木更津デモノイド事件~放たれし悪意

    作者:日向環


     閉店時間が間近かに迫っている為か、アウトレットモールへは入っていく者より、出てくる者の方が多かった。
     夜の9時を回り、飲食店も閉店の時間だった。
     友人との楽しいディナーを終えた若いOLたちが、路線バスの乗り場へと急ぐ。
     その中の一人が、つと足を止めた。
    「どうしたの?」
     立ち止まった友人に気づき、隣を歩いていたOLが不思議そうに尋ねた。
    「何かしら、あれ……」
     立ち止まったOLは、道路で隔てられた向こう側を指し示した。
     夜の闇に紛れて、何か巨大なものが蠢いている。それは、ゆっくり、ゆっくりとこちらに向かって移動していた。
    「ねぇ! あれ、何だと思う?」
     立ち止まった友人に問い掛けたOLが、先をゆく友人たちを呼び止めた。その声に友人たちは足を止め、彼女が指し示す方向へと視線を向ける。
    「え!? 何、あれ」
    「ちょっとぉ! 熊じゃないの? 熊!」
    「あり得ないよ。だって、ここ木更津だよ?」
     通りをタクシーが通過した。ヘッドライトが、「それ」を照らし出す。
     3メートルはあろうかという巨大な体。不気味な青い肌。異形の怪物が、そこにいた。
    「きゃーーーーーっ!!」
     一人が悲鳴を上げた。
     異形の怪物が、こちらを見た。
    『オオオオオッ!!』
     夜空に向かって雄叫びをあげると、異形の怪物は道路に飛び出した。軽乗用車を腕の一振りで跳ね飛ばし、体当たりでタクシーを横転させると、クラクションを鳴らしながら突っ込んできたバスの屋根に飛び移った。
    『ゴオオオオオ……!!』
     異形の怪物は、バスの屋根にその野太い腕を突き立てた。


     急遽、集められた灼滅者たちを前にして、木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)はタブレットPCから情報を引き出す。
    「どうやら、アモンの遺産を手に入れたハルファス勢力が、木更津市にデモノイド工場を作っていたらしいのだ」
     みもざはプロジェクターを経由して、ホワイトボードに呼び出したデータを投影する。
    「依頼は、この工場の破壊ではないのだ。なぜなら、この工場は、既に朱雀門高校のヴァンパイアさんによって破壊されているのだ」
     この一大作戦に、朱雀門高校に加わったデモノイドロードたちも参加していたらしい。朱雀門高校は、この工場で作られたデモノイドも、彼らの戦力として加えるつもりだったようだ。
    「工場の破壊には成功したけど、ヴァンパイアさんたちが思っていた以上に、デモノイドがいたようなのだ」
     工場にいた全てのデモノイドを傘下に加えることができず、その結果として、多数のデモノイドが木更津市に解き放たれることになってしまったのだという。
    「ヴァンパイアさんたちも面倒なことをしてくれたのだ」
     みもざは溜息を吐いた。
    「みんなに向かって欲しいのは、このアウトレットモールなのだ。担当は、この辺りなのだ」
     みもざは、ホワイトボードに映し出されているアウトレットモール周辺の地図の一画を、レーザーポインターで示した。東京湾側だ。
    「夜の9時を少し回ったころに、この付近にデモノイドがやってくるのだ。不運にもお食事帰りのOLさんが発見して騒ぎになり、そのあと大惨事になってしまうのだ。なので、その前にデモノイドと接触して灼滅して欲しいのだ」
     時間前にこの付近に陣取り、デモノイドを待ち構えるのが、最も効率が良いという。
    「幾つかの班に分かれて付近を捜索する方法もなくはないけど、合流までに時間がかかるだろうしね。デモノイド相手に少人数で戦うのは危険なのだ」
     デモノイドは1体で、灼滅者8人分くらいの戦力を有している。部の悪い賭けはすべきではない。
    「営業時間が過ぎているとはいえ、まだお客さんが大勢残っているから、何としてでもデモノイドを食い止めるのだ。健闘を祈るのだ!」
     みもざは灼滅者たちを激励し、送り出すのだった。


    参加者
    風雅・月媛(史上最大の魔女ニャンドーラ・d00155)
    長谷川・邦彦(魔剣の管理者・d01287)
    神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    天羽・冬希(ふゆくらげ・d03260)
    結城・真宵(轟け女子高生・d03578)
    フーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)
    夏渚・旱(無花果・d17596)

    ■リプレイ


    「やれやれ、ダークネス同士で勢力争いをするのはよいが、見通しの甘いヴァンパイアじゃのぅ」
     周囲を確認するようにくるりと回転した後、神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)は小さく肩を竦めた。
     夜の闇の中にあって、仄かな灯りに包まれるアウトレットモールは、そこだけが別世界のように浮き上がって見えた。
     時刻は21時。ショップの閉店から遅れること1時間。飲食店の営業も終了する時間だ。
    「……一般人が寄ってこないようにすれば、青モップを掃除するだけの簡単なお仕事ね」
     暗がりから風雅・月媛(史上最大の魔女ニャンドーラ・d00155)の声が聞こえた。どこにいるのかと首を巡らせたら、以外と近くにいることが分かった。ふだんと変わらぬ黒猫紳士は、その姿ゆえ、闇の中に溶け込んでしまっているだけだった。
    (「なにやら「将が少ないらしい」との噂も聞くところじゃが、今回の1件を見るに事実やも知れぬ」)
     美沙は、小耳に挟んだ噂に思考を向ける。此度の事件は、ヴァンパイアの後始末。他の勢力同士が争うのは勝手だが、その事後処理を自分たちがやらねばならないのは、どうも納得がいかない。
    「吸血鬼共の後始末とは、腹立たしい話ですが……」
     足下にランプを置きながら、フーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)が言った。
    「無辜の民草を巻き込む訳にも行かず、ですね」
    「ともあれ、この状況は何とかせねばな」
     フーリエの言葉に首肯し、溜息交じりに美沙は呟く。つと顔を上げると、持参したランタンを設置して回っていた長谷川・邦彦(魔剣の管理者・d01287)が戻ってくる姿が目に入った。
    「まだけっこう人いるねー」
     アウトレットモールの方を眺めていた結城・真宵(轟け女子高生・d03578)が言った。閉店間際とは言っても、まだまだ人の数は多い。
    「無事に帰ってゆっくり寝たいなー」
     ちょっと眠たそうに欠伸をした。
     夏渚・旱(無花果・d17596)と姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)がライトの確認をしていると、東京湾側から何やら得体の知れない気配を感じた。
    「……きたみたいです」
     旱は前方の闇を凝視する。
     夜の闇に紛れて、巨大な体躯を持つ何かが、こちらに向かって近寄ってくる。
     真っ直ぐ一直線に……というわけでなく、うろうろと彷徨い歩いているような感じだ。
     各員が配置に付く。
     事前の予測では、この後食事帰りのOLたちがこの付近にやってくるらしい。彼女たちが「あれ」と接触する前に、作戦を開始しなければならない。
     巨大な体躯をしたそれ――デモノイドが、こちらに気付いた。
    「OLさん達が楽しい気分のまま帰れるよーに、バシッと灼滅しないとねー」
     天羽・冬希(ふゆくらげ・d03260)は、腰に吊したランプのスイッチを入れた。


    『オオオ……!!』
     一斉に点灯した灯りに、デモノイドが反応した。咆哮をあげ、突進してきた。
    「おそらくは何も知らされぬまま、意によらずに魔術儀式を施され、そのような姿に……酷いですよね……酷すぎますよね……」
     セカイがそっと目を伏せる。デモノイドは、ソロモンの悪魔「アモン」により創造されたダークネス種族だ。元は、魂に眠るダークネスを「デモノイド寄生体」に変異させる魔術儀式を受けた一般人である。言わば、彼らは犠牲者なのだ。だが、その姿から救うことは叶わず、「解放」してやることしかできない自分に対し、憤りさえ感じる。
    「貴方をここで暴れさせるわけにはいきません。……救う事の出来ないわたくしを恨んでくれていいですよ……ごめんなさい」
    「行くぞ」
     フーリエが体から殺気を放つ。これで、一般人は近寄ってこないはずだ。万が一の保険で、邦彦とセカイが「王者の風」を準備している。対策は充分だ。
    「♪ドドララドドララ……」
     不思議な歌を口ずさみながら、闇に紛れた黒猫紳士が、ふらふらっと前方に躍り出る。
    「御しきれぬ戦力を放置か。暴れるばかりのケダモノを解き放つとは迷惑千万な話じゃ」
     美沙のクルセイドソードが、破邪の白光を放つ。
    「お前が来て良い場所じゃ無いんだよ!」
     邦彦は左手で日本刀の刀身を撫でる様な仕草をすると、上段に構え直して大きく踏み込む。重い斬撃が、デモノイドの右腕に襲い掛かった。
    『ぐうううっ』
     2人の攻撃は直撃は、デモノイドの右腕の皮膚を削り取る。
     直後、黒い影が宙を舞った。美沙と邦彦が仕掛けている間に、死角へと回り込んだ黒猫紳士のティアーズリッパーだ。
    『があっ』
     背中を斬り裂かれ、デモノイドが苦しみ悶える。
    「ちょっとと言わず、灼滅されるまで付き合ってねー?」
     畳み掛けるように、冬希がクルセイドスラッシュを見舞う。真宵と旱が続く。
     フーリエがヴァンパイアの魔力を宿した霧を発生させ、前に立つ者たちの力を底上げした。
    『ゴオオオ……!!』
     デモノイドが吠えた。振り上げた腕が、唸りを上げて黒猫紳士の顔面に直撃する。
    「風雅さん……!?」
     セカイは一瞬、我が目を疑った。強烈な一撃を食らった黒猫紳士の頭が、胴体から吹っ飛んだからだ。
    「ちょっ!?」
     真宵も慌てて、地面を転がる頭を目で追う。
    「風雅!! ……って、あれ?」
     転がっていく頭を、胴体が追い掛けている。
     追い付いた。
     拾い上げて、何事もなかったかのように元の位置に戻す。
    『青モップの分際で……!!』
     猫の尻尾が巻き付いている大漁旗の文字が、怒りの色に染まった。
    「……」
     一同、取り敢えず今のは見なかったことにした。
     気を取り直して、仕切り直す。
    『グオオオオ……』
     さすがデモノイド。空気を読むことを知らない。1人仕留めたと勘違いし、歓喜の咆哮をあげている。
    「高い戦闘理論の相手も厄介じゃが、こうした単純な暴力も迷いがない分、面倒じゃな……!」
     美沙が苦笑した。
    「あ、そういえばデモノイドと戦うの初めてな気がするなぁ」
     冬希が思い出したように呟く。だが、相手が誰であろうと、今までのように灼滅するのみだ。
     その時、アウトレットモールに変化があった。閉店の時刻が過ぎ、幾つかの電飾が消灯したのだ。
     デモノイドが、アウトレットモールの存在に気付いた。


    『グウ……』
     デモノイドが体を巡らす。アウトレットモールに向かって足を踏み出した。
    「そっちは駄目です!」
     旱がデモノイドの足を止めようと、その野太い足を狙ってウロボロスブレイドを伸ばした。伸びた刀身は獲物を狙う蛇の如く、デモノイドの足に絡み付くが、その進行を妨げるには至らない。
    「そっちじゃなくて、こっちー!」
     冬希がデモノイドの進行方向に回り込んだ。行く手を遮るため、その場に立ちはだかる。
    『ゴオッ』
     邪魔者を排除しようと、デモノイドが腕を振り回す。巨大な刃が、冬希の防具を切り裂き、肉体へ到達する。
    「くっ」
     激痛が全身を襲ったが、この場を譲るわけにはいかない。
    「こんな状況下で分の悪い賭けはしたくないわな」
     自分たちから遠ざかるように、アウトレットモールへ向かおうとしたデモノイドに対し、邦彦がレーヴァテインで突っ込む。激しい炎が、宵闇を照らす。
    「やられたらやり返すわ!」
     黒猫紳士が、巨大な鮪をぶん回した。生きの良い鮪が、デモノイドの鼻っ面にクリーンヒット。人間ならトラウマものだ。
    『グゥゥゥ……』
     デモノイドは鼻を押さえ、苦悶の声を漏らす。
     直後に美沙が肉薄し、フォースブレイクを叩き込んだ。
     足を止めたデモノイドを、真宵の放った影が捕らえる。
    『グオオオオオオオ!!』
     怒り狂い、デモノイドは暴れ回る。巨大な腕が邦彦を襲う。
    「!」
     舞を舞うがの如く、流れるような動きでその一撃を躱す。
    「……御身が無念、啜ってでも……私は此の歩みを止めはしないッ!」
     入れ替わるように前に飛び出し、フーリエが叩き込むは閃光百裂拳。右手指に血霧を纏わせ、目にも留まらぬ連打をお見舞いした。
     デモノイドは尚も反撃してくる。しかし、弱ってきているのも分かる。動きに当初のキレがない。
     それでも、一撃の威力が衰えているわけではない。
     だが、回復役を一手に担っているセカイも奮戦している。彼女の紡ぐ唄が、味方に勇気を与えていた。
     大丈夫です。わたくしがみなさんをお守りします。
     言葉はなくとも、セカイの想いは伝わってくる。
     デモノイドの動きが鈍る。あと一息だ。
    「今度は冷たいやつ行くよー」
     冬希の放った妖冷弾が、デモノイドの胸部を直撃する。
     黒猫紳士が、鮪を力一杯振り下ろす。
    「ふん、どれだけ身体能力が高かろうとも、我らには背負っておるものがあるのでな。覚悟を決めてもらうぞ!」
     後を引き取った美沙が、クルセイドスラッシュが青い皮膚を裂いた。
    『ガアアア!!』
     デモノイドは悲鳴をあげ、闇雲に腕を振り回す。しかし、そんな攻撃をまともに食らうほど、灼滅者たちは疲れきってはいない。
    「……時計の針は戻らない。故に化物としてで無く、その腕を朱に染めぬうちに、人として眠られよ」
     鮮血を纏ったフーリエのオーラが、デモノイドの体力を強引に奪い取る。
    「これで終わりです……!」
     ウロボロスブレイドを飲み込んだ旱の腕が、巨大な砲台に変わる。打ち出された死の光線が、デモノイドの体に吸い込まれていく。
     肉体が崩壊していく。皮膚がぐずぐずと泡立ち、溶け落ちる。
    『……ぉ……ぉ』
     声にならない悲鳴をあげ、異形の怪物は苦しみ悶え、のた打ち回った。
     見るに堪えなかったのか、セカイが思わず目を背ける。
     邦彦が、ゆっくりと日本刀を振り上げた。
    「お命頂戴!!」
     デモノイドの首筋を目掛けて、刀を振り下ろした。


     辺りは、夜の静けさを取り戻していた。
     空港から飛び立った飛行機が、幾つかの光を点滅させながら遠ざかっていく。
    「(わたしは偶然、灼滅者になる素養があっただけ。 ひとつ間違えば、ここで暴れていたのはわたしかもしれない)」
     つい先程まで、デモノイドが立っていた場所を旱は見つめていた。彼だったのか、彼女だったのか、大人だったのか、子供だったのか、知る手だてはもうない。
    「戦う力無き民を巻き込むなど戦を穢すか吸血鬼共が!」
     フーリエが言葉を吐き捨てる。戦場とは、戦士の居場所。どのような理由があれ、デモノイドを放置した吸血鬼が許せなかった。それによる被害が出る事が赦せなかった。
    「いま各地に現れている個体に加えて朱雀門高校が確保したデモノイドの軍勢……一体『工場』にはどれだけの犠牲者がいたのでしょう。 デモノイドを造り出したソロモンの悪魔達も、戦力として利用しようとする朱雀門の人たちも、絶対に許せませんッ!」
     セカイの頬を一筋の涙が伝う。目の前で、儚く散っていったデモノイドに、そして、武蔵坂学園の灼滅者たちの手によって、各地で倒されているであろう青き犠牲者たちに、セカイは救ってあげられなかった事を涙と共に懺悔する。
     戦いの痕跡を消していた邦彦が、仲間たちに帰還を促す。
     美沙は扇子を広げて、戦いで火照った頬に風を送りながら、優雅に踵を返した。
    「ウィンドショッピングもできないのか。はぁ」
     目の前にアウトレットモールがあるというのに、今回はショッピングはお預けのようだ。真宵は残念そうに肩を落とした。
    「戦ったらお腹空いたなぁ。何かあったかい物買って帰ろーっと」
     冬希は両手を組んで頭の後ろに回すと、回れ右をする。
     月媛は、そっとランプの灯を消した。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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