オホーツクに沈む闇～阻止せよサルベージ！

■リプレイ

●索敵
　……海風、頬を刻むよう。
　凍らぬ氷、冬のオホーツク海を渡りクレーン船へと這い上がった灼滅者達を労る気もないと、気候は素気ない。だが強靱な魂を持つ灼滅者達は粛々と目的を達成するための行動を開始する。
「スパイ映画みたいでちょっとワクワクしちゃうね……と、通信」
　アナスタシア・ケレンスキー（チェレステの瞳・d00044）が襲撃班の突入開始を受信した時には、猫と蛇に変じた榊・セツト（パクチーは食べられません・d18818）と松田・時松（女子・d05205）は既に闇に消えていた。
　防水ばっちりのトランシーバー、操作も頭に叩き込んだので班間のやりとりはスムーズにできそうだ。
「中央はかなりひらけてますね」
　暗視双眼鏡を手に村上・忍（龍眼の忍び・d01475）が囁く通り、クレーン操作室と操舵室の間はサルベージした物を置くためか広々としている。
「形は大きなプールみてぇなもんだな」
　中島九十三式・銀都（シーヴァナタラージャ・d03248）は宙に長方形を指で描く。複雑な脱出経路にはならなそうなのが幸いか。
「中央は総力戦になりそうですわね」
　忍に借りた双眼鏡を返しながら、阿剛・桜花（硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132）は眉間に皺を寄せる。
「作業員さん達をしっかり守らないとね」
　かける言葉を脳裏に描く乙宮・立花（仮想のゆりかご・d06338）を支えるように、霊犬佐助がすりよった。
「あと１体は操作室か？」
　顎に指をあて四津辺・捨六（伏魔・d05578）が天井にクレーンを生やした四角い箱に視線をくれる。
　……階段を駆け降りる猫、影から這い出る灰色でつぶらな瞳の蛇は、仲間達の前で人に戻った。
「水揚場の作業員は８名でコサック兵は３体。ここは纏めて対応するしかないと思う」
「窓から伺った限りでは操作室に４名、コサック兵が１体……数は合ってますね」
　口早な報告を聞いた皆の瞳が吸い寄せられたのは操作室、一手目は決った。

●操作室急襲！
『次はまだかコサック』
　雉虎ロシア帽に赤ら顔のコサック兵はチョビ髭の下の唇を不機嫌にひん曲げる。
『まさか手を抜いてるコサック？！』
「こちとら寝ずにサービス残業だ、能率あげてぇなら休憩をくんな」
　３人の背後で監督する男が負けじとにらみ返す。
『フンッ』
　サルベージ作業には彼らが必須、腹立たしい気持ちを宥めるようにピロシキにかぶりついた。
『ハッラッショー！』
　さすがロード・アーヴェントが包み自分達が揚げたピロシキ、絶品だ！
　機嫌が直った所で扉が開く。
『まだ交替の時間ではないコサッ……』
　……ふ。
　ドアの外、虚空呑まれるように声が萎む。
　アナスタシアがサウンドシャッターを展開した刹那、身を屈め室内に躍り込む影。
「例え天が見逃しても、俺達が見逃さねぇ。中島九十三式・銀都参上！」
　不敵な少年の声と共に停止の陣が敷かれる。
「てめぇらの悪事もここまでだっ」
「怪人ある所、その逆もまたあり」
　操作盤の前の３人を庇うよう滑り込み忍が名乗りをあげ、
「正義の味方、参上致しました！」
　そしてねじった手首に携えた槍で躊躇わずコサック兵の胸を突いた。
『な、何者コサッ……ぐはッ』
　咽せるように押えた喉に刺さるは静かなる漆黒。
「奴らを排除するまで今暫くのご辛抱を」
　捨六は落ち着かせるように静逸な声音を響かせる。
「こちらへ」
　立花はおやっさんの手を引きコサック兵から引き離す。
「下がっていて下さい」
「嬢ちゃんは一体……」
「皆さんを助けに来ました」
　佐助が敵へ挑み掛かるのを横目に立花は真っ直ぐ告げた。下手に言葉を飾るよりこの方がよいと信じて。
「皆さんもあの子に従って早く後ろへ！」
　指示を飛ばし豪奢な巻き毛をふわり、桜花は優雅に床を蹴る。
「でぇえええい！」
　だがそのファイトスタイルはどこまでもドロ臭く、雷を宿した拳を真っ向から顔面に突き立てるお嬢様らしからぬもの。
「アナ達が助けに来たから」
　両手でしっかと握った参式灼滅槌【狗鷲】で威圧するようつきだして、アナスタシアは快活なウインクを振りまく。
「もうっだい・じょうぶ！」
　スタッカートにあわせてめっきょりと、コサック兵のもふもふ帽子がひしゃげた。
「おやっさん」
「落ち着け、いい大人だろうがッ」
　部下達を叱り飛ばし狂乱を止める。どうやら一連の行動は灼滅者達を信頼に足る存在だと思わせたようだ。
「悪いけど……」
　久しぶりの北紀行に心なしか生き生きとした瞳で、時松は煌めく吹雪を奴へと見舞う。
「君らに蟹以外の水揚げをさせる気は無いよ」
　口元を僅かにあげ挑発。
「そうですね、終ったらみんなでカニ食べにいきましょう」
　穏やかな微笑みとは裏腹にセツトは恐ろしい速さで魔道書を繰る――猛攻で片をつける、そんな彼の今の立ち位置は、破壊手クラッシャー。
『怪しい奴コサックゥ！』
　取り巻く否定魔法に身もだえ一瞬、すぐに気合を入れるように腕を組む。
　シュタ！
　背筋が伸びたかと思うと収納されるように縮んだ、じゃなくてしゃがんだ。
『フッ、ハッ！　フッ！　ハッ！』
　鼻息荒いかけ声と共に交互に足を出しちょこちょこ移動、華麗なるコサックステップでにじり寄るのは時松の元。
「望む所だよ」
『フッハッフッハッフッハッフッハッ！』
　刻むように早くなるステップで容赦なく弁慶の泣き所を蹴り蹴り蹴り。
「あとで回復するからっ」
　できる限り短時間でケリをつけたいからとの立花に大きく頷き、腰溜めで立ち堪えた。

　――しかし多勢に無勢。ひとりぼっちのコサック兵は大きな反撃を赦されず、オホーツク海で果てる事となる。

「説明は後で必ずさせていただきますわ」
　物言いたげな作業員へ礼を欠かぬよう桜花は頭を下げた。
「ああ、気ぃつけてな」
　キーマンたる男は聞きたい事はまず胸にしまう、正義の味方の子供らが憂いなく行けるように。

●水揚場の攻防
『ぬ？　クレーンが止まったコサック？』
『見てくるコサック』
「させないよ」
　囁くような声に反して時松のブリザードは苛烈に最後方の敵を捕らえる。
「掛かってきなよ。こんな所じゃボクは散らないけどね」
　怒りで縛り、かつ作業員を隠す壁となるよう仁王立ち。
『敵襲コサッーク！？』
「ひゃあ？！」
　クレーン停止を見出したコサック兵が手近な作業員へ腕を伸ばすが、
「彼らには指一本ふれさせません」
　回り込んだセツトに腕を払われる。
「ロシアンタイガーは堂々たる幹部と聞いておりましたが」
　あわせるように作業員を背に庇い忍は碧眼で睥睨する。
「部下を見る限り、噂程ではなさそうですね」
『ロシアンタイガー様を愚弄するなコサック！』
　激高するコサック兵が忍に向うのと入れ替わる様に、立花は両手を広げて作業員の盾になるように立った。
「皆さんを助けに来ました。操作室は解放済みです」
　落ち着いて下さいと繰り返しながら、既に交された剣戟にて傷付いた忍へ風を招く。

『コサッアク！』
　素早いコサックステップで怯える作業員へ迫るも、
「うぉぉぉお！！」
　憐れ、桜花タックルで跳ね飛ばされる。
「ここは通しませんわ！」
　父の会社の総力を注いだ鈍色構えご令嬢は得意気に胸を張った。
「ハンマーなら、アナも負けないよ」
　艶やかな橙で和を奏で、舞いのようなステップで叩きのめすアナスタシア。
「やりますわね」
「桜花もね」
　ハンマー娘達の視線が絡み親近感からの笑みが溢れた。
「俺の正義が深紅に燃えるっ！　必殺、オホーツクに消えちまえっ」
『コサーック！』
　銀都より迸る炎が全身を灼き尽くす隣、満身創痍の最後の１体が捨六へと飛びかかる。
『コサックビーム！』
「ふん」
　無造作に纏い付く闇があっさり阻み、そのままの流れで裏拳を鼻っ面にぶち当てた。
「仲間と一緒に海の底で眠ってろ」
『コッコサッ……くぅ』
　こうして全てのコサック兵がクレーン船から排除された。

●船への想い
　周囲を警戒するアナスタシアのエメラルドが操舵室で気遣わしげに止まる。あそこにいる仲間の為にもはやく作業を始めなくては……。
「こんなガキに助けられるたぁなぁ」
　苦笑いのおやっさんに忍は畳んだ紙を握らせた。
「あぁん？」
「私の所属している学園の連絡先です」
　目を丸くする壮年の男性にセツトが説明する。
「巻き込まれた以上、できうる限り僕達でサポートさせてください」
「困った事があったら声をかけてください」
　安心してもらえるようにと立花も添えた。
　が。
「大人をバカにするんじゃねぇや」
　雄々しく空にそびえるクレーンを誇らしげに見上げ、おやっさんはからりと笑う。
「こいつがありゃなんとでもならぁ」
　だがその台詞に子供達は俯き沈んだ顔を見せるだけ。
「……クレーンを壊して欲しいんですの」
「はぁあ？！」
　切り出した桜花は撤回するつもりはないようで唇を切り結び頭を下げる。だから「何故」と問うた。
「この船が悪用されておやっさんたちと多くの人の命の危機に繋がるからです」
　捨六の返答に作業員達が口を押えて怯えたように視線を彷徨わせる。
「確かに。バケモン陸揚げしちまったしよー」
「どうなるんだよ、なぁ？」
「ビビンなッ、ヘンチクリンな奴はやっつけてくれたじゃねえかよ」
　顎を突き出すおやっさんに真っ向から立ち向かうように銀都が立った。
「敵はあいつらだけじゃねぇんだっ」
　ロード・アーヴェント。
「今も皆を救うため、仲間が命がけで時間稼ぎをしてるんだ」
　コサック兵が携えるより遥かに強い恐怖を行使できる奴がいるのだと、真剣に訴える。
「大切な物を壊すのは……辛いよね」
　酷い事を強いる申し訳なさに時松は唇を噛んだ。
「クレーンを愛する気持ちはわかる」
　でもだからこそ――銀都と桜花の声が重なる。
「愛するクレーンを悪役にしてはいけない」
「怪人達の悪事に手を貸す事は作業員の皆さんもクレーン船も望んでないはずですわ」
　お願いします、とセツトは真正面からおやっさんの瞳を捕らえる。
「それ以外、方法がないんです」
　頭を下げる捨六。
　お願いします、と――いつしか８人全員が頭を垂れていた。
「………………わかったよ」
　ごめんなぁとの詫びは声にせずとも『奴』には伝わるだろうと、壮年の男は溜息と共に瞼を下ろす。

●悪策、オホーツクにて潰える
「終ったぞ」
　操作室から出て来た作業員と二三言交したおやっさんは、短くもきっかりと宣言した。
「ありがとう……ございます」
　苦楽を共にした船に手をかける悔しさと辛さは如何ほどか、時松はその気持ちを慮り深々と頭を垂れる。
「てめぇらは悪くねぇ」
　顔背けるように見上げれば、ライトの円に切り取られる闇夜。浮かぶクレーンのジブは無事であり物理的に派手に壊されたわけではない、が、フックを失った其れは柳のように頼りなくて。
「仕事を選んだのはうちの会社だよ」
　口角をあげ時松の肩に手を置く。これ以上娘と変らぬ子らを俯かせるなんざ、大人の沽券に関わる。
「あーもうあの子のボルシチ雑炊喰えねぇのかあ」
「バーカ、日本人ならやっぱ蟹雑炊だろ」
「なんでもいいから帰って酒呑みてぇ！」
　おやっさんの意図を汲み軽口を叩き出す作業員達。命の恩人をしょぼくれさせるなんてまっぴらゴメンだ。
「この後の脱出もお守りします、どうかご安心を」
　つられ捨六も相好を崩す。
「案外あっけなく終りましたね」
　和む場に誰となく吐いた忍の真白の息は、作業中に彼らが害されなかった事への安堵。
「あっけなく感じたのは、他チームの皆さんが頑張ってくださってるお陰ですわ」
「だよな」
　桜花の台詞に同意する銀都、もちろん場の皆も同じ思いだ。
「なぁ仕上げといこうぜ？」
「そうだね」
　銀都の促しにアナスタシアはインカムに指を添えた。
「クレーン破壊班、アナスタシア。破壊完了、これより脱出」
　二班へ短く告げて、此方の仲間達に合図するよう軽く手をあげた。
「まずは救命ボートに乗ってください」
　先導するように走りだす佐助にあわせ立花はセツトのいる船尾を指さした。
「準備はしてあります。あとでモーターボートが迎えに来ますので」
　セツトの補足を聞きつつ１人がタラップへと足をかける。

　その時――夜闇を斬り裂くように破砕音が、迸った。

「な、なんだぁ？！」
　船体が揺れるような大音響にさすがに浮き足立つ作業員達。その視線を遮るように捨六と忍が素早く割り込んだ。
　ロード・アーヴェント。
　まるでタマゴの殻を割るようにいとも容易く操舵室の壁をぶち抜いて、蒼携えし黒のメイドが甲板に降り立つのが、見えた。
　背中が灼けつくような鴻大な力、こんな存在を相手に仲間達は立ち回っていたのか？！
「さて……無事だといいんだけど」
「信じましょ」
　操舵室にいるはずの仲間を慮り小声で交しあった。
「落ち着いて、もう脱出だけだよ」
「今は救命ボートに乗ってください」
　彼らの安全を第一に考えるならば今起った状況は見せぬ方がよい。だからアナスタシアとセツトは口早に脱出へと誘導する。
「おやっさん達は無事日本へ帰すんだっ！」
　吹きすさぶ風にも揺るがぬ黒檀の大刃と、
「ああ、ここは通さないよ」
　守り火のように揺らめく布連れた槍。
　もはや憚らず大声で作業員達を誘導する仲間を背に、銀都と時松が閉じた門となるべく立つ。こちらから打って出る気はないが、アーヴェントが動いた時は体を張ってでも、止める！
　２人だけの悲愴な覚悟――それを支えるように護るように、青年と小さな少年が黒のメイドを遮った。
「みんなっ？！」
　輝く銀都の瞳には、闘いで傷付きながらも次々と駆けつける仲間達の姿が映る。
「……ありがとう」
　時松は小さく頭を下げて後ろへ下がる。
　最後まで黒檀と炎をアーヴェントへ向けたままで。
『全てを引き上げることは叶……が、手土産……充分でござ……う』
　寒風に紛れ伝わるアーヴェントの声はどこか口惜しさを帯びている、そう言うのは奢り過ぎか？　だがそんな懸念は船上に満ちる緊張が緩み解けた事で、吐く息のように淡くなっていく。
「みんな無事ですか？　無事、ですね……」
　自分の言葉に安堵して、立花は腰が砕けるようにへたり込む。佐助がしっぽをゆらし手の甲をてちりと舐めた。
「なんとか終りましたか」
　いざとなれば、自分の投降を材料に皆を逃がすつもりでいたのだセツトは。
「カニ食べにいきましょう」
　そう今一度相好を崩せば、８人と１匹の仲間に加え救助ボートに乗った１２の笑顔も星空に綻ぶ。
　ゆらり。
　海上をたゆたう巨船は柳、頼りなくもしなやかに。
　ゆらり。
　笑うように、揺れた――。

作者：一縷野望	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年12月5日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 17／感動した 0／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 1
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