大往生と反抗期

    作者:来野

     風がきりりと冷え始めた某日、サングラスをかけた男が武蔵坂学園を再訪した。
     彼の名はクロキバ。人の姿をとってはいるが、イフリートのクロキバである。
    「シロノ王セイメイノアラタナ企ミガ確認サレタ。死体ヲアンデッドニスル儀式ノヨウダ」
     特徴的なカタコトで、語り始めた。
    「申シ訳ナイノダガ、コレヲ知ッタ若イイフリートガ、事件ノ起コル場所ニ向カッテシマッテイル」
     ざわめきが起こる。
    「彼ラガ暴レレバ、周囲ニ被害ガ出テシマウノデ、済マナイガ彼ラヲ止メルカ、彼ラガ来ル前ニ、セイメイノ企ミヲ砕イテクレナイダロウカ」
     最後をこう締めくくった。
    「ヨロシク頼ム」
     
    「再び、頼まれました」
     代わって教壇に立った石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)が、続きを引き取った。
    「ということで、アンデッドの灼滅をお願いします」
     表情を改め、説明を始める。
     どうやら白の王セイメイは、病院の霊安室や葬儀の場などで遺体をアンデッド化させようとしているらしい。
    「起きたアンデッドが暴れると、スタッフや参列者が被害者となってしまう。参列者は、何らかの縁ある人たちだろう。陰惨だ」
     幸いと言うべきか、今回の敵は通常の眷属よりも強めなものの、ダークネス程ではない。戦闘自体は、手堅く戦えば何とかなると思われる。
    「皆に頼みたい相手は、生前、腕の良い植木職人だった。棺は病院を出て、仮通夜の場である自宅の客間に安置されている」
     峻は、ホワイトボードに十畳ほどの大きな和室の図を描いた。中央の奥に棺、その背後に書院と床の間。そして棺の上に『鉈』の文字。
    「これが、アンデッドの得物だ。大切に使っていたんだろうな、良く砥がれている」
     鉈の一文字を指差して、眉根に薄く力を入れた。繰り出されるサイキックは、解体ナイフ相当の三種類。
     棺の上に置かれていることから鑑みて、遺族もまたこの品を大切に扱っているようだ。大往生のお祖父ちゃんの魂だと。
    「仮通夜なので、集まっている人は身内や葬儀場スタッフのみの十二名ほど。時刻は、日没後。床の間を正面に見て左手の縁側から庭に向かって、または右手の廊下から他の部屋や玄関に向かって避難路は確保できる。大きな家だから、客間から出さえすれば身を隠すところも多い、けれども」
     と言葉を切って、縁側の外に庭、その周囲に屋敷森、その向こうに大きな畑を描く。
    「ここ。この栗畑に、若いイフリートがいる。彼らに予知はないのでセイメイの企みを闇雲に探している状況だが、事件が発生すれば、間違いなく現場を急襲する」
     栗は最後の収穫を終えた頃。端には実の詰まったケースが積まれ、地はイガでびっしりと覆われている。しかも、ところどころにはイガ拾いをして焼くための穴が掘られている。
     柵をぶち壊した獣は、行く手を阻む木々に難渋しているようだ。キレたら、全て薙ぎ払い焼き尽くすかもしれない。
    「このイフリートが現場で暴れると、アンデッドとの戦い以上に惨い事態が予想されるし、死人も出かねない。お引取り願うよう説き伏せるか、いっそ協力を要請するか、引き止めている間にアンデッドを灼滅してしまうか」
     指を折って案を述べ、マーカーを置く。
    「何にせよ、被害を最小限に食い止めるよう対策を打ちたい」
     方法は他にも考えられるだろうし、何が上策かはメンバーの個性にもよるだろう。
     作戦を皆に委ねて、峻は少し考え込んだ。
    「この件、問われるのは『姿勢』なのだと思う。遺族の心情とどう向き合い、接するか。事前、事後をどう処理するか。本来敵対している相手との利害を計算したとき、どういう答えを出すか。クロキバは事情を話して頼むという姿勢を選んだのだろうな」
     その真意のほどは、未だわからないのだが。
     少なくとも、今、若手の同属が灼滅されることは食い止めたいのだろう。また当の若手たちが学園と争わないことを飲んでくれれば更に良しと。
    「戦い以外にも困難が多いと思う。考えは人の数だけあるから。だからこそ、君たちにお願いします」
     無事の帰りを待つと告げて、峻は口を閉じた。


    参加者
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    フルール・ドゥリス(解語の花・d06006)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    狗崎・誠(猩血の盾・d12271)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    イーニアス・レイド(楽園の鍵・d16652)

    ■リプレイ

    ●闇が来る
     つるべ落としの秋の陽が、西の地平に触れた。見送りの席に棺が運び込まれる。
     できる限りの速やかさで、灼滅者たちが動き出した。
     フルール・ドゥリス(解語の花・d06006)が通夜の宅を訪れた時、腰の曲がった老女が門の内で足を止めた。喪服に身を包み、ひ孫であろう三歳くらいの女の子を連れている。
    「どちら様?」
     老女の問いに、フルールが答える。
    「先頃、両親がこちらのお世話になりました。お庭、とても良く出来たと喜んでおりました、けれど」
     たまたま近所で訃報を耳にしたからと、最後はそっと視線を落とす。
    「おや、まあ。お優しい」
     プラチナチケットが効いた。目頭を押さえた老女は、フルールを中へと招き入れた。彼女が喪主である未亡人だろう。
     門の内には、旅人の外套の力を得たヴィルヘルム・ギュンター(伯爵・d14899)が身を潜めていた。物音を立てずに客間の様子を窺っている。
    (「無事に共闘交渉が纏まると助かるが……」)
     赤い瞳を動かして屋敷森の方角を見たが、木々に視界を阻まれた。またすぐに向き直る。
    (「……まあ、私は自分の役目を熟すだけだな」)
     背後は仲間に任せた。ちょうど、その同時刻。
     栗畑の脇では、森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)が、もの思わしい顔つきでイフリートの姿を探していた。
    (「今回はダークネスと共同してアンデッドが相手か……。少し前なら逆の方がまだ理解できたんだろうが、世の中色々あるな」)
     1mm傾いた平行線が果てしなく離れて行くように。あるいはどこかで交わるように。しかし、と等間隔に植えられた栗に視線を投げる。ずんぐりと横に枝張りの良い木々。
    (「この栗は……天然のバリケードだな。イフリートでも難儀するとは自然もなかなか馬鹿には出来ない」)
     低い位置まで葉の茂る木は、身を低めないと向こうが窺えない。上背のある煉夜の視界をも邪魔してくれる。そして、山と詰まれたケース。
    「とはいえ、焼き栗になる前に納得させないとな」
     これが焼けたら、果樹の持ち主は今年の生産物を失う。
     何かと守るものが多く、困難な依頼だ。共に炎獣を探す狗崎・誠(猩血の盾・d12271)が、自らの顔へと手を上げた。
     指先に触れる肌は無残に焼かれ、少女らしい滑らかな感触を奪われている。焼いたのは、イフリートと化した弟。
     その記憶を持ちながら、冷静に対処できるのか。
     気づけばまた火傷の痕に触れていた。指先が小刻みに震えている。秋風が冷たいわけじゃない。
     朱と紫のまだら模様の残照が、地平に呑み込まれて消え失せた。常夜灯が白々と灯る。
     ドウッという重たい地鳴り。そして、少し向こうで柵がぶち壊される轟音。
    「グッ、ゥ」
     ひどく苛立たしげな唸り声が、折衝係二人の鼓膜を震わせる。
     その時が、来た。

    ●心を鬼にして
     通夜の席で。
     フルールが両手を合わせた時、にわかに周囲がざわめき始めた。
    「なんだ。どうした?」
    「いえ、今、警察だと仰る方がみえて……」
     客間の襖が開かれる。
     徽章入りの手帳を掲げて見せるのは、プラチナチケットを用いたベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)だった。せっかくのブロンドを今は帽子に収め、緊迫した面持ちで口を開く。
    「凶悪班がこちらに向かっていると通報がありましたの。危険ですから、みなさん避難して下さいな」
     顔を見合わせる遺族たち。
    「もう一度申し上げますわね」
     ベリザリオは、短く息を吸い込む。
    「避難しろ。急げ」
    「……?! はいっ!!」
     大人たちが逃げ出す中、小さく老いた未亡人のみが棺へと歩み寄る。
    「おじいちゃんも、連れていかないと」
     はっと顔を上げたフルールが、逃げるように促す。それと同時に客間の障子が手荒く開け放たれた。
    「……!」
     どっと吹き込んでくる冷たい風。冷たいだけじゃない。触れたら引き裂けそうだ。
     そこには黒い鎌を携えた長身の少年が立っていた。縁側をギシリと軋ませ、座敷に踏み込む。
     血の気の失せた白い肌。赤い瞳。殺界形成の鬼気を差し引いても凄みを放っている。西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)扮する凶悪犯だ。
     曾祖母の許に駆け戻った幼い女の子が、目を見開いて転んだ。
    「だ……ぁ、め」
     老女の喪服の裾を握り締め、織久を見上げてカタコトを口にする。何度も首を横に振り、掴んだ裾を引っ張ろうとしていた。
     正気のまま暴れなくてはならない。ぐっと鎌の柄を握り直した織久が、それを持ち上げた。見た目よりもきっとずっと重たい。彼の兄であるベリザリオが、弟の内心を慮って眉根をひそめる。
     棺の蓋が、ガタンと音を立てた。
     老女が怪訝な顔をする。
     皺だらけの手が棺の蓋にかかった時、小柄な少年が座敷に駆け込んできた。イーニアス・レイド(楽園の鍵・d16652)だ。
    「隠れなきゃダメだよ!」
     女の子の腰を抱えあげると、ぎりぎりの位置に織久の鎌の切っ先が落ちる。ベリザリオのこめかみには青筋が立ちそうだ。
     そこに駆け込んできた五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)が、老女の肩を抱いて促した。
    「警察だ。亡くなった人も、あんたらを心配している」
     あんたらがお祖父ちゃんを思うように。
     それを聞き、抱えられた女の子がイーニアスの袖をぎゅっと握る。
    「にぃ……ちゃ、は?」
    「僕は大丈夫、後でちゃんと隠れるから」
     イーニアスがしっかりと頷くと、老女が香の誘導に従った。曾孫を連れ、廊下へと急ぐ。
     それと同時、ガンッと音を立てて棺の蓋が跳ね飛んだ。土気色の指が棺の縁をなぞり、やがて強く掴む。
     ゆらりと立ち上がったのは経帷子の遺体。ぼたぼたと何かが落ちた。ドライアイスと脱脂綿。動く屍が落ちた鉈を掴み、畳へと踏み出す。
    「セ、セセ……セイ……メ」
     白く濁った瞳が、灼滅者たちを睨んだ。そこに意思の光はない。

    ●爆ぜて駆ける
     栗畑の中ほどで、炎を纏った獣が低く身構えている。正面に立った誠は、武装を全解除した丸腰だった。
    「アンデッドの打倒を邪魔するつもりはないが、お前の力は強過ぎて、屋内で戦うと人も焼いてしまうかもしれない」
     切迫した語りかけに応じるのは、反発心に満ちた短い唸り声。
    「私たちが勢子になって奴を屋外に叩き出すから、少しだけ待ってくれないか」
     唸りが短く低くなった。泥臭く太い骨格を持った獣は、誠の言葉に耳をそばだてている。
    「どうか、共に戦って欲しい。お前の力を借りたいんだ」
     共にと強調し、獣を頼みとする言葉を投げかけた。その後を、煉夜が引き取る。
    「あそこに出るアンデッドに、まずは俺達が仕掛けるが」
    「グル……ッ」
     獣が頭を持ち上げた。一点、栗の木の向こうの家屋を睨む。あそこ、か。
    「黒幕が、ただアンデッドを作って放置しているとも思えない。回収に来たり、作成した奴が潜んでいるかもしれないから」
    「グゥ」
     獣が歩き出す。幹の間で身をくねらせ、踏んだ栗のイガを焼いて。
     パチパチと炎が爆ぜ、誠と煉夜の顔に深い朱色の陰影を刻む。熱い。
    「俺達の攻撃によってそういった本命が動かないかを、警戒してはくれないだろうか」
    「ギ、ァァアウッ」
     不気味な絶叫が響き渡った。イフリートは大きく身を震わせ、枷を引きちぎるように二人を突き飛ばす。
     その瞬間、下から睨み上げる瞳は、成獣を見るそれと同じだった。どっと吐きかける火焔。
     全身を炎に包まれ、二人が人型の火柱と化す。
     駆け出す獣を見て、誠は必死の力を振り絞った。隠された森の小路。ザッ、と割れる木々の列が、せめて大火災は免れる。
     だが、このままでは、炎が屋敷森に突っ込む。
     息も出来ずにワイドガードを用いる煉夜の視界を、炎の塊が遠ざかっていく。暴走。またなのか。
     胸苦しい咆哮は、通夜の座敷にまで届いていた。
     闇器【百貌】で鉈の刃を受け止めた織久が、じりじりと押されながら背後を窺う。
     フルールが、開け放たれた障子の方角を指差し、相棒の霊犬へと視線を投げた。
    「負傷者がいたらリカバリーよ、リアン!」
     一声吼えて、リアンが走る。
     不死者の鉈が槍を跳ね除け、伐採するかのように織久の右肩へと落ちた。だが、ベリザリオの除霊結界が功を奏していたか、動きが鈍い。
     イーニアスがジャッジメントレイの輝きを放ちながら、縁側へと出て庭に駆け下りる。
    「まったく悪趣味だ。気分が悪い。主よ、どうか悪を祓い善き魂を救う力をお貸し下さい……!」
     外へ、外へ。不死者の鉈がフルールへと振り上げられるのを見て、香が異形の巨腕を振り上げ、横面に殴りかかる。
    「グッ、ア」
     そして、こっちだとばかり後ろ歩きで庭の方へ。そこで待ち構えていたヴィルヘルムが鋭く踏み込み、黒狼の刃を抜く手、一閃。アンデッドの鉈が黒い刃を受け止めると、踏み込み足に力を込めて、渾身で振り抜いた。大きく翻る飾り紐。
    「セィメ、サマ……ノ、ッ」
     たたらを踏んだ不死者が、庭に転がり落ちる。衝撃を得た頭を振りながら立ち上がった、その前に、
    「グル、ァァア!!」
     植え込まれた山茶花を業火で焼き払い、炎の獣が庭に飛び込んできた。白煙が上がり、きな臭い熱気が灼滅者たちを襲う。
     その後ろから、衣服を黒焦げにしてWOKシールドを構えた煉夜と、リアンに担がれるようにして誠。
     浄霊眼で癒されてはいたが、誠の負傷はかなり深い。それでも鬼哭の花を展開し、家屋への延焼を止めようとしている。
     煉夜が全力疾走した足を叱咤し、獣の脇を抜け、アンデッドへと向かう。
     癒えかけの傷を押さえ、織久が百貌を旋回させる。赤黒い槍から放たれるのは白く凍てつく冷気。それが焼け爛れようとする庭の一角に涼を与えた。
     煉夜が獣と不死者の間にたどり着くのを見て、ヴィルヘルムが黒狼の鞘を握り直す。縁側から飛び降りざま、経帷子の背に鞘を握った拳を押し込み、シールドの方へと不死者を吹き飛ばす。影が獣の顎を象り、白い背に唸った。
     煉夜がシールドがバッシュを放つと鉈を振り上げ不死者が転がり込み、そこへと炎の獣が突っ込む。
    「ガァァッ!!」
    「オン、タメ……ニ、ィィィ!!」
     二つの絶叫と毒と劫火の谷間に煉夜が倒れ込むと、周囲で清かな風が巻き、どっと白く輝く光が爆ぜた。
     そこだけ真昼であるかのようなまばゆさに何も見えない。フルールの声だけが聞こえる。
    「光よ、この者に審判を下せ。ジャッジメントレイッ!」
     幾つものジャッジメントレイと清めの風の猛攻が静まった時、そこには全身に傷を負った獣と倒れ付した煉夜、そして鉈だけが残っていた。

    ●火中の栗を
     屍は塵芥と化し、地に放り出された鉈は溶岩のように真っ赤に焼けている。
     香が熱気に耐え、鉈へと手を伸ばした。柄を握るとジュッと嫌な音が立ち、肉の焦げる匂いが上がる。
    「あ……」
     しかも、炭と化した柄は脆くなり、ボロボロと崩れ始める。そこに手を差し出したのは、イーニアス。冷えた地へと共に鉈を運ぶ。
     それを見据えていた獣は、当の香に庇われたため、命を取り留めていた。
    「本来ならば滅してしまいたいところではあるが」
     手の火傷を癒しながら、香が言った。
    「目的があるとしても人に被害を出せば『面倒なことになる』」
     わかったか。
     無言の獣は、経帷子の燃え残りを拾い畳むベリザリオとイーニアスを横目で見た。仲間の癒しで何とか立ち上がった煉夜も、焼け落ちた枝を集め出来る限りの原状回復に忙しい。
     そうした姿をただ黙して見ていた獣は、一度、牙を剥き、しかし、それを収めた。重たげに身を起こし、忙しく立ち働く彼らを迂回して庭から出て行く。
     成獣の忠言にも頷こうとしない傲岸が、黙々と働く彼らの姿に頭を垂れた瞬間だった。
     ようやく意識を取り戻した誠が、その背へと歩み寄った。触れて良いか、と優しい手を差し伸べる。
    「動機がなんだって、お前は私の言葉に耳を貸してくれただろう。だから、ありがとう」
     獣が振り返った。
    「……」
     禍々しくねじくれた角から、毒が滴る。長い無言と重たい凝視。そして、大きな頭が鈍く揺れた。横に二度。否。
     パチリと爆ぜた火の粉が誠の頬を小さく焼き、その痛みが失せる頃には獣の姿はそこには無かった。
     ややあって、避難していた人々が戻ってきた。
     通夜の惨状に目を剥き、棺の前にへたり込んで嘆く声が痛々しい。
     サウンドシャッターが効いていたため、何が起きたのかをわかっていない。
     数珠を握り締めた老女が、縁側の縁に腰を下ろして焼けた庭を見つめている。ちょこんとした姿は更に一回り小さくなったようだ。曾孫がその袖を握り締めて俯いていたが、香と共に鉈を運んできたイーニアスの姿にぱっと顔を上げる。
    「おにぃ……」
    「僕が逃げ遅れたら、お爺ちゃんが助けてくれて……」
     女の子が目を見張り、やっと冷めた鉈を見て、くしゃっと顔をしかめた。大粒の涙をこぼす。
     イーニアスの腕をぱたりぱたりと叩いて、最後にまた袖口をぎゅっと握った。
     数珠を膝に置いた老女が、両手を差し出した。香がそこに鉈を置くと、ゆっくりと刃の背を撫でる。
    「家族を守るための奇跡……ですわ」
     ベリザリオの一言は織久を庇うためのものであったが。
     集められた遺品を受け取った老女はしばらく黙って彼らを見つめ、やがて深い皺に埋もれた目を笑みに和らげた。
    「そう。怖かったでしょうに。……ありがとう」
     本当に、ありがとう。
     皺深い手は、いつまでも鉈を撫で続ける。
     線香の香りがきな臭い風を払い、静けさを連れて来る。
     庭から薄く上がる煙は高く夜空へ。
     梢を揺らす秋風に連れられ、彼らの許を旅立っていた。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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