殲術病院の危機~ポーン・オブ・ザ・デッド

    作者:西灰三

    ●殲術病院、急襲
     『病院』の廊下を多くの灼滅者達が駆ける。それぞれに武器を下げており、一言二言やりとりをしてはそれぞれの向かうべき所を目指す。
    「敵は?」
    「ゾンビが50体、ノーライフキングが指揮しているようです」
    「ちっ、この規模といい、手際の良さといい……まったく」
     この病院内でのリーダーらしき男が歯噛みする。
    「まさか援軍は……」
    「あっちもこっちもここと同じ状況らしい。敵ながらよくやるよ。……仕方ない、機が来るまで籠城戦だと伝えて置いてくれ」
     それがいつまで続けられるかは分からない、けれども彼らにとってそれが今できる最良の策であるのは違いない。そんな『病院』を取り囲むゾンビ達を指揮する一人のノーライフキングが遠目に建物を見ていた。
     見た目は神経質そうな青年だろうか、まだ堕ちたてと言った風合いだ。
    「なるほど、立てこもるか。……まあそれも良い。孤立した奴らに今更勝ち目があるわけがない。じっくりと攻め崩してやろう」
     ノーライフキングは手元のチェスボードを弄びつつ、口元に邪悪な笑みを浮かべて機が熟すのを待っていた。
     
    「要するにみんなにはこの調子乗ってるノーライフキング――長いからノラって呼ぶね――から『病院』を助けて欲しいんだ」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)がまず端的にそう言ってから事情を説明する。
    「ちょっと長くなるけれど説明するね。えっと……「ソロモンの悪魔・ハルファス」「白の王・セイメイ」「淫魔・スキュラ」……この3つの組織の軍勢が手を組んで『病院』を襲撃しようとしてるんだ。実際に戦ったことのあるみんなならどういう相手かはよくわかってるよね。それで対する『病院』なんだけどいつもなら防衛に徹して別の『殲術病院』から援軍を待ってから反撃って形を取ってたんだ。けど今回はほとんどの『殲術病院』が同時に襲撃にあっちゃってどこも援軍を出せないんだ」
     つまり、このまま見過ごしていたら『病院』の勢力は壊滅してしまうだろう。
    「みんなには、みんなと同じ灼滅者を助けてあげてほしいんだ」
     今の情勢を説明し終えると、次に彼女は戦場である『殲術病院』について情報を話す。
    「さっきも言ったけれど、みんなにはノラが襲う『殲術病院』を助けに行って欲しいんだ。場所は木々の茂る山の中。この『殲術病院』には殲術隔壁があってそれを防波堤にしてるんだけど、もういくつかは壊されているんだ。そこからゾンビ達が入り込んで戦いは始まってる。……多分長くは持たないから」
     急がなければ彼らは倒されてしまうだろう。
    「だからといってまともに挑んじゃやっぱり無理だよ。ダークネス1体とゾンビ50体の群れだから。そこでみんなにはまともじゃないやり方をして欲しいんだ」
     ぴんと指を一本立ててクロエは言う。
    「即効で敵指揮官のノラを撃破して欲しいんだ。統制の取れなくなったゾンビなら大した相手じゃないから『病院』の人たちと協力して撃破出来るはずだよ」
     指を下ろしてクロエは言う。
    「……とは言ってもノラを倒すのは頑張らないと難しいよ。常に護衛に3体のゾンビを周りに置いていて、3分以内に倒さないとゾンビの群れの中に逃げちゃうから。そうなったら撤退も考えないといけないかも。ノラはとりあえず目の前の『病院』に集中してるから、その隙をつければ大分楽になるはずだよ」
     それができなければ作戦の成否、さらには灼滅者自身の身も危うくなるかも知れない。
    「今回のは本当に危ない作戦だから、気をつけてね。一つでも多くの『病院』を守れるように頑張ってきてね。それじゃ、行ってらっしゃい」


    参加者
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    海堂・詠一郎(破壊の軌跡・d00518)
    クォーツ・インフェルノ(煉獄の焔・d01639)
    四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    櫓木・悠太郎(嘘と壊音・d05893)
    綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)
    竹間・伽久夜(高校生エクソシスト・d20005)

    ■リプレイ


     木々の合間から漏れ出るは死臭。武蔵坂学園の灼滅者達が森の合間から最初に感じたものはそれだった。草木に頭を垂れさせて進む彼らの足取りは速い、しかし死臭が尚強くなったところで彼らの足取りは止まる。
    「それでは偵察に」
     海堂・詠一郎(破壊の軌跡・d00518)が身を猫に変じ草木の中へと身を潜らせる。
    「撤退をさせねえ場所がねえか見てくるぜ。……よっと」
     クォーツ・インフェルノ(煉獄の焔・d01639)が今度は兎に身を変じる。
    「兎……かわいい……」
     竹間・伽久夜(高校生エクソシスト・d20005)がふらふらと手をかざして近づくのに何か感づいたのかクォーツはさっさと偵察に向かった。どことなく残念そうにそれを見送ると、彼女もまた適当な場所を探すために蛇に変身し病院の方へと近づいていく。彼らの報告をしばし待つ一行。静かな緊張が彼らを包みこむ。
    (「一斉襲撃とはよくやるものですね……賢いと褒めたいところですが……」)
     懐のカードを抑えて櫓木・悠太郎(嘘と壊音・d05893)は思考を巡らせる。呼吸と共に口に感じられる臭いが不快だ。
    (「ちょっと困りますね。こういうことされると」)
     奇襲を完成させるために待つ時間、この間にも『病院』は死霊の群れにさらされ続けているのだろう。動き出したくなる体を抑えて因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)が息を潜める。
    (「助けるため……だけど」)
     目的と手段の関係から生まれる不安。それをぐっと堪える。きっと男らしくあるというのは浮足立つというのを抑えこむというのも含まれているから。そんな彼に小さな声で四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)が小さく言う。
    「『病院』の連中ってのも灼滅者なんだろ?」
     自分達と同じならば、戦い抜くだけの実力はあるということだ。亜理栖は改めて彼らの実力を信じ、自分達が為すべきことに集中する。
    「……帰ってきました」
     フードの端を落ち着きなさ気に触っていた綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)がクォーツの姿を見つける。すぐさまに彼は元の姿に戻り得た情報を伝える。その内に詠一郎と伽久夜も帰ってきてそれぞれの情報を持ち寄り、手早くこちらの出方を定める。
    「……それでは、これから始めます」
     日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)が時計を出し、呟く。同時に彼らの周りの植物たちが道を開く。斯くして、作戦は始まった。


    「……成程、防御に長けているとは聞いていたが間違いないようだな」
     ノーライフキングが盤上のピースを投げ捨てる。彼の向こう側にあるのは白いルーク、そして手前にあるのは大量の黒いポーン。
    「果たしていつまで持つかな……?」
     その彼の浮かべた笑みは嗜虐的で。そして万に一つも自らが危機に陥るなどとは思ってはいないものだ。貧相な顔立ちに浮かぶそれは、酷薄さよりもむしろ滑稽さを感じさせる。調子に乗って乾いた喉を潤そうというのかテーブルの上のワイングラスっを手に取ったその時。
    「いきますですっ!」
     翠の日本刀がそのグラスごとノーライフキングの頭を斬り付けた。派手に椅子から転げ落ちワインの中身を顔面に受けた男は、立ち上がる前に次々と殺到する攻撃に叩き伏せられる。
    「ご、護衛! 来い!」
     辛うじてノーライフキングが言えたのはそれくらいだった。もっとも敵もまたダークネス故にかすぐさま体勢を立て直し護衛のゾンビの後ろに隠れる。
    「き、貴様ら……! どこから……!」
     雷轟のタイヤの跡を顔面に付けたまま三流の悪役のような台詞を吐くノーライフキング。そんな男の問いには返さずに非が武器を敵に突きつける。
    「よう、大将。チェックメイトはお前の方だな」
    「な、なんだとう!?」
     明らかに調子に乗っていたノーライフキングが狼狽える。予期せぬ乱入者達が自分の盤面をあっさり壊しに来たのだ。
    「だ、だが、貴様らにこの軍勢が倒しきれるわけが……!」
    「あなたを倒せば簡単でしょう?」
     じりじりと間合いを詰めながら詠一郎が返す。
    「ならば……逃げるまで!」
    「テメェとあのゾンビ共を合流させる訳にはいかねぇんだよっ!」
     背を向けて走りだすノーライフキングの前に走りだしながらシールドを広げるクォーツ。乱戦の中、逃げようとする者とそれを逃さまいとする者達の戦いはこうして火蓋を切った。


    「あなたが幸せな日常を壊すと言うなら!」
    「知らんわ、そんなことは! ぐえっ!?」
     唯水流のオーラキャノンを避け切れずにノーライフキングは焼かれる。もっとも妙にしぶといタイプらしく未だその瞳は逃げる意志を失っていない。
    「お前達! この私から攻撃をそらすのだ!」
     部下の護衛ゾンビ達にそう言って灼滅者を襲わせる、その前に立ちはだかるのは伽久夜、槍を回転させ護衛ゾンビ達の攻撃を引き付ける。
    (「……もしかしたら自分も」)
     目の前で醜く、そして死体を操るそれは、ありえた自分の姿なのかもしれない。そんな相手は少しでも逃げ延びる確率を上げようと自分にジャッジメントレイを打っていた。
    「邪魔しおって……! お前達には関係ない奴らだろう!」
    「共闘できる仲間が増えるのは嬉しい上に有り難いので、こちらも」
     詠一郎と悠太郎が揃えて影を飛ばし、深く敵の体を切りつける。最初の一撃で与えた影響が更に大きくなる。
    「僕たちと同じダークネスと対する人たち、助けてあげないとね!」
     亜理栖の石化の呪いが敵の動きを鈍らせる。
    「困った奴を助けるのがナイトのお仕事だ。 事情なんざ知らん」
     非が飛び込むようにノーライフキングの前に立ち、ホーミングバレットを放つ。次々と放たれる攻撃にノーライフキングの体はズタボロになっていくものの決定打には至らない。続けてクォーツが攻撃を放つものの、更に浅い。
    「ちぃっ! 面倒くさい!」
    「踏み込みが足りん!」
     クォーツの攻撃が一手届かないのをいいことにノーライフキングは傷を癒やす。全力で攻撃に力を傾けなければ容易に打ち崩せる相手ではない。
    「……また!」
     そして翠の攻撃も護衛のゾンビに阻まれて届かない。距離さえ詰められれば威力のある一撃も、それができなければどうということもない。仕方なく御幣を振るい、護衛ゾンビを叩き伏せ灼滅する。だが、それが彼女にとっての隙を産んだ。
    「危ない!」
     伽久夜が叫んだ時には遅かった。彼女の術中から逃れたゾンビの、不意の一撃が翠を襲う、無防備な相手から受けた一撃は彼女の体を大きく打ちのめす。
    「フ、フハハハ! どうだ! これ以上大きなキ傷を受けたくなければお前達も退き時ではないか?」
     震える声でノーライフキングが言う。その様子を見て唯水流が小さく口を動かす。
    「……まだ早いと思いますよ。綾河君」
     ぽつり、と悠太郎が紅い腕を振り風の刃を飛ばす。あまりに尖すぎるその一撃はノーライフキングの体の一部を大きく切り取る。唯水流ははっと見上げるが、悠太郎は茫洋とした表情のまま敵を見据えている。唯水流はフードから手を離し武器を握り直す。
    「目の前の幸せを……取り零したくない! 絶対にっ!」
     それは『病院』だけじゃない、自分自身の幸せもだ。簡単な選択肢に甘えてそれを捨ててしまえば戦う意味もない。
    「共放振破、来い、ジロウマル!」
     青と白の拵えの杖を掲げて雷を呼ぶ唯水流、狙い過たずにノーライフキングに直撃し体の芯まで焼きつくす。
    「ヌガぁぁ!?」
     そこに畳み掛けるように紅い逆十字で敵を切り裂く亜理栖。
    「良かったよ、踏みとどまってくれて。……強い力は欲しいよね」
     唯水流に小さく伝えて亜理栖は駆ける、戦いはまだ決まってはいないから。
    「さっさとケリ付けさせてもらうぜ!」
     クォーツが叫びながら闘気を放つ、大したことのないと言っていたはずのそれを転がりながらノーライフキングは避ける。ここを凌げればと敵の顔に薄っすらと笑みが浮かぶ。
    「貴方の余裕もここまでです」
     その笑みが文字通り固まっていく。詠一郎のペトロカースが動きを封じる。そしてその哀れな男にたおやかな指先が向けられる。
    「せめて、安らかな眠りを……!」
     伽久夜が放ったジャッジメントレイはノーライフキングを灼滅する光となった。


    「ダメです! このままでは!」
    「弱音を吐くな! 最後まで諦めるんじゃあない!」
     ゾンビと『病院』との戦い、その最前線にて。檄を飛ばすリーダーは傷を多く受けていた。彼だけではない他の職員たちもそれに等しい。そんな中でもゾンビたちは手を休めることなく彼らと障壁に襲いかかる。
    「最後の障壁が……!」
     報告をした看護士も、そしてそれを聞いたリーダーの表情に大きな焦りの色が現れる。ともすればすぐさま絶望のそれに塗り替わってしまいそうなそれに。
    「くっ……!」
     必死に彼らはその思いを振り払うように武器を扱うが、その穂先は先程よりも遥かに鈍い。じりじりと押されていく職員達、そのまま押し込まれてしまいそうになろうとしたその時。
    「『病院』ってのは人を死なす場所か? 人を生かす場所だろ? ならまずは生に足掻いてみないか?」
     武器を大きく振るい、ゾンビ達を蹴散らしながら現れたのは非。彼の体にも多くの傷が生じていた。だがそれにも関わらず彼の体からは戦意があふれている。
    「このゾンビ達を操っていたノーライフキングは僕達が倒しました!」
     手近なゾンビを切り伏せて亜理栖は言う。彼の言葉に『病院』の職員達の表情に生気が戻る。
    「それは本当か!?」
    「本当ですっ! みなさまを助ける為にも、残りの敵もしっかり撃退させていただきますのですよっ!」
     深手を負っているはずの翠も傷を押して戦いに参加している。さもなければ死霊の群れに『病院』が飲み込まれそうだったから。
    「というわけで、ささっと片付けてしまいましょう。雷轟も」
     悠太郎と雷轟も手早く動き敵を掃討していく。
    「……協力を感謝する! これより我々も反攻に移るぞ!」
     武蔵坂学園と『病院』の灼滅者達はゾンビたちを挟撃して撃破していく。
    「あなた達の相手はこちらです」
     槍を舞わし伽久夜が『病院』に向かっていたゾンビたちを引き剥がす。攻撃対象を狂わされたゾンビたちは彼女にめがけて殺到するが、それをクォーツが阻む。
    「させねえよっ!」
     不可視の盾でゾンビ達の腕を弾き、その体勢を崩す。
    「今です!」
     詠一郎の動きと声に反応し唯水流がその一団に走りこむ。振り構えた杖が動く死体を打ち砕く。戦いから逃げない意志がその場にいるすべての灼滅者達の力となりゾンビ達を撃破していく。


     すべての闇が灼滅されたのは丁度朝日が顔を出す頃だった。
    「ありがとう、君達のお陰で我々は助かった」
     『病院』からの礼を受けて、武蔵坂学園の灼滅者達は帰途に着く。だが夜闇が開けたのならば、必ず次の夜闇が来る。何か予感めいたものを胸に、彼らは学園にへと帰るのであった。

    作者:西灰三 重傷:日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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