殲術病院の危機~屍の足音

    作者:田島はるか


    「た、大変、大変です皆さんっ! ゾンビが、ゾンビがっ」
     いつもは静かな病院の廊下を全力疾走する、一人の若い看護師。足早に歩いていた医師が、彼女をたしなめようと立ち止まった。看護師は医師にすがりつくように、「いっぱいいたんです! 見たんです!」と訴える。
     彼女だけではない。騒然とした雰囲気は、既に病院中に広がっている。
    「落ち着きなさい。ハルファス軍がなぜこんな場所を狙ったのかはともかく、ここは殲術病院、そう簡単に侵入を許しはしませんよ。既に殲術隔壁は展開されていますし、近隣の病院にも援軍要請を出して――」
     言いながら、医師は窓の外に目を向ける。蛍光灯に照らされた廊下からは、日が落ちたばかりの外の様子はよく見えない。
    「なんですって!?」
     不意に医師の言葉を遮ったのは、傍の部屋から響いてきた叫び声だった。
    「で、ですから、近隣の病院も……いえ、日本中の病院が、一斉に襲撃されてるんですよ! まだ連絡がつかないところも、たぶん今ごろ……」
     続く別の声。医師と看護師は思わず顔を見合わせる。
    「……どうやら、援軍は期待できないようですね。しばらくは籠城戦、ということですか」
     医師が白衣のポケットから長刃のナイフを取り出す。彼の表情は、先ほどよりもずっと厳しいものになっていた。その緊張が伝わったかのように、看護師の白衣の裾から伸びた尻尾がぴんと張り詰める。 

    「いいねえ、実にいい。こんなド田舎くんだりまで来た甲斐があるってものだよ。なかなか味のある建物だ……しかし、その歴史も今日で終わり」
     病院の正面玄関へ続く道路。そこに一人の男が立ち、海辺の建物を見上げている。
     茶髪に黒いロングコートを来た男の容姿は、一見するとごく普通の、都会の青年のようだ。しかしその右目を中心に、顔の半分ほどが髑髏を思わせる外骨格に覆われている。
    「こうして人知れず、ひとつの歴史が闇の中に葬られていくのだ……あ、ちょっ、今のセリフすげえカッコ良くない? ねえ?」
     傍に控えているアンデッドに向かい、謎のポーズを決めてみせる男。しばらく待ってみたが、これといって反応はない。
    「……う、うん。仕方ない。強者はいつだって孤独なんだ。……眷属ども! もう一息だ、死ぬ気で頑張れ! あれ? アンデッドってもう死んで……ええい、とにかく行っけー!」
     軽い調子とは裏腹に、彼――ノーライフキングの声はよく響き、アンデッド達は弾かれたように猛攻を再開した。
     

    「今回集まってもらったのは、複数のダークネス組織に動きがあるのが分かったからだ。どうやらそいつら、うちの学園とは別の灼滅者組織である『病院』を襲撃しようと目論んだみたいなんだ」
     深沢・祥太(高校生エクスブレイン・dn0108)は真剣な表情でそう説明する。
    「動いてるダークネス組織は三つ。ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢、淫魔・スキュラの軍勢、それと白の王・セイメイの軍勢だ。どれも、うちの学園と因縁のある相手だろ? 黙って見過ごすわけにはいかないよな。
     襲われてる『病院』っていう組織についても、分かってる限りで説明しとくな。この組織は、殲術病院っていう拠点を全国に持ってる。この殲術病院ってのは、けっこう防御力が高くて、攻められてもそう簡単には落ちないらしい。どこかの殲術病院が襲撃されても、籠城して時間を稼いで、その間に他の病院から援軍を送って敵を倒す、ってやり方が得意だったみたいだな。
     でも今回は、三つのダークネス勢力がタイミングを揃えて、ほとんどの病院を一斉に襲撃。そうなると、お互いに自分のところで手一杯で援軍を出せないから、守りに徹してるだけじゃジリ貧だ。
     このままじゃ、『病院』って組織自体が壊滅しかねない。同じ灼滅者組織として、ここはなんとか助けてやりたいと思う」
     言いながら、祥太は印のついた地図を広げる。海沿いの町だ。印がついているのはそのさらに町外れ。どうやら病院は、海に面した崖の上に立地しているようだ。そこへ繋がる道路は一本だけ。祥太の説明によれば、これは山の中を蛇行しながら進んで行く二車線の道路で、木々があるため見通しは悪いようだ。
    「みんなに助けに行ってほしい殲術病院はここ。攻めて来てるのはノーライフキングが1体と、あと眷属のアンデッドが40体ばかり。守りには適した地形っぽいけど、だからこそ逃げ場もない。殲術隔壁を閉じて籠城してるけど、その隔壁もいくつか壊されてる。この様子じゃ、もう長くはもたないと思う」
     その敵を全滅させればいいのか、という問いには、祥太は「いや」と首を振る。
    「さすがに、正面からこの人数で勝てる相手じゃない。だからまず、指揮官であるノーライフキングを撃破する。闇堕ちして日が浅いのか、まだそこまで強い相手じゃないから、隙を突けば勝機はある。
     指揮官のダークネスさえ倒せば、病院の中にいる灼滅者も籠城をやめて出て来るだろうから、そしたら協力して残りのアンデッドを倒してくれ。
     逆に、ダークネスを倒しそこねてアンデッド軍団の中に逃げ込まれたら、さすがにキツいだろう。もしそうなったら、撤退も仕方ないと思う」
     言いながら、祥太は地図とは別のメモを取り出した。
    「これが大ざっぱな現場の地図。ダークネスはこの道路を進み、正面玄関から堂々と病院に戦いを挑んでる。幸い、ダークネスは病院に対して、アンデッドを間に挟んで、少し離れた位置にいる。後ろから襲えば、邪魔になるのはダークネスの傍にいる護衛アンデッド4体だけってことだ。
     ただ、ダークネスを襲えば、たぶんダークネスは病院と戦ってるアンデッドの一部を呼び戻すだろう。さっき言った通り、大量のアンデッドを盾にされると厄介だ。そうならないように、何らかの方策を取ったほうがいい。足止めに人を割くのが無難かもしれないけど、ダークネスの性格を利用する手もあるかな。このダークネス、けっこうナルシストでカッコつけみたいだから、うまくノセれば都合良く動いてくれるかもしれない。逆に、カッコ悪い目に遭わせようとすると、けっこう必死に抵抗されるかも。
     ……って、一見バカっぽい性格だけど、さすがにノーライフキングだ。ちゃんと強いから、ホントに注意しろよ」
     わずかな沈黙を置いて、祥太は続ける。
    「殲術病院の中には、助けが間に合わずに、もう攻め落とされてるところもあるんだ。厳しい戦いにはなるかもしれないけど、せめて、まだ助けられるところだけでも……よろしく頼む」


    参加者
    玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328)
    竹端・怜示(あいにそまりし・d04631)
    小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)
    世々良木・全(ルナティックアーミー・d15812)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)
    風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)

    ■リプレイ

    ●深き闇の中で
     聞こえるのは波の音、木々のざわめき、そして剣戟の音と、必死な叫び声。地上の不穏な気配を察しているのか、鳥たちの声もやけに騒がしい。
    「ふん……さすがは殲術病院。そう易々と落とされはしないか」
     腕を組み、傲然と顎を上げ、ノーライフキングは目の前の病院を見上げる。

    「『病院』か……噂には聞いていたけれど、こんな所に拠点を持っていたのだね」
     竹端・怜示(あいにそまりし・d04631)の視線の先には、建物の影がひとつ。
    「何にせよ、死者が生者の命を奪う行いは見過ごせないな」
    「……ええ」
     目を伏せる風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)は、戦闘よりもデートが似合いそうな装いをしている。その手に殲術道具がなければ、なおのことそう思えただろう。
     常緑樹の森に阻まれ、見えるのは建物の屋根だけだ。灼滅者たちが身を潜めるのは、その建物――殲術病院へと続く道の途中。
    「ええっと、今いるのは……」
    「ここが現在地点であります」
     景気づけにか、クッキーを一口かじって問う高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)に、世々良木・全(ルナティックアーミー・d15812)が地図を示す。
    「まずは近づいてみて、行けそうなら背中から奇襲、バレとったら潔く突撃、やな。あとは……」
     小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)が改めて皆の認識を確認する。齟齬を残さないよう、玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)と日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)も積極的に口を挟んだ。流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328)が人数分用意したヘッドライトは、ここで消灯して奇襲に備えることにする。
    「心配かい? わっふがる」
     アカネの足元に寄り添うのは、彼女の相棒である霊犬のわっふがる。がる……、と警戒したように唸る相棒は、アカネの覚悟を感じ取っているのか。
    「何も特攻をやろうっていうんじゃない、出し惜しみをしないってだけさ。残念ながら、あたしには特攻の為の武器も自爆スイッチもないんだからね」
     そっと相棒の頭を撫で、視線を道の先に向ける。
     道路は急なカーブを描いて木々の中に消えている。この先を曲がれば、そこは戦地だ。

     闇に紛れて移動する灼滅者たち。
     冷たい冬の空気の中、マスクの中には吐いた息の熱が凝る。怜示はずれたマスクの位置を直し、その手でそっとマフラーに触れた。温もりを感じながら、マフラーの贈り主のことを想う。
     この温もりを失うようなことはすまいと、改めて決意して、前へ。
    「屍王と言っても多種多様だねえ。女の子にモテたら嬉しかったり、するかな?」
     小声でつぶやくのは一葉だ。
    「そもそも普段の話し相手がアンデッドだったら、実質的にも見た目的にも寂しいことこの上ないよね……」
     どんな人なのかな、と首を傾げる一葉を、沙希が手で制する。
    「あれですね」
     病院の門を見つめる、黒いロングコートの男。周囲にはゾンビがいるが、いずれも病院の側を警戒しており、背面方向には無防備だ。
    (「黄泉帰りの死者の群れ……なんとも殺りがいのある相手やね」)
     手にした大鎌を握る小町。その口元に笑みが浮かぶ。不安を覆い隠すためか、それとも戦いを前に心が沸き立っているのか。その内心は、彼女にしか分からない。

    ●奇襲
     八人と一匹は、それぞれに必要な準備を整えて。
    「――行こう」
     闇に乗じて、一気に距離を詰める。
     アカネがガトリングガンを構えた。沙希のウロボロスブレイドが唸りを上げる。その気配に敵が振り返るより早く、小町が放った殺気で敵を包み込んだ。ガトリングガンの連射とウロボロスブレイドの斬撃が、ダークネスを囲むゾンビ達に襲いかかる。
    「なんだ、新手か!?」
     振り返ったロングコートの男の傍で、一体のゾンビが赤い逆十字によって切り裂かれた。上体をぐらつかせながらも、男を庇う位置に立つゾンビ。
    「『病院』の加勢は来ない筈じゃ……まあいい、行け!」
     ゾンビ達に命令を出しながら、男は警戒するように一歩後ずさり、左右を見る。他にも潜んでいる者がいるのではないかと警戒している様子だ。あかん、と小町は眉をひそめる。敵がこちらの戦力を過大評価すれば、病院を襲撃している眷属を呼び戻しかねない。考える間を、与えてはいけない。
    「よそ見とは、ずいぶん余裕やな!」
     とっさに声を上げ、意識をこちらに惹きつける。振り返った視線の先には優歌。
     向かってくるゾンビを前にした優歌は、少しわざとらしいほどの声で「きゃぁっ」と悲鳴を上げる。
    「気持ち悪い、来ないで!」
     振り払うような仕草と共に、彼女の縛霊手が除霊結界を展開。うっすらと涙を浮かべた優歌の瞳が、今度はコートの男へと向けられる。
    「ダークネスさん、やめて! こんな気持ち悪いゾンビなんかといっしょにいないで、そんなに強くてかっこいいのに!」
    「え?」
     想定外の発言だったのか、虚を突かれた様子のダークネスは、数秒後に「ああ」と手を叩く。
    「ふっ……確かに、俺は強くてカッコいい。だが、おだてても手加減はしないぞ?」
     妙なポーズを決めて優歌を指さす男。アカネが無言でヘッドランプをつけた。「決まった!」と言いたげな男の顔が光の中に浮かぶ。
    「……めんどくさっ」
     誰かがぼそりと漏らした呟きは、幸い男には届かなかった様子。
    「よし、私も」
     一葉がこほん、と小さく咳払いして、「キャー、素敵!」と黄色い声を上げる。きらきらと目を輝かせ、ずいっと一歩前進。
    「戦いに来たらこんなにカッコいい人がいるなんて! どうしよう、胸いっぱいで戦えないよー」
    「本当に。あの顔も仮面みたいで素敵です!」
    「落ち着いて。浮ついた気持ちで戦えるほど、やわな敵ではないのだから」
     怜示が諭す声を聞いて、男の表情が一瞬にやつき、すぐに引き締まる。
    「どうやら、敵を見る目はあるようだな。それに引き替え……」
     地面を蹴り、シールドを展開してゾンビに襲いかかる煉夜を、やれやれ、という表情で指さす男。その指先から迸った光条が煉夜の脇腹を抉る。だが、顔をしかめながらも煉夜の足は止まらない。
    「あいにくと、頑丈さが取り柄なんでな」
    「なるほど、痛みを感じるほどの脳味噌もないか」
     気障ったらしい仕草で肩をすくめるダークネス。「カッコいい!」と一葉がすかさず合いの手を入れる。
    「その言葉、そっくりお返しするよ!」
     アカネのガトリングガンが吠え、大量の爆炎が周囲に濃い陰影を作り出す。沙希の鞭剣が唸り、小町も紅の刃を一閃。
    「今の台詞もとっても素敵です、屍王様……! それにひきかえ」
     きっ、と傷付いたゾンビを睨み付け、一葉は両手の拳を握る。
    「見苦しくてジャマよ、そんなナリで屍王様に近づかないで!」
     八つ当たりのような攻撃で、ゾンビは地面に崩れ落ちる。もしもこのゾンビが口を利けたなら、この理不尽な最期をさぞ嘆いたことだろう。
    「私が屍王様の隣にいられれば良いのに……何で敵同士なの、これが禁断の恋ってヤツかしら……? ねえ、もっとお顔をよく見せて~!」
    「……ふっ、なるほど、恋する乙女は強いというわけか」
     一葉のペースに巻き込まれて調子を崩したか、今ひとつ歯切れの悪い反応だ。
    (「だが、これでいい」)
     怜示の縛霊手が、その名の通り無数の目を光らせる。展開した結界の力がゾンビの動きを押さえつけ、全の放った七つの光輪がその間を駆け巡った。
     舌打ちするダークネス。彼の意識は、もはや完全にこちらに向けられている。会話に気を取られれば、配下の指揮がおろそかになるのは必定。
    「僅かに見ただけでも分かります。あの屍王、我々の予想をはるかに超える強者です!」
    「そうだね。今までの奴とは違う……只者じゃない、だけど、戦い甲斐のありそうな相手だ!」
     全とアカネが叫ぶ。ダークネスの口元に笑みが浮かぶ。
    「お前は強いんだろう? その『力』を見せてみな! 俺達にも、お前の部下達にも!」
     煉夜が挑発するように言う。先ほどの傷は、優歌の癒しの矢によって手当てがされている。
    「言ったな!」
     コートを翻し、男が手を振れば、煉夜との間に輝ける十字架が出現する。次の瞬間、その内から溢れ出した光が灼滅者たちに襲いかかった。
    「流石に王……洒落者なだけじゃなくて強いね。風格があるって言うのかな」
     そう持ち上げながら、怜示はお返しにこちらもプリズムの十字架を呼びだしてみせた。

    ●包囲
    「あれほどの者が前に出ないとは、まだ何か力を隠し持っているのでは?」
    「ほう? お嬢ちゃん、目つきは悪いが目の付け所はいいじゃないか」
     男は嬉しそうだが、全は気にしていることを指摘されてか、ムッとした表情を浮かべる。
    「そうさ、俺はまだ本気を出していない」
     その発言が単なるポーズなのか、それとも何か策があるのか、読み切れない。

    「そろそろ分かっただろう? 力の差がありすぎるんだ、諦めるといい」
     灼滅者たちが懸命に相手をしたおかげか、コートの男は余裕の表情で両手を広げる。
     沙希は短く息を吐く。乗せられやすい相手で良かった――いや、乗せられやすい相手でなければ危なかったかもしれない。いくら一葉や優歌、全にわっふがるの癒しの力があっても、強力な攻撃を受け続ければ癒せない傷が蓄積していく。
    「死ぬ気で行くけど、死ぬつもりはないよ。病院の連中もだッ!」
     その声に応えるように、アカネのガトリングガンが炎を宿す。片手で構え、手加減なく振り抜けば、3体目の護衛ゾンビが炎に包まれる。煉夜がゾンビを殴りつければ、死体は崩れ落ちて元の死体へと戻った。
    「次はあれだね」
     残るゾンビの視線から逃れるように動き、怜示は風の刃を生み出す。同じく夜の冷たい空気を切り裂くのは、威力を増した沙希のウロボロスブレイド。
    「せやな。行くで!」
     小町と煉夜もさり気なく立ち位置を変え、けれど表面上は何も変わらない素振りで攻撃を続ける。最後のゾンビもかなりのダメージを受けているから、倒れるのは時間の問題だ。
     三人が陣取るのは、男と病院の間。たとえ病院を相手にしているゾンビが戻って来たとしても、何とか合流を阻止したい構えだ。

    「くっ……こいつらを倒したくらいで、いい気になるなよ!」
     男が顔を歪め、病院のほうを振り返る。視線の先には、病院へと襲いかかるゾンビの群れ。そして、その手前に立ちふさがる灼滅者。
    「あいつらにかかれば、お前達くらい……」
     もしここで大量のゾンビを呼び戻されれば、戦況は一気に不利になるだろう。男はほぼ無傷だが、こちらは手負いだ。打つ手を誤れば、こちらが詰む。
    「まさかとは思いますが、配下がいないと何もできないのですか?」
     しゃん、と手にした神楽鈴を鳴らし、沙希が告げる。
    「ふふふ、まさかそんなかっこ悪い方とは思わなかったですわ」
    「……なに?」
     男が眉を上げる。
     ――かかった。
     無視される可能性も充分にあったが、思惑通り、ダークネスは沙希の言葉に乗って来る。
    「こんなできそこないの灼滅者数名を相手に、ダークネスともあろうものが、まさかお一人で戦えないなんてことはありませんよね? ……ああ、ひょっとして、ノーライフキングではなくゾンビでしたか。失礼、既に腐りきっているのなら仕方ありません」
    「言わせておけば!」
     沙希めがけて、男の手から光条が走る。
    「させるか!」
     とっさに割り込んだ煉夜が盾で攻撃を受けた。
    「やりたけりゃ、先に俺を崩してみろよ?」
    「言ったな?」
     荒い息をつく煉夜を見ながら、男は酷薄な笑みを浮かべる。

    ●決着
     異形化した沙希の腕がダークネスを殴り飛ばし、そこに小町の影が襲いかかる。怜示もまた鬼神変で一撃を食らわせた。全が清めの風を吹かせ、傷の深い煉夜には一葉が小光輪を纏わせる。
    「ダークネスさん、もうひどいことしないで!」
     可憐な外見や態度とは裏腹に、思いきり振るわれた縛霊手から網状の霊力が迸る。ちっ、と男が舌打ちした。
    「ふん、雑魚だと思って見くびっていたが……なかなかやるじゃないか」
     ここに及んで、ようやく彼も状況を悟った様子だ。余裕ぶった態度に綻びが見える。
    「だが、貴様らの遊びに付き合うのもここまでだ。全力をもって相手をしてやろう!」
     いや、むしろ付き合っていたのはこっち――という言葉は、皆が必死に呑み込んで。
    「おいお前達、こっちを助けに来い!」
    「させるか!」
     満身創痍のはずの煉夜は龍砕斧を構え、やって来た敵の援軍へと大胆に切り込んで敵を引きつけていく。彼を守る盾となるのは、一葉のシールドリングだ。小町の放った黒の波動が敵を切り裂き、怜示も除霊結界を展開してその動きを抑えにかかる。
    「無茶するね……あたしだって!」
     アカネがダークネスに雨のごとく銃弾を浴びせる。沙希の神楽鈴に炎が宿り、緋袴の色を際立たせる。
    「性根が腐っているならここで燃やして差し上げます。それとも粉々に破壊しますか?」
    「どっちもお断りだね!」
     男はそう吐き捨てたが、既に逃げ場は封じられている。あと何分か耐え凌げば灼滅者たちは総崩れになるだろうが、果たしてそれが可能なのかどうか。

    「私の詩は死者の安寧を願うもの」
     優歌は芸術発表会で朗読した、自らの詩を思い出す。
     ダークネスの行為は、生者は勿論、死者の想いさえも踏みにじるものだ。
     許すことなど、できない。
     翳した両手の向こうに屍王を捉え、撃つ。

    「貴方は確かに強い。しかしもういなくなりました」
     全の足元には、男の仮面のごとき外骨格の欠片が残っている。
     沙希が手を伸ばし、それを拾い上げた。
    「よしっ」
     一葉が大きく息を吸って。
     ――皆で上げた勝ち鬨の声が、夜の空気を震わせる。

    ●終戦
    「ちょっ……い、今の! 聞きました? 聞こえましたっ?」
     ゾンビを殴り飛ばしながら、若い看護師がかたわらの医師を振り返る。
    「ええ。しかし、一体彼らは……」
    「何だか分かりませんけど、敵のボスを倒してくれたんだから、きっと悪い人じゃないですよ! さ、もう一踏ん張りです!」
     笑ってみせる看護師に、医師も「そうですね」と苦笑する。
     殲術隔壁が破壊され、ほんの少し前まで悲愴感に満ちていたはずの戦場。
     ――だが、あの声を聞いた今は違う。
     勝てる。
     その希望が、仲間達をもう一度奮い立たせる。
    「敵指揮官の撃破を確認、これより全力掃討に移ります!」
    「はい!」

     皆の声が届いたのか、『病院』側の動きが明らかに変わった。防衛から攻撃へ。彼らに加勢すべく病院へと駆けつけ、まだこれだけの人間が無事に残っていたことに安堵する。
     犠牲はゼロではないだろうが、それでも、救えたものは大きい。

     ――ほどなくして、海辺の病院は穏やかな静寂を取り戻した。


    作者:田島はるか 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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