来たれ、熱き魂たち！

■リプレイ

●熱戦の口火
　リングへ上がったゴージャス・ゲオルグが、口を開こうとした瞬間だった。
「待てぇい！！」
　再びのハウリング。残響が消え去るより早く、稲垣・晴香（伝説の後継者・d00450）がマイクを手にしていた。セクシーな赤のリングコスチュームを身につけた晴香は、挑発的な視線をマットの上のゲオルグへ向けた。
「総格との対抗戦に進出する前に、私達と戦ってもらうわよ！」
　首を傾げたゲオルグは訝しげだ。
「真のプロレスとやらを示したければ、まずは俺達を倒してみることだ！」
　晴香の隣に並んだ須賀・隆漸（双極単投・d01953）がにやりと笑った。
「私達は、武蔵坂学生プロレス！　学プロだからって舐めちゃ困るわ」
「くく……っハーッハッハ！」
　ゲオルグは一笑に付した。思いっきり日本語で。
「このゴージャス・ゲオルグ、遊んでいる暇はない！　追求するのは強く美しいエンターテイメントなのだ！」
「この挑戦から、逃げるの？」
　すっとゴージャス・ゲオルグの表情から嘲りが消える。
　その瞬間、ぱっと選手入場口へスポットライトが当たった。事の成り行きを見守っていた観客たちの視線が集まる。花道でそれを待っていた宮之内・ラズヴァン（高校生ストリートファイター・dn0164）が、楽しげにアナウンスを始めた。
「Ladies and Gentleman！　本日のスペシャルマッチ、ゴージャス・ゲオルグｖｓ武蔵野学園・スレイヤープロレス連合！」
　大柄な身体とタキシードで運営スタッフに見え、観客がなんとなく、つられて拍手した。ライトの中からラズヴァンが退くと、そこには紅の小袖を羽織った小柄な和装の人物がいる。般若の面を被って素顔は伺い知れない。
　勿論全ての観客が乗ったわけではない。総合格闘技を楽しんでいた客には抗議しようとする者もいた。アデーレ・クライバーやローゼマリー・ランケが運営スタッフのように動き回り、シークレットイベントである旨を説明して掌握を進める。
「サプライズの演出ですよ。サプライズ」
　迫水・優志も裏へ走ろうとしたスタッフを数人捕まえた。選手たちも呼び寄せてマットから下りてもらう。サプライズに難色を示していたが、
「お客さんが冷めてしまいますから、お静かに。必ず盛り上がりますよ」
　この言葉にスタッフたちが顔を見合わる。ここで時間をかけるとストップがかかってしまう。隆漸は構わずコールした。
「スレイヤープロレス連合一の刺客、鈴鳴・梓！」

●第一試合
　入場曲は『天に月、地に華を』。鈴鳴・梓（修羅の花嫁・d00515）は花道を颯爽と駆け抜けるとリングイン、小袖を脱ぎ捨てるなり和装のリングコスチュームへと移行した。ゲオルグがガウンを脱ぎ捨て、観客席へと放る。
「覚悟はできているんだろうね」
「楽しんで魅せましょうね♪」
　臆することなく梓が返す。高らかに鳴るゴング。
『さぁ試合が始まりました☆　実況は私、土御門・璃理がお送りしております♪』
　ちゃっかりケツァールマスクの隣に座って、璃理が実況を始めた。
　ゲオルグがエルボースマッシュを繰り出した。重い一撃にぐらついた梓が、彼の膝へ炎をまとったエルボー・スタンプを打ち下ろす。女性への容赦ない一撃に会場は騒然としたが、果敢な反撃に歓声があがった。
　続くゲオルグのチョップも、回避も防御もせず梓は笑ってみせた。強敵とサシという状況に楽しさがこみあげてくる。仕掛けた頭突きで額が切れて血が流れ落ちるまま、がっちりと手を組み合った。
『おーっと流血！　しかし梓選手の闘志は健在だ！』
「やっぱ戦いはこうでなくっちゃね！」
　頭突きを返したゲオルグの頭へエルボースタンプ。素早いジャンプでフランケンシュタイナーを仕掛けた。押さえ込むものの、カウント２で跳ね上げられる。ゲオルグがサイドから手をかけ、一気にスープレックスを決めた。限界を悟りはしたが、梓はギブアップするつもりはなかった。

　３カウント。梓はフォール負けを喫した。

●第二試合
　ゲオルグは予想以上の客の歓声やヤジを手を揚げて楽しんでいた。
「梓がやられたぞ」
「所詮やつは我らの中でも一番の小物……」
　振り返ると大堂寺・勇飛（三千大千世界・d00263）だ。無常・拓馬（魔法探偵営業中・d10401）と囁き合っている。次はこいつらか、と思った時だった。
「スレイヤープロレス次峰、英田・鴇臣！」
　晴香のコールに応えて花道を駆けてきたのは英田・鴇臣（拳で語らず・d19327）。プロレスは詳しくないが、何よりも宿敵と戦えることに燃えていた。
　鴇臣は挨拶代わりに雷をはらんだ拳を放った。避けもしないゲオルグが笑ってノーダメージをアピールする。
「受けてみろ！」
　連打されるチョップの重さに息が詰まる。大差のない体格なのに、一撃の重さは段違いだ。反撃の鋼鉄拳もわずかに顔をしかめただけ、思い切りの頭突きが返ってくる。思わず鴇臣は膝をついた。与えたダメージを誇っているゲオルグへ駆け寄り、ロープへ振って戻ったところへ渾身の百裂拳。後ろへ回るとフルネルソンからスープレックスを見舞った。
「ぐおっ！」
　受け身を取れなかったゲオルグが苦鳴をあげる。ここでブリッジのままフォールをかければ、あるいは勝てたかもしれなかった。客席からは凄まじいほどの歓声。
　立ち上がった鴇臣へ、ゲオルグのエルボースマッシュが入った。がくりと膝が崩れる。

　ロープへ振られてからのラリアットで、３カウント。鴇臣もフォール負け。

●第三試合
　ゲオルグは確かに強く、ルールに則って戦っている。客が集まらないとは考えにくい。
「バベルの鎖が働いて人を集められないのか？　ラブリンスターといい、一般人に実力を魅せたいダークネスには彼らなりの苦労があるのだな」
「ダークネスにもいろんなヤツがいるものだ」
　隆漸の言葉に勇飛が頷く。鴇臣を梓に預けたところで、晴香のコールが再び響いた。
「次はタッグよ！　ビッグ・ボンバーズ！」
　リングへ上がり、勇飛が静かに気合いを入れた。
（「この一戦に魂の全てを込める……俺の血潮が沸騰するぜ！」）
　龍星号がクラクションを鳴らし、観客も応援する中、勇飛はゲオルグと相対した。エルボーのずしりとした打撃が、勇飛の闘志を煽る。
　トマホークチョップを返すと二人はじりじりと見合った。ロックアップから押し切られる前に振りほどくと、勇飛は渾身の力をこめたチョップを連続で見舞う。ゲオルグの顔が歪み始めた。
　よろけた隙にコーナーへと飛び乗り、大柄な身体が宙を舞う。フライングボディアタックを食らったゲオルグを勇飛が押さえ込んだ。しかしカウント２でゲオルグが肩を跳ね上げる。
　体を起こした勇飛の腕にゲオルグが組みついた。あっという間に関節を極められた勇飛が激痛に呻いてマットを叩き、手を伸ばす。幸いゲオルグはウエイトがなく、ロープまで近づいて隆漸へタッチ。
　飛び出した隆漸はゲオルグへ踵落としを見舞った。苦鳴をあげて転がった彼に更にローキックで追い討ち。隆漸は腕を振り上げた。
「おおおおっ！」
　初めてゲオルグは隆漸の攻撃を回避、頭突きで反撃する。目が眩むような打撃に耐え、隆漸が繰り出したキックをゲオルグが受け止めた。即座に掴まれた足を軸に延髄切りへとスイッチ！
　これで落とせるかに思えたが、まだゲオルグはカウント２．５で肩をあげた。隆漸はコーナーの勇飛と目を合わせ、張り手でゲオルグをロープへと振る。すかさず勇飛とタッチ、ロープに撥ねられたゲオルグをホールドする。
　飛び込んできた勇飛がゲオルグを宙へ跳ね上げると、自らもジャンプ。ゲオルグの背に立って彼をマットへ叩き落としざま、コーナーへサーフィンのように滑らせて激突させた。

　３カウント。歓声の中、ゲオルグは遂に一敗。ギブアップした。

●第四試合
「中堅、無常・拓馬！」
　晴香のコールに応じた姿を目にして、観客の女性から悲鳴が上がった。男性からは爆笑が広がっている。
「引っ込めーー！」
　うっかりリーファ・エアが違った方向に声援を送ってしまったほどだ。周辺の人たちとお菓子や紅茶を分けあって、彼女も観戦を満喫している。
「はぁーい、今週のイロモノわーくッ！　『怪奇！　全裸テロリスト』無常さんちの拓馬君でぇーっす！」
　紙袋を被り、全裸で股間に『禁則事項』の前貼りをしているだけ。警察に逮捕されてもおかしくない。璃理が思わずケツァールマスクへと問いかけた。
『あれは覆面レスラーと名乗っていますが、ＯＫですか？』
『覆面には違いあるまい』
　驚きのツルの一声で試合続行。恐るべしエンターテイメント。
　これには小石・亜矢花も、周辺同様ブーイングを送らざるをえなかった。
　リングに上がった拓馬はブリッジ姿勢のまま、カサカサと高速で駆け回り始めた。
「見よ、この流麗なるブリッジと美麗なる移動術！　これぞ芸術にして至高のブリッジゴキブリ走法！」
　悲鳴と爆笑が会場を支配する。拓馬はゲオルグをかわしざま、延髄目がけてキックを放った。たたらを踏んだところへ、頭を拓膝でホールド。『禁則事項』を顔へ押し付けながらのパイルドライバー！
　技は決まったが、物理的なダメージより精神的なダメージが勝ったようだ。
「ええい、やめたまえ！」
　怒りに燃えるゲオルグが拓馬の背後へ回り、芸術的に決まったジャーマン・スープレックスで試合を決めた。

　拓馬、フォール負け。

●第五試合
　ゲオルグは明らかに疲れていた。当の拓馬が早速回復し、例の高速走法で花道を戻ってきたほどだ。
「再びタッグよ！　エル・ヌメロ・ウノ……刑部～征～司～！」
　晴香のコールに応じ刑部・征司（零距離の交撃者・d11895）がエプロンサイドからトップロープ、更にコーナーポストの上へと飛び移って腕を上げた。アピールに観客が沸く。
「そして海老塚・藍！」
　海老塚・藍（フライングラグドール・d02826）の小柄な身体もリングへと跳ねあがり、纏ったバトルコスチュームはアルティメットモード。観客から感嘆の声が上がる。
　先発は征司、ゲオルグとのロックアップからスタートした。チョップが連打で入ると征司が倒れる。ヘッドロックを仕掛けても外され、エルボーで苦しそうに転がると、征司は起き上がりざまに赤い光の尾を引くエルボーを返した。ゲオルグが怯んだ隙にやっとのことで藍にタッチ。すぐさま藍はトップロープからプランチャを仕掛けた。
「ぶはっ！」
　更に反対側のコーナーを駆け上がって再び鋭いボディアタック、ロープへ身を投げ出し、勢いをつけた回転でトルニージョと飛び技のオンパレードだ。手を挙げて観客にアピールしつつ、ゲオルグが立つのを待っていた藍がキックのラッシュを仕掛け、よろけたところへラリアットを見舞った。ゲオルグが唸ってマットに沈む。
「藍ちゃーん！　がんばってーなのー！」
『おっと、藍選手の彼女です！』
　会場では村本・寛子が法被に鉢巻き、手には横断幕とサイリウムで応援最高潮。藍の大爆発に沸いていた観客がなごむ。
「やるではないか！」
　復活したゲオルグが藍の体をサイドから掬い上げる。咄嗟に腕をあげて頭を守り、藍はスープレックスを耐えきった。転がってコーナーへ寄ると征司とタッチ。
　征司はゲオルグの足元へ滑りこむと両脚を掴んだ。
「さあ皆様ご一緒に！　１、２、３……」
　ジャイアントスイングに観客が唱和する。放られたゲオルグへ組みつき、担ぎあげてからのナイアガラドライバー。腕を固めて自分たちのコーナーへ引きずっていく。
「俺ごと投げて！」
　藍が征司を持ち上げようとするが、持ち上がらない。位置を入れ替え、眉山で試合は締めくくられた。
「お疲れ様なの～、これどーぞー☆」
　駆け寄ってきた寛子がリングを下りた藍にタオルとドリンクを差し入れ、二人は仲睦まじく戻っていった。その後ろを観客に手を振りつつ、征司がついていく。

　ゲオルグ、フォール負け。

●第六試合
　再び隆漸がマイクを握った。会場に朗々たる声が響き渡る。
　「本日のトリ、大将は稲垣・晴香！　いざ、入場！」
　花道に姿を現した晴香は、ダイナマイトモードで観客の視線を集めた。武蔵坂のプロレス第一人者を自認するプライドがある。全力の『プロレス』を見せるだけだ。
　じっくりと見合った二人は、ロックアップからゆっくりと始動した。距離が詰まるとチョップが見舞われる。限界が近いはずだがゲオルグの一撃は重い。あえて受けた晴香はチョップで切り返した。
　よろけたゲオルグが踏みとどまってトラースキックで切り返す。高い衝突音が消えるより早く、受け切った晴香が距離を詰め、素早く組みついてコブラツイストを極める。ゲオルグが苦鳴をあげた。弱ったのを見計らって手を離すとがっくりとマットへ膝をつく。しかしそれはサイド・スープレックスのための布石だった。
「くらえ！」
　掬い上げられた晴香が頭部を庇う。息が詰まるほどの衝撃に襲われ、すぐに立ち上がれない。コーナートップからボディアタックにきたゲオルグを、晴香はかわした。
　敵の攻撃は受け止めるのが原則のプロレスで、『避ける』ことは相手の強さを強調する。
　これまでの流れでそれを充分に感じていた観客から歓声が上がった。
「ただ闘ってるんじゃねェ。エンターテイナーなんだな、アイツらは」
　プラチナチケットを活用して会場掌握に手を貸した万事・錠が、感心したように呟く。彼を含めてプロレスに詳しくない者たちは、試合を終えた参加者やラズヴァンから、技の解説やプロレスについての説明を聞いていた。
「プロレスの本質……それは強さではなく、凄さ！」
　晴香の声が響く。
　相手の力を引き出し、受け止め、時にはかわして流れを盛り上げて勝利を収める。
　風輪・優歌にとっても驚きの世界だった。
（「……ほんとにこの人たち、「宿敵」と書いて「とも」と読むんですね」）
　脳裏をあるストリートファイターの姿がよぎる。

　ただ戦うのではなく、互いを認めあい、高めあい、エンターテイメントに達した競技。
　その作法を知らないとしても、その戦場に立つものに同じ魂がないわけがない。

　会場が割れんばかりの歓声の中、試合は晴香のバックドロップで終焉を迎えたのだった。

●終幕
　試合を終えて、自然にゲオルグと灼滅者たちは互いの健闘を讃えあっていた。疲れ切った様子のゲオルグに近づき、ケツァールマスクが自然に肩を貸す。
「次は人様のリングじゃなくて私たちとやり合いましょう」
　梓の言葉に、ケツァールマスクはにやりと笑った。
「考えておこう。よいプロレスだった！」
　ケツァールマスクとゲオルグが花道を去ってゆく。
　その背にかけられる観客からの声援は、間違いなくその健闘と、エンターテイメントへ贈られる誇るべき魂への賛辞だった。

　次にまみえるのはいつになるのか。
　今は誰にもわからない。

作者：六堂ぱるな	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年11月26日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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