刺青が呼ぶ飢餓

     ――その日男は、ヘマをしたという部下が戻ってくるのを待ちながら、先日彫った刺青がどうにも疼くように感じていた。
     そして事務所へと帰ってきた部下だが、己のミスの重大さ――あるいは組の顔に泥を塗ることの意味――を理解していないのか、妙に軽薄な態度であった。
    「……テメェ、随分とヘラヘラしてるじゃねぇか」
     男は、ゆっくり部下へと歩み寄る。だがそんな仕草とは裏腹に、男の胸中は怒りで煮え繰り返っていたのだ。
     まずはこの部下を、一発殴ってやらねば気が済まない――そう思いながら、腕を振り被る。
     その瞬間、男の激情に呼応するように、疼く刺青が力を発したのだった。
    「――ッ! なんだ、この喉が乾いてるみたいな感覚は。俺は一体、どうなっちまったんだ……」
     部下を殴り殺した腕の血を舐め取ると、男はさらに周囲の組員たちへと襲い掛かった。

    「諸君、ダークネスによる新たな事件の予測だ」
     毅然とした態度で教室へとやってきた宮本・軍(高校生エクスブレイン・dn0176)は、灼滅者たちに向けて事件の概要を説明した。
    「既に聞いている者もいるかもしれないが、最近になって刺青を持つ人間が羅刹と化す事件が発生している」
     その原因との関連は不明だが、どうやら強力な羅刹の動きが確認されているらしい。
    「ともあれ原因究明は追い追い行うとして、まずは当面の事件に対処してもらいたい」
     そして今回予測されたのは、部下の不手際に激怒したヤクザが羅刹と化し、事務所にい合せた組員を皆殺しにしてしまうという事件である。
    「どのような職種であれ、上司と部下の報告・連絡・相談は重要ということなのだろうな。とはいえ、その不備への仕打ちに命を奪うというのは、さすがにやりすぎだろう」
     また今回の敵は、羅刹の能力に目覚める前に倒されると、完全な羅刹として復活する特性があるらしい。
    「被害の発生を防ぐためにも、この特性を利用しない手はないな。部下が戻ってくる前にこの男を襲撃し、羅刹となったところで再度撃破するのが望ましい」
     またこの羅刹は、復活前に負った傷やバッドステータスは一切残らないことが予測されている。
    「仮に人間の状態で殺してしまっても、万全な羅刹として復活するようだ。つまり倒し方は重要ではないということだな」
     そして現場となる事務所には、部下が戻る前にも何人かの組員がいる。また十分な広さがあるとも言えず、戦場としては不向きだろう。
    「他の組員と、戦場ついて、何らかの対処が必要になるだろうな。事務所の外にでも、男だけを誘き出せればよいのだが……。
     それと復活後の敵の能力だが、神薙使いのサイキックに加え、所持している銃がガンナイフに変化するようだぞ」
     最後に軍は、あまり戦闘に時間をかけ過ぎたり、周囲の注目を集めたりしないよう警告した。
    「そうなった場合、予想外の強敵が現れる可能性もある。今回の事件との関連は不明だが、強大な力を持った羅刹が動いているようなのでな」
     そして軍は、教室をあとにしようとする灼滅者たちを送り出した。
    「復活する敵はゲームでは定番だが、ダークネスとしては珍しいタイプだな。まぁ何にせよ、諸君らの武運を祈る」


    参加者
    高橋・雛子(はっちゃけ高機動型おちび・d03374)
    四季・紗紅(小学生ファイアブラッド・d03681)
    皐月・詩乃(中学生神薙使い・d04795)
    高遠・彼方(無銘葬・d06991)
    逆神・冥(復讐者は何を語る・d10857)
    狗崎・誠(猩血の盾・d12271)
    一色・紅染(穢れ無き災い・d21025)
    驟雨丞・征太郎(アンサイズニア・d22383)

    ■リプレイ


    「おうじょうせいやぁ――!」
     ヤクザの事務所の扉を蹴破って威勢よく飛び込んだのは、小柄な高橋・雛子(はっちゃけ高機動型おちび・d03374)だった。あまりにも場に不釣り合いな闖入者の姿に、事務所にいたヤクザたちは呆然としている。
    「にしてもやーさんの事務所いうても普通のオフィスみたいやなぁ、もっとそれっぽいんかと思ったで」
     などと、歯を見せながらの満面の笑顔で興味深そうにしている驟雨丞・征太郎(アンサイズニア・d22383)。ヤクザたちの神経を逆撫でするという意図もあるが、彼は基本的に笑顔である。
    「……な、なんだテメェら、ここは餓鬼の来るところじゃねぇぞ!」
     雛子らの襲撃にどう対処すべきか判じかねたヤクザたちは、とりあえず当たり障りのない文句へと落ち着いたようだ。
    「うぅ、やっぱり小馬鹿にされた……。よーし、ここは紅染君、頼んだぞ!」
    「分かり、ました。ここは、任せて、下さい」
     言うなり前へと歩み出た一色・紅染(穢れ無き災い・d21025)は、周囲に魂鎮めの風を振り撒く。すると一人を除いて、事務所内のヤクザたちが次々とその場に昏倒していった。
    「なんだっ! 何が起きたんだ!?」
     一人取り残された男は、周囲を見回しながら狼狽している。ESPが通用しなかったこの男こそが、予測された羅刹であることは明らかだった。
    「悪いがお仲間さんには眠ってもらった」
     雛子は毅然とした様子で男へと言う。
    「お前に用があったんでな、ちょいとツラ貸せよ。……その刺青の疼きの理由、知りたくはないか?」
     口の端を歪めつつ、高圧的な態度で男へと告げる高遠・彼方(無銘葬・d06991)。
    「応じないならこの組ごと潰してやる。それが嫌なら、とにかく俺たちについてこい」
     そして彼方はきびすを返し、事務所をあとにする。
    「フフッ」
     男を一瞥してから、笑みと共に彼方の後を追う紅染。
     雛子と征太郎も二人に続いて事務所を飛び出す。征太郎は相手を挑発するためなのか鼻歌交じりである。
    「な――っ! 待て、テメエら!!」
     突然の乱入者による挑発は、不機嫌であった男を激昂させるに十分だった。だが灼滅者たちを追う理由は怒りだけではない。自身の刺青の疼きを看破されたこともその一つである。

     そして雛子らが男を誘導している間、残りの仲間たちは戦場の準備をしていた。
    「よい場所が見つかってよかったですね、ここならば周囲から目立たずにすみます」
     どこかのんびりとした調子で四季・紗紅(小学生ファイアブラッド・d03681)が言う。事務所の近くに、使われていないらしいビルを発見したのだ。
    「事務所に向かった方たちには準備完了と連絡しました、これから誘導を開始するようです」
     電話を片手に、やはりのんびりとした口調で言うのは、皐月・詩乃(中学生神薙使い・d04795)である。既に殺界形成で周囲の人払いを行っていた。
    「それにしても、刺青がどう羅刹化と関係しているのだろうか。
     そういえば、羅刹佰鬼陣の時は地獄絵図から鬼を生み出していたんだよな。……『絵図』と『刺青』か、何かひっかかる」
     サウンドシャッターを展開しつつ、一人ごちる狗崎・誠(猩血の盾・d12271)。
     そして逆神・冥(復讐者は何を語る・d10857)は精神統一をすべく、一人黙して戦闘に備えていた。

     それからしばらくして、男を引き連れた仲間たちが到着した。
    「こんなところまで俺を連れてきてどうしようってんだ、さっさとテメエらの目的を言いやがれ!」
     ここまで灼滅者たちを追ってきた男は、息をあらげながら不機嫌さを露わにしている。
     そんな男へと、紅染と雛子が歩み寄る。まずはこの男を羅刹にすべく、苦しめないよう速やかに止めを刺さねばと考えていたのだ。
     ――だが次の瞬間、男の胸に槍が突き立てられた。背後に回り込んだ彼方の槍である。
    「こういう作業はさっさとすませるに限る。俺は殺人鬼だしな」
     それにお前らみたいに、まっとうな考えの奴らにやらせるのは心苦しいしな――と、胸中で呟く彼方だった。


     彼方の一撃によって、確かに絶命した男。だが止まっていた男の心臓が、突如脈打ち始めた。
     そして、死んでいたはずの男が羅刹として息を吹き返す。
    「アッ、ガ――ッ! ハァ、ハァ――!?
     なんだ、俺はどうなったんだ……? なんだか知らねぇが足りねぇ、力が足りねぇぞ……」
     男の胸の傷が急速に塞がっていく。そして幽鬼のようにゆらりと立ち上がった男は、周囲の灼滅者たちをぎょろりとした目で見据える。
    「ちくしょう、まずはテメエらだ、テメエらの力から奪ってやるぜ――!」
     突如襲いかかる羅刹へと、灼滅者たちは行動を開始した。
    「最近はダークネスとの殺し合いをやってなかったからな、楽しませてくれよ」
     敵の出鼻をくじくべく、彼方が初撃を放つ。槍を手に、螺旋の軌道で男へと突き立てる――が、男は同じ手は食わぬとばかりに、片腕一本で彼方の槍を受け止めるのだった。
     反撃を警戒して後退する彼方。そして続いて、雛子が斧を手に斬りかかる。その一撃に、羅刹は思わずたたらを踏んだ。
     その隙を突くべく、肉薄した征太郎がダンスと共に鎌で斬りつける。
    「くそっ、どうなってやがる! 俺がこんなガキどもにやられるはずがねぇだろ!?」
     男は拳銃を抜き放つと、眼前の征太郎へと鈍器のように振りかざした。
    「敵の攻撃は私に任せておきなよ、驟雨丞」
     羅刹が振るう拳銃を受け止めつつ、自身ではなく征太郎へとシールドを付与する誠。
    「うーん、守ってもらうんは男が廃る……とは言いたいところやけど、力不足は分かってるからなぁ、恩に着るわ」

     そして灼滅者たちは、エクスブレインからの警告を遵守すべく、早急に勝負をつけようと攻める。しかし目覚めたばかりとはいえ敵はダークネスである、そう簡単に勝負を決することはできない。
    「――災厄と、知れ」
     スレイヤーカードからロッドを解放する紅染。
    「少し、大人しく、してて」
     後方より敵との間合いをはかっていたが、機を見て素早く肉薄し、死角からの殴打を見舞う。
     さらに冥は、後方に控える霊犬『鬼茂』の六文銭による援護を受けつつ、妖刀村正「氷血」による上段斬りで敵の構えを崩す。
     そしてサイキックソードを手にした紗紅が敵の懐に飛び込むと、得物に炎を纏わせつつ斬り上げる。
     しかし羅刹はその斬撃を後退して躱すと、前衛の灼滅者に向けて拳銃を立て続けに発砲した。
     弾丸から仲間を庇うべく、詩乃の霊犬『切那』が飛び出した。銃弾をその身に受けつつ、浄霊眼で傷を負った仲間を癒す。さらに主である詩乃もまた、清めの風を前衛の灼滅者たちへと吹かせる。
     そして傷が癒えたところで、彼方と雛子は反撃に出る。彼方は槍から妖気のつららを放って敵を凍てつかせ、雛子もディーヴァズメロディで敵の精神を蝕む。
    「力、ごと、砕き、ます」
     そして紅染のロッドによる、狙い澄ました殴打が見舞われた。
    「へっ、傷の治療ならこっちだってできんだよォ!!」
     強烈な魔力を受け負傷する羅刹だが、自らに癒しの風を吹かせて傷を治癒させてしまう。


     こうして灼滅者たちと羅刹は、一進一退の戦闘を繰り広げる。灼滅者たちは執拗に敵へと傷を穿っていくが、羅刹もまた自らその傷を癒してしまうのだ。
     だが灼滅者たちによって負わされたバッドステータスを完全に消し去ることはできず、灼滅者たちの数の利の前に、次第に羅刹は追い詰められていく。
    「ちくしょう! なんでこんな連中にてこずらされんだよ、力がクソ渇いてやがる!!」
     腕を異形へと変貌させ、振り上げる羅刹。その眼前へと誠が立ちはだかる。そして詩乃によって強化されたシールドで敵の一撃を受け止めつつ、影の刃で敵の構えを崩す。
     そこへ冥が鬼茂と共に踏み込み、巧みな連携による斬撃で敵の足元を斬り付けた。
     さらに続け様に紗紅のサイキックソードが敵の異形化した腕の肉を削ぎ、咄嗟に防御しようとする敵の体を征太郎の鋼糸が搦め捕った。
    「――ッくしょうがぁ! テメエら、すぐにぶち殺してやらぁ!!」
     咆哮と共に傷を癒し、捕縛から逃れようとする羅刹。だが既に負った阻害の度合いは致命的であり、灼滅者たちは一気に畳み掛ける。
     動きの鈍った敵へと肉薄した彼方は、槍を手放すとオーラを込めた拳と蹴りの乱打を見舞う。
    「――攻撃が武器だけだと思ってたか?」
     そして彼の猛攻に敵が怯んだところへ、雛子が霊体化したクルセイドソードで斬り付ける。
     さらに回復よりも畳み掛けるべきと判断した詩乃もまた、切那の六文銭と共に後方より風の刃で敵の全身を切り裂いていく。
    「ガ――ァ! っくそ、いい加減にしやがれぇ!!」
     既に鬼と化している腕をさらに肥大化させながら、眼前の灼滅者へと渾身の一撃を叩き込もうと振り被る羅刹――だが、誠が負傷をものともせず立ちふさがり、シールドで羅刹の異形の腕を防ぐ。
     そしてその腕に炎を込めて、自身もまた渾身の力で敵を殴打する誠。さらに炎を重ねるように、紗紅もサイキックソードを赤く染め上げながら斬撃を見舞う。
    「ガハ――ッ! くそ、熱い……。力が、足りねぇ……」
     再び清めの風によって傷を癒そうとする羅刹。だが征太郎の大鎌による斬撃が、敵に回復を許さない。
    「潰し、ます」
     片腕を鬼と化した紅染が、敵の満身創痍の体を渾身で殴打する。そしてそれを受け瀕死の重傷を負う敵に、遂に止めの一撃が下される。
     愛刀を鞘に収めたまま、瀕死の羅刹へと踏み込む冥。そして目にも留まらぬ居合斬りが、死から蘇った敵の命を、再び刈り取るのだった。


    「あぁ、どんな刺青が彫られてるのか確認したかったのに、残念なのだ……」
     燃え盛る羅刹の亡骸を前に、思わず嘆く雛子。
    「刺青によって羅刹に……。まるで、アモンがやっていたデモノイドの生成のような話ですね」
     灰すら残さず消えていく炎を見据えながら、紗紅もまたそんなことを呟く。
    「刺青が羅刹化を進めているのか、あるいは数多の刺青の中から、宝物でも探している人がそうなるよう仕向けているのか……。
     いずれにしても、この状況への手がかりだけでも入手できればよかったのですが……」
     傍らの切那を撫でながら、彼女らの言葉に応じる詩乃。
    「おい、予想外の強敵とやらとは会いたくないんだろう? コトは済んだんだ、さっさと撤収するぞ」
     仲間にその場からの離脱を促す彼方。彼としては更なる強敵との殺し合いに興味がないでもなかったが、強敵というからにはいずれ機会があるだろうとも考えていた。
     そうして彼の言葉に従い、撤収を始める灼滅者たち。
    「灰も残さず逝く、か。粗野な相手だったが、散り際だけは潔いものだな」
     戦闘があったという痕跡だけが残る戦場に、一瞥をくれる冥。
    「……お休み、なさい」
     既に亡き羅刹に小さく手を合わせ、冥福を祈りながらその場を立ち去る紅染。
    「正直、忠告されてる強敵って気になるねん。もしかしたら刺青の覚醒に気づいて来訪してくるかもしれんし、あるいは事務所の奥で寝てたりしてるかもしれんし……」
    「ま、気になるところではあるが、それは私たちがもっと力を付けてからだな。エクスブレインの指示に背くと、大体洒落にならない目に遭うし」
    「確かに、それもそうやなぁ……」
     名残惜しげな征太郎だったが、自身を庇って傷を負った誠にたしなめられては、さすがに返す言葉がなかった。
     そしてその誠だが、戦場となったビルから立ち去る道中、ひたすら雛子の頭を撫で回していた。
    「……なんで撫でるのだ?」
    「や、今回敵のどこにも愛らしさがなかったせいで、私も潤いが欠乏してな」
     そんなことを言いつつ、無表情で撫で続ける誠だった。

    作者:AtuyaN 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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