殲術病院の危機~小さな魔女の玩具箱

    作者:佐和

     病院は慌ただしい喧騒に包まれていた。
     医師や看護師が走り回り、入院患者までもが焦りの表情を見せてそれに混じる。
     しかしそこは普通の病院ではない。
     走り回る者達の手に握られているのは、カルテや暇つぶしの雑誌などではなく、殲術兵器で。
     飛び交う言葉は医療用語ではなく、襲撃への迎撃指示。
    「急げ! 第一種戦闘配備だ!」
    「あれはハルファス軍か! くそっ、何故ここが襲撃される!?」
    「援軍要請は!?」
    「しています!」
    「防護隔壁展開完了。これで籠城の態勢は整った。
     このまま、援軍が来るまで耐えられれば……」
    「要請に返答が来まし……違う、これも救援要請です!」
    「何だと!? 近くの病院も襲撃されているというのか!?」
    「……いや、恐らくは日本中の、だろう。那須殲術病院の襲撃から動きがないと思っていれば……
     さては、狙っていたな!? ハルファス!」
     
     歯噛みする殲術病院を少し遠くに見て、幼い少女は静かに箒に腰掛け、宙に浮かぶ。
     ドレスのような可愛らしい服を着た少女は、長い髪をふんわりと揺らしながら、抱えていた大きなウサギのぬいぐるみを撫でた。
    「病院落としたら……新しい技術、手に入るって言ってた」
     無表情のまま無関心なように淡々と呟かれるその言葉を聞く者は、周囲には誰もいない。
     少女の兵隊達は全て、籠城を続ける殲術病院を取り囲み、戦闘へと向かっているのだから。
    「新しい技術……新しい玩具……デモノイドより楽しめる……?」
     覗き込んだ先で、抱えていたぬいぐるみが、少女の手の動きに合わせて頷いた。
     それに応えるように、少女の顔に初めて表情が表れる。
    「……楽しみ、ね」
     とても嬉しそうで、凄惨な笑みが。
     
    ●殲術病院の危機
    「3つのダークネス組織、『病院』を襲撃、する……」
     お菓子が入った袋を抱えて、だがそれを1つも口にしないまま、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)は教室に集まった灼滅者達へと説明を始めた。
     3つの組織とは、ソロモンの悪魔であるハルファス、白の王セイメイ、そして淫魔スキュラの軍勢だ。
     このダークネス三勢力が、武蔵坂学園とは別の灼滅者組織である『病院』の全国各地にある拠点・殲術病院を襲撃するという。
     一斉に起こる戦いに、『病院』は互いに援軍を出すことができずに孤立無援となってしまうのだ。
    「このまま、だと……『病院』、壊滅……」
     敵は武蔵坂学園としても因縁の相手であることだし、同じ灼滅者を助けるためにも。
    「……助けて、ほしい」
     秋羽はじっと灼滅者達を見つめた。
     そして、救援に向かう殲術病院の情報を地図と共に示す。
     『病院』は殲術隔壁を閉鎖して籠城しているが、灼滅者達が到着する頃には幾つかの隔壁が破損して、眷属との白兵戦が始まっているだろう。
     眷属の数は40体と多く、少し離れた場所にはソロモンの悪魔が控え、指示を出している。
     防御力の高い殲術病院とはいえ、数に圧されて長くは持ちこたえられないし、こちらもまともに戦って勝てる数ではない。
     だから、と秋羽は作戦を伝える。
    「まず、隙をついて、指揮官、倒して」
     指示を出しているソロモンの悪魔を倒せば、眷属の統率は崩れる。
     そしてそれを好機と見た『病院』の灼滅者達も、籠城をやめて本格的に参戦してくる。
     その『病院』と協力できれば、数の多い眷属も撃破することができるだろう。
    「でも……ソロモンの悪魔、倒せないと、眷族の中、逃げ込む……
     眷属とダークネス、一度に相手するの、危ないから……撤退、して……」
     秋羽は複雑な表情を見せ、いざとなったら『病院』を見捨てろ、と言う。
     何より大事なのは、ここに集った皆の無事。
     悩みながらも選び取った答えを握り締めて、秋羽は灼滅者達を見据えた。
    「ソロモンの悪魔、箒に乗った、女の子。
     殲術病院、少し離れた場所、1人で、いる」
     眷属は全て殲術病院周辺に展開しており、少女の近くにはいない。
     古くなった設備だろうか、近くには障害物が多く、忍び寄って奇襲をかけることが可能だ。
     少女の逃亡を上手く阻止すれば、眷属との合流を防ぐこともできるだろう。
    「眷属は、玩具の兵隊、みたい……」
     中身は強化一般人なのだが、その服装や武器は兵隊のそれを模している。
     それも、ヨーロッパの観光地で見るような立派なものではなく、玩具箱の中で転がっていそうな、良く言えばシンプルで簡素な装丁だ。
     だがそれが40人もいればかなりの脅威。
     前にいる兵隊は隔壁を壊すためのハンマーを持ち、その後ろに槍を持った歩兵、さらに弓兵が続く。
    「殲術病院……救援、間に合わなくて、陥落、するところも、ある……
     でも、予知できたとこは、助けられる、から……」
     そこまで言ってから、秋羽は少し顔を俯かせる。
    「助けて、ほしい……けど……無事に、帰ってくるの、優先して……」
     気をつけて、と呟くその瞳には、心配の色が揺れていた。


    参加者
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)
    水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)
    神孫子・桐(放浪小学生・d13376)
    アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)
    光鷺・雪季(隠れ肉食ピュアラビット・d20334)
    メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)

    ■リプレイ

    ●奇襲
     月明かりが照らす無機物の森。
     その空を1人、箒に乗った少女は漂っていた。
     遠くに見える喧騒は、殲術病院とそれを取り囲む彼女の兵隊のもの。
     少女は抱えたウサギのぬいぐるみを撫でながら、ただぼーっとそれを眺める。
     その時。
     振り上げられた水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)の手を合図に、灼滅者達は一斉に、隠れていた場所から飛び出した。
     楸と由井・京夜(道化の笑顔・d01650)のウロボロスブレイドが、左右から獲物を狙うヘビのように、少女へ巻きつかんと伸びて。
     反射的に高度を上げた箒のそのさらに上を抑えるように取った嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)が、叩き落すかのように鞭剣を振るう。
     地上すれすれを避けるように飛ぶ少女の行く手を阻むように、アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)の弾丸が飛び行き、動きの止まったその瞬間を逃さずに、
    「トゥエンティセンチュリーペアビーム!」
     光鷺・雪季(隠れ肉食ピュアラビット・d20334)のご当地ビームと、アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)のDCPキャノンが一斉に火を噴いた。
    「さて、やってくれるものだ」
     まずは奇襲の成功を見て小さく息をついた松庵は、上空からちらりと殲術病院を見て呟いた。
     奇襲をかけるまでは物影に隠れるために低く飛んでいたので見えなかった景色。
     詳細までは分からないが、互いに総力戦となっていることは察せられる。
    「戦況が悪くなる前に救援に向かわないとな」
     松庵のすぐ傍を飛行するメリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)も、その言葉に病院を見たが、すぐに足下の少女へと視線を戻した。
    「一斉に襲撃起こすとか、狙いは何なんだろーね?」
     地上では、軽い口調で言いながらもしっかり剣を向けた楸が、油断なく少女を見据える。
    「そうまでして手に入れたいものが何かは分からないが……
     多くの命を、見捨てるわけにはいかない」
     アイナーは病院を背にするように立ちはだかりながらガンナイフを構えた。
     少女は向けられた刃を無表情に見つめ、不意に気配を感じて箒の高度を上げる。
     風の刃を放った神孫子・桐(放浪小学生・d13376)は、自身の金髪が目立たないようにと被っていたパーカーのフードを脱ぎながら、髪以上に煌く金色の瞳に決意を込めて進み出た。
    「桐は他の灼滅者達も助けたい。
     病院がどういう組織だか解らないけど、お友達が増えるならそれは嬉しいことだ」
     そうね、と頷いた雪季は、キャリバーのランを傍らに置いて微笑む。
    「病院にいる人達……少しでも多くを助けられるように、力になれるように。
     ユキ達に出来る全力を尽くしましょうね」
    「助けられる可能性があるなら、病院の人達を出来るだけ助けたいしね」
     京夜も、ばちっと片目をつぶって見せて、桐に笑いかける。
    「こんな物量作戦を展開する目的なんて判らないけど、向こうの思い通りに事が運ぶってのはいただけないので、全力で邪魔しちゃおう!」
    「おー!」
     桐は元気よく、雪季はしなやかに、京夜の声に続けて手を掲げた。
     そんなやり取りに楸は苦笑して、
    「それに、病院関係者に縁が出来れば、この騒動の狙いとか聞けるかもな」
     言いつつ、すっと鋭くした視線を少女へと向ける。
    「もしくは、おいたしてる奴に吐かせるか、だけど?」
     楸の言葉に、だが少女は興味ないというように何の反応も見せない。
    (「この子もソロモンの悪魔……デモノイドの存在原因……」)
     その姿を睨みつけながら、デモノイドヒューマンであるアデーレは、ふつふつと湧きあがってくる怒りを感じていた。
     戦いの舞台も病院と、自らが生み出された時の嫌な記憶を連想させる場所。
     少女が自分と関係ある存在かは分からないけれども。
    「せいぜい、八つ当たりさせてもらいますよ」
     アデーレは好戦的な笑みを浮かべる。
    「誰が何を考えてるか……関係ない……」
     それぞれの思惑が絡み合う地上を見下ろして、メリッサは呟いた。
     ぼんやりとした表情だが、その瞳は鋭く少女を狙い続けている。
    「全部、撃ち落とすだけ……」
    「至極明解だ」
     箒を揃えて松庵が笑う。
     少女は、それをゆっくりと見回しながらぬいぐるみを撫で、周囲に光輪の盾を生み出した。
     改めて、少女と灼滅者達は、向き合って。
    「少し、お付き合い願おうか」
     アイナーの言葉と共に戦いは再開した。

    ●魔女
     空を舞う少女に、灼滅者達の遠距離攻撃が集中する。
     僅かにタイミングをずらした楸とアイナーのオーラが少女を襲い。
     京夜の鞭剣がその姿を捉えんと巻きついて。
     ランの機銃射撃で地上近くへ下りたところを、雪季のハンマーが狙う。
     少女は面倒くさそうに僅かに顔をしかめて、ハンマーを撃ち下ろしたばかりの雪季の隙を狙い、その脇を抜けようと箒の速度を上げた。
     だがしかし。
    「はーい、こっちは通行禁止でーす」
     その動きを読み、回り込んだ楸が、両手を掲げてにやりと笑う。
     ならばその上を越えようと高度を上げれば、松庵が空からその行く手を遮り、メリッサがさらに上を押さえるように位置取った。
     単純な戦闘ならば相手が飛行していた方が有利だが、逃亡、そして眷属との合流という可能性があるならば厄介な要素で。
    「ふふ、引き摺り落としてあげるよ」
     楸を始め、地上班は少女を箒から降ろすことを狙い。
    「見た目は少女のようだが油断はしない……と言うよりこういった手合いの方が厄介だ」
     魔法使いの松庵、そしてメリッサは、逃亡を阻止するため、そして少女に逃亡を諦めさせるために箒に乗ったまま戦う。
     飛び交う攻撃。地と空とで行く先を阻む動き。
    「無駄だよ。どこに居ても、お前を倒す結果に違いはない」
     病院の方向を遮るように立ちはだかったアイナーに、少女の顔が不機嫌に歪んだ。
     途端、生まれた冷気が前衛陣に襲い掛かる。
     氷に覆われた灼滅者の間を抜けようという算段か。
    「行かせはしない! 彼処には守るべき人達がいるんだ!」
     だがメディックの桐がすかさず癒しの風を呼び、仲間を鼓舞すべく声を上げる。
    「……にがさない」
     そしてメリッサは風を刃と成し、上から叩きつけるように少女へ撃ち放った。
     またも遮られた動きに、少女はぬいぐるみをきつく抱きしめて。
    「はじめまして、いまいましい悪魔さん」
     そこに、アデーレが気を惹かんと話しかける。
    「あなた達に作られた存在が、あなたを消しに来ましたよ」
     言いながら放つのは、デモノイド寄生体から生成した強酸性の青い液体。
     それがぬいぐるみをじわじわと腐食させるのを見て、少女の表情が変わった。
    「お前……デモノイド?」
     僅かな驚きからすぐに、愉しそうな笑顔へと。
    「古い玩具も、大切に遊ばないと、ね」
     そして少女は凄惨な笑みを浮かべながらぬいぐるみを投げ捨てると、箒を降りた。

    ●玩具
     間髪入れずにアデーレは、寄生体に殲術道具を飲み込ませ創り出した巨大な刀を振るう。
     待ってましたとばかりに楸も剣を非物質化させて接近戦を挑むと、シールドを展開した腕を振るう京夜の反対側から死角を狙い、アイナーの刃が閃いた。
     少女が地上に降りたことで届くようになった、よりダメージの大きい近接攻撃の連打を見ながら、メリッサの影の刃が舞う間に、松庵も箒を降りる。
    (「やはり、厄介かもしれん」)
     危惧するのは、少女の顔に浮かび続ける笑みと。
     アデーレを見つめ続けるその暗い瞳。
     攻撃を欠片も気にせず、少女はアデーレへと静かに歩み寄りながら幾つもの魔法の矢を生み出し、ただ1点を指さした。
     指し示した先、アデーレへと矢が一斉に襲い掛かる。
    「アデーレちゃん!?」
     後方へと飛ばされたアデーレを振り返りながら、雪季が心配の声を上げる。
     その声に少女の不機嫌な視線が向き、
    「お前も、遊びたいの?」
     続いて指し示された雪季に石化の呪いが飛んだ。
    「でも、後でね」
    「くっ……かなりキツめね」
     格段に上がっている攻撃力に苦笑しながら、雪季はさすがに回復へと手を向けて。
     駆け寄った京夜もそれを助けながら、めっ、と子供を叱るように口を開く。
    「光鷺君はご当地ビーム禁止」
    「そのほうがよさそうねぇ」
     少女の視線は再びアデーレにのみ注がれている。
     アデーレ以外の灼滅者はどうでもいいと言わんばかりだ。
     それでも攻撃が流れたのはご当地ビームで付与したBS『怒り』のせいかと雪季は苦笑する。
     攻撃を分散させられるのはいいが、スナイパーでは役者不足だ。
    「お嬢さん、代わりに僕と遊びませんか? きっと楽しく遊べると思うよ」
     だからディフェンダーの京夜が、そのBS付与を狙って殴りかかった。
    「……当てる」
     空からもメリッサが巨大化させた腕を振るい、その盾を撃ち砕く。
    「狙いが分かりやすいのは結構だが、あの威力を喰らい続けるのは厳しいな」
     弓に矢を番えながら、松庵が呟くのに、
    「ならば俺達が早く倒すのみ」
    「だな」
     アイナーと楸、クラッシャーの2人が頷きその刃を揃え地を蹴った。
     桐の癒しの光を受けたアデーレも、負けまいとそれに続く。
     ランが突撃するのに合わせて京夜が鞭剣を、雪季がナイフを振るい。
     灼滅者達は攻撃を絶やすことなく、少女へと食らい付く。
     だが少女は、傷を増やしながらも真っ直ぐにアデーレだけへと向かう。
    「堕ちる光景は、楽しい。死も闇も、綺麗……」
     浮かべる笑みは深く、深く。
    「お前は、アリツィアに、どちらを見せてくれる?」
    「どっちも見せるかよ!」
     気楽な口調にさすがに怒気を混ぜて、進路に割り込んだ楸が剣を振るい叫ぶ。
     京夜も再び少女へ接近してシールドごと拳を叩き込むと、
    「邪魔」
     ちらりと向けた少女の視線と共に、石化の呪いが京夜を襲う。
     慌ててロッドを構える桐に、アイナーが手を向けた。
    「任せろ。キリはアデーレを」
    「分かった」
     短い指示と京夜に駆け寄ったアイナーを見て、桐は頷きながら、アデーレを守る温かな光を呼ぶ。
     そしてその大きな瞳を哀しげに揺らしながら、少女に声を投げかけた。
    「遊ぶならもっと痛くないことにしよう。駄目だろうか?」
     敵とはいえ、解り合えないことに寂しさを感じて。
    「あれはアリツィアの、玩具……だから、アリツィアが堕とす。誰にも、渡さない」
     だが少女は桐を見ることすらせず、狂おしいまでにアデーレを追い続ける。
    「何を言っても、無駄」
     桐の哀愁を断ち切るように、メリッサの影が刃となり、少女を切り裂いた。
     続くように幾つもの刃が閃くが、それでも少女の意識はアデーレだけを捕らえて。
     アデーレを大きく吹き飛ばしながら、さらにそれを追いかける。
     させまいとばかりに雪季の影と京夜の鞭剣が少女を捕らえ押さえると、松庵の弓から放たれたオーラが狙い済ましたかのように撃ち貫く。
     がくっと膝を折り、倒れかかりながらも、少女は手をアデーレへと伸ばして。
    「……堕ちろ」
     最後の一打と放たれた魔法の矢は、間一髪、走り込んだランが盾となって受け止めた。
     そして、月明かりより眩く燃える炎を纏った楸の剣が大きく振り下ろされ。
     その斬撃すら切り裂くように鋭く、アイナーの刃が煌いて。
     深い傷を幾つも重ね、ついに、少女は地面に倒れ伏す。
     そこにアデーレが、ふらつく足を松庵に支えられながら近づき、胸元のチェーンを引っ張り出した。
     少女の目の前へと揺らすのは、簡素なネームタグ。
    「このタグに見覚えはおありですか?」
     アデーレの問いに、少女は艶やかに、にっこりと笑う。
     知っていても話す気はないと言うように、愉しげに。
     それを静かに見下ろして、アデーレは寄生体の刃を躊躇いなく振り下ろした。

    ●応援
     ソロモンの悪魔は灼滅したが、戦いはまだ終わらない。
    「さあ、病院を助けに行こう」
     とりあえず傷を塞いだ京夜が、仲間を見回しながら立ち上がる。
    「ここで待っていろ、と言っても聞かないのだろうな」
    「当然です。病院を守る、本来の目的はこれからですから」
     苦笑するアイナーにアデーレがきっぱりと答える。
     狙われ続けたアデーレの傷はさすがに浅くない。
     それでも全体としてはまだ余力が残っている方かと松庵は静かに判断する。
     狂的で執拗な攻撃ではあったが、弱い者から狙ったりするような戦略性はなく、纏わり付くBSを気にも留めずに回復すらろくに行わなかった少女。厄介な性格ではあったがそれがつけ入る隙になったのかもしれない、と松庵は腕を組み頷いた。
     その間に、負傷も考慮して隊形を組み直した灼滅者達は病院へとその足を向ける。
    「雪季も、無理しすぎは駄目だ」
    「そうね。ちゃんと助けて、みんな無事で帰りましょうね」
     心配する桐に、雪季はぱちんと片目をつぶった。
     雪季も、攻撃を引きつけんとした京夜も、万全には遠い状態なれど。
     それでも助けられる人がいるならと、進む足に躊躇いはない。
    「あらまぁ、うじゃうじゃと」
     すぐに見えてきた病院とその周囲の眷属を確認して、楸が軽口を叩く。
     メリッサも箒を降りて、全力での戦いへと準備を整えて。
    「ほーい、武蔵坂学園から助力に参りましたー」
    「助けに来たよ! もう大丈夫だ!」
     楸と桐の声と共に、灼滅者達は眷属の兵隊へと飛び込んだ。
     アイナーと楸が切り込む先を、雪季とメリッサが正確に狙い撃ち援護して。
     ジャマーに移った松庵が冷気で凍りつかせた敵を、京夜とアデーレが切り倒す。
     桐は味方の負傷を早め早めに癒しながら、心配顔を病院へも向けた。
     籠城を続けている病院は、応戦はしているようだが明らかに押されていて。
     桐達の参戦でもその劣勢は変わらないように見えたから。
     それでも少しでも力にならんと、灼滅者達は進む。
     誰かが孤立しないよう互いの動きを見ながら、1体1体じわじわとだが敵を減らして。
     その時だった。
     壊れかけた隔壁を内側から破る勢いで、眷属が押し返されたのは。
     病院が、灼滅者達に呼応するように、一斉に反撃に転じたのだ。
     その勢いにほっとして、桐の顔に笑みが浮かぶ。
     他の仲間達も、それぞれに笑顔を浮かべて。
    「さあ、あと少し。頑張ろうか」
     松庵の声かけに頷き合うと、それぞれの武器を構え直して、目の前の敵へと向かっていく。
     ……学園と病院、双方の灼滅者達が勝利の声を上げるまでに、そう長い時間はかからなかった。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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