オホーツクに沈む闇~舵輪の行方

    作者:柚井しい奈

     新潟県 某所。
     白と黒の毛並みを持つ虎の獣人が、メイド姿の少女の前で腕を組み、重々しく頷いた。
    「ならば、交渉は成立だな。朱雀門の使者よ」
     朱雀門の使者と呼ばれた少女、ロード・アーヴェントは、スカートの裾をつまんで恭しく礼をする。
    「朱雀門の財力があれば、この地も大きく発展する事でございましょう。新潟のロシア化に関わる資金も潤沢に用意させていただきます」
     ロシア語教師を勧誘したロシア語教室の設立や、ロシア風建築物の建設、新聞広告などを利用したロシア文化の紹介記事、ロシア名産品の大量輸入と小売店への不当に安い価格での卸売など、人間社会のルールの範囲内で、ご当地パワーを増大させる施策の準備が整っている。
     これらの施策で増大するご当地パワーは、新潟のご当地怪人をロシア化して得られるご当地パワーに決して劣る事は無いだろう。
    「だが、弱体化装置については、別だ。わかっているな」
     ロシアンタイガーの言葉に、少女は微笑して首肯する。
    「勿論でございます。ロシアンタイガー様。弱体化装置の貸与については、オホーツク海に沈むロシアン怪人の皆さんの救出に成功してからでございますのでしょう? 必ず、なしとげてみせますわ」
     そして、デモノイドロードの少女は、配下のデモノイドを連れて部屋を後にした。

    「全てはグローバルジャスティス様の為に」
     ロシアンタイガーは、去っていく朱雀門の使者たちの姿を見ながら、小さくつぶやいていた。
     

    「朱雀門勢力に闇堕ちさせられたデモノイドロードの一人、クリムさん……いえ、ロード・アーヴェントの消息がつかめました」
     隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)の言葉に教室がざわめいた。緊張した空気の中、バインダーの音が響く。
    「彼女は現在、4000トン級のクレーン船で、オホーツク海に向かっているようです。目的は流氷と共に沈んだロシアン怪人の引き上げ作業かと」
    「ロシアンタイガー勢力と同盟を結んだんだね」
     胸元で拳を握る草薙・彩香(小学生ファイアブラッド・dn0009)に小夜彦が頷いた。
     クレーン船には作業のために雇われた船員、ロード・アーヴェントと配下のデモノイド、ロシアのご当地怪人であるコサック兵が乗船している。
     この目論見が成功すればロシアンタイガーの勢力が強化されるのみならず、ロシアンタイガーと朱雀門との同盟が強固なものとなるのは間違いない。
    「そこで、バベルの鎖をかいくぐり、クレーン船に乗り込むために、少人数での突入作戦を行う事になりました」
     エクスブレインの予測から導かれたのは3チームに別れての突入作戦。それぞれの役割分担と連携が非常に重要となるだろう。
     空気が緊張に包まれる。
    「作戦決行は夜になります」
     夜陰に乗じてモーターボートで近くまで移動。そこから水中スクーターでクレーン船に乗り込み、チームごとに動く手はずだ。モーターボートの留守番は彩香が請け負った。
     アンティークグリーンの瞳が灼滅者を見渡す。

    「この場にお集まりいただいた皆さんには、操舵室にいるロード・アーヴェントに襲撃をかけていただきます」

     操船、通信に関わる計器の並んだ、船の中枢とも呼べる場所に彼女はいる。
     他チームの襲撃から指揮官である彼女の目をそらし、有効な対策をとらせないようにするのがこのチームの目的だ。
     ロード・アーヴェントの戦闘力は非常に高い。デモノイドヒューマンとガトリングガンのサイキックに相当する技を操るが、その威力は灼滅者の時とは段違いだ。
     更に護衛のデモノイドが1体控えており、正面から戦って勝利することは戦力的に不可能だと小夜彦は目を細める。
     何分間ロード・アーヴェントの指揮を妨害できるか。
     稼いだ時間内に他のチームが目的を達成することができるか。
     それが勝負の分かれ目だ。
    「このような作戦ですから、撤退にも気を払っておいてください」
     敗北して撤退に失敗した場合、朱雀門勢力の捕虜となる可能性がある。常に状況を見極める必要があるだろう。
     バインダーを閉じる音が説明の終了を告げる。
     小夜彦は目を伏せた後、小さく深呼吸した後にひとりひとりに視線を合わせた。
    「非常に厳しい作戦ですが、引き受けていただけますか?」
     答えは決まっている。
    「皆で力を合わせて、絶対に成功させようね!」
     振り向いた彩香の力強い笑みに、灼滅者達はそれぞれの言葉で頷いた。


    参加者
    平・等(眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡・d00650)
    不知火・響哉(紅蓮の焔・d02610)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    椎宮・司(ワーズクラウン・d13919)
    天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)
    アルクレイン・ゼノサキス(治癒魔法使い・d15939)
    原・三千歳(純翠千・d16966)

    ■リプレイ

    ●舵を切るもの
     黒くうねるオホーツク海上。大型クレーン船の前方で吹きつけたばかりの蛍光塗料が夜闇に浮かぶ。
     道標を残しつつ船橋に身を滑り込ませるは8つの影。船体にぶつかる波の音も、身を切るほどの冷たい空気も壁の向こう。静けさがいやでも緊張を招いた。
     階段を上りきったところで、カマル・アッシュフォード(陽炎・d00506)が息を吐く。
    「怪人の引き上げねぇ。また何とも壮大というか何というか……ま、見過ごす手は無いわな」
    「ただでさえ厄介な連中に戦力増強されちゃ、たまんねぇからな」
     不知火・響哉(紅蓮の焔・d02610)の赤い瞳が行く手を見据えた。目につく範囲にデモノイドがいないことを確かめて足を進める。
     顔を上げた先に見えるひとつの扉。
     ずり落ちそうなほど大きな丸眼鏡を指先で押さえ、平・等(眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡・d00650)は喉の奥で笑った。
    「そう易々と好き放題させるかよって」
     彼女の、ひいては朱雀門勢力の思惑通りに事を運ばせるわけにはいかない。ここまで来たのはクレーン破壊のため。
     椎宮・司(ワーズクラウン・d13919)の拳に力が入った。
    「クリムさん……」
     叶うことならすぐにもクラスメイトを取り戻したい。言葉にしない願いは彼一人のものではない。
     それでも、目的を見誤る人間はこの場にはいなかった。
     武器を手に握り、視線を交わす。
    「襲撃班、これより行動に移る」
     ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)が短い通信を終えたのが合図。
     一気に操舵室へとなだれ込んだ。中にいる影が反応するよりも早く、アルクレイン・ゼノサキス(治癒魔法使い・d15939)がサウンドシャッターを発動する。
     扉を開く音にまぎれて途切れた旋律は、ガラス越しに夜の海を見下ろしていた人物の唇から零れていたものか。肩に届くウェーブヘアを揺らし、メイド姿の少女が振り返る。
     冷たい光を湛えた瞳を正面から見つめ返し、天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)と原・三千歳(純翠千・d16966)は彼女を呼んだ。
    「……クリムさん、迎えに来たよ」
    「あの時はどうにもできなかったけど、今助けてあげるからね!」
     本音と、もうひとつの意図を持った言葉に。
    「それはそれは遠い所を、無駄足を運ばせて恐縮にございます」
     ロード・アーヴェントは長い尾をくゆらせて、スカートの裾をつまみ上げた。瑠璃の瞳が鋭く輝く。
    「せめてものおもてなしをさせていただきましょう」
     身構える灼滅者達。傍に控えていたデモノイドが前に出て、激しい咆哮を上げた。

    ●怒涛に向かいて
     立てつづけに2発。
     少女の腕に槍の如く絡んだデモノイド寄生体から、青い異形の腕から放たれた攻撃が前衛に降り注ぐ。肌を焼く痛みがあおるのは眼前に立つデモノイドへの怒り。
     波立つ心を調子外れのメロディが鼓舞し、夜霧がやさしく傷を包んだ。ファルケがギターネックを握り直し、アルクレインは仲間の背中越しに少女を見つめる。
    「無駄足なんかじゃないぜ。俺は俺の歌をうたうだけさっ」
    「クリムさんが力を望んだのはこんな事の為じゃないはずです。皆で笑っていた学園に帰りましょう!」
     瞳の瑠璃色は小揺るぎもせず。
     三千歳がガトリングガンの銃口を突き付けた。
    「みんなの事を守りたかった……そうでしょ?」
    「私には私の目的がございます」
     一歩動いたロード・アーヴェントの横を弾丸が通り過ぎる。唇を噛んで攻撃の手を激しくする三千歳。
    「女の子に手を上げるのは本意じゃないんだが、ちょいと大人しくしてもらおうか。行くぞ!」
     カマルの振り下ろした日本刀もまた、薄い刃に髪の毛一筋かすることなくかわされる。
     対するダークネスの攻撃は確実に灼滅者を捉え、鮮血を散らした。
    「つ、強い、これがロードの力だって言うんですか!」
     当てられない。よけられない。正面からぶつかっても勝てないとエクスブレインが断言する強さがどういうものかを目の当たりにし、アルクレインが息を飲む。
     響哉が短く息を吐き、握りしめた槍に炎を纏わせた。
    「俺はこっちに専念させてもらおうか」
     デモノイドが腕を振り下ろした直後、膝のばねを活かして回り込む。自らの生む炎に照らされ、漆黒の髪が額をくすぐった。
    「……ふっ」
    「ガアアァッ!」
     唸りを上げて叩き込まれた炎が蒼い異形の表面を這う。うめき声と共に刃を備えた剛腕が横薙ぎに払われる。響哉が腕の下を転がるようにくぐり抜ければ、開いた視界にウロボロスブレイドが蛇の如く刀身をくねらせた。
     攻撃の手はデモノイドに向けつつ、麒麟の声はクラスメイトの少女へ向かう。
    「いっしょに帰ろう?」
    「そこにいるのは本意じゃないだろ?」
     司もまた呼びかけながら足を踏み込む。振り下ろされた破邪の白光が有機的な蒼い刃と擦れて耳障りな音を奏でた。
    「キミはオレ達の仲間だ。そして横の青いデカブツは、灼滅しなければならない敵」
     等の放ったつららがデモノイドの肩に突き刺さる。
     煎兵衛、と名を呼ばれたナノナノが攻撃にまぎれて受話器らしきもののある一角を吹き飛ばした。戦場に響いた鈍い音に、ロード・アーヴェントの眉がぴくりと跳ねる。
    「無駄な事でございます。増援などなくともあなたがたに勝ち目はございません」
     蒼い腕に砲身が生まれ、火を噴いた。前に立つ5人を等しく弾丸がうちすえる。
    「っ、さすが……だね」
    「そんな怪我、俺の歌を聞けばどうってことないぜ!」
     音程を無視したファルケの歌声は力強く、活力を与えた。和らぐ痛み。カマルが構え直した日本刀は薄葉の銘のまま、極限まで薄く研ぎ澄まされた刃に敵を映す。
    「こっちもこっちで危険だしね。まずは邪魔者から片付ける!」
    「左右から行くぜ」
     カマルが床を蹴るとほぼ同時に反対側へと響哉が回り込む。
     炎と氷に包まれたデモノイドが体をきしませながら首を巡らせた。剛腕が行く手を阻むより早く、刃と槍が繰り出される。
     2人が手ごたえを感じると同時に獣の咆哮が室内を満たした。鉤爪を備えた手が拳を作り、歪な翼のように伸びた蒼い繊維質がうごめく。肉が盛り上がり傷を癒す。
    「しぶとい奴だね」
     構え直し、デモノイドを見据えるカマル。
     時間の経過がやけに遅く感じた。

    ●逆浪の果てに
     操舵室に突入してから何分経っただろうか。
     短くはないはずだ。他の班はうまくやっているだろうか。時計を確認する余裕もなければ、そんな素振りを見せるわけにもいかなかった。ひたすらに言葉をかけ、攻撃し、少しでも長く立っていられるよう傷を癒す。
     ダメージを重ねようと響哉が繰り出したサイキックは敵に見切られ、思うように命中しない。
    「ジャマだぜ。オマエに用はないんだ、どきな!」
     等が縛霊手を振り上げ、立ちはだかる巨躯に殴りかかった。広がった霊気の網が蒼い腕を縛りつける。
     動きを鈍らせながらもデモノイドが大きな刃を一閃。三千歳の交差した腕がきしんだ。眉をつりあげ、体の悲鳴を意識の外に追いやる。
    「こんなの、ちっとも痛くない!」
     知らない色を浮かべる瞳を強く睨みつける。その奥にあるはずの光に届けと、拳を固く握りしめた。煎兵衛が少しでも傷を癒そうと小さな翼を羽ばたかせる。
    「何も出来ないなんて言わせない! だから、一緒に帰ろうよ! 学園に、さ」
    「この程度で私を倒し、灼滅者の魂を引きずり出せると思っているのでございますか?」
     確かに拳は命中した。だがロード・アーヴェントは崩れた胸元を軽く直し、デモノイドと灼滅者達に視線を巡らせた。
    「そうであれば認識を改めるのがよろしゅうございましょう」
     短いスカートを翻し、一瞬で距離を詰める。
     懐に潜り込まれたカマルが目を見開いた。武器を割り込ませる暇もない。衝撃。
    「か、は……っ」
    「カマルさん!?」
     重なったダメージの上に叩き込まれた一撃は、癒す余地を与えずスーツを血に染める。倒れた体。仲間の悲鳴に応えはない。
    「クリムさん……!」
     長い金髪を揺らし、アルクレインは仲間に夜霧を纏わせる。メイド姿の少女は答えない。デモノイドに短い指示を出し、攻撃を繰り出すばかりだ。
     動きの変化にファルケがはっと身構える。
    「来る!」
    「押しきれるとは言え、このままでは時間がかかりそうでございますから」
     蒼い腕から放たれる光。アルクレインを狙った死の光線にクルセイドソードを構えた司が割り込んだ。光を浴びた体を毒が蝕んだ。
     目標を阻まれて僅かに歪む表情。
     痛みをこらえて、司は穏やかな瞳で顔を上げる。
    「今クラスがカオス化してる。楽しいよ。あの賑わいの中にクリムさんもいるべきだ!」
    「同じクラスになったのは偶然だけど、クラスメイトが4人もここにいるのは、偶然じゃないよ」
     麒麟が思わず一歩踏み出す。爆炎の弾丸がデモノイドの腕を燃やした。
    「無駄な事だと申し上げたはずでございますが?」
    「……きりんは、ロード・アーヴェントじゃなくて、クリムさんと話してるの」
     ひたと見据えれば、デモノイドロードは緩やかに首を振った。
     蒼の獣が焼けた体で腕を振る。長大な刃が風を切り、肉を斬らんと唸る。歯を食いしばる司の横で、響哉の体が傾いだ。
    「ちっ、下が……っ」
    「グオォッ!」
     よろめく体に追いすがってもう一撃。無骨な刃が響哉を地に伏せた。
     仲間が2人倒れるに至り、灼滅者は背に汗が伝うのを感じた。三千歳が眉間にしわを寄せる。
    「守らなきゃ、いけなかったのに……!」
     敵の攻撃を引き付ける工夫なり、積極的に味方をかばえるよう目を光らせるなり。
     長期戦になることはわかっていた。だから戦闘中での役割交代も含めて、ディフェンダーが立ち続けるにはどうするか皆で話し合った。けれど、敵が防御の堅いところから狙う理由などない。現に、ロード・アーヴェントが次の狙いに定めたのは回復役だ。
     皆が揃って失念していた。
     にじむ焦りを嘲笑うかの如く、メイド服の少女がひらりと舞う。死の光線が室内を青白く照らした。炎にまかれ、氷に身をきしませながらもデモノイドもいまだ倒しきれていない。
     連射された弾丸に撃ち抜かれて煎兵衛の姿がかき消える。
     何分経っただろう。あと何分戦えばいいのだろう。あと何分、戦えるだろう。
     疲労を押して、司がリングスラッシャーを放つ。
    「クリムさんのためにも、この作戦は成功させてみせる!」
    「諦めの悪いことでございますね」
     寄生体に取りこまれた銃口から放たれる弾丸。その軌道はかばいきれるものではなく、ファルケを的にする。
    「……ッ」
     崩れ落ちたかと思われた体はすんでのところで踏みとどまった。傷口から流れた血は体力を奪い、サイキックでは癒しきれない。ならばこの一手は攻撃へ。
    「歌エネルギーチャージ完了、聞かせてやるよ魂のビート。これがサウンドフォースブレイクだぜ」
     ギターから手を離し、握り直したマテリアルロッドに全霊を注ぐ。デモノイドの脇腹で魔力が弾けた。
    「どうだ!?」
     巨体が揺らめき、鈍い足音が響く。鋭い牙の間から零れた叫びは――けれど、怨嗟の咆哮にすり替わった。
    「厳しい、と言わざるをえないね」
    「それでも、まだ……」
     次の一撃で何人倒れるか。眼鏡を押し上げる等に麒麟が首を振る。
     と。
    「総員撤収」
     ファルケの声が響き渡った。

    ●波間に光を
     合図だ。凛とした響きはクレーンの破壊が成功したことを伝えていた。
     ――しのぎきった!
     痛む体が、それでもこころなし軽くなる。司が素早くカマルと響哉を担ぎあげた。
     劣勢ではあるが倒れたのは2人だけという状態で、潮が引くように後退し始めた灼滅者。ロード・アーヴェントが弾かれたように顔を上げる。
    「まさか……!」
     振り返っても通信機は戦闘に巻き込まれ、役立ちそうにない。彼女は扉を出ようとする灼滅者には目もくれず、壁に弾丸を叩きこんだ。激しい音と共に、外の冷たい空気が吹き込む。
     壁に開いた巨大な穴からは船尾の光景が見て取れた。
     夜闇にそびえる大型クレーン。けれどそこにぶら下がっているはずのフックは見当たらない。見える範囲にいるはずのデモノイドもまた。
    「そういう事でございますか」
     瑠璃色の瞳を細め、ロード・アーヴェントは壁に開けた穴から甲板に飛び降りた。傷だらけのデモノイドが後に従う。
    「なんだ?」
     等が眉間にしわを寄せる。予想外の動きに足が鈍った。
     薄明かりの中に立つロード・アーヴェントは灼滅者達を振り仰ぎ、スカートの裾をつまんで一礼した。
    「してやられましてございます。作業続行は不可能でございますから、これにて失礼いたしますわ」
     顔を上げるなり彼女は灼滅者が乗船したのとは反対側に歩き出した。おそらく残ったデモノイドをまとめて救命ボートに乗るつもりなのだろう。
    「既に引き上げ済みの怪人はロシアンタイガーの元に送っているのでございます。全てを引き上げることは叶いませんでしたが、手土産としては充分でございましょう」
     夜風に乗って届いた台詞は憮然とした響き。わざわざ口に出すあたり、少なからずの痛手は被ったようだ。
     遠ざかる背中に三千歳が声を張り上げた。
    「力じゃ何も変わらない……心までは変えられないんだよ!」
    「……みんな待ってるから、また、教室でいっしょにって」
     闇の奥で眠る少女にどうか届いてと。麒麟は胸に当てた手を握りしめた。夜闇に紛れた背中は振り返らない。
    「次は、お帰りなさいを言いたいです」
    「そうだね」
     アルクレインの願いに司が頷いた。
     今日かけた言葉もきっと無駄ではないはず。今度は時間稼ぎなんかではなく、全力でクリム・アーヴェントを迎えに行きたい。
    「さ、皆のところに戻ろうぜ」
     空気を切り替えるようにファルケが明るい声を響かせた。こくりと麒麟が頷く。
    「早く顔を見せないと、心配かけるね」
     他の班は無事だろうか。
     乗組員を含めた撤収準備をしているだろう仲間達のことを思い、足早に歩き出す。担がれていた2人の瞼が震えた。
     風は冷たいし、怪我と疲労で体はボロボロだけれど、足を進める表情に影はない。ロシアンタイガー勢力の強化は阻止できたのだ。彼女とは必ずまた会える。
     だから、胸を張ればいい。
     行く手から仲間たちの声がする。顔を上げれば星がさやかに瞬いた。



    作者:柚井しい奈 重傷:カマル・アッシュフォード(陽炎・d00506) 不知火・響哉(紅蓮の焔・d02610) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ