夏の最後の思い出に

    作者:七海真砂

     東京都武蔵野市、武蔵坂学園。
     それは、もうじき夏休みも終わろうとしていた、8月のある日のことだった。

    「うんうん。これでいい。バッチリだねぇ」
     相楽・藍之介(高校生神薙使い・dn0004)は掲示板の一角に何やら張り紙をすると、満足げに頷いていた。
     一体、何の告知だろう?
     たまたま通りかかり、なんとなく興味を持って近付いていった君は、ふと振り返った藍之介と目が合う。
    「やあやあ、これは奇遇だねぇ」
     途端に、とんでもなくフレンドリーな笑みを浮かべ、気さくに話しかけてくる藍之介。
     夏休みはどうだい? なんて軽く世間話を持ちかけてきた藍之介は、満面の笑みを浮かべたまま言った。
    「僕はさあ、旧校舎に通ってトレーニングとかしていたら、あれよあれよとあっという間に夏休みが終わっちゃいそうなんだよねぇ。これって、由々しき事態だと思わない? だって一生に一度しかない高校一年生の夏休みが、なんの思い出も無しに終わっちゃったら勿体無いだろう。……ということに、僕は今更ながらも気付いちゃったのさ」
     やれやれとオーバーな動作で両手を広げつつ、「そこでこれだよ」と、藍之介は張り出したばかりの紙を振り返る。
    「夜の学校に集まって、みんなで花火やろうぜ」
     武蔵坂学園はそういうことに割と寛容なので、許可は簡単に降りたという。晩御飯になりそうなものやお菓子、ドリンクなんかを持ち寄りつつ、みんなでワイワイ花火をやろう。
     ……というのが、集まりの趣旨らしい。
    「花火は僕の方で用意しておくよ。さすがに花火大会みたいなのは無理だけど、結構いいヤツを用意しておくからさ。君もよかったら一緒に、夏休み最後の思い出作りをしようぜ」


    ■リプレイ

    「神無月さん、こっちです!」
    「ああ、もう来てたんだ」
     大きく手を振って合図する馬司郎に気付き、晶は早足で駆け寄った。校庭の一角、ひときわ大きな木の下に、吉祥寺キャンパス中学2年E組の有志は集まっていた。
    「ところで、ここが伝説の木……?」
    「そう。よくわかんないから、今日からここがボクらの命名で『伝説の木』ってことで!」
     ちょっと胸元を気にしつつ、青薔薇模様の浴衣の襟をなぞったマリリンの疑問に、ちがみが力強く答える。
    「どんな伝説ができるかは、これからのお楽しみだよね」
    「そうだね。これはこれで創るのが楽しそう」
     ふわりと笑った凪は、簪で髪をアップにして蝶柄の浴衣姿だ。傍らでは黒地に蜘蛛の巣のような模様が入った浴衣姿の夕闇が、眼鏡を上げながら頷いている。
    「皆さん~、こんばんは~。あ、梨を持ってきましたよ~」
     小川模様の浴衣姿の紬は、がらごろとキャリーを引きながらやってくる。乗っているダンボールの中身が、どうやら梨らしい。
    「俺からはこれな」
     と、包みを取り出したのは真人だ。
    「それは?」
    「おにぎりと、卵焼き。料理は結構慣れてるからな」
     腕前もなかなかなんだぜ、とウインクする真人に、ちょっとしたどよめきが起こる。
    「それにしても……いいねえ」
    「うんうん。あ、これ、オレからの差し入れだぜ!」
     女子を眺めて呟く真人に同意しつつ、将真は下げていた袋を掲げる。中身はお菓子の大袋の詰め合わせだ。
    「だな! スゲー似合ってる!」
     女子陣を見て顔を明るくした充に至っては、ひとりひとりの浴衣を褒めて回る。制服姿の晶にも可愛いと言うのを忘れない辺り、実にそつがない。
    「まぁ、嬉しいです。ありがとうございます」
     そんな男子達に、にこにこと可憐な笑みを返す摩耶。
    (「ああ、可愛い女の子の浴衣姿はやっぱりいいわ。男子の視線は……まあ、ここはこうしておき……」)
     なんて本当は考えていたりするのだが、彼女のスマイルの奥から、それを読み取れる人間は、さほど多くないだろう。
    「んじゃ全員揃ったし行こうぜ、グラウンド!」
     そうして先陣を切り、歩き出したのは柏明だ。既に待ちきれない様子の柏明は、小脇に厳選して持参した花火まで抱えている。
     グラウンドはちょうど人が集まり始めた所で、荷物を運んでくる藍之介達の姿もあった。
    「いやあ、手伝ってくれて助かったよ。僕一人じゃもう何往復か必要だったからねぇ」
    「いいのいいの! 食材も調達したから、今度はそっちの準備してくるよ!」
     笑顔で首を振ると、秋沙は袋を一つだけ手元に残して元気よく駆け出す。それを、悠斗が複雑な表情で追いかける。
    「料理が出来ないわけじゃないのに、不安になるのは何故だ……?」
     どうにも放っておけない。目が離せない……溜息混じりに駆け寄ると、悠斗はそんな幼馴染を手伝う。
    「じゃあ次は水汲んでくるわ。あ、それ1つキープしてもらっていい?」
    「これ? いいわよ」
     バケツを取った勝魅の声に、玲は運んできた吹き上げ花火を一つ取り分けて。残りはみんなで、と藍之介が調達した花火の山へ混ぜていく。
    「どうして引っ越したばかりなのに花火が出てきたのかな?」
     いろはが持ち込んだ花火は、どうやら家から出てきたものらしい。不思議な事もあるものだねぇ、と相槌を打ちつつ、藍之介は花火セットをバラしていく。
    「ゴミはこれに入れるといい」
    「ああ、ありがとう」
     稟は用意した袋の一つを早速広げると、ふと視線の合った藍之介へ口を尖らせる。
    「……あまりジロジロ見るのは禁止だからなっ」
    「いやいや。よく似合ってると思って」
     女の子は華があっていいねぇ、と藍之介は笑うと、視線を手元へ戻す。
    「はいこれ、欲しい人がいたらあげるわね」
     どさっとミモザが置いたのは、お菓子やペットボトルの入った袋だ。それから花火の準備を、とまだ空のバケツに水を汲む手伝いをする。
    「あはっ、普段は道着とか制服ばっかりだけど、たまにはこんなのもいいな」
     紺に白い朝顔の浴衣を着込み、簪で髪をあげた余市は、下駄で歩きながら思わず笑む。
    「あと足りないのは……。いやいや! 何考えてんだアタシ!?」
     小さく呟き、赤くなった顔を覚ますように首を振った余市は、小走りで駆け出すと見知った顔を捜しに向かう。
    「遊びたい子、このゆびとーまれ! ですよ!」
    「とまりましたっ!」
    「このゆびとーまった!」
     縁樹が指を突き出せば、すかさずティーアがそれを掴む。と、そこへ、思いっきり力を込めたリュシールが飛びついて。顔を見合わせて笑い合うと、そのままソーダを弾けさせて乾杯する。
    「美味しい! ……あ、どれからやろうか?」
     手作りだというソーダ水に歓声をあげ、希紗は貰ってきた花火を広げる。
    「線香花火は後でだよね☆」
    「うんうん。まずは、この辺の手持ちからかなぁ~?」
     うずめは頷くと、先のひらひらした手持ち花火をいくつか取って皆へ配る。
    「お菓子もあるから、食べながらやるだよぉ」
     広げたのは、花火しながら食べやすそうなお菓子や駄菓子。そこから少し離れると、うずめ達は早速火をつけた。

    「いきますよー……とやーっ!」
    「「「「「「「「ヒーロー、参上っ!」」」」」」」」
     どんどんしゅぱぱぱぱんっ!
     ひときわ賑やかに花火が上がった一角で、口々に叫びながらポーズを決めたのは『HEROES』の面々だ。
    「えびふりゃーゴールド! 見参!」
     ヒーローの王道ポーズのひとつを、キレのある動きで見事にキメた光里の後ろでは、吹き上げ花火がタイミングよく火花を散らす。辺りを賑やかしているのは、まちこが周囲に散らした爆竹だ。
    「参上だぜっ!」
     点火後、急いでポジションに合流したアーシェリカも楽しそうに、意気揚々と叫びながら自分なりのポーズをキメる。
    「とうっ!」
     銑鉄の傍では、予め仕掛けておいた花火が輪状にクルクル回りながら演出を引き立てる。
    「……決まったぜ!」
     ふっと笑みをこぼし、満足げな様子で呟いたのは中央に立つガムだ。花火が消えるのを待ち、彼女がゆっくり腕を下ろせば、
    「相楽さん、どう? 撮れたかな?」
    「大丈夫だよ、バッチリさ」
     駆け寄った栞に、正面で構えていた藍之介は満面の笑みで頷く。折角だからと、栞は記念撮影を頼んでおいたのだ。
    「ちょっと恥ずかしかったですけど……いい思い出になりました」
     思いきってポーズを取ってみて良かった、と少し赤い顔で笑うのは迷子。よかったら後で焼き増ししてください、と栞の元へ向かう。
    「ああ、上手くいってよかったです」
     それを見て、晶子はホッと胸を撫で下ろす。タイミングがずれそうになって慌てたりもしたが、結果は見事成功。裏方の一人として、皆のポーズを見ながら顔を綻ばせ、すぐバケツを持って消えた花火の処理に向かう。
    「そうですね。点火のタイミングを調整したのがプラスに働いて、かなり迫力が出ました」
     頷いてそれに続くのは、より良い演出プランを試行錯誤していた青嵐。プランを練った甲斐があったと、青嵐は燃え尽きた花火を拾い上げる。
    「爽快だったにゃあ~。さあ、はりきって遊ぶにゃ!」
     片付けが済んだ所で早速、花火を手にするのは夜兎。それを見て、稜は真剣な顔をする。
    「ヒーローには、戦わねばならない時がある。……それが、今!」
     ひゅーん!
     途端に弧を描いてロケット花火が飛ぶ。飛ぶ、飛ぶ!
    「こっちからも発射するよ!」
     小鳩は手早く地面にロケット花火を刺すと、空に向けて点火する。食らえ正義の時間差ロケット! と名付けられた一発が、軽快な音と共に飛び上がる。
    「フハハハ、勝つのはボクデス!」
     というあきらの声がかき消されそうなほど、ネズミ花火が一斉に辺りを這い回る。あきら自身はアイス片手にそれを見守る一方、近くの仲間達が慌てて、巻き込まれないよう離れる。
    「ひぇぇぇ……えいっ」
     星空は逃げ惑うかと思いきや、ちゃっかり反撃に出るから侮れない。煙花火からは、鮮やかな色がもくもくと広がる。
    「花火は人に向けちゃ駄目だって、忠告したじゃないか」
     前髪で目が隠れた貫からは、そこはかとなく不気味な笑み。逃がさないよ、と口が動いた気がするのは果たして錯覚なのかどうか。
    「……狙うのはガムちゃんだけだよ!」
     あれこわいマジこわい、と背を向けたまちこの視線はガムを捉えている。と、そこに割り込んだのは太一だ。
    「くっ。ガムリーダーは俺が守るぜ!」
     そのポーズも相成って、太一の姿はまさにヒーロー。しかしそこへ、花火を持った遥翔が更に近付く。
    「ぶちょーを倒せばミッション達成だよね?」
    「くっ!」
     協力しようとする敵陣(?)の動きに太一は多勢に無勢だ!
    「わはー、派手ですねー」
     さっきのとはまた違った意味で……と、れとろは目を丸くしている。後は静かに遊ぼうかな、と考えていたれとろだが、みんなでワーッと騒ぐのも、きっと楽しい。私も混ぜてくださいと、れとろもそこへ飛び込んでいく。
    「そーれっ♪」
     一方、大量のねずみ花火が回っているのは弥勒(d00917)らの足元だ。いっぱいやったら面白そう! と思いついた弥勒(d00917)によって投下されたねずみ花火達だったが、
    「これが『ねずみ花火』といって……め、目が回る……」
     あまりの多さに、解説しようとした矜人がクラクラしている。それでも「危ないから、あまり近付きすぎるなよ」と気配りを忘れない。
    「……うん」
     その隣で、ライラは綿飴をかじりながら、興味津々な様子で花火に見入っている。初めての花火はライラに結構な感銘を与えたらしく、その瞳はどこか輝いていた。
    「手に持つ奴もあるよ。やってみる? このひらひらした紙の部分をちぎって~」
    「嘘を教えるな、嘘を」
     ラムゥフェルは手持ち花火を取り上げると、正しい持ち方を教える。神妙な顔で頷いたライラは、慎重な手つきで挑戦していく。
    「他にも色々な花火があるのだが、それはまた次の機会だな」
     大掛かりな花火は、また違った楽しさがある。いつか花火大会にも行ってみようと告げるラムゥフェルに、ありがとうと頷くライラの手元で、火花が輝く。
    「よーし、撃ちまくるぜ!」
     秀一は吹き上げ花火を並べると、次々と点火していく。ド派手な花火のコラボレーションは、みんなの目を楽しませてくれる。
    「さあ、青春の1ページに、今日の記憶を刻んでくれよ!」
     軽快なメロディに乗って流れてきたのは清和の声。ラジカセから流した曲に乗せ、頃合を見て火をつければ、光と音が見事にマッチして場を盛りたてる。
    「はっ、派手じゃのう……」
     あちこちから歓声が上がる中、妙に緊張した面持ちで距離を取った源一郎が、ふーっと大きく息を吐き出す。どうやら、色々あって派手すぎるのは苦手らしい。
     十分な距離を取った安全圏で、源一郎は比較的大人しそうなススキ花火に火をつける。
    「花火セットしたよー」
     瑠琉の声に集まったのは水泳部の面々。それじゃあ火を、と維緒が何やら取り出そうとした所で重大な事に気付く。
    「しまった、準備を忘れてましたね……炎斗くん、お願いしていいです?」
    「おう、おれに任せとけー!」
     ノリノリで近付いた炎斗は、指先に軽く傷を付けて炎を出す。と、その後ろに……。
    「あっ! 大事な役目のえんとくんに蚊ー!?」
     ふわふわ飛ぶ蚊に気付いたさりあが、慌てて炎斗を守ろうと突き飛ばす。
    「あっ」
     だが勢い余ってよろけた炎斗の体は、設置された花火の中へと倒れこみ……止まる所を知らない炎が、瞬く間に花火を輝かせる。
     火花の音に悲鳴が混じっていた気がするが、きっと気のせいに違いない。
    「八雲ちゃん、ド派手にいこう!」
    「ああ。こっちは質で勝負だ!」
     タバサと八雲は頷き合うと、厳選した花火を準備する。数はたった一発、しかしご家庭用の花火としては、最高峰のクオリティだという逸品だ!
    「はっはっは、どーんと飛んでけ。どこまでもな!」
     八雲が火をつけると、独特の甲高い音が鳴り響き、打ち上がった火花が暗闇に散る。
    「たーまやー」
     それを屋上から眺めているのはイヅル達だ。定番の掛け声をあげるイヅルの隣では、夕莉が「風情があっていいな」と目を細める。
    (「戦いが激化すれば、こうやって楽しんでばかりもいられないかもしれないが……」)
     だからこそ、今を全力で楽しみたい――楽しもう。うちわ片手に、夕莉はグラウンドできらめく花火を見下ろす。
    「……私もやってくるかな」
     自分でもやりたくなってきたイヅルは、屋上メンツに別れを告げ、階段を下りていった。

    「1年G組諸君、本日は集まっていただき感謝であります……そして食らえであります!」
    「ひゃ!?」
     ニヤニヤと笑いながら福朗が投下したのは、ねずみ花火だった。いきなりの動きに、ひなこが目を丸くしてわたわたする。
    「大丈夫だよ、その距離なら」
    「そ、そう?」
     水人の声に胸を撫で下ろしつつ、こっちならもっと安全だという声に手招かれ、隣に並んだひなこが元の場所の方へ視線をやると。
    「ボクは、攻撃は最大の防御を信条とする。……覚悟しろよ轟」
     日本刀のように花火を構えた律(d04279)は、チラリと目をやり二人の安全を確認すると福朗に向き直る。お前への切り札はこれだ! と取り出したのはヘビ花火。ヘビというからにはネズミよりも強いはずだと、そう確信していたのだが……。
    「な……ガッカリだ! お前にはガッカリだ!」
     いざ点火し、ヘビ花火が一体どういうものなのかを目の当たりにした律(d04279)は、福朗の笑い声が響く中、本気で落胆している。
    「まあ、平和がいいよ。あ、ボクこれやってみたいな」
     気を取り直して。4人は水人が取った花火を平和に楽しむ。
    「遊びたいのは~山々だけど~、腹減った~のだ~」
    「兄者の軟弱者め……わしは花火したいのじゃ、絶対に譲らん!」
     睨み合っているのは、お腹を抱えた天と、花火を楽しむ周囲を指差す勇。
     緑とピンクの兄弟は一瞬沈黙すると、どちらからともなく呟く。
    「……ヤるか」
    「ヤるかえ」
     そのまま喧嘩へ突入した2人の間に藍之介が割って入ると、「まあまあ、片手でアレ食べながら、片手で花火持てばいいじゃない」と仲裁する。ちなみにアレとは、振舞われている串焼きのことである。
    「いいか律。花火は一気にやるのがロマンだ」
    「ふうん……そういうものか……」
     花火が初めてだというダチのため、張り切って遊び方を教えようとする円の言葉に、律(d00757)はちょっとした緊張感と共に頷いている。
    「というわけで、こうだ!」
     花火を束で構えた円は、先端をロウソクへ近づける。一気に点火し、半分を律(d00757)に手渡すが……全部くっついていたせいか、バラして持ち直そうとする間に、花火はみるみる燃え尽きてしまう。
    「……案外早いんだな」
    「まぁな……じゃ次いくぜ次!」
     花火を動かして模様を描いていた円は、サクサクやんのがコツだぜ! と助言しつつ新たな花火を取る。今度は律(d00757)も慣れたのか、円を真似して8の字を描く。
    (「ううっ。ダーリン冷たい……いつものことだけど……!」)
     そんなグランドの片隅で、成美は青葉の近くに座り込んでいた。
     どうやってグラウンドに連れ出そうかと悩みながら学校へ来てみれば、今日の青葉は珍しくグラウンドにいた。このままここにいてくれれば……と願う成美の心を知ってか知らずか、青葉は日が暮れてもグラウンドに佇み続けていて。
    (「花火ねえ……」)
     そんな企画があるだなんて知らなかったのだが、花火は別に嫌いじゃない。そういうことなら、と眺める青葉は、時折視界に入る成美を払い除け続け、ようやく静寂を手にした所だった。
    (「こっち、見てくれないかな」)
     それでもへこたれず願う成美だったが、青葉の目がこちらを向く事は無い。
     ――それでも、いつか。高望みかも、しれないけど諦めきれなくて。花火だけを眺める青葉を、成美はじっと見つめ続ける。
    「むむむ……そこのあなた!」
     設置した花火を前に難しい顔をしていた破は、近くにいたリラに声をかけた。
    「え、っと……私、ですか?」
    「ええ。悪いのだけれど、ちょっと火をつけて欲しいのですわ」
     花火が飛び出すのを近くで見ようとしたのだが、自分で火をつけたら、回りこむ間に始まってしまう。それに気付いた破は、目に留まったリラに白羽の矢を立てたのだ。
    「いいですけど、どうやったらいいのでしょう……?」
    「ああ、ここですの」
     実は花火が初めてのリラは戸惑ったものの、破に教わりつつ火をつけて。予想以上の勢いに驚きながらも、それを一緒になって鑑賞する。
    「よ……よかったら、ボクと一緒に花火、しませんか?」
    「うん、いいよ。僕もちょうど一緒に遊ぶ人、探そうとしてたんだ」
     空が思いきって声をかけてみれば、同じ考えだった四生が頷く。それを聞き、「はいはーい!」と手を振りながら、更に近付いてくる少女が1人。スィンだ。
    「私も混ぜてください~♪」
     よければこれどうぞ、とスィンが花火を広げれば、空からは麦茶、四生からはお菓子が返ってくる。いい具合に集まりましたね、と3人は思わず笑い合うと、それを分け合いながら自己紹介をして、早速花火を始める。
    「お嬢さん。一緒に線香花火をやりませんか?」
    「……へ?」
     微笑と共に呼びかけてきたナイトに、蓮(d02187)は言葉を詰まらせた。
    (「こ、これは……ナンパ、か!?」)
     後ずさる。恋人区画には決して近寄らないよう細心の注意を払っていた蓮(d02187)だが、こんな状況に出くわすとは予想外だ。
    「ああ! 可憐なお嬢さん、あなたも花火をご一緒しませんか?」
    (「しかも手当たり次第だと!?」)
     更にナイトが呼び止めたのは心だ。
    「物憂げな顔も魅力的だ。しかし、君の微笑みはもっと素晴らしいのでしょうね」
    「え、ええと……」
     誰かの誘いがあればご一緒してみようかな、と思ってはいたものの、やはりこのパターンは予想外だったらしい。花火を手に思い更けっていた心は、ナイトの言葉に目をぱちくりさせている。
    「……ぷっ」
     それを見て、思わず吹き出したのは友梨だ。過ぎ行く夏を思い、そこはかとなく物悲しさを感じていた友梨だが、目の前の光景にそんなもの吹き飛んでしまう。
     まるで、それは気付いたら賑やかさの渦中にいた、この数日を思い出すかのようで。
    「な、なんです君は……」
    「あの……私も混ぜてもらって、いいですか?」
     表情を固くしかけたナイトだが、おずおずと声をかけにきたリオンに「もちろん大歓迎ですよレディ」と満面の笑みを放つ。
    「妙な事になったな……」
     と言いつつも、あえて立ち去るほどではない。蓮(d02187)が「使いたければ好きにしていい」と花火パックの残りを輪の中央へ置けば、リオンはおにぎりをお裾分けする。
     自分と同じように1人で参加している人を誘ってみようとしていた夏奏は、皆を遠巻きに眺めていた羽衣の前に立った。咳払いを一つして、意を決して口を開く。
    「その……誰からも誘われないなんて、さびしい人なんですね。どうでしょう、私と一緒に花火でもしませんか?」
    (「……あら? もしかしてこれ、相手を怒らせてしまうでしょうか?」)
     さらっと言い切った後でハッとする。内心ドキドキしながら見つめる夏奏だったが、
    「わ……ぅ?」
     曲作りに熱中していた羽衣は、細かなニュアンスまで気にしていなかったようだ。私? と確かめるように自分を指差す羽衣に、夏奏が頷き返せば。
    「わん。新曲を作りながらだから、見ているばかりになるかもしれないけど」
     そう言い添えて誘いに応じる。
    「あれ、相楽、そのカレーは?」
     藍之介同様、由々しき事態を打開すべく参加したレクトも輪に混じって花火を楽しんでいたが、ふと漂ってきた香りに反応する。
    「これ? 貰ったんだよ。あそこで食べられるよ」
     屋台なんだけど、僕は花火もしたいからってテイクアウトをお願いしたんだ、と掲げたのは本格インドカレーである。狙っていたコナモノとは違うが、いい夜食になってくれそうだとレクトは立ち上がった。
    「あぁ相楽」
    「やあやあ。楽しんでる?」
     挨拶するヒルダに笑いかける藍之介。もちろんだとヒルダは頷く。この学園に来るまで、体験したことのなかった花火だが、やってみるとなるほど確かに面白い、というのがヒルダの評価だ。
    「私も……久しぶりだったが、たまにはいいものだな」
     控えめに線香花火に興じていたすずめは、僅かに目を細めた。
     こうやってのんびりするのも、花火自体も。すずめにとっては久々のことで、過去の記憶を懐かしむように、小さな火花を見つめる。
    「ラムネ、ラムネいかがっすかー?」
     そこへ飛んできたのは、クーラーボックスを提げた箒にまたがった帯人。メガホン片手に呼ぶ声へ気付き、藍之介が手を振る。
    「あ~、いいねぇ。僕にも貰える?」
    「まいどー」
     商品はラムネだけだが、飲み物の用意が無い者は結構多く、あちこち飛びながらアピールする帯人の店は結構人気だ。
    「メニューはチキンカレーと、ラッシーと、水だけしかないけど、よければ」
     カレー屋を出している瀬護は花火に興じる生徒だけでなく、通りすがりの生徒や先生達にも鍋の中身を振舞っていく。美味しい、とその顔が緩めば、あまり笑わない瀬護の口元も、ほんの少しだけ緩む。
    「揚げたてですよ、いかがです?」
     蓮(d06061)が配っている紙コップの中身は、熱々のフライドポテトだ。誘ってくれたお礼に、とひとつ藍之介に差し入れた後、皆が遊ぶ花火を眺めて楽しみながら、蓮(d06061)はのんびりグラウンドを回る。
    「エルちゃん、お待たせ」
     セラがクラブの皆と別れてやって来たのは、バーベキューをしていたエルの所だった。
    「ナイスタイミング。ちょうど焼けた所だよ♪」
     その串は、まるでお祭りで売られている物のように美味しそう。一口食べたセラは……。
    「!? こ、れは……ッ」
    (「言葉を失って、震えるくらいに美味しい……!?」)
     さすがボク、見事な仕上がりだねっ☆ と自画自賛するエルだったが。セラが口を押さえて青ざめているのは見えていないらしい。
    「……エルちゃん。料理はここまでに、して、花火しよう」
     これを振舞ったらマズい。色々な意味で。セラはバーベキューを止めさせて歩き出す。
     そんな調理エリアの一角を、見回るのは壁也だ。火を使うからと念の為に見回りを行っている……上半身裸で。しかも頭はフルフェイスヘルムを被って。
     路上を歩いていたら完璧に不審者だが、ここは武蔵坂学園のグラウンド。変わった格好だけど暑いんだろうなーだったらヘルムも外せばいいのに、位で済んでいるのが幸いである。
    「みんな元気なことだ……と、そう思っているのは私だけではなさそうだな」
     盛り上がる皆の様子を端の方から眺めつつ、ヘカテーはカキ氷を食べる。これは甘いものは無いかと探していた所、ゆっくり花火を楽しんでいたレインが作ってくれたものだ。
     そんなレインはといえば、そうして涼を求めてきた面子にカキ氷を作ったり、余分に用意して配り歩いたりしながら花火を眺めている。自分でやらなくても、グラウンドでは次々と花火が咲くから、十分に楽しめる。
    「白雪ちん、他に何かありませんカネ?」
    「デス子……」
     皆が配る料理やお菓子を貰い、もぐもぐやっていたデス子は、綺麗に平らげるとそれでも物足りなさそうにしている。今食べたモノはどこへ消えたのかしら、と溜息をつきながらも、仕方ないといった様子で、買っておいたわらび餅を出す。
    「おおお……!」
     輝いた瞳が、何かを求めるようにじーっと見つめてくるのに、もう一度溜息をついて。
    (「こんな目で見られたら、断れないわね」)
     苦笑しながら「はい、あーん」と差し出したわらび餅にデス子が飛びつく。
    「おーい、スイカ食うやついるかー!?」
     と、スイカの大玉を運び込んできたのは総一郎だ。
    「………」
    「だ、だからそんな顔するなって!」
     総一郎に手を引かれた鏡花が、じとーっと呆れ顔を向けてくるのに耐えかねて、総一郎は誤魔化すように彼女の頭をくしゃくしゃっとやる。「……まあ、いいけど」と呟いた鏡花は、気を取り直してスイカへ手を伸ばすして。
    「そのかわり、大きいのはわたしがもらいます!」
     まだ夏は終わっていないから。差し当たっては、夏らしくスイカを食べる所からはじめようと切り分けにかかる。
    「スイカ割りをする人はこっちですよ!」
     そう呼びかける緒々子の前には、広げられたブルーシートの上にスイカが鎮座している。目隠し用の布とバット、水分補給用のミカンジュースもバッチリだ。
    「海にいけなかったし、できなかったからここで! やることに意義とか意味があるんですよ!」
    「いいねぇ、海みたいだ」
     夏っぽいねえ、思い出になるねえ、と楽しそうな藍之介をはじめ、集まってきた面々でジャンケンをして挑戦が始まる。
    「食べるだけでいい人は、こっちでも配るから」
     スイカあります、の看板を立てた夏槻もまた、スイカを調達した1人だ。冷やしておいたスイカを切り分けるとテーブルに並べ、好きに取って行けるようにすれば、あれよあれよと手が伸びて。みんなが美味しそうに食べる様子を見ると、なんだか胸が弾む。
    「じゃじゃーん♪」
     スイカは『vanilla sky』の輪の中央にも置かれていた。これは「夏といえば!」と閃いた、琴音が持参したものである。
    「スイカまで出てきたのかよ。よしよし、行け! バイオレン子!」
    「誰がバイオレン子だ! てか部長行けよ!?」
     おおっと感心した軍は涼花を振り返るが、その涼花は軍を押し出そうとする。
    「じゃあ、私、挑戦してみていいですか?」
     どきどきわくわく、初めてのスイカ割りにときめいているのは華凜だ。彼女はリクエストされたサンドイッチを奈兎に渡すと目隠しをつける。
    「華凜どーもな」
     他もすげェ美味しそう、と野菜サンドを齧りながら目移りする奈兎。そんな彼がお礼代わりにと持参したのは苺大福だ。「どっちも美味しそう」と微笑んだ仁奈からは、ミルクとシュガーを添えた紅茶が振舞われる。
    「次の花火はどれにしようか?」
    「俺、これやりてーな」
     スイカ割りの間には、次の花火も物色して。次々と夏の夜を楽しんでいく。
    「花火といえばロケット花火だよな?」
    「ああ!」
    「そうだよな☆」
     と頷き合いつつセットしているのは、香悟や秋夜、清純ら『純潔のフィラルジア』のメンバーだ。彼らは次々に火をつけていくが、妙に「わりー!」「おっと手が滑ったー!」「やべー、誤射だ」などと連呼されている気がするのは、きっと何かの間違いに違いない。
    「絶対するなよ? 絶対するなよ……って言った先から!?」
     夏の最後の思い出が野郎達との花火とは……と、黄昏つつ傍観しようとしていた優輝も、いつの間にか騒ぎに引き込まれ、元来の負けず嫌いさを発揮する。
    「どちらがギリギリまで持っていられるか勝負だ」
     彼好みの美女の姿が無い事を嘆いていた光明も、気を取り直して騒ぎに加わった。たまになら、男だけで馬鹿騒ぎするのも悪くない、と口の端を上げる。
    「わわわ、助けて清純兄ちゃん!」
     温は思わず背中へ逃げ込むが、その手の花火に今度は清純の方が逃げ惑う。
    「えくすかりばー、ボク達は大人しくしていようね」
     大切なパートナーを膝に乗せ、うっとりと微笑みかけるのはローランド。仲間達とは一線を画し、ここだけ二人だけの愛の世界が繰り広げられている。ちなみに、えくすかりばーとは、彼の愛するナノナノの名前だ。
    「お、パラシュートがあんぜ?」
    「……よし、あげろ。落下中に受け止めてやる」
     合間合間に遊び終わった花火を片付けていた空人も、そのフレーズは聞き逃せず輪に混ざって。花火に興じて一段落すると、今度は空腹を満たすべく料理を始める。
    「少しでいいと言ったのだがな……」
     朗がリュックと袋に詰め込んで、持って来たのは大量のトウモロコシ。浴衣姿で集合した『蝉時雨』の面々は、お湯を沸かしながらヒゲを取り、早速それを調理していく。
    「はい、嘉市ちゃん。……さあ、美味しくな~れ☆」
     剥き終わったトウモロコシを渡しつつ、涼はおまじないを唱える。料理は愛情だものね、とウインクするその姿は、たとえ甚平姿だろうと普段と変わらない。
    「おう。そうだな、塩はこんくらいか?」
     お湯の沸いた鍋に、嘉市はそれらを投入していく。茹で上がるまでの間、せっかくだから花火しながら待とうよ、と周はうちわを置いて花火を取る。
    「うん、ぱちぱち綺麗」
     飛び散る光を眺める周の表情は、いつものように揺らがない。それでも、その仕草は、どこか楽しそうに見えた。
    「できたぞ。食べたい奴取りに来い」
    「やったー! いっぱいたべるぞー♪」
     その間、鍋を見ていた八重は、汗をぬぐいつつトウモロコシを上げる。早速駆け寄ったのはタツだ。はしゃぎながら受け取ると、早速大きく口を開けて齧りつく。
    「おいしー♪」
    「新鮮なやつはちげぇーな♪」
     歓声を上げるタツの隣で、蓮(d05980)も笑みを浮かべる。「外で食べるのが美味いんだよな」と、緑郎も粒を飲み込んだ。
    「うん、いい匂い」
     瑞樹も手元の鍋から、同じようにトウモロコシを引き上げると目を細めて。「メルも、ほら」と一つ差し出す。
    「ありがとうございます。…………甘い」
     借りた浴衣を着付けてもらったメルキューレは、慣れない感覚に戸惑いつつも受け取り、皆の真似をして口を付ける。広がる自然な甘みは、思わず顔を綻ばせるのに十分だ。
    「そうだな」
     今は甘くても、やがては。……八重は決して遠くないだろうそれを予感しながらも、だからこそ今を、と噛み締める。
    「さー、花火の続きもやろうぜ」
     弥勒(d00678)は茹でモロコシ片手に花火を選ぶ。食べながらは行儀が悪いかもしれないが、せっかくの機会なのに、ただ食べるだけだなんて勿体無い。
    「そうだな。腹も多少膨れたし」
     頷いて緑郎も花火を取ると、独特の音と光が早速飛び出す。
    「やっぱ、何本か持ってやった方が楽しいよなぁー♪ ……って、あちいっ!」
    「蓮? 大丈夫か!?」
     はしゃいで花火を持つ蓮(d05980)だったが、うっかり火花を掠めてしまったらしい。心配する嘉市に大丈夫大丈夫と笑い返す姿に胸を撫で下ろすと、折角だからみんなで同じやつやろうか、と嘉市は皆に花火を配った。
    「トレードしてきた。どれにする~?」
     両手に食べ物を抱え、啓介は皆の所へ戻ってくる。物々交換の結果は上々のようだ。
    「お、結構うまくいくもんだな」
     と戦果を覗き込む隼鷹の手には、イチゴシロップをふんだんに掛けたカキ氷がある。黒い浴衣の上にコートを羽織った姿は独特だが、これが彼なりのポリシーらしい。
    「花火も貰って来たわよ」
     沙紀は取ってきた花火セットの一部を、詠一郎やなこたに配っていく。
    「ありがと。ええと……乃亜ちゃん、火を分けてくれない?」
     詠一郎は既に線香花火をしていた乃亜に声をかける。だが、乃亜の花火は今ちょうど落ちたばかり。そもそも線香花火から直接というのは難しいだろう、と乃亜は立ち上がると。
    「幼なじみ49の秘密道具の1つ、クラウ・ソラスだ。使うといい」
    「って、なんでそんなの入ってるの……?」
     何気なくさらりと浴衣の胸元からライターを取り出す乃亜に、ろうそくを準備していた沙紀が思わず突っ込む。
    「タマ、僕たちもやろう」
     ぱちぱち火花が散るのを見て、なこたはぎゅむっとしていた霊犬を地面に下ろし、自らも花火に火をつける。楽しくってつい、なこたが腕を揺らせば、きらきら花火が周囲に舞う。
    「二人もやりませんか?」
    「おう」
    「オレはキーンなっとるから収まったら……」
     誘いに隼鷹が立ち上がる一方、カキ氷を食べていた啓介の辛そうな声に笑い声が上がる。入れ替わるように、今度は沙紀達が食べ物を手に取った。
    「朔夜、ほら」
    「ちょっ、まだ食べてる……!」
     わたし達も混ざろうよ、双子の弟の腕を引っ張るのは陽和だ。さくっと自分の分を食べ終わった陽和は、まだ朔夜のおにぎりが残ってるのもお構い無しに強引だ。むせながら、それでも結局付き合ってしまうのは、やっぱり二人が双子だからなのかもしれない。
    「……いい所だよね、朔夜」
    「……そうだね」
     賑やかな、武蔵坂学園の皆の輪は、どこか温かくて安心感がある。何故なのかは朔夜にも分からない。でも素敵だな、と陽和は思う。きっと、きっとこの場所でなら大丈夫。そう信じられるくらいに。
    「まあ……!」
     麗華は武の描いた花火の軌跡を見て、少し顔を赤くしながらも笑う。
    「花火で字を書いてみよっか」と何気ない様子で、でも内心ではドキドキしながら呟いて、手元を動かした武が、描いた文字は彼女への想いを綴ったものだったから。
    「ふふっ。わたくしも書いちゃいますわ!」
     そう言って、隣に並んだ麗華もまた、率直な気持ちを花火に込める。闇に浮かんで消えていくそれは、初デートを楽しむ二人だけの思い出だ。
    「小さい頃は、こうやって遊んだな~」
     クラスメイトと集まっていた京夜は、昔を懐かしみながら花火を持つ。昔と比べると派手になってる気がするな、とほんわかした笑みで語る京夜だが、彼の花火とは『ロケット花火一束を一気に』とかだったりするので侮れない。
    「これもよくやったな~♪」
    「おお、ぱちぱち跳ねおるのう」
     ねずみ花火が動くのを見て「これもまた楽し」と、えんは目を細めている。次は線香花火にしようか、と語り合う皆の姿を、蝸牛はそれとなくデジカメに収めていった。
    「せーの!」
     掛け声と共に、一斉に花火をつけたのは、聡一朗・朔之助・燵志の仲良し3人組だ。
    「おー! 綺麗だな!」
    「手持ち花火って、どれが何色になるかわかんないから、わくわくしてイイね!」
     同時に吹き出す火花を見て、歓声を上げる燵志。赤と黄色、緑が交わる様子に、聡一朗がそれぞれの色が映えるなと笑えば、朔之助も「テンション上がるよな~」とはしゃぐ。
    「そうだ」
     なあなあ、と花火を交差させるように動かすのは燵志だ。
    「三銃士」
    「三銃士! ふふ、盟友の誓いでも立てとく?」
     聡一朗がそれに倣い、最後に朔之助が重ねる。
    「二人とも。これからも一緒に、バカやろうぜ!」
     花火の先、二人の顔を見渡して。ニッと笑う朔之助に、聡一朗と燵志も笑顔で応えた。
    「藍之介さん、今日はありがとう。あ、これ」
     久々の花火を楽しんでいた奏多は、「きっと楽しいよって聞いたから」とお礼に花火を渡す。奏多もどんな花火なのかはよく分からないのだが。
    「ああ、ヘビ花火。確かに面白いよねぇ。やってみようか」
     受け取ったそれがヘビ花火だと気付くと、早速火をつけてみる藍之介。
    「じゃぁんー、へびたまー」
     『亜熱帯観察部*kokopelli*』の面々も、鋼が持ってきたヘビ花火を取り囲んでいた。鋼の手元には数えきれないほど沢山の、ヘビ花火がある。
    「天堂さん、それ、何?」
     ころころとした黒い物体を見つめ、怪訝そうにしているのは美桜。その脇から「あら、ヘビ花火」と一つ手に取ったのは、ひかるだ。
    「ヘビ花火なんて、ココペリならではって感じねぇ」
     なんとなくウチっぽいわよね、とひかるが頷く一方、こういう花火もあるんだね、とまじまじ美桜が見つめている。
    「私、ヘビ花火って名前しか知らないのよね」
    「あー……どんなんだっけー?」
     ヘビ花火という名前は、何故か人を惹きつけるのだろうか。そう通りすがりに言葉を交わしているのは香と煉夜だ。二人もヘビ花火を取ると、早速やってみる事にする。煙と共に、花火が盛り上がって――。
    「お、おおお……!」
     香達の前で、ヘビ花火はじわじわ進んで、やがて終わる。
    「……地味ね」
    「あー……そういやこんなんだったな、うん」
     率直な感想をこぼす香の隣で、煉夜が懐かしい記憶を辿って苦笑する。正直どんな花火か思い出せなかったのは、この地味さのせいで記憶に残っていなかったせいだろう。
    「これはこれで、風流だと思うんだけどなあ……」
     一方、希春は屈み込んで、じっとヘビ花火の様子を見つめている。沢山用意されたヘビ花火は、まだまだたくさん。ひとつひとつが、ゆっくり伸びていく様は、他の花火には無い個性だろう。次々と火をつけまくった鋼は、その動きがツボにはまったのか、ぷるぷる震えているくらいだ。
    「鋼ちゃん楽しそうで何よりだけど、どうせならもっと派手なのやろうし!」
     確かに数は多くて壮観だが、その地味さに耐えかねたらしい三朗が、手持ち花火に火をつける。「オレからのラブをお届けなんだぜ☆」とハートをいくつも描いていく姿は、普段からハイテンションな三朗らしい。
    「ハル、打ち上げるぞ、準備はいいかー?」
    「ああ。いつでも来い」
     向かい合っているのは十織と清鷹。二人は今、奢り飯をかけてパラシュート花火に挑もうとしていた。
     正直さっきまで駄菓子を食べていたわけで。お腹は空いていないのだが、奢りと聞けば黙ってられない。
    「……今年の夏最後の思い出がこれかよ」
    「まあ、俺達らしくていいだろ?」
     思わず苦笑してしまう清鷹だが、「散って消えた後も、こういうのが一番色濃くしぶとく残るもんだ」と笑う十織に、まあこういうのも悪くないかと身構えて。打ち飛ばされ、風に乗ったパラシュートへ飛びつく。
    「ううっ、見失ったよ……」
     同じくパラシュートを追って駆け出した、ちくさはとぼとぼ戻ってくる。闇にまぎれてパラシュートを見失い、結局ゲットできなかったのだ。
    「まあまあ。元気出してさ、気を取り直して次だ、次」
     焼きマグロを頬張っていたあきゑはちくさを励ますと、線香花火を取り出した。
    「よーしみんなー、チキチキ★線香花火耐久レースだー!」
     周囲へ呼びかければ、似たような事を考えていた面子や、面白がったメンバーがわらわら集まってくる。
    「うおおおお! いいっすぜぇ、俺の本気を見せてやるっすぜえ!」
    「ほほう、この『センコウのすーさん』と呼ばれた俺にS・F・B(シャイニング・フラワー・バトル)を挑もうとは、いい度胸だ!」
     なんといってもテンションが高いのは信綱とスサキだろう。同じ義親館の仲間であるアイティアも、二人の様子に不敵な笑みを浮かべている。
    「ふふふ、こう見えても私は線香花火のプロなんだよ」
     三人は線香花火を厳選し、早速構えを取り始める。
    「……まあ、線香花火なら滅多な事も起こらないか」
    「お守りおつかれだな、新城」
     バケツの傍で皆の様子を見守っていた弦真が、ふうと息を緩める様子に連理が笑う。折角だから私達も混ざろうか、と二人もまた輪に加わり、熱さとクールさが入り混じったバトルが始まる。
    「ふふふ、花火界の貴公子と呼ばれた、この俺の実力に恐れおののくがいい!」
     『わたどりのねどこ』の仲間に向かって、雄介はいざ尋常に勝負だと言い放つ。なお、花火界の貴公子という呼称は自称であり、事実かどうかは不明だ。
    「なるほど、いいですね」
     線香花火なら怪我の心配も無いだろう。ミキトも頷き、浴衣の袖に気をつけながら火をつける。
    「あ、じゃあわたしもー」
     終わった花火をバケツに入れて、結留もまた線香花火を取る。さっきまで辺りを舞っていた結留の頭には、その時から被っていた龍のお面がある。
    「心身滅却し、明鏡止水の境地へ至る……」
     クールに呟き、杠葉は気負わない仕草で線香花火を垂らす。周囲では仲間達の玉がひとつ、またひとつと落ちていくが、杠葉の玉は比較的長持ちだ。
    「わっ、わっ!?」
     こうやったらどうなるのかなぁ? と束ねられた線香花火をそのまま掴み、火をつけた雛子は、思った以上に玉の安定感を保つのが難しく、すぐに玉を落としてしまった。だが楽しさの方が勝っているのか、満面の笑みで笑っている。
    「若ぇなー、元気だなー」
     そんな皆を眺めながら、静かに線香花火を垂らしているのは弥彦だ。
     わいわい騒ぐのがダメというわけではないが、静かな場所が好きな弥彦としては、混ざるのはちょっと、という事らしい。
    「……あ、落ちちゃいました……」
     浴衣姿で過ごすのにも慣れてきて、しゃがみこんで線香花火を眺めていたしいなは、先端が落ちていくのを残念そうに見送る。
    「すぐ終わっちゃうの、さびしーのです……」
     細心の注意を払って大人しくしていた星香も、玉が落ちてしまうと「もっとながーく続く線香花火があればいいのに」としょんぼりしている。
    「そんなにしんみりしないの。……夏もおしまい。だけど、新しい季節が始まるわよ」
     線香花火と一緒に、すべてが終わるわけじゃない。新しい始まりが待っているんだからね、とセイナは明るく笑う。
    「そうだな。……さあ、並んだ並んだ。記念に写真撮るぞ」
     デジカメを持ってきた幸太郎は、そうして皆に呼びかける。これは夏休みの最後、そしてこのクラブで最初の思い出。だから、こうして形に残しておくのも――。
    「まあ、悪くないな」
     そう呟いてシャッターを切る。
    「皆!」
     小夜子は最後に花火を取ると、火のついたそれを皆へ振る。部長として、皆が入部してくれた事への感謝をこめて。
    「これから、よろしくな!」

    「ほら、ひより。1人で突っ走らない!」
     暗闇と人ごみで、はぐれそうになってる幼なじみの手を叡智は掴む。それでもどこかへフラフラ行ってしまいそうな勢いだが、智慧の「ひよこ……」という呟きに、耳ざとく反応してようやく足が止まる。
     グラウンドで煮込んだカレーを食べていた『Request部』の面々は、後片付けをして線香花火を取っていた。
    「さあ、勝負よ!」
     御凛は気合を入れて線香花火を持つ。元来の負けず嫌いさは、こんな所にも発揮されているらしい。出来るだけ動きを潜めて、じっと記録を伸ばそうとする。
    「負けませんよ」
    (「私の方が長く保って見せます」)
     風を出来るだけ避けながらの智慧の言葉に、山女も微かに対抗心を燃やす。お互いどちらからともなく無言になって、じっと線香花火と向き合う。
    「そーっと……って、あ!」
    「う……手が震えて、予想よりも早く落ちてしまった」
     あっけなく玉を落としたひよりから残念そうな声があがる。悔しげな声はその隣、柚貴から発せられたものだ。一位は誰だ? と慌てて顔を上げ、周囲の皆を見回せば、智慧や山女の玉も次々落ちて。最終的に叡智と競り勝った御凛が栄冠を掴む。
    「俺が勝ったら、しばらくスルメ禁な」
    「待って、それ無理」
     スルメをかじっていた乃々子は、礼一郎の言葉に愕然とする。そんなの、耐えられない。
    「……まーうちが勝てばいい話だね。うちは飲物でいーよ」
     幼馴染との久々の花火は、とんだ真剣勝負になったようだ。互いに線香花火を掴んで睨み合い……ふーっと。
    「うお!?」
     悪戯心で礼一郎の火の玉に息を吹きかける乃々子に、慌てて仰け反って……その弾みで、ぽとりと火が落ちていく。
    「スルメ死守」
    「汚いぞ!?」
     ラムネでいーよ、と淡々と告げる乃々子に、礼一郎はがっくり溜息をつく。
    「私も、線香花火だけは真剣に遊ぶです!」
     カメラを手に、皆の写真を撮って回っていた文も、今だけは花火を楽しもうと皆の輪に入る。線香花火は、文にとって一番好きな花火だからだ。
    (「たまらないです……♪」)
     この楽しい時間も最後だという儚さが。いつまでも消えないで続いて欲しいと、思うからこそ余計に、綺麗だと感じるのかもしれない。
    「あ、つっくん、後ろゆるくなってるみたい。じっとしててね」
     里桜は司の帯が解けかけているのに気付くと、ぎゅーっとそれを結び直した。「えっ、本当?」と目を丸くした司は、それが終わるまで大人しくじっと待って。
    「直してくれてありがとー、りっちゃん」
     そうにっこり笑って礼を言う。
    (「ふふ。今日は仲良くしてるみたいね」)
     そんな二人を連れてきた、こよみは微笑む。いつもは喧嘩しちゃう二人だけど、今日はどうやら大丈夫そうだ。
     もうちょっとだけしよ? と新しい花火を取る里桜に、司が眠い目をこするようにしながらも頷くのを見ると、「これが終わったら、遅くならないうちに帰りましょう」とこよみは二人に呼びかけた。まだまだ小さな二人は、そろそろ眠る時間が近いのだから。
    「……この学校に来て良かったです」
     小さな頃以来の花火を楽しみながら、ぽつりと呟く妹の姿に、杏もまたそっと頷いた。
     家にいたら、こんなささやかな事さえも縛られて出来なかっただろう。「頭の固い連中がいないからな」と微かに口の端を上げた兄を、悠は見上げる。
    「感謝してますよ、兄さん」
    「どういたしまして、俺の小さな……悠」
     ではこれで勝負です、と次に悠が掴んだ線香花火へ、二人は一斉に火をつける。
    「ふふ、負けないわよ?」
     志摩子は、相手がクラスの大切な友人達だからこそ、負けられないと真剣勝負に挑む。「ウチも負けないんよ~」と真剣な眼差しで線香花火を持つ日々日は、チラチラ皆の玉の様子を見ながらドキドキ、そわそわ。
    (「いつまでもこの時間が、続けば……」)
     ぱちぱちと爆ぜる線香花火達の輪。それを眺め、恋羽はついそう思ってしまう。……もちろん、それが無理な事は、分かっているのだけれど。
    「……あっ」
     思い耽っていたせいだろうか。花火はあっけなく落ちてしまう。他の玉も次々と落ちていき、後は誰が残っているだろうと、皆が視線を巡らせれば。
    「あ、私? やったー!」
     最後にまるで地蔵のように微動だもせず、じっと動きを止めていた千早の元から玉が落ちる。皆の視線が集まっている事に、ようやく気付いた千早は、嬉しそうににっこり笑う。
     勝てたのは嬉しいけど、でも、それ以上にみんなと花火を楽しんだこの時間が嬉しくて。いい思い出になってくれて。胸をほんわか、温かくする。
     その気持ちは、みんな一緒で。気付けば五人みんなで笑いながら見つめ合う。
    「また、来年もこうやって、みんなで花火が出来たらいいよな」
     残念だけど恨みっこ無しだな、と燃え尽きた花火をバケツの中へ入れながら、ましろが皆を振り返れば一斉に、残りの四人が頷き返す。
    「夏が終わったら、秋もまた皆で遊びに行きたいね」
     そんでまた、来年の夏が来たら、今度は海へ行こうよ、と線香花火を手に皆へ呼びかけた颯夏の言葉に、ココペリの面々がわっと盛り上がっていく。
     線香花火はしんみりするけど、あんまりしんみりしすぎるのも、と思っていた颯夏には、その空気はちょうどいい。
    「アイス買って来たぜー」
     ちょっと抜け出して買い物に出ていた悠夜は、そう言いながら袋を掲げた。やった! とすぐさま手を伸ばすのは茂呉である。
    「やっぱり夏はコレだよね☆ 僕チョコがいいなー♪」
    「じゃあ俺いちご食べたい」
    「オレはスイカー」
    「おう、どんどん取れ取れ」
     悠夜は春雪や遊にもアイスを渡し、最後に残った物を自分で取る。
    「そういや、この夏どっか出かけたりした?」
    「俺は大体バイトだったな」
    「あはは、皆結構バイトしてたんだね」
     何気なく問いかけた遊の言葉に、帰ってくるのはバイトの話ばかりで、茂呉は思わず「僕ら意外と勤労少年だね」と笑う。
    「そうそう。宿題もあるから結構面倒で……」
    「ああ!?」
     春雪の言葉を遮るように叫んだ、遊の顔は心なしか青い。まさか、と三人が見つめる中、まだ終わってないとすがるように茂呉を見る。
    「うん。手伝ってあげるから、頑張ろうね」
     あくまでも自力で、とにっこり笑う茂呉。「じゃ俺らは花火を楽しもうぜー」と悠夜がアイスをくわえつつ物色する中、やけっぱちな遊の叫びが響く。
    「…………」
     そんな喧騒を、刀弥はグラウンドの隅から眺めていた。炭酸水を呷りながら見つめるその光景に、ふと重なるのは、遠い――皆が生きていた頃の記憶。
    (「――必ず、この手で灼滅してやる!」)
     燻る気持ちは、けれど今は行き場が無くて。ぐしゃりと空になったボトルを握り潰し、刀弥は大きく息を吐き出しながら、暗い空を仰いだ。

    (「――まったく、もう」)
     霖は、そう思わずにいられなかった。あまりにも――予想外に綺麗で。困ってしまう。
     じっと花火を見つめて、目を離せない。そんな愛しの妹の姿に、狭霧は思わず手を伸ばした。すっと取った霖の掌を握って、繋ぐ。
    「霖ちゃん」
    「……何?」
    「あー、いや、何か用ってわけじゃないっすー」
     そう言いながらも、狭霧から向けられたのは満面の笑み。普段の霖だったら、盛大に振り払ったかもしれない。でも何故かそうする事は出来なくて。自分でも分からない、腑に落ちない感覚に、霖はぷいっと顔を背ける。
     その顔が、ほんの僅かに緩みかけている事に、気付いていないフリをしながら。
    「柊慈っち、線香花火長ー……」
    「ええ、負けませんよ」
     ジュースを飲みつつ色々な花火を楽しんでいた織兎達も向き合って、線香花火を持っていた。それまで皆を見守っていた柊慈も参戦し、そのガチぶりに織兎は慄く。
    「って落ちたー!」
    「ふう……しかし都璃がなかなか……」
     脱落した織兎の叫びを受け、柊慈が見た先では、都璃がじっと線香花火に集中している。
    (「……綺麗だな」)
     無心に見つめる火花は、とても綺麗で。じっとしていても飽きはしない。二人はまるで固まったかのようにこれっぽっちも動かず……最終的に、ほんの一瞬だけの差だが、柊慈の方が堪えきった。
    「終わりか……」
     それは花火だけでなく、夏の終わりを告げる合図でもある。都璃は立ち上がると、空を見上げてポツリとこぼす。
    「可愛らしい花火、ですね」
     まじまじと線香花火を手にしているのは、初めて見たというユエだ。同じく初めてだという由衣と試しに火を向けて「結構長く続くものなんですね」と興味深そうにしている。
    「なるほど、こういう花火なのですね。負けたくないので、勝負の方も頑張ります……♪」
     いよいよ本番、とばかりに皆と一緒になって線香花火を持つ。合図と共に、『猫喫茶 -4 Leafs- 』のメンバーは、一斉に火をつけた。
    「風までは読みきれないからな。だが……」
     負けてたまるか、と静かに闘志を燃やす来栖。不意の風に注意しながら、この時間を大切にしたいと願う気持ちの表れかのように、じっと火花を散らす玉を支える。
    「うう、どうすれば長持ちしますか?」
    「コツか? まあ揺らさない事だな。力みすぎず、リラックスして構えるといい」
     参加したはいいが、どうしたらいいだろう、と戸惑い顔の雪花(d06010)に、陵華はそれを実践しながら助言する。ありがとうございます、と真剣な眼差しで雪花(d06010)が気をつける一方、一番が好きな陵華は、見事になかなかの安定感を見せ付ける。
    「綺麗だけど、難しいですわね……」
     気が付くと線香花火は、すぐにふるふる震えてしまう。雪花(d06010)の隣で小さな火花がきらめくのを眺めていたリリーは、難しげな顔をしながらも、でも楽しそうにいくつもの火花が重なるのを眺める。
    「みんなすごいのー♪」
     あっという間に落ちてしまい、新しいのを取ったエリーゼは、優勝を競う面々を尊敬の眼差しで見つめている。じりじりと燃え尽きる玉が次々と落ちて――最終的に勝利したのは、来栖。僅かな差で負けた陵華は、かなり悔しそうだ。
    「もうちょっとやってみようか」
     雪花(d00014)は「こういう風に持つと安定しやすいよ」と、雪花(d06010)やエリーゼ達にアドバイスしていく。
     そうして、楽しそうに遊ぶ皆の、和気藹々とした姿を眺めて、雪花(d00014)は目を細める。こうやって過ごせることの、幸せさを噛み締めながら。
    「また皆で、遊びに行きたいね」
    「うんっ♪」
    「いいねいいね。僕も同意見だ」
     花火の最後にみんなで、そう約束を交わす。
    「こんな時間がずっと続いたらいいのに……」
     線香花火に火をつけ、朱梨はこの穏やかな時間を噛み締めながら呟いた。大好きな椿と浴衣姿で、隣り合わせになって、一緒に……なんだか、凄く幸せな気がして。
     それは、椿も同じではあるのだけれど。
    (「うわっ、朱梨ちゃん肌しろっ! なんかいい匂いするし、今日髪の毛アップにしてるから余計に……って!」)
     目に毒だ、いろいろ不味い! とジレンマに襲われる椿。花火に集中だ、いやいっそ距離を、だがでもそれも……と1人内心でうろたえている椿の様子に、気付かないまま朱梨はそっと、ほんの少しだけ寄りかかって……。
    (「!!!」)
     ますます椿の悩みは深まるばかりである。
    (「落ちるなー、落ちるなー……」)
     線香花火をじっと見つめ、真剣を通り越して必死にお祈りするのは暦である。そんな彼女の顔を隣で見ていた已鶴に、ふとむくむくと悪戯心が芽生える。
     気付かれないよう、そっと距離を詰めて……僅かに、一瞬だけ。
    「綺麗だね」
    「――っ」
     目尻に触れた温もりに、暦は思わず息を呑んだ。「え、えーと」と一呼吸遅れてこぼれた声が震えているのは、動揺のせいだろうか。耳のすぐ傍で聞こえた囁きも相成って、頬に熱を感じながらも視線を逸らす。そんな暦を、緩い笑みを浮かべたまま、已鶴は追いかける。
    「あーっ、負けた!」
    「私の勝ちですね」
     陽向と白兎の対決は、白兎の勝ちで幕を下ろした。念を送りまくった甲斐なく落ちていく火の玉に、がっくりする陽向だが、それで思い出が曇るわけじゃない。
    (「今日は、今年の夏の何よりの思い出だ」)
     噛み締めて、また来年も花火しようね、と白兎を見れば。
    「そうですね。来年もその次の年も……」
    「……そうだね!」
     また一緒に、と二人は約束し合う。
    (「あとは、お願い事を……」)
     線香花火に火をつけた散里は、そっと想いを込めた。
     願い事を念じながら、下に落とさず最後まで残せたら、それは叶う――いつか聞いたおまじない。散里の願いは、簡単なようで、とても難しそうで……切実なそれを込めながら、震える火の玉を見つめる。
    (「……あ、今私、陰のある美少女っぽい?」)
     じっと座り込んで線香花火を見つめる姿は、客観的に見るとそんな印象になるだろうか、と梢はふと思う。
     大勢で騒ぐ花火もいいが、こうしているのも風流で、悪くない。夏の終わりにさほど感傷は無いが、せっかくだからと花火を楽しむ。
    「……あまり、難しく考えない方がいいのだろうか」
     コーラを手に皆を眺めていたエルザは、空になった缶を置いて立ち上がる。
     ここへ、自分が来た理由。だからこその葛藤。だがそれも皆を見ていると――。
    「私も、やるかな」
     微笑ましげな視線を向けるだけでなく。エルザ自身もまた、線香花火を手にする。
    「もう少し頑張ってっ……あ~!」
     少しでも長く長く、と線香花火を見下ろしていた紗月は悔しげに声を上げた。落ちちゃったね、と呟きながら、ふと思う。
    (「少しは、慣れてきたのかな?」)
     私から、ボクへ。お守りのように決めたその変化は、慣れたようで油断すると不意に昔の口調が飛び出す。なかなか変えられないのかなと思いつつも、少しずつ、馴染んではいるのだろうか。
    「お前さんもしつこいなぁ」
     気が付けば傍らに居て、離れようとしない涼弥を見て静流は嘆息する。従僕なんていらないと、何度も何度も繰り返したというのに、涼弥はいつの間にか側にいる。
    「……学園におる間だけや。側に侍る事、差し許す」
    「! ありがとうございます、静流様」
     結局、周囲をうろつかれるくらいなら、と折れたのは静流の方。恭しく一礼して、よろしければこれを、とお茶を勧める涼弥からそれを受け取り、一口啜ると、静流は改めて花火に火をつける。
    「これから、皆様方と過ごしていくのでございますね」
     どこか眠そうな目をしながらも参加していたラグナは、グラウンドを見渡して呟く。武蔵坂学園で迎える新学期は、ここにいる面々をはじめとした大勢と迎える事になる。
    「どのような日常になるか、とても楽しみでございます」
     期待に微かな笑みが漏れる一方、別の意味で笑みを浮かべているのは静香だ。何故ならそれは、ずっと笑顔でいたいと願うから。
    「この火花は、懸命だからこそなんですよね」
     必死で残ろうとしている。それはまるで自分達と同じだ。決して潰える事が無いよう、皆が笑顔でいられるよう……私も、と。だからこそ静香は笑顔でいられる日々のため、笑みを絶やさない。
    「こういう楽しい時間が、ずっと続けばいいのにな」
     時間は止まらないからこそ、いつかは終わりを迎えてしまう。それを知っていても、準はつい思ってしまう。火の消えた線香花火を、少しだけ物悲しそうに見つめ……準はそれをバケツに入れると、いくつもの輪を作る皆を振り返った。
    「……消さないと」
     すっと立ち上がり、嘉禄は地面をつま先でこする。落ちていった残り火を消さなくちゃ、と小さく呟いて、本当に消したかったのは滲む視界の原因だ。夏の、本当の終わりを知らせるように消えていく火に、堪え切れなかった限界を誰にも、知られないように誤魔化す。
    「来年の夏も、またこんな風に皆でワイワイできたらいいね」
    「そうだねぇ……」
     しゃがんでいても頭一つ違う藍之介を見上げながら、笑いかけた莉奈の言葉に、藍之介はしみじみと頷いた。
     まるでお祭りみたいに過ごした、夏の終わりの夜はあっという間で。名残惜しさを感じさせるから、またこんな風にと、願わせるのかもしれない。
    「そーれっ」
     最後だから派手にいこうよ、と殊亜は次々に設置した花火へ火をつける。「もっと打ち上げましょうっ」と祢々も辺りを駆け回り、辺りは一層賑やかだ。
    「そういや、二人は二学期の目標とかある?」
    「そうね、やっぱり早くこの学校に慣れたい……かな」
     眺めながらの殊亜の言葉に、音羽が静かに口を開く。それから、「後はやっぱり……クラスやクラブの皆と、仲良く出来たらって」とおずおず言えば、殊亜も祢々も笑顔を返す。
    「そうだな俺も。あ、二人は今日仲良くなったから対象外な」
    「紗守先輩、蔀屋先輩。これからもよろしくお願いします」
     そうして3人は改めて乾杯すると、最後に残ったジュースを飲み干す。
    「『アラハバキ』の皆さんで夜空を見上げれば……『あら、花火』。なーんちゃって」
    「あはは」
     きらめの言葉に、千聖から思わず笑いがこぼれる。みんなとの楽しい時間はあっという間で、終わりが近付くにつれて寂しさを感じないわけじゃない。
    (「でも、仲間がそこにいるから嬉しい……そんな感じがするね!」)
     ただ物寂しいだけじゃない。それを喜ぶ千聖の隣で、きらめは今宵の思い出を噛み締める。この思い出を、きらめは絶対に忘れたりしないだろう。
    「……で、けっきょく満足できた訳?」
    「うん……」
     花火を終えて立ち上がった昴は、満足したという割に沈んだ様子のクノンを見て眉を寄せると「相手が俺じゃなきゃ、もっとマシだったろうな」と呟く。
    「そんなことない!」
     その言葉にクノンは慌てて首を振る。だって、誰よりも昴と一緒がいいのだ。
    (「……やっぱりつまらなかったかな……?」)
     だから、そんな事を言わせてしまったのだろうか? クノンの顔は晴れないが、でも、それでも昴と一緒がいいから……だから「また遊んでくれる?」とクノンがおずおず尋ねれば、昴はまるで妹にするかのように、頭をぺしぺし叩いて、ほんの僅か苦笑する。
    「もうすぐ秋なんだなぁ~」
     ふと、吹いてきた風はひんやり涼しくて。もう夜になると肌寒さを感じるようになったんだな、と蝸牛は思う。微かに聞こえてくる虫の声に目を細めて、蝸牛はたくさんの写真を収めたデジカメを片付ける。
    「夏が終われば、新学期の始まりですね」
     屋上で花火を眺めていた有人は、最後の紅茶を注いだカップを夜空へ掲げる。ふわり、とタキシードの裾と髪を、その風に揺らしながら。
    「――美しい夏の思い出に、乾杯!」
     来年の夏もまた、ここにいる皆が同じように花火を楽しめるように。
     そう願いながら有人は、カップを傾けた。

    作者:七海真砂 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月7日
    難度:簡単
    参加:232人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 3/素敵だった 87/キャラが大事にされていた 39
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