、各務芽衣さんという名前の中学一年生女子がいます。今、彼女が闇堕ちして淫魔になろうとしている……そんな事件が発生しています」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、芽衣は闇堕ちしながらも人としての意識を保ち、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「もしも灼滅者としての素質を持つならば、救い出してきて下さい。しかし、完全なダークネスとなってしまうようならば……」
     そうなる前に、灼滅を。
     葉月は続いて……と、芽衣に関することを話し始めた。
     各務芽衣、中学一年生女子。大人しい性格の少女で、クラスでも目立たない存在。一方で、特に人を妬むといった事もない、落ち着いた物腰の少女。
     しかし、視力が悪いことに……ひいては眼鏡をかけていることにコンプレックスを持っている。
     また、それが長じてか自身の容姿に魅力がない、とも思い込んでいる。
     それが闇となって現れたのか、淫魔として覚醒してしまった。今のところ抗うことができているが、このままではいずれ……。
    「ですので、まずは言葉を投げかけてあげて下さい。抗う強い遺志を導いてあげて下さい」
     接触場所は街中の公園。時間は放課後、夕焼空が広がり始める時間帯。
     そして導くことに成功するにせよ失敗するにせよ、戦いとなる。
     力量は八人を相手どれる程度で、妨害能力に秀でている。
     技は眼鏡から放つ魅力ビームによる催眠、投げキッスによって周囲の攻撃力を削ぐ攻撃の二種。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「投げかける言葉は皆さんに任せます。どうか、抗う遺志を、勇気を与えてあげて下さい。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)
    玖・空哉(クック船長・d01114)
    雨月・葵(霧中の新緑・d03245)
    久織・想司(錆い蛇・d03466)
    吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)
    楠木・朱音(勲歌の詠手・d15137)
    ライン・ルーイゲン(エントハルテン・d16171)
    緋月・あやと(境界線の勿忘草・d18783)

    ■リプレイ

    ●魅力の意味は
     日々柔らかなものへと移りゆく陽射しに誘われて、肌寒い風は駆け抜ける。色づく木の葉を枝からさらい、彼方へと運び去っていく。
     変わらぬ日常を過ごす人々は夕食の買い出しへ、学校を終えた生徒たちは遊ぶために街へと向かう夕刻前。東京都西東京市の住宅街に設けられている小さな公園に、灼滅者たちは足を運んでいた。
     周囲を確認するなり行ったのは音の遮断、人払い。
     一般人が容易に近づけない空間をつくりだした上で、ライン・ルーイゲン(エントハルテン・d16171)は公園の中程へと目を向ける。
     小さなベンチに少女が一人、異変にも気づかず座っていた。眼鏡の奥の淀んだ瞳で、ただただ地面を見つめていた。
     恐らく、各務芽衣。
     淫魔に闇堕ちしようとしている少女。
     仲間たちを顔を見合わせ、頷き合い、ラインは静かな歩調で近づいた。
     一人一人思い思いの距離まで近づいた後、緋月・あやと(境界線の勿忘草・d18783)が顔を覗きこんでいく。
    「なーにしゅんとした顔してるんすか? 折角のお顔が台無しっすよ?」
    「……え?」
     初めて気がついたという様子で、芽衣は顔を上げていく。ぽかんと口を開けたまま、己に近づいてきた八人の少年少女たちを見回していく。
     警戒させないよう諸手を上げて、柔らかな笑みは崩さぬまま、吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)が続く言葉を投げかけた。
    「初めまして、俺は吉沢昴。少し俺達に時間をくれないか?」
    「……」
     返事はない。
     立ち去る様子もない。
     沈黙を了承と受け取って、久織・想司(錆い蛇・d03466)が言葉を切り出していく。
    「浮かない顔ですね」
    「……」
    「眼鏡を気にしているようですが。まさかそれが原因で、冴えない外見だと。誰にも相手にされないと。そんなことを思っているのでしょうか」
     浮かない顔の理由は知っているけれど、最初はあくまで見て取れる情報だけを織り交ぜる。
     初対面の、見た目から導き出せる情報だけで、言葉を投げかけた。
     だからだろう。芽衣が顔を上げ、想司を睨みつけていく。
    「あなたに、何が分かるんですか?」
    「何も分かっていないのはあなたです、間違っていますよ」
     言葉とは裏腹に、睨み返したりなどしない。
     ただ己の眼鏡をくい、と持ち上げ、想司は熱の篭った声音で告げる。
    「それを外すなんてとんでもない。眼鏡、素敵じゃないですか」
     彼女ができた今ですら、眼鏡の魅力には抗えない。
     眼鏡の魅力を知る想司だからこそ、それこそが魅力的だと語れるのだ。
     眼鏡を嫌う芽衣にとって、想像だにしない発想だったのだろう。驚いたように目を見開き、ぽかんと口を開けている。
     だから、楠木・朱音(勲歌の詠手・d15137)が差し込んだ。
     もう一方の案件に光を当てるため。
    「ところで、何か内なる声を聞いたりしたことはないかね? そして、その力に抗っていたりなど」
    「……え? ええ、ええと……」
     戸惑いながらも、名は首を縦に振る。
     朱音は頷き返していく。
    「その力、使わなくて正解だ。それは他者を辱め、自分を貶めるだけだから。使い方次第では人と自分を益する事が出来るが、その使い方はいけない」
     己の内側にも、同質の力を抱く朱音。故に、語る言葉にも熱が篭るのだろう。
    「君が内なる声に応じずにいた、その強さは敬意に値する。その心の強さ、俺達に貸してくれないか?」
     抗い、己の力として昇華すれば、それは闇を払うための力となる。
     証を示すため、炎の翼を広げていく。
    「君の中の声の正体、その一端はこういう奴だ。その声を克己した時、君にも似たような事が出来るようになる。そしてきっと、その時君は内から輝く事ができるだろう……ま、今でも結構イケてると思うけどな」
     最後に穏やかな眼差しを送り締めくくる。芽衣の反応を観察する。
    「……」
     が、反応は鈍い。
     恐らく、現段階では、証として示したような力に興味を抱いてはいないから。
     ならば、どんな言葉が必要なのか。灼滅者たちの想いは、次の段階へと移行する。

     視力がなく、眼鏡を掛けざるを得ない芽衣。
     眼鏡をかけている自分が可愛くないと、元々可愛くなかったのだと、自信を失ってしまっている芽衣。
     けれど……と、玖・空哉(クック船長・d01114)が一歩前に出る。どこか恥ずかしげな笑顔を浮かべながら、己の髪を示していく。
    「俺さ、昔髪染めて金髪だったんだぜ?」
     今は、黒。
     髪も、もちろん瞳も。
    「俺も自分が地味で特徴ねーなってコンプレックス抱えててさ、んでまぁ、割と最近色々あって黒毛に戻したんだけど……周りの評価は、なんつーか、特に変化無かった」
     地味でも、派手でも、本質は変わらない。
     空哉という人間が変わる事はない。
    「つまりまぁ、何が言いたいかっつーと……自信持てとか、コンプレックスに思うななんてのは、急には無理だと思う。けどまぁ、外見一つの変化って、そこまで重要でもないのかなって、そう体験した実例が目の前に居るってことだ……参考になるかは、わからねーけどな」
     芽衣という人間も変わらない。少なくとも、見た目を変えた程度では。
     冷たい風吹く公園の中、芽衣の横顔に浮かぶ険が若干だけれど和らいだ。
     今こそ切り込む好機だと、あやとが語りかけていく。
    「眼鏡が気に入らないんすか? それとも自分自身っすか?」
     答えは知っていた。
    「……私は、眼鏡が嫌い。眼鏡がなければ……ううん、なくても……」
     その答えが偽りの想いである事も知っていた。だから……。
    「勿体無いにゃー、今は眼鏡もお洒落出来るんすよ? 可愛いのもカッコいいのも!」
     折角の青春、眼鏡のせいにして楽しまないなんてもったいない。
     まだ芽衣は何もしていない、されていない。可愛くない、と言われる舞台にすら立っていない。
     だから、あやとは示すのだ。
     眼鏡で飾る方法もあるのだと。どこか捉えようのない笑顔とともに!
     昴が勢いに乗っかった。
     眼鏡もまた魅力の一部なのだと伝えるため!
    「眼鏡は知的でクールな印象を与えると思う人も少なくないぜ。俺も眼鏡の似合う子は好きだしな。縁の色が違う眼鏡とかあると、気分転換も出来るんじゃないか?」
     もっとも……と、昴は柔らかな笑みを浮かべていく。
     穏やかな声音で語りかけていく。
    「ただ、君の一番の魅力は芯の強さだ。それは、その内なる声に抗い続けた事が何よりの証拠」
     魅力は、何も見た目だけが重要なのではない。
     内から溢れ出てくる輝きもまた、必要不可欠な要素の一つ。
    「俺達はその声を抑え込む手伝いに来た。この試練を乗り越えたら、少し自分に自信を持って、顔を上げて生きると良い。ああ、出来れば笑顔も見たいな。それだけで、人の印象なんて変わるもんだぜ?」
    「それに、です。眼鏡ってそんなにわるいもの、ですか……? 各務さんにとても似合っていると、思うんですけど」
     顔を上げ、真っ直ぐに灼滅者たちを見据え始めた芽衣に、ラインもまた真っ直ぐな言葉をぶつけていく。
    「あってもなくても、各務さんが変わることもないですし。あ……でも、眼鏡、ないと見えませんね。かけてない方がいい、のなら、わざわざ伊達眼鏡をかける人は、いないはず、ですよね。眼鏡をかけていても可愛いと、思いますよ」
     語る本人、あまり眼鏡コンプレックスの知識はない。理解も浅い。
     しかし、少なくとも魅力を封じ込める枷ではないのはわかる。
     証は、長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)の元気な声音が示してくれた!
    「そうです、眼鏡はマイナス要素ばかりじゃない!」
     己の眼鏡を示し、キラリと陽光に輝かせる。
     弾ける笑顔で告げていく。
     眼鏡は体の一部だと。体の部位の大小や形状と同じく、プラスの面とマイナスの面の両方があるのが当たり前だと。
    「だから自分を変えたいなら、眼鏡じゃなくて自分の心を変えていきましょうぜ!」
    「大体言いたいことは言われてしまいましたが……そうですね」
     締めくくりは、雨月・葵(霧中の新緑・d03245)が担う。
     真剣な眼差しで、穏やかな声音で。前を見据え始めた少女を導く事ができるよう。
    「眼鏡をかけているからって引け目を感じる必要はないよ。今の君も素敵だと思う人だっていると思う。……少なくとも僕はそう思うよ」
     ありのままの君こそ素敵な女性。
     眼鏡をかけていても、いなくても、それが変わることはない。
    「……いいのかな。こんな私も、自信を持って」
    「ええ、もちろん。まずは自信をもつ事から。そのためにも」
    「……うん。お願い、します」
     芽衣が頭を下げると共に、周囲を取り巻く空気が一変する。
     淫魔への変貌を前に、灼滅者たちは各々の立ち位置へと移動した。
    「……」
     静かに葵が見据える中、淫魔はゆっくりを顔を上げていく。
     されど、言葉を紡ぐことはない。
     表情もどこか苦痛に歪んでいた。
     抑えこんでくれているのだと判断し、灼滅者たちは救うための戦いを始めていく……。

    ●闇の魅力など必要ない
    「さあ、元気に一緒に遊ぶっすよ♪」
     開幕は、あやとの紡ぐダンスから。
     弾ける笑顔と元気なダンスで場を整え、攻撃の音頭を取っていく。
     導かれるままに朱音が振るうは、総金属の武術棍。
    「淫魔の素質など、絶対打ち砕く!」
     淫魔としての姿を消すために、勢い任せにフルスイング。
     爆ぜる魔力に踊らされた淫魔を、葵の影が飲み込んでいく。
    「……ごめん、苦しい思いをさせるかもしれないけど」
     静かな謝罪は、淫魔の内側で戦う芽衣に向けたもの。
     届いたか、届かぬか……いずれにせよ、淫魔は一呼吸の後に影を破る。素早く蛇目へと向き直り、眼鏡からピンク色のビームを放っていく。
     撃ちぬかれ、蛇目は足元をよろめかせた。
    「ぐ……けれど……っす!」
     眼鏡は好き。
     と言うより、眼鏡は体の一部というか、相方的なものだと思っている。
     眼鏡も個性の一つであり、良い面も悪い面も持っている、とは先ほど語った通り。
     だから分かる。眼鏡の魅力が。光線に内包されし、眼鏡を駆けた淫魔の誘惑が。
    「負けないっす、そんな形ばかりの魅力には!」
     だからこそ強い想いではねのけて、拳に光を宿していく。
    「大事なのは心! 闇に囚われた心は曇った眼鏡と同じで目の前にあるものすら見えなくなるんです!」
     懐へと入り込み、えぐり込むような拳を連打。
     戦う芽衣へも伝えることができるよう。
     勢いに押され、よろめく淫魔。
     言葉すら紡げぬ存在に、空哉は腕を刃に変えて切り込んだ。
    「闇は引っ込んでろ。各務はこれから、学園で明るく楽しく過ごすんだからよ」
     一気に攻め込み、救い出すのだと。
     総攻撃の狼煙を上げ、仲間たちを導くのだ!

    「淫魔の情念。蒸し焼きと丸焼き、どっちが好みだ?」
     炎で染めた杖を示し、朱音は冷たく淫魔に問いかける。
     返事を待たず振り下ろし、気高き炎を吹き上がらせた。
    「影よ、戒めとなれ」
     熱に負け立つことすらままならない淫魔の体は、葵の影が拘束。
     最後に向けた準備が整う中、最終段階として、ナノナノのシャルが蛇目にハートを飛ばしていく。
    「――」
     ラインもまた気高きオペラを響かせて、朱音の痛みを和らげる。
     戦場を厳かな存在へと塗り替えながら、フィナーレへつながる調べを紡いでいく。
     導かれゆくままに、昴がふくらはぎへの手刀を放つ。
    「この調子で……」
    「そこっす!」
     更に激しくバランスを崩した淫魔へと、蛇目が拳を突き刺した。
     傷を負い、炎に巻かれ、影に縛られ影に惑わされ行く淫魔に、最後に送られた一撃は……。
    「そこは暗いでしょう。さあ、こちらへ」
     想司の放った優しい一撃が、淫魔の体をくの字に折る。勢いのまま抱きかかえ、気配が和らいでいくのを感じていく。
     確認するまでもない。
     芽衣が淫魔に打ち勝ち、灼滅者へと生まれ変わったのだ。
     灼滅者たちは顔を見合わせ、頷き合う。ひとまず安全な場所へ寝かせようと、ベンチへの移動を開始する……。

    ●新たな目覚め
     灼滅者たちに見守られ、目覚めた芽衣。
     状況を把握した時に紡がれた言葉は、謝罪と感謝。そして……。
    「私、まだ、眼鏡の魅力とか……そういうのはわかりません。でも、前を向いてみようと思うんです。眼鏡も色々と試してみようと思うんです。……皆さんみたいな、素敵な人になれるように……」
     決意。
     未来の自分へと向けた。
     力強く頷いた後、空哉が静かに耳打ちする。
    「そうそう、さっきの話だと今では自信ありますって感じだろ?」
    「? 違うんですか?」
    「実はな、今でも自分に自信持てねーし、割りと迷ってばっかなんだ、俺……この事、他のやつには内緒だぜ?」
    「……ふふっ、はい!」
     恐らくは本当のことなのに、どこか冗談めいた空哉の言葉。
     思わず溢れた笑みに曇りはなく、年頃の少女らしく……。
    「ま、それでも悪く言うような奴がいたら頼ってくださいよ。ぶっ飛ばしてあげますから」
     聞いていたのかいないのか。
     二人のやり取りが終わるタイミングで、想司がどことなく冗談めかした調子で約束する。
     更なる笑みが、公園中に広がっていく。
     そして……昴が提案した。うまい飯でも食っていかないか? と。
     あやとがいち早く乗って行く。今から探せば、夕飯に調度良い時間ともなるだろう。
     絆を深めるには、一緒のご飯。
     どこでもそれは変わらない。
     眼鏡っ娘灼滅者誕生を祝し、いざ――!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ