オホーツクに沈む闇~わだつみの眠る間に

    作者:西宮チヒロ

    ●calmando
     新潟県 某所。
     白と黒の毛並みを持つ虎の獣人が、メイド姿の少女の前で腕を組み、重々しく頷いた。
    「ならば、交渉は成立だな。朱雀門の使者よ」
     朱雀門の使者と呼ばれた少女、ロード・アーヴェントは、スカートの裾をつまんで恭しく礼をする。
    「朱雀門の財力があれば、この地も大きく発展する事でございましょう。新潟のロシア化に関わる資金も潤沢に用意させていただきます」
     ロシア語教師を勧誘したロシア語教室の設立や、ロシア風建築物の建設、新聞広告などを利用したロシア文化の紹介記事、ロシア名産品の大量輸入と小売店への不当に安い価格での卸売など、人間社会のルールの範囲内で、ご当地パワーを増大させる施策の準備が整っている。
     これらの施策で増大するご当地パワーは、新潟のご当地怪人をロシア化して得られるご当地パワーに決して劣る事は無いだろう。
    「だが、弱体化装置については、別だ。わかっているな」
     ロシアンタイガーの言葉に、少女は微笑して首肯する。
    「勿論でございます。ロシアンタイガー様。弱体化装置の貸与については、オホーツク海に沈むロシアン怪人の皆さんの救出に成功してからでございますのでしょう? 必ず、なしとげてみせますわ」
     そして、デモノイドロードの少女は、配下のデモノイドを連れて部屋を後にした。

    「全てはグローバルジャスティス様の為に」
     ロシアンタイガーは、去っていく朱雀門の使者たちの姿を見ながら、小さくつぶやいていた。
     
    ●herzhaft
    「朱雀門勢力に闇堕ちさせられたデモノイドロードのひとり……クリムさんの消息がつかめました」
     小桜・エマ(中学生エクスブレイン・dn0080)はそう言って、元より孕む緩やかな雰囲気に緊張感を滲ませる。
     今はロード・アーヴェントという名で呼ばれる彼女は、現在、4000トン級のクレーン船でオホーツク海に向かっている。
     目的は、流氷と共にオホーツク海に沈んだロシアン怪人の引き上げ作業。
     それは、彼女がロシアンタイガー勢力と同盟関係にあるということを示していた。
    「つまり、おれたちはそれを阻止すればいいってことだな?」
    「ご明察です、カナくん」
     手元の資料を眺めつつ話を聞いていた多智花・叶(小学生神薙使い・dn0150)の問いに、エマは翠の双眸を細めてふわりと笑う。
    「クレーン船に乗船しているのは、作業のために雇われたクレーン船の船員と、ロード・アーヴェント。そして配下のデモノイドと、ロシアのご当地怪人のコサック兵たちです」
     この引き揚げ作業が成功すれば、ロシアンタイガーの勢力が強化されるだけではなく、彼等と朱雀門勢力の同盟が強固なものとなってしまう。
     故に、その作業を失敗させることが彼等の企みの阻止へと繋がる。
    「でも、クレーン船に乗り込むって言っても、バベルの鎖をかいくぐらなきゃならねーよな?」
    「はい。ですからこの作戦は少人数……3チームに分かれての突入作戦になります」
     役割分担と連携。
     成功のためには、それらが大きな要となるのは間違いないだろう。
     
    「作戦決行は、夜です」
     闇夜を利用し、モーターボートで近くまで移動。その後、水中スクーターで接近して乗船する。
    「じゃあ、モーターボードの留守番、おれがやろーか?」
    「ありがとうございます。そう言って貰えると助かります」
    「おう、任された。みんなが無事に帰れるよーにしねーとな」
     だから絶対無事に帰って来いよ?
     そう言って仲間たちへと視線を巡らせる叶に、エマも頷き説明を続ける。
    「皆さんには、クレーン船を警備しているデモノイドと戦って貰いたいんです」
     デモノイドは全部で8体。
     だが、全てを倒す必要はない。彼等はロード・アーヴェントの命令がなければ侵入者と戦う以上のことはせず、また仲間を呼ぶこともないからだ。上手くやれば、1体づつの戦闘も可能だろう。
    「優先順位はこうです」

     1、乗船地点付近のデモノイド2体。
     ※水中スクーター等を発見、破壊された場合、帰還が困難になるため。

     2、クレーン付近のデモノイド2体。
     ※別班が行う『コサック兵排除、クレーン破壊』を邪魔されないようにするため。

     3、操舵室付近のデモノイド2体。
     ※別班が行う『操舵室襲撃』に気づかれた場合、彼女へ加勢する恐れがあるため。

    「残り2体は、大して重要な場所にはいないので気にする必要はありません。
     ですが、もしロード・アーヴェントが介入してきた場合、彼女の指揮でデモノイドたちが連携するようになりますから……」
    「一気にやばくなるってことか」
    「……はい」
     敗北や撤退を失敗すれば、朱雀門勢力の捕虜となってしまう可能性もある。
     故に、脱出を前提とした作戦を考え、そして状況を見極めながら遂行しなければならない。
     説明を終えると、エマは静かに唇を閉じた。右薬指を飾る指輪へと無意識に触れそうになった手を止め、代わりに抱えていた音楽ファイルを強く抱きしめる。
    「……待ってますから。此処で」
     あたたかい珈琲を淹れて。戻ってくることを信じて。
     ──だから。
    「皆さんに、託します」
     エクスブレインの娘はそう、柔らかに微笑んだ。


    参加者
    東雲・凪月(赤より紅い月光蝶・d00566)
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    ミスト・レインハート(追憶の月影・d15170)
    遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)

    ■リプレイ

    ●闇からの乗船
     塊を成していた影が崩れ堕ちた。
     夜染まり、一層深みを増した蒼が、甲板に触れるか否かで霧散する。
    「こいつらも元は人間だったんだよな……」
     誰へともなく零し、遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)は眉間を寄せた。自分の意思なぞ関係なく植え付けられた、デモノイド寄生体。未だその力を受け入れられぬからこそ、穣はデモノイドを利用する敵を許せはしない。
     足許に残る戦の余韻を払うかのように、篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)は顔を上げあたりを見渡した。あるのはただ闇ばかり。人影はおろか、今宵は月すら姿が見えない。
    「これだけ大きな船をぽんと使えるなんてさすがというかねぇ……。なんだか、ゲームの世界みたいだよね?」
     備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)はそう言って、離れた場所に見えるクレーンを仰ぐ。
     巨船の造りは複雑であり、そして単純であった。
     クレーンやウィンチ、タラップなどがある場所はそれらが遮蔽物となるが、それ以外の場所は身を隠せるような場所はなく、拓けている。
    「他の班の皆は平気かな?」
    『──襲撃班、これより行動に移る』
     先の戦闘中に入った、ファルケからの連絡。自班で用意したトランシーバーやクレーン破壊班のアナスタシアが用意したインカム越しに届いた声が、灼滅者たちの脳裏を過ぎる。
    「俺達も頑張ろうね」
     乗船地点付近のデモノイド2体を伏した灼滅者たちは、東雲・凪月(赤より紅い月光蝶・d00566)の言葉に見合って頷いた。速やかに闇に紛れ、音を殺して甲板を駆ける。乗船付近の敵は伏した。次に狙うは、クレーン付近にいるであろう2体。居場所は、聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)がエクスブレインの娘から貰った船の見取図と、穣やオリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)だけが識りうる、業の匂いが教えてくれる。
     大将級ではないとは言え、それでもダークネス2体を相手にした後とあっては無傷の者などいなかった。特に、前線にいた凪月、神薙・弥影(月喰み・d00714)、ミスト・レインハート(追憶の月影・d15170)は、後退するまでではないものの、治癒しきれぬ傷も相応に負っている。
     それでも、彼等は闇を駆ける。
     ミストが傷を押し、痛みを払って先を急ぐ。何よりも大事なのは時間であった。止めることなぞできぬからこそ、無慈悲にも流れていくばかりのそれを、寸刻たりとも無駄にするわけにはいかない。
    (「皆さんの足を引っ張らないように頑張らなきゃ、ですね!」)
     強敵相手の連戦に、けれど小鳩は拳に力を込めて緊張を払ったその時、偵察役として先んじていた凪月と相棒のビハインド・華月が、揃って足を止めた。鉄壁に背をつけ、息を殺して物陰から先を伺う。その後方、僅かに顔を覗かせた鎗輔もまた、彼女の見つけた影に気づき、視線はそのままに声を潜める。
    「1体いるね」
     スターライトスコープ越しに見えた姿は、紛うことなくデモノイド。後方を警戒させていた霊犬・わんこすけを伺えば、パピヨン然とした柔らかな尻尾を揺らし、鎗輔へと誰もいないことを告げた。周囲へと耳を澄ました弥影にも、届く音はない。
     ヤマメが、乗船したときのように瞳を閉じた。十を数えて、見開く。とうに闇に慣れた瞳が捉えた、それは蒼き巨体の背。
     穣が手早く無音壁を展開したのを見留めると、オリヴィエがなぞるように腰の柄へと指を掛け──ミストが獲物を掲げながら、高く跳躍した。

    ●連戦の罠
     激しい衝撃とともに数秒、呼吸が止まる。
     胸を抉られたのだと認識すると同時、咽せ反しながら息と血を吐き出した。前にのめりながら、ミストは口許から滴り落ちる緋を拭い、凪月や弥影は手放しそうになった意識を無理矢理引き戻す。
     庇うように前へと出た華月に、鎗輔が続く。護り手とは言え、到底無傷とは言い切れぬ主の背を見送ると、わんこすけはその浄化の眼差しをミストへと向けた。──僕以外の仲間を護るように。それが、己に与えられた命であったから。
     単体を狙うそれに比べ一撃は軽いと言えども、複数攻撃もまた、重なれば看過できぬもの。
     連戦による負荷は、気づけば灼滅者たちの身体を、心を蝕み始めていた。
     確かに彼等は攻撃手よりも多く護り手を置いたが、とは言え、相手とて護り手で在るだけで狙いを優先するものでもない。その隊列を生かすのであれば、敵を引きつけねばならない。何らかの効果でも、陣形でも良い。必要なのは、ただひたすらに己を狙うよう仕向ける『何か』。
     結果、分散した敵の狙いは、後衛以外の灼滅者たち誰しもを疲弊させていた。
     止むことのない濤声に、絶え間なく綴られる穣の歌が共鳴するも、増幅された力を持ってしても蓄積された傷までは癒やせはしない。更には、深手を負う対象者が増えたことで、壁として戦場に在った小鳩もまた、今は回復にまわらざるを得なかった。凪月を支えながら、治癒の霧を纏わせる。
     少数精鋭での突入。
     その難しさを、弥影は改めて認識する。
     初戦は敵2体が固まっていたため同時に相手取ることとなったが、まだ皆全力で戦えていた。最初の数撃で敵の弱点を見抜けたのも、功を奏しただろう。
     だが、連戦となると話は別だ。巨軀から繰り出される豪腕は、否応なく深い裂傷を身体へ刻み込む。それは無論、娘自身も。長期戦は無謀。早く片付けねば。ぬくもりを焦がれながら、弥影は獲物を握るかじかむ指先へ力を込める。
     短期決戦の必要性は、ヤマメもまた、十二分に理解していた。
     己が此処に在るのは、まさにその役目を成すため。適度な距離から狙いすました一打で相手の動きを封じ、死を孕んだ断罪の刃がその治癒力を奪う。
     ──これで仕留めた。
     影手で絡め取ったオリヴィエが確信する。繋がる影へと更に力を込めれば、武器と一体化した腕諸共、捻られた四肢が破裂するかのように四散した。
    「みんな大丈夫? 鎗輔くんは特に傷が酷いね……」
    「う、ん……ちょっと僕は、そろそろスナイパーに──」
    「! 敵影、来ますっ!!」
     ミストへ、仲間たちへとオリヴィエが叫ぶと同時。
     クレーン付近にいたもう1体のデモノイドの影が、振り返った灼滅者の視界を黒く埋め尽くした。

     夜陰に、幾つもの荒い呼気が滲む。
     肩で息をする者。溜まらず膝をつく者。誰しもが皆、疲労を色濃く浮かべていた。息つくこともできぬ闘い。けれど、まだ全員、倒れずにここに在る。
     漸くつけた一息は幾許のものか。
     解らぬからこそ、灼滅者たちは手早く状況把握に努めた。攻撃手であり、また深手を負っていた弥影とミストは後衛へ、凪月は中衛へと移動する。護り手は現状のまま、不足した前線に穣が名乗りを挙げる。
    「……音は消せても、姿は見えてしまっていたということです、ね」
    「はいですの……」
     頷くヤマメを見つめながら、小鳩はエクスブレインの言葉を思い返す。上手くやれば、1体ずつの戦闘も可能だろうと言われていたものの、具体的な統一作戦としては落とし込めていなかった。
     戦闘場所に関してもそうだ。サウンドシャッターを用いても、姿が見えていては見つかっても不思議ではない。確かに煌々とした灯りがある場所ではないが、全くの闇というものでもない。闇に眼が慣れてしまえばそれまでだ。幾人かはそれを懸念し、物陰での戦闘を狙ってもいたが、こればかりは全員が心がけねば上手くいかないだろう。
     それでも、残るは操舵室付近のデモノイド2体のみ。
     操舵室襲撃が甲板に残した蛍光スプレーの跡を辿り、物陰で息を潜めた灼滅者たち。体力的にも2体同時は厳しいと見て取ったオリヴィエがひとつの提案をすれば、仲間たちも見合ってそれに首肯する。
     ヤマメや鎗輔の視線の先には、1体のデモノイド。もう1体の居場所は解らぬが、今は試してみる他はない。
     できうるなら囁き声程度を望んでいたが、こればかりはいたしかたない。腹を括って、オリヴィエが口を開いた──。
     耳許に届いた声。
     デモノイドはそれにつられるかのように、見張っていたのであろうその場から歩き出した。言葉の意味を解しているのか、いないのか。どこから響いているかも解らない声に視線を彷徨わせながら、それでも灼滅者たちの待ち受ける方へと現れたのはまさに幸運だろう。
     確りと視認できる位置まで近づいたデモノイドを、凪月とミストが物陰から壁を叩いて音で誘う。哀れにも誘き出された蒼い影。その巨体を見上げて、穣が密やかに怒りを纏う。
    「絶対に許さねぇ」
     ──てめぇらを利用した連中は、絶対に。

    ●未だ、叶わぬ祈り
     甲板へと零れ落ちた蒼い肉片の海に、次いで最後の1体が現れたのはほどなくしてであった。見つかったのではない。意図的に誘き寄せたそれへと、灼滅者たちは一斉に力を解き放った。
     残された時間は、力は、幾許か。
     考えるよりも、誰しも皆、身体が動いていた。
    「来いよ……俺の全力の一撃、あげるからさ……!」
     眸を細めた凪月が、眼前の蒼の精神へと刃を突き立てたと同時、華月が瞬時に生み出した霊気がデモノイドへと注がれる。
     身を屈め戦場を駆け抜けると、弥影は間合いに飛び込んだ勢いのまま、影狼の力を宿らせた拳をその鳩尾へと叩き込んだ。これで終わりにしよう。全てを喰らい尽くすまでだ。
     腕を濡らす乾ききらぬ血に、小鳩は一瞬だけ目を止めた。
     この闘いでどれほどの血が流れ出たのだろう。
     けれど、此処で死ぬ気なぞありはしない。胸に浮かぶはただひとりだけ。無茶をしたらきっと彼は怒るだろう。だからこそ帰るのだと、小鳩は祈りを力に変えて、重い拳の一撃を見舞う。
     鎗輔の一撃で揺らぎ、オリヴィエに捕縛された姿を見留めた穣は、呼気を飲み込み一気に肉薄した。誰も彼も勝手にしやがって。まるで玩具のような扱いをされ、容易く使い棄てられるデモノイド。現実のその理不尽さに、胸の内で煮えたぎるのは怒りばかり。捌け口を求めるかのように、ただがむしゃらに繰り出される穣の拳は、せめてもの慈悲のように思えてならない。
    「次は右から刀攻撃がきますの!」
    「ありが──、っ!!」
    「みすと様!?」
     デモノイドの一撃を躱さんとしたミストの姿が視界から消え失せ、ヤマメは思わずその名を呼んだ。欄干の向こう側はもう海だ。落ちてしまったら戦場復帰どころか生死も危ぶまれる。
     それでも、今は此処を離れるわけにはいかない。ヤマメは茶の滲む緋眸に意思を宿すと、ミストへの路を遮るように巨軀の前へと躍り出た。一瞬にして繰り出された蛇腹のような刃が、デモノイドの動きを確実に封じる。
     ──コーヒーにはミルクたっぷり、お願いしますの。
     ──ふふ、じゃあ、とびきり美味しいミルクを用意しておきますね。
     出発間際に、エマと交わした言葉。戻りを信じて待つ娘と交わした約束のためにも、此処で膝を折るわけにはいかない。
    「っ、なめんなよこの野郎……!」
    「! ミストさん……!」
     その背中越しに届いた声。弥影たちの見守る中、華奢ながらも腕一本で欄干の縁を掴んだ少年は、そのまま一気に腕だけで飛翔する。狙いは、頭上。巨体を見下ろしながら、振り上げた漆黒の大剣を強かに打ち下ろせば、弾けるように巻き上がった爆風に、血に塗れた肉片が混じり散る。
     一拍遅れ、蒼い巨体の咆吼があたりへと響き渡った。
     狂ったように呻き散らすデモノイドを、小鳩や穣、鎗輔が口を噤んだまま仰いだ。頬を撫で、銀糸を浚ってゆく凍てつく夜気が、此処がオホーツクの海なのだと嫌でも思い知らせてくれる。潜入捜査とはいえ、思えば遠くに来たものだ。どこか他人事のようにそう思いながらも、鎗輔は、わんこすけの一閃で生まれた傷口へと、広げて見せた掌から練り上げた気を一気に放出した。
     いつもいつも、思う様にさせてたまるか。
     漆黒の鎧を纏ったオリヴィエが零す。経験が浅いのも、未熟であることも己が最も良く識っている。だからこそ、絶対届かせるのだ。自慢であるあの姉たちのように。
    「……今度こそっ!」
     袈裟懸けに振り下ろした切っ先を負って、緋色の血が飛沫を上げた。言葉にならぬ呻き声を洩らしながら揺らいだデモノイドが、駆け込んだ凪月の双眸に映りこむ。
    「終わりを始めよう」
     最期にするのだと、揮った一刀が引き抜かれたその瞬間。

     ──耳を劈くような音が、爆ぜた。

     爆音とともに吹き飛ばされた操舵室の壁が、塵を巻き起こしながら破片となって四散する。
     咄嗟に庇うように眼前で構えた両腕。その合間から慎重に様子を窺えば、未だ土煙と残響の止まぬ中、それは凛とした声音で灼滅者たちへと届いた。
    「してやられましてございます。作業続行は不可能でございますから、これにて失礼いたしますわ」
    「まさか……!?」
     薄明かりを纏うその姿は、紛うことなきロード・アーヴェントであった。
     娘を見留めるや否や、オリヴィエと穣が反射的に地を蹴った。続けて、凪月が、ミストが、小鳩、鎗輔、弥影、ヤマメ──皆が痛みを振り切って後を追い、作業員たちを誘導する仲間を護らんと立ち塞がる銀都と時松の前へと飛び出した。
     躊躇いなど、ありはしない。
     仁王立つ凪月に、彼のビハインドたる華月も寄り添う。
    「……ここで何も護れなかったら、あの時と何も変わらないんだよ」
     必ず、全員逃がしてみせる。
     そう奥歯を食い縛るミストへと、けれどロード・アーヴェントは恭しく一礼して背を向けた。
    「既に引き上げ済みの怪人はロシアンタイガーの元に送っているのでございます。全てを引き上げることは叶いませんでしたが、手土産としては充分でございましょう」
    「クリムさん……!」
     弥影が、夜の海へと消えてゆく娘の名を呼ぶ。戻ってくるといい。同じ気持ちを抱いて、ヤマメがひとつ多く用意した逃走用具。皆で帰るという祈りはまだ、叶わない。
     それでも、今は。
    「終わった、のか……?」
    「……終わりました、ね」
     立ち尽くす穣へと、小鳩が波打つ柔らかな髪を揺らしてふわりと笑う。つられて微笑むオリヴィエに、鎗輔もまた、笑みを返しながらどうと腰を下ろした。

     仰げば、すべてを見ていた天満星。
     そうして海神(わだつみ)は、何も知らぬまま。
     夜の随に、夢をみる。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 19/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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