木更津デモノイド事件~闇に集えば

    作者:佐伯都

     信号が赤になり、ゆるやかに停車した車列の先頭。
     サラリーマンとおぼしき運転手がふと見上げた交通安全祈願のお守りが、不自然に動く。
    「地震?」
     目の前の信号が、地震とは違う規則的な間隔で揺れていた。アスファルトが波打つようにたわんでいて思わず息を呑む。
     時刻は夜九時を過ぎ、帰宅を急ぐ車で混雑している十字路。
     信号が青になっても誰もアクセルを踏もうとしないどころか、脇の植え込みから交差点の中央に躍り出てきた巨大な影に目を瞠ることしかできない。
    「――な」
     青い巨人のようにも見える、大きな体躯。
     なんだこれ、と呟きかけたまま、彼は己の死を自覚する暇も与えられずに車体ごと叩き潰された。
     
    ●木更津デモノイド事件~闇に集えば
     木更津市にデモノイドが放たれるよ、と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)が短く切り出した。
    「ソロモンの悪魔・ハルファスの勢力がアモンの遺産を手に入れ、デモノイド工場を木更津市に作っていたらしい。もっとも、工場はもう存在しないんだけど」
     デモノイドロードを配下に加えんと動いていた、朱雀門高校のヴァンパイア。
     彼等によって工場は破壊されているが、その結果、多数のデモノイドが木更津市に解き放たれるという事態に陥っている。
    「撤退したヴァンパイアを追いかけてたみたいなんだけど、やっこさん、あまり頭良くないからね」
     いつのまにか何の命令を受けていたか忘れてしまい、破壊衝動のままに暴れ始めてしまうというわけだ。
    「皆には、大きな交差点に現れた個体を受け持ってもらう」
     黒板に十字路を描き樹はその中央に×をつける。
    「交差点の真ん中にデモノイド。道路は会社帰りの車でけっこう混んでる」
     それぞれ片側二車線、一列あたり十台近くが信号待ちをしている状態だ。今から急いでも、先頭付近の車は完膚なきまでに破壊されている。
    「……二台目までは、もう駄目だ。だからこれ以上の人的被害が出ないようにしつつ灼滅してほしい」
     武器のたぐいは所持しておらず、デモノイドヒューマンのものに酷似したサイキックと戦神降臨、戦艦斬りを駆使して暴れ回る。
    「一般人は異常を悟ってすでに逃げ出してるし周りの見通しもきくから、特に誘導しなくても混乱は起きない。だから」
     十分、と呟いて樹はチョークを置いた。
    「十分間デモノイドを交差点内に抑えこめば、これ以上犠牲は出ない。絶対にね」
     物理的、精神的に灼滅者へ向かせ続ければ、あまり頭の良くないデモノイドのことだ、逃げる一般人のことなど忘れてしまう。
    「未来予測の優位はあるけど、相手はデモノイドだからね。皆で協力して、無事に帰ってきてほしい」


    参加者
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    三上・チモシー(牧草金魚・d03809)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    華槻・灯倭(紡ぎ・d06983)
    鷹化鳩・あずみ(鳥追い・d19170)
    喜美濃・前和(パペットドクター・d21221)

    ■リプレイ

    ●Crossing
     交差点の真ん中を中心に爆発が起きたような、そんな光景だった。ならばさしずめあの青い背中は、グラウンド・ゼロに君臨する死神だろうか。
     しかし綺麗に煎餅布団にされた軽自動車、それを逃げる一般人の列へ放り投げるべく拾おうとした背中。そこから先の一分間に、死神はその座から引き下ろされる。灼滅者たちによって。
    「楽しそうに暴れ回りやがって……!」
    「最近のデモノイドさんは派手なのがお好きなのかしら」
     急襲する二つの影。
     鷹化鳩・あずみ(鳥追い・d19170)の足元から蛇のような俊敏さで影が疾り、デモノイドを絡めとった。
    「ほら、鬼さんこちら! お前の相手はこっちでしょ!?」
     動きが鈍った瞬間、苑田・歌菜(人生芸無・d02293)は一気に間合いを詰め、体格差などものともせず左腕に展開したシールドごとぶち当たりに行く。背後から思いっきりどつかれる形になったデモノイドが怒りの咆哮を上げた。
    「しっかり時間を稼いで、しっかり片付けないとね!」
    「この場で全て終わらせてやる……!」
     デモノイドを挟んで交差点の反対側、そこに宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)と伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)も到着する。
     高くかざした冬人の右手が、点けっぱなしのまま放棄された車のヘッドライトを反射して輝いた。またしても死角から来襲してきた制約の弾丸とひどく苛立つダメージに、デモノイドの咆哮がいっそう凄みを増す。
     十字路ということは、そのまま道路は四つ。しかし挟撃で急襲してきた灼滅者の総数をデモノイドが知るはずもなく、ましてそこから導かれる彼等の動きも予測し得るはずがない。
    「こんなところに、デモノイド工場があるなんてね」
     華槻・灯倭(紡ぎ・d06983)と共に交差点内へエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)が踏み込んでくる。交差点を照らすライトの下、瞳へ急速に力が集まってくるのを感じながらエリアルは呟いた。
    「しかもその後始末が僕たちとかさ……本当にふざけてる」
     エリアルとしては最近調子に乗っている朱雀門を叩きに行きたい所だが、ここは目の前の敵を潰す事に専念しなければならない。本当に腹が立つ。
     だいたい、ヴァンパイアを追撃するため放ったのだからハルファス勢が回収すべきだ。それもこれも全部、ダークネスが一般人の生命や被害に頓着しないせい。喜美濃・前和(パペットドクター・d21221)は頬をゆがめるように笑った。
    「後始末も満足にできねぇとかホント、ダークネスは駄目駄目デス」
    「おまえの相手はこっち!」
     赤い布がことさら目立つ龍砕斧を振り回して三上・チモシー(牧草金魚・d03809)が叫ぶ。
     まろびつつも懸命に車を降り、あるいは歩道を引き返して逃げてゆく人の群れ。デモノイドを交差点から突破させないということ、それはそのまま逃げる一般人を背にして戦うということだった。

    ●Closing
     横薙ぎの地吹雪ビームに、デモノイドが大きく腕を振りかぶった。
     巨大な鉄槌のごとく振りおろされた拳を紙一重でかわし、エリアルは眉をひそめる。
    「その境遇には同情するけど……これから楽にしてあげるよ」
     デモノイドの『元』になったはずの人間。
     全員が、抗い、灼滅者として覚醒できるわけではないのだ。
    「デモノイド『製造工場』に命令電波、か」
     それはまるでラジコンで動くオモチャ扱い。ひとの命をなんだと思っている。本当に、人間をなんだと思っているのだ。
     ふつふつと煮えている思いを変換したかのようなあずみの戦艦斬りで、デモノイドのどこかの青い組織がちぎれ飛ぶ。
     そんな光景を眺めながら蓮太郎はふと自分が笑っていることに気付く。
     ――楽しい。
     そう、とても楽しい。やはり戦いは良いものだ。魂が心が満たされる。腹の底が熱くなって、何かが埋められるような気がする。
     理性でも勘でもなく、ただ身体に突き動かされたような蓮太郎のアッパーカットがデモノイドの巨体を揺らした。
     あらがう術を持たない一般人をこうして完膚なきまでに文字通り叩き潰し、蹂躙してまわる青い暴風。
    「駄目な奴は何をやっても駄ー目。なーんにも創れねぇ、デス。くだらねぇ」
     ライドキャリバー・救急車両を前に出し、前衛の被弾や後ろへの漏れをカバーさせつつ前和は夜霧隠れを展開する。戦況が安定するまで灯倭もまた霊犬・一惺に浄霊眼で回復の補助をさせるつもりだったが、包囲する形での4-2-2の構成にはまるで隙がない。
     血液か体液なのかはたまた別の何なのか、とろとろ液体がこぼれだしている腕を振り回してデモノイドは己が身にたかる人間を打ち払おうとする。運悪く歌菜が避けきれず真正面から喰らい吹っ飛びかけた。
    「十分+αの戦い、ねぇ……面白いじゃない? 早めに片付けば嬉しいのだけど」
     豪腕のデモノイドだ、クリーンヒットならばそれだけで体力のおおかたを持って行かれてしまう。それにも関わらず歌菜はぐいと流れ落ちる血を拭い、大見得を切った。
    「お前と私たち、どっちが長く立っていられるか勝負、よ! 悪いけど、負けるつもりないのよね、私」
    「ちょっとちょっと、こんな時によそ見している場合なのかな!」
     冬人の影業が鎖付きナイフの形状を成して伸び上がる。
     その先は傷を負っているはずのデモノイドの腕。
     別方向から突進してきたチモシーとすれちがうように、エリアルの放ったジグザグの軌跡がはじけた。それぞれが追い打ちをかけるかのように、ほぼ同時に各々の攻撃が決まる。
     すでに傷ついていたデモノイドの左腕が肩のところで千切れ飛んだ。苦悶の絶叫がびりびりと周囲のオフィスビルの窓ガラスを震わせる。
     デモノイドの激怒を反響するように。

    ●Crescent
     したたかに生暖かな体液を浴びた蓮太郎が顔をしかめる。
    「こういうのは、熱くなれんな」
     だがこの一撃で有利に立ったことは確実だ。もっとも、手負いの獣こそが一番危険な相手であるということも蓮太郎は承知している。
     そしてだからこそ、いっそう相手はこちらの隙を読むわずかばかりの思考すらも失われ、文字通り力にあかせて叩き潰しにくるだろう。
     動作が鈍くなってきたデモノイドに一瞬あずみは顔をゆがめた。
    「ここで終わらせる……これ以上あんたを『人間』から遠ざけさせやしねぇ」
     すでに起きてしまったことに、何故どうして、と問いかけたところで何も始まらない。流れた血は二度と戻らない。
     しかし彼らは間違いなく『人間』であったはずのなれの果て。
    「理性もなく、命令も忘れて破壊衝動のままっていうのは、なんだか少し……悲しい気がするね」
     灯倭は攻撃の手を緩めることなく呟く。
     ふと、今や侍従長デボネアの策に堕ち、デモノイドロードを名乗る友人の面影がその脳裏をよぎった。大切な友人。それが今は、海より深いものが間を隔てる。
     連絡が途絶えたその時から行方は気になっていたが、まず目の前の敵を排除する事だけを考えなければならない。
     デモノイドの創造主、人間の尊厳など何とも思わぬソロモンの悪魔。
     そしてそれをうまうまと利用する朱雀門。
     彼等の思惑通りに事を運ばせないためにもまず、目の前のことを一つ一つ解決していくしかない――朱雀門の全容がいまだ掴めない今は、まだ。
    「仕方が無いと割り切ったつもりだったけど……これ以上の犠牲は出させないよ!」
    「絶対に此処は通さねぇデス」
     前和とそのサーヴァントの支援を受けつつ果敢に立ち回るチモシーは一瞬、スクラップ同然、いや屑鉄同然にされた車列を見やった。
     もう駄目だ、そう表現されたのも理解できる。あんな厚みにされたら中の人間などひとたまりもない。せめて、最期の瞬間はむしろ苦痛も少なく一瞬であったことを祈るばかりだ。
     だからと言って、そのまま捨て置くつもりも彼にはない。まだ手に入れたばかりだが、自ら所有者を選ぶという剣に選ばれたのならば、なおのこと。
     腰だめに構えた長剣を、裂帛の気合いと共に振り抜く。白光を長く長く引いた斬撃はクリーンヒットとまでは行かなかったものの、その足元を的確に捉えた。
     まとわりついてくる灼滅者への苛立ち、体液をふりまく左肩の痛みもあるのか、デモノイドの凶暴さはエスカレートしてゆく。
    「さすが、頭を使ってないだけ力の出し方も桁違いだ」
     エリアルの言葉通り、傷つきながらも繰り出してくる怪力に、いつのまにやらアスファルトにはクレーターがいくつも穿たれていた。
    「まだまだ! お前の力はこんなもんじゃないでしょう!?」
     我に返れば、的確に癒されてはいるものの身体の内奥へのダメージは確実に積み上がりつつある。それでも歌菜は強気な笑顔を絶やさない。
     しかし、それももはや時間の問題。
     晴れ渡った夜空へ唐突にアラーム音が鳴り響く。頭から急激に血が引いていくような錯覚を覚えながら、あずみは自分の胸ポケットからスマホを引き抜いた。
     明滅するディスプレイが告げる事実に、血が逆流を起こした気すらする。
    「十分!」
     澄んだ夜空に浮かぶ月は、わらう口元の形。
     その笑みの主は恐らくデモノイドでも、ソロモンの悪魔でも、ヴァンパイアでもない。
     素早く周囲を見回して視界内に一般人が残っていないことを確認し、エリアルは一度大きく息をついた。セーブしていたつもりは元々ないが、色々な意味でのリミッターが解除されたとあれば、もはやあれこれ考えずに押すだけだ。
    「守るデス!」
     冬人の繰り出すサイキックが行動阻害から明確に攻めへシフトしたことを見て取り、前和は冬人の前へとサーヴァントをまわす。
     前和の周囲を滑空していた光輪が、まっすぐに前を示した指先に導かれデモノイドへ襲いかかった。チモシーの振るう龍砕斧を飾る赤布と、飛び散る青が激しいコントラストで踊り狂う。
    「もうそろそろ、いいんじゃないかな」

    ●Crossroad
     いっそ慈愛の笑みとも言えたかもしれない。
     長くのびた影を一度引き戻し、冬人は満身創痍のデモノイドを見上げた。痛かろう辛かろう。こんな風によってたかって倒されるなんて納得いかないと、そう思っているかもしれない。
    「――楽になっても」
     軽く振りかぶる手元には、赤黒く光る鎖尾のナイフ。それを叩きおろすようなモーションで放たれた一撃がデモノイドの半身を割り裂いた。
     滑るようにその懐へ潜り込んだ蓮太郎の、渾身の閃光百裂拳がさらにダメージを取り返しのつかない領域へと深める。それでも、ところどころ折れた牙が見える口を開いて何かを吠えようとしたデモノイドを、屹立する真紅の十字がアスファルトへと縫いとめた。
    「……」
     ギルティクロスを放った瞬間の姿勢のまま、エリアルは息を詰めてデモノイドが動き出さないのを待つ。
     凍りつくような、永遠のような数秒。
     やがて空を掴むがごとく差し上げられていた右腕が、轟音を立てて地に沈んだ。
     無意識のうちにほっと安堵の息を吐いた灯倭が周囲を見回す。
     すでに屑鉄だった十数台の車はもとより、怪力をもってデモノイドが暴れ回ってくれたおかげで散々だった。しかしそれ以外の被害は今こうして立っている灼滅者へのダメージ以外には存在しない。満足できる結果を伴った勝利と言っていいだろう。
     ふと歌菜が前和を見やると、アスファルトへ染みを広げているいくつかの車の前で口惜しげにうなだれていた。
    「……」
     確かに一人も倒れなかった。
     でも、斃れた人は確かにそこに、いたのだ。
    「ぜってぇ信じねぇデス……」
     ぽつりとその足元に落ちた丸い染みを、歌菜は見なかったことにする。
     差し伸べた手が間に合わず、斃れた人はいた。口惜しく、そして悲しいことだが灼滅者は万能でも全能でもない。
     それでも、少なくとも。
     今日ここで灼滅者が戦ったことにより救われた命は、確かに存在したのだ。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ