殲術病院の危機~迫る水晶の手

    作者:草薙戒音

    「第一種戦闘配備、第一種戦闘配備!」
     喧騒の中、戦術兵器を抱えた医師や看護婦が走る。
    「防護壁展開! 敵の特定はできたか?!」
     1人の男がもう1人の男に尋ねる。
    「ハルファス軍です、ハルファス軍が襲撃してきました!」
     外部に設置されたカメラから送られてくる映像に、数十体のアンデッドが映っている。
     その後方には一見すると普通の人間のように見える青年が1人――彼がアンデッドたちの指揮官なのだろう。
    「他の『病院』に救援要請は?」
    「一応出していますが……このあたりだけでなく日本中の病院が襲撃されてるようです、こちらにもあちこちから救援要請が入っています。援軍は……」
     期待できません――返ってきた言葉に男が目を見開いた。
    「那須戦術病院の襲撃から動きがないと思っていたが、このタイミングを狙っていたのか」
     忌々しげに呟く男にもう1人が問いかける。
    「どうしますか?」
    「そんなこと決まっている、篭城するしかない。……大丈夫だ、『戦術病院』はそう簡単には陥ちはしないさ」

     戦術病院の外ではアンデッドたちが指揮官の命令を待っていた。
     真っ直ぐに伸びた黒い髪を指で弄びながら、アンデッドたちの後方に陣取った青年が呟く。
    「篭城、ですか……まあ、そうするしかないでしょうね」
     けれど――と続けて、彼は整った顔に皮肉そうな笑みを浮かべた。
    「どれだけ待ったところで援軍は来ませんよ。セイメイさまがわざわざ他のダークネスどもと手を組んでまで遂行される作戦ですから」
     僅かに目を細めた青年の、水晶と化した腕が戦術病院にむけて伸ばされる。
    「さあ、いきなさいアンデッドたち――」
     青年の人差し指にはめられた指輪が、キラリと光を反射した。
     
    「複数のダークネス組織が『病院』の襲撃を目論んでいることがわかった」
     集まった灼滅者たちを前に一之瀬・巽(高校生エクスブレイン・dn0038)が口を開いた。
    「皆も知っていると思うけど、『病院』は武蔵坂学園とはまた別の灼滅者組織だ。戦術病院という拠点を全国に持っているんだが、日本各地にある戦術病院を『ソロモンの悪魔・ハルファス』『白の王・セイメイ』『淫魔・スキュラ』の軍勢が一斉に襲撃する計画らしい」
     戦術病院の防御力は高い。「篭城している間に他の病院から援軍を送って敵を撃退する」という戦いが得意で、実際これまではそれで対応できていたのだが……。
    「今回はダークネスの3勢力がほとんどの病院を一斉に襲撃しているせいでお互いに援軍を出すことができずに孤立してしまっているんだ」
     いくら防御力が高いといっても篭城には限界がある。放っておけば病院勢力は壊滅してしまうに違いない。
    「別組織とはいえ病院に属しているのは皆と同じ灼滅者だ……病院を、そこに属する人たちを助けてほしい」
     巽は続けて具体的な説明を開始した。
    「皆に行って欲しいのはこの病院だ」
     地図を広げ、手にした扇子で一点を指す。
    「現在、戦術隔壁を閉鎖して篭城中……なんだが、既に幾つかの隔壁は破損して白兵戦が始まっているらしい」
     放っておけばそう長くは持たない。
    「敵はノーライフキングが1体と40体ほどのアンデッド。たとえ皆といえどもまともに戦って勝てる相手じゃない」
     方法は1つ――戦術病院との戦闘の隙をつき指揮官であるダークネスを撃破すること。
    「指揮官さえ倒してしまえば病院側の灼滅者たちも籠城をやめて外に出てくる。協力すれば残った眷属くらいなら撃破できるはずだ」
     ただし、ダークネスを倒せず眷属の中に逃げ込まれると厄介なことになる。
    「数いる眷属のただなかでダークネスを見つけ倒すのははっきり言って困難だ。そうなった場合は撤退も視野に入れるべきだと思う」
     武蔵坂学園の灼滅者が現場に到着した時、戦術病院の1階の窓ガラスの幾つかは割られ、一部のアンデッドはその中に入ろうとしている。
     司令官であるダークネス、ノーライフキングの青年はアンデッドたちの最後方、戦術病院に隣接する森の出口で高みの見物をしている。
    「ノーライフキングはエクソシストのサイキックと……契約の指輪のサイキックを使ってくる。威力は比べ物にならないくらい強いから、そのあたりは気を付けて」
     ダークネスを撃破した後は病院の灼滅者と協力し眷属を撃破していくことになるだろう。
    「正直、危ない作戦だと思う。ダークネスの他に、眷属とはいえ何十体も敵がいるわけだし……でも、皆に頼むしかないんだ」
     救援が間に合わず、既に陥ちている戦術病院もある。
    「どうか、病院の灼滅者たちを助けてほしい。よろしく頼む」
     最後にもう一度そう言って、巽は灼滅者たちに頭を下げた。


    参加者
    宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    藤平・晴汰(灯陽・d04373)
    上木・ミキ(ー・d08258)
    鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)
    牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)

    ■リプレイ


     風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)の「隠された森の小路」の効果で森の木々が曲がり、存在しないはずの路を作り出す。
     彼方を先頭に、灼滅者たちは殲術病院へと続く小路を駆け抜ける。
    「何やらメンドーなことになってるッスねぇ」
     仲間と共に走りながら、牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)が呟いた。どこか他人事のような、あまりやる気ななさそうな口調に気付いているのかいないのか、シオン・ハークレー(光芒・d01975)が答える。
    「同じ灼滅者としては助けてあげたいよね」
    「はあ……私達が失敗したら人死にが出ちゃうんですよね」
     上木・ミキ(ー・d08258)が盛大に息を吐く。はっきり言って気が重くて仕方がない、それでも足を止めないのは助かるはずの命を諦められるほど達観してはいないからだ。
     やがて微かに戦いの音が聞こえ始め、それがだんだんと大きくなっていく。
     先頭を走っていた彼方が歩を止めた。森を抜けるまであとほんの僅か、木立の向こうに倒すべき敵の姿が見える。
     灼滅者たちは頷きあい、2つのグループに別れ森の中に身を潜めた。慎重に、枯葉を踏む音にすら気を使いながら敵の背後へと近づいていく。
     ガラスの割れるような音が、アンデッドの呻き声が、あたりに響く。指揮官であるノーライフキングの視線の先には、病院の建物に群がる数多のアンデッドたちの姿がある。その様が過去の記憶に重なり、鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)はその顔を一瞬だけゆがめた。
    (「厳しい戦いだからって見捨てられないよな」)
     藤平・晴汰(灯陽・d04373)は自分がそこまで器用に生きられないことを知っていた。だからこそ、覚悟はできている。
     灼滅者の配置とノーライフキングの様子を窺っていた直哉の手がカウントダウンを始める。
     3、2、1――。
    (「――往こう!」)
     カウントがゼロになると同時、灼滅者たちが一斉に森を飛び出した。


     突然飛び出してきた灼滅者たちに気付き、ノーライフキングの青年が背後へと向き直る。
     函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)の放った妖冷弾が、直撃を避けるべく青年が翳した腕を凍りつかせ、ゆずるのナノナノ「しまださん」が放ったしゃぼん玉が青年にぶつかり弾ける。
     体制を整えようとした青年目掛けて、直哉が巨大化し異形となった腕を振り下ろす。
     咄嗟にその場から飛びのいた青年の背を、シオンの足元から伸びた影が切り裂く。
     更にシオンの後方から飛び出した麻耶のクルセイドソードが、青年の腱を断たんと振るわれる。
    「……っ!」
     立て続けの攻撃に僅かに顔を顰めた青年に、今度は宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)が走り寄った。
    「高みの見物とは良いご身分だな」
     言い放つなりWOKシールドで青年の胴を強かに殴りつけ、青年の怒りを誘う。彼に付き従う霊犬の「月白」は、咥えた刃で青年へと切り掛かっていく。
     青年に殴りかかる晴汰の縛霊手から網状の霊力が放射され、青年にそれが絡みつく。違和感に気付いてか、青年が煩わしそうな表情を浮かべる。
    「もしかして戦うのって初めて?」
     問いかける彼方が放つのは、高純度に圧縮された魔法の矢。青年の肩を狙ったそれは、寸でのところで青年から放たれた裁きの光に掻き消された。
    「何をもってそう判断したのか、わかりかねますね」
     首を傾げる仕草に合わせて、青年の髪がサラリと揺れる。
    「貴方方に奇襲をかけられたからですか?」
     言いながら殲術病院を見遣った青年に、ミキがボソリと呟いた。
    「アンデッドを呼ぼうっていうんなら無駄ですよ」
     アンデッドたちに気取られる可能性を減らす為に、指揮官の声がアンデッドたちに届かぬように、その為にサウンドシャッターで音を遮断したのだから。
    「偉そうに高みの見物なんてしてるからッスよ」
     気だるそうな表情のまま麻耶が付け加える。
    「そんなことはしませんよ。アンデッドたちには『アレ』を落として貰わないといけませんから」
     にっこり笑ってそう答えた青年の頭上に、プリズムのような輝きを放つ十字架が現れる。
    「貴方方の相手は私が1人で務めます。殲術病院が落ちるまでは、ね」
     前衛を務める灼滅者たちに、十字架から無数の光線が放たれた。


     ノーライフキングの青年が放つ光が、灼滅者たちの体を貫き傷つける。
    「ナノナノ~」
     しまださんが傷ついた灼滅者の間を忙しく飛び回る。
    「セイクリッドウインド、いくッス」
    「りょうかーい」
     麻耶がクルセイドソードを振るうと同時に風が巻き起こり、ミキがより一層深い傷を負った仲間を癒すべく縛霊手の指先に霊力を集める。
    (「『がんばらない』とか言ってる場合じゃなさそうですね」)
     ミキが心の中だけでため息をついた。
     堕ちて間もないように見えるがやはりダークネスはダークネス、青年の攻撃の威力は凄まじい。アンデッドたちとの分断に成功し相手が1人なのは救いだが、だからと言って息をつける状況でもなかった。
     直哉が敵を絡め取るべく放った影の触手を青年が寸でのところで避ける。と、それを待っていたかのようにゆずるが一気に飛び出した。
    (「気になることは、いっぱいある、けど、今は、戦わなきゃ」)
     ゆずるは勢いそのままの俊敏な動きで青年の背後に回りこみ、青年の着衣ごとその体を一気に引き裂く。
    (「助けてあげたい」)
     耳に届くもう1つの戦場の音に、シオンは素直にそう思う。そのためには目の前の青年を倒さなければならない。
    (「ノーライフキングを見逃すわけにもいかないもの」)
     構えたクルセイドソードを非物質化させ、シオンが青年に肉薄した。突き出された刀身は青年の体を傷つけることなく、その内面のみを破壊する。
     剣を引き抜き飛びのいたシオンの背後に、天星弓を構えた彼方がいた。引き絞られた弓に番えられるのは、彗星を思わせる巨大な威力を秘めた矢――。
     放たれた矢が青年の肩を貫き、青年の腕が力なく垂れ下がる。
    「……面倒ですね」
     そう呟くなり、青年は裁きの光条を放った。彼の視線の先には、回復手として動き回る麻耶の姿がある。
    「う……わ」
     クルセイドソードを握りしめ、麻耶は襲いくるであろう衝撃を前にギュッと目を閉じる。しかし――。
    『ギャウン!!』
     直後に響いた鳴き声は、月白のものだった。麻耶を庇いその場に崩れ落ちる月白に、綸太郎が思わず声を上げる。
    「月白!」
    「私たち任せてください」
    「ナノナノ~」
     攻撃の手を緩めるわけにはいかない。回復手たちの言葉に頷いて、綸太郎は黒い影で青年を飲み込みその体を覆い尽くす。
    「残念だけど、貴様達の好きにはさせない」
     淡々とした口調で綸太郎が宣言した。それは「絶対に」許さない、と眼鏡の奥のその瞳が告げている。
    (「今は、指揮官を倒すことに集中しないと」)
     晴汰の指の制約の指輪から、魔法の弾が放たれた。

     誰も救えないままなんて、『絶対に』嫌だ――。


     諦めない、諦めたくない。
     急く気持ちを抑え、仲間と共に懸命に戦う灼滅者たち。互いをフォローしあうその連携プレーの前に、勝利の天秤は少しずづ、けれど確実に灼滅者側へと傾いていく。
     ノーライフキングの青年はまだそこに立っているが、その表情には先ほどまであった余裕がない。
    「もう少しだ」
     直哉の言葉に頷いて、シオンがマテリアルロッドで青年に殴り掛かる。青年の胴にマテリアルロッドが触れると同時、ありったけの魔力をその体へと流し込み……体内から爆発させる。
    「ぐ……」
     青年が端正な顔を歪ませ呻き声を上げた。
    「しまださん、は、念のため、回復」
     そう言い置いて、ゆずるは直哉と共に青年目掛けて走り出す。
    「悪いが、負ける気などないんだ」
     直哉が巨大異形化した腕を振り上げる。振り下ろされた拳が青年の頭蓋を揺らし、その足をよろめかせる。バランスを崩した青年の足元を、ゆずるの黒死斬が狙い澄ましたかのように切り裂いた。
     がくん、とその場に崩れ落ちた青年の瞳が驚愕に見開かれる。
     動きの鈍った青年の体に、晴汰の陰で作られた触手が纏わりついた。青年の体に絡みついた触手が、その動きを更に鈍らせる。
     動きを幾重にも制限された青年を、彼方のマジックミサイルが襲った。避けることもできず、青年の無事であった肩が吹き飛び水晶の腕がボトリと地面に落ちる。
    「牧瀬さん、私たちも」
    「そうッスね」
     ここが勝負どころと見たのだろう、これまで回復役に徹していたミキと麻耶も得物を構え攻勢に転じた。
     三木の指から制約の弾が発射される。それが青年に着弾するとほぼ同時、青年の死角へと回り込んだ麻耶のクルセイドソードが青年の体を切り裂いた。
     蒼焔と名付けられた日本刀の柄に手を掛け、綸太郎が一気に青年との距離を詰める。
    「護るべきものがある。だから俺は、戦う」
     抜刀された刃が、青年の胴を薙ぐ。その直後、青年の体がどさりと音を立てて地面に転がった。
    「……ここまで、ですか」
     諦めたように小さく笑い、地面に転がったままの青年が呟く。
    「まあ、仕方あ、りま……せ……」
     言葉は最後まで紡がれることなく、ノーライフキングの青年は消滅した。


    「急ぎましょう」
     彼方の言葉に灼滅者たちが頷いた。既にかなりの数のアンデッドが殲術病院の中へと侵入しているはずだ。
    「セイタさんとナオヤさんは一旦後衛に下がった方がいいと思う」
    「ぼくが前に出ます。あと、ミキさんもお願いできますか」
    「わかった」
     アンデッドの群れ目掛けて駆けながら、灼滅者たちが言葉を交わす。
    (「殲術病院がどんな組織かは知らねぇし、特に義理も無いッスけど……折角だから恩でも売っときましょうかね」)
     麻耶の除霊結界が展開され、複数のアンデッドが動きを鈍らせる。
    「病院に群がってどうした? 入院希望ッスか?」
     後方からフリージングデスを使い、アンデッドを氷漬けにする晴汰。その表情からは隠しきれない疲労がうかがえる。
    (「けれどまだ、終わってない」)
     直後、殲術病院の扉が開き数体のアンデッドが屋外へと吹き飛ばされてきた。
     院内から、人影が現れる。闇堕ちした灼滅者のような外見をした彼らこそ、殲術病院に属する灼滅者なのだろう。
    「僕たちも灼滅者です!」
    「助けに来た」
     端的にそう言って、綸太郎が手近にいたアンデッドを斬り伏せる。
    (「はあ……もうひと頑張り、ってやつですか」)
     心の中だけで呟いて、ミキが縛霊手に内蔵された祭壇を展開した。
    「本当、がんばりたくないんですけどね」
    「しまださん、病院の人も、回復してあげて、ね」
     妖冷弾を撃ちながら指示するゆずる。しまださんがふわふわと病院の灼滅者のもとへと飛んでいく。
     迫るアンデッドを鬼神変で殴りつけ、直哉が月白に話しかける。
    「一気にカタをつけるぞ、月白」
     その言葉に応じるかのように、月白はアンデッド目掛けて六文銭を撃ち出した。

     敵の数は多くとも、組織の枠を超えて共闘すれば勝てる――。

     武蔵坂学園の灼滅者たちの言葉に、殲術病院の灼滅者たちが応じた。
     殲術病院を襲ったアンデッドたちは、2つの組織の灼滅者の手で次々と灼滅されていく。
     最後のアンデッドが倒れるまで、あと少し。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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