気高き魂が穢れぬ内に、炎の誘いによる浄化を

    作者:飛翔優

    ●クロキバからの依頼
     武蔵坂学園へとやって来たイフリート、クロキバ。
     彼は次のように語ったという。
    「シロノ王セイメイノアラタナ企ミガ確認サレタ。死体ヲアンデッドニスル儀式ノヨウダ」
     ――白の王セイメイが、死体をアンデッドにする儀式を行う模様。
    「申シ訳ナイノダガ、コレヲ知ッタ若イイフリートガ、事件ノ起コル場所ニ向カッテシマッテイル」
     ――若いイフリートたちが、事件の起きる場所に向かってしまった。
    「彼ラガ暴レレバ、周囲ニ被害ガ出テシマウノデ、済マナイガ彼ラヲ止メルカ、彼ラガ来ル前ニ、セイメイノ企ミヲ砕イテクレナイダロウカ」
     ――彼らが暴れれば、周囲に被害が出てしまう。なので彼らを止めるか、彼らが来る前にセイメイの企みを砕いて欲しい。
    「ヨロシク頼ム」

    ●放課後の教室にて
    「という訳で調べてみたところ、全国の病院の霊安室や、通夜や葬式の場、火葬場などで、死体がアンデッド化する事件が起こる事が分かりました」
     放課後の教室。クロキバからの言葉を前置きとして、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は説明を開始する。
    「新たに生まれたアンデッドが暴れ出せば、病院の職員や入院患者、葬式の参列者などに被害が……大きな悲劇になってしまうことは想像に難くはありません。どうか、そうならないようにアンデッドを倒し事件を解決して欲しいんです」
     いつもの笑顔を若干潜め、どことなく苛立った様子で。
     それでも言葉は乱さす、地図を広げていく。
    「皆さんに赴いてもらうのはこの、葬式場。ちょうど、とある工業系の会社の元重役。上司に重用され部下にも慕われていた男性の葬式が行われている場所になります」
     事件が起きるのは、お坊さんがお経を唱えている時。人々が静かに死者を偲んでいる時。その男性はムクリと起き上がる。
     アンデッドとして、再びこの世で動き出す。
    「幸い、お坊さんを除けば人々は男性からは離れた場所にいます。ですので素早くお坊さんを救出すれば、後はすんなりと避難を促せるかと思います」
     もちろん、避難誘導を行う最中にもアンデッドを抑える必要がある。
     その二点を留意し避難が終わったなら、戦いとなる。
     幸い、戦闘能力は八人ならば十分に倒せる程度。
     妨害能力、強化能力に優れており、骨をドライバーに見立ててのえぐり込むような突き刺しは守りを砕き、げんこつをハンマーに見立てての一撃は己の力を強化する。さらに、小骨をねじのようにばら撒くことにより、攻撃力を削いでくることも。
    「以上でアンデッドに関する説明を終了します。それから……」
     葉月は静かな息を吐き、別の問題があると続けていく。
    「どうも、血気盛んな若手のイフリートが、この事件を嗅ぎつけて近くに来ているみたいなんです」
     彼らにエクスブレインの予知はない。故に、セイメイの悪事の臭いを嗅ぎつけて周囲を探っている状態だが、事件が発生すればその場に駆けつけてきてしまうだろう。
     人が多い場所でイフリートが暴れれば、アンデッドと戦う以上に被害が出てしまうだろう。場合によっては死人が出ないとも限らない。
    「なので、周囲を徘徊していると思われるイフリートを探し出し、説得して引き返してもらうか、被害を出さないように協力して事件を解決してもらうか……いずれにせよ、何らかの対処を行って下さい」
     状況によっては、イフリートの足止めなどをしている間に、アンデッドを倒してしまう……などといった行動も可能だろう。
     以上で説明を終了すると、葉月は地図などを手渡した。
    「死者の冒涜など、決して許されてはならない事件。イフリートが何を考えているのかはわかりませんが、セイメイを止めなければならない。これだけは確かなはず。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    斎賀・なを(オブセッション・d00890)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)
    皇・千李(復讐の静月・d09847)
    御門・美波(堕天使アストライア・d15507)
    焔宮寺・花梨(ボンクラーズ珈琲・d17752)

    ■リプレイ

    ●気高き魂が穢れぬうちに
     花に抱かれ永久の眠りに身を委ねる、壮年の男。
     お坊さんが厳かに経を紡ぐ中、粛々と偲ぶ参列者たち。
     ハンカチで涙を拭う者、小さく嗚咽を漏らす者、ただただ拳を握り瞑目するもの……教室ほどの広さを持つ葬儀会場に集う人々は、一部の例外を除いて最期のひと時を故人への想いで満たしていた。
     例外たる灼滅者たちは申し訳なさを感じながらも力を用いて最前列に座し、注意深く棺の様子を確認する。
     異常が生じたなら、すぐさま動かなければならないから。
     気高き魂を穢さぬため、守るために再びの死を与えなければならないから。
     できる事ならば、子供イフリート・ヒカリがこの場所へと到達する前に全てを終わらせたいから……。
    「……」
     灼滅者たちが想いを巡らせる中、葬儀はお経は粛々と進んでいく。人々もまた、次に向けた覚悟を固め始め――。
    「っ!」
     ――最初に、棺の振動に気付いたのは斎賀・なを(オブセッション・d00890)。
     素早く席から立ち上がり、お坊さんと棺の間に向かって駆けて行く。
     一般人の誰かが声を上げる前に殺気を放ち、避難誘導のための前準備も整えた。
    「ソノ死ノ為ニ、対象ノ殺戮ヲ是トスル」
     続いて飛び出した皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)が武装を整え、蒼色の炎を煌めかせた頃、棺の蓋が音を立てて吹き飛んだ。
     壮年の男が起き上がり、ギラつく瞳を間近に居たなをへと向けていく。
     仲間が狙われたのならば問題無いと、お坊さんの避難補助に動く藤枝・丹(六連の星・d02142)が立場を装いつつ大きな声を貼り上げた。
    「ここは危険です! 後ろの方から順に速やかに外に出て下さい!」
    「ねぇ、美波の言うこと聞いてよぉ……ダメ?」
     御門・美波(堕天使アストライア・d15507)もまた魅力を用い、壮年の男を偲んでいた人々を後方の出入口へと誘導する。
     構わず動き始めた壮年の男……否、アンデッドを押さえつけるため、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)が盾を掲げ突撃した。
    「さあ、暴れたいのなら私達を……私を狙いなさい!」
    「むやみに暴れさせたりなどしませんけどね」
     なつみが壁際へと押し込んだ刹那を見逃さず、焔宮寺・花梨(ボンクラーズ珈琲・d17752)は鋼糸を放つ。
     しっかりと足止めをするため、一般人への被害をなくすため、両腕ごとアンデッドの体を縛り上げた。
     逃さぬよう鋼糸に力を込めながら、花梨は静かな想いを巡らせる。
     死者をアンデッドへと変えるセイメイの所業、魂の冒涜……決して、見過ごす訳にはいかない。
     もちろん、セイメイの創りだしたアンデッドを倒すために駆け回っているイフリートが気にならないわけではないのだが……。
    「コナ、アンデッドの攻撃を防ぐように行動して下さい」
     今は目の前のアンデッドを倒すことが先決だと、霊犬のコナに最前線に向かうよう命じていく。
     なるべくならこの勢いのまま、ヒカリが来る前に在るべき姿へと還す。
     最低限一般人への被害は出さない。
     共通する目標として、避難誘導を行う丹と美波を除く面々はアンデッドへと挑んで行く……。

    ●守るための倒す戦い
     最もアンデッドに近い場所に居たお坊さんを含む、一般人の退出は滞りなく完了した。
     避難を完全なものとするために誘導を継続していく二人を横目でちらりと眺めた後、なつみは一旦身を引いた。
     直後、鋼糸を無理矢理押しのけ自由を取り戻したアンデッドが拳を振り上げる。
     すかさず盾を掲げ――。
    「っ!」
     ――振り下ろされた拳を真正面から受け止め、体中を突き抜けていく衝撃に歯噛みする。されど膝をつく事はなく、拳ごとアンデッドを押し返した。
    「その程度では相手になりませんよ!」
     盾の反対側、右の拳にオーラを宿し、腰を落とす。
     一撃目は正拳、即座に引いてからの二撃目は裏拳と、己を更に印象付けるために次々と拳を刻んでいく。
     押しのけられ勢いの削がれたアンデッドの目前には、なおの操る符が五芒星の結界を形成した。
    「できれば、そこで止まっていてくれ!」
    「……」
     動きを止めた隙を見逃さず、零桜奈が氷の塊を発射する。
     左脇腹へと着弾、氷結させ、明らかな弱点となる場所を創りだした。
     されど、再び動き出したアンデッドは俊敏、かつ力強い。
     氷結も、鋼糸も物ともせず、小骨を周囲にばら撒いた。
     盾を掲げて弾き落としつつ、ヴェリテージュ・グランシェ(鏡閃・d12844)は反対側の指にはめた輪に魔力を注いでいく。
    「相手が死者である以上……加減が不要なのは救いだよね」
     全力で倒す。
     ただそれだけを目的に指輪から魔力の弾丸を発射して、アンデッドの動かぬ心臓に呪縛を打ち込んだ。
     さほど動きが鈍らぬ様子に、ならば更に高め打ち込むのみと、皇・千李(復讐の静月・d09847)が螺旋状の回転を加えた突きを繰り出した。
    「……」
     左肩を貫き、アンデッドに肉薄する。
     ギラつく光の奥、真なる瞳はどこか苦しんでいるようにも思えて……。
    「死者を冒涜するか……セイメイ」
    「……」
     同様に、きつく瞳を細めたのはヴェリテージュ。
     アンデッドの元となった壮年の男は、多くの人が弔いに来てくれるような人。その手で、慕ってくれた人たちを手にかけて欲しくはない。
     否。誰の血であっても汚してはならない。
     間違いを起こす前に消してあげるのがせめての手向け!
    「……行くよ」
     言葉を紡ぐと共に、再び指輪に魔力を注ぐ。
     神秘的な力が弱点だと仲間たちへも伝えながら、再び呪縛を撃ち込んで……。

    「さあ、お坊さんが最後です。しばらく外へ避難していて下さい!」
     同時刻。お坊さんを含む一般人を外へと避難させ終えた丹が、周囲の安全も確かめ安堵の息を吐き出した。
     戦場に戻ろうと踵を返しかけた時、異質な……性質としては知っているだろう気配を感じ取り、静止し出入口へと意識を移す。
     ――ガウ、ガウガウッ!
     炎を纏いし小さな獣が、鋭い視線を葬儀場へと……戦場と化した葬儀会場のある方角へと向けていた。
     件のヒカリなのだろうと、丹はすぐさま戦場の方角を指し示す。
    「アンデッドならあっちだ!」
    「えっと、本当はクロキバさんから、キミを止めるように言われたんだけど」
     ――ガウゥゥゥ!!
     美波は進路をさり気なく塞ぎ、邪魔だと威嚇されても怯まずに、イタズラっぽい笑みと共に囁きかけた。
    「ねぇ、こっそり一緒に戦っちゃおうよ?」
     ――……ガウ?
     邪魔する意図はないと伝わったのか、戸惑ったように二人を見比べていくヒカリ。が、すぐさま感じ取ったのか瞳を輝かせ尻尾を振る。
     ――ガウッ、ガウガウッ!
    「それじゃ、一緒にいこうねっ♪」
     元気よく踵を返し、ヒカリを導く形で洗浄へと向かう美波。
     丹もまた安堵の息をつきながら、二人に並び駆けて行く。
     程なくして舞い戻った戦場に、アンデッドは今だ健在。
     攻撃の他、防衛や妨害にも意識を傾けていたから。
     三人が戦列に加わろうと動く中、下からすくい上げるように振るわれた拳をコナが斬魔刀で受け止めた。
     わずかに動きの止まった隙を見逃さず、花梨が鋼糸を張り巡らせる。
    「っと、どうやら説得は成功したみたいですね」
     即座に乱入してきたヒカリを、そして丹と美波両名へと視線を送り、花梨は静かな息を吐き出した。
     ヒカリが到達する前に倒す……とは行かなかったものの、上手く導けばさほど被害のない形で戦える。
     そのためにも……と張り巡らせた糸を軽く振動させた時、アンデッドが動きを鈍らせた。

    ●炎との共闘
     無闇矢鱈と暴れられるのならば厄介だが、共に戦うのならばこんなに心強い相手はいない。
     葬儀会場内を駆け回りながら隙を伺っているイフリートへと視線を向け、なをが言葉を投げかける。
    「ありがとう。キミと共に戦えて、俺達も嬉しい」
     ――ガウッ!
     元気の良い返事を受けながら、改めて戦場を見回した。
     かなりの呪縛を打ち込んできたからか、アンデッドの動きは鈍い。
     反面、速攻を目指していたからか仲間たちの被害も積み重なり始めている上に、拳を振るう事によって高められたアンデッドの破壊力はそこそこの域へと達している。
    「ひとまず治療に回る、みんなは臆せず攻めてくれ」
     なをの宣言に灼滅者たちが頷く中、ヒカリが炎を宿したパンチを放った。
     激しい炎に抱かれながらも、アンデッドは一本の鋭く細長い骨を伸ばしていく。
    「ダメージは引き受けるよ、気にせず攻撃を続けて」
     己の役目を果たすのだと、ヴェリテージュがアンデッドとイフリートの間に割り込んだ。
     突き出された骨を盾で受け、留まることなく前進してアンデッドを壁際へと押し付ける。
     動きを止めたまま、アンデッドはヴェリテージュへと意識を向けた。
     狙いを定めていた美波が即座に禁呪を紡いでいく。
    「早く、眠らせてあげよう……ね?」
     炎上していくアンデッドを映す瞳の奥、秘めるは死者を冒涜するノーライフキングへの怒り。
     宿すは願い。
     一分、一秒でも早く、アンデッドがあるべき眠りにつけるよう……。

     久々に盾で受け止めることになった右ストレートは、最初に受けたものの比ではないほどの衝撃を全身へともたらした。
    「けど……!」
     悲鳴を上げ始める体を叱咤しながら跳ね除けて、手刀にオーラを纏わせる。
     鋭い刃を形成し、一歩前へと踏み込んだ勢いのまま斬りかかった。
    「っ!」
     振り上げられた腕とぶつかるも、衝撃は余すことなく伝えたはず。
     アンデッドに巡っていた加護も、少なくない数を砕けたはず。
     証左として、続いて放たれた小骨乱射に勢いはなく、容易く叩き落すことができた。
     追い込んでいる証拠でもあるとなをが杖で背中を強打し、魔力を爆発させたなら――。
    「朱に、染まれ……」
     ――千李の振るう刃が流れるような紅蓮を描き、縦一文字の傷跡を刻み込んだ。
     更に、零桜奈の影刃がアンデッドの守りを削いでいく。
     直後にヒカリが懐へと飛び込んだ。
    「……」
     勢い良く炎のパンチを放っていく様子を苛立たしげに眺めながら、零桜奈は虚空に魔力を込める。
     己の宿す炎とは真逆の、氷の塊を創造する。
    「……」
     イフリートは何故だか知らぬが大嫌い、白の王セイメイはムカついている。
     二重に思考を乱す苛立ちを、氷に宿して発射する。
     誤る事なく着弾し氷面積を増やしていくアンデッドの肉体を、花梨の鋼糸が縛り上げた。
    「もう、休んで下さい。これ以上、貴方が暴れる必要はないんです」
     鋼糸が更なる力でアンデッドを締め付けていく中、コナが六文を射出しぶつけていく。
     千李は懐へと入り込み、刀を鞘に収めたまま静止した。
    「せめて魂だけは……静かに眠れ……」
     呼吸を止めると共に一閃。アンデッドとしての力を打ち砕き、活動を停止させていく。
     あるべき壮年の男へと戻った遺体を抱き止め瞳を閉ざしていく。
     されど、まだ感傷に浸るべきではないと目を開けて、仲間たちへと視線を送った。
     恐らく、概ね同じ思い。
     壮年の男が安心して眠ることができるよう、人々が最期の別れを告げることができるよう、葬儀会場を整えようか。

    ●せめて、安らかな眠りを……
     棺へと戻し、体や服をできるだけ綺麗な状態へと整えて……千李は一歩後ろへ下がり、瞳を閉ざした。
     美波の紡ぐ鎮魂歌の一節を聞きながら、静かな祈りを捧げていく。
     僅かな儀式が済んだ時、ヴェリテージュが周囲も整え終えたと報告した。
    「後、ヒカリは早々にクロキバの元へと帰ってしまったみたいだね」
     出入口を指し示し、周囲を荒らさずに去っていったとも伝えていく。
     それは何よりも幸いなこと。灼滅者たちは様々な反応を見せながら、足早に葬儀会場から立ち去った。
     戦いが終わった以上、もう、彼らの居場所はそこにはない。
     後は、残された人々が死を悼む時間なのだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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