空への祈り

    作者:矢野梓

     山の天気は変わりやすいというけれど、その日は嘘のように穏やかな1日であった。晩夏の空は青の淡みを増しつつあり、地上よりもわずかに早く秋の気配を帯びはじめていた。
    「それでもこの格好となるなあ」
     壮年の写真家は道端の岩に腰を下ろすと、大きなリュックサックを傍らに置いた。風は残暑のわだかまる町とは比べものにならないくらい涼しい。だがここまで登ってくるだけでも結構本格的な装備が必要だし、ましてや写真の機材を持ち運ぶとなればその苦労は並大抵のものではない。
    「そろそろ、年かな」
     それとも助手でも雇うべきか――写真家にふとそんな考えが浮かぶ。だが彼はすぐにその思いを打ち消した。
    「あと少しであいつと来られるようになるんだしな」
     写真家は家に残してきた息子の顔を思い浮かべた。来年の春には高校に入るだろうその子は彼のたった1人の息子だった。若くして妻を亡くした彼にとってたった1つ残された生きる支え。不安定な写真の仕事をなんとか続けてこられたのも息子がいてくれるおかげだった。跡をついで欲しいとかそういうようなことを思ったことは1度もなかったが、息子は最近写真に興味を持ち始めたらしい。いつか現場に連れていってくれなどと冗談口にもいうようになってきたのだ。
    「そろそろ行くか……あいつの生まれた時間の星空、撮ってやる約束だしな」
     写真家はゆっくり山道を登って行った。もうしばらく行けば展望台のように開けた場所に出る。そこから望む夕日はまだ誰もカメラに収めたことはない筈だ。
    「いい夕暮れになりそうだ」
     そうきっと今夜は例のないほど好条件の夜になる。だとすればきっと――。だが、その思いは次の瞬間、断ち切られた。
    「……!!」
     ざくりと背後で何かが切れる音がする。ばらばらにされた機材がぼとぼとと落ちた。何事かと振り返ったその瞬間、写真家の目に映ったのは巨大なイタチのような何かの影。
    「!!!」
     叫び声すら上げる暇はなかった。構えようとしたカメラは一瞬でどこかへ吹き飛ばされた。喉元を過ぎ去る一陣の風。だが彼は知った。吹き抜けたその刹那、異様な痛みが自らの首に走ったことを。そして自分の体を巡るはずの赤い河が音を立ててほとばしっていくことを。
    「……」
     声にならない声で最期に呼んだのは一体誰の名前だったのか。暗くなっていく写真家の視野の中ではこの世のものでない星達が煌めき始めていた。
    「みなさん、お揃いですね。どうぞお座りください」
     教室の扉を開けるとそこでは五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が静かに待っていた。机の上にはちょっとした山の写真やら地勢図やらが広げられている。察するにこれから灼滅者達が赴かねばならないのは、どうやらかなり自然豊かな所らしい。
    「お察しの通り、ですよ。日本アルプスのある山の中腹にはぐれ眷属が姿を現したもので……」
     姫子は小さく微笑んだ。どこか淋しげにも見える表情に灼滅者達は押し黙る。すでに被害者が出てしまっているが故の依頼だということは何となく想像できる。灼滅者達は姫子の次の言葉を待った。
    「皆さんもご存じでしょうが、山野に出るものといえば鎌鼬……」
     その鎌鼬は1人の山岳写真家を心ゆくまで切り刻んでしまったのだそうだ。鎌鼬は今のところ移動するような行動はとっていないから、写真家の辿った道をゆけば必ず遭遇できるはずである。現場はめったに人が立ち入らない場所とはいえ、紅葉のシーズンも間近に控えていること、危険な因子はさっさと取り除いておくに越したことはない。
    「鎌鼬は全部で7体。ボス格の1体を中心によくまとまっています」
     いわゆる知性があるというのとは全く異なるが、どうやらボス格の動きに合わせるように動くことが得意らしい。
    「そうすることで効率が上がると本能的に知っているのかもしれませんね」
     姫子は手にしたメモに目を落とす。ボス格の鎌鼬はひときわ体が大きく、体長は1メートル程。前足の鎌が1対ある。
    「どういう状態になっているのか判りませんが、鎌は長く伸ばすというか、飛ばすことが可能なようですね」
     つまり走り抜けざまに切り裂いていくこともできるし、遠くの敵を狙い撃つことも可能なのだ。格下の鎌鼬達も攻撃方法は同様だ。ただしこちらは体長が70センチほどとやや小型になるし、ボス格程パワーにも体力にも恵まれてはいない。
    「ただ鎌鼬は鎌鼬、動きは決して鈍くないですよ……」
     姫子は続けた。戦う場所は十分な広さがあるとはいっても傾斜地であることには違いない。地の利がどちらにあるかといえばやはりそれは動物型の敵の方と言わざるを得ないだろう。
    「十分な回復と作戦――どちらもが必要になるでしょうね」
     時間はたっぷりありますからどうぞ綿密に――姫子はそういうと、灼滅者の1人に目指す山の写真と地勢図とを手渡した。地勢図には写真家が登ったであろうルートが細かく示されている。鎌鼬との遭遇点には赤い×印がつけられていた。ちょうど山の中腹で斜面も緩やかな場所であるらしい。
    「彼の人生を取り戻すことはかないませんが……」
     せめて鎌鼬だけはきっちり退治してきてください――姫子はそう説明を締めくくる。そして思い出したように続けた。
    「多分、皆さんに行っていただく日はよく晴れると思いますよ」
     写真家の彼が楽しみにしていた夕暮れ、星空が雄大なまでに広がる日となることだろう。
    「彼が最期まで気にかけていた風景、代わりに眺めてくるのもいいかもしれません」
     よろしければ供養代わりに――祈るような囁きと共に姫子はそっと窓の外を見る。学園の庭は残暑厳しい夏の光に満ちている。山はここよりももう少しだけ早く秋の気配が忍び寄っていることだろう。


    参加者
    天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)
    イオノ・アナスタシア(小学生魔法使い・d00380)
    九条・龍也(梟雄・d01065)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    月雲・悠一(火竜の戦鎚・d02499)
    瀬戸・与四郎(水想のペッシェ・d05718)
    華槻・灯倭(セロシア・d06983)
    飛鳥・清(羽嵐・d07077)

    ■リプレイ

    ●山路ゆき
     その日も中央高地は恐ろしい程の晴天の中にあった。雲が峰々の頂を隠すことはなく、風が山道をゆく者を凍えさせることもない。秋の紅葉をまだ少し先に控えた山々は穏やかな沈黙の中にあった。無論、一部の尋常ならざる例外を除いて。そしてまたその例外ゆえにこの地に呼ばれた者もいるのである。彼らの名は灼滅者。ダークネスを倒しうる者達――。
    「この辺~?」
     イオノ・アナスタシア(小学生魔法使い・d00380)がまだ艶やかな緑を残す茂みを覗き込む。大きな登山道からはやや離れて伸びる細い道。人の通った跡を見つけるのは彼女にとってはめったにない仕事だけに、簡単にはいかない。
    「だな。折れた方向が山頂向いてるし……」
     間違いないだろう――月雲・悠一(火竜の戦鎚・d02499)に保証されると、安堵の表情を見せた。悠一自身はといえばキャンプ道具一式を背負って汗だくである。鎌鼬退治後のお楽しみ、星空観察に備えての道具類なのだけれど。
    「ああ、腹減って力が……出ない」
     同じく瀬戸・与四郎(水想のペッシェ・d05718)も道端の大岩に腰を下ろした。つられるように仲間達も休息に入る。汗をぬぐえば、ふもとから吹き上げてくる風が火照った頬に心地いい。
    「多分あの人もそうやって休んだのよね」
     足元を吟味し、周囲の警戒を続けていた鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)が僅かに表情を緩めた。そう、この道は、今はもう亡い写真家が行った道。機材を背負ってこの道をゆき、そしてダークネスの眷属の犠牲となった――。もし運命がほんの少しだけ変わっていたら、彼はそのまま美しい星の海を思うまま写真に切り取っていたに違いないのに。
    「星の事で……誰も悲しい思いはしてほしく、ないんだ」
     まっすぐに前を見据えて、与四郎も独り言のように呟いた。天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)も頭をあげて山の高みを見上げる。もうすぐ写真家の終焉の地。そこには鎌鼬達がたむろしているという。それらははぐれ眷属とはいえど、ダークネスにつながるもの。決して放置できる存在ではないのだ。
    「まぁ、なんであれ倒すべき相手に変わりはねぇ」
     その鎌ごと斬って捨ててやる――九条・龍也(梟雄・d01065)は拳を打ち合わせると軽快な音がする。仲間達皆の表情に不敵とも呼んでいいような笑みが浮かんだ。
    「……取らぬ狸の、なんてならないようにな」
     悠一は立ち上がり、ぐるりと周囲を見渡した。この地はこれからが秋の観光シーズンだ。危ない要素はさっさと取り除いておくに限る。
    「でなければ……また『守れぬ約束』が増えてしまうでゴザルよ」
     ウルスラの呟きに華槻・灯倭(セロシア・d06983)は微かに眉を寄せた。
    「約束、守れないままになくなってしまうのは……悲しいね」
    「助けられない……ってのもやりきれなーな」
     子供がいたらしいし、仕事もまだまだこれからじゃん――風に紛らせるかのように、飛鳥・清(羽嵐・d07077)も呟く。だがひとたび事件が起こったからには。もう時を戻すことはかなわない。灼滅者達にできることは同じ未来を呼びこまないようにすることのみ。
    「「ああ……」」
     仲間達の声が揃う。鎌鼬との遭遇はもうすぐだ。眷属達を倒すことは学園の使命。灼滅者達はそのためにここに集っているのだから。

    ●なにやらゆかし鎌鼬
     そこからの道のりはそう難しいものではなかった。一行が中腹の開けた斜面に到達した時、陽はまだ十分に昼の明るさを保っていた。
    「身を隠すのは……無理そうデスな」
     ウルスラは残念そうに首を振った。できるならば隠れて待ち伏せでもしておければと思ったのだが、何しろここは展望台代わりにでもできそうなほど開けているのだ。
    「傾斜も問題にならないな」
     与四郎も頷いた。そうとなれば声を抑える必要は全くなく、足音はむしろ鎌鼬を誘うつもりで大きく響かせて。
    「……来た!」
     短く鋭い狭霧の一声。殆ど同時に彼女の右手は解体ナイフの鞘を払っている。逆手に抜いた刃が晩夏の陽射しにきらりと輝いた、と思った時には手の中のナイフは順手、その切っ先は小山のようになって駆けてくる鎌鼬達に向いていた。
    「イグニッション」
     間髪を入れず悠一の声が響き割った。発火――確かに血と焔の戦士にはこれ以上のワードはあるまい。見事な変貌ぶりにイオノは思わず見惚れてしまう。
    「わほーい♪」
     何とも勢いに欠ける様子のイオノだが、悠一は彼女の頭を軽く叩いて前衛へと走り去る。
    (「ウチの団員もいるからな……カッコ悪い所は、見せられないぜ!」)
     せいぜい目立って敵の攻撃を一気にひきつけて。それが前衛陣の役割ならば……龍也も一気に前に飛び出していく。白い風にも見える鎌鼬と灼滅者達。2つの渦がぶつかるまでには瞬き数回ほどの時もかからなかった。

    「!!!」
     狭霧の腕から紅の珠玉が散る。ボス格の鎌はその体の半分以上にもなろうかという大きなもの。血の匂いに配下のもの達の狂騒も一気に最高潮にまで達したらしい。6つの風が灯倭、清らを含めた前衛陣に切りかかる。咲いた朱の花は1つ2つでは当然ない。風を切る鎌の音は不吉そのもの。ウルスラの背にぞくりとした感触が走った。
    (「ああ、自分はやっぱりロクデナシだ……こんなにも戦うことが好きだとは」)
     それは決して嫌悪の情だけではない。獲物を見つけた肉食獣の快感のような、好敵手を見つけて湧く心のような――。そしてそんな感触を清もまた別の形で感じていた。
    「何しやがる!」
     ぱっくりと赤い傷のあいた己の腕。清の中で何かが切れた。その感情に任せた力がすれ違おうとする配下の1体に振り下ろされる。
    「それで、殺れたと思うな」
     流石にディフェンダー。防御には一日の長があったと見えて、反撃への行動は実に素早い。大地に叩きつけられた鎌鼬がはねるように起き上がって清をねめつける。数瞬の沈黙が敵味方の間を流れた。それはそこにいる者の皮膚をピリピリと刺激する、痛いような沈黙であったけれども。

    ●全てを虚無へ
     その痛いような沈黙を破ったのは狭霧の一閃だった。完全に死角をつかれたらしい1体が耳障りな叫びをあげた。
    「……奇遇ね、私も切り裂くのが得意なのよ」
     それを合図とするかように広がる黒はウルスラの殺気。6体いる配下のすべてを包みこんで鏖殺の限りを尽くせば、重ねて与四郎がヴェノムゲイル――毒をもたらす。
    (「1体でも多く……」)
     彼の願いに応えるように毒は半ば以上の配下に届いたようだ。ぎちぎちと聞こえてくるのは歯ぎしりなのか、だがそれもまた清の旋風の中にかき消され――
    「小さいのがうじゃうじゃと、うざってぇ」
     それでもなお、前進しようとする鎌鼬達を龍也は紅蓮のオーラを以って出迎えた。赤い輝きの中にもきらりと光る日本刀。そこに今、新たな血が加わり、龍也には新たな力が注ぎ込まれる。
    「よっし、とりまきからな!」
     悠一の声はこんな戦場にもよく通る。こちらも無傷ではないけれど、一番の深手だった狭霧へはイオノの矢が癒しを運んでくれている。ならばここは一気に攻め込むべきところだろう。
    「一匹も残さないようにな!」
     高らかな宣言に重なる大震撃。素早さが身上の鎌鼬の足さえをもとどめてしまうその技に、3体の敵がはまり込む。
    「そうね、ならお前から――」
     灯倭は笑みさえ浮かべてその鋼の糸を1体の配下へ。ひゅんと風を打つその音は、敵の振り下ろす鎌の風音にも似て。パンと響くのは敵の腱の切れる音。同時に彼女の霊犬、一惺の斬魔刀が更に傷を切り開く。体を巡る毒もじんわりと聞き始めているのだろう。それはもう瀕死といってもいいように見えた。

    『!!!』
     だが配下のものがいかになろうとも、ボス格の鎌の切れ味は別格だった。身を以って味わうことになったのは龍也。与四郎がすぐさま癒しの光を届けてくれはしたけれど配下のもの達の鎌が龍也と狭霧、そして清に振りかかるとなれば、安心してもいられない。
    「速いわね……でもそれだけでしかないわ」
     狭霧の頬に赤い筋が走った。鎌はいつでも一直線に彼女に向かって飛んでくる。そのスピードは確かに速い。だがひとたび見慣れてしまえばどうなのか。
    「それなら、ただ叩きのめすだけデース」
     味方のちょうど中央でひらりと踊るウルスラ。それは敵を攻撃する者であると同時に、次なる攻撃への力を備えるもの。更なる力を得た前衛陣は唇の端に笑みを刻んだ。そう、それならあとはもう――狭霧のナイフの冴えが死に瀕した鎌鼬を完全に冥界へ送りこみ、龍也の日本刀が銀の光となって2体目をとらえる。
    「かかった……」
     相手の鎌を確かに封じた手応えを仲間に告げれば、返事の代わりに清はヴァンパイアの霧を広げてみせ、イオノはその清に癒しを乗せた矢を打ち込む。仲間達さえ無事ならば悠一にも灯倭にも憂慮すべきものは何もない。打ち出されるスマッシュに衰えはなく、操られる鋼糸に迷いはない。2体目が黄泉路を下って行ったのはそれからまもなくのこと。ボス格へ至る道は徐々に、だが確実に開き始めようとしていた。

    ●空への祈り
    「あとすこしですよー、張り切って行きましょー」
     イオノの癒しの矢がきらりと長い尾を引いた。ちらりと与四郎の方を見やると、彼もまた軽く手をあげて応えてくれる。お互い仲間への強化が完了したことを確認すると、その情報はすぐに全員が共有するところとなる。緻密な声の掛け合い、技の重ねあいはいまや、残る配下を一気呵成に切り崩すところにまで迫っている。
    「お前の切れ味はさすがだよ……だけどな」
     ウルスラの天使の歌声にまで頼らねばならない深い傷。だがにやりと龍也は笑みを浮かべた。心の深いどこかから湧き出してくるものの名は勇だろうか猛だろうか。そんなことを考えるよりも早く、彼は刀を構え直す。配下の鼬達が一斉に襲いかかろうとする姿勢を示した。
    「……もう見切った」
    「ええ、逸れ眷属にふさわしく……」
    「単調に過ぎるからね」
     狭霧の微笑に、灯倭の零れるような笑顔。もう目の前のモノは大敵にあらず。だが情け容赦もまた無用。与四郎はその手の内に聖なる光を生み出した。悪しき者へは滅亡を――その謳いの言葉通りに、無音の輝きは鎌鼬の体を灼きつくす。
    「さあ……」
     与四郎の促しはあくまで静か。だがそれに続く灼滅者達の攻撃は秋霜烈日そのままに。紅蓮のオーラに黒の剣戟、次々と重ねられていく攻撃に配下の生命力は目に見えて削り取られていき――悠一の無敵のスマッシュに、配下の鎌鼬達が完全な沈黙を強いられたのは、灼滅者達の攻撃が更にもう一巡したのちのこと。

     ひときわ大きな鎌鼬の包囲網がじりじりと狭められていく。ボス格の鎌鼬も野生のカンとでもいうべきもので自らの不利を悟っていたことだろう。今や周りを守る小物もなく、敵するものは数多く。その絶望が一陣の風鎌となったのは自棄に類するものだったろうか。
    「「イオノ!!」」
     一瞬の出来事だった、と後に前衛陣は語ることになる。振り上げた鎌が我が身の傍らをすり抜けていったのさえ見えなかった、と。一瞬遅れて髪をなぶった風、更に一泊遅れて上がったイオノの悲鳴。与四郎が弾かれたように回復にかかったが、彼にも傷を負った当のイオノにももはや心配の色はうかがえない。清はすぐ足もとへ戻ってきた一惺の背を軽く撫でた。ふわりと柔らかな毛並みがすっと逆立つ。それは勝利をもぎ取ろうとするものの、証のごとく。
    「♪♪♪~」
     終わりの始まりは伝説の歌姫の神秘なる歌声で。ファンファーレにも似て高らかに勝利を告げる歌に合わせて、狭霧は自らの背に不死鳥の赤き翼を顕現させた。羽ばたきごとに満ちる癒しの力、イオノはにこりと一礼し……。
    「ズドンと一発おっきいの行きますよー!」
    天星弓を大きく引き絞った。きらりと現れいでるのは高純度の魔法の矢。それはまさしく魔法使いの面目躍如といったところだろう。解き放たれた矢は一瞬の流れ星。光さえも尾と残して飛び去る先には鎌鼬の心の臓。
    「どんな相手だろうとただ斬って捨てるのみ!」
    ぐらりと大きく傾いだその隙に、龍也の日本刀が走り、灯倭の黒の斬撃が矢傷を更に押し広げ。両手に備わる大きな鎌が空を掻く。その首の根を清はがしりとつかんで投げつける。
    「オラ、いくよ」
     最も危険で最もダメージの大きい、鋭利な岩の上に。まるでボールのように空をゆく鎌鼬を一惺は猟犬の如く追いかける。霊犬の斬撃に上がる断末魔、悠一もまた強力な一撃を。
    「今度はアンタが切り刻まれる番よ。覚悟しなさい」
     狭霧のナイフが銀の月のように輝くのを、イオノは静かに見届けた。後一撃――心に浮かんだ言葉のままに、イオノは弓を引き絞る。
    「もう悪さはしちゃいけません。おねんねするですよ!」
     ただ一矢に限りない思いをこめて――それが全ての『終わり』となった。

    ●星に約せば……
     本物の静寂を取り戻した晩夏の山に風は涼しく吹き抜ける。戦いはほんの少しのはずだったのに、辺りはもう夕焼けへの準備が始まっているかのように思えた。
    「できるなら、カメラをな……」
     ウルスラの提案に一行は野原のあちこちに散っていく。確か写真家のカメラは鎌鼬に飛ばされていたから――。
    「あった……見つけてくれた」
     やがて灯倭が仲間を呼んだ。見れば彼女の一惺が草の前にちょこんと座っている。
    「無事か?」
     悠一が問うと多分、といくぶん自信無げな答えが返ってくる。フィルム用のものだったから勝手は判らないけれど。この状態なら届けてあげることができるだろう。

     やがて辺りは一足早く夕暮れを迎え……と思ったのも束の間、辺りはあっという間に闇の中。一番星を探そうとしていた狭霧の思惑はあっさりと裏切られ。一番星は夕暮れに輝くものと思っていたのに、次々星影が現れるここではどれが一番だかまるで判らなかったのだ。
    「都会じゃあお目に掛れねぇな。こりゃ」
     龍也が言葉を失ったのも無理はない。与四郎と悠一が用意してくれたテントをベースに、そこからは心行くまで星見の会。
    「あ、お腹、空いただろう?来る前に夜食、買ってきたんだ」
     与四郎がパンやおにぎりを並べれば、イオノはにこりと笑う。ゆっくりと見上げる空は1人では怖いほど。でもこうして皆で食べながら見上げる空は……。ちらりと隣を見れば悠一もそっと頷いてくれている。
    「あのカメラ、届けられるかなあ」
     星座の名を数えながらウルスラが呟く。
    「うん、そう祈ろう」
     折角見つけたんだしね――灯倭はぎゅっと一惺を抱きしめる。だよね、と清も頷いた。自分が灼滅者として生きることは未だにぴんと来ないのだけれど、こうして同じ力を持った仲間がいてくれるなら……。
    「あたしらもこれから、だよな」
     天空を銀の星が横切っていく。あの向こうにあるのは希望――そんな思いが一仕事終えた灼滅者達を静かに包んでいった。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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