灰色の退屈

    作者:灰紫黄

     オープンテラスのある、古いカフェ。灰色のロングコートを着た男が椅子に腰かけると、ほぼ同時、ウェイターがコーヒーを持ってくる。
    「まだ何も頼んでないぞ」
    「私からですわ」
     男が言うと、目の前に赤い髪の少女が座る。淫魔だ、と放つ気が理解させる。
    「ラブリン嬢のとこの娘じゃないな。見ない顔だ」
    「はい。私はスキュラ様の下僕でございます。……昼行燈のラブリンスターには不満がおありでは?」
    「まぁ、呑気というか、平和すぎるな。悪魔どもも骨がなかったし」
    「では、こちらへいらっしゃいませんか? 戦いに不自由はしませんわ」
    「ふむ。悪くないかもな」
    「ゆっくりお考えください。……お楽しみになってから決められてもよろしいんですのよ? 私はその方が……」
     少女は頬を染め、男の手を握る。オールド・グレイ。そう呼ばれるアンブレイカブルの手を。

     いつもの難しい顔で、灼滅者達を出迎える口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)。
    「芸術発表会にラブリンスターが来てたのは知ってるかしら? 実は彼女からお願いをされちゃってて」
     それは風真・和弥(真冥途骸・d03497)の予想と合致する内容だった。
     スキュラの配下が強引な勧誘でラブリンスターの配下を寝返らせようとしているという。その阻止が、ラブリンスターのお願いの趣旨である。
     ラブリンスターの頼みを聞く必要はないが、スキュラ勢力の戦力増強は見過ごせない。また、スキュラ配下の淫魔を灼滅するチャンスでもあり、ぜひ灼滅者に対応してほしい。
    「スキュラの配下が勧誘しようとしている相手だけど、淫魔じゃないの。オールド・グレイと呼ばれるアンブレイカブルよ。以前の……枕営業のあと、ラブリンスター勢力の用心棒をしていたみたい」
     だが、滅多に荒事が起きないのでさすがに退屈し、スキュラ一派への鞍替えを考えているようだ。淫魔とオールド・グレイの接触に介入して、彼を説得して留まらせるか。あるいは、オールド・グレイを無視して淫魔だけでも灼滅するか。いずれかを選択をしてほしい、とのこと。
    「オールド・グレイは退屈に飽き飽きしているわ。ラブリンスターの下にいることのメリットを強調するか、刺激を与えて満足させれば、説得に応じると思う。強いから、戦うなら気を付けて」
     オールド・グレイは身に着けたロングコートを砂に変えて戦う。灼滅者のサイキックに例えるなら、ストリートファイターとバトルオーラのものに近い。ただ、身体能力と攻撃力は一般的なアンブレイカブルを上回る。
     淫魔はサウンドソルジャーおよびサイキックソードのサイキックを扱う。こちらはそれほど高い能力は持ち合わせていない。灼滅できればスキュラの戦力を減らせるため、確実に淫魔を灼滅するのも選択肢のひとつだ。
     オールド・グレイを無視して淫魔だけを狙った場合、彼は戦闘には参加しない。また、説得に成功すれば、淫魔は彼がなんとかするだろう、と目は最後に付け加えた。
    「ラブリンスターを助けるわけじゃないけど、スキュラの戦力が増えるのはよくないと思う。具体的にどうするか、みんなに任せるわ」
     放置しても今のところ被害はないだろうが、将来的には分からない。よりよい未来を得るため、灼滅者達は教室をあとにした。


    参加者
    琴月・立花(徒花・d00205)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    一橋・聖(みんなのお姉さん・d02156)
    叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    エルフリーデ・ゲシュペンスト(小学生シャドウハンター・d09076)
    リュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)
    鷹成・志緒梨(高校生サウンドソルジャー・d21896)

    ■リプレイ

    ●灰色の会談
     冷たい風の吹くオープンテラスで向かい合う淫魔とオールド・グレイ。コーヒーは手を着けられないまま白い湯気を上げている。そこに、八人の少年少女が現れた。
    「来たな。なんとなく、来るんじゃないかと思っていた」
     薄く笑みを浮かべるグレイに対し、淫魔は露骨に敵意を向ける。
    「あなた方は? ラブリンスターの……いえ、武蔵坂の灼滅者かしら?」
    「こんにちはー。ちょっとね、オールド・グレイさんに面白い勝負を見て貰おうかと思って」
     淫魔の質問には答えず、鷹成・志緒梨(高校生サウンドソルジャー・d21896)はどっかと席に座る。ふてぶてしく、淫魔を笑顔でにらみ返す。
    「お久しぶりです、今回は、オールド・グレイさんにお話があって伺いました」
     続いて口を開いたのは、以前の戦いでグレイと面識があるアリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)だった。グレイもそれを思い出す。
    「話とは? アンブレイカブルと話し合いができると思っているのかい?」
     心底おかしそうに、男は笑う。けれど、眼だけは試すように鋭い光を放っていた。
    「悪いコト言わないから、ラブリンスターの元を離れない様にするのが賢明よ」
     と鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)。ポニーテールを揺らして、テラスの席に腰掛ける。視線の先には、スキュラの配下である淫魔。突然の事態に少し驚いているようであったが、それでも余裕は失っていない。
    「はじめまして。お時間よろしいかしら?」
     ふわりとスカートをつまんでお辞儀すると、エルフリーデ・ゲシュペンスト(小学生シャドウハンター・d09076)も席に着く。仮面のせいで表情は分からないが、意識はグレイの方へ向く。無視されているようで、淫魔はむっと眉根を寄せる。
     エイティーンを使用した一橋・聖(みんなのお姉さん・d02156)は、メガネにスーツの知的美女スタイルで説得に臨んだ。メガネをくいっと色っぽく直す。
    「一橋聖と申します。お見知りおきを」
     続々と灼滅者が席に着くのを見て、グレイは待ったをかけた。
    「ひとつのテーブルにこれだけの人数は座れないだろう。ちょっと待ちなさい」
     グレイは立ち上がり、店員に話しかける。コーヒーを下げさせ、同時に許可を得てテーブルを動かした。そして、これでよかろう、と真っ先に座る。
    「失礼しますでしょう」
     小さく頭を下げるリュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)。座る場所は、淫魔の隣。目が合ったので、微笑んで挨拶。淫魔はふんと鼻を鳴らすだけだったが。
    「……嘘は苦手なのよ。なら、ありのまま正直に真摯にいくわ」
     凛とした言葉は、まるで刃のように鋭い。席に着き、琴月・立花(徒花・d00205)はグレイの顔をまっすぐに見据える。
    「僕は叢雲こぶし、またの名を怪傑レッドベレー!」
     意気揚々と名乗り、最後には叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)が席に着いた。舞台が整ったのを確認し、グレイは右手を上げる。すると、ケーキと飲み物が各人のもとへ給仕される。さっき一緒に注文していたらしい。
    「代は俺が持つから気にするな。怪しい薬も入っていない。……さて、話とやらを聞かせてもらおうか」
     淫魔を一瞥して、グレイはにやりと笑む。淫魔は恥ずかしそうに肩を小さくするばかり。これからが灼滅者達の番である。

    ●説得
     紅茶を上品にすすり、聖が口を開く。風に揺られる髪が光を反射して青く輝いていた。
    「まずは、私から。グレイさんは安房でのことをご存知ですか?」
     グレイが首を横に振るのを見て、聖は言葉を接ぐ。
    「結果だけをお話しするなら、スキュラは二度、ラグナロクの獲得に失敗しました。両方とも阻止したのは私達武蔵坂学園です。何度も逃げ出して、情けないですよねー。……ああ、八犬士は非常に手強かったですが」
     歯ぎしりして拳を握る淫魔。我慢の限界のようで、怒りのまま叫んだ。
    「聞き捨てなりませんわ! スキュラ様は……っ」
    「自信あるんだね。でも、自信があるなら取り乱さない方がいいと思うよ」
     こぶしが不敵に笑むと、淫魔が押し黙る。こぶしはえへんと背の割に立派な胸を張る。なぜか淫魔がさらに怒ったような。
    「こっちはラブリンスターのみに対して、あちらはスキュラに加えハルファスとセイメイも加勢したって言うじゃない。いざ事構えた時、どっちの相手した方が歯応えあるかってーと……ま、言うまでもないわね」
     ブラックコーヒーで満ちたカップをソーサーに置いて、狭霧が言う。スキュラは白の王セイメイ、ソロモンの悪魔ハルファスと結んでいる。逆に言えば、その三勢力を相手にできる機会なのだと。グレイは何も言わず、ただケーキを口に運んだ。
    「私達はその三勢力と敵対している。こちら側の方が、戦いに事欠かないと思うわ。それに、強い相手と近くにいた方が戦いやすいでしょうしね。……何より、スキュラみたいに逃げ出したりはしないわ」
     立花の鋭い言葉は淫魔のプライドをえぐる。主が灼滅者相手に敗戦を喫したのは間違なく事実なのだから。だからこそ他のダークネスと手を組んだ、と思われても仕方ない。
    「こんな風に引抜きをかけるって事は近々喧嘩するつもりなんでしょ?なら、仕掛けられてる側にいた方が面白くなると思うな」
     と志緒梨。その瞳にはわずかに怒りが宿る。相手がラブリンスター配下の淫魔とはいえ、怪しげな薬や術で籠絡するなど、女の子として許せない。
    「用心棒は特に必要になるわね……スキュラの所はやり方がせこいそうだから。女の子を薬で誑かしてるって聞いたわよ? 女の子の扱いが下手なのかしらね、素敵な灰色のおじさまと違って」
    「どうなんだ?」
    「ぐぬぬぬ。さっきからスキュラ様を好き放題にぃっ!」
     ハンカチを噛んで、古典的に悔しさを表現する淫魔。本人は本気のようだが、傍目からはそうは見えない。それもグレイへのアピールかもしれないが。
    「いいですわ! あなた達にもスキュラ様の素晴らしさを教えて差し上げますわ!」
     淫魔の反論の番、らしい。グレイはやや面倒くさそうにアールグレイをすすっていた。

    ●反論的妄言
     何分くらいたっただろうか。あまりの熱心さに灼滅者達は口を挟めなかった。挟む必要も特になかったけれど。
    「……スキュラ様の素晴らしいところ。たくさんありすぎて困りますが、私的には一番は声ですわ。数多の魂を闇に導く魔的な歌声。ああ、思い出すだけで……!」
    「ああ、分かったから落ち着きなさい」
     そこから先は少年少女には聞かせられない内容になりそうだったので、グレイが無理やり中断させた。
     それでも収まらない淫魔に、リュカが耳元でポツリと。
    「折角可愛いのに、勿体ない。怒ったら台無しだよ」
    「……むぅ」
     ささやく声は甘く、毒を持っていて。その言葉が効いたのか、淫魔もようやく黙った。
    「ボクらはより強い相手と戦う事となりましょうです。それに乗じて、一枚噛む事が出来るかもしれません」
     スキュラ、セイメイ、ハルファス。もし、この三者を退けたとしても、ダークネスと戦い続けるのは必至。そこに加わるのも可能ではないかと、リュカは言う。
    「退屈するようなら学園に遊びに来れば、退屈しのぎに戦ってくれる連中はそろってるわよ。もっとも一対一でやりあうのは無理だから数のハンデくらいもらうけどね」
     仮面を直しながら、エルフリーデ。出されたケーキや飲み物には手をつけていない。おそらく、仮面を外さないといけないからだろうけれど。それに気付いて、グレイがひとつ咳払い。
    「あー、人と話すなら仮面は外した方がいいと思うが、どうかね?」
    「え、えと、それは……」
    「はは、冗談だ。失礼」
     指摘され、慌てふためくエルフリーデ。仮面がないとうまく話せないようだ。冗談だったようで、胸を撫で下ろす。
    「オールド・グレイさんは、今はラブリンスターさん達の用心棒をなさっているってお聞きしました。でも、ラブリンスターさんの所にいると、つまらないって思い始めてらっしゃるとか。……本当に、そうでしょうか?」
     スキュラだけでなく多くのダークネスと対立している武蔵坂学園とラブリンスター勢力は友好的な関係にある。アリスにはとても退屈と縁遠いように思えた。それは、他の灼滅者も同じこと。
     最後まで話を聞いたオールド・グレイは、静かにカップを置く。中身は空になっていた。
    「なるほど。君達の言う通りなら、ラブリン嬢のところにいた方がよさそうだな」
     瞬間、淫魔はがっくりと肩を落とす。グレイまで敵になるのだから、それどころではあるまいが。けれど、次の一言で裏返る。
    「だが、俺の考えは違うよ。……君達はひとつ、勘違いをしているように思う」
     グレイは言いにくそうに、頭をポリポリかいた。選びながら、言葉を接ぐ。
    「俺は……スキュラの側につく。今決めた」

    ●灰色の背中
     淫魔も灼滅者達も驚いた。今までの話の流れで、この結果は予想できなかったから。
    「勘違いだって!?」
     動揺を隠せない様子のこぶしが叫んだ。赤い瞳には、ただ困惑の色。
    「君達が多くのダークネスと敵対していることは理解した。だが、それはラブリンスターと彼らが敵対することとイコールではない。彼女は他のダークネスを敵だと思っているようには見えない」
     ケーキの最後のひとかけらを口に運ぶグレイ。
    「なんにせよ、直接的な衝突はしないだろう。今のままでは、俺の出番は遠いということだ。……おそらく、あれはしたたかな女だ。それも計算ではなく天然で、な。八犬士を二体も失ってラグナロクも獲得できないようなうっかりの方が俺は好みだ」
     そして、とグレイは付け加える。
    「君達だってラブリンスターとは敵対するつもりはないようだ。嘘でもいいから、いつか決着をつけると言ってほしいな。それぐらいでなくては、残る気にはならない。……いくぞ」
    「はい、おじさま!」
     グレイが伝票を持って立ち上がると、淫魔もそれにつき従う。外見だけなら、親子にも見える歳の差だ。
    「さて、俺は行くよ。少し早いが、君達の成長を見せてくれ。すぐに会えそうだしな」
     それきり、灰色の背中は振り返ることなく小さくなっていく。淫魔もとうに見えない。淫魔さえ灼滅できれば目的は達することができるが、二体のダークネスを相手にして勝利の目はないだろう。オールド・グレイがいるなら、なおさら。
     すっかり飲み物は冷めていた。けれど、それ以上に冷たい沈黙が重たくのしかかる。
    「……ふぅ。困ったわね」
     一瞬、誰がしゃべったのかわからなかった。抑揚のないしゃべり方でエルフリーデだと分かる。相変わらず、仮面のせいで表情は判然としない。慣れない相手と会話したので疲れたのは確かなようだが。
    「こうなったものは仕方ないわ。戦場で会ったら、叩きのめしてやりましょう」
     ケーキをとっくに平らげた立花が静かに言う。いずれあのアンブレイカブルとは戦うことになっただろう。それが早くなっただけのこと、と。
    「そうだね。戦って勝てばいいんだよ!」
     いつの間にかエイティーンを解除してもとの童顔に戻った聖。同じくいつの間にかビハインドも傍らにいて、うんうんと頷く。
    「はい。勝利あるのみでしょう」
     グレイの言う通り、再びまみえる日も近いだろう。リュカは小さく頷いて、ケーキの残りを片づける。
    「今度こそ、私の剣、認めさせてみせます」
     次こそ決着を着けることになる。再戦を思い、アリスも闘志をたぎらせる。そっとカードごしに愛剣をなでた。
    「ま、落ち込んでても意味ないわね」
     狭霧の頭の中ではすでに戦闘のシミュレーションが組まれていた。戦うからには、勝つ。それはいつでも変わらない。
    「そっか。……うん、そうよね」
     ちゃんとダークネスと会うのは実は初めてという志緒梨。状況は失敗だが、誰かが傷ついたわけでも闇堕ちがあったわけでもない。前向きに思考を切り替える……努力をする。
    「よぉし、燃えてきた!」
     夕日を反射し、こぶしの頭のゴーグルがキラリと光る。今日はうまくいかなかったが、次はこうはいかない。固く拳を握る。
     大きな戦いの気配を感じながら、灼滅者達はカフェを後にした。時間が経つにつれ、風は冷たさを増す。次に吹く風はもっと冷たく、激しいだろう。けれど、それに臆する灼滅者たちではなかった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
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