秋も深まったある日、クロキバは再び武蔵坂学園に姿を現した。
「シロノ王セイメイノアラタナ企ミガ確認サレタ。死体ヲアンデッドニスル儀式ノヨウダ」
クロキバが来訪の理由を告げる。
「申シ訳ナイノダガ、コレヲ知ッタ若イイフリートガ、事件ノ起コル場所ニ向カッテシマッテイル」
彼らは皆血気盛んな者ばかりなのだという。
「彼ラガ暴レレバ、周囲ニ被害ガ出テシマウノデ、済マナイガ彼ラヲ止メルカ、彼ラガ来ル前ニ、セイメイノ企ミヲ砕イテクレナイダロウカ」
周囲――つまりは一般人に被害が出ると言われれば、武蔵坂学園としてもクロキバの依頼を受けざるを得ない。
「ヨロシク頼ム」
「クロキバの情報を元に調査した結果、全国各地で死体がアンデッド化するという事件が起こることがわかった」
手にした資料をめくりながら、一之瀬・巽(高校生エクスブレイン・dn0038)が口を開く。
「場所は各地の病院の霊安室、通夜や葬儀会場に火葬場……いずれも亡くなって間もない遺体がアンデッド化する」
アンデッド化した死体は通常のアンデッドよりも強い。しかし眷属は眷属、ダークネスほどの強さはなく、純粋な戦力でいえばこちらが負けることはない。
「問題は病院にせよ葬儀会場にせよ、アンデッドが暴れ出せば一般人に大きな被害が出るということだ」
そうならないようにアンデッドを倒し事件を解決してほしい、そう言うと巽は資料の中から1枚の地図を取り出し机の上に広げた。
「皆に行ってほしいのはこの斎場だ。とある女性の通夜が行われている」
齢100近い彼女の死因は老衰。眠るように穏やかに息を引き取ったのだという。
「小さな町の小さな斎場でね。正面玄関を入るとエントランスを挟んですぐ目の前に観音開きのホールの扉がある。ホールの一番奥に遺体を安置した祭壇があって、向き合うように参列者の為の椅子が並んでる」
ホールの脇にはもう1つ扉があり、その扉の向こうには親族や関係者の休憩室がある。
「皆が到着する頃には亡くなった女性の親族が十数人、特に親しかった人物が数人、ホールと休憩室に残っている。できれば、亡くなった女性がアンデッド化する前に彼らをなんとか避難させて……被害を最小限にほしい」
巽は続けてアンデッド化した女性の能力について説明を始める。
「彼女は袴姿で、手にした薙刀でもって攻撃をしてくる」
死に装束が袴姿であることも、小振りの模造の薙刀を棺に納めることも、薙刀術をたしなんでいた彼女が生前から望んでいたことらしい。
「相手の足を払うことで足止めし、突きを繰り出し相手の体を穿ち、得物を振り下ろし相手の武器ごとその身を切り捨てる」
アンデッド化したことで身体能力は上がっている。眷属としては強い部類だがダークネスほどではない。よほどのことがない限り勝てるはずだ。
「それともう1つ。斎場近くに若いイフリートがいるはずなんだ」
今はまだセイメイの悪事のにおいを嗅ぎ付けその周囲を嗅ぎまわっているだけのイフリートだが、事件が起こればそれに気づき現場に駆けつけてしまうだろう。
「斎場でイフリートが暴れたりすれば必要以上に大きな被害が出るだろうし……」
巻き込まれた一般人が死亡する可能性すらある。
「だから、このイフリートを探し出して『引き返してもらう』とか『被害を出さないよう協力して事件を解決する』とか、とにかく被害が拡大しないようにしてほしいんだ」
場合によっては、イフリートを足止めしている間に事件を解決してしまう、という手もあるかもしれない。
イフリートはおそらく斎場近くの竹林か、竹林から斎場を結ぶ道路沿いのどこかにいるだろう、と巽が付け加える。
「やらなければならないことが多いけれど、一番重要なのは『アンデッド化した女性の灼滅』だ」
最悪の場合、一般人に被害が出てもイフリートを灼滅することになってもやむを得ない――淡々とした声でそう告げて、巽は灼滅者たちを送り出す。
「それじゃあ、気を付けて」
参加者 | |
---|---|
置始・瑞樹(殞籠・d00403) |
橘・千里(虚氷星・d02046) |
刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445) |
斎藤・斎(夜の虹・d04820) |
二階堂・空(高校生シャドウハンター・d05690) |
槌屋・透流(トールハンマー・d06177) |
鈴虫・伊万里(黒豹・d12923) |
フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847) |
●
喪服姿の人々が言葉少なに挨拶を交わす。
通夜の席ということもあり、斎場はしめやかな雰囲気に包まれていた。
(「次から次へと厄介ごとを起こしてくれるね」)
軽く肩を竦め斎場のエントランスを見渡していた二階堂・空(高校生シャドウハンター・d05690)は、「お手洗い」と書かれた案内板の矢印に従って視線を移し、トイレへと続く通路に設置されている非常ベルに気がついた。
案内に従い歩を進めるフリをして、空は非常ベルのそばで立ち止まった。エントランスと通路の奥、その両方に視線を送り人気がないことを確認すると……非常ベルのボタンへと手を手を伸ばす。
ジリリリリリリリ……!!
大音響で非常時を知らせるベルが鳴り響き、周囲の空気が一変した。
「逃げてくださいー!」
声を上げ、空がエントランスに戻ってくる。その声に釣られて慌てて逃げ出す一部の参列者を、橘・千里(虚氷星・d02046)が玄関先で誘導し始めた。身振り手振りで懸命に人々を外へと誘導する千里の顔色は……はっきり言って、悪い。
「急いで避難してください! 建物の外に!」
黒い礼服に黒いネクタイを締めた置始・瑞樹(殞籠・d00403)がホールの中へと駆け込みそう叫ぶ。
刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)が控え室へと続く扉を開け、避難を促す。
「ここは危険だ。この建物から離れろ」
威圧的な雰囲気を纏うにそう言われ、怯えたように人々がアワアワと出口に向かって走り出した。
「避難してください、ここにいては危ない」
祭壇の前、遺影と避難する人々を見比べておろおろとしている老女に瑞樹が声をかける。
「わかっとる。わかっとるが……」
よほど遺影の人物と親しかったのだろうか、老女は遺体や遺影を置いて避難することを躊躇っているらしい。
「お気持ちは解りますが避難してください。あなたに何かあっては故人も……」
杖をつく老女に手を貸し、瑞樹は彼女を玄関へと誘導する。
「すみません、ここは少々危険ですので、あちらの方に向かって下さい」
ホールに立ち止まる人々にそう言って斎藤・斎(夜の虹・d04820)は玄関を指差した。控え室に人が残っていないことを確認した刃兵衛も合流し、人々の避難誘導に当たる。
なにがあったのか、どうしたのか……避難する人々の困惑した声が聞こえる。
少しずつ遠ざかる声を聞きながら、斎がポツリと呟く。
「危険になる予定なのです。これから」
それと同時、斎の体から強い殺気が放たれた。
ホールから参列者が消えたその十数秒後、カタリ、と小さな音がした。とっさに視線を巡らせた刃兵衛の目に、棺から身を起こすアンデッドの姿が映る。
「アンデッドが現れました! 早くホールに!」
斎がホールの外にいる瑞樹や空、千里を呼ぶ。
「天寿を全うし、穏やかな死を迎えた者を手に掛けるのは忍びない……が」
スレイヤーカードの封印を解いた刃兵衛が、朱塗りの鞘に納められた日本刀を抜き放つ。
「――いざ、推して参る!」
●
竹林は斎場からさほど離れていない場所にあった。道路沿いにイフリートを捜索してきた面々は竹林の中へと歩を進める。
「イフリートさーんっ!!」
大声で呼びかける鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)。幾度目の呼びかけだっただろう、少し離れた場所でガサガサと大きな音がした。
「……いるんだろう?」
槌屋・透流(トールハンマー・d06177)の問いかけに応じるかのように、猫を思わせる巨大な獣が姿を現す。
「ぼくの名前は鈴虫伊万里ですっ。あなたは、イフリートさんですよね?」
警戒とも殺気ともつかぬ気配を放つイフリートに、伊万里が声を掛ける。
「お願いしますっ! ぼくたちに、力を貸してください!」
「……一緒に……戦って……ほしい」
続けてフィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)もそう言うと、イフリートは僅かに目を細めて見せた。真偽を確かめようとするかのようなその仕草に、伊万里が更に言葉を紡ぐ。
「敵がいるの、気づいてますよね? ぼくたちだけじゃ、勝てないかもしれないんです!」
敵はアンデッド。イフリートの協力は必ずしも必要ではないのだが、方便というやつである。第一、楽観していい状況でもない。
「力を貸してほしい。そうすれば、きっと、勝てる」
頼む! と透流。フィアもまた、深々と頭を下げて頼み込む。
「……あなたが……一緒なら……絶対に……負けない」
「あなたの力があれば、きっと勝てるんです! だから、お願いしますっ!」
それは説得と言うよりも、訴えだったが――どうやら「あなたがいれば」という言葉は、このイフリートの琴線に触れたらしい。イフリートが放っていた殺気がふ、と消えた。
「……手伝って‥…くれる……?」
纏う気配の変わったイフリートにフィアが改めて問う。
イフリートが小さく、だがしっかりと頷いた。
●
「幕引きのお手伝い、させて頂きます」
鋼糸を繰る斎の体から、裁きの光条が放たれる。彼女の攻撃にあわせて駆け出した刃兵衛が薙刀を中段に構える老女の脇に回りこみ、その足を鈍らせるべく老女の腱目掛けて日本刀を振るう。間髪いれず、くるりと向き直った老女の薙刀が刃兵衛の足を払う。
アンデッド化に加え昔取った杵柄というのもあるのだろう、老女と思えぬその動きに刃兵衛が僅かに悔しげな表情を浮かべた。
(「しかしこの戦いは決して望んでいないはず」)
生命を弄ぶかのようなセイメイの所業が、刃兵衛の闘志をより一層かきたてる。
技が見事であればあるほど、生前の姿が偲ばれれば偲ばれるほど……哀れみと嫌悪が沸いてくる。
(「死者には安らかに、眠っていて頂きたいものです」)
そう願いながら傷ついた刃兵衛を癒す斎の耳に、仲間の声が響く。
「悪い、またせた!」
空の足元から黒い触手が伸び老女の体に絡みつく。イフリートの説得に向かった仲間はまだ到着していない――その事実に、空は心の中だけで僅かに唇を尖らせた。
(「イフリートが動けば一般人に被害が出る、一般人に被害が出るとなれば俺たちが介入しないわけには行かない」)
どうにも、相手の思うように動いているようで歯痒い。
(「こんな、天寿を全うし天に昇っていった方を苦しめるような所業を……」)
アンデッドとして蘇った老女に一瞬嫌悪の表情を見せ、瑞樹は老女との距離を一気に詰めた。嫌悪の向く先はこの老女ではなく仕組んだセイメイ、しかし今は。
突き出した拳に張り付いた淡い緑色のエネルギー障壁を展開するWOKシールドが、老女の体を強かに打つ。
「大丈夫か」
尋ねる瑞樹に、日本刀を構え直した刃兵衛が小さく頷く。
(「死者がどうのこうの、言うつもりは無いが、仏さん前の死体を弄ぶなんて、あまりいい趣味してるとは言えないね」)
やれやれ、と言った様子で息を吐き、千里が老女に視線を向けた。一般人の避難を終えたせいか、幾分顔色は戻っている。
「死体でも、まだ血は通ってんの?」
尋ねる彼女の体からどす黒い殺気が放たれ、老女の体を覆う。
老女が刃兵衛の剣を薙刀で受け流し、瑞樹の拳をその柄でもって受け止める。流れるような動作で薙刀を中段に構え一気に突き出す――と、その時。
「お待たせしましたっ」
ばあん! とホールの扉が音を立てて開き、伊万里が姿を現した。そのまま老女のそばまで走りこみ、警棒を模したマテリアルロッドで彼女の胴を強かに殴りつける。殴ると同時に流れこんだ魔力が老女の体内で爆ぜ、老女が一瞬姿勢を崩した。
続いて飛び込んできたフィアが、二振りの日本刀で老女の足元へと切りかかる。
更に続いてガオォオ! と獣の咆哮が響き、イフリートが老女目掛けて突進する。イフリートの炎が老女へと燃え移り、彼女の身を焦がし始めた。
(「……つくづく、悪趣味だな」)
イフリートと並ぶようにしてホールに飛び込んだ透流は、チラリとそんなことを思いながらウロボロスブレイドを振り下ろした。
死者を無理矢理生き返らせるのも、別れの邪魔をするのも――気に食わない。
不機嫌そうに顔をゆがめた彼女の得物が老女の体に巻きつき、その体を引き裂いていく。
体勢を立て直した老女が改めて突き出す刃の先に、瑞樹が咄嗟に回りこむ。薙刀の穂先を受け止めた手の甲のエネルギー障壁が一瞬乱れ、殺しきれなかったダメージが瑞樹を襲う。
「……屍人を……弄ぶ……非道い……こと……するんだね」
薙刀を中段に構える老女に、フィアが淡々とした口調で呟いた。
「……もう一度……殺して……あげる」
老女の操る薙刀が、流れるように灼滅者を襲う。
その演舞のごとき動きは見事としか言いようのないものだった。これが戦闘でなければ、と思う者もいたかもしれない。
傷ついた仲間に向けて、斎のジャッジメントレイが放たれる。それでも足りなければ透流のジャッジメントレイが、瑞樹のエンジェリックボイスやソーサルガーダーがそれを補う。
「動きを縛らせてもらおうか!」
千里の縛霊手に内蔵された祭壇が展開され、霊的因子を強制停止させる結界が構築される。
空の構えたガトリングガンから獏縁の魔力を込めた弾丸が大量に連射され、老女の体を炎が覆う。
巨大な砲台に姿を買えたフィアの腕から、死の光線が放たれる。
行動を制限され、炎に包まれ毒に侵され……老女の限界は確実に近づいていた。
「誰であれ、故人を辱めるような真似は絶対に許しませんっ!」
今はただ、この女性を早く解放してあげたい――思いを込めて伊万里が繰り出す拳には、集束したオーラがある。拳の連打を受けて老女の体が大きく揺らぐ。
「――ぶち抜く」
一言言って、透流が天星弓を構えた。彗星のような凄まじい威力を秘めた矢が、違うことなく老女の胸を射抜く。
動きの鈍った老女を見て、灼滅者たちが一気に攻勢に出た。
「もうお休みください」
斎の放つ幾度目かの裁きの光条が老女の体を貫いた。ひたすらに仲間を案じディフェンダーとしての勤めを果たしてきた瑞樹もまた、彼女に百裂閃光拳を放つ。
「天国行く前に地獄の体験コースでもどう?」
千里のフリージングデスが老女の熱量を奪いその身を凍りつかせた。
(「マジでタチ悪い」)
心の中で呟いて、空は無造作にガンナイフの引き金を引いた。敵を自動的に狙う弾丸が老女の額に吸い込まれていく。
「これで全てを終わらせよう」
刃兵衛とフィアの居合斬りが立て続けに老女を襲った。体勢をどれほど崩そうとも即座に構えを取っていた老女の手から、カランと音を立てて薙刀が滑り落ちる――。
●
伊万里と透流が擬死化粧を施そうと動かなくなった老女の遺体に歩み寄る。戦闘で損傷してしまった遺体にどこまで偽装が可能なのかわからないが、できることなら老衰で穏やかに亡くなった状態に戻したい。
(「セイメイ……後でぶん殴ってやります」)
動かなくなった遺体を前に、伊万里が心の中だけで毒づいた。
「……老いて尚、実に見事な腕前だった」
刃兵衛の脳裏に浮かぶのは、老女の見事な薙刀捌きだ。
(「穢れぬ事無き武の魂、どうか安らかに眠ると良い」)
黙祷を捧げるフィア、ただ死者の魂が安らかであることを願う斎。皆が皆思い思いの行動を起こす中、千里の顔色は優れないままだ。
(「アカン。やはり、あまり遠出すると死んでしまう……」)
早く帰ろう――そう考える千里の耳に、瑞樹の声が届く。
「具合が悪そうだが……どこか傷むのか?」
「…………帰ろう」
絶妙なタイミングで聞こえてきたフィアの言葉に千里がこくこくと頷いた。フィア自身早く戻りたいと思う理由があっての呟きだったのだが千里には渡りに船だったようである。
この場でできることは、もうない。仲間と共にホールを立ち去るその直前、千里は遺体を収めなおした棺に視線を向けた。
(「来世では、死体になってもこき使われる、なんてことのないように……」)
斎場を出たところで透流がイフリートに近づいた。数秒の逡巡の後、イフリートの体にそっと手を伸ばす。
「有難う、助かった」
遠慮がちながらもいたわるように自身の体を撫でる手にイフリートは何を思ったのだろう、特に反応を示さなかった。
「ホント助かった、ありがとな。今後もセイメイ関係は仲良くやろうぜ」
軽い口調で空話しかける空にグルルと小さな声を上げ、イフリートが灼滅者たちに背を向ける。
イフリートはそのまま振り返ることなく――いずこかへ姿を消した。
作者:草薙戒音 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年11月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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