一週間ほど前、同じクラスの男子に腐女子であることがばれてしまった。
サッカー部のマネージャーである彼女が、一人で洗濯をしているときのことだ。
自分の荷物から落ちたプラトニックな方のBL本を拾い上げたところを、同じクラスで同じサッカー部の男子に目撃されてしまったのである。
片手には汚れたユニフォーム、片手にはBL本。それを見て、半笑いで去っていく男子。
相手が、いいな、と思っている男子であっただけに、そのダメージは絶大だった。
そして、彼女は一週間ほど引きこもった。
食欲がないので何も食べないでいるせいか、片手が透き通ってきているが、今はそれどころではない。
絶望に暮れているそんな時、家のチャイムが鳴った。
ずっと締切だった窓から外を見ると、件の男子が手にプリントなどを持って立っていた。
今しかない!
彼を殺して部下にしてしまえば、秘密も守れるしちょっとうれしいしで一石二鳥だ。
彼女は父のゴルフクラブを手に取ると、玄関に向かって駆け出した。
「起こってしまった悲劇は受け止めるしかないが、起こりうる悲劇は止めることができる!」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はそういうと、今回の事件の説明を始めた。
「思わぬ方向で腐女子であることが思い人にばれてしまった女子が、闇堕ちしてノーライフキングになりかけてる。彼女の名前は佐伯・美緒。高校一年生だ」
美緒は片思いの相手であった男子に最悪の形で男同士が隙あっているシチュエーションが好きな、いわゆる腐女子であることがばれてしまい、引きこもってしまった。
それだけならよかったのだが、絶望が深すぎたのか闇落ちしかけているのだ。
「幸いなのかなんなのか、実は男子のほうはあまり気にしていないらしい。逃げてしまったことを謝ろうと家に荷物を届け出る役を買って出たらしいんだが、このままでは取り返しのつかないことになってしまう」
もしこの男子を殺してしまえば、美緒はもう戻ってこれないだろう。
彼女と接触するチャンスは、男子が荷物を届けに来る時だけだろう。
それ以外ではバベルの鎖の影響で、感知されてしまうことになる。
男子が家につき、美緒が下りてくるまでの間に帰らせることができれば、男子の安全は図ることができそうだ。
美緒の両親は共働きであり、そちらの心配はなさそうだ。
家の中はそれなりに広さもあるので、戦闘場所には困らないだろう。
「美緒はまだ完全にノーライフキングにはなっていない。だが、その力は侮れない」
戦闘ではエクソシストに似たサイキックと、ゴルフクラブをハンマーのように振りまわして攻撃してくるようだ。
「まだ人間の心が完全に消え去ってしまったわけじゃない。うまく説得できれば、戦闘力を下げることができるだろう」
例えなりかけとはいえ、美緒の戦闘力は相当に高い。
そのままであれば、灼滅者八人がかりでどうにか、というところだろう。
どんなふうに説得するかは、各自に任せるという。
「何とか、彼女を救ってやってくれ!」
激励するようにそういうと、ヤマトは灼滅者達を送り出した。
参加者 | |
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アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684) |
水瀬・瑞樹(彼岸の火精・d02532) |
黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447) |
森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363) |
ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153) |
御神楽・フローレンス(高校生エクソシスト・d16484) |
馬場・万(鮫頭悪魔小僧・d19989) |
レミ・ライゼンシュタイン(血を愛する者・d20396) |
●
想い人を自分で手に掛けるなんて、報われなさすぎる。
闇堕ち仕掛けているという佐伯・美緒の自宅の庭に隠れながら、馬場・万(鮫頭悪魔小僧・d19989)は内心でため息をついた。蛇変身をしえいるので、見た目は変わらないのだが。
一緒に隠れている森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)は、若干不思議そうな顔をしている。
どうやらBLというものが、いまいち理解できていないようだ。
それは近くの電柱の陰に隠れている御神楽・フローレンス(高校生エクソシスト・d16484)も同じらしく、表情にこそ出さないが、心の中では困惑しているようである。
まあ、世の中知らなくても良い事もあるのだろうが。
しばらく待っていると、ドラムバックを担いだ少年が歩いてきた。
どうやら、彼が件の少年らしい。
少年がチャイムを押したのを確認すると、黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)とギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)はすかさず飛び出した。
驚いている少年の手をつかみ、璃羽は異絵の敷地の外へと走る。
異絵から少し距離をとったところで、ようやく振り返り口を開いた。
「美緒お姉さんのお友達の方ですか? 済みません、今は凄く落込んで酷い風邪をひいてしまい寝ています。色々あって誰とも会いたくないとも言ってます。また後日でいいですか?」
「あの、君達は?」
いぶかしむ少年に、ギュスターヴは、
「みうさんとはサークル活動の仲間です」
と答える。
それでも怪訝そうな表情を見せる少年に、璃羽は手に持っていたものをそっと見せた。
BL本である。
その表紙のインパクトに、少年は一瞬で理解した表情を見せた。
「そっか。具合悪いんだ。じゃあ、これ頼んで良いかな?」
少年はギュスターヴに学校から預かってきたらしい荷物を渡すと、心配そうな顔をしながらもその場を後にした。
恥ずかしかったのか僅かに小走りになっていたのは、灼滅者達にとっては幸いだったかもしれない。
予定通り、その背中を璃羽が追いかける。
それを見届けると、水瀬・瑞樹(彼岸の火精・d02532)は闇纏いを解いて姿を現した。
「うまくいったみたいだね」
ほかの灼滅者達も、前へと集まってくる。
「行ったみたいですね」
「みたいっす」
レミ・ライゼンシュタイン(血を愛する者・d20396)が確認するようにつぶやくと、アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)も物陰から飛び出しうなずいた。
それとほぼ同時に、家のドアが開いた。
飛び出してきたのは、ゴルフクラブを手に持った少女だ。
彼女が佐伯・美緒で間違えないだろう。
美緒は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに表情を険しくした。
「何ですかあなた達は? いえ、そんなことよりもどいてください! 彼を殺さなくちゃいけないんです!」
どうやら今の彼女にとっては、少年を殺すことが最も重要なことになっているらしい。
●
「確かに早いですが、動きが単調すぎます」
心太はそういいながら、ゴルフクラブの一撃を回避する。
何とか美緒を落ち着かせようと、ギュスターヴは声を上げた。
「さっき外であなたの事を気にしてた男の人から教えて貰ったよ。内緒にしてた事を知られちゃって混乱してるんだね」
その言葉に、美緒は明らかな動揺を見せる。
「秘密を知られたからって、そこまで悲観的になることは無いって。むしろ逆に考えれば良い。だってさ、同じ秘密を共有する事で、彼との間に信頼感や一体感が生まれる…そうすれば相手の事を想う時間も増えるだろ」
続けられた万の言葉は、どこかやるせなさのこもったものだ。
だが、美緒は嫌がるように首を振り、同時に手に持ったゴルフクラブを振り回す。
「だって、あんな特殊なものを見られたんだもん! 絶対変だと思われたっ!」
そんな美緒の言葉に、御神楽は首を振る。
「興味がない人にもある程度知れる位に広まっているなら、それを理解して下さる方はきっと居られます。理解者が想い人の可能性だってあります」
シスターらしい清楚な台詞ではあるが、手に持ったギターとその爆音がなにやら非常に残念な感じだ。
だが、美緒の心にその言葉は確かに届いた。
その隙を逃さず、アプリコーゼはマジックミサイルを発射する。
命中精度を高めたその攻撃は、連続して美緒にヒットする。
「彼は人の趣味を嘲うようなそんな人物だったんっすか?話も聞かず感情だけでつっぱしって後でこうかいするのはあんたっすよ」
アプリコーゼの言葉と攻撃に、美緒は表情をゆがませた。
それに続くように、瑞樹は一気に美緒に接近する。
「無機物×無機物とかの深遠に比べたら、プラトニックBL本なんてまだまだ大丈夫だって」
言いながら放たれたレーバテインは、美緒の体を焼いた。
「た、確かにそんな特殊すぎるのよりは、BL本のほうがよかったかもしれないけどっ!」
ダメージを受けたのは確かに美緒であるはずだったが、どういうわけか瑞樹も若干ダメージを受けている様子である。
「それでも、やっぱり殺して仲間にしちゃうしかないんですっ!」
でたらめに振りぬかれたゴルフクラブが、レミの体を捉えた。
細腕からは想像もできないような破壊力が、一気にレミの体力を奪う。
「ぐっ!」
「すぐに回復します!」
大ダメージではあるが、すぐに御神楽が癒しの矢で回復を試みる。
手に持っているギターをかき鳴らしているのは、彼女の霊犬シェルヴァへの指示だしのようだ。
シュルヴェもすぐに、浄霊眼でレミの回復を手伝う。
それを見たギュスターヴが、庇う様に前へ出る。
「一発がとんでもなく重いっす!」
顔をしかめながら、アプリコーゼは神薙刃を放つ。
それでも、説得も攻撃も確かに効いているはずなのだ。
「お待たせしました」
淡々とした口調ではあるが、灼滅者達の耳に確かに響く声がした。
声の主は、少年の後を追っていった璃羽だ。
●
璃羽の目的は、少年の声を録音させてもらうことだった。
携帯電話から再生されたのは、間違いなく少年の声だ。
内容は、彼女の体調を気遣い、心配するものである。
ほかにも、BL本のことは気にしていない、むしろ、変な態度をとってすまなかったと詫びる言葉もあった。
そして最後に、また学校で会おう、と締めくくられる。
「そんな、じゃあ、私こんな事しなくても……!」
「とても貴女を心配していました。元に戻って彼とお話しましょう」
声を震わせる美緒に、璃羽はそう告げる。
「今ならこの録音音声とバッグ一杯のBL本つけますよ」
「いや、BL本のほうはちょっと……」
流石にいらなかったようだ。
「でも、でも、殺さないと、私」
混乱するようにつぶやく美緒に心太は、言葉をかける。
「彼を殺して眷族にしても、それはあなたが慕った『彼』なのですか?」
「彼を殺して仲間にして……それで、本当にあなたは満たされるのですか?」
レミの問いかけるような言葉に、美緒はますます混乱するように頭を抱える。
人間としての心と、ダークネスの心がせめぎあっているようだ。
「彼はあなたの趣味を受け入れてくれます。だから、こんな間違いは起こさないでください」
「で、でも、でもでも、でもっ!」
レミの言葉を振り払うように、美緒はゴルフクラブを振り回す。
だが、こめられた力はそれまでよりずっと小さいように見えた。
「今度はさせネェ!」
急に荒々しい口調になったギュスターヴが、その攻撃を阻む。
この喋り方は、彼が戦闘状態に切り替わった合図だ。
それを待っていたかのように、アプリコーゼが杖を振るってマジックミサイルを撃ち放つ。
ふりふりの衣装もあいまって、どことなく魔法少女のようだ。
「畳み掛けるっす!」
それでもゴルフクラブを振るい続ける美緒に、万は怒りを顔に滲ませた。
「言って止まらないなら、力づくでも止めてやる!この駄々っ子が!」
万が放ったペトロカースが、美緒にの体を見る見るうちに石化させていく。
ずっと同じ系統の技と使い続ければ見切られてしまう恐れが高いのだが、今回はそうなる前に大きな効果を上げられたようだ。
ダメージを回復させたレミも、すぐさま黒死斬で攻撃に加わる。
璃羽もトラウナックルを、御神楽はジャッジメントレインを繰り出し、確実に美緒の体力を奪っていく。
最後の悪あがきのように振り回されたゴルフクラブでの攻撃も、心太がたいしたダメージもなく受け止めた。
「お互いの趣味趣向を認め合い、それでも切磋琢磨するのがオタク同士でも楽しいんだよ」
そういいながら、瑞樹は閃光百裂拳で美緒の体を捉えた。
一発、二発、三発と連続で突き出されるその拳は、美緒の体に残っていた力を、残さず刈り取っていく。
そして、まるで糸が切れたように、美緒はどっさりと地面に倒れた。
●
「あ……私、何を……」
まるで夢でも見ていたかのようなぼんやりとした顔で、美緒は起き上がった。
それを見た灼滅者達は、ほっと胸をなでおろした。
「おかえりなさい。戻ってきてくれて、ありがとうございます」
レミは微笑みながら、そう美緒に告げる。
恋愛に対してトラウマのある彼にとって、今回の件はまったくの他人事ではなかったようだ。
「あの、ご迷惑かけてすみませんでした」
どうやら戦闘中のことも覚えているらしく、美緒はすまなそうに頭を下げる。
そんな彼女に、万は笑顔を向けた。
「アンタが彼の事を想っているのなら、彼にもアンタの事を想っていてほしい筈だ。このピンチを、チャンスに変えなくちゃ勿体ないぜ!」
「とりあえず、彼と会ってきなさい」
「はい。そうします」
璃羽の言葉に、美緒はこくりと頷いた。
「チョークと黒板消しとか、鉛筆と鉛筆削りとか、そういうのに比べたら、BLなんてまだまだですよね! 皆さんのおかげで、勇気がもてましたっ!」
なんだか持たなくて言い勇気のような気がしないでもなかったが、とりあえず誰も突っ込みは入れなかった。
地味に瑞樹がダメージを受けているようだったが、おそらく気のせいだろう。
「それにしても、結局びーえるってなんだったんでしょうか?」
どうやら心太は未だに理解していなかったらしい。
「こんなのです」
そういって、璃羽は手持ちのBL本を心太に見せる。
カプリコーゼも、
「たまたまもらっただけっすよ」
などといいつつ、持っていたものを差し出す。
「なるほど、やはり都会は田舎とは違いますね」
どうやら心太は、つけなくてもいい知識を増やしたらしい。
とにかく。
灼滅者達は無事、美緒を助け出すことに成功したのであった。
作者:かずたなゆた |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年11月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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