秋も深まり、冷え切った空気が夜空に広がった頃。
「ふう、今日も終電ぎりぎりね」
お肌に優しくないわ、とOLは呟きながら木更津市のとある住宅街を歩いていた。
ふと、OLは足を止めた。それは予感だ。第六感と言い換えてもいいかもしれない。OLはじっと動かずに耳を澄ます。
ずるり、ずるり、と引きずるような音と蛙がつぶれたような音が混じった音が路地に低く響くのを僅かにOLの耳は捕らえていた。
ここにいてはいけない。
そうOLは自分自身の足に言い聞かせる。幸いにも自分の足は自分の意思の通りに動き、小走りで音から遠ざかる。
しかし、OLは気付かない。カツカツとハイヒールの音に紛れて先ほどの音が近づいてくることに……
カツカツと鋭い足音は夜の空へと消えていく。下を向いて早足で歩くOLはふと足を止めた。黒い影が自分を飲み込んでいる。
ゆっくりとOLが顔をあげるなかで目にしたのは青い丸太。
なぜこんなものが、と考えるよりも先に視線は上へとのぼって、その全体像を捉える。そこにあるのは、青い巨人。
丸太に見えたのは足であり、それよりも太い腕に絡まるように浮かび上がる血管が脈打っているのがわかる。
そう認識するよりも一瞬早くOLは悲鳴をあげた。
だが、OLの行動は誤りであった。刺激を受けた青い巨人は太い腕を振り回す。
そして、OLの悲鳴は驚きから恐怖へ、恐怖から断末魔へと色を変えて秋の夜空へと消えていった。
『グオオォォォォ!!』
直後、大気を揺るがす咆哮が木更津の町を覆い、静寂に包まれたはずの木更津の夜に炎があがるのであった。
「集まっていただけましたね」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は揃った灼滅者たちに礼をする。
「アモンの遺産を手に入れたハルファス勢力が、木更津市にデモノイド工場を作っていたらしいのです。この工場は朱雀門高校のヴァンパイアによって破壊されました。ですが……」
姫子は目を一瞬伏せて、言葉を止めた。
「結果として多数のデモノイドが木更津市に解き放たれました。このままでは、木更津市に多くの被害が出てしまいます、そうしないためにもデモノイドの撃退をお願いします」
それでは具体的な状況の説明をしますね、と姫子はノートをめくって、説明を始める。
「今回、皆さんにお願いするのは、木更津の住宅街に現れたデモノイドの撃退です。地図で表すならば、このあたりでしょうか」
姫子が出した地図には木更津の住宅街に赤丸がされている。
デモノイドは住宅街を徘徊している途中で、帰宅途中のOLに遭遇、悲鳴をあげられ殺してしまったのをきっかけに暴れ出してしまっているらしい。
「今から急げば、デモノイドと被害に遭われるOLさんが遭遇した時に到着できます。うまくすればOLさんを救うことができるでしょう。ですが、それは……簡単なことではないと思います」
強力なデモノイドを相手取りながら、目の前の一般人を救出するにはそれなりの作戦とコンビネーションが必要だということだろう。
「仮にそのOLさんを救出することができなかったとしても、デモノイドを暴れさせるわけにはいきません……お願いします」
何もしなければ多くの人間が犠牲となる。それだけはさせたくないと、キッとした姫子の眼差しに灼滅者たちは目で応える。
「接触に関しては、先ほど言ったように、デモノイドとOLさんが遭遇したところで接触することができます。戦う場所も幅の広い道路なので、こちらとの戦闘となれば周囲への被害は最小限で抑えられるはずです。ですが、周りは住宅街ですのでそこの対策はしっかりと行うべきではないでしょうか」
その上で、と姫子は続ける。
「デモノイドは一体でも皆さんが束になってようやく互角――になるか、というくらい強力です」
デモノイドが持つサイキックはデモノイドが持つものに加え、縛霊撃と祭霊光に似たサイキックを使ってくるインファイター系のようだ。
「油断は禁物です。決して楽な戦いでないこともわかりますが、皆さんで力を合わせれば必ず成功します。ですから、よろしくお願いします」
そう締めくくって、姫子は灼滅者を送り出した。
参加者 | |
---|---|
領史・洵哉(和気致祥・d02690) |
詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124) |
痣峰・詩歌(自宅駐在員・d06476) |
羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908) |
三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834) |
三神・悠水(清流の戦士・d17405) |
那梨・蒼華(銀影蒼輝・d19894) |
知名・誠(到達点は未だ遠く・d21001) |
●蒼との遭遇
夜空に煌めく月が木更津の町を冷たく照らす。
「そろそろのはずです」
知名・誠(到達点は未だ遠く・d21001)は僅かに匂う業を敏感にかぎ取りながら先頭をきって走っている。
灼滅者たちが急ぐ一方で仕事帰りのOLは自分の足を見ながら木更津の町をゆっくりと歩く。ふと、自分の影が別の大きな影に呑み込まれたことにOLが気づく。
「――えっ」
顔をあげた先にある怪物の全容をOLが認識するよりも早く、灼滅者たちが戦場空間へと突入した。最初に行動を起こしたのは詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)。自らの放つ殺気を大きく広げて一般人がこの場に近づかないようにする。
「うん、ごめんね……強引に黙らせる形になって」
王者の風格を備えた羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)の前にOLは力なく崩れ落ちる。けれどもOLが倒れきる前に三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)がその身体を抱きとめる。
「そのまま、彼に従って……」
痣峰・詩歌(自宅駐在員・d06476)の声には不思議な魅力が備わっており、ゆっくりとOLは頷いた。
しかし、目の前で起きていることにデモノイドが何もせずにいるわけがない。
『グオオォォォ!』
デモノイドが咆哮する。しかし、その音は領史・洵哉(和気致祥・d02690)によって遮断されている。
「このOLの方は守ってみせますよ。ディフェンダーの意地にもかけて! さあ、こい!」
那梨・蒼華(銀影蒼輝・d19894)と洵哉はOLとデモノイドの間に割って入る。そして洵哉はデモノイドにシールドを押し当てて、OLとの距離を離し、蒼華は護りを強化する。そしてその一瞬を弦路は逃さない。弦路はOLを抱えて一気に距離を引き離す。ここまでほぼ一瞬の出来事である。デモノイドにほとんど有効な手段を取られるよりも早くOLを避難させることができたのは仲間内での連携が鮮やかだったという一点に尽きるだろう。
「貴方の相手は私達ですよ、さぁ戦いを始めましょう」
チェーンソー剣の回転数をあげる三神・悠水(清流の戦士・d17405)はデモノイド寄生体を活性化させて己の利き腕を巨大な刃へと変化させデモノイドへ突きつける。だが刃は空を切ると同時に蒼華の声が鋭く響く。
「上だ!」
跳び上がったデモノイドは自重も利用した一撃を悠水に食らわせる。しかし、その傷はすぐさま沙月の護符が塞いでくれる。
「羽丘さん、みなさんを支えるのは私たちです」
「ええ、しっかり連携をとっていきましょう。私は傷を」
「私はバッドステータスを優先して」
『いきましょう』
声を揃えた沙月と結衣菜は肩を並べてそれぞれの武具を構える。応えるように、デモノイドが咆える。戦いはまだ始まりを告げたばかりだ。
●想いと役割と
「無事に避難させることができました」
開口一番、戦場に戻ってきた弦路はそのことを仲間達に伝える。全員安堵の息をつきながらも、デモノイドの攻撃を凌ぐ。
弦路が戻るまでの約1分間。灼滅者たちは改めてデモノイドの強さを思い知った。
「凄い、威力……、です」
電柱の影や積み上げられたブロック塀の破片に身を隠しながら妨害行動を続ける詩歌はデモノイドの凄まじい攻撃の威力に舌を巻く。一撃でブロック塀が粉砕し、アスファルトの地面が割れ、へこむなか、前衛に立つ者たちは怯むことなく果敢にデモノイドに刃を振るう。市街地はボロボロになりながらも一般人たちに直接的な被害が及んでいないのは灼滅者たちの行動のおかげだ。
「お願い、ね」
詩歌はビハインドの妄想に前衛を任せると自分は前衛の援護をしつつ、じっとデモノイドの隙を窺う。
「生半可な攻撃ではないですね」
沙月に癒してもらった悠水は歯を食いしばる。癒してもらいはしたが、ダメージは体内に残っている。それでも、と悠水は前へと進み出る。
目の前のデモノイドはかつての自分の姿を思い起こさせる。自分は寄生体を凌駕するだけの肉体を持っていたが、目の前のデモノイドにはそこまでの力はないだろう。戦うことにもためらいが混じらないと言ったら嘘になる。しかし、ここで自分が何もしなければ木更津の町が火の海に変わることは間違いないことだ。これ以上の犠牲を増やす事はできない、だったら……。
「その身を切り刻んであげますよ」
ためらいは捨てて……斬る!
悠水はデモノイドが生やした刃よりも大きな刃がデモノイドの刃をそぎ落とす。
「デモノイドの大量出現、原因とかはよく分からないけど、裏で何かが動いている予感がするわね。だからこそ――」
結衣菜の手にはサイキックエネルギーで形作られた剣が握られている。
「まずは、水際で止めてみせる」
結衣菜の攻撃はデモノイドに傷を与えたが、それは浅い。怯まずにデモノイドは結衣菜へと手を伸ばす。
「あなたの相手はこっちですよ!」
デモノイドの横っ腹に光線を当てた誠が声をあげる。更に聖戦士化した洵哉が結衣菜の前に立ち、袈裟斬りを放つ。
ぐらり、と巨体が揺れた一瞬に結衣菜はデモノイドの範囲から離脱する。
『オォォォ!』
雄たけびと共に放たれた拳が蒼華を捉える。更にデモノイドの腕からは蒼い糸のようなものが蒼華の身体に絡みつく。
「――ッ!」
咄嗟に急所は回避したが、絡みつく糸までを対応することはできなかった。
「私も助けられていなければ、こうなっていたかもしれない……か」
目の前にいるデモノイドは自分のもう1つの姿なのかもしれない。そして自分は運が良かった――そんなことを蒼華は考えながらも糸を振り払う。
今の自分がなすべき事は、被害を少しでも抑えること。そして……
「倒す事が救済か。ならば……全力で行かせて貰おう」
蒼華の持つクルセイドソードがデモノイド寄生体によって姿を変え、デモノイドを斬り裂く。更に弦路が放つオーラの塊がデモノイドを撃ち抜く。
「こんなことをしてはいけません。どうか元の自分を思い出してください」
藁にも縋る思いでデモノイドに声をかけ続ける沙月。しかし、デモノイドが反応を示す気配はなく、ただ目の前の障害を排除する。
「お願い、思い出してください」
元に戻すことは難しいのは分かっている。それでも少しでも可能性があるならば、それに賭けてみたい。しかし、それは沙月自身の想いであり、灼滅者として今求められていることではない。求められていることは仲間の安全であり、あのOLのように力なき者たちを護ることである。自身の想いと灼滅者としての役割。必ずしも一致しない想いと役割に苦しみながら、沙月はすばやく決断する。
「わかりました」
言い聞かせるように沙月は呟いた。
「せめてその手を汚す前に、安らかな眠りを与えましょう」
そう言い放った沙月の眼には迷いがない。灼滅者としての役割をとった今、沙月は容赦なく雪夜と銘打った刀でデモノイドを斬る。傷は浅い、それでも攻撃の起点にはなる。誠の足下から伸びる影がデモノイドの体を切り裂き、その傷口に漆黒の弾丸を詩歌が撃ち込む。
「隙あり、です」
気配を絶ち、デモノイドの死角に立った弦路がデモノイドの肉を抉り取る。攻撃に気づいたデモノイドが腕を振るった時にはもうそこに弦路はいない。
「このまま――!」
畳みかける、と蒼華が攻め込む。しかし、デモノイドはその場で回転しながら蒼華へと向きを合わせる、砲門となった右腕を構えて。
いけない、と感じるよりも蒼華の体が突き飛ばされる。代わりに立ったのは。
「ディフェンダーの意地にかけて、ここはやらせませんよ」
聖戦士化した洵哉は正面から死の光線を受け止める。ビシビシと防具が傷つく音が結衣菜の歌声によって中和されていく。
「新しく得たクルセイドソードの能力、何か自分の手にしっくりくる感じがします。良い感じですね」
デモノイドの攻撃を耐えきった洵哉は新たな剣に目を落とす。この剣は守りを主とする洵哉にとってはぴったりな代物だろう。剣を握る手も知らずと強くなる。
「そろそろ、ですか」
デモノイドの体に沈殿したであろう澱をかき乱すために、詩歌が大きく動き出す。手にしたナイフの形状を変えつつ、瓦礫から瓦礫へと俊敏に立ち位置をずらしつつデモノイドへと接近する。対するデモノイドは三味線の糸を伸ばす弦路の攻撃を食らいながらも、蒼華と誠の猛攻を捌ききる。
「こっちです!」
詩歌の存在に気づいた悠水が詩歌とは反対位置に立ってデモノイドを挑発する。そのチャンスを詩歌が逃すはずもなく、デモノイドの背中に稲妻を描くように切り裂いた。体中に溜まった澱が暴れ出すのを感じたデモノイドは低いうなり声を上げながらも、灼滅者たちから距離をとり傷を癒し始める。
「――させない」
弦路の声が張り詰めた空気を振るわせる。眠りを誘う歌声はデモノイドに若干の眠気を与える。
『オォォォ……』
言葉にならない言葉を発しながら、デモノイドは目の前の対象をひたすらに破壊しようと襲いかかるのだった。
●死力を尽くして
戦いも終盤にさしかかった頃であろうか。
最初は圧倒的な力で押し切ろうとしたデモノイドだったが、ここに来てその勢いがかなり衰えてきた。詩歌の度重なる妨害攻撃と蒼華と誠の猛攻がデモノイドを攻め立てる。洵哉と悠水の鉄壁の防御がデモノイドの攻撃を悉く防ぐ。防具に重大な損傷が及ぶよりも早く修復してしまう結衣菜と沙月。そして気を抜けば容赦なく死角から急所へと飛んでくる弦路の攻撃。そのどれもがデモノイドを追い詰める重要な役割を果たす。
それでもやはり予断は許されない。ディフェンダーの一瞬の隙をついて、一番傷が深い誠にデモノイドの突きが入る。骨が軋むと共に押し寄せる圧倒的な圧力にやられ誠はブロック塀へと吹き飛ばされる。
「デモノイドを育てる側も、野に放つ側も、迷惑極まりない……」
ブロック塀に叩きつけられた誠は顔をしかめながら、立ち上がる。すっと寄り添う美南海サンに誠は安心させるように笑みを浮かべる。
「いえ、こちら側の迷惑など、あちら側には都合のいいことでしかないんでしょうけれど」
気を取り直して、と誠はずり落ちた眼鏡を押し上げて、改めて剣を握り直す。
「もう少し!」
デモノイドの攻撃の多くを引き受ける洵哉の体は既にボロボロだ。それでも洵哉は破邪の光を纏う剣でデモノイドを切り裂く。
洵哉の言う通り、終わりは近い。残る力を振り絞って、灼滅者たちはデモノイドへと立ち向かう。
デモノイドと激しく立ち合う蒼華。白き光を纏う聖剣と蒼き刃が互いに激しくぶつかり合い、そのたびに火花を散らす。蒼華が片手で振り下ろした剣をデモノイドが片腕で受け止め、弾き飛ばす。その力に圧倒された蒼華は万歳の形で後ろに体が反れる。しかし、
「こちらが……本命だ」
剣を握っていない方の手首から伸びた鋼糸はデモノイドの体を締め付けた。詩歌があと一押しとジグザグ形のナイフを走らせデモノイドへの拘束を更に強化する。
「動きが鈍っている……ここだ」
戦場全体を見渡し把握をしながら随所で的確な指示を送っていた弦路はデモノイドの微妙な変化を逃すことなく、仲間に助言をする。
非物質化した洵哉の剣がデモノイドを傷つける。
「もう一息、頑張って」
結衣菜の歌声が傷ついた悠水に再び活力を与える。その一方で沙月も清めた風で仲間達の傷を癒やす。
誠と美南海サンがデモノイドを挟撃する。デモノイドは両手を裂かれながらも、どちらの攻撃も受け止める。しかし、両手の動きは封じられた。死角から近づいた悠水と弦路を防ぐ術はデモノイドにはない。
「さぁ、死角からの攻撃ですよ」
『グ、グオオォォォ!』
いくら認識をしても、避けることのできない状況下。デモノイドは断末魔を上げて、そのまま地面に倒れ落ちるのであった。
「さて、こちらは何とかなったか。他所はどうなったのか……」
戦いを終えた蒼華は同じ町で戦っているであろう仲間達の身を案ずる。
「朱雀門高校の次の動きに警戒しておきたいですね」
「それにOLへのフォローもいれておきましょう」
洵哉と悠水の言うようにこの後の処理のこともある。
灼滅者たちは静かに戦場をあとにする。彼らの向かう先には冷たい月が空で煌々としていた。
作者:星乃彼方 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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