木更津デモノイド事件~夜の闇に紛れて

    作者:悠久

    ●千葉県木更津市、某所。
     午後9時を過ぎた頃。
     住宅街の中にある小さな学習塾では、授業を終えた子供達が帰路に着こうとしていた。
     帰り支度を終え、建物の外に出た子供達を、迎えに来た保護者が出迎える。
     そんなありふれた風景を一変させたのは、1人の少年の言葉がきっかけだった。
    「ママ……あそこ、なにかいるよ……?」
     我が子の指し示した先を見て、母親は引きつった悲鳴を漏らす。
     交差点の暗がりから現れたのは、青き異形の巨躯――デモノイド。
     鈍重に歩みを進めるそれは、ぎょろぎょろと周囲を見回し、何かを探している風にも見える。
     だが、その出現に気付いた人々が次々と悲鳴を上げると、デモノイドは彼らへ興味の矛先を変えた。
     大気を揺るがす咆哮と共に、青い巨体が怯える人々へと突進する。
     頑強な腕が振るわれると、数人の子供の体が軽々と宙を舞った。
     ――惨劇の始まりだ。

    ●武蔵坂学園にて。
     教室に入ってきた神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、ひどく厳しい表情を浮かべていた。
    「アモンの遺産を手に入れたハルファス勢力が、木更津市にデモノイド工場を作っていたらしい」
     この工場は、朱雀門高校のヴァンパイアによって破壊されたが、その結果、多数のデモノイドが木更津市に解き放たれることになってしまった。
     このままでは、木更津市に多くの被害が出てしまう、とヤマトは語る。
    「だから、お前達の手でデモノイドを灼滅してきてほしい」
     今回、デモノイドの出現が予測されたのは、住宅街の中にある学習塾付近。
     時刻は夜の9時過ぎ頃。周囲を徘徊していたデモノイドは、授業を終えた子供達や送迎のために集まっていた保護者達に気付き、襲い掛かるのだという。
    「デモノイドはかなりの強敵だ。確実に灼滅するためには、奴が人々に襲い掛かろうとした瞬間を狙い、奇襲を仕掛ける必要がある。
     周囲は道幅も広く、街灯もまばらにしか設置されていない。暗い場所が多いため、身を隠す場所には苦労しないはずだ。逆に言えば、戦闘の際には、周囲を照らすための明かりが必要だろう。
     また、襲われた人々を避難させるタイミングにも気を付けてくれ」
     デモノイド出現より先に一般人を避難させ、正面から挑んだ場合、バベルの鎖の予知により、かなりの苦戦を強いられる。勝利は危うくなることだろう。
    「目の前で誰かが襲われるのに、それを一度は見過ごさないといけない。
     辛いことだとは思うが、その分の怒りは全て、デモノイドにぶつけてやれ!」
     デモノイドはデモノイドヒューマンと似たサイキックを使用する。ポジションはクラッシャー。KOすることで灼滅できる。
     1体のみの出現ではあるが、その戦闘能力はかなり高い。
    「未来予測の優位はあったとしても、ダークネスの戦闘力を侮ることはできない。全員で協力して、必ず生きて帰ってきてくれ」
     真剣な面持ちで灼滅者達を見渡した後、ヤマトは深々と頭を下げた。


    参加者
    玖・空哉(雷鶏・d01114)
    村瀬・一樹(叶未進紳・d04275)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    ロズウェル・カテル(魔女の涙・d09936)
    七蛇・虚空(鬼謀の策略家・d15308)
    不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)
    天野・白奈(血を望まない切り裂き姫・d17342)
    此花・大輔(ホルモン元ヤンキー・d19737)

    ■リプレイ

    ●午後9時、木更津市某所。
     ぽつり、ぽつりと頼りない灯りだけが夜の住宅街を照らしている。
     灼滅者達は物陰に生まれた闇に紛れ、その身を潜めていた。
     近くに見えるのは、小さな学習塾。
     授業を終え、建物の外に出てきた子供達、迎えに来ている保護者達。
     そして――デモノイド。
     暗がりから出現した青き巨体が己の腕を刃に変え、人々に襲い掛かろうとした、その瞬間。
    「……俺達が、終わらせてやる」
     玖・空哉(雷鶏・d01114)は小さくそう呟くと、一瞬にして殺気を膨れ上がらせた。
     彼がデモノイドと戦うのはこれで2度目だ。1度目の相手は助けられたが、今回は――。
    (「綺麗事は言えない……言うつもりもない!」)
     空哉の殺気を合図に、灼滅者達は一斉に物陰から飛び出した。
    「こっちだ、かかってこい!」
     村瀬・一樹(叶未進紳・d04275)はオウル・アイを点灯させると、デモノイドに向かって大声で呼びかけた。その目はきつく敵を見据えている。紳士であろうとする彼にとって、目の前で人々が襲われることを見過ごせるはずがない。
    「オラァ、こっちだぞ!」
     続けて、此花・大輔(ホルモン元ヤンキー・d19737)がビームを放ち、敵の注意を引き付けた。
    (「無事に帰る。……そう言っちまったからな」)
     出発前に交わした言葉を胸に秘め、大輔は勝利への決意を深める。
    「さあ、こちらですよ、デモノイド!」
     大輔を援護するべく、ロズウェル・カテル(魔女の涙・d09936)も腰に固定したライトを照らし、デモノイドを射撃する。
     その瞳は布に覆われているものの、狙いはけして外さない。
     2度、3度と命中したその弾丸が、作戦通り、デモノイドの興味を移すことに成功した。
     だが、1度振り上げた太い腕は、そう易々と止まらない。
     罪無き人々へ振り下ろされようとしていたデモノイドの刃を止めたのは、咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)の掲げた棺桶だった。
     ライドキャリバーのバーガンディに乗った彼女が、ぎりぎりのタイミングで滑り込んだのだ。
    「あいつら、街中にデモノイドを潜ませやがって……!」
     千尋の呟きに怒りが滲む。敵の注意を惹くべく、明滅するライト。ライドキャリバーのエンジン音が、威嚇するように激しい唸りを上げた。
     しかし、それが夜の街に響き渡ることはない。
     天野・白奈(血を望まない切り裂き姫・d17342)が、音を遮断する結界を展開したためだ。
    「凶魔の青から……、皆を守らないと……!」
     眼前の敵を睨み付けると、白奈はぐ、と胸の前で拳を握った。
    「お願い、私の悪魔……、小さき命を……凶魔の手から、護って……!」
     決意と共に呟き、俯く。次に顔を上げた時、その長い髪は銀から水色へと変化していた。
     細い腕を異形の刃へと変化させ、殺戮姫と化した白奈はデモノイドへと駆け出した。
     一方。目の前の事態に認識が追い付かず、動けないままの人々を、七蛇・虚空(鬼謀の策略家・d15308)の送り込んだ精神波が恐慌状態へと変化させた。
     同時に、不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)が始まった戦闘に掻き消されないよう、声を張り上げる。
    「ここは危険ですっ! どうか建物の中へ避難してください!」
    「お子さんと手を繋いで、しっかり逃げてくださいね」
     2人は連携して、パニックに陥った保護者と子供達を、学習塾の建物の中へと避難させた。
     ――後は、目の前の敵を灼滅するだけ。
    「まったく……朱雀門も厄介なことをしてくれました」
     虚空の足元から、ゆらり、漆黒の影が伸びる。
    「必ず倒して食い止めましょう」
    「はいっ……!」
     桃花は緊張した面持ちで頷き、デモノイドと対峙した。

    ●異形の蒼を止める者達
     視界を確保するため、空哉はあらかじめ用意しておいたケミカルライトをあちこちにばらまいた。
    「さぁて……工場育ちのお手並み拝見といこうか」
     言葉は軽く。けれど、声の端々から滲むのは、目の前の異形を作り出した存在に対する怒り。
     ケミカルライトの生み出す蛍光色の光に照らされて。デモノイドの咆哮が、戦場を揺るがす。
     同時に吐き出された酸性の液体を、空哉の手の甲から広がったエネルギー障壁が防いだ。
     その脇をすり抜けるように、白奈が駆ける。
    「暴凶……、野生の獣の如き食い意地の張る生き物よ……」
     薄青の髪が儚げに揺れる。白奈は冷たい瞳でデモノイドを見据えると、素早くその巨体の死角へ回った。
     異形の刃と化した腕で、鈍重な脚部を斬り付けると、デモノイドの体勢がわずかに崩れる。
    「まだまだ! もっと翻弄されて頂きましょう!」
     その背後からは、カテルが柔らかな笑みに緊張を滲ませ、白奈を援護する。
     彼の放った魔力により、デモノイドの足元は一瞬で凍りついた。
     動きのままならないデモノイド目掛けて、桃花が跳躍する。
    「外しません!」
     敵の姿を真っ直ぐに見据え、桃花が叩き込むのは己の闘気を雷へと変えた一撃。青い巨体の中心に、ばちばちと火花が散る。
     間髪入れず、大輔がデモノイドの懐へと飛び込んだ。
     その傍らには、ピンクのスモックを着た幼女姿のビハインド、実理が寄り添うように浮かんでいた。幼い顔は黄色い帽子に隠されている。
    (「こいつだって、元は人間……俺達と同じだったんだ」)
     ならば、こうして理性を失い、人に危害を加えるのが本意であるはずがない。
    「俺達が、お前を苦しみから解放してやるぜ!!」
     叫び、放たれたのは無数の乱打。オーラを纏ったその拳が光り輝く。同時に、ビハインドの実理も霊障波を放ち、大輔を援護した。
     大輔の攻撃によりデモノイドが大きく仰け反る。
     そこへ、虚空が素早く接近した。
    「押し切りましょう!」
     デモノイドの周囲を素早く駆け巡り、虚空はその死角を突くようにして無数の斬撃を見舞う。
     だが、常に相手の動きを観察し続けた彼だからこそ、次に訪れる危機に気付いた。
    「なっ……」
     虚空が攻撃の手を止め、素早く後方へと跳躍する。
     彼の目に映るデモノイドに、今しがたの連続攻撃に痛手を負った様子はない。
     それどころか――猛々しいその体が、徐々に変質しているような。
    「皆さん、下がっ……!」
     だが、その言葉は、途中で掻き消されてしまった。
     その腕を巨大な砲台へと変化させたデモノイドが、虚空目掛けて死の光線を放ったのだ。
     恐ろしいまでの毒性を持つその攻撃。しかし、彼がそれに呑み込まれることはなかった。
    「……っ! これはまた、強烈な一撃だな、おい」
     バーガンディに騎乗した千尋が、射線の間に滑り込み、虚空を守ったのだ。
     だが、彼女の掲げた棺桶も、デモノイドの攻撃に含まれた毒素までは防げない。
    「だからって、泣き言を言ってる暇もないよな……っ!」
     それでも、見る見るうちに血色を失うその顔から、闘志が失われることはなかった。
     掲げた棺桶から突き出したのはガトリング砲。その銃口から、無数の弾丸が爆炎となって放たれる。
     至近距離からの連射に、流石のデモノイドも怯む様子を見せた。
     その隙を突くように、一樹が軽やかに空中を駆け抜ける。
    「さぁ……紳士的に行こうか」
     言葉と共に現れた西洋剣を、一樹は指揮者のタクトのように滑らせた。
     一樹は優雅に歌い、その旋律へ癒しの力を乗せる。左胸に当てていた手を差し伸べると、毒に侵されようとしていた千尋の顔に、ゆっくりと血色が戻るのがわかった。
     音もなく着地して、一樹は千尋へと振り向く。
    「大丈夫かい、咬山さん?」
    「ああ。助かったよ、一樹」
    「ふふ、僕は当たり前のことをしただけだよ。それよりも、今は」
     一樹は――灼滅者達は、改めて目の前のデモノイドを見据える。
     あれだけの攻撃を加えたにも関わらず、青い巨体は今もなお、悠然と彼らを見下ろしていた。
    「……どうやら、少し長い夜になりそうだ」
     一樹の呟きに、灼滅者達はそれぞれ、緊張の面持ちで頷いたのだった。

    ●木更津の長い夜に
     激しい戦闘は、なおも続く。
     灼滅者達の猛攻に、デモノイドは徐々に弱る様子を見せていた。
     だが、その攻撃の手は未だ激しく、僅かでも油断すれば一瞬で戦況は激変してしまうだろう。
    「紳士たるもの……誰も倒れさせやしない!」
     強い決意と共に、一樹の掲げた西洋剣から癒しの風が生まれる。
     戦場を駆け抜け、仲間達を癒す――まるで、彼自身の姿を力へと変化させたように。
     だが、灼滅者達の傷は深い。
    「私も、回復の援助を致しますね!」
     一樹の力だけは足りないと咄嗟に見て取り、カテルもまた、仲間達を癒す風を生み出した。
     その最中も、彼は緊張を孕んだ面持ちでデモノイドを観察し続けている。何が起こっても対応できるように、と。
    「必ず無事に帰りましょう。私達のホームに……!」
    「ああ、当然だ!」
     全ては勝利のため。カテルの言葉に応えるように、大輔の放った光線がデモノイドの体を貫いた。
     痛みに吼えるデモノイドが、刃と化した腕を荒々しく振り回す。
     大輔目掛けて振り下ろされたそれを防いだのは、彼のビハインドである実理だった。
    「実理、大丈夫か!? ……くそっ!」
     応えるように振り向いた実理の姿がふ、と揺らめく。これ以上、共に戦うのは難しいようだった。
    「不快……、このような類が『人』の成れの果ての1つと思いたくないものよ……」
     目の前で起きた暴虐に、白奈が吐き捨てるようにそう呟く。
     彼女もまた、寄生された存在。始まりは同じだが、その行く末は天と地ほどに異なる。
     だからこそもどかしく、厭わしい。その想いをぶつけるように、砲台へと変化した己の腕から、デモノイドへ死の光線を放った。
     似たような想いを、桃花もまた、抱いていた。
    (「空哉さん達に助けてもらわなかったら……私も、もしかしたら」)
     かつて闇堕ちした自らの姿を、目の前の異形と重ねる。
     それでも、桃花は強い意志と共に手にした槍を構え、デモノイドと対峙した。
    「これ以上、あなたの好きにはさせません!」
     螺旋の如き一撃が、デモノイドの体を深々と穿つ。
     間髪入れず、様子を窺っていた虚空が、攻撃後の隙を突いて影の触手を放った。
    「私は、奴の動きを止めることに専念します」
     虚空の瞳が、きつくデモノイドを見据える。
     目の前の敵が何であろうとも、今すべきことに変わりはない。
     そして、この8人ならば、必ず勝利を掴み取れるはずだ――と。そう信じて、伸ばした影でデモノイドを縛り上げる。
    「あんたの生まれには同情する。……それでも、あたし達は戦うだけだ」
     千尋もまた、静かに敵を睨み付けていた。
     彼女の足元から伸びた影が鋭い槍へと変わり、デモノイドの巨体を突き上げた。同時に、彼女の騎乗するバーガンディの機銃も無数の弾丸を発射する。
     高々と突き上げられ、姿勢を崩したデモノイド目掛けて、空哉が跳んだ。
    「これで、終わらせる」
     彼の腕が、一瞬で蒼い刃へと変化する。
     それはまさしく、目の前の異形と同じ力。だが、異なる点があるとすれば――。
    「……俺は、望んでこの力を手に入れた」
     けど、お前は――と。呟く声は、誰の耳に届くこともなく。
     一閃。振るわれた刃が、深々とデモノイドを切り裂いた。
     遅れて、どう、とその巨体が地へと伏す。デモノイドはそれきり、その動きを止めた。

    ●儚く淡く
     動きを止めたデモノイドの体が、ゆっくりと消滅していく。
    「灼滅……、もう戻れぬ体とならば……潔く蒼の霞となって消えよ……」
     それを見つめながら、白奈はどこか哀しげにそう呟いた。
    「ふぅ、結構キツい戦いだったな……。お前、大丈夫だったか?」
     空哉は、ぽん、と桃花の頭に手を置く。
    「はい、空哉さんっ!」
     振り向いた桃花は、嬉しそうに笑った。疲れこそ見えるものの、特に大怪我をしている様子はない。
     それを見て、空哉もようやく、安堵の笑みを浮かべた。
    「近くに他のデモノイドは……いねぇみたいだな。そうと決まれば、さっさと撤収しようぜ」
     周囲を警戒していた大輔の言葉に、灼滅者達は頷きつつ。
    「けど、まずは片付けが先、だな」
     あちこちに散らばったケミカルライトを見回して、千尋はそう言った。
    「どうする。バーガンディのライトを点けた方がいいか?」
    「いえ、このままの方が好都合でしょう」
     辺りを見回しながら、虚空がそう答えた。
     役目を終えたケミカルライトの光は、ゆっくりと淡く、弱々しいものへと変わっている。
    「この光を目印にした方が、早く片付けられそうです」
     虚空の言葉に従い、灼滅者達は素早く周辺の清掃を終えた。
    「さて、これで問題はありませんね」
     戦闘後の疲労した体に鞭打つように作業を終わらせ、カテルはうっすらと滲んだ額の汗を拭う。
    「それでは皆さん、撤収いたしましょう」
    「そうだね。なら、帰路のお供にこんなものはいかがかな?」
     にこやかな笑みを浮かべた一樹が、典雅な仕草でカテルへ小さなカップを差し出した。
    「寒い日には温かい紅茶が美味しいからね。一仕事終えた後は尚更だよ」
     一樹の言葉どおり、カップの中身は湯気を立てた紅茶だった。他の仲間達にも、次々に配っていく。
     温かな紅茶を飲みながら、灼滅者達はほっと一息、学園への帰路に着いたのだった。

    作者:悠久 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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