悪夢の中、少年は犬を思い出す

    作者:雪神あゆた

     その部屋の床には、参考書や漫画本などの本が無造作に散らばっていた。
     部屋中央では、太った少年が寝ころんでいた。枕元には、文庫本サイズの機械。ランプがちかちかと光っている。
     少年は夢を見ていた。
     夢の世界では、少年は剣をもって暴れ回っていた。
    「この世界は最高! 学校みたいに俺の頭の悪さをバカにするやつらもいない。勉強しろと騒ぐ親もいない。もうこりごりだよ、勉強はっ」
     近くにいた紫のゼリー状の物体を少年は切り捨てる! それは少年の敵であるスライム。少年はスライムどもを何匹も何匹も斬っていく。
    「気にいらない奴らはずんばらりん! まじ楽しーっ」
     スライム数十匹倒したところで、彼の前方に、新たな影が現れる。
     それは四つの脚で立っている。体を茶色の毛で覆われ、耳はピンととがる――狼だ。
    「ぐる……」
     威嚇の声をあげる狼。
     少年は剣を振りあげたまま固まる。
    「犬? ……いやいや。狼だろ。しっかりしろ、俺」
     独り言が漏れてることに自分で気が付いていない。
    「でも、目の感じとか、昔飼ってたジョニーに似て……」
     少年の目が、遠い所を見るようなそれになる。
    「……ジョニーが生きてた時は、楽しかったなあ。毎日、散歩に行って……ジョニーが生きてた頃は、勉強だって全然平気で、良い点数を取ると、ジョニーに自慢なんかして……
     でも、ジョニーが死んでからは……」
     少年をめざし、狼が駆け寄ってくる。少年は後ずさる。
    「おい、ジョ……じゃなかった、狼! く、くるなっ。お前みたいなのと戦いたくない、くるなーっ」
     
     教室で。集まった灼滅者の前で、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が説明を始めている。
    「博多で謎の機械を受け取った人間が悪夢に囚われる事件が起きているようです。
     事件を起こしているのは、シャドウの協力を得た六六六人衆。悪夢を見ている人間を、新たな六六六人衆に闇堕ちさせようとしているようですね。
     悪夢を見ているのは、HKT六六六人衆の研修生である一般人。自ら望んで悪夢を見ていますが、闇堕ちさせられようとしているのは、見過ごせません。
     夢の中で、彼は、殺人ゲームを行っています。だから彼の夢に入り、殺人ゲームを食い止めてください」
     姫子は灼滅者たちの返事を待ち、語りを再開する。
    「まず、悪夢を見ている一般人、カイドウさんの家に行き、夢の中に入ってください。
     カイドウさん宅は鍵もかかっていませんし、カイドウさん以外の人もいません。カイドウさんの部屋に着くまで何の障害もありません。
     夢の中には、枕元に置いてある『謎の機械』を媒介として入れます」
     
    「カイドウさんは中学三年生。
     勉強ばかりの毎日に疲れ、勉強しても結果がでないことに苛立ち、クラスメートが自分を馬鹿にしてると思いこみ、また勉強をしなさいと言った家族を恨んでいます。
     カイドウさんは、悪夢の中の殺戮を非常に気にいっていますが――。
     彼は子供のころ犬を飼っており、可愛がっていたようです。だから犬に似た狼に会い、戦意を喪失してしまいました。
     皆さんは夢の中に入った後は、カイドウさんを守り、彼を襲う狼を撃破してください。
     狼は、非常にリアリティがあります。倒した時の感触など、本物そっくり。
     強くはないため、倒すこと自体は簡単でしょう。
     でも、簡単に撃破すると、カイドウさんは『助っ人キャラが苦手な敵を倒してくれた』と考え、ゲームを再開し、次の敵を呼び出し戦闘を再開します。
     それを防ぐため、狼を倒す前にこれ以上のゲームを行わないように説得してください。
     カイドウさんが人を憎んでいる理由や戦意を喪失している理由を踏まえ、心をこめて呼びかければ、説得は出来る筈。
     可能なら、二度とHKT六六六人衆の誘惑に乗らないよう更生させれば、なお良いでしょう」
     なおカイドウを目覚めさせ灼滅者が外に出た時点で、謎の機械は動きを止める。
    「後は確率は高くないことですが。
     一般人を目覚めさせると、察知した六六六人衆がソウルボード内に現れるかもしれません。
     もっとも六六六人衆が現れた時点で、目的は既に達しているわけですから、戦わず悪夢から撤退しても問題ありません」
     説明を終え、姫子は遠い目をしてみせた。
    「勉強がうまくいかないからと言って、逆恨みはよくないこと」
     目を閉じる。そして強い口調で続けた。
    「それでも。彼を闇に落とすのは許せません。絶対に。
     どうか事件の解決を。皆さんのこと信じています!」


    参加者
    泉二・虚(月待燈・d00052)
    ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)
    楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)
    風花・蓬(上天の花・d04821)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)

    ■リプレイ

    ●夢の世界に少年と狼
     夢の世界は草木一つ生えていない荒野だった。風が吹き、砂が転がる。
     少年――カイドウの数メートル前に、狼が立っていた。牙をむき出し、カイドウを威嚇している。
     夢の世界に侵入した灼滅者八人は、カイドウと狼の間に割り込んだ。
     灼滅者の一人、楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)はスレイヤーズカードを手に宣言する。
    「僕が必ず、守って見せるから」
     封印を解除し、手で拳を作る。
     逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)や他の者も、封印を解く。
    「(犬には縁があるようだ……)」
     声に出さず呟く奏夢。彼の表情はどこか寂しさを感じさせるものであったが、それでも、奏夢の目と槍の先は、狼にまっすぐ向けられている。
     狼はカイドウを目指し跳びかかってくるが――泉二・虚(月待燈・d00052)が、すっと狼の前に立ちはだかる。
    「させぬ。むげに命を散らさせはせぬ」
     狼の攻撃を自分の体で受け止める虚。
     藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)は無表情で、狼を見る。
     徹也は体から虹色のオーラをあふれさせた。狼を威嚇しつつ、いつでも攻撃できる体勢を取っているのだ。
     カイドウは灼滅者におずおずと問いかける。
    「ひょっとして、あんたら……俺を助けに来た、お助けキャラ?」
    「ざんっねーんっ、よーく考えてみなさい。ゲームのキャラなら、こんな乙女ゲームに負けない美男子が一杯いるわけ、ないでしょー?」
     答えたのは、朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)。薫はおかしそうに、くすくす笑う。
    「じゃあ、なんで……」
     カイドウに、ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)が淡々と熱のこもらない声で説明する。
    「私達は、キミを悪夢から呼び覚ましに来た」
     風花・蓬(上天の花・d04821)は頷き、ミケの言葉に補足を入れる。
    「そう、あなたを絶望させようとしている、この悪夢から呼び覚ましに」
     猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)は顔の前で両手を合わせ、頭を下げた。
    「ともあれ、カイドウ殿。拙者たちの話を聞いて欲しいでござるよ……この通りでござる!」

    ●過去と今と
    「話? この夢からって、はぁ? 一体何さ?」
     カイドウは胡散臭そうに灼滅者を見ている。警戒している。
     ブレイブは安心させようと、あえておどけた調子で話しかける。
    「拙者はテストでは悪い点ばかり。故に、カイドウ殿は勉強が苦手という話、大いに納得のいくところ」
     薫は彼の両肩をぽんぽんっと叩く。肩の力を抜いて、と言うように。
    「苦手な事や嫌な事って、いっぱいあるよね。それから逃げる事は、悪くないわ」
     ブレイブや薫が共感を示すと、カイドウの顔から不信感と警戒感が多少なりとも薄れた。耳を傾ける気をもったようだ。
     蓬と徹也は狼を、それぞれの目で指し示す。
    「だとしても、この世界はあなたの大切な思い出を踏みにじります。愛犬を殺すか、愛犬に殺されるか、そんな状況にあなたを置くことで」
     蓬は穏やかな言葉で、しかし鋭い口調で訴えた。
    「犬を殺さねば生きれないこの世界。犬を愛する事の出来る現実の世界。お前はどちらを選ぶ?」
     徹也の顔に、表情はない。冷徹に、カイドウへ選択を突きつける。
     一方、狼は再び突進してくる。
     梗花は『愛撫』壱式を嵌めた腕で、狼をいなす。
     そして他の仲間に狼の相手を任せてから、梗花はカイドウに問う。
    「ここに居続けるなら、狼を倒さなくてはいけない。でも倒したら、大好きだった犬にそっくりな彼を殺したら、君はきっと鬼になってしまう。
     ……それでいいの?」
    「血まみれの鬼になる……?」
     梗花の言葉を繰り返す徹也。
     ごくさりげない口調で、ミケが言う。
    「あの狼はひょっとしら、君を叱りに来たんじゃないかなぁ?」
    「え……? なんで……?」
     けれど、ミケはすぐには応えない。少年が自分から気付くように、ただ彼を見つめ返すだけ。
     奏夢と虚も彼に考える時間を与えてから、口を開く。
    「叱る理由……例えば今のカイドウが、かつてのカイドウと違うからじゃないのか」
    「あるいは少年よ、こうは思えぬか。亡き友が、現にて親や級友から逃げるお前を叱咤しようとしている、と?」
     奏夢はカイドウに人嫌いになる前の自分を思い出させようとするもの。虚は、今の自分の姿を突きつける。
     カイドウは唇を噛んだ。

     けれどカイドウは首を振る。
    「でも、俺には無理だよ……っ! 逃げずに頑張るなんて……誰も助けてくれないしっ、皆俺をバカにしてっ」
     喚く彼の前で、ミケが首をかしげる。ほんとうにそうかな、と。
    「……友達は本当に全員、キミのことをバカにした? よく考えてみて?」
     ミケの問いに、カイドウの喚き声が止まった。
     虚と蓬は沈黙するカイドウをじっと見ていた。
    「即答せぬのは、敵でなき者や味方になってくれそうな者がいると、思ったからではないか? ならば、現にても助けを求めよ」
    「愛犬とやれていたことは、他の人ともきっとできます。良い点数を家族に報告したり……愛犬が遺してくれたこと、皆と分かち合いましょう?」
     虚は、少年の心に他者への想いを思い出せようと、真摯に語る。
     蓬は少年の不安感を払うため、やんわりと説いていく。
     カイドウは灼滅者から目を離さない。が、まだ口からは弱音が出る。
    「でもさ、そんなの簡単には……」
     梗花は頷いてやる。
     確かに難しいことかもしれないと。
     その上で、梗花はでもね……と続ける
    「でもね……ここで戦って鬼になるより、ジョニーに自慢できる君を目指した方が、ずっといい」
     カイドウは俯く。手をぎゅっと握りしめ体を震わす。迷っているのだ。
     薫とブレイブ、奏夢が言葉を投げる。彼の背中を押すために。
    「だから、ジョニーとの大事な思い出を守るためにも、ここから出ましょう? それができるのは、ジョニーが大好きなカイドウ君自身よ!」
     薫の声に先程の様なおどけた調子はない。真剣そのもの。
    「視点を変えれば、現実も悪くなかろう。話し相手もきっと見つかるでござる。……さあ、現実に戻るでござる!」
     ブレイブもまた必死。呼びかける声に、熱がこもっている。
    「失うことの寂しさを知っているお前なら、分かるだろう? ここで遊んでいる暇はないって、やるべきことがあるって」
     奏夢の声は冷静。
     けれども彼の声の響きをよくきけば、彼自身の痛みや切なさが籠っているようにも、聞こえた。
     徹也は目を閉じていた。何かを思い出しているのか。
     徹也はおもむろに目を開く。
    「この世界か現実か、選択するのはお前だ。だからこそ大事なものを思い出せ。お前にはまだそれができるのだから。
     ――そのうえで選択しろ、後悔のない道を」
     無表情。無感情な声。けれどもその言葉には、確かな意志が感じられた。
     俯いていたカイドウが顔をあげる。
    「俺……元のところに、帰りたい……」

    ●狼は牙をむき出し
     カイドウの言葉を聞き、虚とミケは改めて注意を狼に戻す。
    「確かに聞いた。なればこの場は力を貸そう」
     虚は大地を蹴った。相手の背後に回り込む。腰を落とし、刃を横凪に振る。狼の足に傷を作った。
    「というわけで、狼さん覚悟してね。ふふふ」
     ミケは口元だけで笑みながら、正面に立つ。腕を突きだす。影の力を宿したシールドで狼の額を殴りとばす。
     薫は後衛から、狼の様子をみていた。狼は悲鳴をあげながらも近くにいる梗花を睨んでいる。
     薫は光の輪を操り、梗花の守りを固めた。
    「盾縫くん、来るわよ!」
    「分かった。朝霞さん、ありがとう!」
     梗花は答えると、敵の攻撃に備える。狼の牙が、梗花の脚に刺さった。
     が、梗花は顔色を変えない。狼の首をつかむ。冷気の網で狼の体をからめ取る。悲鳴をあげる狼。
     かつての愛犬に似た声に、カイドウは小刻みに震える。
     ブレイブは彼に警告する。
    「そこから動かぬように」
     言い終えると、ブレイブは腕を突き出した。
     ブレイブの腕が砲台へと変化する。先端から死の光線を発射!
     ブレイブの光線が命中したのを確認し、徹也は前進する。
    「任務の成功が最優先事項と認識している。任務の一つは、お前の撃破だ」
     徹也は走りながら杖を構えた。機械を思わせる正確な動きで、狼を突く。杖の先から魔力を注入し、狼の体内で爆発させる。
     狼は消耗したのだろう。口を大きく開け息をする。瞳に憎々しげな色を浮かべた。
     奏夢は、キノに仲間の傷を癒すように指示。自身は、歯車から盾を生成。
    「憎まないでくれよ……」
     いいながら、跳んだ。落下と同時に、盾を狼の背に叩き落とす!
     狼は、ふらつきながらも、足を動かす。奏夢から距離を取る。
     その狼を、蓬が追った。
    「この一刀で……斬る!」
     蓬は鞘に収まった刀の柄に手をかける。次の瞬間、刃が閃き狼を斬る。その命ごと斬り捨てた。

    ●来ぬ者と帰る路と
     蓬は狼に止めを刺したのを確認すると、紙で刃を拭い、鞘に納める。
     白い紙はひらり、舞うように落ちていく。
     奏夢も武器をおさめると、キノの前で膝を突き、頭をなでてやる。
    「終わったな……今日もお前のおかげで助かった」
     一方、梗花はカイドウ少年に近づいた。
    「分かったかい、カイドウ君。これが、この世界なんだ……」
    「……わかった、よ……」
     掠れた声が返ってくる。

     敵を倒した灼滅者は、すぐには夢の世界から出ない。
     現れるかもしれない六六六人衆を待っているのだ。
     だが――。
     いくばくかの時間が経過して、ブレイブが眉を寄せて言う。
    「来ないでござるな……」
     徹也も神経を研ぎ澄まし周囲の気配を探っていたが、やがて首を左右にふる。
    「聞きたいことはあったが……」
     薫はけれど、仲間達に笑いかける。
    「まあ、でも、カイドウ君を護れてよかったわね!」
     そう。今回の目的は、確かに達成できたのだ。灼滅者数名の顔に満足げな色が戻る。
     ミケはアイスグリーンの瞳でカイドウの瞳を覗き込む。
    「じゃあ、帰るけど。……その前に約束して。もう二度とこんな悪夢に囚われないと」
     縦に動くカイドウの顎。
     灼滅者たちは彼にゲームをやめさせただけではない。
     かつて抱いていた犬への愛情を思い戻させ、また、人間嫌いの元である思い込みを和らげることもできた。
    「ありがと……俺、すこし、頑張る……」
     かすかな声。
     灼滅者の数人が願う。彼が踏み出すだろう一歩が、さらに次の一歩に繋がることを。
     虚は少年に手を差し伸べる。
    「いこうか、少年」
     今度は返事はない。けれど、虚の手は握り返された。
     灼滅者はカイドウ少年を連れ、夢の世界の出口へと歩いていく。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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