殲術病院の危機~舞い降りしは金糸揺らす白

    作者:篁みゆ

    ●舞い降りし水晶翼
     ふわり、水晶の翼によって中空に浮かび上がっているのは、白皙の青年。金の長い髪が風に揺れる。その蒼い瞳が見下ろすのは、広い敷地に立つ大きな建物。
    「彼らは無事に任務をこなせるだろうか」
     ふと先刻出撃していった他の者達を思うが、すぐさまかぶりを振って。
    「戦慣れしていない者達に、過度な期待も良くない……か」
     ゆらりと高度を下げていく。
    「せめて私だけでもセイメイ様の期待に応えられるといいが」
     白い服の下から覗く結晶化した肉体、翼のように背から伸びた水晶体が彼が人ならざるものであることを示していた。そう、ダークネス、ノーライフキングだ。
     彼が降り立ったのはこの地域の要とされる大きな大学病院。彼の命じたアンデッドたちがすでに襲撃を開始している。
    「襲撃!? まさかっ……」
    「ここが襲撃されるなんてっ」
     突然の事に殲術兵器を持った医師や看護師、患者達が院内を走り回っている。
    「他の病院と連絡がつきました。大変です、どこも襲撃あり、援軍を求む、と!」
    「近隣の病院……いえ、日本中の病院が襲撃されている模様です!」
     看護師が狼狽した様子で医師へと情報を伝達する。しかしその情報は良いものではない。それをきいた者達の顔色が曇る。
    「那須殲術病院襲撃から動きが無いと思っていれば……なんてことだ、この機会を狙っていたと」
    「ど、どうしましょう……アンデッド達が多数押し寄せています!」
    「籠城しよう。援軍がなくてもアンデッドごときに殲術病院が陥とせるとは思えないしな」
     彼らはまだ、気がついていない。
     他の病院を襲った指揮官とは一線を画す強さを持ったノーライフキングが指揮をとっていることに。
     水晶の翼の羽ばたきに。
     

    「複数のダークネス組織が武蔵坂学園とは別の灼滅者組織である『病院』の襲撃を目論んでいるらしいという情報が入ったよ」
     神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)は珍しくすぐに説明を開始した。
    「一つは、ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢。
     一つは、白の王・セイメイの軍勢。
     最後は、淫魔・スキュラの軍勢」
     それぞれ武蔵坂とも因縁のある相手だ。捨て置く訳にはいかないだろう。
    「病院勢力はね、殲術病院という拠点を全国に持っていてその防御力は高く、どうやらどこかの殲術病院が襲撃されても、殲術病院に籠城している間に他の病院から援軍を送って撃退するという戦いを得意としていたらしいんだ」
     でも、瀞真は言葉を区切って。
    「今回はダークネス三勢力によりほとんどの病院が一斉に襲撃された為、互いに援軍を出す事ができずに孤立無援となっているんだ。このままでは病院勢力が壊滅してしまうだろうね」
     灼滅者達は次に来るであろう言葉を予想しながら、瀞真が続きをもたらすのを待った。
    「同じ灼滅者として、病院の危機を救って欲しい」
     
    「君達に向かって欲しい病院は、この地域の要とされる大きな大学病院だよ。この殲術病院は殲術隔壁を閉鎖して籠城しているけど、既に幾つかの隔壁が破損して白兵戦になっている個所もあってね、長くは持たないだろうね」
     攻めてきている敵は、ノーライフキング1体と50体前後のアンデッドだ。まともに戦えばここに集まった灼滅者だけで勝てる相手ではない。
    「まずは殲術病院との戦闘中である隙をついて指揮官であるノーライフキングを何とかするのがベストなんだけど……この病院を襲っている指揮官はそう簡単に何とか出来る相手とも思えないんだ」
     瀞真の表情が険しくなり、まっすぐに灼滅者達を見つめる。
    「他の病院を襲っている指揮官達とははっきり言って格が違う。ノーライフキングと一対八であっても、今の君達に簡単に倒されてくれる相手ではないよ。だから、撤退させるだけでいい」
     指揮官のノーライフキングさえ撤退させてしまえば、病院の灼滅者達も籠城をやめてアンデッド達を倒すために外に出てくるので、協力して残るアンデッドを撃破することが出来るだろう。
    「逆にノーライフキングを撤退させるのに失敗し、アンデッド達の中に逃げ込まれると手出しが難しくなるよ。その状況になれば撤退もやむをえないかもしれないね」
     和綴じのノートをめくった瀞真は続ける。
    「君達がこの大学病院に到着した時、すでに裏の職員用出入口、物資搬入口は破られて廊下と駐車場で白兵戦になっている。救急センター入り口も白兵戦が始まっているね」
     いくつかある外来患者用の玄関や、入院患者用の入り口はまだ破られていない。
    「指揮官のノーライフキングは正面玄関の向かいにある駐車場から正面玄関を含む病院の建物を見渡しているよ。戦況が芳しくない所に加勢に入るか検討しているようだね」
     瀞真によれば彼はエクソシスト相当のサイキックと、ウロボロスブレイド相当のサイキック、シャウトを使用するという。
    「彼の意識が病院に向いている間に奇襲をかけるなら、停まっている車達が姿を隠す手助けをしてくれるだろう」
     最も相手は確実に格上であるからして、厳しい戦いになることは想像に難くない。
    「病院との協力交渉は後日学園が行うからね、個別の交渉は混乱のもとにもなるから、君達は君達のやるべきことに集中して欲しい」
     相手は強敵だから、撤退させるのも一苦労だと思う……緊迫した雰囲気の教室に瀞真の穏やかな声が響く。
    「すでに陥落している殲術病院もある。君達が向かうのは、僅かでも助けられる可能性がある病院だよ。けれども……くれぐれも無茶はしないように。万が一の場合は撤退も視野にいれて。君達が無事に帰ってきてくれることを、僕は祈っているから」
     そう言って彼はノートを閉じた。


    参加者
    函南・喬市(血の軛・d03131)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    リオーネ・ブランシュ(運命黙示録・d04884)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)
    攻之宮・楓(攻激手・d14169)

    ■リプレイ

    ●それぞれの思い
     病院の敷地に近づくごとに緊迫した雰囲気を肌で感じることが出来た。遠くから聞こえていた破壊音や戦闘音が次第に大きくなっていく。病院の敷地へ足を踏み入れると、駐車場に停まっている車達が目に入る。その向こうに大きな建物。そして両者の間に見えるのは、水晶の翼と風に乗って揺れる金色の髪。
     八人の灼滅者達は二手に分かれて、車の陰に隠れながら目的の人物との距離を詰めていく。足音や息を殺すことは出来たが、物思うことは止められない。
    「……嫌な、空気……ですね……」
     囁くように呟いて、神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)はそっと、息を吸う。
    (「……とりあえず、一つ一つを、確実に……ですね……」)
     まずは奇襲を成功させることからだ、蒼は自分に言い聞かせた。
    (「病院を壊滅させる事が目的なのか、その先があるのかは知らないっすけど、必ず阻止してみせるっすよ」)
     強い思いを抱き、白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)は奇襲開始の合図を待つ。必ず、必ず――その思いが武器を持つ手に力を籠めさせた。
    (「聞きてぇコトは山ほどあるが、奴のガードはカタいとみた。オレの名と対価に知る事は可能か?」)
     できれば何らかの情報を持ち帰りたい、ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)は考える。
    (「いや、こちらの情報を明け渡さずに名前を知る機会があれば御の字ってトコか」)
     自分達が武蔵坂学園の灼滅者であることは絶対に伏せると仲間内で決めていた。所属を示す物は一切持ち込んでいない。
    「……」
     辺りを窺って車の陰を移動した新沢・冬舞(夢綴・d12822)は同じ班の仲間達に手招きをする。この場所は敵の死角になっているはずだ。他の三人が移動してきたのを確認し、携帯電話を操作する。後行組への合図だ。

    (「こう見えて私かなりびびっていますよ。膝なんか先ほどからガクガクです」)
     自分の状況を再確認するように、星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)は笑っている膝に手を添える。
    (「でも、ここで私達が頑張れば大勢の病院の人達の命を救うことが出来るんですよね」)
     だから、綾は虚勢を張って敵に立ち向かう。
    (「理不尽なバッドエンドにノーをつきつけてやりましょう。だって、私は探偵ですから!」)
     拳を握り、気合を入れた。
     そんな彼女の隣で攻之宮・楓(攻激手・d14169)は両の手を握りしめる。
    (「ま、またあんでっどですか……でも、今回はアンデッドは見ないでダークネスですわね。見事撃退いたしますわっ!」)
     アンデッドに恐怖心を抱いている彼女は、今回はアンデッドよりダークネスが相手ということで安心すると共に意気込んで。
    (「同じ灼滅者として、病院の人達は何とかして助けたいね」)
     今、こうしている間にもアンデッド相手に戦っている病院の人達を思い浮かべてリオーネ・ブランシュ(運命黙示録・d04884)は思いを強くする。
    (「敵は格上で強力だけど、負けるわけにはいかないの。それにしても、そこまで強いなんて一体何者なのかな」)
     先ほどチラリと見えた敵の風格を思い出し、考える。しかし今の段階で答えは出そうになかった。
    「……」
     携帯電話を片手に注意深く様子をうかがっている函南・喬市(血の軛・d03131)は自身の手の中が一瞬震えたのを感じ、画面に視線を落とす。冬舞からの着信だ。喬市は冬舞の携帯へかけ直し、ワンコールで切る。そしてカウントを開始した。
     奇襲開始はワン切りを返した後30秒後。息を詰めるようにしながら各班、その時が来るのを待つ。時間が過ぎるのがいつもより遅いように感じられた。誰かがツバを飲み込む様子が空気を通して伝わる。
     5、4、3……冬舞の、喬市の指が仲間達へ時が迫っていることを告げる。
     2、1……0!

    ●奇襲
     真っ先に飛び出した冬舞を追い抜いて、蒼の放った影が指揮官を捕らえる。続けて死角に入り込んだ冬舞が剣を振るう。
    「奇襲?」
    「とりあえずよ……一発殴らせろやパツキンノーキン野郎!」
     呟いて眉を顰めた指揮官はそう簡単には殴らせてくれない。ぎりぎりのところでギュスターヴの一撃は避けられてしまった。だが彼が避けた先には雅の破邪の白光を纏う斬撃が待ち構えていて。
    「『病院』の援軍? いや、そんな余裕はないはずだ。となれば、私の裏をかくことが出来るのは……、!?」
     前方の敵達に視線を向けていた指揮官は、背後に殺気を感じ、振り向く。だがその時すでに後行班は正面玄関と指揮官の間に布陣していた。喬市の振るう腕が振り返りざまの指揮官を襲う。
    (「やっぱり……病院関係者じゃない灼滅者って限られるから、リオ達の事は大体察しがついてるよね」)
     そう思いつつも顔にも口にも出さず、リオーネは『メメント・モリ』を振り下ろす。確たる手応えはあったが、深い傷は負わせられていないだろう。だが格が違う相手でも、皆で力を合わせればなんとかなる、そう強く願って戦うと決めていた。
     死角から、綾が斬りつける。畳み掛けるように楓が振るった刃が、相手の白き衣を一部斬り裂いた。
    「光の戦士、ピュア・ライト! 正義の光を、輝かせるっす!」
     名乗りを上げた雅は、キッと指揮官を睨み据えて。
    「名前位聞かせてもらうっすよ!」
     こっちが名乗ったんだから名乗れ、そう要求を突きつける。
    「常識的なんだか非常識なのかわからないな。偽名や二つ名で相手の名前を聞き出そうとする、か。所属を隠したいようだが、お前達が『病院』の援軍であるならば所属を隠す必要はあるまい。となれば、自然、残りは限られてくるというものだ」
     指揮官の冷静な分析に、言葉を返す者はいない。ここで反応しては、自分達の所属が彼の推理通りだと認めてしまうことになるからだ。
     彼は佩いている剣を抜き、それを高速で振るった。加速されて威力を増した刃が前衛を襲う。圧倒されるほどの力、そして彼の持つ雰囲気が格の違いを感じさせる。
    「……さすが、強い、ですね……。白いお兄さん……お名前、お聞きしても、良い、ですか……?」
    「オレらが何者かなんてサマツじゃねぇの? だが相手の名をしらねーんじゃ話にならねぇ。名を名乗りな、パツキンロン毛!」
     傷口を抑えながら告げる蒼と威勢のいいギュスターヴを一瞥して、指揮官は息をついた。
    「そんなに名前を知りたいものか? まあ、変な呼び名で呼ばれるよりはマシか」
     ふわり……戦場を駆け抜けた風が、金色の長い髪を揺らしていく。
    「覚えておくがいい。私の名はユーリウス。ユーリウス・ゲルツァー」
    「ユーリウス……」
     誰かが繰り返すように呟いた。

    ●寄せては返す波のように
     ユーリウスの攻撃は一撃一撃が重たかった。だが綾や喬市の回復に支えられて、一同は攻撃を仕掛けていく。目的は彼を撤退させること。ならばその身体に行動を阻害するような効果を打ち込んで、尚且つ素早くダメージを蓄積させていく、それが灼滅者達の考え。
    「……奈落へ、堕ちろ」
     蒼の振るった異形化した腕をするりと交わしたユーリウス。だが彼の回避を見込んでいた冬舞の放った剣が、彼を縛り付けて斬り裂く。
    「ちっ、ムカつく面構してやがる」
     ギュスターヴの振るった『La Pucelle』の一撃はなんとかユーリウスを捉えた。ハンマーを持った雅は回転状態からの一撃を彼の横っ腹に叩き込んで。だがそれでも彼の表情には焦りが見えない。
     喬市の剣がユーリウスに巻き付く。リオーネの魔法の矢が彼の肩を穿つ。綾は霧を放って仲間の傷を癒して。楓の振るった刀は、彼の剣によって受け流された。
    「オォォッ――っ!!」
     ユーリウスの裂帛の気合が彼の傷を癒やし、浄化していく。一回分の攻撃が回復に消費されたのは大きい。ここぞとばかりに灼滅者達は攻撃を仕掛けた。
    「……逃がしません、です」
     蒼の影がユーリウスを縛り上げる。だが続いて繰り出された冬舞の腕、ギュスターヴの裁きの光はやすやすと避けられてしまった。雅の斬撃が漸く彼を捉える。喬市の影がユーリウスを包み込んだ所にリオーネの裁きの光が輝く。綾はもう一度霧を展開して、負傷の大きい前衛を癒していった。楓の振るったチェーンソーの刃は避けられてしまう。
     行動を阻害する効果を蓄積させるにも、傷をたくさんつけるにも、まずは攻撃が当たらないことには意味が無い。いくら威力が高くても、当たらなければ怖くはないのだ。灼滅者達の攻撃は、命中率に不安が残ることが多かった。だがそれでも当たれば大きい。今はもう、当たることを祈って攻撃するしかないのだ。
    「まず回復役を落とすのは定石……か」
     すでに何度か回復手の綾は狙われていた。叶う限り喬市や蒼や雅が庇うように心がけたが、それでもすべて庇いきれるわけではない。そして回復できないダメージが蓄積していくのも事実。当然のことながら、一撃の大きさではユーリウスの方が上だ。
     ユーリウスの放った剣が変化し、これで最後とばかりに綾を縛り付ける。
    「あぁぁっ!!」
     痛みに声を上げた綾は、束縛から解放されるとその場に倒れ伏した。
    「綾様!」
     意識を手放しているのか、楓の呼びかけに返答はない。
    「まずは一人」
     剣についた血を振り落とすように振るうユーリウス。負けられない、その思いが灼滅者達に火をつける。

    ●そして
     更に何度かの攻防を経たのち、ユーリウスは水晶の翼に力を巡らせて中空へと浮かび上がった。
    (「こちらの攻撃が効いてるのか? 追い詰められそうになったから、飛行した?」)
     飛ばれた時の為に遠距離攻撃手段は用意してきた。灼滅者達は攻撃の手を緩めない。喬市はユーリウスが飛んだ意味を考えていた。
    (「――いや、違う」)
     相手を格上と見て、常にかなり警戒していた喬市の何かが違うと告げている。楽観視しては駄目だ、と。
     その時、ユーリウスの放った光条が蒼を貫いた。まばゆいばかりの光に貫かれた蒼は、痙攣のように身体を震わせて崩れ落ちる。
    (「本気をだしたってことだろう」)
     多くの攻撃をその身で庇ってきた蒼。他の者より比較的攻撃を当てていた彼女がユーリウスには目障りに見えたのかもしれない。癒やしきれない傷が蓄積して、彼女の意識を持っていった。
    「この野郎! 上から目線で見てんじゃねぇ! 灼滅者を舐めてんじゃねーぞ!」
     いきり立ったギュスターヴが放った影がユーリウスを覆う。
    「当たれっす!」
     合わせるように、傷つきながらも雅は光条を放ったが、それを避けて彼は中空に佇む。
    (「リオなら攻撃を当てられる……だからリオが頑張らないと」)
     流れる血をそのままにしたリオーネの魔法の矢が、彼の脇腹を貫いた。冬舞の伸ばした剣が、ユーリウスを絡めとる。それから鬱陶しそうに逃れた彼に再び迫るのは喬市の鞭剣。彼が絡め取られているうちに、先ほどから綾に代わって回復を担当していた楓が傷の深い喬市へと光を遣わす。
    (「飛ぶならそのまま建物の裏手に回って、すでに戦闘の始まっている眷属たちと合流してしまえばいいはずだ。そうされたら、俺達には手出しが難しくなる」)
     冬舞は考える。それをしないというのはどういうことなのか。
    (「――未だに余裕があるということか」)
     戦闘は長引いていた。長引けば長引くほどディフェンダーの負担は大きくなり、癒やしきれぬダメージが増えていく。だが、火力と行動阻害効果を中心に攻めるには、攻撃が当たらないことには始まらない。
     楓が攻め手から回復手に代わったことで戦線を長く保つことが出来た。その分火力が減ることになったのだが、それは悪いことばかりではなく。癒やしきれぬダメージを抱えているのはユーリウスも同じ。ほぼ確実に攻撃を与えることが出来るスナイパーのリオーネを中心に回復していくことで、少しずつではあるがユーリウスの傷は増えていった。
    「目障りだな」
     だが彼がその状態を看過するはずはなく、振り回された剣がリオーネと楓の傷を深くしていく。
    「とっとと引きやがれ! パツキンロン毛!」
    「引くのはどちらかな?」
     ギュスターヴの光条を避けて、ユーリウスは平然とした顔で告げる。雅の光条が何とか彼を捉えたが、平然とした表情は崩せない。リオーネの『カルペ・ディエム』から放たれた光線が、彼にかかった恩恵を打ち消した。
     冬舞の祭壇から放たれた結界が彼を覆う。与えられた傷は深くはない。だが当てなくては意味が無いのだ。
    「攻之宮!」
     喬市が指先に集めた霊気を楓に放ち、楓は光条でリオーネを癒やす。ここで二人の傷を癒しておかねば、次は確実にどちらかが倒れていただろう。他の者もそれなりの傷を負っている。倒れる可能性のある者を優先して癒やすのは当然だ。
     そしてユーリウスが傷の深い者を狙うのも、ある意味当然で。
    「名前を教えたというのに覚えられないとは、嘆かわしいな」
     彼が狙ったのは、ギュスターヴ。伸びた剣が彼に迫る――。
    「やらせないっす!」
     だが、絡め取られたのはギュスターヴではなく彼を庇った雅だった。苦しそうな呻き声を上げる雅。深く深く切り裂かれた彼女の身体は、刃から解放されるとアスファルトの上に倒れ伏した。
    「撤退だ」
     三人の戦闘不能者が出た。粘ることでユーリウスを撤退に追い込めるなら粘るつもりだった。だが、彼からは追い詰められた様子が感じられない。喬市は冷静に判断し、撤退を告げた。ギュスターヴが真っ先に敷地外へと向かう。何があろうとも手に入れた情報を持ち帰ると決めていたからだ。他の者も撤退を始めようとする。だが。
    「そう簡単に帰すのも面白く無い」
     地に降りたユーリウス。後行班の三人は、正面玄関と彼との間に布陣していた。撤退するには彼を越えて行かなくてはならない。彼が降臨させた十字架が無数の光線でもって後衛の二人を狙う。喬市はそれを庇うべく、動く。このままでは、彼らは撤退できずにじわじわと弱らされて行くことだろう。
    「……新沢?」
     喬市達とユーリウスは向かい合っている。その向こうに先行班の冬舞の姿はある。だが彼の雰囲気がこれまでとは違うのだ。鋭い視線、滲みだすのは圧倒的な力と殺気。感じたのだろう、ユーリウスが振り返る。
    「行け!」
     叫びながら素早く接敵した冬舞はユーリウスの身体にぶつかるようにして、剣を突き刺す。元から殿を務めるつもりだった。瀞真なら自分を見つけてくれると信じてる。仲間達を信じてる。だから足止めをするのだ。
    「堕ちたか」
     撤退する三人を見逃してユーリウスは冬舞を見る。一対一で何度かぶつかり合って後、彼は再び飛翔した。
    「……傷の深さ的に私の方が分が悪い。ここはお前に免じて撤退することにしよう」
     飛び去る翼を冬舞はじっと見つめて。
     指揮官が撤退したことで病院の者がアンデッド掃討へ乗り出したのを確認して、彼もまたいずこかへと姿を消した。

    作者:篁みゆ 重傷:神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337) 白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197) 星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622) 
    死亡:なし
    闇堕ち:新沢・冬舞(夢綴・d12822) 
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 21/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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