木更津デモノイド事件~港へ解き放たれたケモノ

    作者:若葉椰子

    ●かくして起こる破壊
     千葉県木更津市。そこは東京湾岸で作られた物が集まり、港を経て各地へと送り出される商業の一大拠点だ。
     近年では経済縮小や道路網の整備などにより影が薄くなりがちだが、依然として木更津の港というものは重要な存在となっている。
     その地に解き放たれた破壊者が一名。
     かの者は知性を持たない。
     ゆえに、さざなみで揺れる船すらも敵であると認識する。
     かの者は強靭な腕を持つ。
     ゆえに、標的となったものはどれだけ大きくとも、度重なる攻撃で蹂躙されるだろう。
     かの者は驚くべき身軽さを持つ。
     ゆえに、獲物がひとつでは飽きたらず、次々と標的を切り替えてゆくだろう。
     それは、夜から深夜へと移ろう時に起きる惨劇。
     静まり返っていた港へ、怪物の咆哮が響き渡る。
     
    ●かくして行動する者たち
    「みんな、大変だよ! 木更津にデモノイドがあふれちゃったんだ!」
     息を切らせる名木沢・観夜(小学生エクスブレイン・dn0143)の様子は、風雲急を告げる用件を何よりも雄弁に物語っていた。
     いわく、ハルファスの勢力が木更津に作っていたデモノイド工場を、朱雀門高校のヴァンパイアが襲撃したらしい。
     しかし、デモノイドが残ったままヴァンパイアが撤退した事で、残されたデモノイド達が工場から飛び出し木更津の地で破壊活動を始める、との事だ。
    「みんなには、港にいったデモノイドの一体を灼滅してほしいんだ」
     工業地帯の玄関口である港。壊されたらタダでは済まないものが多数あると聞く灼滅者達の表情は、にわかに真剣味を帯びたものになっていった。
    「デモノイドはべつにかくれてるわけじゃないから、見つけるのはかんたんだよ」
     もとより知性のない存在。気を引かせ続ければ誘導もたやすいが、周囲に気を配らなければいけない事がネックとなるだろう。
    「それで、相手はすっごくはやくうごくから気をつけて! せっかくの攻撃も、よけられちゃったら意味がないよね」
     どうやら、デモノイドの中でも身軽な部類に位置するらしい。港という入り組んだ地形を上手く利用し、なるべく確実に攻撃を当てていきたいところだ。
    「デモノイドの攻撃は……力まかせのが多いみたい。あんまり長引くくと、こっちが押されちゃうよ!」
     ヒット&アウェイで一発一発の攻撃も重いという相手。
     不幸中の幸いというべきか、耐久力は比較的低めという事なので、落ち着いてこちらの攻撃を当てていけば勝機は見えてくるだろう。
    「それじゃ、がんばってきて! まちがって海におちたりなんかしたらダメだよ!」
     夜の港という事を考えれば、それも笑い事では済まないだろう。
     最後にそう心配しつつ、観夜は手を大きく振って灼滅者達を見送った。


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794)
    雨柳・水緒(ムーンレスリッパー・d06633)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    乾・剣一(草刈り大名・d10909)
    永舘・紅鳥(焔黒刻刃・d14388)
    ジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)

    ■リプレイ

    ●かくして開かれる戦端
     夜の港というものは、それだけでどこか現実離れした寂寥感と恐怖感を煽る。
     ましてや季節は秋も終わりというこの時期、さむざむしい夜の空気がそこには満たされていた。
    「ううっ、寒ッ!! ったく、厄介なところで暴れやがって……」
     耐えかねた永舘・紅鳥(焔黒刻刃・d14388)が、思わずといった様子でそんな声をあげる。
     そろそろ吐く息も白くなろうというこの時期、更に冷え込むような場所で戦うことの無情さを噛みしめているようだ。
    「そうですねえ、何でまたこんな所に来たのやら」
     石弓・矧(狂刃・d00299)は地図を片手に、実際に見た印象とのすり合わせを行いながら応じている。
     幸いにも資材置き場や空き地が点在しており、特に木材港周辺の一角へとおびき寄せる事が出来れば心置きなく戦えるだろう。
    「しかし、またデモノイドばら撒き事件ですか。そういえばデモノイドとの初遭遇もこんな感じでしたね……」
     そう迷惑そうにごちる雨柳・水緒(ムーンレスリッパー・d06633)だが、内心では誰もが同意する事だろう。
     場合によっては一箇所である程度の数が生まれ、そして衝動のまま破壊をまき散らす彼らは、ふとした事で今回のような事が起きる危険な存在なのだ。
    「となると、この一斉な動き……さらなる大事へつながる幕開けか、それとも……」
     物思いにふけるジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)は、いずれにしても見過ごせない事だと結論づけて自分を奮いたたせる。
     宿敵であるデモノイドが相手とあって、この事件にかける思いもひとしおだ。あるいは自らのデモノイドによる戦闘狂化の一面を重ね、不安になっているのかもしれない。
    「だいたい、朱雀門の子も出したら出しっぱなしとか躾がなってねーじゃねーですか。子供でも解る事をやらないとか何考えてんですかね」
     地理の確認をしながらも、今回の事件の発端となった朱雀門高校にイラついているのは猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)だ。
     彼らとハルファス軍が衝突、そこまではいい。しかし、その尻拭いをしなければロクな事にならないのだからたまったものではない。
    「俺も一応千葉生まれでさ、あんまり騒ぎを起こされるのも困るんだよな……って痛っ!? 俺理不尽に蹴られてねえ!?」
     千葉県出身者として、そして港にゆかりのある者として気合を込めていた乾・剣一(草刈り大名・d10909)だが、仁恵の八つ当たりを受けて抗議の声をあげている。
     ちなみにその風貌はといえば腰に複数のランタンを付けた照明強化仕様で、デモノイド以外にも色々と引き寄せそうな出で立ちである。
    「おう、噂をすれば何かと破壊がつきまとうやっこさんの登場だぞー。さっさとしばいちまおーぜ」
     面倒そうに言う山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794)の宣言通り、咆哮とともに駆けるデモノイドを全員が視認する。
     けたたましいアイドリング音を響かせるライドキャリバー『クリアレッド』を見つけ、こちらに迫ってくるデモノイドを見据えながら、鷹秋はそのまま殺気の領域を形成した。
    「っしゃ、始めっか。 ヤローども、やっちまえ!」
     相棒の『ザウエル』を駆り、ライトを点灯させて影道・惡人(シャドウアクト・d00898)が高らかに宣言する。
     舞台は整い、役者も揃った。己の目の前には戦うべき敵がおり、お互いの攻撃を妨げる障害物もない。橋や船はあるが、それも惡人にとって戦闘に影響するものではないのだ。

    ●かくして巻き起こる激闘
     果たして、最初に攻撃を届かせたのはデモノイドの方だ。まっすぐ、そして深く深く貫くような拳の一打が鷹秋へと突き刺さる。
    「ってえー……確かにこりゃ食らい続けたくねーな。本気出していくか」
     初手からの痛烈な一撃に顔をしかめる鷹秋だったが、かえって良い起爆剤となったのか、その瞳には灼滅の意思がありありと浮かんでいた。
    「そら、少しはあったかくしてやんよ!」
     言いながら放たれる炎の弾丸は敵の体表をかすめるに留まったが、牽制としては充分だろう。
     本格的に敵だと判断したのか、デモノイドの方からも張り詰めた気配を漂わせている。
    「ふむ、力任せの割にはよく型が出来ていますね」
     最初の攻防をつぶさに観察していた矧が、感心するようにつぶやく。
     ただ闇雲に拳を突き出すだけでは、相手に上手くインパクトを伝えられないのが正拳突きというものだ。身のこなしにしても体のしなりを上手く活用している辺り、体術に覚えのある人だったのかもしれない。
    「……今となっては詮無き事ですが」
     敵の挙動に加えて直線状に広がる海岸線についても警戒を促しつつ、矧は黒い殺気を解き放つ。
     人でなくなったモノに与えられるものは、死のみだ。殺気にあてられても怯む事のないデモノイドを、矧は複雑な心境で見据えていた。
    「ああ……言われてみれば、このデモノイドだって元は人じゃねーですか」
     魔力で強化された打撃を加えつつ、仁恵は忌々しげに吐き捨てる。
     常ならば際限なく言葉をぶつけている彼女だが、幾分口数が少なくなっているのはおそらく気のせいではないだろう。ただでさえ無表情だというのに、今宵は輪をかけて感情を読むのが難しく見える。
    「本当にもう、嫌んなっちまいますよ」
     それでも、仁恵は攻撃の手を止める事はない。包囲するよう味方に指示を出し、気を引くためにLEDの光源をいくつも取り出し、そして自らもまた行動する隙を狙う。
    「感情はな、戦闘の前と後にだけありゃいいんだ」
     死合いの最中には感情など、欠片も要らない。でなければ、喰われるのはこちらだ。
     ドライな惡人の物言いではあるが、そこには戦場における一片の真理がうかがえるだろう。
    「まあ、運が悪かったと思って、そろそろ倒れてくれないと、な!」
     断続的に繰り返される咆哮や足払いから仲間を庇いつつ、剣一も負けじと時折光線を放っている。
     心情を抜きにしても、相手は強敵だ。攻撃が通っている実感こそあるものの、やはり有効打となるものは少ない。
    「くぉ……何度食らっても効くなコレ……!」
     そこへダメ押しのように入る正拳突き。気づけば、傷口から出る炎が陽炎のように全身でゆらめいている。
     しかし、まだ倒れない。地力に加えダメージが分散しているお陰で、幸いにも戦線を離脱している者は、まだいない。
    「大丈夫です、まだいけます」
     言いつつ、その言葉を証明するように剣一へと光を分け与えるジオッセル。
     そう、決定打がないのは敵も同じなのだ。 回復に限りがあるとは言え、手数で優っているぶん勝機は充分にある。
    「当てる事が難しいのなら、その動きを止めさせていただきます!」
     水緒の宣言と共に、戦闘開始から幾度となく使われた腱への斬撃がデモノイドへと振りかかる。
     当初は尋常ならざる速さを誇っていたデモノイドも、複数回へと渡る足止めでだいぶ動きが鈍っているようだ。
    「避けられるのなら、当たるまで斬りかかれば良いのです」
     愚直なまでに真面目な剣戟で、相手の戦闘力を確実に削いでいく。水緒の性格がよく出た戦闘スタイルと言えるだろう。
     ある種膠着した戦況に、ひとすじの光明が差した。長所のひとつが潰れたという事は、それだけ大きなアドバンテージなのだ。
    「……なるほど、今ならだいぶ攻撃が通りやすいはずです」
     回復に忙殺されながらもつぶさに状況を観察していたジオッセルは、得心のいった表情で頷く。
     バトルジャンキーとしての慧眼が現状を有利と判断し、同時にメディックとしてここまで戦線を維持できた事に安堵しているのだろう。
    「ほらほら、もうヘバってきてる? ノロいんでねーの!?」
     スナイパーという事もあり、安定して攻撃を命中させていた紅鳥は、この機に乗じて挑発する余裕すらある、
     知性のないデモノイドが挑発に乗る、というわけでもないが、こうした挑発は自分を鼓舞する意味もあるのだ。
    「そいつの弱点はたぶん神秘だ、思いっきりやっちまえ!」
     そして、今までの応酬から通りのいい属性を見極めていた惡人からのアドバイスも入る。
     戦闘に関しシビアな彼があらゆるノイズを取り去って得た情報だ、活用しない手はないだろう。
    「なら、コイツしかないな。……無に帰せ、蒼き獣よ」
     瞬間、紅鳥から夜の暗闇よりもなお濃い影があふれだす。
     その影はあれだけ素早く動いていたデモノイドを的確に捕らえ、包み込み……後に残ったのは、何もなかった。

    ●かくして収束する事件
    「何とか、終わったみてぇだな」
    「はい、他に敵の気配もありません。作戦成功ですね」
     戦闘が終わって一息つく惡人へ、万一のため周囲を警戒していた矧も緊張を解いて応じる。
     木更津港での戦闘は、勝利という形で幕を閉じた。とりあえず今回は安心して帰れるというものだ。
    「コッチは何とかなったけど、他の組も無事終わったかな……」
    「心配、ですね」
     木更津はこの時期、地理上の理由で夜になると薄く霧が生じている。
     ややかすんでよく見えない遠くを眺め、剣一とジオッセルはその先で起きているであろう戦闘に思いを馳せていた。
    「しかし、これだけの事をやったということは……」
    「え、なに、また何かめんどくさい事があんの?」
     何かを予感したように呟く水緒に、鷹秋は微妙な表情で応じている。
     今宵の戦闘で疲れきっている灼滅者達にとって、先の事というのは想像するだけでも気が滅入るに違いない。
    「なあ、それよりもまず帰らね? ホント寒いってここ!」
     紅鳥の発言に、全員が思い出したように全身を震わせる。
     時刻は夜もそろそろ深くなろうとする頃合い、さらに冷える事は確実だ。風邪を引く前に帰ってしまうに限る。
     口々にそう交わす灼滅者達の影で、放り投げたLEDライトを回収していた仁恵が、そのうちの一本を海へと投げ入れていた。
     その表情は、暗くて見えない。しかし、彼女の発した一言は不思議と夜の港に響いていた。
    「おやすみなさい」

    作者:若葉椰子 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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