木更津デモノイド事件~潮風の中、闇の暴走獣

    作者:智葉謙治

    ●事故
     千葉県木更津市の、海沿いにある広めの国道。
     すでに闇に覆われたその道を、爆音を鳴らしながら走る車があった。
    「しかしパネェっすね、先輩の車。オレも金があったら、絶対買うのになぁ」
    「バカ、お前にはまだ早ぇよ。こういう車はテクニックがないと哀しむぜ? こんなふうによぉっ!」
     銀色のセダンは地面すれすれのリアバンパーから火花を上げて急加速した。
     そのままサイドを引くと、車はタイヤの軋む音を響かせて、横向きのままスライドしていった。
    「うわぁっ!? すげぇっすよ! ねぇ先輩、後でオレにもやらせて下さい!」
    「え? まあ、ちょっとだけだぜ? ロ、ローンもまだあるからよぉ」
    「あっ、先輩! 前、前!!」
    「んん? う、うわぁあああっ!」
     ――ドーンという衝撃音が、無人の国道に響き渡った。
     茫然とする二人。
     フロントガラスはクモの巣状にひび割れ、車体は大きく歪んでしまっている。
     ……寒空の下に、エンジンがキンキンと冷える音がした。
     助手席の男が倒れた相手へと近寄る。
    「ん? 何だコレ?」
     だがそれは人間ではなかった。人型ではあるが、巨大な、まるで絵本の中の、悪魔のような姿。
     その腕が、彼と車へと向けられる。
     次の瞬間、――砲口と化した腕から放たれた死の光線が、一瞬のうちに二人の命を奪い取ってしまった。

     教室に走り込んできたのは神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)だ。
    「待たせてすまない。早速だが、お前達には木更津に向かってもらう」
     突然の指示に困惑する灼滅者たちへ、ヤマトは説明を続ける。
    「急いでるんでな。一度しか言わないから、しっかり聞いてくれ。木更津市にデモノイド工場があったのは覚えているか?」
     それはソロモンの悪魔、アモンの遺産を手に入れたハルファス勢力が起こした事件だった。
     だがその工場は、朱雀門高校のヴァンパイアによって破壊されたはず。
    「その通りだ。……しかし、その結果として、未だ多数のデモノイドが木更津の町中に潜伏する事態となってしまった。これは非常に危険だ」
     このままでは、多くの被害が出るのは確実だろう。
     予測の一つ一つを確実に撃退する必要がある、ということか。
    「国道沿いにある、海が近い駐車場にデモノイドが現れる予定になっている。お前達に任せるのは、そこでの敵との接触と、確実な灼滅だ。――理性も無く、暴れるだけとはいっても、奴は一人でお前達全員と同等、もしくはそれ以上の戦闘力を持つ。油断はするなよ」
     そのサイキックはDWMセイバー、DESアシッド、DCPキャノンを使い分ける上、高性能の自己修復も持つという。
    「慌ただしくて悪いな。俺には手出しすることはできないが、危険を予測した以上はなるべく多くの人達を助けてやりたい。――それは、お前達にしかできない事だ。どうか、宜しく頼む」


    参加者
    榊・那岐(斬妖士・d00578)
    寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    エイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)
    ヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)
    暁月・燈(白金の焔・d21236)

    ■リプレイ

    ●闇の中
     駐車場を利用する客の姿はなかった。
     季節になれば潮干狩りに来た客で埋まるのだろう。だが今は、壊れたまま放置された照明の数も少なくはない。
     寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)はヘッドライトを点灯させた。
    「邪魔の入らない駐車場とはいっても、この暗さでは明かりがないと厳しいですね。持ってきて正解でした」
     明かりが闇の中に一筋の光の線を生む。
     嘉月は暖かなマフラーを巻き直し、用意したライトを仲間に配った。
    「ありがとうございます。海の近くですし、明かりがないと怖いですから」
    「そうですね。お互い気を付けましょう」
     波のはじける音がここまで届いてくる。
     榊・那岐(斬妖士・d00578)は明かりがずれないように、しっかりと留めた。
     闇に紛れていた黒衣に気が付き、嘉月は声をかける。
    「かたじけない。ありがたく使わせていただくでござるよ」
     忍び装束のエイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)も、受け取ったライトを、長髪の隙間から点灯させた。
     ごう、と海風が音を立てて灼滅者たちへ吹いた。
     風にたなびく髪をおさえながら寒さに顔をしかめる彼らだが、三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)だけは、笑顔を崩さなかった。
    「……うん。この風なら大丈夫」
     潮風を吸い込むと、海の生命の息吹を感じるようだった。
    「ううう、見てるだけで寒そうです。自分はもう限界かもしれませんわ……」
     桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)が霊犬ジョンを抱えて暖をとっていた。
     彼女の腰にはLED照明。人工光を好み、暗闇を畏れる。それは人として当然だろう。
     だからこそ、敵は闇に潜むのだから――。
     兎耳の間にライトを光らせて、ヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401)が面倒そうに呟く。
    「チッ……こんなことになるなんてなァ。デモノイドが集団で野放しなんざ、しゃれになんねェよ」
    「まったくですね。……とはいえ護れるのは私たちだけ。頑張りましょうか」
     答えたのはヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)。ライトの明かりに、眼鏡がきらりと光る。
     彼らの言葉にうなずく暁月・燈(白金の焔・d21236)の顔は、どこか寂しげだ。
    「デモノイド自身も被害者なのでしょうけど、だからといって、見過ごすわけには行きません」
     なればこそ、ここで倒し、罪を負わぬうちに灼滅することが救いになるのだろう。
     プラチナの背中を撫でつつ、この後に対峙する敵の姿を思う。
     ……と、霊犬の毛並みが逆立った。
    「敵ですっ!?」
     燈が向けた光源の元へ、灼滅者たちの視線が集中する。
     ――ズシャリ。
     同時に一斉に照らされる駐車場の一画。
     青い巨体の異形が、そこにいた。
    「さァ、おいでなすったなァ!」
     闇のヴェールを脱ぎ現れたのは、裂けた口元がにやりと笑う、悪魔の貌だった。

    ●暴れデモノイド
     デモノイドはようやく発見した目標へと、ゆっくり歩き出した。
    「コキド・エルゴ・ズム……」
    「祓い給え清め給え……」
     静かに愛刀を抜きはなつ那岐。背後では嘉月が光の輪を解放する。
     身構える彼らの周囲に、絶音の壁が展開されていった。
    「……いざ!」
     二人は同時に走り出した。敵と距離をとる嘉月は仲間へリングスラッシャーを付与させ、詰める那岐は刀を足元へと振り下ろす。
    「まずはその動きを封じます!」
    「デケェ図体! 喰い応えありそォだなァ!」
     火の軌跡を残し、高速で駆けるヘキサの蹴りがデモノイドの頭部にお見舞いされた。
    『ヴォオオオッ!』
     暗闇が震えた。咆哮を上げた敵の身を包む寄生体が、炎のようにざわめいた。
     暴れ出す敵の足に、燈の影業がからみつく。
    「こっちですよ?」
     影をひっぱる燈。バランスを崩す敵に、霊犬の斬魔刀が襲う。
     いや、敵を切断したのはそれだけではない。まとわりつく影が、その四肢を切り刻む。
    「過去に不覚をとった事はござれども、……もはや負けぬ! 忍法黒死斬!」
     エイジの気配に向けて、デモノイドは太い腕を振るった。
     だがすでに彼の姿はなく、消えるように素早く敵から離れてしまっていた。
     しかし、エイジは胸元に熱を感じて呻く。
    「ぐっ!?」
     敵の腕から染み出た強酸が、地面から煙を立てていた。
    「そうはさせません!」
     空から落ちる酸の雨は、殺気立たせてかばう夕月の龍砕斧をすりぬけて、彼女へ届いてしまう。
     すぐ、腐食する皮膚を巨大斧の龍因子により復元する夕月に、霊犬ティンも癒しの力を送った。
     右腕を大きな刀へと変化させるデモノイド。だがその背中を震えた空気が打った。
     それはヴァンの奏でる音の波。
    「ギターは苦手なんですけどね。……そうも言ってられません、か」
     言葉とは逆に、巧妙なロックテイストを弾きながら、敵意の視線を飛ばすヴァン。
    『――ヴォオオオオッ!!』
     暴れるデモノイド。その硬質化した腕と、リャーナの『春一番』が打ち合い、激しい衝突音が響いた。
    「きゃあっ!」
     力負けしてしまう彼女に、敵の右腕がふり上げられた。
     そこへ兎が跳ねる。
    「ハデに暴れてェんだろ? 全部ブッ壊してェんだろ? 上等ォ!」
     ヘキサは空中で体を反転させ、連続する後ろ蹴りで敵を打ちすえた。
     更に、懐へと潜り込んだエイジ。
    「忍法、てぃあーずりっぱーでござる!」
     彼の体が消えたかと思うと、デモノイドが次々に切り刻まれていく。
     だが、敵の動きは止まらない。
     左腕でリャーナの斬艦刀を掴む巨体。そこへ夕月が突っ込んだ。
    「その手を放しなさいっ。龍翼飛翔!」
     振り回される斧が、デモノイドの腕でいなされる。暗い闇の中に何度も火花が散った。
    『ヴゥゥオッ!』
     弾きとばされ、倒れる夕月。
    「痛みの時間は短くしてあげますから、少しは大人しくなさい!」
     那岐の居合斬りが敵の腹部を裂く。
     たたみかけるように、ヴァンのギターが敵を打ち、不協和音が鳴った。
    「夜遅くに大声で、近所迷惑になりますよ。……私が言える立場ではないですけど」
    『ヴゥウウッ』
     二人を払いのけ、デモノイドの右腕から砲口が生える。
     狙う先にいるのは、夕月に光輪の癒しを与えている嘉月だ。
    「ま、まずいです……」
    「動かないで! ……護りの光を!」
     死の光線から夕月を守るようリングが広がった。
     無防備になる嘉月の前に、すかさず燈と霊犬がガードに入る。死の光線から仲間の身を守るため。
     それと――。
    「……くっ! もし貴方が望まずその姿になったのだとしたら、その手を血で染めさせるわけには行きませんから」
     凶悪な毒素に蝕まれ、燈は膝をついてしまった。
     両腕を振り回して暴れるデモノイドに、取り囲んでいた仲間もおいそれと手出しができなかった。
     そこへ、闘気を燃え上がらせたリャーナが敵へ立ち向かう。
    「パワーにはパワーです。象形剣『水牛さん』!」
     斬艦刀を突きだし、低い突進で敵へ向かうリャーナ。
     敵もまた、正面から受け止た。互いの力が均衡し、わずかにずれた角度に刀が食い込む。
    『ヴォオオオオオオッ!!』
     上半身を振るい、彼女を弾き飛ばすデモノイド。
     四足で猛る姿は、暴走する獣にふさわしく見えた。

    ●最後の一滴
     駐車場にはデモノイドの残滓が飛び散っていた。
     同時に、灼滅者たちにも積み重なった疲弊が圧しかかっているのが見てとれた。
    「自分が……仲間を守る……のに」
     再び地面に手をつく夕月。
     集気法で回復する彼女に、エイジがその前に立った。
    「ここからは、拙者たちに任されよ」
    「そうですよ。夕月さんは援護をお願いしますねっ」
     斬艦刀を構えるリャーナ。二人もまた、万全とは言い難い。
     だが、チームとしての戦い方をしなければ、あの巨獣には勝てそうにない。
    『グォオオオッ!』
     デモノイドが咆哮すると、ずたずたに裂けていたデモノイド寄生体がみるみる繋がり合って、元通りになった。
    「なんてタフさでしょう……。でも、こちらも負けるわけにはいかないのです!」
     燈の腕に仕込まれた縛霊手。
     その巨大な手甲から放たれた癒しの光が、前に立つ仲間のダメージを癒す。
     鉤爪のように並ぶ4本の刃を敵に向ける燈。
     そこへデモノイドは強酸の雨を放った。
     縛霊手を盾にする彼女の前へ、影業を纏わせたヴァンが自ら酸の液体の中へ突っ込んだ。
    「援護します。お下がりください」
     影を溶かし、ヴァンの体をDESアシッドの酸が蝕む。
     それでもと足元から伸ばした影を、跳んで避けるデモノイド。
     同時に跳んだのはヘキサだ。
    「逆にテメェを――この『牙』で、喰い千切ってやらァ!!」
     オーバーヘッドで蹴りこみ、魔力が敵の顔面で爆ぜた。
    「静けき風よ……!」
     嘉月はすぐ敵を囲む仲間たちへ、清めの風を送る。戦闘開始からサイキックを連発する彼にも疲弊の表情は否めないが、その手が止まる事は決してなかった。
    「貴方に、仲間をやらせはしませんよ!」
    「さあ、お前の相手はこっちです!」
     那岐が盾ごと敵へ衝突した。頭部への連撃にぐらつくデモノイド。
    『ヴォオオオオオオオオオッ!!』
     灼滅者たちに囲まれ、がむしゃらに腕の砲口を向けた。
     死の光線が降り注ぐのを受けつつ、リャーナは敵のふところで斬艦刀を構えた。
     刀が魔力を春の嵐のようにまとう。
    「力を貸して下さい! 象形剣『緋熊さん』!」
     巨大な刀を掲げ、力強く振り下ろす。炸裂する魔力。
     幾度も強烈な打撃をくらい、敵の頭部はぼろぼろになっていた。
    『ヴゥゥ……ヴゥゥ……!』
    「渦巻く風よ、祓え!」
     嘉月が巻き起こす神薙の刃が、デモノイドを包み込み、表面を裂いていく。
     毒に侵されたリャーナと入れ替わり、エイジが敵の前に立った。
    「愚か者め。くらえ、閃光百裂忍法!」
     目で追えないほどの連撃で、敵の体がぼこぼこに歪んだ。
    「疲れたでしょう? もう、お休みなさいませ」
     燈の、炎を纏った4本の剣が、敵を切り裂き、燃やしていく。
     それでも尚、切れ味の残ったDMWセイバーを振り回す敵に、海を背にしたヘキサが楽しそうに向かい合った。
    『グォオオオッッ!!』
     迫る敵を目前にして、彼の靴のホイールが超高速回転を見せた。
     獲物を逃がさぬよう、デモノイドは巨大な刃を横なぎに振るった。だが、彼の足もとから伸びる炎の筋は、地面から上空へと伸びた。
     それは壊れて点灯していない街灯だった。片輪で駆けあがり、そのまま敵の頭上へとヘキサが襲いかかる。
    「喰い千切れェ! 火兎の、牙アァーーッ!!」
     輝くホイールが、敵の右肩を引き裂き燃やした。
     そして、背後には刀の鯉口を切る那岐の姿。
    「いきます……奥伝、『返し風』!」
     闇に、一瞬だけ煌めく禍断の刀。見えない手の動きから、刀を納める音がしたかと思うと、デモノイドの胴はぱっくりと割れ、体液が噴き出した。
    『ヴゥゥ……、ヴァァアアアッ!』
     悲痛な叫びを残し、溶解液を撒き散らしながら、海のある崖へと走り出した。
     だが、その足は捉えられた影によって止められてしまう。
    「失礼。でも、逃げるのは許しませんよ?」
     ガジガジとヴァンの影業が敵の足を喰らう。
     わずかに残る酸の液体を染み出させるデモノイド。だが攻撃をする前に、その胴体には夕月のクルセイドソードが突き刺さっていた。
    「……ごめんね」
     倒れこみ、動かなくなった体を、炎が包み込んでゆく。

    ●闇に還る
    「お疲れ様でした。お怪我の具合は如何でしょうか」
     体にこびりつく酸を払い、眼鏡をかけるヴァン。
     全員、疲労の色は濃かった。だが幸いにも重傷を負うような仲間はいないようだ。
    「まさに脅威の戦闘生物。……しかし、力を合わせた我らの敵ではなかったでござるな」
     無事を喜ぶエイジに、ヴァンも安堵の表情を向けた。
     敵の破片だったモノは霧散し、残っているのは焼けゆくデモノイドだけ。
     ヘキサは存分に戦えた高揚のまま、強敵だった敵の亡骸を見つめた。
    「楽しかっただろォ……?」
     元には戻せなかったけれど、力を確かめ合えた結果の死だ。
     あの世で満足していて欲しいなと思う。
     黙祷を捧げる嘉月。その横で、燈も神妙な顔つきで祈りを捧げた。
     波のはじける音が響き、炎の燃える音をかきけす。
     潮風をくんと嗅ぎ、リャーナは少し悲しげに微笑んだ。
     灰になり、宙へ舞い上がるデモノイドだったモノ。
    「どうか安らかに、黄泉路を迷いませんよう……」
     それが海へと飛んでいくのを、那岐はそっと眺めた。
     夕月がイヤホンを耳にはめて立ち去ろうとした。
     その口から紡がれた再びの謝罪の言葉を、激しい海風がかき消していく。

    作者:智葉謙治 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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