「…………」
ズン、と足音を響かせて、その異形の巨躯は街中を進む。
千葉県木更津市――人口十三万を超える、複数の新興住宅地を持つベットタウンである。その住宅地を、デモノイドはただ独りさ迷っていた。時刻は夜、人が多く住む住宅地においてその異形が人目に今まで触れなかったのは、単なる偶然に過ぎない。
だが、長く続かないのが偶然だ。不意に、その時は訪れる。
「ひ!? な、なんだぁ!?」
その悲鳴に、デモノイドは振り返った。そこにいたのは、サラリーマン風の男だ。この時間にようやくの帰宅だったのだろう、その手にコンビニ袋と鞄を下げた男にデモノイドは視線を向ける。
「――ア」
向け、認識してしまう。
「ア、アアアアアア、ア――」
そうなってしまえば、後は自然な流れだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
理性のない獣が得物を見つけたように、衝動のままにデモノイドは荒れ狂った。
「……一から説明するっすね?」
未来予測の状況を語り終え、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は改めて解説を始めた。
「始まりは、アモンの遺産を手に入れたハルファス勢力が、木更津市にデモノイド工場を作った事らしいっす。で、この工場が朱雀門高校のヴァンパイアによって破壊されてしまって、その結果多数のデモノイドが木更津市に開放されてしまったんすけど」
どこかで聞いた事のある状況だ、と翠織は厳しい表情で続ける。
「このままだと、木更津市に多くの被害が出てしまうっす。どうにか、撃退してきて欲しいんすよ」
担当してもらうデモノイドは、夜の住宅地をさ迷っている。しかし、そこで住人と遭遇してしまい、そのまま暴走を始めてしまうのだ。
「そうなると、遭遇した人だけじゃないっす。近隣の住宅も構わず暴れて破壊しまくるっすから、そうなるとかなりの被害が出るっすよ」
不幸中の幸い、住人と遭遇するまで間がある。こちらが先に接触して、ESPによる人払いを行なえれば周囲に被害が出る前に戦いに持ち込めるだろう。
住宅地の路地が戦場なので街灯がある、光源などの用意はいらないだろう。思い切り戦って欲しい。
「相手は一体のみっすけど、強いっす。デモノイドのサイキックと解体ナイフのものを使ってくるっす。全員が力を合わせてようやく、そういう強敵っす」
しかも、それは戦術を練った上で全員が役割に徹して、だ。まともに正面から戦えば、返り討ちもある。
「こんな住宅地で暴れられたらたまらないっすからね。とにかく、速やかに対処して欲しいっす」
そう翠織は、真剣な表情で締めくくった。
参加者 | |
---|---|
砂原・鋭二郎(中学生魔法使い・d01884) |
安曇・陵華(暁降ち・d02041) |
鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951) |
ゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218) |
アリス・ドルネーズ(バトラー・d08341) |
村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397) |
和久井・史(雲外蒼天・d17400) |
渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603) |
●
ズン、と足音を響かせて、その異形の巨躯は街中を進む。
「…………」
千葉県木更津市――人口十三万を超える、複数の新興住宅地を持つベットタウン。青い巨躯はそこを、たださ迷う。時刻は夜、人が多く住む住宅地においてその異形が人目に今まで触れなかった、その奇跡のような偶然に渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603)が呟いた。
「あれね?」
その言葉に、返答は返らない。百合が振り向けば、そこには無表情の和久井・史(雲外蒼天・d17400)がいた。返答は、ない――その理由を村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)は察する。
「……アンタらが、一番の被害者なのにな」
デモノイドの前に立ち、昌利は言い捨てた。史が無言を守った理由――それは、DSKノーズに一切の臭いを感じなかったからだ。
DSKノーズが感じ取る臭いとは、『業』の臭い。は残虐な殺害をする毎に増え、善行をする毎に減るものだ……ようするに、あのデモノイドは人の命を奪った事がないのだ――まだ。
「あれはきっと殺戮する意識の具現……阿佐ヶ谷地獄……あの時の事だけは木更津では起こさせない」
ボソリとゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)が、言い捨てる。まだ、命を奪っていなくても放置をすれば多くの命が奪われる――そうさせる訳にはいかないのだ。
「……ぼくらには終わらせる事でしかあの人達を救う事はできないから。疾く速やかに……終わらせよう」
鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)が、殺界形成を展開する。自分を取り囲むように展開する灼滅者達に、デモノイドが小さな声を漏らした。
「――ア」
認識したのだ、灼滅者達を。そうなってしまえば、後はデモノイドの本能は枯れ野に火がつくように燃え上がる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「アリス・ドルネ―ズ。九条家執事兼九条家ゴミ処理係り」
音もなく広がる鋼糸、レクイエムを操り、アリス・ドルネーズ(バトラー・d08341)は静かに言い捨てた。
「お前に祈る神などいないのだろう。命乞いをする間もなく、殺してやる」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
デモノイドの、右腕がミシリ、と変化する。そして、膨れ上がる殺気を感じながら砂原・鋭二郎(中学生魔法使い・d01884)は淡々と告げた。
「灼滅開始」
「皆で学園に『帰る』からな!」
同じく『帰る』の解除コードでクルセイドソードを手にした安曇・陵華(暁降ち・d02041)は、その切っ先をデモノイドへと突きつける。
その直後、デモノイドが右手の異形の刃を掲げた。ゴォッ! と巻き起こる漆黒の暴風、ヴェノムゲイルが灼滅者達を飲み込む。
「君と俺は、違う。だが、同じだ」
黒い暴風の中から、その声が響き渡った。そこに込められた想いは、言葉では言い表せない。だからこそ、史は決意のみを込めるのみだ。
「君の衝動は、俺が受け止めよう」
抗う事が出来たかどうか、ただそれだけの違いしか持たない同胞へ、史は拡大したシールドで暴風を蹴散らし、告げた。
●
「ア――」
デモノイドは、気付かない。サウンドシャッターにより、戦闘音が外に漏れなくなった事を。
「――――」
サウンドシャッターを使用したのは、昌利だ。「喧嘩用」の指貫グローブを嵌め、上着を脱ぎ、手首を軽く揉む――そして、一気にデモノイドへと踏み込んだ。
一気に駆け抜けた昌利は、雷を宿したその拳を突き上げた。ジャ! とアスファルトをするほどの超低空の軌道で繰り出された抗雷撃を、デモノイドはその巨大な左腕で受け止める。
「wondering……定まる意志なき獣の住む世界は此処じゃないの……」
その声に、デモノイドが急激な速度で振り返った。牽制の横薙ぎの一閃、しかし、その凶悪な刃は空を切る。
「獣でもオレっちみたいな奴じゃなきゃね」
ゼノビアの右手、人形ヴェロが告げたその瞬間、音もなく放たれた影の刃が死角からデモノイドの太い足を切り裂いた。
「なら塵に返そう。人に還そう」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
獣のごとく、デモノイドが地面を蹴る。その青い異形の筋肉は、一歩目から最高速に生み出した。
「炎獄! 灰塵! 烈火! 闇の時代は~鮮烈に燃え落ちて~♪」
掻き鳴らす瑠璃の衣通姫の音色に、銃声が重なる。爆炎を宿した銃弾の雨は次々とデモノイドに着弾、青い巨躯に着火した。
「力での勝負は分が悪そうだが、スピードはどうでしょうね」
その懐へアリスが踏み入る。デモノイドが反射的に繰り出した左拳をわずかにステップして掻い潜り、アリスはレクイエムを躍らせた。
「そうそう、好きなように動けると思うな」
音もなく、アリスの封縛糸がデモノイドの左腕に巻き付く。アリスはそのまま横に駆けようとしたが。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
グン! と乱暴に引っ張ったデモノイドに、その動きを引き止められた。だが、その引っ張る力が緩む――霊犬の慈が放った斬魔刀が、デモノイドの脇腹を切り裂いたのだ。
そして、影をまとわせたロッドを構え、淡々と鋭二郎はその引き金のない銃口をデモノイドへと向けた。
「凍てつけ」
バキン! とフリージングデスの冷気がデモノイドを中心に吹き荒れる。そこへ、陵華が踏み込んだ。
「獣と鬼の力比べってな」
巨大化する右腕――陵華の繰り出した鬼神変の殴打に、デモノイドもその右拳を重ねた。ガゴン! という金属音のような激突音、しかし、陵華は構わずその拳をねじ込む!
「叩き潰す!」
デモノイドの腕が弾かれ、陵華の拳打がデモノイドに突き刺さる――しかし、その拳を振り抜く事は出来なかった。
「巨体に見合う頑丈さだな!」
陵華は、そのまま大きく後退する。そこに、百合は改めてWOKシールドを拡大させた。
「やはり、一筋縄ではいかないか」
攻撃は命中している、確かにダメージは与えているはずだ――しかし、百合は感じていた。デモノイドの圧力が、増しているのを。
「ア、アアア、アアア、アアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」
ビリビリ、と大気を振るわせるほどの咆哮――それは、より密度を増した殺気に満ちていた。
「来い」
ぶっきらぼうに吐き捨てる史へ、デモノイドが迫る。その異形の刃が、豪快に振り回された。デモノイド・メルティング・ウェポン・セイバー、自身と同じデモノイドの刃を受けて、それでも史は踏みとどまる。
「残された心があるなら、それが少しでも晴れることを――」
願う、という小さな呟きは、デモノイドの怒声にかき消された。
●
踏み込む者もおらず音さえ漏れない戦場で、デモノイドと灼滅者達はその鎬を削る。
「――――」
デモノイドの猛攻を足を止めて迎え撃ったのは、昌利だ。デモノイドの暴風のように迫りくる攻撃を軽いステップと両の手の受け流しで対応していく。斜め上からの斬撃を刃の腹を叩き軌道を逸らし、薙ぎ払う腕にはバックステップでかわしてのける――その猛攻の間隙を見極め、昌利はコンビネーションの拳を叩き込んでいった。
しかし、デモノイドは小揺るぎもしない。そのまま、変形させた刃で昌利へ強引に切りかかった。
「……そこ、危ないよ」
その斬撃に割り込んだのは、百合だ。切り裂かれながらも横回転、そのシールドに包まれた裏拳をデモノイドの横顔へと叩き付ける!
ドォ! という衝撃にわずかにデモノイドの動きが止まる、そこへアリスが跳躍して跳び込んだ。
「その刃を砕いてやろう」
アリスの鍛え抜かれた右拳と、デモノイドの寄生体が生み出した異形の刃が激突する。そのまま拮抗、三人と一体へ同時に後方へと跳んだ。
デモノイドが着地した瞬間、影の銃床を右肩に当て構えていた鋭二郎が言い放つ。
「穿て」
音もなく放たれた斬影刃が、デモノイドを言葉の通り穿った。一歩、二歩、とよろけたデモノイドへ陵華が滑るような歩法で間合いを詰める。
「隙ありだ」
非実体化された剣が、横一閃に薙ぎ払われた。神霊剣、その肉ではなく霊を断つ斬撃に、陵華は確かな手応えを感じる。
「まったく、大した獣だね♪」
そこへ、ヴェロのぼやきと共にゼノビアの鬼神変が叩き込まれた。ミシリ、と肉が軋む音と共に、デモノイドの巨体が宙を舞う。
それでも、デモノイドは空中で身を捻った。まるで、猫のように着地したデモノイドへ、史が踏み込んだ。
「溶けろ」
そして、史の掌から噴出されたDESアシッドの強酸がデモノイドの皮膚を溶かしていく。デモノイドは小さな苦痛の呻きを上げて、アスファルトを蹴った。
「示現の風よ来たれ!」
ギターを奏で、すんだ歌声と共に瑠璃の清めの風が吹き抜けていく。加えて、慈の浄霊眼による回復を受けて百合は呼吸を整えた。
「……強いな」
その百合の言葉に、昌利は小さくうなずく。デモノイドは、理性なき存在だ。その見た目から、元であった人物が男であったのか、女であったのかもわからない――今は、まだ半端な『化け物擬き』だ。
しかし、一度命を奪ってしまえば『化け物』に成り果ててしまう。だからこの場で『殺す』。『倒す』のではなく『殺す』――その意思を持って、昌利は戦場に立っていた。
もはや、残された救いは『それ』しかないのだ。『化け物』に成り果てる前に終わらせるのだ……これ以上の犠牲が、出る前に。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
デモノイドが、その異形の腕に砲門を生み出した。その標準の先は、鋭二郎だ。放たれた死の光線、DCPキャノンに貫かれながら血を吐くように鋭二郎が言い捨てる。
「自分は囮」
そのデモノイドの背後に、神楽舞を舞うように瑠璃が身を躍らせた。
「悪夢が現実を覆う前に、潰えろッ!!」
捧げるように振り下ろされた巨大な拳が、デモノイドを強打する。大きくつんのめったそのデモノイドへ、百合が踏み込んだ。
「……切り刻んであげる。肉片になるまで」
ヒュオン、と風切り音を鳴り響かせ、百合の鋼糸がデモノイドの体を引き裂いていく。度重なるダメージの蓄積にデモノイドは膝を揺らしたが、それを否定するように強く地面を蹴った。
「此処までだ!」
その速度を上回り、死角から回り込んだアリスのレクイエムが更に深くデモノイドを切り刻んだ。
「喰らえ」
そこへ鋭二郎の引き金のない銃から放たれた影が、デモノイドの巨体を飲み込む。鋭二郎が小さくうなずくのを見ると、ゼノビアがヴェロをかざした。そして、器用に短い腕――前足? でヴェロがポーズを決めると言い放つ。
「ぶッた斬るっす☆」
ゴォ! と巻き上がったつむじ風の刃、ゼノビアの神薙刃がデモノイドを中心に吹き荒れた。
不意に、ゴリ、と硬いものがデモノイドの胸へと押し付けられた――それは、史のDCPキャノンの砲門だ。デモノイドは反射的に反撃しようとするが、それを慈の斬魔刀が許さない。
「終わらせよう」
ドォ! と零距離で受けたデモノイドの体が、宙を舞う。そこへ陵華がクルリとマテリアルロッドを回転させ、昌利がその巨体を掴んだ。
「安らかに眠ってくれ」
「アンタの業、俺が背負う」
陵華のフォースブレイクがデモノイドの顔面を殴打したその勢いを利用して、昌利が裏投げでアスファルトに後頭部から落とした。ガゴン! と砕け散るアスファルト――そのまま、昌利は問いかけた。
「名は?」
その問いに、デモノイドは手を虚空にさ迷わせる。
「……あ……」
かすれたその声は、言葉にならない。名も残せず、『化け物』に成らずにすんだ犠牲者が息絶えた……。
●
「歪まされし運命は……潰えるが道理……」
呟く瑠璃の表情も、苦い。奏でるギターの鳴くような音色のレクイエムを捧げながら、瑠璃はこぼした。
「……アモンの遺産。……まだ各地に残っているのでしょうかね」
「だけどアモンの遺産ってなんだろう……デモノイドさんを作る知識なの? そんな物のために……生まれたデモノイドなら悲しすぎる」
悲しむゼノビアの表情に、陵華も言い捨てる。
「デモノイド、胸くそ悪い……人の魂歪められて生まれたんだよな? 倒されることで魂は解放されるんかな」
そう願わずにはいられない、そんな懇願の混じった呟きに明確な答えを出せる者はいなかった。ただ、そうであって欲しいと思うしかない――でなければ、あまりにも救いがないからだ。
――デモノイドから、新たな情報は出る事はない。どこから来たのか、そのルートのわからない。情報らしい情報は掴めないままだ。
「…………」
表情を動かさず、史は夜空を見上げる。表情には出ないが、芯は厚く感情的な少年だ。その胸に強く、熱く、ハルファスに対しては怒りと嫌悪が渦巻いていた。
これで、終わりではない。しかし、一つの悲劇を救ったのだ。これ以上の犠牲を増やさずにすんだ、それは価値のある勝利だった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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