暴力にふさわしき力を

    作者:波多野志郎

    「ハハ、まったく、口ほどにもねぇ連中だ」
     男は、笑って言ってのけた。
     年の頃なら、三十過ぎ。短く刈った髪。潰れた鼻と耳。ネクタイもしてない、安物のスーツの下からでも見て取れる筋肉。身長こそ一七十そこそこだが、その体は戦う事に長けた体つきだ。ただし、トレーニングを積みリングや観衆の前で戦うそれとは大きく違う。何でもありの喧嘩で鍛え上げた、そんな凄みがあった。
    「兄ちゃん達、若さで勝てるのはガキの喧嘩だけだぜ? 路上の大人の喧嘩ってもんを覚えておきな」
     男がそう言っても、倒れて気絶したチンピラ達は答えない。完全に気を失っているのだ。男は、ごつい指輪のはまった手で頭を掻いて苦笑した。
    「最近の若いもんは、チンピラでも根性ないのぉ」
     例えば、髪が短いの一つにしてもファッションではない。取っ組み合った相手に、髪を掴まれないためだ。ネクタイをしていないのも、首を絞める道具に使われないため。スーツなのは、脱いで腕に巻き付ければ簡単な刃物などは受け止められるから。ごつい指輪や革靴も、武器として使えるものだ。
     一つ一つが、喧嘩のための用意だった。そんな男が、手を掻きながら吐き捨てる。
    「しかし、不完全燃焼だわな。こう、もう少し遊ぼうか……」
     腕を搔きながら、男は歩き出した。男は気付かない、チンピラ達を殴ったその返り血が刺青になっていっている事を。
    「ああ、乾く。強かろうが、弱かろうが、どうでもいいか。食い散らかそうか……」

    「何か、面倒な事になってるみたいっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はため息混じりに語り出す。
    「最近、刺青を持つ人が羅刹化する事件が発生し始めてるっす。原因は判明してないんすけどね、どうやら裏で強力な羅刹も動いてるみたいなんすよ……ま、何にせよ、羅刹が事件を引き起こすなら無視はできないっす」
     ただし敵は羅刹、ダークネスだ。強力な敵となる事は間違いない。
     今回、羅刹になるのは喧嘩に明け暮れた男だ。チンピラ同士で殴り合っては楽しむ、そんな男が羅刹となった時、その暴力は四方八方に撒き散らされる事となってしまう。
    「接触するのは、簡単っすね。未来予知でみたチンピラの代わりに喧嘩を売れば乗ってくるっす」
     そして、完全な羅刹となる前に攻撃を加えてKOする必要がある。そうすると、羅刹として復活するのだという。
    「このまま放置すれば、ただ羅刹になって被害が拡大するだけっすから、ガツンってやって欲しいっす」
     戦うのは、裏路地が良いだろう。男には羅刹になる前からESPの効果はない、ESPによる人払いも楽だ。
    「復活して羅刹となった男は、羅刹のサイキックとバトルオーラのサイキックを使用してくるっす。まともにやり合えば一人でも強敵っすからね、充分に気をつけて対処にあたってほしいっす」
     翠織は、ここまで語り終えてから表情をより厳しいものにする。
    「この刺青の羅刹と関係あるかはわからないっすけど、強大な羅刹が動いてる可能性があるっす。時間をかけすぎたり、派手に周りの注目を集めすぎた時は、どんな強敵が出てくるかわからないっす……充分に考えて、挑んでほしいっす」
     どうか、お気をつけて、そう翠織は厳しい表情のまま締めくくった。


    参加者
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)
    成瀬・圭(声亡き唄・d04536)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    句行・文音(言霊遣い・d12772)
    祟部・彦麻呂(災厄の煽動者・d14003)
    黛・諒太(海碧・d17302)
    時任・ユキ(二枚目の切り札・d21850)

    ■リプレイ


    「あんなおっかない人にケンカ売るんだよねぇ、お兄ちゃん、助けて……?」
     ンク調の服着て不良っぽく見せかけた時任・ユキ(二枚目の切り札・d21850)が悲鳴混じりに呟いた。おっかない人――年の頃なら、三十過ぎ。短く刈った髪。潰れた鼻と耳。ネクタイもしてない、安物のスーツの下からでも見て取れる筋肉……どこから見ても、まともな人ではない男がそこを歩いていた。
    「……って、オレだって怖ぇよ、バカヤロー! なーんてユキには言えねーし……チキショウ、やってやんよ!」
    「んじゃ、手筈通りいこかァ!」
     句行・文音(言霊遣い・d12772)の言葉に、仲間達はそれぞれの表情でうなずく。怖いのは当然だ、あの強面に喧嘩を売りに行かなくてはいけないのだから。
    「待て、そこの男」
     星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)の言葉に、男が振り返った。その振り返り方は、ただ振り返るのではない。きちんと壁――不意に襲われても対処できるように、死角を生まないような動きだ。
    (「なるほど、喧嘩や暴力に明け暮れていたようだな」)
     優輝は、納得する。命がけの戦いを潜り抜けてきたからこそわかる、小さなポイントだ。
    「へぇ……? 今時のガキにゃあ、珍しい」
    「ここじゃ目立っていけないからそっちでやろう、通報でもされたら本気で喧嘩出来ないしさ」
     男の感嘆の声に、越坂・夏海(残炎・d12717)は想いを押し殺しながらそう告げた。
    「お、おう、とっとときやがれ、おっさん!?」
    「へいへい」
     まくし立てるユキに、男は小さく笑って後についていく。その間も、いるのは最後尾だ。背後を取られないように、という考えだろう。
    (「救う事が出来たらね……」)
     夏海は、密かにため息をこぼす。いくら悪人でも元人間ということで罪悪感を感じずにはいられない、それが夏海という青年の本質だ。それでも、見逃してしまえば多くの人間が犠牲になる――だからこそ、夏海はその強い責任感から笑みにその心の痛みをひた隠した。
    「刺青と羅刹、ねえ……裏でヤバい奴が動いてるようだし、そいつ倒してめでたしめでたしって程穏やかな話じゃねぇけど」
     裏路地の片隅で、黛・諒太(海碧・d17302)がこぼす。それに、成瀬・圭(声亡き唄・d04536)も苦い表情で言い捨てた。
    「人の心の闇に付け入るってやり方は気にいらねえな、おっさんには正直、同情するよ。何とか助けてやりてえが……」
     その言葉の途中で、圭は路地の向こう側からやってくる文音の姿を見つけた。祟部・彦麻呂(災厄の煽動者・d14003)もそれを見て、その後ろにいる男の姿に、小さくため息をこぼす。
    (「そこまで悪い人には思えないので気が進まないなぁ……とは言え、被害が予知されている以上致し方ありませんね」)
     暴力に生きている男に、彦麻呂はそう胸中で語りかけた。この周辺には、もう既に彦麻呂の殺界形成が展開されている――未来予測で遭遇するはずだったチンピラ達は姿も見せていないのに、男はここに現われた。それが、全ての答えだった。
    「なら、始めましょうか?」
     水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)が、青い瞳に決意の輝きを宿す。暴力に生きてきた男は、灼滅者達の姿にいっそ爽快に笑った。
    「こういうガキどもがいるなら、世の中まだまだ面白れぇな」
    「ミッション・スタート!」
     カードを人差し指と中指で挟み、表が見えるようにかざした優輝の宣言に、一本の斧槍が引き抜かれる。そして、懐から緑フレームの眼鏡を取り出して優輝はかけた。
      男が喧嘩慣れしていようと、そこには絶対的な差がある。男との勝負は、あっさりと着いた。


     拳に、殴った感触が残っている――夏海は、その拳を強く握り締めて倒れた男を見た。
    「ここからが、本番ね」
     鏡花の呟きは、全員の総意だ。ガリ、とアスファルトに爪を立てて、ゆっくりと立ち上がる男――刺青羅刹の姿に、灼滅者達は身構えた。
    「が、ああああああああああああああああああああああああああああ!!」
     刺青羅刹が、地面を蹴る。一七十そこそこの体が、まるで一つの砲弾と化したように駆けた。
    「――ッ」
     その先にいたのは、文音だ。刺青羅刹の巨大な怪腕が、轟! と風を巻き上げ振り払われた。
    「させ、ない!」
     その軌道に割り込んだのが、夏海だ。WOKシールドを突き出し、刺青羅刹の鬼神変を受け止める!
    「おおきに!」
     必死に受け止めて吹き飛ばされそうになった夏海を、文音が咄嗟に受け止めた。衝撃に、必死に踏みとどまった夏海に更に襲い掛かろうとした刺青羅刹の真横に、圭が疾走する。
    「一番バッター成瀬ェ!! オレぁそんなに強くねえが――」
     出鱈目な勢いで大きく振りかぶられるバット、それを刺青羅刹はバットのグリップを左手で押えて食い止めようとした。だが、圭の口元がニヤリと笑みを浮かべる。
    「こいつの扱いについては、ちょっとしたもんだぜェ!!」
     真横から振り抜かれた巨大化した圭の左フックが、刺青羅刹のこめかみにクリーンヒットした。
    「――ガッ」
     が、ビキリと首筋に鈍い音をさせながら刺青羅刹は踏みとどまる。ギュオ、と靴底がアスファルトに擦れて鳴る中、夏海がそのシールドを展開した拳を繰り出した。
    「……堕ちた以上は遠慮できない。ごめんなさい」
     圭の鬼神変、夏海のシールドバッシュと受けた刺青羅刹が後方へ跳ぶ。自ら跳んだ、その事が手応えからわかった。
     だからこそ、彦麻呂はその着地の瞬間を狙った。
    「逃がしません」
     拳にオーラを集中させる、その直後に繰り出された連打が着地した刺青羅刹に降り注ぐ。ガガガガガガガガガガンッ! 硬い打撃音が鳴り響く中、彦麻呂は反射的に後方へ下がった。半瞬後、彦麻呂の閃光百裂拳を受けながらも牽制で繰り出された刺青羅刹の回し蹴りが彦麻呂の居た場所を薙ぎ払う。
    「短期決戦でいくぜ!」
     ユキの繰り出したウロボロスブレイドの一閃を刺青羅刹は、身を低く落として掻い潜った。その瞬間、ユキの手首が返る。ジャラン! と蛇のように軌道を変えた蛇腹剣の切っ先が、刺青羅刹の右腕に絡み付いた。
    「貫け、氷楔っ――Keil Eises!」
     銀の三日月が残像を描く――素早く槍を振り下ろした鏡花の動きに連動して放たれた巨大な氷柱が、刺青羅刹を襲った。
    「う、お……お!」
     腹部に突き刺さる鏡花の妖冷弾を、刺青羅刹は左の肘打ちで打ち砕く。ビキリ……、と氷が張り付いていく脇腹、そこへ優輝の旋風輪の一閃が薙ぎ払われた。
     そのまま、刺青羅刹が壁に叩き付けられる。ヒュオン、と風切り音を鳴らし槍を構えた優輝が言い捨てた。
    「喧嘩と戦いの違って奴をみせてやるよ」
    「上ォ等ォ、だァ!!」
     吼え、刺青羅刹がその拳を振るう。それを見ながら、諒太は小光輪を夏海へと飛ばし護りの力と同時に回復させた。
    「ごちゃごちゃ考えんのはやめだ、まずは目の前の自分の仕事をきっちりやらせてもらうぜ」
     色々と見えない状況だが、だからこそ諒太は今の状況に集中する。その言葉を聞いて、文音も言い捨てた。
    「そうやなァ、楽しみ時間はあらへんけど――存分に、振るわせてもらうで!」
     文音が強く地面を踏みしめ、刺青羅刹へと駆ける。その巨大化した右腕を刺青羅刹へと思い切り叩き込んだ。


     ――喧嘩と戦いの違いは何なのだろうか? 圭は、そう考えた。例えば、優輝ならば命のやり取りの有無を上げるだろう。ある者ならば、勝敗に賭けた者の違いを。また、ある者ならばそこに違いはない、と答えるかもしれない。
    「っしゃああああああ!!」
    「合わせるよ!」
     横へ回り込んだ圭と同時に、逆方向から彦麻呂が挟撃する。放たれた二色の閃光百裂拳が、刺青羅刹を中心に炸裂した。刺青羅刹は、歯を食いしばりその豪華絢爛な嵐を耐え抜く――その瞬間、文音の振り抜いたマテリアルロッドが、刺青羅刹の厚い胸板を強打した。
    「今やァ!」
     大きく刺青羅刹がのけぞる、そこへ文音の言葉に応えて夏海が跳び込んだ。跳躍しながら、頭上に掲げた両手から炎が吹き出す――バニシングフレアの炎の奔流が、裏路地に荒れ狂う!
    「来るよ!」
     着地と同時に、夏海が叫ぶ。その直後、炎を内側から打ち砕いた刺青羅刹が右の拳を振り抜いた。
    「――ッ!」
     直後に巻き起こる旋風、刺青羅刹の神薙刃が鏡花を切り裂く。それにすかさず、諒太が弓の弦を引いた。そして、射放たれる癒しの矢で回復を受けながら、鏡花はバベルの鎖を自身の瞳に集中させる。
    「私に見抜けない事なんてないわ」
     予言者の瞳で更に回復を重ねた鏡花を見てから、ユキがその歌姫のごとき歌声を紡いだ。
    (「くっそ、おっかねー!!」)
     顔もそうだが、その強さも十二分に脅威だ。そんなビビリながらでも、退かないのは意地があるからだ。
    「まったく、喧嘩屋のくせにたいしたものだ」
    「ハッ!!」
     優輝が斧槍を構え、真っ向から刺青羅刹と打ち合う。螺旋を描く槍が、刺青羅刹の二の腕を火花を散らしながら抉る。刺青羅刹は、それを柄を肘打ちする事で弾いた。
     薄暗闇に、無数の火花が舞い散る。槍と素手、その一進一退の激突を見やりながら、諒太は熱くなる自分を必死に抑えていた。
    (「大した強さだぜ」)
     こちらの八人と真っ向から殴り合って、刺青羅刹は一歩も譲らない。直情的で熱くなりやすい性格の諒太が、それでも殴りかかってしまわないのは素は一直線で真面目だからだ。だからこそ、自分の役割を成し遂げ続ける――そうしなければ、痛い目をみるとわかっているからだ。
     一つのミスが、そのまま止められない綻びとなりえる。攻防の果て、チャンスを掴んだのは、ユキだ。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     刺青羅刹が放つオーラの砲弾、それをユキは息を飲んで迎え撃つ!
    「い、妹の体、傷つけるわけにはいかねーんだよっ!」
     放たれたウロボロスブレイドの一閃が、空中でオーラキャノンと激突した。爆音を轟かせて相殺されたその直後、刺青羅刹の左腕をユキの蛇腹剣が巻き取る!
    「やらせてもらうぜ!」
     待ってました、と言わんばかりに諒太が影の刃を繰り出した。その斬影刃の斬撃に、刺青羅刹が大きく体勢を崩しす。
    「撃ち抜け、蒼雷っ!――Blitz Urteils!」
    「畳みかける!」
     鏡花の槍が振り払われ、優輝の斧槍が突き出された。ほとばしる魔力を帯びた魔法の矢が、凄烈な威力を秘めたマジックミサイルが、ガガガガガガガガガガ! と刺青羅刹へと降り注ぐ!
    「ぐ、お……!」
     転がり、間合いをあけようとした刺青羅刹へ、夏海が踏み出した。強気に笑い、下から突き上げるアッパーカットの軌道で刺青羅刹にシールドバッシュを叩き込む!
    「句行!」
    「おう!!」
     宙に舞う刺青羅刹へ、文音の両の拳が繰り出された。一発、二発、三発、四発――的確に上半身の急所へ打ち込んでいく閃光百裂拳に、刺青羅刹が吐き捨てた。
    「く、そ、力が、た、りねぇ!!」
    「そうかい!」
     言い捨て、圭のad libitumが空中の刺青羅刹を捉えた。刺青羅刹はかろうじて腕で受け止めたが、圭は一切構わない。
    「吹っ飛べ!!」
     ドン! という衝撃が、ガードを打ち崩して刺青羅刹を吹き飛ばす――そして、そこには彦麻呂が待ち構えていた。
    「おじさん、強さで勝てるのは大人の喧嘩だけですよ……これが灼滅者の戦い方です」
     繰り出される異形の怪腕、渾身の鬼神変が刺青羅刹を殴打する。ガゴン!! という盛大な打撃音。空中を舞った刺青羅刹は、地面に落ちると同時に掻き消えた……。


    「……ありがとうお兄ちゃん」
     吐息を一つ、ユキが小さく呟いた。文音は、違う意味でため息をこぼす。
    「アレやなァ、すぐに消えるんは良かったんやけど……」
    「……謎は謎のまま、だね」
     夏海は静かに弔いのために捧げていた黙祷を終え、そう答えた。もしも、あの刺青がなかったのなら……そう、思ってしまうのも仕方がない。
    「……後味わりーな、くっそ」
     圭の表情は、苦い。暴力的な男ではあったが、あの男とはもっと晴れやかな、気分のいい喧嘩が出来た、そんな気がしただけになおさらだ。
    「作戦終了かしら? これ以上厄介事が増える前に帰るとしましょうか」
     鏡花の提案に、仲間達は同意する。時間をかければ、他の面倒事が起きかねないのだ――そうなる前に、その場を去るのが得策だ。
     灼滅者達は、小走りにそこ場を後にする。戦闘の痕跡など、残りはしない。昨日と同じように、今日も静寂に包まれたそこは明日からも、そこにあり続けるだろう。
     ただ、一人の男がいなくなった。そして、未来に起きただろう悲劇を防ぐ事が出来た……それだけでも、充分な成果だった。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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