落ちる花のように

    作者:牧瀬花奈女

    「皆さん、お揃いですね? では説明を始めます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、空き教室に集まった灼滅者達を見渡すと柔らかな笑みを浮かべた。
    「実は、イフリートのクロキバさんから、白の王セイメイが、新たなアンデッドを生み出そうとしているという報告があったんです」
     その報告を受け調べた所、全国の通夜や葬儀の席、病院の霊安室や火葬場などで、死体がアンデッドと化す事件が起こる事が分かったのだという。
    「霊安室や葬儀の席って……」
     眉を寄せた灼滅者に、姫子は小さく頷いた。
    「今回の事件でアンデッド化するのは、亡くなってから間もない方の遺体です。その場には、ご家族や病院の職員の方々などがいます」
     新たに生まれたアンデッドが暴れ出し、その家族や職員などに襲い掛かったなら。大きな悲劇となる事は想像に難くない。
     その悲劇を未然に防ぐため、アンデッドを倒して欲しいのだと、姫子は言った。
    「皆さんに向かって頂きたいのは、ある病院の霊安室です」
     病院裏の出入り口近くに、ひっそりとある霊安室。そこには病院の職員が一人と、家族が二人。そして、穏やかに生を終えた老女がいる。
     二人の家族――老女の娘と孫が、彼女らの夫であり父である男性を待っている間に、事件は起こる。
     裏の出入り口を使えば、霊安室まで行くのは難しくない。霊安室の付近に人気は無いため、室内にいる家族と職員の安全を確保出来れば後はアンデッドとの戦いに集中出来るだろう。
    「皆さんが病院に到着するのは、遺体がアンデッド化するより少し前です。あまり時間はありませんが、アンデッドになる前にご家族と職員の方を霊安室の外へ避難させられれば、安心でしょうね」
     アンデッドとなった老女は、幻の花を生み出しそれを飛ばして攻撃して来る。
     桜色の花が一人へ飛んだなら、それは毒の花。触れれば傷を負うと共に、次の行動時からかなりの確率で毒に苦しめられる事になる。
     小さな花弁が舞えば、それは一列に広がり時に灼滅者達の加護を砕く。氷のように青い花は特別な効果を持たないが、その分高い威力を持って一人を打ち据える。
     いずれの攻撃も射程は長いため、後列に控えていても安全とは限らない。
    「今回のアンデッドは通常よりも強い力を持っていますが、皆さんならよほどの事が無いかぎり負ける事は無いと思います。ですが……」
     ここで一つ、問題があるのだという。
    「血気盛んな若手のイフリートの1体が、この事件を嗅ぎつけて、近くまで来ているようなんです」
     イフリート達には、エクスブレインの予知は無い。今はセイメイの悪事のにおいを嗅ぎつけて周囲をうろついている状態だが、事件が発生すればそこに駆け付けてしまうだろう。
     病院内でイフリートが暴れたら――アンデッドと戦う以上の被害が出てしまう事は、これもまた想像に難くない。悪くすれば、死者が出てしまう可能性もある。
    「ですから皆さんには、周囲を徘徊しているイフリートを探し出して欲しいんです」
     病院の周囲は木々に囲まれているため、イフリートはその中にいる可能性が高い。
     現場に到着する時間帯は夕方。昼間ほどではないにしろ病院の外に人影はあるだろうから、人目に触れる前に探し出せればその方が良い。
     イフリートを見付けた後、説得して引き返して貰うか、あるいは被害が出ないよう協力して事件を解決するか。それは灼滅者達の判断だ。
     場合によっては、何人かがイフリートを足止めしている間に、残りのメンバーが事件を解決する、という方法を取る必要があるかもしれない。
    「具体的な作戦は、皆さんにお任せします」
     気を付けてくださいね、と姫子は灼滅者達に微笑んだ。


    参加者
    天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)
    炎谷・キラト(失せ物探しの迷子犬・d17777)

    ■リプレイ


     夕の空は、暗くなりかけていた。病院裏の出入り口から中へと入る灼滅者達の肌を、ひやりとした風が撫でる。
     今回のアンデッド誕生が何を目的としているのか。それを知る術は無い。けれど、安らかな眠りに就いた死者を呼び起こし、悲劇を生むというのなら、それを阻む以外の選択肢は灼滅者達には存在しなかった。
     大切だった筈の家族を手にかけるなんて、そんな事させていいはずがない。霊安室へ続く廊下を歩きながら、穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)は翠玉の瞳を瞬かせた。裏の企みは見えずとも、阻止する気合いは十分だ。
     樹海でも相当やってたみたいだが。街中までやるか、と淳・周(赤き暴風・d05550)はつり目がちの瞳を細めた。白の王の奸計。考えるだけで胸が悪くなる。
     霊安室の扉が見えて来ると、ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)以外の灼滅者達は足を止めた。霊安室の様子が窺えるように、それでも不自然に見えないように、適度な距離を置いて待機する。
     仲間達へ目配せをして、ソフィリアは静かに霊安室の扉を開けた。室内にいた遺族と職員が、驚いたように瞬きをして彼女を見る。寝台の老女は、まだ安らかに横たわっていた。
    「失礼します。先生が、大切なお話があるそうなので、病室に戻っていただけませんか?」
    「先生が……? 何かしら」
     老女の娘と思しき女性が小さく首を傾げ、椅子から立ち上がる。隣に座っていた孫も、それに倣った。
     ESPの効果に加えて、今のソフィリアは看護師の格好をしている。彼らには、医師の言伝を持って来た、若い新米看護師だと思われているだろう。
     用意して来たパニックテレパスの出番は無さそうだ。不思議そうな表情を浮かべながらも遺族と職員が霊安室から出て行くのを見て、七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)は安堵した。彼らの足音は少しずつ遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
    「行こうぜ」
     炎谷・キラト(失せ物探しの迷子犬・d17777)が霊安室へ飛び込んで、サウンドシャッターを展開した。その表情からは、普段の快活さは影を潜めている。病院は、少し苦手だった。
     続いて霊安室へ入った灼滅者達が、素早く陣形を調える。
    「起きろ!」
     周が高らかに声を上げ、封印を解除する。
     寝台の上の老女が起き上がったのは、その直後だった。
    「セイメイサマノタメニ……!」
     濁った声が言葉を紡ぎ、老女は寝台から床へと降り立つ。暗い光を宿したその瞳にも、蝋のように白いその肌にも、命の色は無い。
    「ギィ達が戻って来るまで、持ち堪えないといけませんね」
     前へ出た天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)が、老女の瞳を見返す。
     この病院を訪れた灼滅者達のうち、ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)と風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)の姿はここには無い。
     彼らは今、血気に逸るイフリートの下へ向かっているのだった。


     アンデッドにイフリート。対処しなければならない物事を思い浮かべると、色々と頭が痛い。
     病院の周りを囲む木立の中を進みながら、ギィは辺りを窺う。クロキバの信頼に応えるためにも、目の前の務めから目を逸らす訳には行かない。
     何かが燃える臭いが鼻先をかすめ、ギィと彼方はそちらへ足を向ける。急ぎ足で歩を進める度、獣の声が近付いて来た。
    「いたよ」
     彼方の示す方向に視線をやれば、炎をまとった白い虎が、くすぶる木の葉を踏み潰しているのが見えた。
    「ちはっす。セイメイの手駒を燃やしに来たっすか?」
    「ダレダ!」
     軽い調子で声を掛けたギィに、イフリートは唸りに似た声で答えた。
    「クロキバから、君が来るって聞いてたんだよ。アンデッドがちょっと強くて、手伝ってほしいんだ」
     彼方が言葉を重ねると、ぐるる、と獣の喉が鳴る。クロキバの名を聞いたせいなのか、金の瞳に二人を窺うような色が浮かんだ。
    「居場所、分かんないっすよね? 仲間がもう戦ってるはずっすけど、自分らが案内できるっすよ」
    「テキ、シロガタオス! ツレテケ!」
     シロ、というのが名前だろうか。吼えるイフリートの鼻先に掌をかざして、ギィは落ち着くように促す。
    「余計な混乱は誰も望んでないっす。クロキバさんも、自分ら武蔵坂学園も。だからここは共同戦線を張りやしょう」
     ム、と首を傾げたイフリートに、一緒に戦おうって事だよと彼方が言う。
    「ソレヤルト、シロ、ホメテモラエルカ?」
    「それは、もちろん」
    「ジャア、イッショ、シテヤル」
     紅の炎に包まれた尻尾が、ぱたんと落ち葉を叩く。納得してくれたなら、行きやしょうかと、ギィは踵を返した。
    「途中、余計なものを燃やしたり襲ったりは無しっすからね」
    「ワカッテル。ハヤク、テキ、タオス」
     どうやら余計な事をして時間を取られるより、早くアンデッドの下へ行きたいらしい。それは二人も同じ事。
     ギィは彼方と顔を見合わせると、イフリートを連れて病院の裏口へと急いだ。


     ふわりと宙を舞った青い花を、皐の剣が叩き切る。返す刃で彼は、老女の肩を斜めに切り付けた。
     周の足元から伸びる影は、糸のように床を滑り老女の足を絡め取る。老女を縛る影はこれで六つ。捕縛はこれで十分かと、周は頭の隅で考えた。
     はらり、ふわり、と部屋の中を舞う花は、儚くも美しい。きっと生前の彼女は、花が好きだった。
     老女のくすんだ瞳を凛と見据え、ソフィリアは雷を宿した拳で顎を強かに打つ。
     穏やかな最期を迎えた者を無理矢理に目覚めさせ、家族を襲わせる。白の王の所業には、怒りしか湧いて来ない。
    「今は、大人しく掌の上で踊っていましょう」
     隣で紡がれた言葉に、ソフィリアは瞬きをしてそちらを見た。傍らに立つ皐の瞳の奥には、彼女と同じ色が潜んでいる。
    「……ええ」
     いつか来る反撃の日。その時まで、胸に抱いた思いは忘れはしない。
     紗月の弓が機械的な音を奏で、癒しを秘めた矢をキラトに届けた。少年の体を蝕む毒が消えて行く。
    「お待たせしやした」
     蝶番の音が鳴り、灼滅者達の背後で霊安室の扉が開いた。力の封印を解除して、ギィと彼方が仲間の隣に並ぶ。二人に続いて中へ入って来たのは、虎に似た姿を持つイフリートだ。
    「もしかして、一緒に戦ってくれるのかしら?」
    「ソウダ。シロ、ツヨイ。タスケテヤル」
     緩やかに尾を持ち上げたイフリートに、ホナミは笑みを浮かべる。
    「頼もしいわ。前に出て、攻撃をお願いしてもいい?」
     そう言って自らの隣を示せば、イフリートは素直にそこへ位置を取った。
    「クロキバから話は聞いてるぜ。アンタ強いんだってな、頼りにしてるぜ!」
     サイキックソードを振り抜いたキラトがそう言うと、炎をまとう胸が誇らしげに反る。
     若い子達が先走る前に『今は動くな』と抑えておけなかったのかしらね、とホナミはマテリアルロッドを握り直しながら胸の内で呟いた。もしかしたら、クロキバの制止も聞かずに飛び出してしまったのかもしれないけれど。
    「セイメイサマ……!」
     新たな敵の出現にも、老女は動じる気配を見せなかった。血の気の失せた手が広がり、小さな花が踊る。薄い飛礫と化した花は前衛に立つ灼滅者達へと降り注いで、ソフィリアの加護を砕いた。
     ボク達が、受け止めますから。紗月の指が魔導書の頁をなぞり、紡がれた魔法の矢が老女の腹を穿つ。彼女には、誰も傷付けて欲しくない。
     皐の足元から、黒い影が風の如く駆け出す。猟犬の姿をした影は、鋭い刃と化した牙で老女に食らい付いた。周の拳で炎に包まれた体を、ソフィリアの闘気の拳が打ち据える。
     別れの時にお邪魔したことは、ごめんなさい。ホナミの右腕がいびつな形に巨大化し、老女を抉る。それでも家族を道連れにするなんて、望んでもいない事をさせる訳には行かない。キラトの内から生まれた炎が光の剣を包み、刺し貫いた老女へ延焼する。
     戦場を震わせた音声は、イフリートの咆哮。黒みを帯びた爪が老女に突き刺さって、彼女を蝕む炎が勢いを増した。ギィが身の丈ほどもある無骨な刀を振り下ろす。
     彼方から放たれた矢は老女の胴に命中し、その足をふらつかせた。彼女の指先が紡いだ毒の花を、周は身を引いてかわす。
    「そんな攻撃でアタシを、正義を倒せるとでも思ったか!」
     花は舞えど、魂はそこに無い。鋭い刃へと変じた周の影糸は、老女の脇腹を裂いた。皐の左手に握られた槍に緋色のオーラがまとい付き、突き刺さった穂先が力を汲み上げる。
     ソフィリアの槍が螺旋を描いて老女を抉り、柄に結わえられた鈴が澄んだ音を奏でた。オーラを集束させたキラトの拳に殴打され、老女の体がまた揺らいだ。
     ホナミがマテリアルロッドを振るい、傾ぐ老女を鋭く打った。流し込まれた魔力は奔流となり、炎に包まれた体を内側から破壊する。
     濁った声を上げて老女が床に倒れ伏すと、ホナミはロッドを下ろした。
     もうこれ以上、彼女を傷付ける必要は無い。
     望まぬ目覚めを迎えた老女は、再びの永い眠りに就いていた。


     老女の体を寝台に横たえると、皐は彼女に擬死化粧を施した。戦闘にあまり時間がかからなかったためか、傍目にはアンデッドと化す前とほぼ変わらない状態になる。多少の違和感は抱かれるかもしれないが、遺族と職員が老女の身に何があったか気付く可能性は低いだろう。周とキラトは、戦いで乱れた霊安室を手早く片付けていた。
     散らばった椅子や寝台の位置を整え、戦闘の痕跡を出来る限り消すと、室内には静寂が訪れた。
     もう間もなく、職員と老女の家族も戻って来るに違いない。灼滅者達によって安寧を取り戻した老女は、家族に見送られながら、今度こそ安らかに次の旅路へ赴くだろう。
     戻りましょう、とソフィリアが促し、灼滅者達はイフリートを伴って霊安室を後にする。裏口から外に出た彼らは、人目を避けて木々の中へと入った。日が短くなったせいか、辺りはもう暗くなっている。
    「今回は助かったぜ。本当に強いんだな」
    「トウゼンダ。シロ、カエッテ、ジマンスル」
     キラトが言うと、イフリートはまた誇らしげに胸を反らす。
    「クロキバにも、戦果を胸張って言っていいと思うぞ!」
    「ム?」
    「きっと誉めて貰えるわよ」
     周の言葉に首を傾げたイフリートに、ホナミが柔らかく微笑む。一緒に戦えて心強かったです、とソフィリアも笑みを浮かべた。
     満面の笑みと共に共闘への感謝を紡いで、紗月は一歩、イフリートの方へと進み出る。
    「ボクは、穂之宮紗月と言います。お名前を、聞いてもいいですか?」
     尾をゆるりと揺らし、イフリートは踵を返す。暗闇の中に、紅の炎がぱちりと爆ぜた。
    「シロツバキ」
     シロデイイ。
     小さく吼えて、白い獣は木立の中へと消えて行った。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ