殲術病院の危機~死神・黒天

    作者:相原あきと

     そこは関東のとある病院だった。
     しかしただの病院ではない。
     なぜならそこは、全国に点在する殲術病院、その1つだったからだ。
     バタバタバタ……ガシャガシャ、ガシャン!
     今、病院内は喧噪に包まれていた。廊下を走り回る音や、どこかしこで武器を運び、装備し、準備する音が聞こえる。
    「源内先生!」
     部屋に飛び込んできた若い先生が、長い髭を生やした老先生に慌てて報告を行おうとする。
    「言わなくてもわかっておる。ハルファスの軍勢じゃろう」
    「は、はい。大きな黒刀を担いだ赤髪の男が率いる、大鎌を担いだ黒ローブの死神のような軍団が……すでに前門は突破され、病院内部にて戦闘も……」
    「慌てるな。我ら病院は常にどこかが攻められようと、他の病院からの援軍を待ち、今まで奴らに対抗してきた……近くの病院への連絡は」
     落ち着いた声音で老先生が問うが、若い先生は未だ落ち着かずに報告を続ける。
    「そ、それが、どの病院も同じくハルファス軍に攻められているらしく……」
    「なるほど、この近辺をまとめて潰す作戦か……最終防衛隔壁を閉じよ」
    「し、しかし」
    「わかっておる。だが隣町などからの援軍を期待できぬとなれば、最悪、隣の県からの援軍を待たねばならぬ可能性もある。ならばこそ――」
     落ち着いて語る老先生の言葉を、その若い先生は遮ると、ごくりと唾を飲み込み。
    「し、失礼しました……しかし、それでも、それでは我々は……」
    「どういうことじゃ」
    「襲撃はここと隣町だけでは無く、日本中の病院が同時に襲撃されているようで……」
    「なん……じゃと……!?」

    「みんな、武蔵坂学園とは別の灼滅者組織があるのは、知ってる?」
     エクスブレインの鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)がみなを見回しながら質問する。
     武蔵坂以外の灼滅者組織、通称『病院』と呼ばれるその組織は、未だ学園と直接の接触は無いとはいえ、その名を耳にしたことがある灼滅者はそれなりにいた。
    「実は、複数のダークネス組織が、その『病院』の襲撃をもくろんでいるみたいなの」
     1つはソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢。
     1つは白の王・セイメイの軍勢。
     1つは淫魔・スキュラの軍勢。
     病院勢力は殲術病院という拠点を全国に持っており、その防御力は高く、どこかが攻められても近辺の殲術病院から援軍を出すことで敵を撃退し続けてきたらしい。
    「だけど、今回はダークネスの3勢力が手を組んで、ほとんどの病院が一斉に襲撃されるの。これじゃあ援軍を出すこともままならないし、孤立無縁で壊滅するだけ……もし、これを救うことができるとしたら」
     珠希が灼滅者の皆を見回す。
     つまり、それが今回の依頼だった。
    「ここに集まってもらったみなに行ってもらいたいのは関東にあるとある病院よ。すでに隔壁を閉じて防御に徹しているけど、すでに正面門は突破され、いくつかの隔壁も突破されつつある状況よ。病院内ではすでに数カ所で戦闘が行われているわ」
     その病院を襲撃してきているのはハルファス軍のソロモンの悪魔1体と、その眷属が約50体。
     まともに戦っては絶対に勝てない数だ。
    「だから、みんなには敵の指揮官を狙って欲しいの。その指揮官させ倒せれば、病院勢力の人たちも籠城をやめて外で一緒に戦ってくれると思う。そうなれば私たちの勝利よ」
     珠希はぐっと拳を握るが、次いで真剣な表情で。
    「でも、もし指揮官を取り逃がした場合……次のチャンスは無いと思って。結論から言うと……その病院を救う手だてはなくなるわ」
     撤退して……珠希は沈鬱な表情でそう続けた。
     次いで珠希はその指揮官について説明する。
    「敵の指揮官はソロモンの悪魔・黒天、大きな黒刀を持った赤髪の悪魔よ。黒天は病院の正面門前に陣取って、そこから眷属たちに指示を出しているの」
     正面門前にいるのは黒天と、その眷属が4体。
     残りはすでに病院内に突入しているらしく、その場にはいない。
     ただし、10分に1度は病院内から現場の伝令役が2名、黒天に報告に戻ってくるらしい。
    「チャンスがあるとすれば、黒天は病院に援軍が来るとは思ってないわ。だから背後から奇襲できれば……」
     もちろん、背後から近づく際に気づかれれば、病院内に逃げられ一巻の終わりだ。甘い考えは捨ててしっかり作戦を練るべきだろう。
    「黒天は挑発に乗るタイプじゃないわ。未知数なこととか、危ないと思ったら即座に眷属と合流して体勢を立て直そうとするような奴よ」
     冷静な指揮官タイプということか。
     ちなみに使ってくるサイキックは魔法使いとバトルオーラ、それに無敵斬艦刀に似たものを使うらしい。
     得意な戦術は自身が氷をばらまき、眷属たちに1人を集中攻撃させ、倒せそうな場合はフィニッシュとばかりに薙ぎ払ってくると言う。
     黒天の眷属はデスサイズに似たサイキックを使うが、ポジションはジャマーが2人、メディックが2人らしい。基本的に眷属たちは黒天の指示に従いつつ、できるだけ多くの敵を巻き込んで攻撃してくる。
    「黒天のそばに控えている眷属4人は倒しても倒さないでも良いわ。あくまで目的はソロモンの悪魔・黒天の灼滅……ただ、敵は強いわ。いざという時の引き際も、今回はちゃんと考えて向かって……お願いね」


    参加者
    アプリコット・ルター(甘色ドルチェ・d00579)
    東谷・円(ヤドリギの魔法使い・d02468)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    氷霄・あすか(高校生シャドウハンター・d02917)
    葛山・詞貴(ヴァームスピーサー・d03068)
    月雲・螢(線香花火の女王・d06312)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    禰宜・剣(銀雷閃・d09551)

    ■リプレイ


     病院正面の駐車場を挟むように身を隠した2班が息を潜める中、病院内からはダークネスと交戦する戦闘音や、悲鳴や断末魔が聞こえてくる。
    「……これ以上は、駄目」
     アプリコット・ルター(甘色ドルチェ・d00579)が聞こえてくる声に耐えられないとばかりに立ち上がろうとする。
     グッとアプリコットの肩を押さえたのは禰宜・剣(銀雷閃・d09551)だ。
     唇を噛み見詰めてくるアプリコットに、今はまだだと首を横に。
     でも、と言おうとしたアプリコットも、剣が自身の刀を強く握っている事を気付き、深呼吸すると大人しくしゃがみ直す。
     灼滅者達の作戦はこうだ。
     ターゲットはこの病院を襲撃している指揮官のソロモンの悪魔・黒天。彼は今、病院正面の駐車場で部下4人を護衛につけつつ指揮を取っている。
     灼滅者たちは機を見て2班が同時に左右から黒天を奇襲する作戦だった。
     A班――アプリコットや剣と共に身を潜める太治・陽己(薄暮を行く・d09343)が音を立てずに日本刀を鞘から引き抜く。陽己のその顔はどこか悲壮感と諦観が混在しており。
    「厳しい戦いになりそうだよな……けどよ、必ず皆で帰るぜ」
     陽己の顔に何かを感じ取ったか、A班の最後の1人月雲・悠一(紅焔・d02499)が小声で呟く。
     陽己は悠一の言葉に無言で眉を潜めるが、悠一は頭をかくと陽己だけでなく3人に向かって言う。
    「俺の前で闇堕ちなんて誰にもさせねぇ」
    『………………』
     3人が思わず視線を外すも、ちょうど病院から眷族が現れ、黒天に何か報告して再び病院へと戻って行く。
     そしてB班から携帯を通してGOサインの連絡が入る。
    「行きましょう」
     アプリコットが立ち上がり、剣も陽己も日本刀を構え。
    「行くぜ! イグニッション!」
     悠一の掛け声とともに4人は黒天へ向って奇襲を開始した。

     駐車場に一気に突入した灼滅者たちに、黒天は咄嗟に手へと巨大な大太刀を出現させて奇襲の初太刀を防ぐ。
     だが黒天の眷族たちは違う、防御もままならず斬りつけられ。
    「忌まわしき血よ、枯れ果てなさい……ッ」
    「右だけでなく上からもか!?」
     黒天が舌打ちしつつ咄嗟に避けるが、眷族の1人が避けきれずに上空から飛来した妖の槍・串刺し公に太股を串刺しにされる。さらに槍の軌道をなぞるように冷気の魔力が追随し、太股を刺された眷族が一気に氷付く。
     バサリとマントを翻して降り立った月雲・螢(線香花火の女王・d06312)へ黒天が言う。
    「やってくれたな」
    「いいえ、これからよ?」
     螢の言葉を理解するより早く、右を見ていた黒天達の背後より銃弾が襲いかかる。
     B班の葛山・詞貴(ヴァームスピーサー・d03068)と、そのライドキャリバーのブレイズの機銃だった。
    「ちっ……おい、伝令! 戻れ!」
     黒天が病院へ向って叫ぶが、即座に無意味だと把握し陽己を睨む。
     すでに戦場はサウンドシャッターで遮音してあったのだ。
     綺麗に奇襲を成功させられ、さらにこちらの行動を先に知っていたかのような動きに黒天がイラ立ちつつ、せめて戦線は保たねばと狙われているメディック役の眷族を守ろうと踏み出すが。
    「ちょっと待てよ」
     割り込んで来たのは東谷・円(ヤドリギの魔法使い・d02468)、愛用の【Mistilteinn】に炎を纏わせ黒天を牽制するよう斬りかかり、黒天も炎の刃を自身の大太刀で受けとめる。
     冷たい水蒸気を纏う黒天の大太刀と、円の炎刃が激しく拮抗する。
    「はっ、氷には炎だろ?」
    「邪魔だ!」
     黒天が大太刀で受け流し円の体勢を崩した所に蹴りを放つが、その先では……ドサリ、黒天の援護が間に合わずに眷族の1人が倒れ伏した。
     最後にトドメを刺したのは氷霄・あすか(高校生シャドウハンター・d02917)。
     いきなり1人倒され事に黒天が不愉快に顔を歪め、そんな黒天に余裕の表情であすかが聞く。
    「ねぇ教えてくれない? 種族が違うのに一緒に動くのって、お互い得する事でもあったのかな?」
    「合ったとして……教えると思うか?」
     黒天が言い捨てる。


     襲いかかって来た灼滅者達に対処するよう陣形を指示する黒天だったが、その隙に灼滅者達も眷族3人と黒天を取り囲むように展開する。
    「見たところ灼滅者か、だが病院の手勢にしては……まあいい、見事な手並みだったぜ? 褒めてやっても良い」
     ずいぶんと余裕に会話をしようとする黒天。
     しかし。
    「ソロモンの悪魔、黒天だな」
     会話を打ち切る様に剣が抜き身の日本刀を黒天へ突き付けると。
    「相手にとって不足なし処か此方が不足かもしれんが……挑ませて頂く!」
    「ちっ、時間稼ぎぐらいさせろ!」
     剣の日本刀を大太刀で受け切る黒天だが、鍔迫り合い中の大太刀から流れる冷気がキラキラと周囲の空気を凍らせ始め――。
     咄嗟にライドキャリバーのブレイズが剣を引っかけるように黒天からひきはがし……次の瞬間。
    「黒牙天冷撃!」
     黒天が冷気を纏った大太刀を一閃、前衛をまとめて氷の刃が薙ぎ払う。
     前に出ていなかった2人を除き、全員が黒天の一撃をまともにくらってしまう。
     もっとも、前衛に立つ人数が多い分、被弾ダメージは少ないが……。
     ――パキ、パキパキパキ。
     攻撃を受けたメンバーの傷口から氷が侵蝕を始め。
    「みなさん、頑張ってください」
     アプリコットが立ち上がる力を活性化させるメロディを奏で、それに合わせるようにあすかが聖なる風で仲間達を浄化、それぞれを侵蝕していた氷がパキリと剥がれ落ちる。
     氷の侵蝕が無くなったと見るや即座に動いたのは陽己だった。
     刀を振るう動作と共にオーラの塊が回復役であろう眷族に放たれ、よろめいた所を螢の槍が螺旋の回転を加えながら敵を串刺しにする。
     虫の息の回復役眷族だが、黒天の指示が飛び妨害役の眷族2人が、瀕死の仲間を庇うように灼滅者の前へと躍り出る。
     しかしその2人に真正面からぶつかりに行くように悠一と円が飛び出す。
     眷族2人が大きく鎌を振りかぶり……ザシュ、ザシュッ!
     すれ違いざまに悠一と円の腕と脇腹が切り裂かれるも、2人の足は止まらずそのまま瀕死の眷族へ――。
     瞬く間に2人目がやられ、逆にそれが黒天を冷静にさせる。
     こいつらは……できる。
     そんな黒天とは別に、悠一は眷族の返り血を振り払いながら呟く。
    「……各地で急にゴタゴタと動き出しやがったな。良く知らない連中を助けるってのは、微妙にモヤッとした物も感じるけども……今は、俺の気持ちなんて関係ないか」
    「……だな。こういう奴、嫌いだぜ」
     火の神の名を冠した戦鎚をくるりと構え直す悠一に、円が同意する。
    「ああ、目の前の戦いに集中した方がいい」
     2人にそう言い放ったのは黒天だ。すでに最初の混乱から立ち直り、その瞳は灼滅者側の弱点を見破ろうと理性の色が戻っていた。そして黒天は言うのだ。
    「でないと……一方的な殺戮になるぞ?」


     開戦からすでに数分が経過していた、そして戦況は――。
    「何で……なんで、こんなこと、するんですか……!」
     何度目かの攻撃を身を挺して守ってくれた兄が消えていくのを見ながら、アプリコットが呟く。
     黒天は的確にキュア要員でもあるアプリコットと回復役の円を狙って攻撃を集中して来ていた、対する灼滅者は4枚のディフェンダーでかわるがわる攻撃を防いで何とか攻撃をシャットアウト……しかし、ここでサーヴァントのブレイズとシェリオが戦闘不能となる。
    「どうして!」
     アプリコットが消える兄を見ながらも、ぐっと涙を堪えながら両手にオーラを集中させ、それを黒天へと撃ち放つ。
    「敵を倒すのに理由が必要か?」
     笑顔で言い放つ黒天。
     ――そう、これは戦い……だったら、私は、泣かない……。
     アプリコットは下唇を噛みしめ前を向く。
     病院の中からは相変わらず悲鳴や叫び声が聞こえる、こうしている間にも……。
    「あなたを逃したら被害が大きくなる……だから、ここで倒します」
    「は、できるのか?」
    「できます! そのためなら……この身が――」
     一気にアプリコットのサイキックエナジーが高まろうとしたその瞬間。
     ポン。
     その手は悠一の手だった。
     優しくアプリコットの頭に触れ、目が合うと悠一は笑った。
    「だから、誰も堕とさせねーって言ってんだ。ったく、諦めるにはまだ早いぜ?」
     そのまま悠一は自らの血を媒介に爆発的な推進力を得て黒天へと突貫する。
    「その通りだ」
     同時、アプリコット達を優しい風が包みその傷を癒す。
     風を招いた剣が凛と言う。
    「病院の奴らは命を賭けて己の居場所を護っている。だからこそ、我らもまた全てを賭けて闘う時だ」
    「ツルギセンパイ……」
    「我らに必要なのは覚悟、全てを賭ける覚悟、其れに……己の闇にも、負けてたまるか!」
     剣の言葉にアプリコットも強く頷く。
     だが、それで劣勢が覆させるわけでは無い。悠一に連携するよう黒天に攻撃を仕掛けていた陽己は苦い顔だ。タイムリミットのある中、果たして強敵のダークネスを倒し切れるのか否か……。
    「おい、前を削れ」
     黒天が眷族2人に指示を出すと、妨害役の眷族2人が大鎌を構えて襲いかかってくる。対象は最後列の2人。
     あすかが咄嗟に眷族の進路上に飛び出し後ろの2人を庇おうとするが――。
    「え?」
     詞貴に腕を掴まれ止められた。
     抗議しようとしたあすかだが、詞貴の視線に気が付きその意図を察する。
    「東谷先輩、ルターさん、ごめんなさい、そっちは耐えて」
     そしてあすかと詞貴は、眷族を無視してその先へ飛び出す。
     その先――眷族2人の影に隠れ、黒天が大太刀に力を溜めている目の前へ。
    「庇うかよ……なら、先に逝け! 天羅万象・黒夢斬り!」
     あすかが不可視の盾を両手で抑えるように耐え、ギャリリと嫌な音を立てて黒天の大太刀が通り過ぎ。
     しかし、その刃はそのまま詞貴へと叩きつけられ。
    「オラァ!」
     ダンッと振り抜かれ、詞貴を衝撃が襲い、細身の身体を吹き飛ばして駐車場のアスファルトをバウンドする。
    「……!」
     なんとか立ち上がる詞貴だったが、今の一撃はかなりキツかった。
     そして……。
    「どうやら盾役でもお前の方は体力に難有り、か?」
     サーヴァントにもエナジーを割いている詞貴は他の灼滅者に比べれば仕方がない事なのだが、黒天はニヤリと笑みを浮かべ。
    「させるかよ!」
     円の声と共に詞貴の身体に矢が突きささり、先ほどの大ダメージを一気に癒して行く。
    「ちっ、やっぱ回復役から始末するべきか」
     嫌悪感を隠そうともせず黒天が円を睨む。
     その時だ。
    「残り5分で半分を切ったわ。各自迅速に行動を」
     螢の合図に皆がコクリと頷く。
     しかし、妨害役の眷族2人にダークネス黒天、果たして……。


     さらに数分が過ぎ、ディフェンダーの2人はついに魂の力で立ち上がっている状態となっていた。
     そして黒天は。
    「はぁ……はぁ……天羅万象、黒夢斬りで……終わらせて、やる」
     灼滅者の猛攻に息を荒げつつも、再び大太刀に力を貯め始める。
    「本当に厳しい状況だ……が、易々とやられるわけにはいかない」
     一歩前に出たのは剣。
    「覚悟なくして誰も救えない。己を顧みずそれでも進む意思。それが無ければ……誰も救えない、完全に堕ちたあの男のように……」
     剣の言葉にピクリと陽己が反応する。
     ――あの、男。
     跳躍し一気に黒天へ接敵すると片手一本で袈裟切りに刀を振るう。だが黒天は半歩だけ身をずらして剣の刀を回避、瞬後、剣はもう一方の手を刀の柄にぶつけるように刀を持ち強引に軌道を変えて黒天の右肩を切り裂く。
     さらに盾役だったあすかも破邪の白光を纏ったクルセイドソードで斬り込んで行く。
     黒天は大太刀に力を溜めたまま柄だけであすかの剣を捌こうとするが、覚悟を決めているあすかの攻撃は、さすがに全てを捌き切れず黒天に斬り傷が増えていく。
    「やはり灼滅者は……」
    「違う」
     陽己の諦観を含んだ呟きに、剣が反論する。
    「あたしは必ず戻ってくる! そして全てを以て、全てを救う!」
     そのまま黒天へ打ち込みを再開する剣。
     陽己は無言で己の両手を見つめると、地を蹴り剣とあすかと並んで黒天へと刃を振るう。
    「何人来たって、無駄だと知れ!」
     黒天があすかと剣を蹴り飛ばし、後から来た陽己の刀を大太刀の柄で受け止める。
     だが、陽己はもう片方の手に握った鞘に魔力を纏わせ。
     ドドドッ!
     魔力を含んだ三段付きが黒天の胸元へと決まる。
    「く、はっ!?」
     ぐんと陽己を押し返し距離を取った黒天は。
    「前を削れ!」
     眷族2人に指示を出し、2人の妨害役が灼滅者へ駆け寄る。
     それは先ほどの連携、妨害役を盾に黒天は一撃必殺を狙う――。
     だが、妨害役の攻撃をいなすも、黒天の攻撃は来なかった。
     見ればクルリと背を向け病院へ駆けだす黒天の姿。
     不利だと悟って眷族を捨て駒に病院内へ逃げ込もうとしたのだ。
    「そうそう好きにさせるかっての」
    「なん……で……」
     黒天の目の前には、いつの間にか円が立ち塞がっていた。
    「さあな、俺とお前、どこか似てるせいかもな」
    「邪魔をするな! 死ねー!」
     黒天が大上段から大太刀を振り下ろす。
     ガッ!
     黒天の刀が円に届かず途中で止まる。
     それはもう立っているのも限界なはずの詞貴だった。
     武器のグリップで大太刀を受け止めながら、詞貴が初めてボソリと言葉を発する。
    「お前には感服する……だが」
     詞貴の背後で弓が引き絞りつつ円が言う。
    「死ぬのはお前だよ、黒天」
     打ち放たれた魔法の矢(ミサイル)は、黒天の胸に突き刺さり……そして、ソロモンの悪魔・黒天は灼滅されたのだった。

    「残り2分……思ったより早く終わったわね」
     螢の言葉に皆が驚く。
     そう、結果的には普通に闘うよりよほど早く終わらせる事が出来たのだった。
     奇襲を成功させた入念な準備と、何を優先するか考えつつ戦術を練った事による大勝利だと言える。
    「でも、正直冷静な指揮官は本当やり辛かったわね」
     螢の言葉に皆が苦笑いだ。
    「あの、病院の人達の手助けにいきませんか? 私、まだまだ大丈夫、です」
     アプリコットがそわそわと提案する。
     黒天は灼滅した、これでこの病院は助かるだろう。
     だが早く終わったのなら、その分予定より多くの人を助ける事ができるのだから。
    「はい!」
     皆の言葉にアプリコットが笑顔で頷く。
     そして、病院内へと逃げていった眷族2人も含め、病院で闘う者達に協力する為、灼滅者達は再び立ち上がる。
    「1つ言わせてくれ」
     その時、悠一が7人を振り返り。
    「俺の言った通りだったろ? 誰も闇堕ちなんてさせねぇぞ、って」
     もちろん、誰かが闇堕ちする程の戦いになる可能性もあった。
     しかし、8人は力と知恵を合わせて予想以上の結果を出したのだ。
     覚悟を決めていた者は7人。
     だが、結果は誰も……。
    「さぁ、病院の奴らを助けて皆で帰ろうぜ!」
     悠一も病院の方を向き直り、そして8人は――。

    作者:相原あきと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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