殲術病院の危機~獣道

    作者:灰紫黄

     ずしん、と大きな揺れ。異形の武器を身に付けた白衣達が慌ただしく駆け回る。
    「間違いありません、襲撃を受けています! ソロモンの悪魔です!」
    「こんな山奥にとは、敵さんも暇だなぁ」
     看護婦の報告を受け、煙草をくわえた医師はぼりぼりと頭をかいた。
    「他の病院からも襲撃の連絡あり。そんな……日本中で襲撃を受けています!」
    「んなことで慌てなさんな。タバコがまずくなる」
     医師は煙でわっかを作ると、続けて言う。
    「とりあえず籠城だ。状況が動くまで専守防衛に努めろ。……なに、自分から死にに行くことはないさ」
     薄い笑みを浮かべながら、もう一度タバコをくわえる。けれど、本心では味など分からないほど焦っていた。
     医師達が立てこもる、四角い建物の外側。異形の影が多数。
    「さすがに病院、簡単には陥ちぬか。だが、ハルファス様に刃向かったのが運の尽きだ」
     いくつもの獣をごちゃまぜにしたような怪物。虎の首の部分が熊の上半身になり、さらにその首に鰐の頭がある。尽き従うのは、同じく顔に獣を接ぎ合わされた強化一般人達。獣の雄叫びを上げ、病院に攻撃を仕掛ける。

     口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は緊張した面持ちで灼滅者達を出迎えた。
    「『病院』と呼ばれる灼滅者組織について聞いたことのある人もいると思う。その実在が確認されたの。……実はそれだけじゃなくて、ダークネスの襲撃を受けようとしている」
     ソロモンの悪魔、ハルファス。
     ノーライフキング、白の王セイメイ。
     そして大淫魔、スキュラ。
     この三者が結託して病院の攻撃を計画している。
     彼らは殲術病院という拠点を全国に持っており、相互に援護し合うことで敵を撃退していた。だが、全国の拠点が同時に襲われたことでこの戦術が機能せず、このままでは壊滅してしまう。同じ灼滅者の組織である病院の救援、そしてダークネスの陰謀の阻止が今回の依頼である。
    「あなたたちに向ってもらうのは、関西の山奥にある殲術病院よ。なんとかしのいでるけど、長くは持たないわ」
     病院を攻撃しているのはハルファスの配下であるソロモンの悪魔だ。ただし、数十の強化一般人をひきつれているため、普通に戦っては撃破どころか返り討ちに逢うだろう。
    「強化一般人が病院への攻撃で出払って、悪魔がひとりでいるところを奇襲して。しかも、うまく奇襲できても、時間が長引けば異変に気付いて強化一般人が戻ってくるわ」
     だから、と目はそこで言葉を切り両手を灼滅者達に見えるように広げた。
    「十分よ。十分以内に悪魔を倒して。でないと、敵に囲まれて撤退すら難しいわ」
     ソロモンの悪魔は猛獣をつなぎ合わせた容姿をしており、魔法使いのサイキックに加え、強靭な爪と牙での攻撃も行ってくる。攻撃力が高い代わりに、体力はそれほどでもないのは幸いだが。
     指揮官のソロモンの悪魔さえ倒せば、病院も攻勢に出られる。そのときは、協力して残った眷属を撃破することになるだろう。
    「一歩間違えば死につながりかねない危険な作戦よ。でも、まだ助けられる人もいる」
     既に陥落した病院もある、と目は自らの全能計算域によって知っている。もう誰も犠牲になってほしくないと願いを込めて、目は頭を下げた。


    参加者
    三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)
    糸桜・なつめ(魔法使いナッツ・d01691)
    斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)
    蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)
    桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)
    御剣・譲治(デモニックストレンジャー・d16808)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)

    ■リプレイ

    ●獣道
     日が傾き、夜の帳が降り始めたころ。灼滅者達は敵に見つからないように森の中を静かに、けれど最高速で進む。先頭はDSKノーズを持つ御剣・譲治(デモニックストレンジャー・d16808)だ。念のため、ESPを駆使して確実にソロモンの悪魔を見付ける。
    「指揮官を速攻で倒すって、結構無茶。でも、やるしかない」
     少数精鋭の電撃作戦。難度は高く、危険も大きいがそれに臆する灼滅者たちではない。
     すぐ後ろには植物の協力を得たセレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)が続く。いつもは柔らかい表情も、今日ばかりは緊張に満ちていた。
    「病院の人達、必ず助けましょう……!」
    「ああ、モチロンだ。悪魔なんて俺がブッ飛ばしてやるぜ!」
     ポニーテールを揺らして、レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)が同意する。宿敵ではないが、人々をもてあそぶ悪魔は心の底から気に入らない。それも人命がかかっているとなれば、やることはひとつ。ブッ飛ばすだけだ。
    「うん、ぜったいに助けなくっちゃね! がんばっていこう!」
     以前はヒーローのかっこよさに憧れていた糸桜・なつめ(魔法使いナッツ・d01691)。けれど、今は純粋に人を救いたいという願いが戦う動機になっている。
     やがて、譲治が足を止める。悪魔を捕捉したのだ。指させば、そこには獣の塊。周囲に強化一般人の姿はない。十重のサウンドシャッターが発動したのを確認して、灼滅者達は茂みから飛び出した。
    「俺達がここに来たのがお前の運の尽きだ」
     スレイヤーカードから炎のようなオーラを呼び出し、身にまとう斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)。さらに頬の傷跡から一際激しい炎が吹き荒れた。
    「その姿、『病院』の灼滅者ではないな。では武蔵坂学園か。……よかろう。我が主と同朋の仇、ここで討たせてもらう!」
     敵の来襲に動じることなく、悪魔は笑う。灼滅者ごときに負けるはずはないという自信か、負けるつもりはないというプライドか。
    「余裕も今のうちだぜ?」
     身軽さを活かして背後をとり、三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)がからかうように言う。むしろ余裕はないのはこちら側だったが、それは最初から分かっていた。今更、気にかけることではない。激突に備え、神経を研ぎ澄ます。
    「桐ケ谷は戦います。助けたい『ひと』がいますので」
     『病院』だとか、ダークネスだとか、桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)には関係ない。理不尽に抗い、戦い続ける人がいるなら、助けたい。ただそう思う。
    「咎人に、永久の安らぎを……」
     その手に星の弓を握る蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)。衣服もそれに合わせ、巫女服を思わせる白と赤の弓道着に変わる。先手を取った結唯は前衛に向け、眠れる力を開放する光の矢を放ち、戦端を開いた。

    ●攻勢
     エクスブレインが提示した制限時間は十分。サウンドシャッターを発動したので、十分以内に強化一般人が戻ってくることは万が一にもないだろう。だが、けして時間は充分とはいえないだろう。相手はソロモンの悪魔、ダークネスなのだから。
    「死ねぇっ!!」
     爪から毒液が滴り、地面に落ちる。ぶすぶすと何かが溶ける音と異臭がした。当然、灼滅者にとっても無害であるはずがない。悪魔の攻撃は、深い傷と毒を灼滅者達に刻む。
    「今回復します!」
     なつめが振るうのは、灼滅者が得た新たな力。聖剣から祝福の風が解き放たれ、前衛の傷と状態異常を癒す。殲術病院で得た武器だ。『病院』の人々を救うのに、これほどふさわしいものもないかもしれない。
    「私に、できることを」
     セレスティの紡ぐ音が悪魔の体力を削り、さらに自らの能力を高める。ひとりひとりの力ではかなわない。けれど、こちらは八人もいる。そのひとりとして、自分のできることを精一杯やると決めた。
    「お前の相手は俺だ」
     相手が獣なら、こちらは戦車。譲治は巨体を活かして突撃。光の盾で殴りつけ、注意を引くことに成功する。文字通り自分が盾になる覚悟だ。
     とん、とレイシーの足が樹木を蹴った。軽々と跳躍し、悪魔の真上から日本刀を振りかぶる。素早い斬撃は、鰐の頭に十文字の裂傷を残した。
    「てめぇら、なんかうっとうしんだよ! ブッ潰す!」
    「まったく同感だぜ!」
     入れ替わり、今度は柚來が懐に飛び込んだ。頭上の次は、真下から。巨大化させた鬼の腕でアッパーカットを叩きこむ。悪魔の大きな体が衝撃に揺れた。
    「くっ、おのれ!」
     反撃。鰐の顎が大きく開いた。小柄な柚來ならひと飲みにできそうなほどだ。上下には鋭い牙がびっしりと並ぶ。その牙の全てが柚來に突き刺さらんとしたとき、十重が彼を突き飛ばし、代わりに攻撃を受け止めた。
    「っ、このくらい……」
     下手すると、牙は骨にまで達してしまいそうだ。灼滅者でなければ、一瞬で絶命していただろう。想像を絶する痛みに耐えながらも、十重は一歩も退かない。この先に、戦い続けている人たちがいるのだから。
    「私は……いえ、私達は負けません!」
     光の軌跡を残し、矢が悪魔の胴体に突き刺さる。『病院』が戦っているのと同じように、今、日本中で武蔵坂の生徒達が戦っているのだ。どんなに敵が強大だとしても、結唯は仲間達が勝利すると信じていた。
    「そういうことだ。諦めろ!」
     歩の雷の拳が虎の胴体を捉えた。さしものダークネスも、灼滅者達の猛攻の前に膝を折る。鰐の顔からは、表情らしきものは読み取れない。けれど、格下のはずの相手に追い詰められた怒りは気配から伝わってくる。全身に傷を負いながらも、気迫は衰えを見せなかった。

    ●獣、地に伏す
     幾度かの攻防を経て、悪魔は自らの眼にバベルの鎖を集中させる。といっても、頭にある眼ではない。虎の胴体が開き、中から巨大な眼球が姿を現した。集めた魔力によって赤く輝く。不意に、思い出す。先の戦争。レヒトとベレーザの闘争や、淫魔の襲撃まで。
     そして、悪魔は死を覚悟した。死してなお、誇りを示すと決意した。
    「灼滅者。貴様らはこの身に変えても生かして帰さん」
     眼球から魔力の矢が無数に放たれ、譲治に突き刺さる。矢は着弾の瞬間、自らを構成する魔力を炸裂させた。衝撃は一瞬で体内を駆け巡り、内側から譲治の体を苛む。
     防御を固めていた譲治でさえ、吐血して崩れ落ちた。よく見れば、目や耳からも出血している。
    「御剣さん!? 大丈夫ですか!?」
    「ああ。まだ倒れはしない」
     素早く結唯が回復するが、それだけでは足りない。悪魔の攻撃はそれほどに苛烈だった。譲治は攻撃を引き受け過ぎた。
    「あんまり長引かせられねぇな」
     レイシーの懐には制限時間にセットされたタイマーが入っている。だが、悪魔が防御を捨て攻勢に移った以上、なんにせよ戦いは長く続かないだろう。どちらが先に倒れるか。これはそういう戦いだった。
    「でも、勝つのはこっちだ。攻撃は最大の防御だぜ!」
     再び間合に飛び込む柚來。両の拳にオーラが集め、一気に加速させる。機関銃じみた連打を眼球にぶち込んだ。へこんだ眼球から、青い血が流れる。
    「オオオォォッ!!」
     悪魔は咆哮し、譲治に飛びかかる。その前に立ちふさがるのは、もうひとりの防御役。十重だ。自らも傷付きながらも、仲間の盾になる。
    「誰も倒れさせはしません」
    「はい! わたしもがんばります!」
     十重が血を流せば、すかさずなつめも回復する。お互いの役割を果たすことで、灼滅者達は最大の力を発揮するのだ。
    「年貢の納め時だな。レーヴァテイン、ストライカァーッ!」
     炎のオーラが歩を包み、そして右足に集束する。弾丸のような勢いで駆け出し、そのまま飛び蹴りを叩きこむ。炎の足跡が悪魔の眼球に刻まれた。
    「私が、灼滅者ごときにぃっ!」
     悪魔はほとんど虫の息だった。それでも、せめて一人は道連れにしようと爪に毒をまとう。けれど、それよりも早く。
    「これで、終わりです」
     セレスティの槍から放たれた氷の弾丸が眼球を貫き、悪魔に引導を渡した。眼を失い、何も見えない悪魔は怨嗟を呟きながら消えていく。
    「許さん許さん許さん許さ……」
     呟きは次第に小さくなっていき、やがて完全に消え失せた。

    ●抗う者達
     ソロモンの悪魔の灼滅を見届けた灼滅者達はどしんとその場に座り込む。ひとまずの目的を達することができて、緊張もいくらかましになったようだ。代わりに、疲労と損耗はかなり蓄積されている。
     RRRRRRR!!
    「おっと、忘れてた」
     レイシーのタイマーがけたたましく鳴った。灼滅者にとっては勝利の鐘のようなものだ。
    「ギ!?」
     そこに、獣の皮を被った強化一般人がやってくる。主人がいないことに驚いて、すぐに逃げてしまったが。
    「まだ休んでらんないなー」
     さすがに疲れた様子で、柚來が言う。他の仲間もほとんど同じような様子だ。ただ、防御役の譲治と十重は今すぐには動かない方がよさそうだ。
    「えぇっと、どうしましょう。二手に分かれましょうか?」
     と提案したのは結唯だ。心霊手術による回復には十分必要だ。悠長にとどまっていては、殲術病院は陥落してしまうかもしれない。
    「では、俺はしばらくここで休んでいる。……任せたぞ」
    「はい。任されました」
     譲治はその場で早速、心霊手術を始める。その前に、セレスティと拳を突き合わせて想いを託す。
    「すみません。桐ケ谷の分もお願いします」
    「はい! せんぱいの分もがんばりますね!」
     十重が小さく頭を下げれば、なつめも元気に返事をする。剣をぶんぶん振り回すので、少々危なっかしいけれど。
    「よっしゃ、じゃあ行くっすよ!」
     歩を先頭に、灼滅者達は再び激戦に身を投じる。けれど、疲労や痛みよりも、新しい出会いへの期待が勝るのであった。

     灼滅者達がソロモンの悪魔を倒した、同じころ。モニターを見ながら、白衣の男が言う。
    「お、なんか敵さんが浮足立ってないか?」
    「気のせいじゃないですか」
    「いや、俺の勘は確かだよ。これは何かあったな」
     いぶかしむナースの意見を一蹴し、男は新しい煙草に火を着ける。心底うまそうに煙を吐き出して、笑った。
    「よし、総員戦闘配備! 打って出るぞ。……これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!」
    「なんですか、それ」
    「一度言ってみたかったんだよ、気にするな。ほら、行くぞ。俺達のターンだ」
     男の額には角。ナースの背には翼。一見するとダークネスのようだが、確かに彼らは灼滅者だった。
     ダークネスの支配に抗うふたつの組織が、今、出会おうとしている。それがどんな意味を持つかはまだ分からない。だが、新たな道へつながる可能性を持つのは確かだった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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