木更津デモノイド事件~見送る松

    作者:立川司郎

     この時間、鳥居崎海浜公園はしんと静まりかえっていた。
     波間を見つめながら女性が一人、総絞りの小紋に鶴の描かれた羽織をふっくらと着込んでいる。
     先ほどから電話をしていたが、終わるとため息をついて、つと振り返った。
    「見染の松……嫌な話しを聞かせちゃって、ごめんなさいね」
     松を見上げ、女性は語りかける。
     誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
    「ここで、四年前初めて信一さんとデートしました。そして今日、別の方と婚約致しました」
     ただ、淡々と。
    「箱入りで育った私は、信一さんと平凡な家庭で日々家計簿をやりくりするのは不安でした。婚約者の方は、代々政治家の家系で私をとても大切にしてくださいました。……見染の松は好いた方との愛を貫いたけれど、私には出来なかったわ」
     誰かに聞いて欲しかったのだろう。
     話したかったのだろう。
     ただ終わった恋の話しと、恋人へ別れを告げた電話を聞いた見染の松は、ざわざわと風に揺られるだけ。
     女性はそれでも、誰かが来るのを待つようにじっとたたずんでいたが、やがて何かの足音が聞こえてふと振り返った。
     だけどそこに居たのは、かつての恋人でも婚約者でもない。
     大きく咆吼する、ケモノ。
     青白き体躯の影は、女性の悲鳴を聞くといっそう大きく声をあげた。その腕が一振りすると、女性の体はあっけなく吹き飛んだ。
     そうしてデモノイドは、たがが外れたかのように駆けだしたのだった。
     
     教室で待つ相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)から告げられたのは、ハルファスと朱雀門高校に関する新たな事件であった。
     隼人は真剣な表情で、事件のあらましを話す。
     事件が起こるのは木更津。
    「実はアモンの遺産を手に入れたハルファスの勢力が、木更津にデモノイドの工場を作っていたらしい。こいつは既に朱雀門高校の連中が破壊したんだが、悪い事にこの工場にいたデモノイドは放置されっぱなしなんだ」
     デモノイドは町を徘徊しているが、いずれ人と接触し虐殺を繰り返してしまう。隼人はその前に、デモノイドを倒して欲しいと言った。
     隼人の言うデモノイドは、鳥居崎海浜公園に居るという。
    「見染の松、ってのがある公園だな。ここの松の前に着物を着た女が一人居る。お前達が到着すると、おそらくデモノイドは既に公園にいるだろう。女を庇いつつ、デモノイドを倒してほしい」
     デモノイドは、主にデモノイドヒューマンの力とほぼ同じようなものを使うという。だがパワーはこちらを遥かに上回っており、力を合わせなければ倒す事さえ容易ではない。
     公園内には女性一人しかいないが、公園の外には一般人が居る為、デモノイドを逃がせば木更津市内にいる一般人が危険にさらされる。
     木更津を守る為にも、皆油断せず事に当たってほしい。
     隼人はそう言うと、皆を力づけるように笑ってみせた。


    参加者
    東当・悟(紅蓮の翼・d00662)
    高良・美樹(浮草・d01160)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)
    レイン・ティエラ(フローズヴィトニル・d10887)
    雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)
    由比・要(迷いなき迷子・d14600)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)

    ■リプレイ

     木更津の街を、彼らは脇目も振らずに駆けていた。今この時もこの街の各地で、デモノイド達は彷徨いている。
     この空の闇の向こうに、デモノイドの悲痛な咆哮が聞こえるようである。
     海岸が近づき、風がほんの少し湿った匂いを運んできた。鳥居崎海浜公園近辺は、まるで気配を察したようにしんと静まりかえっている。
    「どうやら、木更津の広範囲にデモノイドが散っているようだね」
     風の匂いを嗅いでいる次郎の傍に身を寄せ、高良・美樹(浮草・d01160)はメガネに指を掛けた。戦いに備え、美樹はメガネを外して周囲を警戒する。
     急いで灯りの準備をし、東当・悟(紅蓮の翼・d00662)はちらりと後ろを振り返った。
    「準備はいいか?」
    「はい、いつでも」
     悟にそう答え、若宮・想希(希望を想う・d01722)もまたメガネを外すと胸ポケットに押し込んだ。
     八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)がライトを掲げて、公園内をぐるりと見まわす。はた、とそのライトを悟が手で塞いだ。
     篠介にライトを消させて、悟は慎重に歩き出す。
     薄闇の中、彼女はぽつんと見染の松の傍に佇んでいた。はっきりと映し出された、総絞りの小紋に鶴の描かれた羽織。
     月明かりの中、彼女と篠介達との間にくっきりと大きな影が落ちた。
     落ちた影は、まっすぐに女を目指して歩く。
     動作に荒々しさはないが、それがじきに崩れる事はエクスブレインの情報からも分かって居た。もはや一刻の猶予もなく、悟が弾かれたように駆け出した。
    「ライト付けたら、気付かれるやろ。その前に……」
     デモノイドの前に回り込むと、悟は影から漆黒の刀身を引き抜くように作り出した。抜刀即座にデモノイドへと斬り付ける悟。
     デモノイドを挟んだ向こうには想希が立ち、挟み込んだ。
    「ここで終わらせたる」
     斬り付けた刃が、デモノイドの体液を散らせた。
     よろりと体勢を崩すデモノイドの姿と咆哮に、見染の松の傍にいた女はただただ驚いて立ちすくんでいた。
     これは何か?
     何が起こったのか?
     片手に携帯電話を握ったまま、女は松の前から動けずに居る。気付くと、その腕を由比・要(迷いなき迷子・d14600)がしっかりと握っていた。
     背後に庇い、ふと要は振り返る。
    「大丈夫、行って」
     要の口から漏れた、柔らかな声。
     続けて、黒鐵・徹(オールライト・d19056)がパニックテレパスを放った。
     今度は強烈に、彼女の心を叱咤する。徹が放った声もまた激しく、追い立てるような強い感情が込められていた。
     小さな女の子の激しい怒号は、彼女をびくりとすくませる。
    「早く行って!」
     遠くへ。
     もっと、早く遠くへ逃げて!
     徹に急かされ、彼女は駆け出した。のそりと動き出したデモノイドが彼女の姿を追うように足を踏み出すが、想希がシールドを展開して叩きつける。
    「あなたは、あの人を殺してはいけません」
     利用されて、逃げ出して、殺して、殺される。
     せめて殺さずに済めば、一つでもデモノイドの為にしてあげられるから。想希はしっかりと、デモノイドを見上げた。
     もう、元には戻れない道だからと要が呟く。
     逃げていく彼女の背を見送りながら、要は戦いへと意識を戻した。仲間が包囲したデモノイドは、戸惑うようにぐるりと見まわしている。
     殺界形成を使ったレイン・ティエラ(フローズヴィトニル・d10887)が、デモノイドの脇を固めて見据えた。
    「さあ、こっちに来いデモノイド!」
     呼び寄せるように手を差しだすと、デモノイドが一歩こちらに足を踏み出した。
     雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)の指が弾いた弦が、力強く鳴り響く。
     戦いの開始を知らせる、それは鐘の音色のようだった。

     真っ先に飛び込んだ感情のまま、悟は攻撃を開始した。
     まるで、未練で女追いかけてきたみたいやなとデモノイドを見て悟が考える。女はもしかすると別の人物を待っていたのかもしれないが、現れたのはデモノイドという訳だ。
     刀に炎を宿らせ、斬りかかる悟。
     振り上げたデモノイドの腕を、想希がシールドで受け止めた。強い衝撃で腕が痺れ、なお受け止めきれなかったダメージが想希を地面に転がす。
     ハッと視線を向けた悟に、想希は笑みを返して立ち上がった。シールドを構えたまま、刀をゆるりと抜く。
    「さすがにビクともしませんね」
     シールドで押すだけでは、デモノイドは反応を見せない。その巨躯は木偶ではなく、想希でも容易に惜し勝てそうにない。
     ふと見た悟が何やら企んでいるような表情だったから、想希はこくりと頷いた。
    「ちょい肩貸して」
     悟の声で想希が膝に手を付いて支えると、想希の背を踏み台に飛び上がった。縛霊手を構えた徹が、あっけにとられて見上げているのが一瞬眼下に見えた。
     構えた刀を振り下ろすが、隙が多い悟の攻撃にデモノイドが反応する。
     ……そこまでは、想定内。
    「ぐっ……」
     腕を叩きつけられ、地面に振り下ろされた悟が呻き声をあげる。その時には想希が既に切り込み、刀身を横凪ぎにデモノイドへと一閃していた。
     鮮やかな一撃に、月光が一瞬反射する。
     いや。
     少し、浅い。
    「いえ、斬ります」
     強引に叩き込んだ想希の一撃が、手で阻止しようとしたデモノイドの左腕を刎ねた。転がって立ち上がろうとする悟の前に徹が立ち、サポートをする。
     無茶な事を、と言いたげな徹の少し怒ったような顔に悟は肩をすくめてみせた。阿吽の呼吸だからこそ出来たのだと徹も分かって居たし、それが少し羨ましくも思う。
    「ついでに頼んでええか? ……あの松、傷つけさせとうないんや。戦う時、気ぃつけてもらわれへん?」
    「あまり海側に移動すると、逃げられるかもしれません。むろん、公園の中心部で包囲して戦うのがベストです」
     そう言い返すと、徹は爆霊手をメキメキと動かした。
     あまり移動されては、逃がしてしまう。さて、爆霊手で捕らえられるか、キャノンを叩き込むか……。

     片腕を落としたとはいえ、デモノイドのパワーは依然としてこちらを上回っていた。回り込んだ篠介をはね飛ばし、のそりと見下ろす。
     眼光に突きつけられたキャノンは、飛び起きた篠介の肩に命中した。
     ふらつく体を強引にたたき起こし、篠介は転がるようにデモノイドの反対側へと回り込む。スピード、パワーともにバランスのいい篠介であったが、それ故にデモノイド相手にはどうにも決定打に欠ける。
    「くそ固ェ……」
     懐に飛び込み、篠介は拳を叩き込んだ。
     叩けば叩くほど、先ほどの傷がズキズキと痛む。要は霊縛手を下ろし、その手を篠介に翳した。柔らかな光が篠介を包み、心に冷静さを取り戻してくれる。
     篠介が深呼吸を一つすると、要がデモノイドを見上げた。
    「ゴリ押しは危険だと思う。一人一人にしか攻撃して来ないのは治癒が間に合って良いけど、こちらの攻撃が当たらなきゃ意味がない」
     どちらかというと、フォースブレイクの方が当たりやすいか……と要は呟き、ロッドに握り替えた。
     レインと、想希と、そして徹と。
     それぞれシールドを展開させた灼滅者が、デモノイドを包囲する。
    「生憎、力負けしてはいそうですかと言うのは嫌いなんです」
     徹が言うと、レインが薄く笑った。
     多分、レインもそうであろう。
     想希が盾を構えると、徹が飛び出した。斬られた腕からセイバーをぞろりと取り出し、叩くように振り回すデモノイドを徹がシールドで押し返す。
    「仲間を支えるのが……僕の役目ですから…っ」
     想希の姿を見て、徹は為すべき事を考える。
     支え、攻撃の為の切っ掛けとなる事と。眼前にキャノンが突きつけられても、怯む事はなくシールドを叩きつけた。
     キャノンが徹をはね飛ばすのは、ほぼ同時であった。
     額から血を流す徹の耳に、娘子の声が聞こえて来た。かき鳴らした音は弾むように軽やかに、そして激しく響き渡る。
    「ここが正念場、黒鐵様も何方様も、最後までこのにゃんこが唄ってお聞かせいたします故、おつきあい下さりますよう!」
     勢いのある娘子の音に、自然と徹のテンションも上がる。
     傷が塞がると、自分もキャノンを構えた。身を盾にしてデモノイドの動きを阻害しつつ、攻撃を続ける。
     包囲されたデモノイドは、うっとおしそうに咆哮し、セイバーを上から叩き降ろした。包丁で切り裂くように、上から振り払われるセイバーにギンがざくりと切り裂かれる。
     身を切られ、体勢を崩しながらもギンはセイバーの刃が向いた次郎の前に飛び出した。恩は恩で返す、と言葉にせずとも次郎。
     庇ってくれたギンに浄霊眼で返した。
     デモノイドの攻撃は続き、二頭は礼を言う間もなく飛び起きて攻撃に転じる。だが、美樹はちらりとレインの方へと視線を向けた。
    「……ありがとう」
     美樹の言葉を受け止め、レインはデモノイドへと向かって行った。
     その彼らに、娘子はひたすらメロディをかき鳴らした。
     三者の一斉攻撃で、デモノイドの意識が逸れる。美樹はすかさずそれを見て、影を放った。闇に包まれ地を這う影が、レインの足下を抜けてデモノイドに絡みつく。
     根付いた蔦のように、美樹の影はデモノイドをしっかりと締め付ける。
     即座に徹も、爆霊手で掴みかかる。
    「後は、任せたよ」
     美樹は次郎に仲間のフォローを言い聞かせ、デモノイドを縛り付ける事に専念する。視線をレインに向けると、レインはふと笑って影を揺るがせる。
     するりと脇へ回り込み、レインの影がデモノイドの体を切り裂いた。影に、爆霊手に捕まれてデモノイドの脇をくぐるように、影で切り裂き続ける。
     暴れるデモノイドは、後方に回ったレインにキャノンを叩き込んだ。砲撃は止めどなく鳴り響き、次々群がる灼滅者を標的にした。
     娘子は、声を止めず歌い続ける。
     デモノイドの真正面に立った篠介が拳を構えるのを見て、娘子はふっと肩の力を抜いた。ああ、終わる……とデモノイドと篠介を見てそう思ったのだ。
     篠介の拳がデモノイドに食らいつき、叩き込まれていく。振り切った腕が空を切ると、デモノイドは体勢を崩してぐらりと地面に倒れ込んだ。
    「之にて終幕」
     娘子がほっと息をつくと、篠介は消えゆくデモノイドの顔に手をやった。目を閉じるように、撫でる篠介を娘子は無言で見つめる。
     要が、篠介に静かに言った。
    「眠ったかな?」
    「ああ」
     短く答え、篠介はデモノイドが倒れていた場所をじっと見つめるのであった。ぎゅっと握り締めた拳は、指が白くなるほどに強い力が込められている。
     デモノイドという存在を思う時、篠介は自然と拳に力が入った。

     見上げるギンを撫でると、レインは見染の松の傍へと歩み寄った。
     ライトを照らして確認したが、傷は付いていないようだ。
     あれほどの戦いであったから、松に傷が付く事も致し方ないが、無事松を守れた事にレインはホッとしていた。
     木を撫で見上げるレインの傍に、美樹が近づく。
    「見染の松……恋にまつわる松だと聞いた」
    「他と代わらない松なのに、人はそこに運命を見る。不思議だね」
     美樹は冷たく言ったが、その内心で松を興味深く見ているようだった。レインがこの木を守ろうとしたのも、多分この松が持つ運命に何らか興味があったからなのだろうと。
     ふとレインが視線を上げると、要が逃げていった女性を探して公園の外へと向かうのが見えた。どうやら少し向こうの路地で座り込んでいたらしく、要は声を掛けてこちらへと歩き出した。
     ぽつりぽつり、と話を聞きながら、散歩のように二人は歩く。すうっと娘子が顔を覗かせると、要はふと笑顔を浮かべた。
    「単なる着ぐるみだ、何かの撮影だったんだろう」
     娘子がそう言うと、彼女は安心したように頷いた。
     それでも何か考え込む様子の女性に、要が一つ息を漏らした。
     あの時。
    「……怖いと思った時、誰を思いましたか?」
     彼女の決意は代わらないかもしれないけれど、その気持ちは忘れてはいけない気がした。逆に、娘子は置いて行けという。
     全て松に置いて行くといい、と。
     要も娘子も、どちらも彼女の迷える意志の一つだろう。
    「どちらの『気持ち』を置いて行くか、あなた次第だ」
     娘子はそういうと、仲間の元へと足早に歩いて行った。
     松の下で、悟に想希が手を差しだす。話し込んでいる要や娘子、そして彼女の声はここまで届かなかったが、もしそれが悟だったら彼女のように迷うことなど無かった。
     差しだされた想希の手を、悟はしっかりと握り返す。
     そして大切に仕舞うようにポケットに押し込むと、松を見上げた。
    「貧乏でも、幸せがえぇとか思てへん」
     想希を見返して、悟はにやりと笑う。
     以前の自分なら、金持ち相手と幸せになってくれたらいいと願っただろう。
     今は、違う。
    「夕飯、肉じゃなくていいです?」
    「俺、水炊きがえぇな」
     のんびりと話ながら、悟と想希と帰路につく。
     二人の様子を見送り、ふと笑みを浮かべて徹が伸びをした。松の下に残った篠介は、じっと海の方を見つめている。
    「……デモノイドは、元人格の行動をなぞることもあると聞きます。見染の松に、何か想い出があったのかもしれませんね」
     ぽつりと言った徹の話に、篠介は首を振った。
     だとすれば、余りに悲しい話だ。
    「デモノイドだって、好きであんな風になった訳じゃない。……ソロモンの連中は、一体何をやってんだ……胸糞悪ィ」
     ここで倒した事だけが、小さな救済。
     徹はそう言いかけ、心に仕舞った。
     心に残るわだかまりは、消えそうになかったから。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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