殲術病院の危機~瓦解までのカウントダウン

    作者:呉羽もみじ


     ガラスが割れ、突き出されるゾンビの腕。
     腕は看護師の眼前まで迫り、思わず目を瞑る。
    「馬鹿かお前は。コイツらの仲間入りをしたいのか?」
     彼女が目を開けると、医師がゾンビの腕をメスで切り落とすところだった。頬についた赤褐色のゾンビの体液を乱暴に拭う。
    「あの、すみま」
    「話してる暇があるなら、一体でも多くの敵を倒せ。援軍を頼らず死に物狂いで戦え。だけど、死ぬなよ。
     持ちこたえられたら、礼でも詫びでもいくらでも聞いてやる」
    「……はい!」
     武器を構え直す彼らを見て、くすくすと笑うひとりの少年。
    「それ、死亡フラグ?」
    「うがー」
    「別にキミたちが生きようが死のうがどーでも良いんだけど。
     あ、ねえねえ。麻酔なしの外科手術ってやっぱ痛い? 楽しそうだなーって思っちゃったんだけど」
    「ぐおー」
    「あのさ」
    「ご?」
    「相槌いらない。ゾンビって知能は低いし、話も出来ないしほんっとつまんない!」
    「が……あ、むぐむぐ」
     少年が、両手で口を抑えているゾンビを叱る。
    「ここまであからさまに隙を見せるとは……舐められたものだな」
     医師が少年にメスを投げつける。
    「何? こっちはお話し中なんだけど。大人しくしてないと死期を早めるだけだよ?
     ……ま、良いや。じゃ、お兄さん達で開腹手術でもやってみよっか」
     指で弄んでいたメスをぽきりと折り曲げた。


    「最近はダークネスが組織立って動くことが多い気がするんだけど……今回はちょっと大ごとなんだ」
     黄朽葉・エン(ぱっつんエクスブレイン・dn0118)が眉を寄せる。
    「動く勢力は三つ。順不同で言うよ。
     ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢、白の王・セイメイの軍勢。最後は淫魔・スキュラの軍勢だよー。
     これらが殆ど一斉に『病院』を襲撃するんだ」
     病院とは武蔵坂学園とは別の灼滅者組織のことで、非常に防御力が高く、その特性を活かし籠城して時間を稼いでいる間に、他の病院からの援軍と共に敵を倒す戦法を得意としていた。
    「でも、今回はこの戦法は通じない。なんせ他の病院も襲撃を受けているんだから。
     だから、君達が援軍になって病院勢が壊滅されるのを防いで欲しいんだ」
     今回、向かって欲しいのは、ミナトという名前のノーライフキングが襲撃している病院だ。
     病院は、籠城して援軍を待つつもりであったが、他の病院と連絡が取れず、自慢の隔壁も一部が破壊され、せん滅される目前の状態である。
    「病院の一部を傷つけることが出来たから、ミナトは少し油断するんだ。
     そのタイミングで奇襲をかけるのが良いと思うよ。
     彼はダークネスになりたての新米ノーライフキングだけど、それでも能力は高い。油断しないようにね?」
     そして、眷属であるゾンビだが、とにかく数が多い。ざっと見積もっても30体以上。まともに戦えばこちらの被害が増すばかりとなる。
    「だから、指揮官であるミナトを倒すのが最優先になるね。
     彼らは、麻痺や毒を積極的に与える――つまり、こっちの手番を削りつつ、ダメージも与える――かなり陰湿なやり方をしてくるんだ。
     そこを何とか掻い潜って、彼の灼滅して欲しいんだ。
     彼さえ灼滅出来れば、病院側も眷属を倒す為に外に出てくるだろうから、その後は協力して掃討戦をお願いするよ。
     もし、ミナトを倒しきれずに眷属の中に逃げ込まれでもした場合は……残念だけど撤退もやむなしと考えてね」
     その場合は、病院はどのような未来を辿るのか――エンは言わなかった。
     いや、言えなかったのかもしれない。
    「この病院への襲撃は、俺の未来予測で偶々察知することが出来たんだけど……間に合わなかった病院もいくつかあると思うんだ。
     危険な任務なのは分かってるけど、病院が陥落したら、ここにいる大勢の病院関係者が犠牲になるんだ。
     だから、どうか、助けてあげて。お願いします」


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    秋桜・木鳥(銀梟・d03834)
    ゲイル・ライトウィンド(赫き剣携えし破魔の術剣士・d05576)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    イリス・ローゼンバーグ(深淵に咲く花・d12070)
    比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)
    袖岡・芭子(匣・d13443)
    勾月・静樹(夜纏・d17431)

    ■リプレイ


     病院と、ゾンビの大群の組み合わせ。それはすなわち。
    (「くだらないB級映画じゃないんだから」)
     秋桜・木鳥(銀梟・d03834)は、あまりにもあんまりなシチュエーションに少々げんなりしつつ、ゾンビの群れの中にいるであろう司令塔の姿を探す。
    「……彼でしょうか?」
     ゲイル・ライトウィンド(赫き剣携えし破魔の術剣士・d05576)は、ここにいるには不釣り合いな少年を指さした。
     笑ったり、怒ったり忙しそうな彼は、ゾンビの傍に立ってさえいなければ、どこにでもいる少年のようで。
    (「ミナトももしかしたら、死者を集めとった白の王の被害者なのかもしれんな」)
     西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)は首を振る。
    「しかし……生命の掟を破った悲しい魂に灼滅を。――『弥栄』」
     短く解除コードを唱える。
    「殲具解放」
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)も、レオンとほぼ同時に解除コードを唱え、愛刀『剝守割砕』を握り締める。
     楽勝モードのミッションに、ノーライフキングのミナトは既に勝った気持ちでいるようだ。
     背面に全く注意を注いでいない。
    「……世の中そんなに甘くないって事、教えてやるよ」
     勾月・静樹(夜纏・d17431)が地面を蹴り付け、戦場目掛けて一気に走る。
     彼の刃は、ミナトの背面にいたゾンビの身体を貫いた。
     その脇をすり抜け、比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)が、ミナトの急所を狙い、腕を滑らせる。
    「――っ!?」
     咄嗟にミナトは、傷を受けよろけるゾンビの首根っこを掴み、盾とする。
     動揺と怒りがない交ぜとなったような表情をしながら、突然現れた闖入者に文句を言わんと口を開きかけた。
     しかし、袖岡・芭子(匣・d13443)の異形化した腕がそれを拒んだ。
     芭子の攻撃を察した彼は、先程盾として使用したゾンビを再利用しようとするが……連続した攻撃に耐え切ることが出来なかったのか、ゾンビは固形であることを既に諦めたかのようにずるずると地面に滴り落ちていく。
     そして、無防備な彼の身体に、芭子の腕が力一杯叩きつけられた。
     後方に身体が揺らいだが、それでも何歩か後ろに下がる程度だったのは、堕ちたてとはいえ、ノーライフキングの端くれといったところか。
     交戦中の隙をついて、レオンが病院側に回り込み、ミナトを取り囲む布陣を取る。
     包囲されていることに気付いたミナトは、それを気にする様子もなく、灼滅者達を冷めた目で見据えた。


    「何か用? ていうか何、キミたち? 今忙しいんだけど。この程度のオイタだったら許してあげるから、さっさと消えてくれないかな。ああ、僕ってなんて優しいんだろう」
     犬でも追い払うように手をひらひらとさせるミナト。
    「ゾンビなんか従えていい気になってる御山の大将さん? 遊んであげるから、かかってらっしゃい」
    「……なんだか、キミは僕と同じニオイを感じるんだけど。気のせいかな」
     手招きをする、イリス・ローゼンバーグ(深淵に咲く花・d12070)の挑発に、不満気に鼻を鳴らす。
    「個人的な恨みはないっすけど、ここで灼滅するっすよ。さあ、覚悟!」
     切る、というより叩きつけるに近いギィの一撃を腕一本で受け止め、反対の手で刀を押し返す。軽く息を止め、刀を弾きその反動で距離を取る。
    「ああ、キミたちはムサシなんとかの灼滅者か。病院の危機にやってきたってところかな?」
     ちらりと病院の様子を窺う。
     意識が逸れたのを見て、木鳥が炎を宿した拳を振るう。
     頬を掠めたその攻撃は、傷口から炎を溢れさせ、その炎は、彼の右腕の水晶化した腕を禍々しく輝かせた。
    「病院の人々を助けるために、必ず勝利せんといかんからな」
    「麗しき同族愛だね」
     決意と共にロッドを握るレオンの姿を見て、からかい交じりの言葉を浴びせる。
    「ま、良いや。僕も暇じゃないんだけど、片手間で良いなら遊んであげるよ。その代わり。勝てる見込みがないって気付いたら、即帰ること。僕の任務はキミたちの子守じゃないんだから。だいたい子供相手に――」
     得意気にしゃべり続けるミナトの瞳が僅かに動く。
     どんな些細な動きも見逃さない心持ちでミナトの様子を見ていた静樹は、その動きに即座に反応出来た。
     ゆらゆらと身体を揺らしながら歩くゾンビの向かう方向に芭子の姿が。
     ある程度距離を詰めれば、演技は不要、と意外に早い速度で攻撃を開始するゾンビの前に立ちはだかった。
     心臓辺りを目掛けて突き出される手を避けんと、咄嗟の判断で身体をよじる。
     腕に感じる鈍い痛み。
     じわりと広がる痺れに対抗せんと唇を強く噛み締める。
    「ありがと」
    「いえ」
     短い謝辞に、短く返し、張られた包囲網が一番手薄なところを探した。
     彼らのフォローをする為に、木鳥がウロボロスブレイドでゾンビ達を一気に薙ぎ払う。
     転がるように包囲網から逃れると、再び武器を構え直した。
     細かな傷を幾つも作った静樹と芭子の姿を見て、イリスが手早く回復を施す。
    「ありがとう」
    「いえ。……フフッ」
     イリスは、ふたりの礼に先程の返事を真似て言い、にっと微笑む。
    「あらら、ただの烏合の衆だと思ってたんだけど。ごめんね。ちょっと舐めてた」
     悪びれない様子で、ミナトは形ばかりの詫びの言葉を口にする。


     今回の戦闘は、いかに短い時間で戦闘を終わらせることが焦点となる。
     悪意も敵意も、感情さえも見えないゾンビ達の相手をしていては、ただ徒に時間だけが過ぎてしまう――そのことを懸念した灼滅者達は、最大火力で一気にミナトのみを狙い撃つ、という手法を取った。
     そして、攻撃手は、回復を出来る限り他者に任せる、という心構えで挑んでいる。
     単体では決して強くはないゾンビ達だが、群れているとなると話が変わってくる。
     緩やかに回る毒は体力を奪い、始めは気にも留めなかった麻痺は徐々に身体の自由を奪う。
     イリスとゲイルで、手分けして治療に当たるが、治し切れなかった傷が徐々に重なり始めてきた。
    「ああ、やだなぁ、結構食らいついてくるなぁ」
     苛々とした調子でミナトが毒づく。
     集中砲火を浴びているミナトに余裕の色は薄くなっていたが、それでも戦況を見る程度の心の余裕はまだあったようだ。
    「んーと、今回の作戦の要になってる人って……この人だよねぇ? ねえ、お姉さん?」
     イリスを見て、酷薄そうな笑みを浮かべる。
     ミナトとイリスの間に数メートルの距離はあった。
     それでも首筋にナイフを突き付けられているかのような、恐怖と悪意。
    「殺さないから安心して。それでも、死んじゃったら……ごめんね?」
     攻撃をかわすにはどこに行けばいい? 右? 左? 後ろ? 前?
     忙しなく考えることは出来るのに、それに反して動かない身体。
     そして――目の前が赤く染まる。
     イリスの目の前に、静樹の姿があった。
     肩口に刺さったナイフを更に深く刺し込み、ミナトの自由を奪う。
     せめて倒れる前に一撃を……と刀を握る手に力を込めるが、水が引くように力が抜けて行く。
     静樹の真意を悟ったミナトは、突き刺していたナイフを引き抜き、距離を取る。
     序盤から攻撃を引きうけていた静樹は、支えを失ってその場に崩れ落ちた。
    「っ、この……っ」
     湧き立つ気持ちの赴く儘に攻撃をしようとしたイリスだったが、倒れ伏す静樹を見て、心がすっと冷えていくのを感じた。
     静樹のおかげで、一度は防いだミナトの攻撃だったが、次に集中攻撃を受けるのは間違いなく、私。
    (「……だったら」)
     クルセイドソードから放たれる祝福が、皆を包み、穢れを癒していく。
    「もうそろそろお終いにしない? さすがにもう疲れちゃったんだけど」
    「お前はここで食い止めるけぇ、逃げるなよ」
     倒れた静樹とイリスを後方に下がらせながら、レオンが唸るように言う。


    「ねえ、僕が倒れたお仲間に攻撃しないっていう保証はどこにもないんだよ? 今なら許してあげるから、早く帰りなよ」
     ミナトの要求に、誰一人として応じる者はいなかった。
    「無関係の病院になんでそこまで肩入れするの? 全くもって理解不能だよ!」
     いつまでも、アグレシッブに戦い続ける灼滅者達へ恐れをなしたのか、ミナトは一歩後ずさる。
     その彼に、芭子が両手でロッドを掴んだ状態で距離を詰める。
     引き絞った腕を一気に解放し、バットの要領でマテリアルロッドを振り抜く。
     ロッドに触れた箇所から破裂音のような音が響き、ミナトの身体が大きく傾ぐが、倒れるには至らなかった。
    「ん、ほーむらーんって訳にはいかないかな」
     ほんの少し残念そうに呟く。
     芭子が作った隙を狙い、逢真がミナトの背後に回り、傷口に引っ掛けるようにチェーンソー剣を叩きつけ、そのまま薙ぎ払う。
     悲鳴と共に振り返り攻撃した相手を探すが、その時逢真は既に後方へと飛びのき次の一手に備えていた。
    「背後からなんてずるい! 卑怯者!」
    「ありがとう。それが俺の持ち味でね」
     甲高い声で非難するミナトに、笑顔を返す。
    「その辺のダークネスなんかより、キミの方が断然恐ろしいよ」
     逢真の笑顔に寒気を覚えたように身体を震わせると、ゾンビの群れへと姿を隠そうとする。
    「そうはさせないっすよ」
     その言葉と共に、ギィがミナトの退路を塞ぐ。
    「背後がゾンビだらけなのは精神衛生に悪いっすけどね!」
    「そんなに嫌だったら、家に帰って絵本でも読んでれば良いだろう!?」
     自棄のように繰り出されるミナトの攻撃を、斬艦刀で受け止める。
     刀の大きさを活かし、体重をかけながらミナトの身体を押し潰そうとする。
     ギィの体格は良い方ではないが……それでも、ミナトの身体はギィに比べれば小さくて。
     小さくて、小さくて。本当にまだ彼は小さな子供なのだ。
    「悪いね。でも守るものがある戦いでは容赦出来ないよ」
     ミナトの様子に一瞬眉をひそめたが、すぐに思い直し、木鳥は怒涛の如く拳を突き出す。
     地面を転がり、攻撃を避けるミナトに余裕の表情は既に見えない。
    「畜生……キミたちに会うのがもう少し遅かったら、返り討ちに出来たのに。畜生、畜生」
     涙交じりに「畜生」と繰り返す。
    「もう終りにするけぇ、じっとしていんさい」
     レオンが異形化した腕で、そっとミナトを掴む。
    「……もっとキミたちに早く会えてれば、僕はこんな風にならなかったのかな」
     水晶化した右腕を見て、切なく微笑む。
    「僕の、負けだ」
     水晶のような涙を一滴地面に残して、ノーライフキング・ミナトは消滅した。

    「屍王は討った。眷属掃除を手伝って!」
     芭子が病院に向かって叫ぶ。
    「頭を潰した蛇なんて、もう怖くないっす」
     景気づけに言ってはみるが、水の中を歩いているように自由の利かないギィの身体は限界に近付いていた。
     油断すれば、儚く消えてしまいそうになる意識をなんとか繋ぎ止めながら、病院の方に意識を向ける。
     幸いなことに、指揮官を失ったゾンビ達はただ右往左往するばかりで、漫然とした攻撃でも拍子抜けする程に攻撃が当たる。
     病院の中で、固唾を飲んで見守っていた病院関係者達が、おずおずと外に出てくる。
    「申し訳ない。病院を守り抜くのが俺達の責務だ。だから」
    「分かってるけぇ、大丈夫。もし動ければ、協力を頼む。でも、無理はせんでええよ」
    「大丈夫です! 守って貰った分、しっかりお返しします。えーい!」
     バスターライフルのようなものを構えた看護士が、医師の背後から光線を発射する。
    「……申し訳ない。彼女は少々手が出るのが早くて」
    「はは、戦えそうなら良かった」
    「灼滅者同士、力を合わせダークネスを掃討しよう」
     木鳥と逢真の励ましに、医師が僅かに笑顔を見せるが、ぐったりとしているイリスと静樹の状態を診るとその表情は途端に曇り始めた。
    「命に別状はないが……本当に申し訳――」
    「ん、命に別状がないなら、大丈夫。死亡フラグたてちゃうような人は、あぶなっかしくて仕方ないけどね」
    「死亡フラグ?」
     芭子の言葉に首を傾げる医師の疑問を曖昧にかわし、掃討戦は再開された。
     そして。

    「君達のおかげでこの病院は助かった。感謝する」
    「ありがとうございましたっ!」

    作者:呉羽もみじ 重傷:イリス・ローゼンバーグ(深淵に咲く花・d12070) 勾月・静樹(夜導・d17431) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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