蒼の残滓と黒き獣

    作者:緋月シン

    ●蒼の残党
     とある山中。月光が照らすその中で、八つの人影が向かい合っていた。
    「さて、包囲も完了したしもう逃げられないよ」
    「どうして裏切ったか聞かせてもらうぜっ」
     より正確に言うならば、二つの影を残りの六つが取り囲んでいる状況だ。険しい顔付きの二つを、逃がさぬように警戒しながら残りの六つが周囲を囲んでいる。
    「もうっ、そんな喧嘩腰じゃだめなんだよ! 今は皆で協力して頑張らなきゃならないんだから!」
     ただ剣呑な雰囲気が流れているかというと、そういうわけでもない。少なくとも取り囲んでいる側には、そういったものは見受けられなかった。
    「大丈夫、みんな本当は怒ってないよ。今ならみんなも許してくれるから、だから一緒に帰ろう」
    「ま、罰として掃除一ヶ月ぐらいは覚悟してもらうけどな」
     というのも、彼らは元々仲間であった。
     いや、少なくとも取り囲んでいる側は今も仲間だと思っている。だからこそ裏切り逃げ出した二人を、それでもこうして説得しようとしているのだ。
     だが。
    「はっ、蒼の王はもう灼滅されたんだよ。今は白の王の時代なのさ。お前達こそ、俺達に頭を下げて白の王勢力に入れて欲しいって頼むんなら今のうちだぜ?」
    「そもそも俺達がこんな立場に追い込まれたのも、蒼の王を滅ぼした武蔵坂のせいだろうが。そんな奴らとなぁなぁで付き合ってるお前達の方がおかしいんだよ!」
     返って来た言葉は、期待していたものではなかった。ある意味予想通りではあったものの、それでも落胆は隠せない。六つの溜息が重なった。
     さて、そんな彼らではあるが、その正体は人ではない。身体の一部が水晶化していることからも分かる通り、その種族はダークネス――ノーライフキングだ。
     しかしその中にあって、一人だけ例外が居た。今の言葉を聞き、仕方なさげに戦闘態勢を取った少年は、ノーライフキングどころかダークネスですらない。
     その手に持つのはウロボロスブレイド。灼滅者。
     紫堂恭也である。
    「仕方がない。隠れ家に連れ帰ってから話をするぞ」
     それに合わせるように、残りの五人も構える。
    「多少痛いだろうけど、我慢しろよ」
    「しょうがないね……。でも、みんなで話せばきっと分かってくれるよね。だから、まずは連れて行くよ」
     単純に考えて、二倍以上の戦力比だ。しかも取り囲んでいるために、相手は逃げることも出来ない。
     それが分かっているからこそ彼らは悠長に説得を行なうことも出来たのであるし、それは相手も理解しているはずである。
     だがそれを見て、二人は笑い出した。それも、バカにするように、だ。
    「俺達が何も考えずに、ここまで逃げてきたと思っていたのか?」
    「白の王セイメイ様の使いは、もうここまで来てるのさ!」
     それを合図としたかのように、その場に突如黒い影が現れた。出現と同時にそれは膨れ上がり、黒い獣のような姿となる。
     ――その身体に浮かび上がったマーク。それを知っている者が目にしていたならば、その種族が何であるか一目で理解しただろう。
     しかし恭也達はそれを確認する暇もなく、反応すら出来ずに。軽々と薙ぎ払われたのだった。

    ●より良い未来を掴む為
    「靴司田・蕪郎(靴下は死んでも手放しません・d14752)が危惧していた事件が現実になってしまったわ」
     四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)は皆が揃ったのを確認すると、そう言って話を切り出した。
     どうやら事件を起こすことなく静かに暮らしていた、蒼の王配下のノーライフキング達に動きがあったらしい。
    「蒼の王残党のノーライフキングの一部が、白の王セイメイの呼びかけに応えて白の王に寝返った、というのが発端ね。そしてそれを追跡した蒼の王の残党達が、白の王セイメイの仲間らしいシャドウによって壊滅させられてしまうわ」
     ダークネス同士の争いなので、本来ならば介入するべきではないのかもしれない。
     だが放置すれば、壊滅させられた蒼の王の配下達がそのまま白の王の勢力に取り込まれ、白の王軍が強大化してしまうという危険がある。
    「それを避けるためにも、穏健派である蒼の王配下のノーライフキング達を救援して欲しいの」
     相手は蒼の王の残党であるが、そこに居るのはノーライフキングだけではない。
    「紫堂恭也、といえば知っている人も居るかしら? ええ、彼も加わっているようだから、蒼の王の残党に対してはある程度話が通じるでしょうね」
     もっともあくまでもある程度、だ。こちらの話を無条件に信じ、従ってくれるわけではない。
     話をする場合は十分に注意した方がいいだろう。
    「私が予知した通りに事が進むのならば、紫堂恭也達は六人で裏切ったノーライフキング二名を取り囲んだ状態になるわ。けれど」
     問題なのはそこから先だ。圧倒的有利だったはずの恭也達だが、その後裏切ったノーライフキングの側に強力なシャドウが加勢し、結果的に敗北してしまうのである。
    「これを防ぐためには、幾つかの方法が考えられるわ」
     まず前提として、裏切り者とそれを追跡する恭也達が今何処にいるのかは判らない。
    「けれど裏切り者を追い詰める場所は判っているから、事件が起こる前にその場所に潜伏していれば、裏切り者達がやってきた所を奇襲する事も可能よ」
     奇襲により裏切り者の二名のノーライフキングを灼滅すれば、シャドウの襲撃を未然に防ぐことができる可能性が高い。
     仮に現れたとしても、二名の裏切り者が先に灼滅された状態ならば、恭也達が簡単に敗れる事は無いだろう。
    「ただしこの状況は、自分達が説得して連れ戻そうとしている仲間を、武蔵坂の灼滅者が問答無用で灼滅してしまった、というようにも相手からは見えるわ。それを彼らがどう思うかだけれど……」
     彼らは未来を知る事は出来ない為、仲間の仇として襲い掛かってくる可能性が高いだろう。
    「でもそこを上手く説得して、裏切り者の事は諦めてすぐにこの場から撤退するようにする、という手もあるわ。もっともどうすれば信じてもらえるかは分からないけれど」
     だが成功すれば、強力なシャドウに倒されるという未来を変えることができるはずだ。
    「或いは、予知の通りにシャドウが出現した後、紫堂恭也達に加勢するという方法もあるけれども……加勢したからといって勝てるとは限らないという問題があるわ」
     彼らがいきなり現れた灼滅者を信用し、連携して戦ってくれるのならば勝機は見いだせるかもしれない。だが逆に信用を得られなかった場合は、灼滅者を囮にして撤退してしまう危険すらある。
    「どの方法も一長一短があり、何が優れているという事は無いわ。どれを選ぶのか……それとも、どれも選ばないのか。それは、あなた達次第」
     だが、それでも。
    「あなた達ならば、きっと話し合うことでより良い未来を掴める筈よ。期待しているわ」
     そう言って、鏡華は話を締め括ったのだった。


    参加者
    風雅・晶(陰陽交叉・d00066)
    鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)
    安土・香艶(メルカバ・d06302)
    天神・ウルル(イミテーション・d08820)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    靴司田・蕪郎(靴下は死んでも手放しません・d14752)
    シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)
    リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)

    ■リプレイ

    ●奇襲
    「ソォォォォックス、ダイナマイツッ!」
    「マジピュア・ウェイクアップ!」
     件の裏切り者だろう屍王が現れた瞬間。灼滅者達は一斉に動き出していた。
     その先頭を行くのは靴司田・蕪郎(靴下は死んでも手放しません・d14752)だ。スレイヤーカードの解放と同時、眩い光に包まれたその姿は、光が収まった時には既に臨戦態勢を取っている。
     全裸にムタンガを着用し、頭と足には靴下。いつも通りの姿であるが、今回はさらにバニー耳のカチューシャ付きだ。本人曰く可愛いそれは、当然の如くうさ耳部分が靴下で出来ている。
     裏切り者二体が目を見開き驚いたのは、果たして予期せぬ乱入者達にか、或いはその姿にか。
     しかし二体が正気を取り戻すのよりも、白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)が行動を起こす方が早い。
    「平穏な暮らしを望む皆を裏切り、自身の力を好き勝手に振るおうとする。そんな真似はこのピュア・ホワイトが許しません!」
     言葉と共に放たれたのは、魔術により引き起こされた雷。手前に居た方を雷が貫き、畳み掛けるように影が襲う。
     その影の名は双奏和音【ジェミニッシュコード】。リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)の動きに併せて動くそれが、敵の身体に絡み付き捕縛する。
     直後にそこに繰り出されたのは、白光を放つ斬撃だ。
     恭也達を取り込ませたりはしない、守り切ると強く胸に秘めながら。守るためにも、攻めの姿勢で。
     飛び込んだシグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)が、己の肉体を強化しながら斬り裂いた。
    「俺が言えた義理じゃねぇけど、穏やかに暮らせるって結構大事な事だと思うぜ?」
     休む間もなく、再びの言葉と雷。ただし今度の雷は、拳に纏われている。
     安土・香艶(メルカバ・d06302)だ。
     蕪郎がSocks・Pistolsで殴り飛ばし、そのナノナノみずむしちゃんの追撃。それによってがら空きとなった顎へと向かい、拳が振るわれる。
     無防備となったその身体に、かわす術はない。
     振り抜いた。
     顎を撃ち抜かれた身体が宙を舞うが、風雅・晶(陰陽交叉・d00066)はそちらへは目もくれなかった。何故ならば、晶の役目は相手を逃がさないようにすることだからである。
     そしてこの場に居る屍王は、一体のみではない。
     故に。
    「絡みとれ、久穿」
     振るうのは左手。小太刀状の蛇剣――久穿。
     その黒い刀身が分かたれ伸びる先に居るのは、もう一体の屍王だ。その身へと巻き付くと、斬り裂きながら動きを封じる。
     そこへ飛び込んでいたのは天神・ウルル(イミテーション・d08820)。オーラを収束させた拳を叩き込むと、その身体を人影の居る方へと放り投げるようにして振り抜いた。
     自らの方へと飛んできたそれを、鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)が迎え撃つ。怒りの日によって覆われたその身体より繰り出されるのは、その拳。
     殴りつけた瞬間に網状の霊力を放出し敵を縛りながら、そのまま地面へと叩き付けた。

    ●蒼の残滓
     端的に結論を述べるのならば、おそらくは最初の奇襲が全てだった。
     敵はダークネス二体であるものの、通常のそれに比べれば弱い。それでもまともに戦っていれば相手の方が有利であっただろうが、奇襲による一斉攻撃を受けたことにより形勢は逆転していた。
     さらにそれらは逃亡者だ。時間が経てば経つほどに、自分達が不利な状況に追い込まれる可能性が高くなるのを知っている。
     つまりは、追っ手に追いつかれるということだ。
     もっともどちらにせよ彼らはここで追いつかれることになるのだが、それを知るのはエクスブレインによって未来を予測した結果を知る灼滅者達だけである。
     だからこそ。
    「あんたらの目論見は知れてんのよ。大人しくした方が身の為よ」
     カンナの放ったその言葉が、ある意味で止めとなった。
     自分達のことを知る灼滅者集団。彼らは、生憎とそのような存在に心当たりがある。
     決断は早かった。
    「グレイズモンキーさまー! 助けてくださいー!」
     叫んだその名は、灼滅者達にとって覚えのないものである。しかしそれが何を指す名であるのかは、即座に理解した。
     この状況で目の前のそれらが助けを求めるものといったら、一つしかない。
     だが。
    「……これはどういう状況だ?」
     運悪く。或いは、運良く。
     ソレが現れるのよりも先に、彼らが現れた。
     先頭に一人の灼滅者。その後方に五体の屍王。
     紫堂恭也達である。
     しかし事情を説明している暇はなかった。と、いうよりは、その時には既に灼滅者達は動き出した後だった、と言うべきか。
     直後、その場に闇が溢れる。
     だが闇が形を成すよりも先に、灼滅者達は行動を開始している。向かった先は、裏切り者の屍王二体だ。
     まさか構わず自分達に向かってくると思ってはいなかったのか、驚き固まる裏切り者達に、しかし灼滅者達は容赦しない。
     接近と同時、晶が振るったのは右腕だ。そこに握られているのは、鎬に白い筋の通った青黒い刀身の小太刀――肉喰。
    「疾走れ、雷より疾く」
     上段より振り下ろされたそれが振り抜かれた瞬間、続くように黒の十字架が襲い掛かる。
     それはカンナの足元より伸びる影――御影。直後、灼滅しないよう言い含められていたカンナのライドキャリバーであるハヤテが、それまでの分とでも言わんばかりに機銃を叩き込んだ。
     勿論敵とてただやられるばかりではない。何しろこの場を凌げさえすれば、自分達は安全に逃げ切れるのである。
     敵の一人より黒色の光が放たれ、しかしそれは香艶によって受け流された。
     そしてその動きは、そのまま攻撃のそれへと繋がる。その手に握られているのは、八頭八尾の大蛇の名を冠する槍――八岐大蛇。
     螺旋の如き捻りを加えられて突き出された一撃が、敵を貫いた。
     崩れ行く敵へと、先ほどまでならば追撃は行なわれなかっただろう。だが既にその手加減は必要ない。
     赤と黒のエナジーが二重螺旋を描く円塔状の剣。ウルルの手に握られたそれが、振り下ろされる。
     そしてそれは途中で止まることなく、真下へと。その首を、断ち切った。
     これで残るは一つ。
     シグマの足元より伸びるのは、紫黒にゆらめく影。異形の手を象ったそれが、敵を殴り飛ばす。
     引きずり出されたトラウマとは、一体どのようなものであったのか。
     だがそれを確認する間もなく、ジュンより両手に集中させたオーラが放出された。さらにそれに合わせ振り下ろされるのは、蕪郎の靴下斧。
     身体を斜めに斬り裂かれふらつくその足が、しかし唐突に止まる。否、動かせなくなったのだ。
     気が付けば、足首より先が凍りついている。それはリアナの放った死の魔法。
     さらにそれはそれだけでは終わらず、だが既に限界近い敵に、それを食い止める術はない。
     足首より太もも。太ももより腰。腰より肩。
     頭。
     そして。
     全身が凍り付いた直後。それは粉々に砕け散った。

    ●黒き獣
     闇が獣を形取った時、灼滅者達は既に撤退準備に入っていた。
    「久しぶりね」
     そんな中、恭也へと話しかけたのはカンナである。
     実際に会うのは久しぶりであるのだが、それを向こうが覚えているかどうかは話が別だ。だからその言葉には、反応を伺うといった意味もあった。
    「廃校ではどーも。っつっても覚えてないかもだけどな」
     同じように香艶も話しかけるが、こちらが会ったのは割と最近である。とはいえそれでもやはり、覚えているかは分からない。
     結論を言ってしまえば、恭也は双方共に覚えていた。だが再会を喜ぶような間柄ではないし、恭也はそういう性格でもない。
     それに何より、そもそもそれが許されるような状況ではなかった。
    「ああ。色々と聞きたい事はあるが……そんな状況ではなさそうだな」
     獣が動いたのは、その言葉の直後だ。
     状況は分からずとも、それが自分達に敵意を向けているのは分かる。咄嗟に構える恭也達であるが、それよりも早くリアナが動いていた。
     足元より伸びる影を壁のように広げ、相手の視界を塞ぐ。まともに戦うつもりは無い。あくまでも目的は皆が逃げるまでの時間稼ぎだ。
    「制限付きの追っ手なんて随分頭悪いですね」
     挑発も交えながら、走り回り攪乱する。
     相変わらず掴めない状況の中、それでも相手が自分達へと敵意を向けているのだけは確かである。ならばこそ、それを排除しようとするのは当然の流れだろう。
     続くように恭也達も動こうとし、しかしそれをカンナ達が押し留める。
    「待った。アレの狙いはあなた達よ。ここは一先ず逃げた方がいいわ」
    「言いたいこともあるだろうけどな、とりあえず俺達と一緒に逃げてくれ」
    「ここは私達に任せて避難を!」
     言うや否や、ジュンが足止めのために飛び出した。
     既に動いていたウルルと合わせ、その場に残るのは三人。そこにカンナのハヤテも加えたものが、足止め役だ。
     その姿を横目に、撤退の為蕪郎とシグマが一歩後方へと向けて足を踏み出す。
    「こちらも伝えたいことはございますし、文句などはその時に一緒に聞きましょう」
    「行こうぜ。先導は俺達に任せろ」
     恭也はその言葉に何事かを考えていた様子であったが、やがてこちらへと視線を向けると頷いた。
    「……分かった、任せる。お前達も、とりあえず我慢してくれ」
     後半の言葉は後ろに居る者達へと向けたものであったが、そちらも渋々といった様子ではあるものの頷く。
     そして決まれば後は早い。というよりは、のんびりしていられる余裕が無いと言うべきか。
     先導を蕪郎とシグマが、後方より晶とカンナ、香艶がフォローしつつ動き出す。
     ここまで来た時と同じように隠された森の小路を使いながら、早々にその場を後にした。

     離脱していく皆を背中に感じながら、ウルルは握り締める拳に力を込めた。
     そこに緊張や気負いはない。というよりは、正直その状況は望むところですらあった。
     ウルルが望んでいるのは、強くなることだ。未知数の敵ならば、相手として不足はない。
     理由はなんでもいい。手に入れたいものがあるから。もう一度強さの究極に到る為に。
     その必要があるならば。
     ――闇だって堕ちてみせる。
     その為にここにいる。
     が、今回は果たすべき役割がある。それを違えるつもりもなかった。
     ジュンがご当地ビームを放つのに合わせ、敵の懐へと飛び込む。そのままその身体を掴むと、地面へと叩き付けた。
     ダメージを与えるためというよりは、その場から移動させないためである。
     離れた直後、そこを襲うのはリアナの影。絡み付き縛り付け、しかし立ち上がったそれにより容易に引き千切られた。
     そして一瞬の後、その姿が掻き消える。
     否、それはただその動きを捉えきれなかっただけのこと。リアナが気付いた時には、既にその漆黒は眼前へと迫っていた。
     だがその直前、ハヤテがその間に割り込む。その身を以って攻撃を防ぎ――轟音を立てながら吹き飛んだ。
     地面へと思い切り叩きつけられたハヤテは、そのまま起き上がることなく消滅する。
     それは相手の攻撃の強力さを見せ付けるものであったが、それで彼女達が警戒するようなことはない。何故ならば、そのようなことは分かりきっていたことだからだ。
     警戒など、それこそ現れる前からしている。
     それでも臆すことなく、前に出た。
     そうして適度な攻撃と防御、回復を織り交ぜながら、只管に時間を稼いでいく。
     とはいえ実際にはそう長い時間ではない。彼女達の主観的にはどうだったかは分からないが、経過したそれは僅かに数分。
     とうに仲間達の姿無く、そろそろその役目も必要がなくなる頃だ。
     それに限界も近かった。三人の中に傷ついていない者はなく、全員があと一撃でももらえば戦闘不能になりかねない有様である。
     決断は全員が同時に。互いに目配せを交し合うと、まずはジュンとリアナがその場を離脱した。
     逆にウルルは近寄ると、素早くその身体を掴み再び地面へと叩き込む。
     そして起き上がるまでの僅かな間を使い、全力で後退する。
     離脱した。
     すぐさま起き上がったシャドウは遠ざかっていく背中を眺めていたものの、追う事はない。
     やがてその姿が見えなくなる頃、シャドウの輪郭も崩れただの闇へと戻っていく。
     そして、消えた。
     そのさらに数分後。何の気配もしなくなったその場から少し離れた木陰。
     猫と蛇に変身し隠れていたジュンとリアナの口から、そっと安堵の息が吐き出されるのだった。

    ●不確かな未来
    「武蔵坂学園には恩があり、信頼してもいる。だから何も言わずに撤退したが、目の前で仲間を殺された者は納得しないだろう。……すまないが、ここで別れさせてもらう」
     山の麓まで無事辿り着いた時のことである。
     恭也より唐突にその言葉を伝えられた灼滅者達は、しかし特に反論をしなかった。
     あの状況ではそうなるだろうことを理解しながらも、灼滅することを選択したのだ。その反応は当たり前のものであり、むしろ戦闘を仕掛けられないだけでも十分過ぎる対応である。
    「まあ仕方ないわね」
    「そうでございますね。ただ、一つだけ。確証はございませんが、朱雀門高校も蒼の王の残党勢力獲得に動いているとのことです。ご注意を」
    「ああ、最近朱雀門に掴まったヤツが無事帰ってきてな。そいつ曰く、朱雀門が勢力拡大の為にお前らを狙ってるらしい。早く帰って仲間に伝えてやれ」
    「……忠告と受け取っておこう」
     そうして、灼滅者達をその場に残し、不服そうな、ともすれば剣呑とも取れる視線をこちらに向けてくる屍王達と共に、恭也は去っていった。
     その後姿を見送るでもなく眺めながら、誰かの口より自然と溜息が零れる。
     未来を知る自分達と、それを知らない恭也達。その認識の違いを感じずにはいられなかった。
    「俺達は最善を尽くしたが……サイキックアブソーバーの予知を知らなければ、俺達の行動に疑問を持つのも不思議では無い、か」
    「そうだな。その結果、誤解される事もあるだろうな……」
    「ですが、命さえあれば理解してもらえる筈だと思いマァス」
    「ええ。それに未来を知っているのに、誤解を恐れて仲間を危険に晒すわけにはいきませんでしたし」
    「そうね。救える相手は、救いたいもの」
     結果はこうなってしまったが、やろうとしたことに間違いはなかった。
     だからこそ、いつかはきっとその誤解が解けることもあるだろう。少なくとも今回助けなければ、誤解どころかもっと酷いことになっていたかもしれないのだから。
     せめて最後の助言を聞き入れてくれることを祈りつつ。苦い思いはあれど、胸を張って。
     灼滅者達は恭也達の背中が小さくなっていくのを、ジッと見詰めていたのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 61/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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