殲術病院の危機~魔笛、潮騒が運ぶ凶兆

    作者:雪月花

     小奇麗な院内が、急に慌しくなった。
    「戦えない方は奥へ!」
    「防護隔壁、展開されます。要請を受けた人以外は表に出ないで!」
     入院患者らしき姿の人々と一緒に移動する看護士達とすれ違い、慌しく白衣の一団が駆けていく。
     ――医師も看護士も、皆武装している。
     灼滅者が戦闘の際身に着けている、殲術道具と同じようだ。
    「那須殲術病院の襲撃以来、動きがないと思ってみれば……」
    「奴ら、この機会を窺っていたのでしょうね」
     小さなミーティングルームに詰めた医師やナース達も、苦く重い空気に包まれていた。
    「院長……」
     医師のひとりが指示を仰ぐように、ホワイトボードの前で静かに腕を組んでいた、そう呼ばれるにはまだ若そうな院長に声を掛ける。
    「数に勝る相手、援軍は期待出来ない。状況が良くないのは確かだ。だが、ウチがそんなに簡単に陥ちると思って貰っては困るな。……悪魔共に目にもの見せてやろうじゃないか、我々殲術病院の底力をな」
     彼の眼鏡に、モニターに映された奇妙な軍勢の姿が反射していた。
     道化のような派手な衣装を纏い、横笛を吹き鳴らす奇妙なソロモンの悪魔。
     彼を囲むように進む大人数の人影は、様々な色や模様の全身タイツに動物や何かのモチーフのような装飾を着けて、まるで何処かの劇団かパレードのようだった。
     
    「どうやら、厄介な事態になっているようだな……」
     眉間に皺を刻み、土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)は低く零す。
     曰く、複数のダークネス組織が手を組み、武蔵坂学園とは別の灼滅者組織『病院』の襲撃を目論んでいるという未来予測が、サイキックアブソーバーから齎されたのだと。
    「ダークネス組織は三つ。ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢に、白の王・セイメイの軍勢。そして、淫魔であるスキュラの軍勢……どれも、我々の学園とも因縁浅からぬダークネス達だし、放っておく訳にもいかないだろう」
     その上、別の組織とはいえ同じダークネスに対抗する灼滅者の勢力が壊滅してしまう状況は芳しくない。
    「病院勢力は、高い防御力を誇る殲術病院という拠点を全国に持っていて、いずれかの殲術病院が襲撃されても、施設に篭城している間に他の病院から援軍を送って敵を撃退するという戦いを得意としていた。だが、今回はダークネスも三つの勢力の数を合わせ、殆どの病院を一斉に襲撃するという手を使ってきた。お陰で各病院は孤立無援に陥り、陥落も時間の問題ということになってしまう……」
     剛はそこまで説明すると、灼滅者達に頼んだ。
     病院が壊滅してしまわないよう、危機から救って欲しいと。
     
    「お前達に救援を頼みたいのはここ、青森の海沿いにある病院だ。この殲術病院は殲術隔壁という防衛機能を展開して籠城しているものの、お前達が現場に到着する頃にはソロモンの悪魔の配下達に隔壁の一部を破られ、白兵戦が始まってしまっているだろう。このままでは長くは持たない」
     その病院を襲撃したのは、1体のソロモンの悪魔と50人近い強化一般人だという。
    「その数じゃ、僕達が行ってもまともにやり合って勝てる相手じゃないね……」
     矢車・輝(スターサファイア・dn0126)の表情も、少し暗くなる。
    「あぁ。だから何より狙うべきは、病院と戦っている隙を突いて、奴らの指揮官であるダークネスを撃破することだ。指揮官さえ倒してしまえば、病院の灼滅者達も配下を倒す為に出て来易くなるから、協力して残る強化一般人達も倒すことが出来るだろう。逆にダークネスを倒せず、眷属の中に逃げ込まれると手を出せなくなるかも知れない……そうなったら、撤退することも考えてくれ」
    「……分かった。僕は、なるべくみんなが速やかに指揮官のソロモンの悪魔のところに向かえるよう、強化一般人の一部を引き付けようと思う」
     そっと目を伏せた輝に頷き、剛は続ける。
    「皆が到着した頃、強化一般人の多くは病院の正面を攻めている。ソロモンの悪魔はその後方で、残った強化一般人達と控え指示を出しているだろう。周囲は東側に小さな林があるが、その先から病院の入り口までは開けていて見晴らしが良い。奇襲を掛けるにしても、この林の影に潜むくらいまでがギリギリ気付かれないライン、と考えた方が良さそうだ」
     派手なピエロのようなソロモンの悪魔は狡猾な性格のようで、魔法使いやバイオレンスギターと同様のサイキックを使用してくるという。
    「今回は、組織同士の大きな規模の戦闘に介入する危険な作戦になる。心身とも充分に準備をして、ことに当たって欲しい」
     真剣な眼差しで、剛は続ける。
    「殲術病院の中には救援が間に合わず、陥落してしまうところもあるようだ。この病院を守れるかどうか、それはお前達次第だが……」
    「僕達も無事に帰って来て欲しいって?」
     輝の言葉に、剛はふっと笑みを見せた。
    「そうだ。首尾が上手くいって、皆の元気な顔が見られる……それを、祈っている」


    参加者
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    村瀬・一樹(叶未進紳・d04275)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)
    加賀見・えな(日陰の英雄候補生・d12768)
    霧丘・学(不動の魔導士・d17970)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    灰神楽・硝子(零時から始まる物語・d19818)

    ■リプレイ

    ●潮騒を背に
     冷たい海風に吹かれ、白い壁に木立の影が揺れている。
     電灯に照らされた看板に『林医院』と記されたその病院は、海辺のサナトリウムといった風情の佇まいだった。
     しかし心許ない星明かりの下、そこに詰め掛けているのは――異様な集団。
     奇妙な笛の音と共に進撃を続ける彼らの周囲だけが、妙に明るい。

    『正面の防壁が破られました!』
    『チームA、チームBが既に交戦を開始しています、ですが……内部に突入されるのも時間の問題かと』
     逐一入る報告に、病院内の緊迫感は限界まで達していた。
     しかし。
    「……あれは?」
     敷地の入り口付近を映したモニターを見ていた医師が、怪訝そうに呟く。
    「敵の増援か!?」
    「いや、それにしては……」
     看板や街灯の下に晒された姿は、武装した少年少女――灼滅者だった。

    ●戦いは魔笛に乗せて
     始まった。
     30名を超える仲間達の姿を、8人と彼らを援護する為に同行した灼滅者達が、東の林の影で息を潜め見守っている。
     矢車・輝(スターサファイア・dn0126)と共に真っ向切って現れた別働隊が、ソロモンの悪魔周辺の強化一般人達を引き付けている間に、林側の主力が奇襲を掛けて指導者を叩く流れだ。
    「この人数なら、囮とは思われないでしょうね」
     あえて目立とうとしなくても、注目を受けていると沙月は感じた。
    「顔は知らねえが同じ灼滅者ってんなら、易々とダークネスの思い通りにはさせらんないな」
     樹は口角を上げる。
    「輝さん、頑張りましょうね……!」
    「うん!」
     まりの言葉に輝も強く頷く。
     後方待機の強化一般人達は、既に動き始めていた。
     残されたのは5人、その中に笛を吹き鳴らす仮面を着けた紫色の道化が見えた。
    「あれが指揮官!」
     人の流れに注視していた左斗彌が声を上げる。
    「まさか笛の音で指示してるの?」
    「あれなら村瀬先輩達も狙い易いな」
     こちらへ押し寄せてくる十数人に目を移し、梵我はヘアバンドで前髪を上げお血祭(おまつり)モードにチェンジ。
     骸骨マスクを被った矜人も顔を上げる。
    「さあ、こっそりとヒーロータイムだ!」
    「超いくぞ!」
     無敵斬艦刀の柄を握り締めた織兎の声を皮切りに、一斉に走り出し強化一般人達を迎え撃った。
     トランプのスートやエンチャントの効果があちこちで浮かび、怒りを誘う攻撃が次々放たれていく。
    「ソロモンの悪魔に魂を売った愚か者達よ! このアルディマ・アルシャーヴィンが相手をしてやろう!」
    「ほうらこっちだ、お笑い集団野郎共! わざわざやられに来たってか!」
     アルディマの高らかな声と矜人の挑発に、動物を模した衣装の男女は殺気立つ。
    「どういうことだ?」
    「近隣の病院は網羅している、こんなに早く増援が来る筈が……!」
     疑念を声にしながらも、配下は螺穿槍で突っ込んできた風真と激しくぶつかり合った。
     其処此処で除霊結界が張られ、銀静の『Durandal』から放たれる森羅万象断が闇に閃き、紗和のフリージングデスが多くを凍えさせる。
    「ほれこっちや、鬼さん鬼さん手の鳴る方へ」
    「さあ、ついて来れるならついてきなよっ!!」
     攻撃の合間、一浄が手を叩いて見せ、空もめいっぱい気を引いた。
    「まさか同じ強化服を使ってる灼滅者が他にもいたなんて……」
     赤い装甲を纏った飛鳥が豹の姿の男と組み合いながら呟く。
    「無駄話はよせ。来るぞ」
    「むっ……わかってるよ!」
     後方で援護する青い装甲服の智寛は、冷静だ。
    「ギャーこっちくんな!!」
    「自分で引き付けたのに……」
     巨大化した腕を振るいながら、いろはは允の叫びに苦笑した。
    「そうそう易々とやらせるか!」
     剣の日本刀の閃きに成実や薫達も続き、『花逝』を逆手に握る彩希が死角から現れ一閃した。
     複数で集中攻撃を浴びせ、1人ずつ落としていく。
     リバイブメロディを紡ぎ続ける優歌、そして燐音のヒーリングライトが闇に柔らかな光を齎し、夕月も爽やかな風を吹かせ皆を癒していく。
    (「あの悪魔と対峙してから、もう1年近くになるのですよねー……」)
     剣を掲げ浄化の風を解き放ち、真夜は道化に目を遣った。
     ピエロのような帽子を被った、奇妙なソロモンの悪魔――

    ●機を待ちて
     圧倒的な強さ、撤退も許されなかった絶望的な状況。
    (「……今度は、負けない」)
     鶴見岳での厳しい戦いを思い起こし、林に潜むマリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)も目を伏せた。
    「少しずつ西側へ移動しているようだね」
     村瀬・一樹(叶未進紳・d04275)の言葉通り、別働隊の布陣は交戦しながらゆっくりと西へ傾いていた。
    「機を見て出よう」
     頷いた水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)も、じっと敵の動きを見据える。
    (「誰もが命を懸けた現場だ……覚悟はとうに出来ているさ」)
     その瞳に迷いはない。
    「病院一斉襲撃だなんて、大それたことをするものね」
     望遠鏡片手に、ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)が腕時計に目を落としながら呟く。
    「預言者の瞳を予め使えれば効率良かったのだけれど……」
     流石に戦闘開始時に効果が切れてしまいそうだ。
     病院の面々も、あの施設で過ごす平穏で幸せな日常もあった筈。
    「それを摘み取るようなマネ、断じてさせません」
     灰神楽・硝子(零時から始まる物語・d19818)は道化姿をきっと睨んだ。
    「上手くいくか不安もある、でも、いつも通り思いっきりやろう」
     張り詰めた空気の中でも、居木・久良(ロケットハート・d18214)の明るい笑みが、仲間達を勇気付ける。
    (「他の灼滅者組織ね……助けられれば恩を売って、ボクらに何か利益がありそうだ」)
     打って変わって、霧丘・学(不動の魔導士・d17970)の胸には打算的な思いもあった。
    「一般人向けのESPが強化一般人に効かないのは、残念ですが……」
     小声で呟き、加賀見・えな(日陰の英雄候補生・d12768)はサウンドシャッターを発動し、眼鏡を外した。前線で病院側と競り合っている配下達には効果はないが、近隣の一般人は騒ぎには気付かないだろう。
    「あれ、今誰か何か言ったか?」
    「え……」
     同行していたヘキサもまた、サウンドシャッターを使用していた。
     別働隊に相対する配下達が完全に背を向けたのを見留め、ヴィントミューレが口を開く。
    「今が好機ね」
    「よし……一気呵成に行くよ!」
     旭の合図に、ライドキャリバーのカーボに跨った硝子はハンドルを握り締める。
     車輪の回転で千切れ飛ぶ草を背に、一同は林を飛び出した。

    ●悪魔を討て!
     闇を駆ける灼滅者達。
    「奇襲か!?」
     悪魔達の許へ到達する前に気付かれ、4人の配下が布陣する。
     2人はディフェンダー、後衛の2人はメディックとスナイパーといったところか。
     悪魔は中衛、恐らくキャスターだろう。
    「ホホホ、そういうことでしたか」
     いきり立つ配下とは打って変わって、道化姿の悪魔は男とも女ともつかない声と優雅な仕草で灼滅者達を見る。
    「来る筈のない増援……予め知ってでもいない限り、今ここに現れることは不可能。他の病院にも、あなた方のお仲間が向かわれているのでしょうね」
     揺さぶりを掛けるような言葉――が、マリアは動じた様子もない。
    「命が、惜しければ……とは、言わない。悪魔も、悪魔に、与する者も……ここで、死ね」
     苛烈な言葉と共に、契約の指輪から魔法弾を放つ。
     続き、敵前衛に除霊結界を仕掛ける一樹以外は悪魔に集中攻撃を浴びせ、病院側を背に布陣した。
     箒で飛来した学も、ポジション効果を得る為に地に足を着け、ライドキャリバーのエクスを前に出す。
     半分はディフェンダーに防がれたり避けられてしまったが、ヴィントミューレのマジックミサイルに軽く射抜かれ、道化は肩を竦めた。
    「おっと、せっかちな方々です」
     笛の音と共に、前衛陣の身体が急激に凍えついた。
    「申し遅れました、わたくしは『バラッド』の紫苑。道化の身ゆえ実戦は不得手でございますが、皆様が退屈なさいませんよう精一杯お相手致しましょう」
    「この威力で不得手なんて、よく言えるね……」
     流石にいつもの穏やかさを潜めながら、旭が苦笑する。
     下手をすれば回復が間に合わない可能性もあるが、それに手を取られれば明らかにタイムロス。
     悪魔を倒すのが早ければ早い程、灼滅者両勢力の負担が軽くなる。
     学は自分の足で動きたくないのか、影業を駆使して攻撃を行う。
    「自分の手汚したくないし、あの悪魔臭そうだからさ」
     配下は激昂したようだが、紫苑はむしろ楽しげだ。
    「フフ、面白いことを仰います。尤も、わたくしの香りは若い方には刺激が強すぎましょう」
     反撃の手は緩まず、久良やライドキャリバー達がダメージを肩代わりすることによって戦線を支えていた。
    「魔笛なんか、魔曲で掻き消してやるさ!」
     胸に手を当て、剣をタクト代わりに一樹が癒しの旋律を歌い、前列を回復させていく。
     強化一般人に対しては憐憫もあるが、容赦する気は一切ないと攻撃に転じる。
    「あなた達の思い通りになんか、絶対させません」
     硝子の瞼に、ブレイズゲートと化した那須殲術病院での光景が蘇る。
     防ぎたい……あんな未来は、絶対に!
    「カーボ!」
     その声に答えるように、カーボは硝子を乗せて突撃した。
     えなの蛇咬斬によって捕縛状態にあった紫苑の間近で、放出された光の刃が道化の衣装を引き裂き紫の体液が飛散した。
     強敵ではあるが、決して勝てない相手ではない。
     初手以降は霊犬と回復に専念しながら、マリアは淡々と戦況を視ていた。
    「うおおおぉぉッ!!」
     小柄な身体を反らし、大きく振り被った『モーニング・グロウ』を思い切り振り下ろす久良に合わせ、ヴィントミューレは敵ディフェンダーにフォースブレイクを叩き込む。
    「思ったよりタフね」
     多くの追撃を叩き込んでも立っている前衛配下に、少女は眉を顰めた。
     配下を倒してから紫苑に取り掛かるのに、彼女と久良の2人ではどうしても手が掛かってしまう。

    ●逆流
     数分後、流石に正面を攻めていた配下達も気付き、何割かが戻ってきた。
     悪魔との合流を防ぐよう別働隊は立ち塞がり、更に火花を散らしていく。
    「矢車くん、大丈夫?」
     猛攻に膝を突き掛けた輝を、明が庇う。
    「無理しないで、後衛に下がって」
    「……ありがとう」
     体力的に余裕がなくなってきていた彼は、ギルドールの言葉に甘えて後退した。
     その様子を見て笑みを浮かべるなどか。
    「チーム戦っていいですよね。心が折れそうになっても一緒に戦ってる人が居てくれるってだけで力が湧いてきます」
     病院の人達にも諦めないでいて欲しい、そう願いながらシールドリングを施した。
    「ごめん! 『そっちに敵が抜けた!』」
     法子が割り込みヴォイスで声を張り上げ、ご当地ビームを放つ純也と共に敵の脇から攻撃を続けたが、
    「全ては倒し切れないか……」
     東側に大回りした数人の背を見送ることになってしまう。

    「……来る」
     後方の声と気配に即座に反応したマリアが、皆に注意を促す。
     挟撃される可能性は分かっていたし、ヘキサや別働隊のメディックからも飛んでくるヒールサイキックを頼みに、一刻も早く悪魔を倒してしまわなければならない。
    「す……すす助太刀すっぞオラアア!」
     汗ダラダラながら、允も風を巻き起こし浄化を齎していく。
     しかし状況は一進一退で、エクスもカーボも攻撃を伏せぐうちに耐え切れず消滅してしまった。
     仲間達を庇い続けた久良も、回復が追い付かないくらいの負傷具合だ。
     凌駕して再び立ち上がっても、殺傷ダメージが嵩んだまま。
    「くっ……絶対みんなで帰るんだって決めたんだ!」
    「後はあなただけでしょうか」
     額から流れる血をそのままに歯を食いしばる彼を見て、仮面が笑ったような気がした。
    「あいつも無傷じゃない、頼むよ……!」
     目を見開いた久良は声を張った。
     直後、笛の先から叩き込まれるフォースブレイク。
     体内で荒れ狂う衝撃が、彼を始めに潜んでいた林の方まで吹き飛ばした。
    「居木さん!」
    「久良さあぁんッ!!」
     旭と硝子が声を上げる。
     受けたダメージが大きすぎたのか、倒れた久良はピクリとも動かない。
    『一生懸命やりました、でもダメでした。じゃ、ダメだ。絶対に助ける』
     作戦の直前に見せた、久良の笑顔と言葉が脳裏に響く。
     自然と武器を握る手に力が篭った。
     今すぐ仕留める。絶対に。
     前衛の配下が一瞬怯むような気迫が漂う。
    「この力は……貴様等を、殺すために、得た。存分に、味わえ」
     巨大化したマリアの腕が硬い笛ごと紫苑の片腕を砕き、えなの影が紫の衣を引き裂いていった。
    「居木君の頑張り、無駄にはしないよ!」
     守りの崩れた悪魔目掛けて、一樹の『Gentle Hand』の一撃が炸裂。
    「今こそあなたの業を裁く時よ。この洗礼の光、受けてみなさい」
     ヴィントミューレのジャッジメントレイが腿を打ち抜き、続け様に突風の如く接近した旭が神霊剣で紫苑の魂と防護を一気に破壊する。
    「繰り返させない、あんな思いは!」
     両手に宿したオーラを、硝子が力の限り叩きつけると、道化の脇腹が激しく抉れた。
     その部分から身体が溶け出す。
    「ぐぅっ……予想、以上です……」
     ゆっくりと膝を折りながら、紫苑は人の形を失っていく。
    「……どうやら、わたくしはここまでのようでございますね……ですが、心して下さいませ。ハルファス様のお力はこんなものではありませんよ」
    「うわ、こいつまだ喋るの?」
     学は思わず嫌そうに顔を顰めた。
     紫の粘液の中に残った仮面は、未だに饒舌だ。
    「あなた方がどのように挑み、敗北していくのか……この目で確かめ、物語を紡ぐことが出来ないのは残念ですが「そろそろ、黙ったら」
     冷えたマリアの声と同時に、彼女の霊犬が仮面に刃を突き立てる。
     割れた仮面は完全に沈黙した。
    「お、おのれ……よくも紫苑様を!」
     逆上する配下達を捌く中、病院方面から声が上がった。
    「今だ、悪魔の手下どもを蹴散らせ!」
    「「はいっ!」」
     破壊された防壁から配下達を押し返し、病院勢が姿を現したのだ。
     その姿は比較的若く、闇堕ちした時のように通常の人間とは多少異なる様相の者もいる。
    「医療関係者の割に、若い人が多いんだね……」
     大人の灼滅者という存在に興味を持っていた旭は、意外そうに呟いた。
    「まぁ、残りは腰抜けみたいだし、さっさと片付けちゃいましょうよ」
     学は再び箒に跨り、混乱する配下達を追い上げる。
    「増援は来ませんでしたが、逃げる敵はいるのですね」
     回り込んだミリーが逃亡し掛けた配下を押さえ込み、灼滅者達は強化一般人達を一気に掃討していった。

     激戦の夜は過ぎ――
     朝が来る頃には、辺りには静けさが漂っていた。
     感謝を抱き、いつまでも手を振る病院の面々に見送られ、学園の灼滅者達は帰途に就く。
     名誉の傷を負いながらも、屈託のない笑みを浮かべる少年と一緒に。

    作者:雪月花 重傷:居木・久良(ロケットハート・d18214) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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