treasure

    作者:

    ●呼ぶ声
    「はっ……はぁっ……う………」
     胸を押さえた少年は、そのままガシャン! と傍のシャッターに身を預けた。
     じりじりと胸が灼ける様に痛い。但し、その痛みが物理的なものばかりでは無い証拠に――少年の瞳からは、とめどなく涙が零れ落ちていた。
    「――い……かない、と……」
     それでも進もうとして、少年はぐらりとよろめき倒れこんだ。
     倒れた拍子に、落ちた何かがカラカラと音を立て地面を滑っていく。
     シャッター街となってしまったアーケード。向かうは、今夜弟が帰る筈だった駅。
     自慢だった。リトルリーグ時代から優秀だった弟は、より高いレベルで野球に取り組むためにと県外の野球強豪中学へ行っていた。
     利発な弟を誰より応援していた――苦労していたのだろう、時期はずれに帰省する弟の最近のメールは弱気で、気にはなっていたのだ。
     『兄貴はいいよな。誉(ほまれ)なんて、俺には不相応な名前だよ』
    「っ、誉………!」
     呼ぶ声は、きっともう届かない。何故だかそんな切なさが胸に在った。それでも、滑り落ちた携帯電話へ必死に手を伸ばし、掴む。
    「……今、行く――……」
     迎えに、行かなければ――少年は、弟と同じ闇に今自分も呑まれようとしていることをまだ知らない。

    ●大切なもの
    「彼は、駅へ向かう足を止めない。このままだと、彼は闇堕ちの最中、進む道に立つ人達を虐殺してしまうわ」
     唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は、悲しげに瞳を伏せた。
     金に近い薄茶の髪に、血の様に赤い瞳。
     高校生の少年は、薄暗い夜のシャッター街で1人、孤独に闇堕ちするという。
    「本来は、闇堕ちしたら人としての意識は一瞬の内に消え去ってしまうわ。でも、彼は違う――瞳が紅く染まっても、その歯に牙を持っても尚、抗っているのが解った。ずっとずっと、彼は弟の名前を呼んでいるの」
     左手に青い携帯電話を握り締め、ほまれ、ほまれとずっと弟の名を呼ぶダークネス――それは、闇堕ちした少年の思いの強さ故か。
    「いずれ、救出できないのなら灼滅するしか無いわ。完全にダークネスになる前に、彼を止めて」
     少年が闇堕ちする夜、そのシャッター街には少年以外に人気は無く、しんと静まり返っている。
     特別な照明も無いため、夜になればごく一部の地元民しか通らない閑散とした場所。
     駅への、近道なのだ。
    「そのシャッター街はアーケードになっているの。あなた達が向かう頃は彼以外に人は居ないけど、幾つか横道はあるし、駅からそう遠くない立地のせいで一般人が来る可能性がゼロでは無いからそこだけ注意が必要ね。彼は、進路に立ち塞がるものを攻撃するから、駅方面からアーケードに入って彼に接触すれば、自動的に戦闘になる筈よ」
     少年は、灼滅者で言うダンピールのサイキックと、どこから取り出したか槍状の武器を備え、妖の槍のサイキックも使ってくる。
    「いわば闇堕ちの途中段階とはいえ、強さは侮れないわ。でも、まだダークネスに全てを奪われては居ないから……きっと、声は届く筈」
     少年の、人の心――弟と唯一繋がっていた携帯電話を握り締め闇に抗う彼に心が届けば、ダークネスの弱体化も図れるかもしれない。
     ならば、呼ぶべき彼の名前は――そう問うた灼滅者に、姫凜は首を振った。
    「ごめんなさい。呼び掛けるべき彼の名前は、どうしても解らなかった。でも――彼の名前を、私も知りたい」
     最後に柔らかく微笑んで、姫凜は願いを口にした。
     灼滅者として、武蔵坂学園に彼を迎え入れることが出来たなら――その願いは、姫凜が灼滅者達に託した少年救出への希望だった。


    参加者
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)
    皆守・幸太郎(微睡みのモノクローム・d02095)
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    屍・シノ(トワイライト・d02744)
    波織・志歩乃(箒星の魔女・d05812)
    高坂・月影(粗暴な黒兎・d06525)
    和歌月・朱彦(宵月夜・d11706)

    ■リプレイ

    ●暗闇
    「ほま、れ……」
     呟く声は、闇のシャッター街に心細く落ちて消える。引き摺る様に歩く足がもつれ、少年は倒れるとそのままそこに蹲った。
     呼吸が荒い――苦しげな少年の背に、3つの影が近付く。
    「大丈夫か?」
     慎重な声は、蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)。いつも被る帽子はそこには無く、黒い瞳がしっかりと少年の表情を覗っていた。
    「はぁっ……」
     しかし少年は、涙伝う目もくれずに前へ進もうとする。虚ろな紅瞳には余裕が無く、しかし徹太が続く言葉告げた瞬間、ぎらりと鋭く光を帯びた。
    「しっかりしろ兄ちゃん。そんなんじゃ弟が心配、……っ!?」
     穏やかに、横から声を掛けた筈だった。しかし徹太を待っていたのは、懐に突き刺さる槍の一撃。虚ろな眼差しは微かな少年の意識の証明かもしれなかったが、動きに感じるのは明らかな敵意――ダークネスだ。
    「徹太さん!」
    「ち!」
     舌打ち1つ、即時スレイヤーカードを解放。皆守・幸太郎(微睡みのモノクローム・d02095)のラベンダー色の光輪が、鮮血噴き出す徹太をみるみる癒す。
     戦闘態勢整えるべく、退がる徹太を庇い前に出た和歌月・朱彦(宵月夜・d11706)の捻り加えた槍が少年の大腿を捉えた。
     少年はふらりとおぼつかない足取りで地を蹴ると、後方へ降り、よろめく。先に比べると幾分苦しさが緩和された様に見えるが、問答無用で戦い仕掛けてきた辺り、それはダークネスの侵蝕が進んでのことか。
     それでも。虚ろの瞳に涙を浮かべ、左手に青い携帯電話を握る少年には、きっと僅かでも意識が残っている筈――。
    (「弟の存在が、人としての心を繋ぎ止める鎖になっているのか」)
     それだけ少年に弟の存在は大きいということだろう。兄弟の絆の深さが自身の感傷に触れる様で、幸太郎は灰の瞳を悲しく伏せた。
    (「何にせよ……二人とも『人』で無くなるのは御免だ」)
     閉ざした視界の中、幸太郎の耳に駆ける足音が聞こえる。徹太の携帯電話の合流合図に応えた仲間達だろう、救い出す戦いは今、始まった。
     ――いや、弟が闇に堕ちた瞬間から、少年の長い戦いは既に始まってしまったのだ。
    「……誉さん、ええ名前ですね」
     徹太が少年へとオーラの拳打を放つ中、二撃目へと続くべく強く地を蹴った朱彦は、不意にその双眸を緩めた。
    「お兄さんもその名前気に入ってはるんでしょ? ……大切そうに呟いてはるからね」
     少年は、弟の身に何が起こっているのかを知らない。知るこれからを思えば、朱彦の胸は痛んだ。
     自分にも妹が居る。人事とは思えない――朱彦は何処か寂しげに微笑んで、杖に魔力を集中させる。
    「……こんなに想える人がいるんだから大丈夫。どれだけ時間が掛かっても――約束だ」
     朱彦に少年への道譲るべく一度真横に飛び退いた徹太が、聞こえるか聞こえないかの微かな呟きを落とす。
     大丈夫――自身の言葉の重さに、今日は帽子に隠れぬ瞳が、悲しげに揺らめいた。

    ●君を繋ぐもの
    「あなたをね、今のまま駅に行かせられないんだよー……!」
     殺界敷かれた暗闇に、合流した波織・志歩乃(箒星の魔女・d05812)の声がこだまする。
    「そんな興奮せずに穏便に話し合いましょ? まあ、今は無理かも知れないっすけど」
     どこか喰えない笑み浮かべ、十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)はその花たる影で蔦の様に少年の足を絡め取った。
     ただでさえ安定感無い少年の足元を捕えれば、その体がぐらりと傾ぐ。隙を逃さず懐へ飛び込んだ王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)は、鬼の手打つべく構えを取った。
    「今の君は、誰も助けることはできない――気付いてるだろう?」
     膂力宿す巨大な腕は、禍々しき異形の力。
     形違えど、今少年の体を侵す闇と同じ力――ごほ、と小さく咳き込んだ少年は、しかし直後血の様な紅瞳でぎらりと三ヅ星を射抜く。
    「させるかよ!」
     その狙いを理解し、高坂・月影(粗暴な黒兎・d06525)が踏み込んだ。
     半ば強引に三ヅ星を引き退げ、右脇腹を掠めて抜けた少年の槍を両手で掴むとそのまま強く引き寄せる。
    「今のお前に、兄貴面して弟に会う資格はねぇよ。目を覚ましな」
     至近でそう断じて、引かれるままに宙へ投げ出された少年の腹部に繰り出したのは闘気の拳。
    「出来ねぇなら、俺達が止めてやる!」
    「……!」
     抗雷撃。月影の重い重い一打に、少年は胃液を吐き出した。
    (「優秀な兄弟がいるのって、複雑でないのかなー……」)
     志歩乃は自身に重ねて、少年の心中を思う。
     自慢の姉は、何でも出来る人だった。それが羨ましくて、憎らしくも思えて、結果闇堕ちした嘗ての自分。全く同じ境遇とは言えなくても――目に見えて優秀な弟に、兄として思う所は無かったのだろうか。
     しかし、目の前で弟を呼ぶ少年からは今、妬みや憎しみは感じられない。それよりももっと、温かな――。
    「……弟さんは、苦しいのかもしれない……けど、あなただって苦しんでるんでしょっ?」
     家族が好きだからこそ、志歩乃には少年の情が解った。パラララ、と軽やかな音を立て書を捲っていた手がぴたりと止まると、指を彩る指輪が、突如闇色に輝き出す。
    「あなただって大事な人なんだよっ! 助けたい人なんだよっ! 弟さんを助けてあげたいなら、あなたがまず、助けてもらわなきゃー!!」
     動き阻害する魔法弾が、指輪から放たれ少年の肩口を掠めた。槍を取り落とし、一瞬痛み耐える様に顔をしかめた少年は、それでもその足を止めない。
     屍・シノ(トワイライト・d02744)は夜明け前の藍の瞳を悔しそうに細める。
    (「大切な者までも闇に染めようとする、忌まわしい種族」)
     ヴァンパイア。自身の奥底にも宿るダークネスは今、兄弟を分かつどころか、その想いまでも踏み躙ろうとしている。しかし、武器よりもその手に携帯電話――弟との繋がりを離さぬ少年は、今きっと戦っている。
    「――年上たる者、弟に手本を見せてやるのが、兄というものでしょう? 今の様では、示しが付きませんよ」
    「……ほ、まれっ……!」
     怒り宿したシノの擦れ違い様の一太刀に、しかし少年が口にしたのは痛みでは無く、弟の名前だった。
    (「お兄さんにとって、弟さんはまさに『誉れ』だったんでしょうね」)
     狭霧の高きの空を宿す瞳の奥、心に潜む寂しさが密かに滲んだ。
     大事な家族が居なくなるのは寂しい事――同じ思いを知る狭霧はしかし、明日に繋ぐべき希望も知る。
     ――生きていれば、また会える。
    「だから絶対に助け出してあげないとっすねー……名前もまだ教えてもらってないし!」
     強気に笑んで駆け出した狭霧のポケット。少年の携帯電話と同じ思い詰まった懐中時計の鎖が、しゃらりと優しい音を立てた。

    ●honor
    「情けねぇ面だ、闇に落ちたまま弟に会ってどうするつもりだったんだ?」
     シノの斬撃を継ぎ、月影の素手に纏わせた炎が、少年の左腹部を殴打し燃え移る。
     幾度と少年を打ち据え、それでも前へ進もうとする少年――呼ぶ声は変わらず弟を求め、徐々にそこには悲痛な響きが混じる。
     今も徹太の光刃備える狙撃銃で後頭部の殴打を受けたばかりだ。額に血を流して倒れた少年は、それでも立ち上がりまた駅へ向かおうとする。
     その思いの強さに――くしゃりと顔を苦しげに歪めた三ヅ星が、鬼の異形腕を目一杯広げ少年の前に立ち塞がった。
    「逃げちゃダメだ!」
     闇に堕ちかけの少年は、弟への思いでその意識を繋ぎ止めている――妹を持つ三ヅ星にも、その思いは解る気がした。
     守りたい存在。兄として、自分に出来ることをしたいと願う心。でも、強大な闇に呑み込まれてしまえばそこまで、その思いは二度と叶うことは無い。
    「弟を守りたいなら、君が『君』でいなくちゃ! そうだろ!?」
     そのまま『くらやみ』――三ヅ星の漆黒の影が、少年の足元からずるりと縄の様に高く伸び、少年を縛り付ける。
     ギチ、と音鳴った瞬間にかしゃん、と落ちた青い携帯電話が、振動に反応してか液晶を明るく光らせた。
    「……ほんまええ名前ですね、『荻島・誉』さん――大切なんやね」
     足元に見えた液晶画面。浮かんだ名に、朱彦は微笑む。
    「弟さん思いの貴方が、人を傷つけるだけのダークネスなんかになったらあかんよ、荻島さん――闇堕ちなんかしたら、助けてあげる事もできへんのですよ?」
     明らかでなかった少年の名前。把握したその姓もまた、兄弟を繋ぐ1つである筈だ。その証拠に――床に落ちた携帯電話を慌てて掴んだ少年が、此方をちらりと見上げたから。
    「貴方が助けてあげな、誰が助けるんです?」
     少し、おどけた様に肩を竦めて。朱彦の瞳は少年と同じ血の様な紅だったけれど、そこに潜む穏やかな色彩を、少年の瞳が捉えた。
    「……ダーク、ネス?」
    「!」
     朱彦を見つめる少年の声が、何処か優しいものへと変化した。
    「……そうだ、ダークネスだ。お前の姿がどう変じても、何れは弟に遇うことが出来るかもしれん」
     手に持つナイフに夜霧を浮かべ、幸太郎は静かに語り掛けた。
     気付けば、少年の変化に灼滅者達の動きは止まり、幸太郎の微かな声も闇の中穏やかに少年の耳へと渡る。
    「闇に任せて異形になれば、その切なさも消えて、涙を流すこともなくなるかもしれん。ある意味で楽な選択だ。……だが、だからこそ俺はお前の今の姿と心を失わせたくない」
    「堕ちてしまえば楽かも知れない。でも、そうなると弟さんには二度と会えないでしょうね」
     言葉継いだ狭霧に、少年の視線が向かう。その紅の中にふと樹木の様な優しい色彩が滲んだ様に思えて、狭霧はにこ、と笑んだ。
     そのまま、彼の内側へ言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。
    「それが嫌ならば抗ってごらんよ。自分を捨ててたくないならば、みっともない位に悪あがきすれば良い。幾らでも、相手してあげるよ」
     再び、狭霧の足元から影が伸びる。狭霧の身丈を超え、伸びた影は先端に大きな花を咲かせた。
    「だから……自分を手放さないで! 自分の『誉れ』を失わない為に!」
     ざぁ、と一気に花達が少年の体へと伸びた。自身の体へ絡みつく花達を、少年の視線が追う。
     そこに敵意が無いことを感じ取り、徹太の胸が熱くなる。
    「携帯離すんじゃないぞ。弟のこと思い出せ!」
     これが、最後の攻防になる――その手にオーラ『Frog-Eye』を宿し、敗北を嫌う徹太の瞳が、強く強く少年の中のダークネスを見定めた。
    「今、苦しいのぶち抜いてやる!」

    ●treasure
    「弟さんのために、頑張ってるんだろうけどっ。でもね、自分をないがしろにして欲しくないよー!」
     ぎゅっと三角帽子を被り直し、志歩乃の声が、指輪の光と共に戦場を奔る。
    「あなたも大事な人だって、伝えたいのー!」
    「……鐵、行きますよ」
     小さく呟き、傍らのライドキャリバー・鐵と前へと馳せたのはシノだ。距離走る毎加速する鐵がボディに秘める弾丸を一斉掃射すると、一帯を土煙が覆う。
     しかしくっきりと見えている影目掛け、シノは単独、走る。
    (「私もかつて、灼滅者に救われた。仄暗い意識を漂う私に手を差伸べ、掬い上げてくれた人達」)
     鞘から再び日本刀を抜刀する。煌く刀身が、まるでシノの進路を照らす様に美しく輝いた。
    「……弟さんが心配で心配で、頭を抱えた事もあったでしょう。とても優しい貴方の存在は、誉さんにとっても、救われた事が沢山あった筈」
     その証拠こそ、この闇堕ちだった。誰より誉の心の傍に居たから選ばれた、悲しいダークネスの闇。
    「その気持ちを、闇に染めてはいけない。……誉さんを迎えに行くなら、本来の貴方で迎えに行ってあげてください」
     シノが上段から真下へと振り下ろした斬撃が、土煙ごと少年を切り裂き、鮮血が舞い上がる。
    「荻島、俺にも弟が居る。……大切だから必死になるよなそりゃ」
     一気にクリアになった視界の中、力強く、徹太が一歩を踏み出した。
    「もう会えないなんて思ってないだろうな? お前が諦めたら、誰が弟を救えるんだ」
     跳躍すれば、後ろに倒れながら少年は舞い上がった自身の鮮血を見つめていた。見下ろす口元には未だ牙が見えたけれど、虚ろでは無い瞳が、言葉が届くと徹太に教えてくれていた。
    「……君にとって、弟は『宝』のように大切な存在なんだろう?」
     言葉の切れ間、不意に三ヅ星が掛けた言葉。過る記憶に、少年の瞳が大きく見開かれる。

     『なぁ兄貴。俺、全国でちゃんと戦えるかな』
     『誉なら出来るよ。お前は俺の自慢の弟! 宝なんだから』
     『……っはは! 兄貴、「宝」って兄貴が言うと何か変だぜ?』

     ……大切な弟だった。兄として慕ってくれていた弟が可愛くて、自慢で、誇らしくて――でもそれ以上にただ、大切で。
    「……っ、誉……!」
     涙浮かべる少年の瞳が、紅から穏やかな榛色へと変わっていく。その変化に、朱彦は少しだけ苦しげに微笑んだ。
     救けられる確信。でも少年にはこれから、朱彦達と同じ、長くて険しいダークネスとの戦いが待っていることだろう。
     ――でも、それでも。自分達が、少年と共に歩いて行ける。
    「……必ず、助けられる。信じてればきっと。崩れそうになったら俺が、仲間が、支えになるから」
     目を閉じた少年の、優しい涙。徹太の瞳に込み上げた熱い思いの粒は、言葉と共に少年の体を打ったオーラの連打の勢いに、密やかに散っていく。
     戦いの終焉に、月影が温かな溜息1つ、瞳を伏せ笑んだ。
    「てめぇの声はちゃんと届けたのか? メール、電話、手紙、何だって良い。……生きてりゃ、いつか届くこともあるだろうよ」
     徹太の思いの一撃に静かに瞳を閉じると、少年は遂に意識を手放した。

    「闇堕ち……」
     暫しの後、目を覚ました少年に灼滅者達は事の経緯を説明した。
     実際に体験したからか、少年はすんなりとその事実を受け入れた。
    「……信じるのか?」
    「信じない理由が無いよ。助けてもらったって、はっきりと覚えているから」
     幸太郎の問いに、懐っこく笑った少年は穏やかだった。差し出された武蔵坂学園の地図も受け取り、頷く。
    「必ず行く。でも準備もあるし――今日は、駅まで送るよ」
     少年は、駅へ向かい歩き始めた。
     救けた少年の背は、出会った時とは違う。確りと前を見つめている様に思えて、志歩乃はふふ、と微笑んだ。
     しかしそこで、未だ少年が彼らの中『少年』であることを思い出す。
    「そういえば、あなたのお名前さ教えて欲しいなー」
    「あっそうっす! 名前まだ教えてもらってない!」
     一際明るい狭霧の声に、少年が足を止めた。振り向いて、君がさっき呼んでたよ、と三ヅ星へ笑いかければ、覚えのない三ヅ星はきょとんとした顔をする。
     気付けば、進路には駅前のネオン。明るい光を背に少年は灼滅者達を見渡し、少しイタズラっぽく、笑った。
    「俺は、荻島・宝(おぎしま・たから)! 助けてくれて、ありがとう灼滅者!」


    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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