男、狂虎となる事

    作者:君島世界

     その日の路地裏は、先に例のないほどの暴力が吹き荒れていた。見渡せば、粋がった格好をした若者たちの死屍累々、それらを全て叩きのめしたのは、とある禿頭の男である。
     男は上着の類一切を脱ぎ、サラシを巻いた腹を露にしていた。それと同時に、周囲を威嚇するように爪牙を露にする、虎の刺青も。
    「カンベ……勘弁してくれよォ、オッサン……」
    「あァ? ワシを舐めよッたんドコのどいつじゃオラァ!」
     男の強烈な前蹴りが、壁に背を預けへたり込んだ若者の胸を突いた。血混じりのよだれが白いスラックスに垂れ、薄汚れた染みになっていく。
    「が――がっ――」
    「黙ってりゃナンもわからねェだろうがチンピラァ! えェ!?」
     不条理な恫喝と共に、男は若者の顎を蹴り上げた。さらに後頭部が後ろの壁と衝突し、若者はそれっきり言葉を発しなくなる。
    「な、ナメるったってよお、オッサン!」
     と、最後の生き残りである別の若者が、悲愴な面持ちで抗議の声を上げた。
    「俺らが何したってんだよ! 今日たまたま上納が遅れただけで、そっちの『組』とは仲良くやってこれてただろ!?」
     その言葉は虚偽ではないはずだ、と若者は考える。これまでの会合でも、あの男とは何度も顔を合わせ――いや、目の前の男と記憶の中の男とでは、まるで別人のように振る舞いが異なっていた。
     怒らせると怖いタイプにしては、これは行き過ぎている。頭には何か黒い角のようなものも見えるし、本当に同一人物なのかと、若者はいまさらになって疑問を抱いた。
     もう遅い。
    「じゃアしいわボゲェ! なんやムカツクんじゃ、舐めくさッて!」
     男の手が、若者の喉を万力のような力で締め上げた。若者の意識は数える間もなく白濁し、ぶつりと途切れる。
    「アアッ、足りん! テメェら三下ぶち殺したところで何も変わらん! クソ……ワシの力! 力どこ行った! エエッ!?」
     若者の体を投げ捨て、男は血走った目で周囲を見回した。血溜まりの中に、そして男は見つけてしまう……若者の、肉を。
     
    「最近の話なのですが、体のどこかに刺青を持つ者が羅刹化する、という事件が、この所連続して発生し始めているようですの。今回皆様にお集まりいただきましたのは、その中の一つに対処していただくため、ですわ」
     教室に灼滅者たちを集めた鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)は、カラープリントされた一つの図案を黒板に張り出した。それは、年老いた男のものらしい背と、その一面に彫りこまれた虎の刺青だ。
    「闇堕ちする前、人間としての名前は、『大沼・敬吾(おおぬま・けいご)』様。背中にこういう虎の刺青を持った、ありていに言えばヤクザの構成員さんですわね。モデルさんとは別人ですので、写真は刺青の参考までにご覧くださいませ。
     ……さて、刺青を持った方が羅刹化する理由はまだわかっていませんが、背後に強力な羅刹の動きがあることが確認されています。しかし、原因がなんであろうと、この羅刹の狼藉は止めねばなりません。厳しい戦いとなりましょうが、そうすることこそ、灼滅者である皆様の宿命なのですから」
     仁鴉は教室を見渡し、ふ、と表情を緩めた。
    「私のようなエクスブレインは、そのサポートのためにいるのですわ。詳しい情報を、説明させてくださいましね」
     
     今回の対象となる『大沼・敬吾』は、灼滅者たちが接触する時点では完全な羅刹になっていない。が、その状態で攻撃を加えてKOすると、大沼は完全な羅刹として復活するという特性を持っている。
     なので、大沼を戦闘ができる場所へおびき寄せ、そこでKOすることによって羅刹として復活させ、再度の戦闘を挑むというのが大まかな流れとなる。
     闇堕ちする前の大沼は、灼滅者の使うESPこそ効果がないものの、それ以外の能力は一般人に等しい。子飼いの若者たちとの会合に出るために、事務所から数ブロック先の路地裏へ行く間は一人となるので、そこで大沼を挑発して戦闘場所に誘導するのが良いはずだ。
     羅刹として復活した大沼は、神薙使いに相当するサイキックで攻撃を行ってくる。その場で再度の戦闘を挑み、これを灼滅してほしい。人として救う手段は、ない。
     
    「先ほども言いましたが、刺青と羅刹化の関係はよく分かっていないのですの。ただ、この羅刹を巡って他の強大な羅刹が動いているかもしれませんので、作戦中は十分に注意してくださいませ。
     例えば、対処に時間がかかりすぎたり、人目を集めすぎた時などは、何らかの強敵に目をつけられるかも、しれませんの。
     ともあれ、皆様の無事とご武運を、学園でお祈りしておりますわ」


    参加者
    巴里・飴(舐めるな危険・d00471)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)

    ■リプレイ

    ●暗い路
     時々、ヘッドライトの光が時々その路地裏にまで届くことはある。しかし誰かの視線が伴っていないのならば、そこは闇の中にあるのと等しい。
     通りすがった明かりへと、柄の悪い格好をした男が二人、生気の抜けた様子で戻っていった。彼らの背後には、伊勢・雪緒(待雪想・d06823)の姿がある。
    「慌てず騒がず、静かに立ち去るのですよ」
    「は、はい……」
     雪緒の言葉に、彼らは異口同音に答えた。街中の、より明るいほうへ去っていく彼らを見送り、雪緒はほうと溜息をつく。
    「……夜の繁華街、ちょっと怖いのです」
     お供をする霊犬 『八風』が、ワウ、と小さく吠えたところに、守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)が合流する。
    「まあ、年頃の女の子が一人で来るところじゃないよね」
    「あ、結衣奈さん。おつかれさまなのです」
     結衣奈は雪緒を手招きし、路地裏から出るよう促した。
    「迎えに来たよ。例の廃ビルに集合して、それからは目標と接触するまで、それぞれ待機」
     改めて時計を確認すると、『囮役』が作戦を始めるまで十数分といったところだ。
    「……あとは、うまくおびき寄せるだけだね」

     それから時間が経ち、別の路地裏では。
    「おーい、何処見て歩いてんだよタコ親父。目ぇ見えてんのかハゲ」
    「ハ、ヨタヨタ歩きのクソ坊主が粋がるんじゃねェや。痛い目見ねえ内にとっとと帰んな兄ちゃん、俺ァ忙しンだよ」
     人を舐めた態度の若者がかける言いがかりに、極道者はうんざりしてその場を去ろうとする――と、若者は極道者の禿げ頭を掴み、わざとその手を滑らせた。
    「おおっと、超滑るぜこのタコ! あーそうか、そうやってツルリって逃げるのがハゲの得意技ってか?」
    「テメ……この大沼に『喧嘩』売ってるって解ってんだろうな、アァ!?」
     若者――吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)の挑発に、極道者は昴の胸倉を掴み上げる。昴はそれを軽くいなすと、にやりと笑って逃げ出した。
     大沼が追跡を諦めないよう、ぎりぎりで捕捉され続ける程度のスピードを保つ。昴が逃げる先は、狩場と定めたあの廃ビルだ。

    ●人虎
    「おめェらちょっとそこで待機してろ。それと例の『カンオケ』、用意しておけ!」
     携帯の通話ボタンを乱暴に押すと、大沼は昴が逃げ込んだ廃ビルに踏み込んでいく。鼻息荒く廃材を蹴飛ばすと、その影にいた黒猫がひらりと逃げていった。
    「――上だな。そこで待ってやがれ……病院送りで終わりなんざしねえからな!」
     大沼は目を血走らせて階段を上る。窓にベニヤ板が打ち付けられたフロアに入ると、その背後に明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)が現れ、退路を塞いだ。
    「いらっしゃ~い。そんじゃま、一つハデにいくとしましょうか~」
     誰何を待たず、瑞穂は手にした長銃の引鉄を引く。その魔力弾をまともに食らった大沼は、空中で一回転してフロアの反対側まで吹き飛ばされた。
    「が……!」
     大沼の割れた額から流れた血が、眉に吸い込まれるよりも早く、立ち上がった影が突き刺さっていく。
    「ごめんなさい……。なるべく痛い時間が短くなる様に……頑張る、わ……」
     影に飲まれる大沼に、千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)は物陰で小さく呟く。同時に発動した『サウンドシャッター』は、大沼の悲鳴を夜の街から完全に隠した。

     仰向けに倒れ、虫の息になった大沼の肩に、先の黒猫が前脚を乗せる。目張りの隙間から漏れる月光が、その小さな目を輝かせていた。
    「く……ぐ……グ……!」
     ドクン、と。大沼の体の奥底で、何か恐ろしいものが脈動し始める。その額に黒曜石の角が生え始めるのを見て、黒猫は即座に後ろへ跳び『猫変身』を解いた。
    「情報どおり、闇堕ちっす! 戦闘態勢を!」
     爪を立てるようにスライド着地した宮守・優子(猫を被る猫・d14114)に、解放されたライドキャリバー 『ガク』が並ぶ。と、大沼のシャツが内側から弾け、虎の刺青を露にした。
    「可愛げのないデザインっすけど、そこもまた悪くなく……いやいや」
     それを見た優子は、ついその感想を口にする。湯気を上げて辺りを見回す大沼に、巴里・飴(舐めるな危険・d00471)が先制攻撃を狙った。
    「ああ!?」
     振り返った大沼の斜め上から、飴は肥大化した腕を突き出す。大沼は真っ向から拳を衝突させ、その力を相殺した。
    「テメ……ワシに喧嘩売りよるんか!?」
    「喧嘩? 甘い甘い、その程度で終わりにする気はないよ」
     両者は反発しあい、しかし大沼は背後を振り返る。そこに攻め上がっていた日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)は、大沼の腕を咄嗟に潜り抜けた。
    「はああああっ!」
     翠は奉げ持った『御幣』を両手で払う。泳ぐ布帛が大沼を撫で、その箇所に浄化の爆炎を立ち昇らせた。
    「アガアアアァァァッ!」
    「どう、ですか……?」
     苦悶の声が漏れる。御幣を盾に、翠は油断なく大沼の様子を見た。――やはり、大沼は体勢を立て直し、瞬発する。

    ●狂い虎
    「おっと、逃がさないっすよ! ガク!」
     優子の指示に従い、ガクはヘッドライトでフロアの暗がりを切り裂いた。その光が丸く照らし出すスポットへと、優子の影業『影猫』の群れが駆けて行く。
     影猫はその名前通り、それぞれが猫の形をしていた。それらは一斉に大沼へと飛びすがると、その動きを鈍らせる。
    「んだこりゃあ? クソ、離れェ!」
    「捕まえたっす。特に恨みとかは無いんすけどねぇ、まぁ悪く思わないでほしいっすよー」
     続けてガクが、大沼へ向けて機銃を斉射していく。大沼の全身に飛来する弾丸を、影猫は身を振りながら回避し、着弾を妨げない。
    「おおおおオオオオッ!」
     大沼は顔の前で両腕をクロスさせ、それらを堪え切った。湿気の多い息を吐き出し、大沼が前へ一歩を踏み出したところで、既に別の刃がその上腕を貫いている。
     手が届くほどの近距離で、昴は『毛抜形太刀』を突き込んでいた。大沼と視線を合わせたままで刀を下に振り抜き、傷を裂き開く。
    「あ、あー?」
     腱を断った手応え……この程度で止められるなら、苦労はないのだが。
    「なんや兄ちゃん、エラい反抗的な目ェやないか。アァッ?」
    「…………フ」
     昴は答えない。それどころか瞬きの内に間合いを離した昴に、大沼は歯を剥いて激怒した。広い額に青筋が何本も浮いていく。
    「舐めやがって……こんガキ供……舐め腐りやがって!」
     大沼の怒号が盛り上がるのにつれて、その腕がドクドクと脈動する。上方に掲げられると、それは堰を切ったように巨大化した。
     目覚め立ての羅刹とはいえ、その膂力と凶暴性には侮れないものがある。居並ぶ歴戦の灼滅者たちは、ひりつくような緊張感を持ってそれを眺めた。
    「んじゃこの力はァ! 足りん! この程度なんはワシの力じゃあない! クソ、馬鹿にしよってからにィ!」
     犬歯どころか臼歯まですり潰さんばかりに、大沼が歯軋りをする。半ば白目を剥いた大沼は、その腕で昴に繋がる空間を端から圧縮していき――。
    「――八風!」
    「ワウッ!」
     交錯と轟音。果敢に立ち向かった八風が、昴の身代わりとなった。震えながらも立ち上がる八風に、雪緒は縛霊手『神楽獅子』の指を向ける。
    「私も、怖い人になんて負けないのです!」
     と、祭霊光を飛ばす雪緒からは、大沼の背中の虎がよく見えていた。敵の挙動に注意を払いながら、雪緒は大沼に問う。
    「その刺青……誰に彫って貰ったのです……?」
    「なんやお嬢ちゃん、ワシの肉に興味あるンかいな。教えたるけえもっと寄ってきぃや……なぁあ?」
     怒りを別の情動にも振り分けた大沼が、下卑た笑いをフロア中に轟かせた。ヨギリは――その内の『食欲』しか理解できぬまでも――眉をひそめて大沼へと接近していく。
    「こいつ……生かしておくのは……危険、ね……」
     身を低くしてダッシュするヨギリは、クルセイドソードを斜め後ろに掲げた。聖剣は主の意に従い、一際強くきらめくと、その刀身を非物質化させる。
    「せっ……!」
     聖剣を下段から振り上げると、ヨギリの暗いフードが勢いを乗せて波打つ。大沼はしばし目を丸くしてたたずみ、しかし次の瞬間、その場にがくりと膝をついた。
    「な……力が……力がァ!」
     大沼の豪腕から、禍々しい気配が確かに抜けている。一時的とはいえ充実した部分を崩され、大沼はついに、その牙を噛み砕いた。

    ●祈る狩人
    「オアアアアア! アァ、イイイアアア!」
     滅多矢鱈に、大沼がフロアを暴れまわる。まるで見境のない蛮行だが、時折飛んでくるサイキックをまともに当てられれば、灼滅者とて命が危ない。
     灼滅者たちはしかし、短期決戦をこそ望んだ。包囲を狭め、致死の暴力域に踏み込む。
    「これが、私と同じ力の使い手だと思うと、ね……」
     結衣奈は胸に手を置いて、痛む心を抑えつけた。反社会的存在だったとはいえ、かつで人であった大沼と、自分たちの力で闇堕ちを誘発した、ダークネスとしての大沼。結果として二度も彼を手にかけることに、いささかも迷いを持たぬ訳ではない。
     でも。
    「羅刹となった貴方の、黄泉までの案内をさせて貰うよ!」
     振り切って、結衣奈は駆け出した。大沼の濁りきった目が、その襲来を視界に入れる。
    「アァ? 手前から死にてェんだなァ! 死ねェ!」
    「恨まれても……罪を背負ったって……私は!」
     正面からの力のぶつけ合いは、わずかに結衣奈が上回った。伸びきった腕を叩き崩され、拳先から連鎖爆破される大沼に、飴がさらに仕掛けていく。
    「よってたかりおってからに……タイマンで来ぃや! 端からブッ潰し殺したるァ!」
     大沼は重い腕を肩で引き寄せ、どうにか姿勢を整えた。曖昧であった怒りの対象が、その時ついに飴一人に集中する。
    「――そう、来ますよね」
     手負いの獣を思わせる圧力に恐れることはなく、飴はバトルオーラ『飴細工。』を練り上げた。ただ倒すという専心だけを、そこに注ぎ込む。
    「閃光……ッ!」
     オーラを引いた拳が、大沼の反応速度ギリギリを突き抜けていった。続く連撃が、飴の周囲に輝く繭を描く。
    「ゴッ、は――てッ、テメエェェッ!」
     両手を組んだ大沼が、そのアメ色の残光を上から叩き潰した。フロアが激震し、両者は次の攻防に移っている。
    「逃ィがさへんわ!」
     大股のストライドからの、サイドスローめいたフックが飴に叩き込まれた。大沼はそのまま重い息を吐き、危うくまた膝をつきそうになる。
    「どや! テメェらごとき、糞餓鬼なんざ……手加減しとろうがブチ殺せるんじゃ!」
    「あら~、流石元ヤがつく自由業。そのハゲた頭といい、頭悪そうでステキだわぁ」
    「なンやと……!」
     あっけらかんと、瑞穂は大沼の殺意を受け流した。右手の指を順に曲げ伸ばしして、その先に光球を形成していく。
    「参考にキックも見たかったけど、医者としてはお仕事優先で行かないとねぇ。じゃ、治すわよ~」
     瑞穂が無造作に放り投げたそれは、即座に光条となって飴を賦活する。瞳の光を強くする仲間に、瑞穂は小さく手を振って返した。
    「これでよし、と。――あ、背中の刺青、結局このまま診そびれるのかしらねー」
    「何を……勝った気ィで……ェエ!?」
     キレの悪い啖呵を、大沼は剣呑な叫びで隠す。その様子から翠は、敵の傷は浅くないと見て勝負に出た。
    「この一撃で、戦いを終わらせてみせるです! ……っていうつもりで!」
     翠が再び御幣を構えると、その周囲で風が渦巻き始める。大沼は腰を落とし、真っ向からそれに抗おうと構えた。
    「テメ……、ッ! 殺るってのかよぉ、このワシを!」
     魔力と心臓の鼓動とがシンクロしたかのように、翠の体内で高まっていく。力の赴くままのタイミングで、翠は踏み込んだ。
    「~~~~~~ッ!」
     ザッ――と、両者は硬直する。流し込まれた翠の魔力は、一瞬の迷走を経て、大沼を内側から爆破した――。

    ●故人
    「――あ……ア……アァ……!」
     たたらを踏む大沼の体に、亀裂が走っていく。濁った眼球も、盛り上がった肩も、色鮮やかな刺青も、灼滅による崩壊を免れることはない。
     膝が崩れ、つんのめるように上体が落ちた。灼滅者たちの目の前で、大沼だったものは粉微塵に砕け散る。
    「あ。……らら~。そういう逝き方しちゃうのねぇ。ざんねん」
     瑞穂はかすかに残った灰を撫で、ふうと吹き流した。その粒子は煙にもならず、ビルの闇の中に消えていく。
    「個体差、ってやつかしらね~。ま、無事に灼滅できてよしとしましょ」
    「戦ってる最中なら……いえ、それは難しかったですね。結局は記憶と勘頼りですかあ」
     翠はため息をついて、カメラの入った鞄のファスナーを閉めた。その代わりに、防護符を指の間に挟みこむ。
    「さてと、巴里さんはお怪我の具合、いかがですか?」
    「――うん、私は大丈夫だよ。すぐ動ける」
     座り込んで呼吸を整えていた飴は、心配ないよと飛び起きてステップした。が、ふと遠い目をして、大沼が消失した辺りを眺める。
     もう何も残ってはいない、大沼の最後の場所だ。
    「できれば刺青ぐらいは、じっくりと見てみたいものでしたが」
    「もしも……普通に会話できていたとしたら、見せてもらえたかなと、思うです」
     呟いた雪緒に、一同の視線が同時に集まった。雪緒は頭に疑問符を浮かべて、とりあえず八風の頭を撫で回す。
    「あ、その、近くに行けば見せてあげるって、さっき大沼さんが……?」
    「そうだね。『大沼さん』なら、そういう機会があったのかもしれない……なんて」
     冗談めかして答えた結衣奈は、ふと大沼に手を合わせた。
    「ヤクザ相手に何言ってるんだ、って話だよね……うん」
     続けての黙祷を、皆がならう。原因の究明と黒幕への断罪を、その祈りに誓った。
    「――じゃ、そういうことでさあ!」
     ……と、昴はその間を計り、明るい声で周囲に声を飛ばす。武器を封印して率先して階段へと向かった。
     昴は歩きながら振り返り、女子たちに手を振った。
    「気分転換! どっかで飯食って帰ろうぜ! 長居したって体が冷えて健康に悪いだろ?」
    「それよりはトラブルの方が困るっすけどねー、自分たちの場合は……ふぁ」
     あくびをかみ殺した優子が、その後に続いた。とろとろと車輪を転がすガクは、ハンドルを取っておく。
    「ま、早いとこ撤収するのは賛成っす。別の羅刹でしたっけ? 負けイベントだったら嫌っすからねー」
    「最も、ね……優子お姉さん。それならヨギが、先を見てくる……わ」
    「え」
     止める間もなく、ヨギリが先に飛び出していった。小柄な彼女が、曲がり角の向こうに消えて――わずか数秒後。
    「大丈夫。騒ぎには、なってない……けど、急ぐに越したことは、ない、わね……」
     何事もなく、ヨギリは戻ってきた。厄介な住人が一人消えたことを、この街という集合体は、取るに足らないことと判断したのだろうか。
     一向はどこかへと去り、後には何も残されない。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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