鬼畜道

     がれきにまみれた廃屋の中、その男は血を流しながら、埃まみれの朽ちたタンスにもたれていた。
     目の前に立つ、武器を持った3人の抗争相手が何を言っているのかもわからないほど意識が薄れていく。
     左肩から大きく切り裂かれた傷口によどんだ目を向けると、裂けたシャツの隙間から彫り込まれた刺青が覗いていた。
     見た者は悪事から離れると言われる花、曼珠沙華を背負って悪の道を行く、そんな気持ちで彫った刺青は、実は左の肩胛骨から二の腕の途中までしか彫れていない。痛みに耐えきれなくて途中で逃げ出したのだ。
     その程度の根性しかないから粋がっていても都合のいいように使われ、抗争が起こると使い捨ての鉄砲玉にされてこのざまとなっていた。
    「……ちくしょう……畜生……畜生畜生畜生……っ!!」
     悔しかった、腹がたった、妬ましかった、すべてが許せなかった。
     とどめを刺す3つの刃が体に突き刺さってきたその時、血と埃に汚れた刺青が語りかけてきた。足りないなら、欲しいなら奪えと。相手がなんだろうとチカラでねじ伏せ、従わせ、喰らって奪い取れと。
     脈打つ悪意はじわじわと全身に伝わってゆき、とてつもないチカラがあふれてくる。気がつくと、大きく裂けた傷口は盛り上がる筋肉でふさがって血も止まっていた。
     何が起こったのか理解できていない追っ手に対し、人外になったそれは欲望のままに腕を振るい、拳をねじ込んで骨を砕き、肉を潰して引き裂いた。
     耳障りな音が廃屋に響く。血まみれの肉を噛みちぎり、ぐちゃぐちゃと咀嚼し、床に広がる血をを舐めすする。
     羅刹と化したその男は血肉では満たされない自分に気がつき、獣のように吠えると、を餓えを満たしてくれるチカラを求めて飛び出していった。

    「羅刹達に新しい動きが起こり始めたようなんです」
     神立・ひさめ(小学生エクスブレイン・dn0135)は眉宇をひそめて口を開いた。
    「理由はまだわかってないんですが、ヤクザの人のような刺青を入れている人達が羅刹化するという事件がいくつも起こっています。今回の羅刹もその一つで、名前は望月・翔太。暴力団の下位の人で、抗争に利用されて殺されそうになったところで羅刹化してしまいます」
     ひさめは続けて説明をする。
    「これらの羅刹は特異な闇落ちで、羅刹になる前の状態の時に攻撃して倒すことで、刺青を纏った羅刹として元気な状態で復活します。今回は埼玉県の廃村の家に隠れているところで羅刹になろうとしているので、その場で刺青羅刹になるのを待って戦ってもいいですが、ちょっと狭いので必要なら外に連れ出してこちらで倒すことで刺青羅刹にして戦ってもいいと思います」
     ただし、と悲しそうな顔で続けた。
    「この羅刹は人に戻ることは、どうやってもできません。せめて被害が出ないうちに灼滅させてあげてください」
     言葉を切ったひさめは改めて説明を始める。
    「えっと、まず現場には別のヤクザさんが3人ほどいますが、この人達はただの人なので、ESPなんかで帰ってもらうか寝かしちゃうかして貰えばいいと思います。ただ、翔太さんは羅刹になる前とは言ってももうその兆候が出ているので、ESPを使って何かすることはできないので、場所を変えるときには直接連れ出すとかしないといけないです」
     その場で戦うなら問題はないですけど、とひさめは続けた。
    「刺青羅刹は大きな体と筋力を使って攻撃してきます。鬼神変のように大きな腕で殴ってきたり体当たりしたりします、とても力が強いので気をつけてください。あとはサイキックエナジーの塊を飛ばして攻撃してきたりします」
     ひさめは再び口を閉じて何かを考えてから話し出す。
    「この刺青羅刹の事件では、何かもっと強力な羅刹達の動きも確認されています。あまり派手に目立ったり時間をかけて戦っていると何か危険なことが起こりそうな気がします。刺青羅刹達の情報は欲しいですけど、危ないことはしない方がいいですよね。……いつも無理ばかりお願いしてごめんなさい、みなさんどうかよろしくお願いします」


    参加者
    月代・沙雪(月華之雫・d00742)
    リーグレット・ブランディーバ(紅煉の獅子・d07050)
    彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)
    折原・神音(鬼神演舞・d09287)
    鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)
    卯花・深雪(狂兎・d18480)
    雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)
    狗牙・梓縞(槐・d21706)

    ■リプレイ


    「ったく、クズが……手間かけさせてんじゃねぇよ」
     廃屋の中を狂気を持った3人の荒くれ者が、土足のまま上がり込む。その先には左腕からは血を、全身からは大量の汗を流して時々痙攣している望月・翔太がへたり込んでいた。
     血の付いた金属製の警棒で小突いてみるが、追いつめた翔太はすでに半ば意識を失いかけており、虚ろな目で見返すだけだった。
    「なんだよ、この下っ端もう死にそうじゃねぇか……逃げる前にくたばっちまえば楽だったろうがよ」
     男の1人が銃を取り出し、翔太の頭に押し付けたその時、突然理解できない何かが心をかき乱し始めた。
     3人のヤクザ者は今まで経験したことの無いほどの混乱に声も出せないほど翻弄され、ここがどこで自分達が何をしているのかもわからなくなるほど困惑していた。
    「オジサン達、どこか行っててね」
     背後からかけられた雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)の言葉に、ヤクザ者達は過剰なほどに反応して後ずさった。
    「な……なんだぁてめぇ……ガキ?」
     理解できないまま威圧しようとするが、まともに口が動かない。すると、今までに感じたことがないほどの殺意が3人の虚勢を引き裂き、ここから逃げ出したいという思考が破裂しそうなほど膨らんでゆく。
    「……手合わせ、宜しくお願いします」
     月代・沙雪(月華之雫・d00742)が言い放つ。
     この殺気を放っているのが10代半ばかそれ以下の少女であることに、3人の混乱は更に拍車がかかる。かろうじて意地でその場にとどまっているが、限界は時間の問題だった。
    「危険の有無もわからんほど阿呆やないやろ兄さんら。ええから、さっさとここから離れぇや」
     鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)が普段の軽い口調ではなく凄味をきかせて言い捨てる。その言葉にはじかれて、男達は争うように外へと飛び出していった。
     薄暗い室内にオレンジ色の輝きが灯る。彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)は用意していた電気ランタンに火を入れ、崩れかけたタンスの上に置いたあとに後ろに下がり、できるだけ関わりたくないという風にして様子をうかがっている。
     ランタンの明かりに照らされながら汗と血にまみれ、浅く呼吸をしている翔太の元目の前に狗牙・梓縞(槐・d21706)が背筋を伸ばした凛とした振る舞いで歩み寄り、瀕死の男を見下ろした。
    「地獄花…不吉な花を体に刻むには少し覚悟が足りなかった様だな」
     切り裂かれた袖口から覗く鮮やかな朱色の花の刺青を見据えて言い放つ。
     すっと前に出てきた折原・神音(鬼神演舞・d09287)は翔太をまっすぐ見据えた後に目を閉じる。
    「ごめんなさい、とは言っておきます……でも容赦はしませんから」
     そういうと意識を集中する。あふれてくる力が具現化した、膨張してゆく右腕を振りかざし、手加減せずに振り下ろした。
     衝撃で家屋が揺れるほどの重い拳が叩きつけられ、割れた床板の中に埋まるようにして翔太は横たわっていた。折れた肋骨が内臓に突き刺さり、激しく吐血しながら痙攣している。 そのまま様子をうかがっていると、翔太の口から絞り出すようにかすれた笑い声が漏れ出す。
    「はは……はははは……みじめ……だなぁ……みっともねぇ死に……かただ……ぜ……」 涙を流しながら、悔しそうに顔を歪ませている翔太の体から、黒いモノが靄のように沸きだし、体を包んでゆく。大きく露わになった刻みかけの刺青が脈動し、描かれた曼珠沙華が生き物のようにゆらめいていた。
     卯花・深雪(狂兎・d18480)がとてとてと駆け寄ってきてしゃがみ込み、翔太に話しかける。
    「ねえねえ、その刺青って何か特別なモノなのかな? よかったら彫った人のこととか教えてよ」
     翔太が死にそうになっていることにも無頓着なその口調に、何度か血を吐きながら翔太は自嘲する。
    「こんなガキにすらゴミみたいに扱われるのか……ははは……クソみたいな死に様だぜ……ちくしょう……畜生畜生畜生……」
     呪詛のように繰り返しだした翔太をさげすむように見ていたリーグレット・ブランディーバ(紅煉の獅子・d07050)はスレイヤーカードからクルセイドソードを解放し、逆手に持って翔太の胸に突き刺した。
    「最後ぐらいは好き勝手に暴れさせてやろう。さっさと死ぬがよい」
     その瞬間、暗黒が爆発するように膨張して翔太を包み込んだ。


     翔太の前にいた梓縞達4人はさっと後ろに下がり、他の仲間達と共に身構える。それぞれの手には解放したキリングツールが握られている。
     灼滅者達に見守られている中で闇に包まれた翔太は人ではないモノへと変貌していった。
     闇を飲み込むようにして吸収していった翔太の体には傷は跡形もなく、以前よりもずっと大きくなってはち切れんばかりの筋肉を振るわせている。肥大したその左肩には以前のままの刺青が妖しい闇をまとってゆらめいていた。
     額から2本の歪んだ角を生やした翔太は飢えた眼差しで獲物達を睨みつける。自分にはまチカラが足りなかった。それを意識した途端、耐え難いほどの欲求不満に身震いした。
    「足りない……足りないんだよ……もっとくれ……喰わせろ……お前らでもいい、全部喰わせろ!」
     羅刹と化し、咆吼しながらのそりと踏み出してくる翔太に対して、リーグレットは剣を握りしめ、飛び出すように踏み込んだ。
    「ふ、新たな力、どれほどのものか試してみたかったのだ、試し切りさせてもらうぞ、貴様も存分に暴れたまえ」
     白光煌めく斬撃が袈裟斬りに羅刹の体を切り裂いた。白い輝きはダークネスの体を焼きながらリーグレットの身を守る聖なる鎧として灼滅者の体を包み込んだ。
    「これで、どうですか!」
     沙雪の言葉と共に突き出した両手から渦巻く旋風が空を斬り、翔太の体を烈風の刃が切り刻んでゆく。
    「ってぇ……くそがぁ!」
     裂けた傷口から血を流しながら翔太が毒づく。それでもダメージの影響をほとんど見せずに身構えて肩を膨らまし、猛烈な勢いで突進してきた。
    「させへん!」
     身を固めて耐えようとする深雪の前に素早く回り込んだ禄太が、翔太のタックルを受け止めた。
     ドスンと響く強烈な衝撃が禄太の全身を駆けめぐったが、歯を食いしばって軽口を叩く。「今日は女子ばかりで、守りがいあるわぁ」
     そんな合間を縫って、深雪が素早く翔太の死角へと入り込み、ウロボロスブレイド『虚戯』で膝の裏を斬りつけた。
    「私の質問には答えてくれないの?」
    「やかましい! このクソガキがっ!」
     怒りにまかせて振り向いた翔太だが、そこにはすでに深雪の姿はなかった。
     ランタンの明かりに鈍く黒い刀身がゆらめいた。神音が『無銘の業物』と呼ぶ無敵斬艦刀が無造作に持ち上げられて左上段に構えられる。
    「この一撃にて切れぬものは無しです!」
     狭い家屋の中で、器用に体重を乗せて一気に振り下ろす。
     とっさに右腕で受けた翔太の二の腕を大きく切り裂き、鮮血がほとばしる。それでも伝わる感触から、分厚い筋肉に妨げられて見た目ほど大きなダメージを与えていないことを、神音は感じ取っていた。
    「いきますわよ!」
     そう言って敬礼のように胸元にクルセイドソードを構えた麗華は、ドレスのスカートをひらめかせて矢のように突進した。斬りつける刃から発する聖なる輝きが麗華の身を包み、純白のドレスが淡い明かりの中に華やかに浮かび上がって、普段とはまるで違う凛とした立ち振る舞いによく栄えた。
    「いっくよー、叩き潰しちゃうからね」
     続けざまに、美鶴が鬼化した片腕を振りかぶって轟音と共に叩きつけた。サイキックによる強化を破壊しながらねじ込まれる拳が羅刹の顔面を跳ね上げる。
     衝撃に仰け反った翔太の、隙だらけの腹部に螺旋を描く槍の一閃が突き刺さった。
    「どちらが鬼か…比べて見るのもまた一興」
     そう言いながら槍を引き抜いた梓縞は、風車のように槍を一回転させながら蹴り足を引き、油断なく身構える。
    「……ぐぉおおおおらぁぁっ!」
     数に翻弄されて劣勢にも見えた羅刹・翔太だったが、家屋を振るわせる咆吼をあげながら、サイキックを込めた拳を投げるように振り抜いた。
     複数のチカラの弾丸が空を裂いて飛び、前方に立つ4人の灼滅者達にくい込んだ。
    「クソガキ共がっ! ちょーしにのってんじゃねぇぞ!」
     怒りに興奮した翔太は息も荒く言い放ちながら、脈動する刺青に呼応して全身の筋肉を蠢かせていた。


    「っだらぁぁっ!」
    「……くっ!?」
     続く戦いの中、唸りを上げる翔太の丸太のような腕を、仲間の身替わりとなって受け止める麗華。武器で衝撃を受け流してはいるが、このまま耐え続けるには限界があった。
    「直ぐに治します!」
     沙雪が守りと癒しのチカラを宿した護符を飛ばし、傷ついた麗華の体を癒してゆく。繰り広げられる戦いの中、攻撃を受け止め続けてすぐには治らないほどのダメージを刻み込まれてはいるが、それでも仲間の癒しのおかげでまだ戦うことができるほどには回復していった。
    「はっ……みたかよ、これが俺のチカラだよ。てめぇらみんながバカにした俺のチカラではいつくばらせてやんよ」
     チカラに酔った翔太は自分の拳を染めている獲物の血が目にとまると、衝動的に舌で舐め、すすって飲み込んだ。
    「ちがう、俺が欲しいのはこんなモノじゃない! 肉か? 骨か? 全部喰わせろ……俺に足りないモノを全部喰わせろ!」
    「全力で………潰して差し上げます!」
     神音は翔太の懐に入り込み、跳躍して鬼化した腕を振り下ろす。拳が鈍く響く音を立てて吠えているダークネスの顔にめり込んだ。
    「ちっ……きかねぇんだよっ」
     いらだたしげに腕を振り回したが、神音は反動を利用して後方に飛んでいた。
     更に重ねて攻撃を受け続ける羅刹と化した男の体は傷だらけで動きが鈍くなり、全身が自らの血で赤く染まっていた。そんな中でも、独特の青色の中に浮かぶ朱色の花の刺青が不気味な存在感を出して脈動していた。
     刺青に呼応したかのように興奮する翔太の気弾がばらまかれて、灼滅者達を貫いてゆく。
    「腹立てるのはお門違いやで」
     痛みに顔を歪ませながらも呼び起こした禄太の光の十字架が深雪の体を包み込み、聖なる輝きが小さな体を癒してゆく。
    「ありがとー」
     手を振る深雪はウロボロスブレードを鞭状に展開させ、翔太の胴体を絡め取ると一気に引き抜いた。無数の歯のような刃がくい込みながら翔太の肉を裂き、血しぶきが辺りに飛び散る。
     梓縞は足を止め、巧みに操っていた妖の槍を床に突き刺して天星弓を解放した。目を細め、小さく息を整えて流れるような動きで弓を引き、矢を射る。放たれた矢は彗星のように尾を引きながら、敵の胸板に深く突き刺さった。
     痛みに吠える羅刹を見据えると、梓縞は再び槍を取って飛びかかっていった。
     激しい戦いが続くなか、美鶴がチカラを集約したマテリアルロッドを振りかぶる。
    「どっかーん、てね」
     羅刹の肩口に杖を叩きつけた途端サイキックが膨張し、爆音が轟く。
    「いてぇぇっっ!?」
     強烈な衝撃に顔を歪ませる翔太は、反射的に肥大した腕を振り回した。
    「あかんっ!」
     とっさに動いた禄太と麗華だったが、身を挺した行動も間に合わず、巨大な拳が美鶴の体を吹き飛ばし、激しい音と共に壁に叩きつけられた美鶴は床に崩れ落ち、そのまま目を回して動かなくなった。
    「ひゃっはーっ! ざまーみやがれっ!」
     天を仰いで狂喜する羅刹。その胸部を光の刃が貫いた。
    「……がぁ!?」
     非物質化したリーグレットのクルセイドソードに魂魄を切り裂かれた事を理解できない羅刹は、たたらを踏みながら後ろによろめいた。
    「よかったな、このリーグレットに灼滅されて、貴様の人生で唯一の美点になるぞ」
     剣を引き抜きながらそう言い捨てるリーグレット。
     油断したわけではなかった。
     それでもその動きはあまりに突然で速かった。
     今にも倒れそうな羅刹・翔太がバネに弾かれたかのように突進して、最後の力を振り絞った拳がリーグレットに襲いかかる。
    「危ないっ!」
     咄嗟にリーグレットを押しのけた麗華の腹部に拳がめり込んだ。
     身を守るサイキックを砕きながら麗華を貫いた羅刹の拳。仲間の替わりに攻撃を受け続けていた麗華の体は限界に達しており、凶拳があばら骨を砕く耳障りな音が廃れた家屋の中に鳴り響いた。
     それを見届けた翔太は、ゲスな笑みを満足げに浮かべながらそのまま床に倒れ込み、動かなくなっていった。


    「かはっっ……くぅ……っ」
     体の中で暴れたあばら骨の破片が内蔵を傷つけ、麗華は倒れながら激しく吐血する。真っ白なドレスが朱色に染まっていた。
    「……大丈夫か?」
     リーグレットは助け起こそうとしかけたが、動かさない方がいいと思い直してそっと声をかけた。
     意識を今にも失いそうになりながらも、麗華は微笑んでみせる。
    「大……丈夫……それよりも……倒したなら……はやくここを……離れ……」
     麗華は言い終わる前に気絶していた。
     すぐに駆けつけた沙雪が癒しのサイキックを発動させながら慎重に診断した。
    「傷はひどいですけど、なんとか命には別状はないと思います。はやく学園もどって本格的な治療をしてもらいましょう」
     診断のために乱れたドレスをそっと整えている沙雪のその言葉に安堵したリーグレットは、感謝の言葉を口にしながら横たわっている麗華をやさしく抱き上げた。
     たたきのめされた美鶴の方はなんとか起きあがり、ふらつく頭を振って意識を呼び起こしていた。
    「大丈夫ですか?」
     神音が美鶴の体をそっと支える。同じように反対側に深雪が寄り添っていた。
    「うーん、大丈夫だよ、ありがとうね」
    「よかった……麗華さんもひどいけがですから、無理はしないでください」
    「もっとこわい鬼さんが来るまえに、早く帰らないとねー」
     深雪の言葉に2人も頷いてみせ、まだふらつく美鶴を支えながら立ち上がった。
     梓縞は漆黒の粒子となって霧散していくダークネスの亡骸を見据えていた。
    「危険を考えればやむを得なかったが、灼滅する前にこの刺青に意味があるのか調べたいところだったな」
    「ほんまに。まあ鬼になるようなやつやったさかい、しかたありまへん」
     相づちをうつ禄太。その目の前でダークネスの体は崩れてなくなり、最後に残った刺青の部分も細かい粒子となってゆく。
     割れた窓から風が流れ込み、霧散した刺青の粒子は穴の空いた壁を抜けて外に飛ばされていった。それは自らの意志で何かを求めて流れ去ったようにすら見えた。
     その様を見届けると禄太は肩をすくめて振り返り、梓縞も僧服の裾をひらめかせながら向き直って、傷ついた仲間を守りながら武蔵坂学園への帰り道へと歩いていった。

    作者:ヤナガマコト 重傷:彩辻・麗華(旅をする者・d08966) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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