イツワリの蘇生

    作者:J九郎

     かつてイフリート源泉防衛戦にあたり、共闘を持ちかけてきたイフリート「クロキバ」。
     彼が再び武蔵坂学園に現れたのは、ノーライフキング勢力に、看過できない新たな動きがあったためだ。
    「シロノ王セイメイノアラタナ企ミガ確認サレタ。死体ヲアンデッドニスル儀式ノヨウダ」
     そう告げた後、クロキバはわずかに表情を曇らせる。
    「申シ訳ナイノダガ、コレヲ知ッタ若イイフリートガ、事件ノ起コル場所ニ向カッテシマッテイル」
     逸る若者を止められなかった不始末ゆえか、クロキバの声に苦々しさが混じる。
    「彼ラガ暴レレバ、周囲ニ被害ガ出テシマウノデ、済マナイガ彼ラヲ止メルカ、彼ラガ来ル前ニ、セイメイノ企ミヲ砕イテクレナイダロウカ」
     幸い、若いイフリートにはエクスブレインのような予知能力はない。事件が実際に起きるまではセイメイの動きに勘づくことはないはずだ。
    「ヨロシク頼ム」
     その一言を残し、クロキバは学園を去っていったのだった――。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。全国の病院の霊安室や通夜や葬式の席、火葬場などで、死体がアンデッド化する事件が起こると」
     神堂・妖(中学生エクスブレイン・dn0137)の告げた予知は、クロキバの情報を裏付けるものだった。
    「……いずれも、人の多いところで死体がいきなりアンデッド化することになる。そうなればどんな惨劇が起こるか、想像してみて」
     そして、そうならないようにアンデッドを倒して事件を解決して欲しいと、妖は灼滅者達に告げた。
    「……みんなに向かってもらいたいのは、総合病院の霊安室。そこで、交通事故で命を落とした少年が、アンデッドとして蘇生する」
     蘇生したアンデッドは生前の記憶は持っておらず、ただ目に入った生者を襲い出すという。
    「……霊安室には、事故を知って駆けつけたご両親、病院の医師と看護師、それに死体を引き取りに来た葬儀会社の人が2人の、計6名の一般人がいる。霊安室は出入り口が一カ所しかない上に狭いから、うまく誘導しないとパニックになるかも知れない」
     加えて、状況が飲み込めない両親は、少年が生き返ったものと思いこんで、自ら少年に近寄っていってしまう恐れもある。
    「……少年は、生前は野球部だったから、バットを武器に攻撃してくると思う」
     たかがバットとはいえ、アンデッド化した力で振るわれれば、ロケットハンマーに匹敵する威力を発揮するだろう。眷属故にダークネスほどの力はないとはいえ、油断は禁物だ。
    「……もう一つ、問題がある。若いイフリートが事件の匂いをかぎつけ、病院までやってきてしまう」
     もし病院内でイフリートが暴れれば、下手をするとアンデッド以上に大きな被害を出してしまうだろう。
    「……そうしないためには、事前にイフリートに接触して説得するか、足止めしてる内にアンデッドを倒して先に事件を解決してしまうかのどちらかしかない」
     うまく説得できればイフリートとの共闘もできるかもしれないが、イフリートは力の加減を知らないので、病院の被害が大きくなる恐れがあるから注意が必要だ。
    「……アンデッドとイフリート。厄介な依頼だって分かってるけど、ノーライフキングの企みを黙って見過ごすことはできない。なんとか被害を最小限に止めて、事件を解決して」
     妖の言葉に、灼滅者達は強く頷き返すのだった。


    参加者
    千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)
    黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)
    倉田・茶羅(ノーテンキラキラ・d01631)
    崎守・紫臣(激甘党・d09334)
    雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)
    廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)
    リステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)

    ■リプレイ

    ●蘇る死者
     とある総合病院の霊安室に、一人の少年の遺体が横たえられていた。野球の練習に向かう途中で交通事故に遭い、救命治療の甲斐なく命を落とした少年の体に、すがりつくように母親が泣き、父親がその母親の肩に手を置いて見守っている。
     そんな霊安室に、突然6人もの少年少女が入り込んでくれば、不審を抱かれて当然だろう。
    「ちょっとあなた達、この子のお友達? 今は家族の方がお別れの最中だから、外で待ってて――」
     やんわりと追い出そうとする看護士に、
    「あ、オレ達こういうもんでーす」
     倉田・茶羅(ノーテンキラキラ・d01631)はそっとプラチナチケットを差し出した。
    「あら、ごめんなさい。何か勘違いしてたみたい」
     すっかり6人を関係者と思いこんだ看護士が、道をあける。
    「すまないが、死因についてちょっと確認したいことがある。外で待っててもらえないか?」
     同じくプラチナチケットをかざしながら、雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)が医師と看護士、それに葬儀社の人間に外に出るように頼み込む。だが、さすがにプラチナチケットのESPではそこまでの効果は得られないらしく、医師は首を横に振った。
     両親が驚きの声を発したのは、その時だ。見れば、死んだはずの少年の上半身が、ゆっくりと起き上がっている。
    「いけない!」
     千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)は、思いがけない事態に硬直している両親と少年の間に、強引に割って入った。
    「情報の出所がどこであれ、普通の人が襲われるのは見過せません!」
     心は妖の槍を構え、立ち上がろうとする少年の前に立ちはだかった。
    「これは手段を選んでる場合じゃねえな」
     崎守・紫臣(激甘党・d09334)が王者の風を使用して、まず医師と看護士、葬儀社の人間に待避するよう指示する。萎縮した医師達は、素直に紫臣の指示に従い、霊安室から外に出て行った。
    「こんな街中でアンデッドを作るなんて、セイメイは一体何を考えているんだろう」
     一方、廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)はサウンドシャッターを使って戦闘の音が外部に漏れないようにする。警備員や他の医師が駆けつけてきたら厄介だし、イフリートに勘付かれたらもっと厄介だ。
    (これじゃ真っ当にアンデッドの数を増やせないと思うけど……)
     杏理は少年アンデッドから目を離さないまま、しばし思案する。
    「さて、先手必勝といきましょうか」
     完全に立ち上がった少年に対して、真っ先に動いたのは黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)だった。独特の緩急を付けた動きで少年に近づき、反射的に殴りかかってきた少年の攻撃をかわしつつ、逆に拳の乱打を浴びせる。
    「やめて! うちの子になにをするの!?」
     母親が思わず悲鳴を上げて少年に駆け寄ろうとするが、咄嗟に心が母親の腕を掴んで動きを封じる。
    「あれはあんた等の息子さんじゃないんだ! ここは俺等に任せて外に出てくれ!」
     紫臣が声を張り上げると、両親はビクッとしたように身をすくませ、変わり果てた息子の姿に一度目を向けてから、後ろ髪引かれる様子で霊安室を後にしていった。
    「では、灼滅を始めましょう」
     一般人がいなくなって心おきなく戦えるようになり、仕切り直すように心が戦いに精神を集中させる。
    「今日の戦いの運勢は、っと」
     一旦間合いを取った智慧がコイントスして戦いの結果を占う。
    「おっ! 占いの結果どうだったー?」
     茶羅が尋ねると、智慧はコインの表の面を茶羅に示して見せた。どうやら、いい結果が出たようだ。
    「逢魔が時、此方は魔が唄う刻、さぁ演舞の幕開けに!」
     スレイヤーカードを開放してライブ衣装に身を包んだ娘子が、バイオレンスギターをかき鳴らす。それが、戦いを告げる合図となった。
     
    ●追いかけっこ
     巨大な獣が、街道を疾走していた。一見大型犬に見えるが、全身から吹き上がる炎と頭部に生えた二本の角が、その存在がただの犬などではないことを知らせている。
     その炎の獣の疾走が止まったのは、スルーできないほどおいしそうな香りが漂ってきたからだ。
    「ガウ……!?」
     思わず香りの発生源に目をやった炎の獣の目に止まったのは、歩道に設置されたベンチに腰掛けた、少年と少女の姿。
    「まさかこんなにおいしいものが手に入るなんて」
     居木・久良(ロケットハート・d18214)は、これ見よがしに紙袋に入った焼き芋を一個、取り出してみせる。それから、
    「へへ、いいでしょ」
     炎の獣に自慢するように焼き芋を口元に運んだ。
    「ガ、ガウ……」
     炎の獣が、一瞬悩む素振りを見せる。美味しそうなモノは欲しいが、今は他にやるべきことが彼にはあるのだ。だが、
    「……ん、手作りクッキー……です。……英気を養うために、どうぞ召し上がれ?」
     続けてリステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506)が、13キロも用意した手作りクッキーを差し出した時、炎の獣の頭からは、完全に“やるべきこと”が吹き飛んでいた。
    「ガウッ! ソレ、ヒノコニ寄コセ!」
     今にも飛びかからん勢いの炎の獣――イフリートのヒノコに、
    「欲しい? 俺にかけっこで勝てたらあげるよ」
     久良は言うが早いか、思いっきり駆けだしていた。
    「……え、え……?」
     驚いたのは、ヒノコよりもリステアリスだった。リステリアスとしては、ここで食べ物で釣って足止めするつもりだったのだ。しかし、確かに病院から引き離すという作戦は理に適っている……気がする。結局リステリアスも、久良と一緒に駆け出すことにした。
    「ガウッ! 待テ、食イモン!!」
     作戦(?)通り、ヒノコが二人を追いかけてくる。命がけの追いかけっこが、始まった。
     
    ●激戦
    「セイメイサマノタメニ」
     蘇った少年アンデッドは、壁際に立てかけてあった遺品の金属バットを手に取ると、思いっきり振り回した。
    「おっとー!」
     しかし、茶羅の放ったリングスラッシャーが無数の小型のリングに分裂し、盾代わりとなって金属バットを防ぐ。
    「ヘイヘ~イ! ピッチャーノーコン!」
     すかさずアンデッドを煽る茶羅。
    「いや、バット持ってるし、ピッチャーじゃなくバッターなんじゃないですかね」
     杏理が当然のツッコミを入れるが、その間にもアンデッドは、バットを振り回し続ける。
    「白の王……何を企んでるのか知らねえが、ぶっ潰してやるぜ」
     そのバットを、WOKシールドを広域展開した紫臣が受け止める。
    「この子が一番の被害者ですね。でも気の毒ですが、私には灼滅することしか出来ません」
     その隙に、心の妖の槍がアンデッドの胸を貫く。だが、生き物ならば即死するであろうその一撃も、既に死んでいるアンデッドには致命傷とはならない。それでも、アンデッドの動きが一瞬鈍ったのは間違いがなく。
    「万一霊安室から出て行かれると厄介ですから、まずは動きを封じさせてもらいましょうか」
     智慧はデタラメに振り下ろされた金属バットを紙一重でかわしつつ、すれ違いざまにアンデッドのアキレス腱を切り裂いた。
    「今宵の聴衆は黄泉よりお帰りになられたお坊ちゃま! 小さな箱にございますけれどこのにゃんこ! 一生懸命唄いますれば!」
     戦闘前とは打って変わって明るい笑みを浮かべた娘子が、バイオレンスギターをかき鳴らす。その激しいメロディは、少しずつアンデッドのバランス感覚を狂わせていった。
     
     一方その頃。
    「ガウッ! 捕マエタ! ヒノコノ勝チ! 美味イモン寄コセ!」
     いくら灼滅者といえ、全力を出したイフリートの速力にいつまでも抗しきれるはずはなく、まずリステリアスがヒノコに捕まってしまった。さすがに13キロものクッキーを抱えての全力疾走はきつい。
    「……ん、ええと……、とりあえず……召し上がれ?」
     リステリアスが差し出した袋の中には、バニラ、チョコチップ、ローズマリー、アーモンド、オレンジピール、抹茶、紅茶、各種ジャムクッキーと、色とりどりのクッキーが詰め込まれていた。
    「ガウッ! ヒノコ、全部喰ウ!」
     ヒノコはリステリアスから袋を奪い取ると、太い腕を突っ込み、ムシャムシャとクッキーを平らげ始めた。
    「あ~あ、負けちゃった。きみ、速いね」
     リステリアスが捕まったことに気付いた久良も足を止め、引き返してくる。
    「これ、約束だからあげるよ」
     そして、紙袋から取り出した焼き芋を差し出す。ESP“おいしくなあれ ”を使用した特製の焼き芋だ。
    「ガウッ! ヒノコ、ソレモ喰ウ!」
     ヒノコは焼き芋をふんだくると、ガツガツと喰らいだしたのだった。
     
    「セイメイサマノタメニ」
     アンデッドが金属バットを全力で床に叩きつけると、霊安室の床にヒビが走り、激震が部屋全体を襲った。
    「うわっと!」
     衝撃に耐えきれず、茶羅が転倒する。他の前衛の面々も、転びこそしないものの少なからず今の一撃でダメージを受けていた。
    「茶羅さん! みなさんもしっかり!」
     霊安室の入り口付近にいた為に衝撃を免れた杏理が、一人ずつ前衛を癒していく。
    「そろそろ相手もボロボロだ。あの両親には悪ぃが一気に片付けるぜ!」
     紫臣が咆えると、彼の右腕が炎に包まれる。アンデッドがバットを叩きつけてくるが、紫臣は敢えて避けることをせずそのまま炎の拳をアンデッドに叩きつけた。さらに、追撃とばかりに茶羅の放ったリングスラッシャーがアンデッドを切り裂いていく。
    「誠に残念なれど、そろそろ宴も終わりのお時間。最後の演奏と参りましょう!」
     娘子が、ますます激しく歌い踊りつつギターをかき鳴らせば、発生した音波がアンデッドを襲い。
    「冥途への旅の土産に『炯炯流』の神髄、お見せしましょう」
     智慧がアンデッドの渾身の一撃をマテリアルロッドで受け流しつつ、拳を全身に叩き込む。そして、
    「私があなたに出来ることは、全てを終わらせることだけです」
     心の構えたチェーンソー剣が、既に満身創痍だったアンデッドの全身を切り刻んでいった。その一撃はアンデッドの体に付着していた炎を更に激しく燃え上がらせ。
     やがて少年アンデッドは、わずかな骨を残して燃え尽きていったのだった。
     
    ●イフリートと灼滅者
     戦いが終わって。
    「せめて遺体ぐらい無事残してやりたかったがな」
     ライブ衣装から元の男子制服姿に戻った娘子は、燃え残った骨を拾い集め、安置台にそっとまとめて置いた。
    「ご両親の心痛は察するに余りありますね。セイメイ、許すわけにはいきません」
     ただでさえ事故で子を失いショックを受けている両親に追い打ちをかけるような仕打ちに、心は静かに怒りを燃やす。
     一方、杏理は十字を切って少年の冥福を祈った後、霊安室内にノーライフキングが別の術を使った痕跡や、或いは別勢力の痕跡がないか調べていた。
    「陽動やカモフラージュでないか、少し心配なんだ」
     だが、残念ながら短時間ではなんの痕跡も見つけることは出来なかった。
    「イフリートの足止め組と連絡が付いた。そろそろ合流しようぜ」
     紫臣の言葉に、皆は頷くと霊安室を後にしたのだった。
     
     そして、病院から出て合流場所の児童公園に向かった6人が見たのは、笛を吹くリステリアスと、イフリート相手に手品を披露している久良の姿だった。
    「ガウ、オマエ、手品ヘタ」
     そして、久良などはあろうことかイフリートから駄目出しされていた。
     用意してきた食べ物をあっという間に平らげたヒノコを病院に向かわせないために、二人ともいろいろな手段で足止めを試みていたのだ。そして、それはどうやら無事成功したようだった。
    「あなたがクロキバさんの言っていたイフリートですね。アンデッドは私達が先に倒してしまいましたよ」
     心がそう告げると、ヒノコはようやく自分の役割を思い出したように、ハッとした顔を見せる。
    「まあまあ、もう終わったことですから」
     言いながら智慧が黒糖の飴玉を差し出す。
    「熱くなりすぎると溶けるので注意してください」
     それは少々、イフリートには酷な注文だった。
    「君がヒノコくんか、初めまして。ここを一人で見つけられるなんて、君は本当にすごいね」
     杏理が、溶けて手に付いてしまった飴を舐めているヒノコに賞賛の言葉を贈る。それから、
    「アンデッドを倒しました、ってクロキバさんに報告してくれる? これは君にしか出来ない、大事なお仕事だから。お願いします」
     そう、お願いする。
    「ガウ! クロキバ、セイメイ嫌イ。アンデッド倒セバ、クロキバ喜ブ」
     ヒノコは任されたとばかりに胸を叩いた。
    「楽しかったね、また遊ぼう」
     久良が思いっきり手を振って笑顔でヒノコを送り出す。ヒノコはそれに応えるように一声咆えると、何処へともなく駆けていった。
    「できれば、いつでも一緒に遊べるようになればいいのにな」
     それは、久良の偽らざる思いだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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