木更津デモノイド事件~その蒼が緋に染まる前に

    作者:雪月花

     千葉県木更津市、まだ正午には早い時間帯。
     街の平穏さに似つかわしくない、青い二足歩行の巨体がうろついていた。
     周囲の景色から完全に浮いているその獣は、何かを探しているようだったが、更に先に進んだ時、それは中断される。
    「きゃあぁっ!」
    「な、なんだ!?」
     それまでのほぼ人気のない通りから、商店街近くまで出てきてしまっていたのだ。
     突如現れた怪物に、人々は悲鳴を上げ動揺を見せる。
    『……グルゥ』
     暫くそれを眺めていた風だった獣が、いきなり腕を振り上げた。
     拳を叩き付けられた壁が、いとも簡単に崩れていく。
     獣――デモノイドは手当たり次第に破壊の限りを尽くさんと、大暴れを始めた。
     人も人工物も、何の区別もなく。
     
    「木更津市にデモノイド工場があるとはな……。どうやら、アモンの遺産を手に入れたハルファスの勢力が、行っていたことのようだ」
     土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)は思案げな様子で、説明を続ける。
    「朱雀門高校のヴァンパイアがこの工場を襲撃し、破壊したんだが、そのお陰で多数のデモノイドが木更津市に解き放たれることになってしまった。このままでは、木更津はデモノイドによる被害で溢れる街になってしまうだろう」
     そうなる前にデモノイドを倒すこと。
     それが、今回灼滅者達に託された依頼だった。
    「お前達が現場に到着する頃、デモノイドは既に暴れ始めている。攻撃を仕掛けてくる相手に気を取られるだろうから、その間に一般人を逃がしておくのが良いだろう」
     相手はデモノイド1体。
     だが、その分高い戦闘力を有しているのは間違いないだろう。
    「このデモノイドは、龍砕斧と手裏剣甲に似たサイキックを使用してくる。パワーだけでなく、スピードにも優れているようだから、くれぐれも注意して欲しい」
     そう伝え終えると、剛は真摯な眼差しで灼滅者達を見据える。
    「デモノイドは、それ自体がソロモンの悪魔達による犠牲者だろう。だから……せめて、人を手に掛けたり被害を大きくする前に、引導を渡してやってくれないか? 頼んだぞ」


    参加者
    不破・咬壱朗(黒狼赤騎・d05441)
    天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    紗秋・蓮司(黒獅子・d20459)
    メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)

    ■リプレイ

    ●解き放たれた凶風
     平穏な時を刻む筈だった場所で、有り得ないモノが猛威を振るっている。
     そんな気配が、木更津の街のあちこちに飛び散っているような感覚を抱きながら、灼滅者達は自らに与えられた場所へと向かっていた。
    「……ハルファスの勢力といい朱雀門の奴らといい、なんてことをしてくれたんだろ……!」
     霊犬のきょしと並んで走りながら、天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)は苦々しく呟いた。
    「またダークネス事件に無関係な人が巻き込まれる……」
     椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)は胸を鷲掴みにされるような思いで一杯だった。
     彼自身も、突如目の前に現れたダークネスによって、家族を奪われていた。
    (「俺と同じような思いをする人を、これ以上出す訳にはいかない!」)
     気持ちが逸り、焦燥感ばかりが募る。
    「そう焦るな。気が急いては、出来ることも出来なくなるぞ」
     彼の脇で、不破・咬壱朗(黒狼赤騎・d05441)がそっと告げる。
     長く戦ってきた咬壱朗の様子を見れば、武流の視界も開けるようだった。
     十字路を折れ、見えてきた蒼い影を真っ直ぐ見て。
    「今やることはただひとつ!!」
     ――木更津を地獄になんかしない!!
     梗鼓は強く強く、心に誓った。

    『ガアァ、ガアアァァ……!』
     デモノイドは、手当たり次第に周囲のものを壊していた。
     周囲を確認し、メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)は仲間達を見上げる。
    「まだ……近くに人がいる」
     遠巻きに、モタモタしている人の姿が幾つもあった。
     驚き悲鳴を上げても、すわ逃げようと行動に移せない者も少なくないのだろう。
    「これ以上被害も悲劇も、増やす訳にいかない! 避難の方、頼んだぜ!」
     殺界形成を発動する武流の声に、紗秋・蓮司(黒獅子・d20459)とメリッサは小さく頷いた。
    「だが、最優先は灼滅で良いのだろう。全力を以って、務め上げる」
     淡々と紡ぐのは片倉・純也(ソウク・d16862)。
     その様子は一見いつもと変わらないように見えたが、千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)は少々気遣わしげに彼の横顔を見上げた。
     純也はかつて――家族と共に、かの悪魔を信奉していた。
     当然のように身を捧げ、失敗作として棄てられた果てに、デモノイドヒューマンとして生きることとなった彼の胸中には、複雑な感情が渦巻いているのだ。
     同時に、仲間である武蔵坂学園の灼滅者達にも、また別の想いを抱えている。
     黒い瞳はチラと、くるくると跳ねる灰色の髪の少年を見返し、すぐに正面の蒼い巨体に向けられた。
     今はデモノイドの破壊を止めるのみ。
     今頃他の現場へ向かっているだろう、親しい彼に軽く手を挙げ、無事と健闘を祈ったことを思い出し、梗鼓はほんのり表情を和らげた。
     破壊された無残な建物の側面。
     だが、これ以上の害は為させない。
     釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)のこげ茶の瞳に、いつかの、阿佐ヶ谷で見た風景が重なる。
     胸に残る痛みは、まだ色濃いけれど。
    (「でも、行かなきゃ」)
     あの時と同じように、苦しんでいる人がそこにいる。
     その想いが、まりの細い足を動かしていた。
     柔い笑みを浮かべたまま、七緒は『紅蓮火群』、灼熱の陽炎のようなオーラを輝かせる。
    「ここで止めるよ。阿佐ヶ谷のようにはさせないさ」

    ●隔てる、人だったモノを
     デモノイドを囲むように、クラッシャーの咬壱朗と純也、そしてディフェンダーとして梗鼓と七緒、武流が展開する。
     死角を狙って回り込んだ七緒の縛霊手を、デモノイドは破壊した建物の中に踏み込むようにしてかわした。
    『グルッ!?』
    「こっちだよ!!」
     梗鼓は大きく声を上げ、鬼神変で嵩の増した腕から一撃を放つ。
     更に、マテリアルロッドで寄生体に覆われた太い腿に突き、純也は破壊的な魔力を注ぎ込み、武流の『ヴァリアブルファング』から光の刃が放出され、デモノイドの表面を覆う寄生体を裂いていく。
     仲間達が次々攻撃を仕掛けてデモノイドを引き付ける中、七緒はサウンドシャッターを、後衛につけたまりはパニックテレパスを発動した。
    「逃げて下さい! ここから離れて!」
     出来る限り声を張り上げ、まりが避難を促す。
    「逃げて……ここにいると危ないから、出来るだけ遠くに……」
     メリッサも、人影の多い方に向かいながら声を掛けた。
     更に、
    「逃げろッ!!」
     どんな喧騒よりも、破壊音よりも人々に届く声が、蓮司の口から放たれた。
     ESPの合わせ技で、殆どの一般人は一目散にデモノイドから離れていくものの、商店の店主らしき老人が転んだ状態から、這って逃げようとしている。
    「一般人の退避に移る……任せたぞ」
     デモノイドを取り囲んだ仲間達にそう言い置いて、蓮司は老人の許へ駆けた。
     メリッサも後を走る。
    「メリッサ……逃げ遅れた人、いなそうなら……みんなのところに、戻るね」
    「ああ、そうしてくれ」
     彼女の言葉に頷いて、デモノイドを取り囲んだ仲間を振り返る蓮司。
    『ガアアアァァ!!』
     灼滅者達を標的に、片腕を巨大な斧のように変化させ暴れ出したデモノイド相手に、6人だけでは結構厳しそうだ。
     それでも、
    「モタモタしてると倒しちゃうからね?」
     七緒はへらっとした顔で呟いて見せた。

    「大丈夫か、爺さん」
    「あ、あ……悪いなぁ……」
     ひょいと抱え上げる彼に、老人は震えながらなんとか答えた。
    「いいから、早くここから離れよう」
     覚束ない足取りを支えるように、通りの向こうへ急ぐ。
    「……いない、ね」
     一方、メリッサは付近の建物を覗いて人が残っていないか確認した。
     軒先に出て来た道を見遣れば、力任せに腕を振るい、自分より身体の小さな灼滅者にタックルしていくデモノイドの姿。
    『グルオォォォ!』
     人間だった頃の面影もなく咆哮する影を、相変わらずぼんやりした表情の中、青い瞳だけが異様に強い光を放っているようだった。
    「わかったよ……ちゃんと始末はつけるから……」
     淡と呟きながらも、赤い髪を躍らせ戦列へと足を向ける。

     その頃、デモノイドを取り囲んだ灼滅者達は、やや押され気味ながらも突破を許さずに戦っていた。
    「アタシ達がその苦しみから、解放してあげるから!!」
     梗鼓はデモノイドの懐に潜り込み、オーラを纏った拳を連打しながら声を掛ける。
     呼び掛けることによって、人だった頃の人格に作用したケースも少なくはなかったから。
     きょしも咥えた刃で、デモノイドの脚を斬りつける。
    『グ……グルル……ォオオッ!』
     反応したかどうか、デモノイドは激しく上体を捻った。
     間一髪、飛び退って巨大な腕から逃れる梗鼓達。
    (「やっぱり……元に戻せないんだよな」)
     デモノイドを前に戦闘態勢のまま、武流の赤茶の瞳には悲しみや悔しさが滲む。
     まりも少しだけ、瞼を伏せた。
    (「きっと苦しいよね。悲しいよね。戻れない事、あなたも気付いているだろうから」)
     分かっているけれど――分かっていても、悲しみは消せない。
     デモノイドは不気味な盛り上がりを見せる腕から、無数の青色の礫を射出する。
     礫は地面や前衛の灼滅者に当たると、激しく爆ぜた。
    「ちょっと厳しいね」
     なんとか爆発を避けた七緒は、祭霊光を用いて仲間の回復に回る。
     全員に必ず掛かってしまう訳ではないが、癒しを妨げるアンチヒールは幾つも重なってしまうと恐ろしい。
    「すぐキュアを……!」
     まりは急いでバイオレンスギターを爪弾き、浄化の力の篭った旋律を奏でた。
     バッドステータスの半分以上は取り払われるものの、何度か攻撃を受けた者の体力は少々危ない。
    「ここは凌ぐ……」
     消耗を鑑みて、純也も自らソーサルガーダーで回復した。
     そこで、戻ってきたメリッサが合流しスナイパーの位置に。
     華奢な手にガトリングガンを抱え、預言者の瞳が更に命中率を高めていく。
     程なくして、老人を安全な場所に連れて行った蓮司も戦列に復帰する。
    「残念、お早いお戻りで」
    「そう言うな」
     七緒の冗談のような呟きに、寡黙な蓮司も俄かに口許を緩める。
     が、すぐに桜色の闘気を纏った手足を、我流の戦闘スタイルに合わせ構えを取った。
    「これより俺も戦闘に移る……一気に行くぞ……!」

    ●その蒼が緋に染まる前に
     全員揃ったところから、灼滅者達の連携がデモノイドの勢いを少しずつ押し返すように戦況を好転させていった。
     足止めと捕縛が、デモノイドの身動きを封じていく。
     桜色のオーラを纏った蓮司の拳が、鋼鉄の如き硬さでデモノイドの腹を打ち抜くと、更にメリッサが狙いを研ぎ澄まし、撃ち出すガトリングガンの連射がデモノイドを抉っていく。
    『グウゥゥ……グ……』
     苦しげに拘束から逃れようともがく蒼い四肢。
    (「……幸せだった場所にさよならを言わなきゃいけない、けど。破壊は今よりあなたを苦しめるだけ、だから……」)
     若干楽になった回復に専念しながら、まりはその姿を見詰める。
     それは敵の動きを察して、皆に伝える意味合いもあるけれど。
     彼の最期まで、泣いてしまわないように、全てを受け止めようという思いもあった。
     右腕の跡から溢れた寄生体に飲み込まれた殲術道具が、純也の腕を巨大な刃に変化させる。
     その一閃を、デモノイドは身を捩って掠める程度に留めたが、直後放たれた武流の閃光百裂拳は見事に多くの打撃を与えた。
     腕を縛る影の拘束を振り切って、デモノイドは異形の腕を掲げる。
     まりがはっとした。
    「あの角度は……」
     このデモノイドは近接攻撃の割合が多いものの、離れた敵を複数巻き込むサイキックも持っていると。
    「後衛に攻撃するつもり? きょし!」
    「僕も行くよ」
     梗鼓の声にきょしが跳び、七緒もアスファルトを蹴った。
     爆裂する蒼い礫が、後衛の2人を庇った1人と1体を傷付ける。
    「七緒さん……!」
     目を見開くまりに、七緒は頬に流れる血を拭ってほわっと笑った。
    「流血沙汰はファイブラの十八番なんで!」
     まだ追い詰められるような事態じゃない、とばかりに前衛に駆け戻る。
    「穿つ!」
     何度目かの鋼鉄拳が、蓮司の拳から放たれる。
     寄生体を撒き散らしながら、デモノイドは拘束を引き千切っていく。
     呻き混じりの荒い呼吸を見ると、相手もかなり追い詰められているようだ。
    「……にがさない」
     メリッサに宿るカミの力が、小さな竜巻のように渦巻いてデモノイドを切り裂いていく。
     最早戻れないのなら――
    「終わりにしよう、ここで」
     燃え盛るようなオーラを帯びてデモノイドに縛霊手を突き付ける七緒、しかしそれは自らに気を引く為の動きだ。
     ぱっと身を翻すと、飛び出した梗鼓の鬼神変の一撃がクリーンヒットして、デモノイドが大きく仰け反る。
     続けざまに叩き込まれる、純也のフォースブレイクがデモノイドを内部から破壊していく。
    『オ、ォォ……グゥゥ』
     体中に異変が起きているかのように、表面を覆う寄生体が不気味に波打ち、大きな口から苦悶の声が漏れた。
     苦しんでいる巨体を、武流は目に焼き付けるように見詰めた。
     あのデモノイドだって犠牲者なんだ。せめて安らかに眠らせたい。
    「安心しな。悪夢は、ここで終わらせる」
     何かを堪えるように、抑えた声で呟いて。
     武流は炎を纏った『ヴァリアブルファング』を振り下ろした。
     一閃、そして蒼を炎の赤が包んだ。

    ●血の色には染まらずに
     デモノイドの肉体を構成していた寄生体は、焼け爛れながら崩れていく。
    「……16分」
     純也は腕時計を見下ろし、灼滅まで掛かった時間を確認した。
     序盤に時間を取られたものの、メリッサと蓮司が合流した後は比較的早く盛り返すことが出来たようだ。
    (「策や連携などで支配者たるダークネス相手にも結果を出し、無謀と呼ばせない者達、か……」)
     今尚仏頂面ではあるが、彼の眼差しには敬意が入り混じっている。
     その視線の先で。
    「ごめんな」
     沈痛な声音の武流が「こいつが俺の精一杯だ」と形を失ってしまったデモノイドを見送っていた。
    (「今はゆっくり眠ってくれよな……」)
    「このデモノイドも、元は人だったんだよね……」
     梗鼓はどろどろと流れる青い粘液を見下ろし、何処か寂しげに呟いた。
     彼もまた、ダークネスに捕らわれてこんな姿にされてしまった者だったのかも知れない。
     それを思えば、ただただやるせなさが胸を苛む……。
    「こんな悲劇、早いとこ終わらせようぜ。俺達の力で」
     武流の言葉に、まりはこくりと頷いた。
    「理不尽な悲劇をなくすために、これからも……戦います」
     胸に手を当て、誓いのように口にした。

    「この辺りで大きな怪我をした者は、いないようだ」
     一応、と周囲を見回ってきた蓮司が告げた。
     デモノイドが暴れ出した場所と、一般人達の居場所が離れていたのが幸いした。
     それでも、戦場となった辺りの建物や道路には無残な跡が残ってはいるが。
    「これだけで済んで……よかった」
     奇妙に拉げた標識を見上げて、メリッサがぽつりと呟いた。
     そんな彼らの姿を、少し離れて見ている者がひとり――純也だ。
    「朱雀門はムカつくし拉致られた人も心配だけど、僕らは出来ることをするのが一番さ」
     彼がその声の方を見遣ると、目が合った七緒がへらっと笑う。
    「それじゃ、帰ろう」
    「……あぁ」
     先に立って歩き出す七緒に一拍遅れて、純也も足を踏み出す。
     依頼は果たされた。
     帰ろう、学園へ。
     様々な事情と、想いを抱えた者達の集う学び舎へ。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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