唯一の勲章

    作者:飛翔優

    ●刺青という名の
     幼い頃から力を振るう事しか知らず、裏世界で生きると決めた男が一人。下積みだと己に言い聞かせながら日々の雑務、与えられてきた土木作業をこなして来た。
     つまらない。
     誰かの言いなりになるままに動くなど。人や獣ではなく、物に力を振るうなど。
     不満が積もり積もった果て――。
    「ぐ……」
     ――きっかけは、土木作業のさなか石に躓いた。ただそれだけなのに……あるいは、ただそれだけだからこそ余計に怒りが募ってしまったのかもしれない。
     感情の爆発は、心の闇を呼び起こす。
     背中に刻んだ刺青が激しい熱を放っていく。
    「が、が……」
     闇より押し寄せてくる力に促されるままに石を砕き、手近な作業機械を破壊する。近づいてきた仲間をも手にかけて、されど勢いは弱まらない。
     咆哮を張り上げ、男は……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、短い挨拶を交わし説明を開始した。
    「宿敵、ダークネスの行動を察知しました」
     ダークネスには本来、バベルの鎖の力により予知がある。しかし、エクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐりダークネスに迫る事ができるのだ。
    「それがあってなお、ダークネスは強敵。しかし、灼滅する事こそ灼滅者の宿命」
     厳しい戦いになるかもしれないけれど、よろしく頼む。
     葉月は頭を下げた上で、本格的な説明へと移行した。
    「最近、刺青を持つ者が羅刹化する事件が発生し始めています。原因は判明していませんが、その裏には強力な羅刹の動きも確認されています」
     もっとも、原因がなんであれ羅刹による被害は防がなければならない。
     葉月は地図を広げ、住宅街の一角の空き地を指し示した。
    「今回、刺青を持つ男が羅刹化しようとしている場所は、現在アパート建設が進んでいるこの建設現場。時刻はお昼過ぎの、建設作業中になるでしょう」
     そのさなか、ひょんな事で件の男は完全な羅刹と化す。溢れだす力に身を任せ、全てを破壊し殺めてしまう。
    「ですので、まずは完全な羅刹と化す前に接触して下さい。その上で、戦うにふさわしい場所へと誘導して下さい。幸い、羅刹と化そうとしている男以外にはESPが聴く上に、周囲に空き地はそこそこあります」
     その後は戦い、KOする……と言う流れになる。
     もっとも……。
    「今回の羅刹は、完全な羅刹になる前に攻撃を加えてKOすると、完全な羅刹として復活するという特性を持ちます。そのため、連戦になることを覚悟して戦って下さい」
     戦闘能力は、完全な羅刹になる前はさほど高くはなく、そこそこの破壊力を持つ加護を砕く拳が厄介な程度。
     完全な羅刹と化した後は、八人を相手取れる程度の力量を持ち、破壊力にも秀でている。
     技は破壊力の高い加護を砕く拳の他、攻撃力を削ぐ力強い蹴り、プレッシャーを与える怒号。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡した上で、締めくくりへと移行した。
    「刺青と羅刹の関係は分かっていません。しかし、この羅刹を巡って強大な羅刹が動いている可能性もあるので、十分に注意して下さい。また、時間をかけ過ぎたり、派手に周りの注目を集めすぎたりした場合なども、思わぬ強敵が現れるかもしれません。ですので……どうか全力での行動を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    染谷・真言(灰色の魔法使い・d00478)
    アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)
    桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)
    宿木・青士郎(ティーンズグラフティ・d12903)
    渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310)

    ■リプレイ

    ●男に待つ未来は
     逞しい男たちが忙しなく動き回り、建設を進めていく工事現場。お昼休憩も終わりより活発になっていく彼らの只中を、染谷・真言(灰色の魔法使い・d00478)は一人歩いていた。
     フードの奥で光る瞳の中、一人の男が忙しなく鉄柱を運んでいる。作業に集中しているのか、はたまた別のことを考えているのか……いずれにせよ、真言が訪れてから生じた変化に気づく様子はない。
     問題ない、と真言は小さく頷き歩き出した。
     仲間の用いた力によりにわかに静まった工事現場に、どことなくからかうような調子で声を響かせた。
    「よ、そこの兄さん。見るからに不満が溜まってるって感じだな」
    「あっ?」
     鉄柱を抱えたまま、男は真言へと視線を向けていく。
     フードの影から睨み返し、戦場と定めた空き地の方角を指さしていく。
    「俺らもムシャクシャしてるとこなんだ。向こうに丁度良い空地があるからガチってみないか。暴れたいんだろ?」
    「……」
     返事はない。
     子供の戯言と捉えたか、はたまた……。
    「ガキ相手じゃつまらないってか。それとも怖いのか?」
     別の事へと男の思考が至る前に、更なる言葉を畳み掛けた。
     返答は聞かずに背を向けて、空き地に向かって歩き出す。
    「……ちっ」
     背後で、重い物が落ちる音がした。
     遅れて足音も聞こえてくる。どうやら誘いに乗ってくれたらしい。
    (「ふう、これで第一段階はクリアか」)
     心の中で安堵の息を吐きながら、真言は仲間との合流を目指していく。
     次は――。

     草花がまばらに生えているだけの、無味乾燥な広い空き地。
     余裕たっぷりのほほ笑みで、狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)は男を出迎えた。
    「よく来ましたね」
    「……おい」
    「こんにちはー」
     タイマンでない事に対する追求が行われる前に、小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)が挨拶を差し挟む。
     疑問を持つ暇など与えぬと、アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)が言葉を重ねていく。
    「来てくれてよかった。ここに来る前に暴れられちゃ大変だもの」
    「キサマも飢えているのだな……わかるぞ……。堪えることはない。その欲望、我等が解放してやる……」
     宿木・青士郎(ティーンズグラフティ・d12903)もまたニヤリと笑ったのを見て、初めて誘い出されたことに思い至ったらしい。
     男な苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、低い姿勢を取っていく。
    「何だか分からねぇが……生意気なガキには仕置が必要だな」
    「玩具は頑丈な方がよかろう? 我もそう思うのだ。だから…簡単に壊れてくれるなよ?」
     噛み合わぬ返答と共に、青士郎もまた身構えていく。
     互いににらみ合いながら、仕掛けるべき時を伺い始めていく……。

    ●刺青羅刹、覚醒
     風だけが意味のある音として吹き抜けていた、街中の空き地。
     香りすら周囲の家々がもたらすもの以外にない場所で、睨み合う灼滅者たちと男。
     憎々しげに細められた瞳の奥、獣にも似たギラつく眼光を感じ取り、七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)は静かな声を響かせる。
    「暴れたいみたいね、でも私達を獲物だなんて思わない方がいいわ。覚悟して。どう転んでも貴方ここで終わりよ」
     言葉と共に武装を整え、鋭き聖剣を煌めかせた。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     翡翠もまた巨大な剣を担ぎ上げ、男の隙を伺い始めていく。
     眩いほどの陽射しが降り注ぎ、互いに互いの調子を図る中、最初に動いたのは……亜樹。
    「暴れたりないなら、ぼくたちが相手になるよ」
     明るい声音と共に影を伸ばし、男の足元へと到達させた。
     瞬く間に厚みを持たせ飲み込んで、男を闇へと閉ざしていく。
    「燃えちゃいなさい!」
     影ごと炙ると、アイレインが炎を放った。
     力が足りぬか、まだ動かぬか、炎にも包まれてなお男が動く様子はない。
     故に、ビハインドのハールは臆せず得物を打ち込んでいく。
     桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)もまた背後へと回りこみ、脚があると思しき場所に、一閃!
    「っ、来るよ!」
    「――!」
     即座に退き、咆哮とともに闇を砕いていく男の間合いから離れていく。
     代わりにか、あるいは元々の狙いか、男は亜樹に向かって殴りかかった。
     盾を掲げて防ぎ、されど貫く衝撃が体中を震わせていく光景を横目に捉え、渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310)は深呼吸を開始する。
    「今、治療する」
     体中を巡っているオーラを注ぎ込み、問題のない状態へと回復させた。
     件の亜樹。痛みを感じているだろうに、堪えた様子など全くない。
    「もっと遊ぼうよ。たぶん、これが最後になるから」
     無邪気な宣告と共に懐へと飛び込んで、輝きを宿した拳を胸に、腹に脇腹にと突き刺していく。
     最初から全力で重ねられていった攻撃の数々に対応しきれぬ男は足元も覚束ない。もう、長くはない。
    「……」
     ならばせめて苦しまない内に……といったところだろうか?
     潤子が、肥大化した腕で男の後頭部をぶん殴る。
     うつ伏せに倒れていく男へと、真剣な眼差しを送っていく。
    「心構え一つなんだよ。自分で動いていると思うのか、動かされていると思うのか。力を上手く使いたいなら、自分の感情の支配者になれって お祖父ちゃんが言ってたよ」
    「……ちっ」
     想いは、果たして男の耳へと届いただろうか?
     確認する暇もないままに、男は変質を始めていく。背中に刻まれているのだろう刺青が導くまま、徐々に羅刹と化していく。
     もう、男が真の意味で目覚めることはない。
    「来るわ。みんな気をつけて!」
     続く戦いに身構えながら、アイレインは一人考える。
     刺青の人が羅刹化する。
     刺青は、ヤクザさんとかが入れるものだと思っている。
     ならば、この男のように羅刹も怖い人でいっぱいになってしまうのだろうか?
     一方、ホナミは距離を取る。静かな息を吐きながら、ただただ声を響かせる。
    「変化が済んだらここからが勝負ね。長引かせるつもりはないの。一気にいくわよ!」
     ただ、倒したところで気持ちは晴れないだろう。
     確かに荒んだ人だったのかもしれないけれど、それでも、救う手立てがないのが少し悲しい。
     あるいは、だからこそ少しでも様子を探ろうと思うのだろうか。刺青の羅刹に関して情報を集めようと考えるのだろうか。
     今は、そのくらいしかできない。
    「……まあ、なんだ。力だ、力をくれ」
     ゆっくりと、羅刹が起き上がり始めたから。
     幸い、すでに陣の再形成は完了していた。
     次に得物を交わし合う時を見定めながら、潤子は静かな言葉を響かせる。
    「油断せず戦うよ! 落ち着いていけば、きっと……」
    「ああ。そのためにも……」
     小さく頷き返した後、ザジがアイレインへとオーラを注いだ。
     万全の体制を整えた上で、目覚めた羅刹を迎え討つ!

     刺青羅刹との二回戦。
     先に動いたのは、羅刹。
    「コォォォォォォ!!」
     天をも揺るがす怒号が、前衛陣の体を心を揺さぶった。
     体中がきしまなかったわけではない、恐怖が呼び覚まされなかったわけでもない。
     それでも翡翠は強い意志で歩みだし、炎を宿した剣を振るうのだ。
    「ただの暴力に、負けるわけには行きません!」
     虚空を描かれし炎の軌跡が、羅刹に激しき熱を与えていく。
     揺らめく炎に隠れる形で、潤子は背後へと回り込んだ。
    「仕掛けるよ!」
    「ククク……その殺意に満ちた眼光、心地良い……」
     潤子の握る真紅の聖剣が羅刹の足を切り裂いた時、青士郎の影が再び羅刹を飲み込んだ。
    「ハァ!」
     が、すぐさま打ち破られる。
     先ほどまでのようにはいかないらしい。
    「治療する、前衛は次の攻撃に備えてくれ」
     より一層の注意が必要だと、ザジが翡翠にオーラを注いでいく。
     万全の体制を整えて、攻撃への対処を続けていく羅刹に挑んで行く。
     しかし……やはり、先ほどまでとは一回りも二回りも違う相手。
     通っていた刃は通らず、拳も受け流される事が多い。
     反面、怒号も蹴りも癒やすことのできない傷を生み、拳にいたっては治療役だけでは間に合わぬほどの衝撃がもたらされる。
    「……だが」
     治療役の片割れとして、真言は潤子に光輪を投げ渡す。
     一撃なら耐え切れる程度に治療した上で、羅刹に向かって言い放つ。
    「手数では圧倒的に有利。たった一度の攻撃なら、都度回復すれば安定」
     否。もしも、を考えるならば、決して安定しているわけではない。守備役以外の急所に入ったならば危険、と言うタイミングもあったのだから。
     それでもなお強がって、勢いを削がぬために前向きに、灼滅者たちは攻撃を続けていく。
     抗わねばならないのだから。
     抗い、倒さなければならないのだから。
    「ちっ」
    「そろそろきつくなってきているはずです。もう少しだけ……!」
     強い決意を胸に宿し、翡翠が拳を刻んでいく。
     刺青への疑問は、戦いが終わった後でも遅くはない。
     今はただ羅刹を倒すため、全力を傾け挑むのだ。

     太陽をも砕かん勢いで、羅刹は拳を振り上げた。
     仕掛けたばかりで下がりきれぬ潤子めがけて、勢いのままに振り下ろされ――。
    「影に捕われ喰らわれていくがいい!」
     ――腕を、足を、青士郎の影が縛り付けた。
     すぐさま引きちぎられるも、わずかに生じた隙を用いて潤子は退くことに成功する。
     空を切りよろめく羅刹に、遠慮する必要など何処にもない。
    「一気に行きます!」
     アイレインが炎を放ち、羅刹の体を飲み込んだ。
     猛る炎で蝕みながら、仲間たちの意識を導き攻撃を重ねさせていく。
     が、羅刹の動きに淀みはない。
     続く拳は、大剣を振り回していたハールへ向かった。
    「させるか!」
     拳がハールを捉える前に、真言の放つ光輪が体力を安全域まで戻していく。
     アイレインが安堵の息を紡ぐ中、真言は改めて羅刹へと向き直る。
    「あんたに恨みがあるわけじゃないが……すまんな」
    「全力で、一気に行くよ」
     言葉に続ける形で亜樹が飛び込み、螺旋状の回転を加えた槍で羅刹の右肩を貫いた。
     貫いたまま体重を下へと傾けて、羅刹の体を押さえつける。
     すかさず翡翠が巨大な剣を振り下ろし、左肩へと食い込ませた。
    「ぐ……」
    「もう、お終いにするわよ」
     表情を歪ませていくさまを横目に、ホナミは瞳を細めながら杖を振り抜いた。
     背中にぶち当てるとともに魔力を開放し、羅刹の体を強く、激しく震わせる。
     死にゆく者への引導は、青士郎の拳。
    「さらば、力に呑まれし哀れな者よ……」
     腹部を捉えると共に解き放たれた霊力が、羅刹を雁字搦めに縛り付ける。
     断末魔の声を漏らすことすら許さずに、この世から存在そのものを消し去ったのだ。

    ●今はまだ闇の中で
     戦いの中、厳しい場面はあったけれど癒やしきれぬほどの深手を負ったものはいない。
     潤子は安堵の息を吐きながら、一人一人を見て回る。
    「みんなの怪我は大丈夫?」
     怪我があれば、癒せる分だけでも治療を。
     誘われるように各々身を癒やす中、ホナミは一人静かに肩を落とす。
     はじめから決まっていた、男の未来。
     覚悟はしていただろうけど、胸に抱いた感情はまた別物なのだろう。
    「それじゃあ、帰るぞ」
     もっとも、長い時間この場所にいられるわけではないから、ザジが早々の帰還を促した。
     返事を待たずに歩き出していく彼に従い、残る灼滅者たちも次々と空き地から立ち去っていく。
     後には何も残らない。ただ、寂れた空き地だけが元の姿を保ち続けていて……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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