夜の街に、尾賀という男がいた。
目つきの悪い偉丈夫で、顔がすぐ赤くなること、怒ると手がつけなくなることで赤鬼と呼ばれていた。当人もそれを気に入って、背中に大きな赤鬼の刺青を彫った。
「これはどういうことだ?」
「あ、えっと……えっ!?」
そして何より、尾賀は裏切りには厳しかった。部下の男が組の売り物をくすねたのを見つけて、尾賀の形相が鬼のそれとなる。顔が真っ赤になり、黒い角が生え、そして最後には本当に鬼になった。
鬼は自分の名さえ忘れながらも、部下を殺し、貪り、呟いた。
「足りぬ……これでは、足りぬ」
尾賀だった鬼は力を求めて、夜の街に繰り出す。
灼滅者達が教室に集まると、すでにそこでは口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)が待ち受けていた。
「集まってくれてありがとう。説明を始めるわ」
いつも通り無愛想に礼を言い、目は本題に入った。
「最近、刺青した人が羅刹になる事件が起きているのは知ってる? 今回もその一件よ」
刺青と羅刹化の因果は不明だが、刺青をめぐって強力な羅刹も動きを見せている。どんな企みがあるかは分からないが、羅刹による犠牲を見過ごすわけにはいかない。
「近くうちに羅刹化するのは、尾賀という大男。非合法な生業の人ね」
尾賀をサイキックで攻撃し、意識を奪うか殺害すれば羅刹に闇堕ちする。一人でいるところを襲撃し、羅刹化させてから灼滅するのがいいだろう。ちょうど尾賀は独り暮らしであり、その住居を知る者もあまりいないため、帰宅したところを襲撃すれば確実だ。
「羅刹は神薙使いと同様のサイキックを使うわ。闇堕ちしたてだけど、十分注意して」
加えて、闇堕ち前でも尾賀には一般人向けのESPは通用しないので留意しておいた方がいいだろう。
「あと、刺青関連でかなり強い羅刹が動いてるかもしれないから、戦闘に時間がかかったり、やたら目立ったりすると、遭遇するかもしれないわ。くれぐれも気を付けて」
無事に戻ってきてほしいから、と最後に付け加えて、目は灼滅者達を送り出した。
参加者 | |
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漣波・煉(我が心血の海泳ぐ・d00991) |
九条・雷(蒼雷・d01046) |
神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012) |
左藤・四生(覡・d02658) |
叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580) |
月村・アヅマ(風刃・d13869) |
イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131) |
アルディマ・アルシャーヴィン(継承者・d22426) |
●鬼と呼ばれる者
灼滅者達はエクスブレインの未来予知に従い、尾賀のアパートに向かった。寒さのせいで、あるいは別の理由で、それぞれの表情には硬さがあった。その理由のひとつは、闇堕ちするとはいえ一般人を相手にすることだろう。
「正直、手を出すのは気が引けるけど……どのみち放ってはおけないか」
アパートの小さな植え込みに隠れながら、月村・アヅマ(風刃・d13869)が呟いた。言葉を発する度に、わずかに白い息が混じる。
そしてもうひとつは、人を羅刹化する刺青とそれを狙う羅刹の存在。神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)は神薙使いとして、考えを巡らせずにはいられなかった。
(「羅刹が仲間を増やす為に刺青を使ってるとしたら? 刺青師みたいな人が羅刹の仲間でいるとか」)
いくつかの可能性が頭の中を駆け回るが、それらは全て可能性でしかない。現状では、情報はまだまだ足りていないのだ。
植え込みから小さく頭を出して、イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)が様子をうかがう。青い髪が月光を反射し、惑わすような輝きを放っていた。
「刺青が素質がある人につけられてるのかだれでもいいのかもきになるのです」
刺青については謎が多い。灼滅者達の意識も自然とそちらへ向かう。
「刺青の力で羅刹化、ねェ。地獄絵図から鬼が出てきたり、ほんと奇想天外な奴等ばっかだよ」
脳裏に浮かぶのは、先の戦争のこと。あれはラグナロクの力だったが、今回は果たして。これから起こる厄介とそれに伴う戦いを思うと、九条・雷(蒼雷・d01046)の顔に口元がほころんだ。
「お出まし……いや、お帰りだな」
漣波・煉(我が心血の海泳ぐ・d00991)の目玉がギョロリとうごめき、尾賀の姿を捉えた。いよいよ、と仲間に緊張が走る。尾賀は文字通りの大男で、絵に描いたような悪人面。一見しただけで堅気ではないと分かる。首筋からは、刺青の一部が見えた。鬼の角。これだけで一部なら、全体としてはかなり大きなものになるだろう。
「あの刺青って何なんだろうね」
仲間と同じく、疑問を口にする叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)。刺青を彫った何者かが鍵を握っているのだろうか。まだ見ぬダークネスの関与を疑うが、真実はやはりまだ闇の中だ。
「行きます」
尾賀が部屋に入ったのを確認し、左藤・四生(覡・d02658)とアルディマは追って部屋を訪ねる。インターホンはなかったので、ドアをノックした。鈍い音が響く。中からすぐに尾賀が出てきた。
「あんたらは? ……いや、寒いからとりあえずあがれ」
意外とすんなりと部屋に入れた二人。アルディマ・アルシャーヴィン(継承者・d22426)はまず名乗り、そして質問した。当然、刺青についてである。
「突然の訪問、ご容赦下さい。私はある人間を探しています。刺青の彫師なのですが」
アルディマの問いに、尾賀は首を傾げる。なぜそんなことを聞くのか、と疑問に思っているようだった。
●より鬼らしく
アルディマは食い下がったが、尾賀は何も答えなかった。ただ、隠し事があるというわけではなく、突然の訪問者を不気味に思ってだろう。彼からすれば、質問の意味も意図も全く分からないのだから。
「なぁ、そろそろ帰ってくれ。俺から話せることはねぇ。これ以上しつこくするなら痛い目見るぜ」
ドアを顎で指す。言うことを聞かぬなら、実力行使も辞さないつもりのようだ。ここまでと判断し、四生はスレイヤーカードからロッドを取り出す。
「……手早く済ませましょう」
ロッドを叩きつければ、尾賀の巨体が軽く吹き飛ぶ。そして二度と立ち上がらない……のが普通だった。けれど、尾賀は、否、羅刹はゆっくりと体を起して打たれた場所をさする。
「やってくれたな、小僧」
そこにいるのは赤鬼だった。頭には角が生え、顔は血色で赤く染まり、腕は服を引き裂くほどに肥大化する。その鬼の腕が、お返しとばかりに四生に叩きつけられた。吹き飛ばされた体はドアを突き破り、そのまま外へ飛び出した。それが戦闘開始の合図となり、隠れていた仲間も次々に殲術道具を手に取る。同時、アヅマは帽子をかぶり直し、秋沙は赤のグローブをはめた。
「怨みはねーですけど倒させてもらうのです、イシュちゃんの歌を聞くといいのです」
アイドルのような衣装を揺らしながら、イシュタリアは歌を紡ぐ。きらめく歌声は見えざる魔手となり、羅刹の精神を傷付けた。頭を揺らす羅刹に、雷が追い打ちをかける。
「ねェ、闇に堕ちるってどんな気持ち? 寒い? 怖い? 痛い? ……それとも、心地いい?」
戦いの興奮ににんまりと笑みを浮かべ、黒塗りの槍を振るう。羅刹はそれを己の腕で受け止めた。歯が潰れそうなほど歯ぎしりして、言う。
「心地いいだと? ふざけるな!!」
悔しそうに、体を震わせる赤鬼。彼の内にある感情は、渇きだった。圧倒的な、自我さえ飲み込みそうな力への渇望。それが今、羅刹にある全てだった。渇きが満たされぬ怒りを風に変え、前衛を切り裂く。
「……うるさい羅刹だな」
煉は戦いに信念など持ち込まない。ダークネスを灼滅するのは己が安寧のためだ。だからこそ、戦闘には一切の容赦も迷いもない。ただ、狩る。ただ、殺す。オーラを拳にまとわせ、何発も連打を叩きこんだ。
未知の危険を考えれば時間をかけるわけにはいかない。灼滅者達は猛攻でたたみかける。
●鬼退治
攻撃重視の陣容もあってか、羅刹のダメージはますます蓄積していく。しかし、灼滅者とてそれは同じ。攻め手が多い分、防御役のアヅマの負担も大きかった。仲間の鬼の腕を受け止め、吹き飛ばされかけるが、なんとか踏みとどまる。衝撃で、土に靴痕が深く刻まれた。
「……っ、まだまだぁ!」
注意を引きつけたはいいが、攻撃が集中することになり、消耗は大きい。自らを癒やすべく、盾の光を強くする。さらにそこへ四生が癒しの光を重ねた。
「やっぱり、時間かけらんないね!」
とるべき方法はひとつだ。倒される前に倒す。短期決戦を狙うのみ。強力な羅刹と遭遇しないためにもそうすると決めていた。秋沙の手にあるのは、魔力を威力に変える、破壊の杖。ありったけの力と魔力を込めて、羅刹にぶち込んだ。
さすがの羅刹も苦悶の声を上げた。さらにアルディマが弓を引き絞る。
「刻め、我が魔道を」
アルディマの体から放たれた魔力が光の矢を形成する。手を離せば、矢は一瞬で羅刹のもとへ到達。自壊し、自らを形成する魔力を炸裂させた。
「この……っ」
目の前の敵が格下であることは本能で理解している。だが、実力差を数と連携で埋められたときの対処など知らない。一方的に追い詰められていることに苛立ちを隠せない。
焦りか、油断か。いつの間にか希紗が背後をとっていた。
「いっとうりょうだん!」
身の丈を超えるかという大剣を希紗は軽々と振り上げた。彼女の小さな体のどこにそんな力があるというのだろうか。渾身の力で振り下ろせば、羅刹の背に大きな裂傷が刻まれる。
スーツは当然切り裂かれ、その下の赤鬼の刺青が露わになる。赤鬼が見る者をにらんでいるような、激しい刺青だ。
「ぐおぉぉぉっ!」
咆哮。羅刹の全身から怒りがほとばしる。いくらか傷が癒えるが、焼け石に水だ。敗北はほぼ決定的。それでも戦う意思は微塵も揺らがないのは、種族の本能か、気質か。何度目かの攻撃がアヅマを捉える。アヅマは耐え切れず、今度こそ吹き飛ばされた。
「月村君!」
回復役の四生が叫んだ。彼や仲間の回復が不十分だったわけではない。だが、ひとりでダークネスの攻撃を引き受けるのはやはり難しかった。また、回復役以外が回復に手を割いたのもよくなかったかもしれない。
「だい、じょうぶ」
アヅマはほとんど精神力だけで立ち上がる。羅刹も追い詰めた。ここで倒れるわけにはいかない、と。
●鬼は風に消え
羅刹は獲物を見定めたように、アヅマに視線を向ける。せめて道連れに、とでも考えているのだろう。それを遮り、煉がかばうように前に出た。
「無理をしても得はしないと思うのだよ」
正義も信念も持ち合わせてはないが、だかろといって仲間を放っておくほど分かりやすい人間でもない。促され、アヅマは一歩身を引く。
「回復するのです。もってけなのです」
イシュタリアの柔らかい歌声が響き、アヅマの傷を癒やす。可愛らしいダンスのサービスも忘れない。
「ありがとう、あとは任せて!」
防御役が攻撃を引き受けた分、仲間の損傷は軽い。希紗は仲間の分も思いっきり攻撃を叩きこんだ。
「く、あ!」
「もうそろそろ終いでしょ?」
雷の拳がその名の通り閃光をまとう。乱打が羅刹を吸いこまれる。さらにアルディマの放った雷の矢が羅刹を貫いた。
「恨んでくれてかまわない。せめて安らかに」
羅刹が膝をついた。追い打ちをかけるべく、秋沙が飛び上がる。急降下からのとび蹴り。
「くらえぇっ!!」
キックは頭に突き刺さり、黒い角を粉々に粉砕した。羅刹は痛みに喚くが、それも一瞬。
四生が放った風の刃がそれを終わりにした。戦闘を早く終わらせるため、最後には回復役も攻撃に加わる。
「これで、終わりだ」
真っ二つにされた羅刹は風に溶け、ついには跡形も残らなかった。
灼滅者達は尾賀の部屋や持ち物に何か手掛かりはないかと探ってみたが、今のところ有力なものはないようだ。改めて調べた方がいいかもしれない。
長居は無用なので、表に誰もいないことを確認して帰路に就く。鬼の居ぬ間に、である。
アヅマは振り返り、黙祷を捧げた。まっとうな人間ではないが、尾賀も被害者かもしれないから。アルディマも、黒幕がいるなら報いを受けさせると誓う。
「傷は大丈夫か」
「まぁ、大丈夫ですよ」
灼滅者だから慣れっこだ、と言ってアヅマは帽子のつばを直した。
「強力な羅刹……現れなくてよかったね」
ダークネスとの連戦は厳しいだろう。皆そろって帰還できることに四生きるは素直に胸を撫で下ろした。
「ううん、何か手掛かりがあればよかったんだけど……」
残念そうに肩を落とす希紗。羅刹に遭遇する危険を避けるため、悠長に調査をしているわけにはいかなかった。後で改めてやるしかないだろう。
「ま、いつか何か分かるよ。その時のために頑張ろう」
と言い、希紗をなだめる秋沙。いざというときのために備えるのも大切だ。
「ねェ煉、コンビニ寄ってこコンビニ! あたし肉まん食べたいから奢って下さい」
「断る。私は早く帰ってザラマンデル君を愛でなければならないのだ」
一方で呑気な灼滅者もちらほらと。雷は露骨にたかろうとするが、煉はあっさりと避けた。ちなみにザラマンデル君は煉のペットである。
「肉まん、イシュちゃんにもおごりやがれです!」
肉まんと聞いて、イシュタリアも目を輝かせた。育ち盛りの小学生には夜間労働は堪えるのである。その様子に、煉以外の灼滅者はふっと頬をほころばせた。煉は極力目を合わせないようにしていたが。
今回で事件が進展したかは、いずれ分かること。今はともかく休息を。戦いで熱くなった体を、秋の終わりの冷たい風が吹き抜けた。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年11月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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